神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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7月は忙しかったです(小並感)。


非力な私を許してくれ……。







第26話 残暑の日には

 

「暑い…」

 

 部屋の中に籠るからっとした暑さに思わず俺は、言葉を漏らす。汗ばむ白い制服の襟元を掴み、体へ新鮮な風を扇ぎ入れながら、風の入ってこない開けられた窓を見た。秋の季節なのにこれほどにまで暑い原因はただ一つ。

 

『残暑』

 夏の暑さが秋まで続いてしまうというあの現象だ。朝に食堂で見たテレビの天気予報のお姉さんが、今日は残暑で暑くなるだとかそんなことを言っていた。

 最近だと地球温暖化が原因で涼しいはずの秋の季節でも、夏のように気温が高くなっているだとか言われているらしい。秋は涼しく快適に過ごしたいと思っている人は俺以外にもいるはず。全くどうにかしてもらいたいものだ…。

 俺が精々涼めるといったら氷入りの麦茶ぐらいだけ。今だけはこれで暑さを乗り切るつもりだ。

 

 暑さに気を取られ、残暑に不満を抱いていた俺はふと我に返り、やるべき仕事に取り掛かる。右手にペンを握り、目の前の『部活特別申請届け』と書かれた紙の書類をいそいそと決められたやり方で事務処理をしていった。

 最後の剣道部の書類を書き終えた所で、俺はペンを机に置き、()()()()()のいる方向へ目線を動かした。

 

「楯無さん、この書類を終えました」

 

「あら、ご苦労様。それじゃあ休憩しよっか。こっちへいらっしゃい、お姉さんの膝の上が空いているわよ」

 

 先程まで澄まし顔で扇風機を独占し、カップタイプのバニラアイスを食べていた楯無さんは、涼しげな表情で自分自身の膝をポンポンと軽く叩く。

 

「何で膝の上なのですか…。普通に座りますよ」

 

 楯無さんから送られる何時もの掛け合いを軽く流し、俺は扇風機の当たれる場所へと移動した。

 

 

 

「楯無さん…。もしかして今日の仕事は終わったのですか?」

 

「そうよ〜。自分の分はもう終わらせたわ。後は一夏君の仕事ぶりを見ているだけ♪」

 

「やっぱ経験の差ですかね…。こうも早さに差が出るのは…」

 

 右手に木製のアイススプーンを持ち、こちらへウインクする楯無さんに、俺はただただ苦笑いをするだけで精一杯だった。

 

 

 ここは休日の生徒会室。なぜ俺がここにいるのかというと、俺が副会長という”お偉い”肩書きを頂いたからだ。

 

 話は学園祭にまで遡る。

 部対抗の一夏争奪戦という俺にとってメリットが一つもない争い事は、いつの間にか生徒会が俺を引き取るという形で終息した。何でも、平等に俺を各部活動に参加させるために行った措置らしい。かくして俺は、生徒会所属の派遣社員となり、色んな部に行かされることになった。最近だと、テニス部に派遣されていたときに、俺のマッサージを誰が受けるかで小競り合いが起こってしまった。このように、たまに争い事が起きるものの、色んな部を体験できる俺としては満更でもないのが感想である。

 

 さて、俺の派遣業務は他にもあり、今行なっていた生徒会の書類整理などの生徒会の仕事も行わなければいけないのだ。意外と生徒会の仕事は多く、部活の書類や生徒の使用する設備の許可、学年ごとに使える整備室の割り当てを決めるなど様々だ。

 

「そういえば虚さんはどこにいるのですか?今日は見かけませんでしたが…」

 

 楯無さんから受け取った棒状のアイスを食べているときに、ふと浮かんだ疑問を聞いた。いつもなら、虚さんは日曜日の午前中には生徒会室に顔を出し、翌日の準備をしているはずだった。

 

「ああ、虚ならどうしてもやらないといけない用事があるみたいだから、昨日の内に今日の分を終わらして、今は出かけているわ」

 

「なるほど…虚さんも忙しいのですね」

 

