神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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第17話 交錯する想い

 夏が始まったばかりの砂浜には暖かな潮風が体に吹き付け、海の匂いが鼻をくすぐる。このISの作業が終わったらどんな昼飯を食べられるのか、なんて思っていたやつもいるのではないだろうか。だが、ここにいる皆はこの匂いも風も今自分がこれからどうしようかさえ忘れてしまっているだろう。そんな緊迫した空気が、辺りに立ち込めていた。

 

 

 

「ISは…そんなちっぽけなものなのですか?ISは……宇宙へ行くためではないのですか!それがあなたの望んだものではないのですか!?」

 

 彼女、クリスタは両手の拳を強く握り束さんに睨みつけていた。

 

 こんな彼女を、感情的になり噛み付いている所を見るのは初めてであった。普段は冷静沈着…というイメージを持っていた俺からしたら意外であった。そして何より、あの束さんに向かって発言しているという事がこのどうしようもない雰囲気にさせていた。

 

 最初はセシリアに対しての暴言について何かを提言するのかと思っていた。確かに束さんは俺と箒、そして千冬姉くらいの身内にしか興味はなくそれ以外の人の区別がつかないそうだ。千冬姉曰く、これでも少しはましになっていると言う。どうしようもないと思いつつも、セシリアには申し訳ないことをしてしまったと何だかただ見ていることしかできなかった俺が罪の意識を感じていた。

 

 それにクリスタは、ISは宇宙に行くための…とか言っていたな。確かにISは本来の目的が宇宙に行くための…だったか?

 そんなことを思っていた時だ。

 

「おい。私の教え子に手を出すことはさすがに看過しきれない、落ち着け。」

 

 千冬姉が束さんの肩に手を置き、彼女を宥める。すると、束さんの周りにあった腕みたいなものは光とともに突如として消え失せる。そしてくるっとその場を回り千冬姉と顔を合わせるような位置に動いた。

 

「もう!ちーちゃん、眉間にしわを寄せすぎー。綺麗な顔が台無しだよ!」

 

「くっ、誰のせいでこうなっている。おい、オルコットにハーゼンバイン。こいつの事が気になるのもわかるが今は作業をする時間だ。雑談をするために今の時間を設けたわけではない。さっさと持ち場に戻れ。そら一年!手が止まっているぞ。こいつは無視してさっさとテストを終わらせろ。」

 

 顔に触ろうとする束さんを躱しながら千冬姉はきびきびと指示を出す。

 落ち込むセシリアとそれを慰めるクリスタは大人しくそれに従い元の場所へと歩いていき、緊迫した空気はまるで糸が切れたかのように元通りになって、周りでは作業を進めていった。

 

「もうちーちゃん!こいつはひどいよ!私の事はらぶりぃ束さんって呼んでもいいのよ?」

 

「うるさい黙れ」

 

 こうしてまた二人の漫才が繰り広げられるさっきまでと変わらない空気に戻っていった。

 

 

「あの…私のはまだ終わらないのですか?」

 

 ふと隣で紅椿とやらに乗る箒が咳払いをしていちゃいちゃしている束さんに聞く。再びアイアンクローを食らっていた束さんはまたしても千冬姉の魔の手から抜け出し近づいていた。

 

「んー!もう終わってみたいだね!それじゃあ試運転も兼て飛んでみてよ。箒ちゃんの思うように動くはずだよ!」

 

「分かりました」

 

 箒は目を閉じ、意識を集中させる。いよいよ飛ぶのか、と期待の眼差しで見ていると彼女は既に上空へ飛翔していた。

 なぜそれが分かったかというと俺が見ていたところには既に箒はいなくなっており、飛翔する際に発生した衝撃波により舞い上がった砂だけがその場に漂っていたのだ。ハイパーセンサで箒をとらえると既に上空200mの地点にいた。速い……すぐにそのことが分かった。

 

「どうどう?箒ちゃんが思うように動くでしょ?」

 

「ええ…まあ」

 

 紅椿は、空を自由自在に滑空していた。あまりにも速いスピードなので、ハイパーセンサなしでははっきりととらえることは難しいだろう。

 二人の会話は、まるで近くで会話をしているかのように行われていた。オープンチャンネルだからだろうか。箒の返答も俺にもはっきりと聞こえてきた。

 

