神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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プロローグ 織斑一夏の憂鬱

 やることがないというのは、何よりもの苦痛だ。

 人っていうのは、自由な生き物だ。社会の中で形成された規律を乱さない限りで、なんだってできる。特に余暇ということになれば、種類は豊富だ。スポーツをしたり、美しい自然や風景を見て楽しむこともできる。勉強をして自身の高みを目指したり、またボランティア活動を通して世の中に貢献出来たりもする。人によっては余暇にも様々あるが、とにかく楽しむことはいっぱいあるのだ。

 

 だがもしかしたら、この世界のどこかには何もせずただじっと一日を過ごすことが、何よりの幸福と考える人もいるのかもしれない。そんな人がいるのであれば、ぜひとも俺とその立場を変わっていただきたい。そんな気分だった。

 

 

 

 

 

 ああ、もう一週間が終わるのか。

 

 湯吞みから湯気立つお茶を啜り、テレビ番組を見ながらそんなことを思いふける。テレビでは、長らく続くご長寿番組が次回予告を終え、CMへと移り変わっていった。日曜日の夕方に放送されるこのご長寿番組。日曜日という人々に幸福をもたらす日付が終焉を告げ、皆が忘れかけていた、一週間の始まりを思い起こされるこの番組に、昔の俺ならばため息をつき、学校に行かなければならないのかと思っていたところだろう。

 しかし、今の俺にとってはもう一週間も経ってしまったのか、と爺臭い台詞を吐いてしまうほどに、時の流れに対して老化が著しく進行していた。

 

 

 

 これもすべて、あの人の作ったIS(インフィニット・ストラトス)のせいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性しか操縦することのできない未知の機械、IS。

 世界中の誰もが知り、そしてその強さとカッコよさに羨望の眼差しで見られるISを男ながら織斑一夏は使うことができてしまった。そう、この暇を持て余している俺のことだ。

 本来の俺は、就職率がトップクラスの藍越学園に入学を決めてその準備をしていた所だ。だが、俺の運命の歯車はどこかでガタがきていたらしい。俺の歯車が意図しない何かと噛み合ってしまったのは、あの迷宮のような造りをしていた試験会場に行ってからだろう。

 

 高校入試のために訪れた俺は、試験を受ける教室がどこなのか迷ってしまった。進めど進めど同じ道に同じ風景。遅刻しそうだからと焦って裏から会場入りしたのも原因のひとつだろうが、それは些細なことに過ぎないだろう。普通なら、どこかに誘導をしてくれるスタッフや、立ち入り禁止の標識があるはずだから迷うことはしないと思っていた。

 だが、周りを見渡せど道には誰もいない訳で、焦りを感じたまま進んだ末にISが鎮座する部屋に入ってしまったのは、単なる偶然だった。最初はなんでISがこんなところにあるんだ、と疑問に思った。しかし、そんな疑問はすぐに払拭されてしまった。普段、ゲームや画面上でしか見たことのなかったIS。言うなれば、有名スポーツ選手が目の前にいて、握手と簡単な会話を出来る状態に等しい。それくらいに俺は思っていた。

 周りには誰もいないし、ちょっとだけ触って、会場を探そう。軽い気持ちで、興味本位に近づいてみたのは単なる気まぐれでしかなかった。複雑怪奇な試験会場に、遅刻ギリギリで到着した俺。そして、IS学園の試験に使うからと、IS学園の職員が置いていたIS。全てが上手い具合に絡まり、そして俺がISに触れた事で、新たな運命の歯車が回り出してしまった。

 

 

 

 

 

 こうして俺は政府によって拘束され、いろんな研究者にあちこち身体を検査された挙句、進学先をかの有名なIS学園へと変更されて、こうしてどことも知らないホテルに軟禁(隠居)していたってわけである。

 本当であれば、今頃はクラスの皆と入試に合格したと互いに喜び合い、卒業式で中学3年間の思い出に浸り、そして卒業記念パーティーに行って楽しい日々を過ごしていたはずだった。

 

 しかし現実は俺の身は政府によって引き取られ、強制的に卒業扱い。働いていたバイト先もほぼバックレに近い退職。2月から3月までやれ実験だやれ検査だとあちこち連れまわされ、やることがなければホテルの部屋から一切出るなと言われて部屋に閉じ込められる生活。

 ホテルでの生活は、生きるのには十分ではあった。何度シャワーを浴びても、風呂に浸かろうともホテルのお金は政府持ち。3食付きで頼めばおかわり自由。肌着や服は常に清潔。軽食が食いたければ、電話をすればごっついSPのおじさんが買ってきてくれる。何と悠々自適な暮らしだろうか。