 小声で何か、男ができたとか何とかと楯無さんが言ったが何と言っているかよくわからなかった。

 

「ああ、そうだ。お姉さんも一夏君に聞いてみたいことがあるんだよね〜」

 

「えー何ですか?あんまり難しい事を聞かれても答えられませんよ」

 

「そんなに難しくないわ、単純よ。本当に()()()()()()()()がISを使えると思う?」

 

「…!それは難しい質問ですね」

 

 俺は彼女の問いに言葉を詰まらせた。

 

 

 

 

 俺の誕生日の夜にあった出来事はすぐには千冬姉に報告せずに次の日に学園で伝えた。

 

 サイレント・ゼフィルスを操る少女に、ISを使う黒いスーツを着た謎の男。

 この二人のことについて伝えたとき、特に男の事を言ったときに千冬姉は眉をしかめた。千冬姉からはしばらくの間は無闇に外出をせず、もし出かけるならば誰か専用機持ちを連れていけ、と厳重注意を受けた。

 個人的にはサイレント・ゼフィルスを使う織斑と名乗った少女が気になっていたがお前と私以外に家族はいない、と千冬姉に釘を刺された。

 

 

 

「皆信じてくれない事は百も承知です。ですが俺の見間違いではなければ、あの人は男性だと思います。実は女性であったということがない限りは…」

 

 俺はあの時の様子を思い浮かべながら答えた。

 背は俺と同じくらいで、髪は短髪で茶髪。顔立ちは外国人のようであった。声もそんなに高くはないし、女性である可能性は低い。

 

「そう…。私は最初、一夏君の話だけでは信じられなかったわ。一夏君以外の男がISを使うなんて。でもね、学園を襲ってきた亡国機業の奴らの中に、特殊なシステムを使って男性でも扱えるようにしているISがあったという話を聞く限り、そうとも言えなくなってきたの」

 

()()()()()()!?」

 

「そう。それもアラスカ条約で禁止されたシステムで、一切の情報は国際IS委員会が握っているというくらい秘匿なものらしいわ」

 

「そんなものが…。まさか、それってもしかして…」

 

「一夏君の想像している通りよ。そのシステムは、あるISに試験的に導入されていたの。全身装甲(フルスキン)の赤いISで、右手には大きな緑色の剣を、左手には黒い鞭を装備しているIS。名前は『エピオン』。ギリシャ語で次世代のって意味だったかしら。とんだ皮肉ね」

 

 赤い全身装甲に大きな剣。

 まさに、一連の騒動で遭遇していたISそのものだった。そして、何故男でも扱えるのかという疑問を紐解くには容易であった。

 

「エピオン…。それがあれの…。でも何でそのISを知っているのですか?」

 

 そう、なぜ楯無さんがこの事を知っているのかが疑問に浮かんだ。あのISについての情報は一切不明であると、学園祭の事情聴取の際に千冬姉に言われた。おそらく、亡国機業が作り出した新たなISだと…。

 

「事態を重く見た委員会側がIS学園に情報提供をしたらしいの。このエピオンっていうISについてね。でもそれはあくまでスペックデータだけ。例のシステムについては男でも扱えるということ以外は教えてくれなかったらしいわ」

 

「なるほど…。でも何でエピオンの情報を国際IS委員会が持っていたのでしょうか?ましてや亡国機業が持っているISを…」

 

「このエピオンの情報はね、ずっとひた隠しにされていたのよ」

 

「ひた隠し?」

 

「そう。何らかの事情があったみたいで意図的にこのエピオンの情報を非公開にしたらしいの。おそらく、亡国機業の事だから盗み出したISには違いないはず。更識の私でさえこの事を知らなかったから、関係者以外によっぽど知られたくないものらしいね。今はこちらから探りを入れて、情報を収集している所よ。分かり次第みんなに伝えるわ」

 

「それにしてもさすがですね、隠された情報を引き出そうとするなんて…」

 

「そりゃ、私たち()()の手にかかればこんなの簡単よ。ほら、休憩時間は終わり!早く仕事を終わらせなさい!」

 

