何度も揺れる地面に、けたたましく鳴り響く警報音。アリーナで生徒の誘導をしていた中井佳那は他の教員にその役を任せ、すぐさま管制室へと向かっていた。
彼女の走っている廊下には誰一人としておらず、ただ頭上の教室名が書かれている名札があったはずの場所には、『非常警戒警報』という赤い文字で埋められていた。
IS学園でイベントがあると必ず何か事件が起きていたために、セキュリティ部門を担当する彼女はレーダーや警報、そして警備の部分を強化して今回のタッグマッチに臨んでいた。しかし、それは非情にも敵の襲撃を許すという結果となってしまった。結局何も変わらなかったのだ。
その事に、彼女は非常に腹立たしく思うも、それと同時に自分たちの無力さを嘆じた。
ドアをこじ開けるように、管制室へ入った佳那の目に飛び込んできたのは、見知らぬ
既に戦闘が始まっているようで、映像にはタッグマッチに出場予定だった専用機持ちが未知のISと攻防を繰り広げていた。
「こいつらは…」
「おそらくあれは以前にも来た無人機の発展機だろう」
管制室にいた千冬が佳那の方へ振り向かずに答える。
「何故そんな事が…」
「やり方が全く同じだからだ」
「やり方?」
言葉の意味にイマイチピンとこない佳那は背中を向けている千冬を見ていると、千冬は先程からコンソールを叩いている山田真耶に近づく。
「山田先生、ロックされた扉の状況は?」
「現在、教員並びに整備課の生徒と共にクラッキング中です!ですが、アリーナ内で待機していた出場生徒たちへ参戦できるかどうかは…」
「まさかレベル4までシステムロックが引き上げられているの!?じゃあ以前の…」
そう、それは以前のクラス代表戦での出来事。
一年生の初戦に乱入してきた無人機の時と同じであった。
「ああ。それに敵の照合データが該当しない事を考えると、おそらくあれらも無人機だろう」
「またしてもやられたという事ですか…」
「残念ながら、そういう事になる」
「…!哨戒にあたっていた教員からは!?」
焦ったかのように佳那は千冬に近づきながら聞く。
「何度も応答しているが、反応が返ってこない。おそらくどこかで…」
「そんな…」
こちらへ振り向きながら言い放った千冬に、彼女は歩みを止める。
ただ、強く拳を握り俯いたまま、彼女は千冬へ一言も発しなかった。
そんな彼女を見ていた千冬は、モニターに再び顔を向ける。
「お前は一体何を企んでいるんだ…?」
「鈴!」
「分かっているって!」
玲菜を庇いながら私は、鈴に叫んだ。
鈴は両手に双天牙月を展開しながら、奴___ゴーレムと名付けられたISに全速力で近づく。
彼女は大きく振りかぶると、反応が遅れたゴーレムの前で飛躍する。ゴーレムの頭上を飛び越えながら体を縦に回転させ、手に持つ刃が奴の頭部を狙った。
だが、ゴーレムは頭を横にずらすことで直撃を避ける。金属同士がぶつかり合う、聞くに耐えない音がピット内に響いた。
鈴は滑りながら地面に着地し、右手を地面につける事で先程の勢いを相殺する。
攻撃を受けたゴーレムは、ターゲットを鈴に移したようで体の向きを変えて飛翔し始めた。
予定通りだ。
「クリスタ!お願い!」
どうにか気を引く事が出来た鈴は、予定通り狭いピットからゴーレムを追い出すために外へ、アリーナ内へと飛び出す。それに釣られるようにゴーレムは大きな羽を広げて追いかけ始めた。
私はそのやりとりを見届けることなく、すぐに立ち尽くしている玲菜を抱き抱えて出入り口に急いだ。
ピット内は先程までの騒音がまるで嘘であったかのように静かになっていた。あたりに散らばる物品さえなえればいつものピットそのものだ。
すぐにでも鈴の所に加勢したいという気持ちが強いが、今はやるべきことがある。玲菜を下ろすと、私はすぐにサンドロックを解除した。さっきの衝撃___左腕の盾で攻撃防いだためーとてもヒリヒリと腕が痛む。かなりの出力だろう。