「じゃあ刀を使ってみてよ!右のが雨月で左のが空裂だよー。武器特性のデータを送るよー」

 

 指示されたと通りに箒は手元に刀のような武装を二つ展開する。その姿は、不思議と様になっていた。剣道を嗜んでいるからだろうか。

 

「雨月…いくぞ!」

 

 右手に持つ武器を箒はその場で左薙ぎに一閃。

 すると、刀を振り切った周囲からいくつもの赤い光が灯り、それは光の弾丸となって、振り切った所から周囲に拡散していく。発射された所に漂っていた雲を蜂の巣にした。

 

「いいねいいね。次はこれを撃ち落としてみてね♪ほーいっと!」

 

 満足そうに束さんはうなずくと、次に彼女の頭上付近に何やら金属でできた箱のようなものを呼び出した。先程の腕の事もいい、彼女がどういう原理でISなしで呼び出しているか気になったものの深く考えないことにした。

 呼び出されたその箱は次の瞬間、ミサイルが箒に向かって放たれた。しかも誘導付きだ。

 箒は一旦さらに上空へ飛び上がり、距離を取る。付いてくるミサイルを見事に躱しながら彼女は振り向きざまに左手の刀を右薙ぎに一閃。

 すると、またしても刀を振るった辺りから赤い光が灯る。今度それは帯状に繋がり撃ちだされた。そして、箒を向かってきていたミサイルを次々と破壊していく。

 

「すげぇ…」

 

 あの機動性に二刀流。さらに射撃武器も兼ね備えていた箒のISに思わず俺は、言葉をもらす。

 急きょ始まった紅椿による演武(IS実演)に周りで作業していた生徒たちが皆、爆炎が収まる所からちらりと見える、その堂々たる姿に魅了され、言葉を失っていた。

 

「うんうん、いいねぇいいねぇ」

 

 そんな中ただ一人、束さんは満足そうな表情で何度も頷き妹のISデビューを見守っていた。

 

 

 

 

「大変です!織斑先生!」

 

 すると、何やら慌てている山田先生が千冬姉に近づいていく。

 

「これを…」

 

 手に持っていたタブレット端末を千冬姉に渡す。それを見た千冬姉の表情は決して良いものとは言えなかった。

 

「匿名任務レベルA…現時刻よりはじめられたし…」

 

「そ、それが、そのハワイ沖で実験中であった…」

 

「し、機密事項漏らすな。生徒が聞いているぞ」

 

「あわわ、すみません」

 

 千冬姉の表情は真剣そのものであり、互いに何かを話し合う。それが終わるとすぐに山田先生は他の組の先生の所へ走って行った。

 

「全員、注目!」

 

 朝のように千冬姉は大きな声で言うと、全員が千冬姉の方を振り向く。

 

「これよりIS学園教員は特殊任務行動に移行する。テスト稼働は中止だ。各班、ISを片付けて旅館へ戻れ。連絡があるまでは各自室内待機すること。以上だ!」

 

 それを聞いた生徒たちはざわざわと騒がしくなりながらも、テキパキとISを片付ける作業をしていった。

 

「専用機を持ちは集合しろ!織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰……それと篠ノ之も来い」

 

 俺を含めて呼ばれた人たちは返事をする。あれ、一人いないような…。

 

「それとハーゼンバイン!お前は一般生徒と同様に待機だ、いいな?」

 

「…はい!」

 

 彼女の様子はまるで呼ばれないことが当たり前かのように淡々とした態度であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では現状を説明する」

 

 旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷『風花の間』には、クリスタを除く専用機持ちと一部の教師陣が集まっていた。

 

 室内は空中投影型のディスプレイが中央に大きく一枚、正面に見えるステージの前に大きく一枚映し出されていた。そしてデスクトップ型の通信用ディスプレイが壁際にいくつも置かれていた。そのため、閉め切っている室内は昼過ぎであるにも関わらず暗くなっていた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代のIS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』通称、福音が制御下を離れて暴走。監視区域より離脱したという連絡を受けた」

 

 ISの暴走だと?

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の区域を通過することが分かった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった。教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

「はいぃ!?」

 

 何でIS学園の生徒である俺たちがやらないといけないのだ?