 アイスを食べ終わったところを確認したのか、俺は背中を押されて再び仕事場へと戻された。

 

 

 

 

 

「暑い…」

 

 額できた汗を制服の袖で拭う。

 開け放たれた窓からは相変わらず風は吹いてこなく、ジリジリとした暑さだけが部屋へと入り込んできた。残す資料の分を考えたら後一時間以上はかかるだろう。

 団扇で熱風を起こして暑さを和らげながら、チラリと楯無さんの方を向く。

 

 扇風機に囲まれ、汗一つかいていない楯無さんは俺の視線に気づいたのか、俺が仕上げた資料のチェックを止めて、にっこりと微笑む。

 

「どうしたの?一夏君?」

 

「あの…楯無さん…」

 

 俺はごくりと唾を飲み込み、心の内に秘めていた事を口に出す。

 

 

 

 

「扇風機をこちらに向けてくれませんか?」

 

「それはダメよ。()()()仕事を終えた人へのご褒美なんだから♪」

 

 作業をしている俺にだけ上手く風が向かないように配置された、扇風機に文句を言うもののあっさりとその案は投げ捨てられた。

 

「さいですか…」

 

「ほら、後少しなのだから頑張りなさい。お姉さんが見守っているから♪」

 

 頬杖をついている楯無さんに見られつつ、俺は再びペンを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日の昼下がり。

 臨海公園には人の姿がちらほらと見えた。ジョギングをしている人や公園の噴水で遊ぶ家族連れなど、各々が記録的な残暑である休日を満喫していた。

 そんな中、私は木陰のベンチに座り、最近学園で話題になっているというクレープにかぶりついていた。

 

 市内の公園にランダムで出現するというクレープ屋「クレープハウス ルワンダ」にはとある噂話があるという。それは、『ルワンダでミックスベリーを食べると幸せになれる』というものだ。

 

 いささかクレープ屋の思惑なのではないか、という疑念も拭いきれないが、こういった噂話には気になるたちでもあり、暑い日であるにも関わらずわざわざ、噂のクレープ屋を探し出したのだ。

 しかし、結果としてはミックスベリーなるメニューは販売していなかった。切り盛りしていた店主には、よく客から要望されるけど作っていないんだよね、と苦笑いされてしまった。ミックスじゃないけれどもベリーならあるよ、と言われ、とりあえず私は全種類のクレープを購入し、それらを味わっていた。

 

 

 

『ふむ…面白い話ですね。ミックスベリーという商品がないはずなのに、噂では実際にあると…』

 

「そうなのよ。あの後、裏メニューなのでは、と勘くぐってお店を見張ってみたはいいけれども、やって来たお客さんはミックスベリーなんて頼んでいないし…。不思議な話だったよ。まあ噂話は別として……特にこの丁度いい焼き加減の生地が素晴らしいです」

 

 私はうまく首に携帯電話を引っ掛けながら、右手に持つストロベリー味のクレープを食べ切る。

 

『所詮は噂話だったという事ですね。御愁傷様です。それはそうとクリスタ様は、どの味がお気に入りでしたか?』

 

「うーん…私は抹茶というものが好きかな。何だか独特といいますか、お茶を食べるという感覚が何とも斬新でしたね」

 

『なるほど、抹茶ですか。クリスタ様は、良い所に目をつけられましたね。最近こちらでも抹茶を取り扱う店舗がやっと出始めましてね、クラウドファンディングした甲斐がありましたよ!』

 

 電話の相手である助手さんは、いつになく高揚した声で熱く抹茶を語り出した。

 彼曰く、抹茶との出会いはニューヨークだそうで、そこで飲んだ抹茶シェイクの味が忘れられなかったとか。独特の風味と渋み、そしてどこかほんのりとした甘さには衝撃を覚えたそうだ。それからというもの、わざわざ日本の抹茶を取り寄せて自作で抹茶シェイクを楽しんでいたとか。

 

『…ごほん。さて、本題に入りましょうか。どうなりましたか?送った武器の調子は』

 