痛みに耐えながら私は右手でその場に座り込んでいる彼女の肩を掴んだ。
「玲菜、怪我はない!?」
玲菜からすぐに返事は返ってこなかった。
その目は虚ろになり、今までのように活気のあった彼女とはまるで別人になっていた。
「玲菜!」
肩を激しく揺らすと、彼女は少しだけ首を動かし目線を合わせる。
「あ…クリスタ…」
「しっかりしてよ!怪我はない!?歩ける?」
「ねえ、クリスタ」
「何?」
「私…死ぬ所だったの…?」
彼女は弱々しく真っ白になった唇を動かす。
彼女の声を聞き、私はふと不思議な感覚を覚えた。それは何とも一言で表すことが難しいものだった。今の環境が懐かしくも感じるようで、既視感のあるようで、どこか昔の夢でこの光景を見た事があるようで。でも私にとっては、初めて見る光景で。
「クリスタ…?」
彼女の声に私は我にかえる。今はこんなことを考えている場合ではない。頭を横に振り、再び彼女の瞳を見据える。
「そう、結構危なかったよ。私がいなきゃどうなっていたことか」
いつもはしない、少しおどけた口調で優しく語りかける。
そういえば今起きている現状が分からないよね、と伝えると彼女は一言も発さずに頭を縦に振る。よく聞いてね、と前置きをして通信から聞かされたことを彼女に伝えた。
サンドロックに管制室からの通信があったのはピットの扉が開ききったあたりからだ。オープンチャンネルにブリュンヒルデの声が聞こえてきた。
『全専用機へ通達する。現在、IS学園のシステムがハッキングに遭い、こちらからの操作なしで勝手に各施設が動いている。さらに未確認のISらしき物体が複数IS学園に接近している事も確認された。現時点をもって未確認ISをゴーレムと断定。各専用機持ちはゴーレムの対処にあたれ!』
「だから、玲菜はこのままピットからアリーナの入り口まで戻ってね、わかった?」
「うん、わかった」
後は一人で大丈夫、と自分に言い聞かせるように玲菜は何度も言った。
自力で立ち上がっているところから怪我はないだろう。
「じゃあ私は行くね」
彼女の姿を見届けた私は、再びサンドロックを展開する。
「クリスタ!」
アリーナ内へと行こうとした時、後ろから声をかけられた。先程よりは元の玲菜に戻っていた。
「どうしたの?」
「クリスタ…その…無茶はしないでね」
「大丈夫。あんなのちゃっちゃと片付けるさ」
彼女に背中を向け、歩きながら右手で軽く手を振りそれに応える。
すぐに鈴の所に行かないと…。
ピットの出入り口の端に立つと、アリーナが一望できた。鈴の居場所を探すとそれはすぐに見つかった。
「鈴!」
彼女はアリーナの壁に打ち付けられていた。起き上がる素ぶりを見せない彼女に、ゴーレムは上空から急速に近づく。
させない!
PICを作動させ、すぐさま鈴の所へと飛び出した。
右手にビームサブマシンガンをコールし、背中を向けているゴーレムに撃つ。
こちらの攻撃に気づいたのか奴は、急降下をやめて身を守るように体を羽で覆った。
鈴の所へと回り込むように撃ち続け、ゴーレムをこちらに近づけないようにする。
「鈴!大丈夫!?」
アリーナの地面に降り立った私は、後ろにいる鈴に叫ぶ。
「…何とか…ね」
壁面の崩れる音が聞こえ、真後ろにいる鈴はふらつくように立ち上がった。
「クリスタ、あいつ…」
鈴が苦しみながら何かを言おうとした時、ゴーレムは動き始める。奴は弾幕から逃れようと、体を左右に動かして回避行動を取り始めた。体を覆うようにしていた羽を広げ、刃物を展開する右腕を前に掲げる。そして、左手の平から緑色のエネルギー弾を撃ちながら、こちらへと突進してきた。
その動きを見切った私たちは、左右の上空に避けることでその攻撃をかわす。