 そんな無茶苦茶な…。

 

「一々驚かないの」

 

 隣にいた鈴が小声で俺に注意する。他の皆を見てみるとこの現状を理解している、といった顔だった。なぜそこまで急に対応が出来るのだ?不思議で仕方がなかった。

 

「それでは作戦会議を始める。意見のあるものは挙手をするように」

 

「は、はい」

 

「どうした?織斑」

 

 千冬姉が質疑応答の時間を設けてくれたので、俺はすかさず手を挙げる。

 

「何で、クリスタがこの場にいないん…のですか?あいつも専用機持ちですよね?」

 

 こういうのって人が多いほうがいいだろ…。ならなぜ…。

 

「ああ、そのことだがこれは上層部からの指示である。異論は認められない」

 

 なぜそのような事をするのだ?俺にとっては意味の分からないことだった。

 

「何でだよ!何があるか分からないけど、こういうのは人数が多いほうが良いじゃないのか?6人でやるより、7人でやったほうが…」

 

「確かに専用機持ちが多ければ多いほどいいだろう。だが、あいつのISには問題があることは知っているな?」

 

「問題って…たしかあいつの『サンドロック』ってやつが以前は違法な実験に使われていたとか…だよな」

 

「そうだ。現在、サンドロックは国際IS委員会によるデータの提供・監視があることが条件で今使うことが出来る。前科があるから、それを防止するためだそうだ。詳しくは聞かされていないが、恐らく活躍されたくないのだろうな、サンドロックに」

 

「それってどういう…」

 

「話は少し変わるが、サンドロックを所有する研究所の親会社『フォルテシモ社』は今なお時代に逆行するかのように主に男の手による経営で成り立っている、ヨーロッパではそれなりに有名な企業だ。ボーデヴィッヒのISにも少し関わっているほどにな。今の世の中だと少し特殊な企業だ。そのような企業が所有しておりなおかつ、前科持ちという罪があるISに手助けをしてもらいたくないのだろうな。上の人間は」

 

 なんだよそれ…。そんなの単なるエゴじゃないか…。

 

「あれだろ、一時間もしないうちにその福音ってやつがやってくるのだろ!今更、昔やらかしたとか、あのISが嫌いだからとかっていう理由で参加させないっておかしく思わないのかよ!?今そのような悠長なこと言っている場合じゃ…」

 

「織斑!」

 

 千冬姉が険しい表情になり、俺を見てくる。

 

「これは学園上層部から来た命令だ。元を辿れば、委員会から来ているものだろう。私もお前の意見には同感だ。男による企業によって作られたからなどと甘ったれた理由で戦力外にすることはどうかと思う。だがな、これは上からの命令だ。私たち現場にいる人物で勝手に判断してはいけない。既に通達がされているものだ。先程も言ったように異論は認められない」

 

「はい…分かりました」

 

 それは千冬姉も思っていたんだ。けれど、そんなことが許されるなんて…。俺には納得がいかなかった。それ以上に、そのことになすすべがないことにも腹が立っていた。

 

「他にあるか?」

 

「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

 セシリアが少ししてから手を挙げる。

 

「うむ。だが決して口外をするな。情報が漏えいした場合、諸君には査問委員会による裁判と二年間の監視が付けられる」

 

「了解しました」

 

 セシリアの返事が合図であったかのように、数々のデータが目の前にある広間中央にあるディスプレイに映し出された。

 切り替えていこう。

 そう思い映されているデータを見るのだが、素人の俺にはさっぱりわからなかった。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型…私のISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

 

「攻撃と起動に特化した機体ね。厄介だわ」

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね。連続しての防御は難しい気がするよ」

 

 表示されたデータを他のみんなが真剣な表情で討論していく。この話についていけないことに俺は情けなく思うばかりであった。

 

「しかもこのデータでは、格闘性能は未知数だ。偵察は行えないのでしょうか?」

 

「それは無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

「一回きりのチャンス。という事はやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 

 理解できている人同士で話し合いが進む中、ふと山田先生がいつもの分かりやすい解説が挟む。なるほど、素早く動く敵を一回きりのチャンスでものにしないといけないのか…。

 

 ふと視線を感じ、周りを見ると全員が俺を見ていた。

 

「…え?」

 

「あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ問題は…」

 

「どうやって一夏を運ぶか。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないと難しいだろうから、移動をどうするか」

 

「しかも目標に追いつける速度を出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサも必要だろう」

 

