神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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第31話 非日常な日常

 放課後の食堂というのは私にとって初めてのことだった。

 いつもならこの場には、ご飯を求めてやってくる生徒で賑わい、溢れかえっている。しかし、至る所から聞こえてくるおしゃべりや、食器とカトラリーがぶつかり合う音は全くと言っていいほど聴こえてこなかった。

 その代わりに、至る所の壁に埋め込まれているデジタルサイネージからは、食堂のメニューの紹介と共に効果音が流れ、食堂の中央にある大きな水槽では音を立てながら絶え間なく、酸素を供給していた。

 いつもと変わらない場所なのに、まるで別の場所にいるように感じてしまっていた。

 きっと私に心の余裕があったら、もっとこの不思議な気分を味わえていたんだと思う。今は無理なのだが。

 

「で?どうなの、そこんとこ?」

 

 負の感情が滲み出ている声に思わず、身をすくませる。別に私が何か怒られるようなことをしていないはずなのに、変に罪悪感が体にのしかかっていた。

 制服をぎゅっと握っていた手のひらには変な汗がかき、生地に染み込んでいた。

 顔をあげて、縮こまりながら目の前を見る。

 

 露出度が高くなるように改造された制服を着る、ガラの悪い娘がジロリと私を睨んでいた。食堂の窓から差す夕日がより、彼女の表情を際立たせる。二組のクラス長であり、中国の代表候補生の凰鈴音が左肘をテーブルにつき、前のめりになりながら、私の返答を待っていた。ちらりと彼女の近くに座っている人たちを見る。

 ドイツ代表候補生にイギリス代表候補生、そして篠ノ之博士の妹。誰もが腕を組み、そして腰に手を当てて私を睨んでいた。この光景はさながら、悪の組織の幹部たちに尋問されているといったところだった。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか…。心の中で私は天を仰ぎ、今日の私の行動を後悔した。

 

 

 

 

 今日の私は、何かと気分が良かった。

 撮り溜めていたアニメが個人的に熱い展開になっていたからかもしれないし、お姉ちゃんの怪我が少し良くなり、リハビリも兼ねて生徒会の仕事をするようになったからかもしれない。自分自身を押さえつけるような溜飲は下がり、久々に清々しい気分が私の身体を満たしていた。

 そんな気分上々な私は気分に身を任せ、食堂へと軽い足取りで向かった。

 ここでいつもなら、放課後は整備室へ向かい弐式の製作を行っていた。だが、それは今できない。何せ、弐式の蓄積ダメージレベルがCになり、製作どころではないから。

 

 遡ること数日前。と言っても私にとって、その出来事は随分と昔に起きたことのように感じてしまう。

 謎のISに襲われたこと。そのISが現れて身動きがとれなかった私を一夏が助けたこと。そして、お姉ちゃんにかばわれたこと。

 結局謎のISは皆の頑張りもあり、5機全てを活動停止へと追い込むことに成功した。特に、一夏と篠ノ之さんが頑張ってくれた。二人は私たちと対峙していた謎のISを撃破した後、すぐに他の専用機持ちたちの所へ救援に向かった。私も一夏と同じように助けに行きたかったものの、既に弐式のエネルギーは残っておらず、二人を追うことは出来なかった。篠ノ之さんのIS、紅椿のワンオフアビリティで二人のシールドエネルギーが回復していたらしい。

 

 後から聞いた話だと、どの専用機持ちたちも蓄積ダメージレベルがCを超える酷い状況で、中にはIS自体を意図的に自爆させたために原型を留めていない状態になったものもあったという。なんでも、先生の話によれば、あの時襲ってきたISは腕部から絶対防御に異常をきたすようなものを散布していたらしく、いつも以上ISにダメージを負ってしまっていたようだ。言わば常時零落白夜を受けていたに等しい。あの時、弐式からの何度も表示されていた警告文はこれが原因だった。正直、この話を聞いた時、私は自分の耳を疑った。そもそも、ISのシステムに対して何らかの影響を及ぼす武装は聞いたことがないからだ。あったとしても、以前に学園で起きた事件の原因であるVTシステム、もしくはISの暴走といったISの内部によるものしかない。どちらにせよ、IS学園を襲ってきた連中の技術力は計り知れないことは確かである。