私たちが先程までいた場所には、奴の刃物が振り下ろされ、硬い土の地面に突き刺さる。その衝撃で、奴の周りには土埃が立ち込め、その赤い天使の姿を隠した。
その様子を見ているとハイパーセンサーからある警告文が表示された。
『警告 シールドバリア展開に損害が発生。絶対防御が正常に稼働しない可能性があります。』
それは全く見た事がない警告文であった。まず試合中に見ないものだ。目の前に表れる警告文の上に、鈴からのプライベートチャンネルが開かれる。
「クリスタ、あいつ…絶対防御を貫通させる攻撃をしてくるから!」
「貫通?」
「そう、なんでか知らないけど体に…」
その時、ロックオンされているという警告音が鳴り始める。
土煙から奴が現れてきた。凄まじい速さで。
「!!」
とっさにヒートショーテルをコールするも、ゴーレムの
奴の斬撃を防いだことで、よろめくとすぐに腹部に衝撃が走る。奴の左手による殴打を受けた私はそのまま目の前に見えるゴーレムを見ながら、地面へと背中からぶつかった。
攻撃を受ける。そして、どこかにぶつかる。いつもの事だった。ISを使っていたらよくあることだ。いつものようにそのまま立ち上がって体勢を整えなければならなかった。だが、私はその簡単なことが出来なかった。
言葉にならないような声が口から出てきた。
腹部と背中には痛みが走り、まるで肺が握りつぶされているかのように息が出来なかった。初めてだった。ISに乗ってこんなにも苦しい思いをしたのは。
敵からダメージを受けることはよくあった。そりゃ、互いに武器を持って戦うのであるから無傷で済むってことはなく、よほどの上級者ではない限りダメージは避けられない。だが、操縦者には直接痛みが伴うことはなかった。これは、ISによる絶対防御の機能が発動しているからだ。
口を必死に動かし、酸素を体に取り込もうとする。
その絶対防御がうまく動かないと直接ダメージが操縦者に伝わってくる。今のように。
やっとの思いで上空を見上げると、鈴が龍砲をゴーレムに対して撃っていた。連続して衝撃砲を放っているものの、奴はまた羽を体の前面に覆う事で攻撃を防ぐ。見ている限りでは、あまりダメージを受けている印象ではなかった。
「どう?立てそう?」
「何とか…ね」
先程の鈴の気持ちを思いながら、私は何とか立ち上がる。耳にはいつもよりも鼓動の早い心臓の音が聞こえていた。
これ以上戦闘を長続きさせるわけにはいかなかった。これまでのような戦い方をしていては体がもたない、そう感じた。
ならば、どうすればいいか?
考えなくとも、その答えが私の頭の中にパッと浮かぶ。
「鈴、そのままそいつを引きつけて!」
相手の確認もせずに私は上空へと飛躍する。そして、鈴の正面___ゴーレムの背後に着くとすぐさま肩部ミサイルをコール。がら空きの背後へと発射した。発射したミサイルに気づいたゴーレムは、そのままさらに高く飛ぶ事で攻撃をかわす。
だが、これで奴は前面を覆う羽は無くなっていた。鈴も奴と一緒にさらに高く飛ぶ。
「正面ががら空きよ!」
両手に持っている双天牙月を連結したで鈴は、ゴーレムに振りかざした。彼女の放った素早い斬撃に、奴は左腕を突き出すことで、その攻撃を防ぐ。
その装甲は硬く、攻撃を受けた部分が凹むだけで済んでしまった。
ゴーレムは鈴ごと左腕で素早く振りほどき、そして肩部にあるくぼみからレーザーを放った。それに反応した鈴は、体をくねらせるようにかわし、奴との間合いを取る。
「なるほどね!クリスタのやりたいことはわかったわ!」
鈴は私の言葉を理解したらしく、体勢を整え再び双天牙月を構える。
奴は複数を同時に相手することが出来ないのだ。
初めて目の前に現れたときもそうだ。最初は玲菜に狙いを定めていたのだが、鈴が攻撃をした事で、そのターゲットが玲菜から鈴へ移った。一つにしか攻撃対象を定められない。この習性を利用すれば、倒せる。
なあ、本当にそう思うか?