「ちょっと待ってくれ!俺が行くのか?」

 

 あまり状況が飲み込めていなかった俺は話を一旦中断させる。

 

「「「「当然!」」」」

 

 四人の声がはもる。いや、合わせなくていいから。

 

「四人まとめて言うな!」

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないならば、無理強いはしない」

 

 実戦。その言葉を聞き、押さえ込まれていた記憶が一気に放出される。謎の無人ISにラウラの暴走事件。これまで俺は学園で色んな経験を積んで、そしてトラブルに難なく対処してきたじゃないか。学園関係者やクラスの子たち。皆を守る力がある。だからこそ俺はここへ呼ばれたのではないか。不本意なところもあるが、俺にしか出来ない役目ならばそれを果たしたい。皆を守れるのであれば、それに、ここで引き下がったら男じゃない。

 

「やります。俺がやってみせます」

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在この専用機持ちの中で最高速度を…」

 

 その時だった。

 

「待った待ーった。その作戦は待ったなのだよー!」

 

 千冬姉の話に紛れ込んできたのはどこか聞き覚えのある声だった。天井を見上げるとそこには普段木の板が敷かれている場所にそれはなく、代わりにひょっこり頭を逆さまにしている束さんがいた。

 

「また出たよ」

 

 それにどこから来たんだ?と疑問に感じたが俺は2秒後に考えることをやめた。

 

「とうぅ★」

 

 擬音語を自分の口から言うと束さんは天井からくるりと一回転して落ちていく。だがそれはコケることなく猫のように見事に着地した。

 

「ちーちゃんちーちゃん!もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

 

 すたすたと音もたてずに束さんは、いつものように千冬姉に近づく。そんな様子に千冬姉は頭を抱えていた。

 

「出ていけ…」

 

「聞いて聞いて!ここは断然!紅椿の出番なんだよ!」

 

「何?」

 

 紅椿…箒のISか。

 

「紅椿のスペックデータを見てよ!パッケージなんてなくても超高速移動が出来ちゃうんだよ!」

 

 束さんが説明している最中に、福音のスペックデータなどが映し出されていたディスプレイには、紅椿と思われるものに勝手に変換されていく。作業をしていた先生方が度肝を抜いていた。本当に申し訳ないです、うちの束さんが…。

 

「紅椿の展開装甲をいじればホホイのホイで他のISとは比にならないほどのスピードが出ちゃうんだよ!」

 

 展開装甲…聞きなれない単語に俺はさらに混乱してしまった。なんだよそれ…授業でそんなのあったっけ…。

 

「あら~皆ぼうっとしちゃってどうしたのかなー?仕方ない、私が直々に説明をしましょーそうしましょー!展開装甲はねぇ、この天才束さんが作り出した第四世代の特徴なんだよー」

 

「第四世代…」

 

「各国でやっと第三世代の試験機を作り始めたばかりですのに…」

 

「なのにもう…」

 

 俺だけではなく、周りの皆も一緒に困惑していたようだった。ってことはみんなも聞き覚えのない単語なのか?

 

「おやおや?いっくん、顔にまだ説明が物足りないって書いているよー。はーいここでいっくんのためにISの復習でーす!まず、ISの第一世代というのは『ISの完成』を目標とした機体だね。その次の第二世代が『後付武装(イコライザ)による多様化』。そして、第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊武装の実装』だね。それでぇ……第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』という、絶賛机上の空論のものだよー。はい、いっくん理解できたかなぁー?」

 

「あの…えっと…」

 

 つまりすごいものであるという事は俺には理解できた。

 

「まだ難しかったかな?具体的に言っちゃうと白式の雪片Ⅱ型に使われているものなんだよねー」

 

「「「ええ?」」」

 

 まさかの一言に、俺以外の皆も驚く。

 

「ふっふっふ。試しにぶち込んじゃうくらい、束さんはそこんじょそこらの天災じゃないのだよ!これくらいは三時の………」

 

 腰に手を当て、ニコニコ笑顔になっていた束さんの表情が急に失われる。よく見ると、頭に付けていたウサ耳がやたらとせわしなく動いていた。

 

「束さん…?」

 

「ん?何でもないよーいっくん!ノープロブレム!」

 

 俺が心配していることが伝わったのか、再び嬉しそうな表情をしてこちらに向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザーザーと雑音だけが耳に入って来ていた。