 抹茶への想いを綴った抹茶トークが終わった途端に、いつもの口調へと戻った助手さんは、本来の目的である定期報告をするために話を戻した。

 

「今では試作武器に異常は見らないです。既にサンドロックへ量子変換は済ませちゃいました」

 

『なるほど。一応、検査のためにこちらへリコールされる事は決まりましたので、事前に伝えてある担当者に渡してください。いつまた、量子変換と展開が出来ないという事態が起きてしまっては、大変ですから』

 

 

 

 事の発端は一昨日。

 IS学園に届いた我が社の試作武器である”ビームサブマシンガン”のデータ収集を行おうと、サンドロックへ後付武装(イコライザ)として量子変換しようとした際、エラーが発生したのだ。そもそも、ISに量子変換できる装備には、予めISの拡張領域(パススロット)へ登録できるようにプログラムがなされている。これは、全てのISには共通のもので、IS装備のプログラムにおいては基本中の基本。英語の挨拶が「Hello」であると同じくらいに間違えようがないのだが、なぜかサンドロックはこれを受け付けなかった。

 

『そちらで何か分かったことはありますか?』

 

「それがですね…面白いことに同じような症状が起きた試作装備があったそうです」

 

 そう、私たち以外にも同じような症状の試作装備があったのだ。それはIS学園で行われる予定であったテスト装備だ。

 

 IS学園はISを扱う教育機関という事もあり、上級生の授業の一環として企業が作った試作装備のテストを行っている。もちろん、ここで扱う試作装備は安全性が保証された装備で、事故の危険性のないものが事前に選ばれ、学園に持ち込まれている。ここでのテストの目的は、データ収集、企業の認知度向上、そして生徒へより多彩な装備に触れてもらうことみたいだ。

 そして、このテストのために選ばれた試作装備たちは年に数回、貨物コンテナに詰め込まれ、学園に搬入されるという作業があるらしい。

 らしいというのは、詳しい情報が分からないのだ。何せ、ISの試作装備を搬入する作業であり、それらの強奪や情報流出は以ての外。とても大事な作業なのであり、IS学園側がきっちりと情報を管理していた。

 私が知っていることがあるとすれば、専用機持ちがこの作業の護送任務に付くことがある、ということくらいだ。

 

 

 さて、その輸送される貨物の中には私がデータ収集を行う予定であった、ビームサブマシンガンが他の試作装備に紛れて積まれていたのだが…。

 

「私のサブマシンガンの他にも、テストを行う予定であった試作装備の中に数点、量子変換が行えない、もしくは不安定なものがあったそうです。どうも、試作装備の輸送の際に、ドンパチと派手に戦闘をやらかしたようで、もしかしたらその影響があるかも、と」

 

『その戦闘について詳しく調べられないのですか?』

 

「先生へ問い詰めたのですが、関係者ではないから伝えることはできないと言われました。けれども、その戦闘の影響で破壊されたコンテナもあった程、酷かったそうよ」

 

『…なるほど、分かりました。こちらでも引き続き調査を行いますので、クリスタ様はどうか心配なさらずに、ご自身の身体の治療に努めてください』

 

「うん、わかったよ。助手さん」

 

 それでは、と言うと首に挟めていた電話に手を伸ばし、通話を終了させる。

 

 電話をポケットにしまうと私は思わず深いため息をつく。果たしてそれは電話で助手さんと話をしていたからなのか、それともクレープをすべて食べきったからなのかは私には分からなかった。

 

 ナノマシン治療中の左腕を庇いながら、ベンチから立ち上がった。

 肌を撫でるような優しい風が吹き、ほてった体を冷やす。

 ふと海を見やると太陽がもう海面へと近づいており、空を赤く染めていた。公園には先程よりも人の数は少なく、噂のクレープ屋は早くも閉店準備に取り掛かっていた。ベンチ近くの地面からは虫の鳴き声が休む暇もなく聞こえ、音を支配する。

 

 

 

 秋は着実に近づいてきていた。

 

 

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