ふとそんな疑問が私の頭の中に浮かぶ。確かにこれで奴にダメージを与えることができるだろう。
「今度は私が惹きつけるわ!」
鈴が肩部に浮遊している龍砲でゴーレムを攻撃する。
しかし、奴の装甲は硬い。単純に装甲へダメージを与えても意味がないのだ。どこか…どこかに弱点が…。
先程の攻撃でターゲットはすっかり鈴に移り、ゴーレムは私に背を向けていた。
両手にヒートショーテルをコールする。
考えろ。考えるんだ。
肩と左腕から放たれるビーム兵器を鈴は躱しながらも、衝撃砲でゴーレムへ攻撃を繰り返しながら、双天牙月を持ち、奴に近づく。
そんな彼女を見ていた私は、すぐにゴーレムに目を移し、熱を帯びてきたヒートショーテルを投げつけた。
高速に回転しながら、それらは弧を描くように、互いにぶつからないように奴の足元へと飛んでいく。私の右手にはビームサブマシンガンが握られていた。
鈴の斬撃にヤツは右腕につけられている刃で受け止めていた。今なら動けないはず。
回転するヒートショーテルの速度を上げ、更に奴へと近づけた。それらは、奴の膝裏の薄い装甲をえぐるように突き刺さった。
すぐさまビームサブマシンガンでそれらを撃ち落とす。熱を帯びたショーテルたちは爆発を起こし、奴の体勢は崩れた。
地面へと落ちるゴーレムを鈴は見逃さなかった。背中から落ちるゴーレムに近づき、双天牙月を振りかぶる。奴は左腕で体をガードしようと前に掲げるが、鈴はそれを左足で蹴り、斬るすき間を作る。
その勢いで体を回転させた鈴は、刃を展開しようと前に掲げたゴーレムの右肘から先を斬り落とした。
アリーナの地面に切り離された右腕とともにゴーレムは落ちていった。地面には大きなクレーターが作り上げられ、それによって辺りに粉塵が舞い上がる。
「よし!」
鈴はガッツポーズを作り、喜ぶ。装甲の薄い関節部分を狙うのは正解だった。これを繰り返していけば、奴の動きを封じ、活動停止に追い込める。
そう彼女は思っているだろう。
いいや、あれだけじゃ倒せない。
だが、私にはなぜか不思議と何かが足りない。そういう感覚に襲われた。
砂埃が晴れ、ゴーレムの姿が再び現れた。
動き出そうとするその姿を見て、私は引き金を引いた。
奴は何事もなかったかのように、その場にふらつくように立ち上がると頭部を狙った射撃を躱した。身体を前に倒し、走るように逃げる。
「まだ動くの!?すばしっこい!」
鈴は悪態をつくように言い吐くと、近接攻撃のない奴に近づく。
その時、奴は鈴の存在に気付いたのか、くるりと体の向きを変え、肘から先のない右腕を前に突き出した。それと同時に左腕と肩からレーザーをこちらへと放ってきた。引き金から手を放し、左腕の盾を突き出しながらその攻撃を躱す。
いつも私の体を守ってくれるはずの絶対防御は故障しており、その熱さは直に体に伝わってきた。攻撃を掠った左足には、まるで熱された鉄板を押し付けられているかのように尋常ではない熱さが伝わり、思わず体のバランスが崩れ、あの攻撃が直撃する。
警告音が聞こえ、とてつもない熱が体全身に広がった。
制御を失い、地面に落下する。
熱さで顔をゆがめつつも、ゴーレムを見ると、私は言葉を失った。
先程鈴が斬り落としたはずの右腕が奴の残る腕に、鉄が磁石に引き寄せられるように飛んできていたのだ。
「え?」
はたしてどちらが発した声なのかわからなかった。見事に再生した右腕で、奴は鈴を横に突き飛ばした。鈴は、地面を何度も転がりやがてアリーナの壁に亀裂を作って止まった。
「…どうすればいいのよ」
武器の利かない硬い装甲。瞬時加速を使用し、さらに切断された部分は再生する。
一方こちらは絶対防御が正常に発動しない今、シールドエネルギーが余っているにもかかわらず操縦者は限界だ。
固い地面で、声にならない声が嗚咽した。口の中には分泌物と血の混じった味がし、これが涙なのか鼻血なのかもう分からなかった。
今までに感じたことのない足の痛みに私は立てなかった。足を何度も何度もさすっても皮膚をはがしたような痛みは消えなかった。
分からない。どうすれば、この状況を打破できるのか。
何かずしんずしんと大きな振動がした。
分からない。どうすれば、あいつを倒せるのか。
その振動はさらに大きくなる。
分からない。どうすれば、私はあいつに勝てるの?