 耳障りな音だけしか聞こえなかったため私はすぐさま耳からイヤホンを外す。

 

 

 ISの試験テストを中止にするほどの事態。一体どのような事があったのかと事前に用意していた盗聴器から聞こえてくる言葉は想像を超えるものばかりだった。

 福音暴走、紅椿、そして第四世代IS。

 

 

 

 私はあれから部屋に戻ると割り当てられていた部屋から出て、巡回の先生に既に他の人に使われているため、旅館のお手洗いを使わせてほしいと懇願した。私の願いはあっさりと了承され、誰にも見られることもなく物静かなトイレの個室に入ることが出来た。

 篠ノ之束の口から飛び出す爆弾発言の数々。第四世代ISは机上の空論のものであるとは言ったもののISの理論を構築した本人(篠ノ之束)にとってみれば空想上の話ではなく、可能な事だ。世間では一所懸命に第三世代ISの開発に勤しんでいるのにも関わらず、開発者本人は、妹のプレゼントのために第四世代ISをぱっぱと作り上げてしまう技術力。私たち企業が汗水たらしきた努力がとても小さく見えてしまいそうであった。

 話は途中で切られてしまったものの白式の零落白夜は第四世代ISの特徴である『展開装甲』の一種。単なる単一能力(ワンオフ・アビリティ)であるという報告をしていたが変更しなければならない。それにもう一つ、紅椿の性能がとても気になる。蒼雫のようにブースターパックパッケージを必要とせずとも瞬時にそれと同等の性能を確保できるという『展開装甲』。射撃武器も持ち合わせる近接万能型かと思えばそれだけではなかった。既に、福音暴走については報告をしている。後は、この音声データを解析して、一つにまとめる作業を一連の騒動が収まってから行おうと予定を立てた。

 

 これ以上盗聴は厳しいと判断したため、私は制服のポケットに道具一式をしまい、お手洗いから外に出る。周りを見渡すと、誰も居なくしんと静まり返っていた。これ以上の長居は無用であるため、私はそそくさと自分の部屋へと戻っていった。それにしても、なぜ突然盗聴器に不具合が生じたのだろうか。歩きながらその疑問だけがずっと私の頭の中をぐるぐると駆けずり回る。

 

 以前にもメンテナンスは行っており、ちょっとやそっとの妨害行為には耐えうることが出来る仕様にしていた。きちんと事前に調査も行っていたはずだがそれでもダメだった。では何が原因だろう。廊下には履物によって生み出された音だけが響いていく。

 とにかく、部屋に戻ったほうが安全だろう。途中で事情の知らない教員に会って引き止められることは勘弁しておきたい。頭の中を切り替えたときだった。突如、左側にあった誰もいないはずのふすまが開き、何かに私の左手が掴まれる。

 

 警戒などしていなかった私はされるがままに引っ張られた。体のバランスが崩れた所を何かに押されてうつ伏せに倒れる。地面は畳であったため、少し痛みは和らぐがそれでも、顎に激痛が走った。

 痛みに悶絶していると何かが私の背中に乗っかり、足が縛られる。それはとても冷たく、硬かった。

 左腕は背中に回され、右腕も何かに掴まれて抑え込まれる。マウントポジションを取られ私は全く身動きが取れなくなかった。それと同時に首筋に何かを刺された感覚が私の体を襲う。だが、不思議と首に痛みというものはなかった。

 

 

 

 

「誰かと思えばさっきのゴーグルを付けていた外人かー」

 

 聞き覚えのある声だった。つい数時間前に聞こえたものだった。そして、今聞きたくない声であった。

 

 不覚だった。今ここには”天災”がいるのだ。

 

「いっくんたちと一緒に行動できないからって許可なく聞き耳を立てちゃいけないなぁ。束さんの授業料は高くつくよ?」

 

 篠ノ之束は私の左腕を更に締め上げる。どうやって私の場所が分かったのだ…?