 こうして謎のISによる襲撃により、深い傷を負った私の弐式は現在倉持技研で修復作業を行っている。あそこの人たちは嫌いだけれども、今回ばかりはそうともいっていられない。けれども、弐式を技研の人に渡しに行った時はなんとも苦痛な時間だった。

 

 こうして、ある意味暇を持て余していた私は食堂にある食券販売機に着き、メニューを品定めする。ちょっと小腹が空いているからデザートを頼むことは決めていた。しかし、私の人差し指は素直に三色団子セットを押さなかった。今月のフェアは中華フェアだ。以前、学園祭で二組が行っていた中華喫茶の思い出が蘇ってくる。あの時食べた杏仁豆腐やマンゴープリンはたいそう美味であった。正直、普通の店にあってもおかしくはない出来だった。ふとそんなことを思い出し、食堂の味はどうなのだろうか、と心の中で葛藤が生まれていた。団子セットか杏仁豆腐か。どちらにしようかと悩んでいたその時だった。

 

「あれ?簪さんじゃん!」

 

 私を呼ぶ声が聞こえ、振り向くとデュノアさんがにっこりと微笑んで手を振っていた。彼女、シャルロット・デュノアさんとは、謎のIS襲撃に関する事情聴取を受けた仲だ。互いに専用機持ちということや、企業の人ということもあり、同じ境遇だからか何かと話の馬が合っていた。

 話を聞くと、どうやら彼女は他の専用機持ちの子たちと食堂に来ており、一緒にどうかと誘われた。

 その言葉を聞いたとき、私はその誘いに抵抗感を覚えた。自分自身、どちらかというとあまり群れるタイプではない。「群」よりも「個」を大事にしてきた。まあ、実際のところ身内以外にはあまりコミュニケーションを取りたくないのが本音である。だから、()()()()彼女の誘いは断っていたはずだった、()()()()。しかし、今の自分はそう思わなかった。今日くらい、誰かと話をするのも悪くない。そんな気分になっていた。それに、私は未だに同学年の専用機持ちたちと面識がないに等しい。同じ専用機持ちとして、交友を深めるいい機会だろうと思っていた私がそこにはいた。

 二つ返事で彼女の誘いに答えると、デュノアさんは嬉しそうに手を合わせて微笑んでいた。

 結局、三色団子セットを頼んだ私は、デュノアさんの後ろをついて、皆のいる所へと行く。といっても利用者の少ない食堂では、彼女たちのいる場所はすぐに見つかった。専用機持ちたちの所へと案内し終えるや否や、デュノアさんは飲み物を取ってくる、と言い残して食堂の券売機へと戻って行った。

 

 だが、私としては彼女に状況を説明してほしかった。なにせ…

 

「シャルロットのやつ、こうも早く()()()()()()とはな…。さすがと、いったところか」

 

 専用機持ちたち皆の様子がおかしいのだ。明らかに、私を温かく迎え入れる、といった和やかな雰囲気ではない。

 椅子に座る彼女(専用機持ち)たちは虎視眈々と、獲物を狙うかのような鋭い目つきで私を見る。そして、何か品定めをするかのように彼女たちはじろりと私の姿を吟味する。何か冷たい感覚が私の背中によぎる。これはそう、私の()()の感覚が、何かとてつもない危険をひしひしと感じ取っていた。

 

「まあ、そこに立っているのも何だ。ここに座ろうじゃないか」

 

 篠ノ之箒がにっこりと笑顔で私に空いている椅子を指す。いわゆるお誕生日席だ。普通に見ていれば、彼女の表情や動作は何気ないもので、普通に椅子を勧めているように見える。だが、今はこれがただの悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

 

「……は、はい!」

 

 しかし、私はその言葉に従うしかなかった。

 お団子をテーブルに置き、お誕生日席へと座る。顔をうつむきながら、ちらりと周りの様子を確認するが、彼女たちはテーブルの上に置かれた飲み物に一切手を付けることなく、まだ私の方を睨んだままだ。