目の前がゆっくりと暗くなるのを感じた。
その時だった。何個ものイメージが飛び込んできた。いっぱいだ。それもいっぱい。
ビデオだ。どれもこれもあいつをころすビデオだ。ただ、やりかたがちがって、かていがちがって…。だがどれも、
そっか、こうすればいいんだ。
「なん…なのよ…。反則でしょ」
二回も壁にぶつかった私は、ふらつきながら体を起こした。頭はガンガンするし、さっきの投げた飛ばされた衝撃で右腕が痛い。正直めまいがひどく視界は定まっていないに等しい。
それにあんなの見たことも聞いたこともないよ。機械が自己修復するなんて。
ハイパーセンサー頼みであいつを探すと、それはすぐに見つかった。
「クリスタ!」
あいつはゆっくりとクリスタに近づいていた。あの子はというと地面にうずくまっている。全く動く気配はなかった。
「もう!」
痛みに耐えつつ、両手に双天牙月を構えると奴に近づく。
走りながら龍砲を撃つが、奴は後ろ向きなのにも関わらず上手に羽で私の攻撃を防いだ。
「器用な事するじゃない!」
衝撃砲の発射をやめ、双天牙月で斬りかかる。袈裟斬りを奴の腕の付け根目掛けて放つと、奴は振り向いて右腕でそれを受け止めた。相変わらずその力は強く、すぐに押し返される。
後ろに吹っ飛ばされた私は、転ばないように前かがみの姿勢をとり、手を地面につけることで対処した。
目の前にいるゴーレムを見据えると、その後ろでクリスタがふらつきながらも立ち上がっていた。
「クリスタ!よかった…私があいつの気を引くから」
その隙に、と言おうとした時、発砲音が聞こえてきた。
「何!?」
思わずその音に驚くも、その音がどこから鳴っているかはすぐにわかった。それは目の前からだった。クリスタが両手にマシンガンを持ってゴーレムに撃っていたのだ。
「ちょっと、私の話聞いているの!?」
なおもマシンガンを撃ち続ける彼女にゴーレムは微動だにせず、その場で振り返ってあのレーザーを撃ち反撃する。クリスタは体勢を低くし、ゴーレムの周りを回るようにして回避した。そして丁度、先程とは反対側の所まで回ると再び手にサブマシンガンを持って撃ち続ける。つまり私があいつを襲えって意味なのかしら。
双天牙月を強く握りしめ、あいつの背後に回ろうとした時、通信が入った。
「邪魔………するな」
「…え?」
それはクリスタからだった。ただ、その通信に驚きを感じた。あまりも彼女が別人みたいだからだ。感情のこもらない声に聞いたことのない命令口調。それだけではない、私がまだ
マシンガンを撃ち続ける彼女に、あいつはまたしてもレーザーを撃って反撃した。だが、それもまたクリスタは躱した。後ろに猛スピードで下がって。
「後ろ向きに
大抵瞬時加速は前方にしか使わないものだ。練習をすれば前後左右どちらにも使うことは可能であるが、前方以外に使うと体への負担がひどいはずなのだが…。
そんな彼女の行動に誘われるように、ゴーレムは私を無視してクリスタの方へと飛んでいった。
壁際にまで下がったクリスタはマシンガンを構える。そして、引き金を引いた。だが、その標的はゴーレムではなかった。
クリスタは、地面に向けてマシンガンを放つ。アリーナの地面に銃弾が埋め込まれ、辺りに散った砂が散乱する。少しして、あの子の姿は砂によって隠されてしまった。
視界を遮られたゴーレムは砂埃の舞うその場に止まり、左腕を掲げてクリスタのいたはず場所に向ける。そして、両肩と左手からレーザーを放った。拡散するレーザーが砂埃を切り払い、複数本のレーザーの道筋を作る。それらは、どれもアリーナの壁と地面に当たり、再び砂埃をまき散らした。道筋が消えたその時、ゴーレムが放った方向からは反対側から何かが飛んできた。それが一体何なのか私のハイパーセンサーがすぐに教えてくれた。クリスタのヒートショーテルだった。うねりを上げて回転するそれらは、ゴーレムに向かっていく。あいつは少し下がり、それらに向けてレーザーを放つ。だが、ショーテルたちはそれらの攻撃を見計らったように綺麗にレーザーを躱した。対処しきれないと判断したのか、あいつは右手にある刃でショーテルたちを叩き落としていった。