 

 

 

 だが、そんなの俺は3日もすれば、飽きてしまった。

 

 確かに、俺の生活は保障されていた。

 衣食住は完璧で、何もしていないにもかかわらず、俺を忌み嫌うという訳の分からない団体の攻撃からも身を守ることができる。

 でも、俺の大事な思い出だけは保障してくれなかった。互いに合格したと喜び合うあの高揚感も、卒業式前の教室でする他愛のない会話も、卒業後に遊びに行こうと誘われていた友達との約束も、何もかも全て失われてしまったのだ。片手で数えるほどしかできない大切な体験を、青春を俺は過ごすことができなかった。

 

 神様がいるのであれば、すぐにでも懺悔をしたい所だ。なぜ、家をギリギリに出てしまったのか、なぜISに触れようとしたのか。後悔先に立たずとはこういう事かと実感させざるを得ない。

 

 

 

 とまあ、今の現実にくよくよしていると男が廃ってしまう。男児たるもの、過去を振り返らず未来を見据えていけ、と俺が昔に通っていた剣道の師範から励まされた事がある。最近の風潮になってから言われなくなっていたが、今のこうして現実に向き合っているのは、この言葉に何度も助けられたからだ。

 

 

 最近の風潮といえば、一つ疑問に思うことがある。女尊男卑。なぜそれが、今の世の中の常となったのかという疑問だ。

 気づけば女性を尊重し、男性を排斥するなんていう風潮がまかり通るようになっていた。ISの登場以前か、いやそれ以降か。俺の記憶にはその転換期が何だったのかは定かではない。

 たまにだが、書籍やテレビなどの各メディアでもこの話題が度々取り上げられている。

 歴史から長く続いていた男尊女卑がなぜ廃れていったのか、いったい誰が女尊男卑を広めていったのか。そんな議論が沸き起こるものの、しかし、どれをとってみても結論は疑問点の多く残る問題だ、と曖昧にされている。いつから始まったのだと言われても、それが常識ならば常識なわけだし今更そんなことを言われても、と言わざるを得ない。何で赤色が赤と認識されるのか、という疑問を言っているのと同義に近いだろう。

 仮に男尊女卑がまかり通る世の中だったとして、それが一瞬にして女尊男卑に変化したのであればそれはもはや奇跡であり、魔法の類のものを用いないと説明がつかない、という論調でさえあったりする。研究者ならば、夢のような話をするのではなくきちんと論理的に説明をしてほしいものである。

 

 

 

 

 

 空になりぬるくなった湯吞みを持ちながら、ニュース番組を眺めているとテレビのキャスターたちがIS学園について取り上げ始めた。

 

 やれ今年の受験者は過去最高を記録しただの、やれIS学園による経済効果の結果だの、やれ今年はあの話題の男性操縦者が入学するだのエトセトラエトセトラ。

 

 難関試験を突破し入学する超人。それがIS学園には数多くいると、考えると身がすくんでしまう。果たして、俺のような彼女たちとは程遠い人間がIS学園でやっていけるのか不安で不安でしょうがない。夜も眠れないくらいである。……いやまあ、実際はふかふかのベッドで夜はきちんと眠れているのだが。

 

 

 

 さて、こうして過保護に扱われ過ぎて老化が進行していた俺だったが、数日が過ぎればこの軟禁状態から解放されるらしい、とSPのおじさんが俺にこっそりと教えてくれた。人の噂も七十五日というように、マスメディアで取り扱う情報というのはコロコロと変わっている。一昔ならば、俺のことについて散々情報が飛び交っていたのだが、今は閑古鳥が鳴くように、すっかり話に上がってこない。そのほうが俺としては助かるってもんだ。

 話によればSPのおじさんが相変わらずついてくるものの、実家に戻れるならば話は別である。数ヶ月家を離れていたのだから、掃除をしないといけないし、年に数回ある町内会の廃品回収に雑誌類を出さなければならない。とにかくやることはいっぱいってわけだ。

 それに、もう一つ嬉しいことに知人との連絡もできるとのことだ。しばらく音沙汰がなかったために、みんな心配しているだろう。とりあえず、弾に連絡を入れることは決定事項だ。あいつと妹の蘭ちゃんには、色々とお世話になっていたし。

 

 きっとあいつならIS学園に行くとなったら飛ぶように喜ぶのだろうな、と旧友を思い浮かべながら俺はぼんやりとテレビ番組のやり取りを見届けていた。

 

 

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