 

「どうにかして作戦に邪魔をしようとしても無駄だよ。これは箒ちゃんのための晴れ舞台だからねぇ。他人の邪魔なんてさせないよ?」

 

 そうか。

 

 この人の前では常識という言葉なんか通用しない。

 

「晴れ舞台とは……まるであなたが仕組んだかのように言いますね」

 

 体を動かして抵抗をしてみせるものの、全くびくともしなかった。手足も固定されたまま動かすことが出来なかった。動かすとさらに痛みが走る。

 

「そりゃ…ねぇ?全部この束さんが用意したもんだし?」

 

 数時間前のような毛嫌いするような口調ではなく、どこか楽しそうな口調であり、ひどくあっさりと答えが返ってきた。

 

「なっ!?」

 

 予想外な返答に私は言葉を失う。なぜこうも簡単に白状するのだろうか?

 

 ふと私を押さえつけていた圧迫感がなくなる。やっと解放されたのか、という謎の安心感に包まれたがすぐに症状は現れた。

 

 それはとても不思議な感覚であった。

 私の足はまるで鉛のように重く動かすことができなかった。いや、感覚がなく何かの異物が私という体にくっ付いていたのだ。腕も同様だ。ただ唯一動かせられるのは、眼球と口だけだった。

 

 篠ノ之束は、私の体を仰向けにする。

 乱暴に私の体を反転させられ、彼女の表情をやっと見ることができるようになった。

 

「まあ、君に知られたところでどうという事ないけどね」

 

 それは、私のことを人として見ているとは言いがたいものではなかった。あまりにも冷たい視線に身震いする。

 

「さて…このあたりかな?えぃ!」

 

 仰向けにした次に起こした行動は、私のボディチェックをすることだった。ガサゴソと上着の内ポケットから肌着に至るまで私の体をまさぐり、隅々まで目的の物を探る。彼女が求めていたものは、私が使っていた盗聴器の類であった。

 

「君かー悪い電波を出しているのは!物的証拠は残してもらっては困るなぁ」

 

 イヤホンに録音機。先程まで私が使っていたものだ。それらを親が子供へ叱りつけるようにわざとっぽく言うと、私の横の位置に放り投げた。

 

 音を立てて畳の上に落ちた盗聴器類は少しだけ跳ねてその場を動かなくなる。そこへ…何やら銀色の光る小さいものがどこからともなくうじゅうじゃと群がって行った。

 

「…!」

 

 それはまるでリスのようなものであった。小さな体に丸まったしっぽ。金属でできたリスのようなものたちは、盗聴器の近くに群がると……それらを食べ始めた。

 

「え…?」

 

 それらは、金属やプラスチックで出来ているにも関わらずカリカリと小さな音を立てて食べて、もとい解体をし始めた。

 

「さて、後は仕上げだなぁ」

 

 私は、リスの行為をただ見ていることしか出来なかった。

 

「世の中、知っていてもいいことと知らなくてもいいことはいっぱいあるからねぇ。君は知りすぎたんだよ」

 

 視線を篠ノ之束に戻すと、彼女は何か金属でできた棒状の物を取り出した。そして、じじじ…と音を立てて弄っていき、リスもどきの食事音と一緒に奇妙な二重奏(デュエット)を奏でる。

 

「ちーちゃんの教え子だしちーちゃんが悲しむ所を見たくないから、これくらいでいいかな?」

 

 何やら機械の設定をしている間に、盗聴器たちは無残にもねじ一本も残らずに解体され、リスのような物体の集団は音もなく消え去っていた。

 

「私をどうするつもり?」

 

「んー?怖いの怖いのかい?ふふふ…」

 

 彼女は棒状の物に視線を合わせながら不敵に笑う。

 

「よし完成!はいはい、ご注ー目」

 

 私の目の前に持ってきた物体…棒状のようなものの先端は赤く、幻想的に光っていた。思わずその光に見惚れる。

 

「君がちーちゃんの教え子でよかったね★今回は初回限定!特別に1日分の記憶を飛ばしてあげましょーう!」

 

「記憶を!?そんな馬鹿げた事が…」

 

「甘い甘い。私は天才束さんだよ?不可能なんてないのさ」

 

 それは、唐突に甲高い機械音が鳴り響き、赤い光が増長されていく。

 

 

 

 

 

 何を言って…

 

 

 それは光を放つと、私の目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ宇宙に行けると信じている人がいることにはね、束さんも驚いたよ」

 

 篠ノ之束は地面に転がり意識を失い、制服のボタンが外れ、肌が露出している少女を見つめていた。

 

 

 

「夢なんてものはね、あれこれ妄想しているときが一番幸せなんだよ?」

 

 彼女の言葉に反応する者はだれ一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

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