二回、カランコロンとショーテルたちが地面に落ちる音が聞こえた。その頃には辺りに漂っていた砂埃は消え、ハイパーセンサーなしでも視界がはっきりするようになった。
そこで、私はクリスタがあいつの背後に張り付いていることに気が付いた。
「クリスタ!?」
クリスタはあいつの背中に器用に捕まっていた。両手をあいつの首に絡みつき、両足は丁度腰のあたりに足を絡ませていた。ゴーレムはクリスタを振り落とそうと何度も振り払おうとするが、彼女は全く離れなかった。
一体あの子は何を考えているのだろうか。
私は真っ先に思った。ISがましてや戦う相手にしがみつくなど前代未聞だ。聞いたことがない。何をしたいのか想像もつかなかった。
彼女の行為にただ呆然としていると、ある変化が起こった。
『警告 莫大な熱源を確認。注意してください。』
ふとハイパーセンサーからそんな警告文が流れてきた。
それと同時に、クリスタが光り始めた。いや、クリスタのISが光り始めたのだ。まるで、熱を持っているかのように赤く光り、その輝きは段々と増していった。そう、それはまるで…。
「ちょっと嘘でしょ!?」
ゴーレムが振りほどくのをやめ、飛び上がったときクリスタのISは爆発した。
目を開くことが出来ないほどの光とうるさいほどに聞こえる爆音、そして熱が私を襲い、爆風に飛ばされないようその場に伏せる。私はただ、目と耳をふさぐことしかできなかった。
風が収まり、顔を上げると一面が火の海だった。
ゴーレムの一部だったものが辺りに散らばり、バチバチと音を立てて激しく燃える。
「嘘…でしょ」
呆然とした。足の力がなくなり、その場に座り込む。
確かに、私は見たんだ。クリスタがゴーレムに引っ付いてそして…。
「嘘…嘘よ」
視界がぼやける。涙が止まらない。
クリスタが自爆したんだ。なんでそこまでしないといけなかったのか。なんで命と引き換えにしてまでやらないといけなかったのか。今の自分には、全く理解できなかった。
受け止めたくない。クリスタがいなくなったなんて。
ガシャン。
火の海に囲まれた、このアリーナで何かの音が聞こえた。
「何!?」
ふと、クリスタかもしれない。そんな希望が私の中に生まれる。涙をぬぐい、ハイパーセンサーで音の場所を探すとすぐにそれは見つかった。
ゴーレムだ。だが、まるで比べ物にならないほど完全に別なものと化していた。背中にある羽や手足もほとんどなく、装甲は剥がれてISの骨組みしか残っていなかった。
「まだ動けるっていうの?」
あいつの右腕が動いていたのだ。空を掴むように手を伸ばしていた。
龍砲を構え、ゴーレムにターゲットを合わせる。ロックオンをしたその先に、見覚えのある残骸が私の目に飛び込んできた。ISだ。
左肩先から何もなく、辛うじて右腕と頭部は残っていた。最も特徴的だったV字アンテナは折れている。下半身は上半身から切り離され、遠くに落ちていた。だが、私はふとこの残骸たちを見て疑問に思った。
確かに、このISだったものにはクリスタが乗っていた。あれほどの爆発を受けていたのだから、無傷で済む話ではなくむしろ死んでいてもおかしくない。しかし、この残骸たちには肉片どころか、血一滴でさえ落ちていなかったのだ。
ただ呆然とその様子を見ていると何かがあいつの胸貫き、ゴーレムの活動を停止させた。空からの攻撃だった。
「大丈夫か、鈴!」
「箒!」
それは箒だった。上空にいた彼女は私の所へと降りてくる。箒の紅椿の両腕には先程放ったと思われる見知らぬ弓が見えた。
「無事で良かった!今一夏と手分けしてみんなの援護に回っていたのだ」
それにしても、と箒が言葉を続ける。
「何だと言うのだこの状況は?鈴、一体何をしたのだ」
「これはその…」
あまりにも不可思議な状況に混乱する。今何が起きているのか私が知りたいくらいだ。
「それよりもクリスタはどうした?一緒じゃないのか?」
「クリスタが……自爆したの。」
「はい?」
箒が眉を寄せる。
「…だから、クリスタがあいつに取り付いて自爆したの!」
箒は辺りを見渡す。周りには、今なお火をあげて燃えるゴーレムの部品があった。
「何を言っているんだ。ISに自爆機能など聞いたことがないぞ!それに、自爆したと言うならばあいつは…」
「うん、最初は私もそう思ったわ。けど、あいつはISに乗ってなかったの」
「え?お前はさっきから何を…」
「私だってわけがわからないよ!いなくなったと思ったら、ISに乗っていないし…」
ISの残骸ならあれよ、と箒に指差した。箒は動かなくなったゴーレムの横を通り過ぎて、サンドロックだったものに近づく。私も彼女の後を追った。
「もぬけの殻だと…」
箒はサンドロックの左腕の部品を持ち上げる。本来なら、そこには人だった肉片やら血やらがこびりついているはずだが、それの中身は空っぽだった。
「じゃああいつはどこにいるっていうのだ…」
「あっつ…」
右手を手のひらに当てる。さっきまで風邪をひいていたかのように暑かった体温は下がり、手の甲についた汗がほんのりと冷たかった。
空にあった厚い雲は既になく、西側の空が赤く染め上がり夕刻を告げていた。
正直右腕以外を動かしたくなかった。クレーターの傾斜にいるだけで、私の体は悲鳴を上げていた。
アリーナにできたクレーターに無理矢理入り込んだために、体には予想以上の負担がかかっていた。それに見てはいないが、恐らく全身火傷を負っているだろう。皮膚が吹く風によってひりひりとして、痛い。傍らに置いてあるサンドロックの盾がほんのり冷たく、気持ち良かった。ふと、動く右手をお腹に当てる。もう大丈夫だろうか?
先程までしていたむかむかとした感覚はない。そりゃ、最後の方なんて液体だけだったし
何故あんなものが私の頭のイメージに入り込んできたのが不思議であった。全部、方法は違えどあのゴーレムに勝つまでの過程であり、そのほとんどが私や鈴が、いやその両方が死ぬという結果を含むものだ。それらは鮮明な記憶のように思い起こされた。別にこれらは私が想像したくて思い起こされたものではない。勝手に流れ込んできたんだ。一体どこから現れたものなのか?サンドロックか?ハイパーセンサーが?それとも…?
いや、考えるのをやめよう。眠たくなるし、これ以上考えられない。ここにいればいずれ鈴たちが私を見つけてくれる。これも
ああ…戻ったら何を食べようか。
「うーん、やっぱだめだったかぁ…」
薄暗い部屋で女の声が響く。悲しげな感じに女は呟くが、その表情は笑顔そのものであった。
明かりという光は女の目の前にあるディスプレイの光しかなく、機械じみたうさ耳を付ける女の顔が青白く見えていた。
「もうちょいいっくんたちと互角に渡り合えると思っていたけど、やっぱ無人機はダメだねぇ。しかし、性能テストが本命じゃないからいいのさ!」
せわしなくコンソールを動かしている女の目には、ディスプレイに映るISのデータの画面があった。3Dモデル化されたそれは一定間隔でぐるりと回る。まるで女性をイメージしたようなスリムな胴体にそれより一回りほど大きな翼。肩や左腕には何かの発射口が見える。
「ま、ゴーレムⅢは第三世代には勝っていたし、これ以上の性能アップはさせなくていいかなー」
例外はいたけどね、とそのうさ耳女はボソッと呟く。
「にしても…」
うさ耳女は人差し指でコンソールの何かを押し、表示している画面を変える。そこには、『紅椿』と表された題名のデータだった。
「箒ちゃんもあの時のように強くなったねぇ。ゴーレムⅢを送っただけはあるよ~」
うさ耳女は嬉しそうに笑う。
「経験値蓄積による新たな武装の構築に、箒ちゃんのパーソナルデータの収集!まさに完璧って感じだね!さすが、私!」
うさ耳女が自画自賛し、うんうんとうなずいていると、突如天井に備え付けられている電気に光が灯り、部屋が明るくなる。
辺りにはスクラップ場のように無造作に置かれた、機械に埋め尽くされているその部屋の中心にいた女性は驚き、部屋のスイッチがある場所に視線を移す。
「束さま、部屋は明るくしないとお体に良くないですよ」
扉の近くには一人の少女が立っていた。白のセーラー服に紫色のスカート。更に、スカートと同じ色のスカーフが少女の容姿をより美しく見せていた。手入れのされた艶のある長い銀髪に両目を閉じている少女は、無表情で束と呼んだうさ耳女の方に顔を向ける。
「大丈夫だよ、くーちゃん。なんせ、私は束さんなんだから!」
「…」
くーちゃんと呼んだ少女の方を向いて胸を張り、えっへんと束は自信ありげに言う。
「…それで何か用かな?」
「食事の支度が終わりました。」
「おお、そうか!じゃあすぐにでも行かないとね!」
でもちょっと待ってね、と束はコンソールを叩き、何かの操作をし始める。
「ですが…」
「ん?」
「また失敗してしまいました。ですので…」
ふと束はコンソールを叩く手を止め、匂いを嗅ぐ。すると、少女が開いた扉から微かに焦げた炭の匂いが漂っていた。
「なーに、くーちゃんの料理はいっっつも美味しいから大丈夫だよ!」
「…」
束の言葉に少女はただ無言になる。表情を崩し何かを言いたそうに口を開こうとするも、すぐに口を閉じた。そして、再び無表情になった少女は口を開く。
「所で何をされているのですか?」
「あー。箒ちゃんのデータをまとめているの」
あとね、と付け加える。
「次の
「…なるほど。今度も束さまお一人で、ですか?」
「もう、堅いよくーちゃん!私の事はママって呼んでいいのに!照れ屋さんだなぁ」
「…」
少女の反応を待つ前に束は言葉を続ける
「今度のおでかけはくーちゃん一人で行ってほしいなぁ」
「わかりました。どのようなおでかけでしょうか?」
「簡単だよ、ある荷物を持ってIS学園に行ってもらいたいんだよね」
「荷物を、ですか」
「そう!IS学園の地下特別区画にね」
「おーい、いるんだろ?」
扉を開けるや否や、その人物はぶっきらぼうに言う。眼鏡をかけたその人物の目には、いくつかのISが置かれている広い空間があった。
倉庫ともいうべきその場所を眼鏡の人が歩き始める。全体は暗く、窓は全くなかった。明かりは鎮座しているISにだけ灯され、歩くとなると足元がかすかに見える程度だ。
眼鏡の人が辺りを見回すように誰かを探していると、ふと頭に風を受ける感覚があった。あまりにも不自然な風に違和感を覚えた眼鏡の人は後ろへ飛びのき、頭上を見る。
すると、そこには4つの羽を回転させている機械が音もなく飛んでいた。
「よ、驚いたか?」
光の当てられた、ISの近くにある機材の影から出てきた人物が嬉しそうに大声で言う。ジーパンに半袖ポロシャツという、ラフな格好をしている男を見て、身構えていたメガネの人は立ち方を元に戻し、眼鏡をかけ直す。
「…危ないじゃないか」
「まあまあ、俺に抜群の操縦技術があって助かったじゃない」
男は 手に持っている操縦器を操作して、自身の足もとに先程飛んでいた機械を降ろした。
「…そんなおもちゃで遊んでいるなんて暇な奴だな」
「おいおい、おもちゃとはなんだよ!知らないだろうけど、これでも俺にとっては真面目な仕事なのだが」
「僕には全く真面目に見えないのだが」
両手を広げてアピールする男に、眼鏡の人はため息をつく。
「後で操縦系を改良してもらうんだからよぉ…そんときなったらお前にも見せるわ!」
「そうか、楽しみにしている」
「うわ、全然楽しみじゃなさそう」
眼鏡の人の感情の籠らない無気力な返事に男はしょんぼりとしつつも、足元にあった機械を手に取って何かをいじくり始めた。
「…それでだ」
「スコール様からの伝言か?」
「いや、上層部からの依頼だよ」
ほう、と男は感慨深げに呟く。機械を抱えて男は眼鏡の人に近づく。
「それで、依頼っつうのは?」
「ある人物の保護だ。それもとびきりの」
「へえ、拉致なんて久々じゃん。んで、誰なんだよ」
逆立てた金髪に眼帯を左目に付けている男はにへらっと嬉しそうに言う。
「束博士お気に入りの娘だ」