 …とりあえず、今は状況確認をするために様子を見るべきだろう。このようになった経緯は全くといっていいほど思いつかない。下手にこちらから動いて彼女たちの逆鱗に触れる必要はないんだ。という思考を3秒ぐらいで済ませた私は黙って頼んだ団子を見つめていた。夕日と食堂のライトに照らされた三色団子は、キラリとその光沢が輝く。きっと市販で売られているタイプのお団子だろうが、食べたら美味しそうだ。

 誰も発することない、静かな時間が過ぎていた。相手もこちらの様子をうかがっているのか、ただ私を見つめているだけだった。あれ、そういえばこの時間帯に食堂に来るのは初めてだったような…。

 

「単刀直入に言おう」

 

 ふとそんなことを思いふけっていた私の耳に彼女たちの真相が飛び込んできた。

 

「その…だな…!い、一夏とはどういう関係なのか、教えてもらおうじゃないか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ落ち着いて。ほら、簪さん怯えちゃっているでしょ?」

 

 ふと聞き覚えのある声が聞こえる。後ろを振り向くと、この修羅場へと私を連れてきた張本人である、両手に飲み物を持っているデュノアさんがいた。

 

「やめろ、シャルロット。本当ならば、拷問か自白剤の投与を行いたいのを、私はぎりぎり耐えているのだぞ!」

 

 眼帯をつけているドイツ軍の人が、物騒なことを言いながら拳を力強く握る。いくらここが治外法権だからといって、違法なことはしないでほしい…。

 

「もうラウラ、そういうことは言わないの。あ、簪さん。これ、オレンジジュース。喉渇いたでしょ?」

 

 少し結露のついたオレンジジュースを私の目の前に置く。コップにはストローがさしてあり、きちんと私の方向に合わせていた。

 

「あ、ありがとう…」

 

「いいのいいの。それで…」

 

 彼女は片手に持っていた自身の飲み物をテーブルに置いて、私の近くに空いていたスペースに座る。

 

「実際どうなのかな?」

 

 にこっと笑顔で私を見つめる。表情は確かに笑顔だ。だが、彼女もそうだ。目に感情がこもっていないのだ。それに、彼女からは他の専用機持ちたちよりも、どす黒いオーラを感じる。目的はここにいる専用機持ちたちと同じようだった。

 

「どうって言われても…」

 

 

 どうなの、と言われても私としては、どうして?という状況である。

 

 そもそもタッグマッチは彼から頼み込まれて組んだまで。組む前は互いに誰なのか知らない、もはや赤の他人であったのだ。…今は違うけれども。それをどういう関係と言われても、ただのタッグマッチを組んだ関係、となるだけで……。すると、いきなりテーブルを両手で叩き、大きな音を立てて篠ノ之箒が頬を赤らめながら立ち上がった。

 

「ええい、じれったい!つまりはな!一夏とだなぁ!つ、付き合っているのかと聞いている!」

 

 

 え?

 

 一瞬、彼女の言葉を理解しきれなかった。

 

 私と一夏が…付き合っている?

 

 ふと私の頭の中にイメージが浮かび上がる。私の作ったお菓子を美味しそうに食べる一夏。肩を寄せ、一緒にアニメを見る一夏。そして、夜に二人っきりだけで一夏と出かけて……。

 

 

 

 ボコボコボコ…。

 

「はうっ!?」

 

 ふと私は、近くに置かれている水槽の音に我に返る。今私は何を考えていたの!?全身がサウナに入っているかのように熱くなる。特に顔が熱かった。

 

「あ、あの…一夏とはそういうのじゃ…」

 

 そうだ。べべ、別に一夏と私は付き合っていない。…告白しようとしたけれども、彼にこの想いを伝えることには、ままならなかった。

 とにかく弁明をするべく、私は小さな声で早口気味に言う。だが、それは逆効果だった。私に迫るプレッシャーがさらに強みを増したのだ。

 

「一夏ぁ!?」

 

「よ、呼び捨てですの!?」

 

 さらにテーブルを叩いて激高する専用機持ちたち。私への睨みはまだ続いていた。

 

「それは、その……。希望がないわけじゃない…けれども、とにかく……そういうのじゃないから…」

 

 

 

「そうそう、もし付き合っていたなら一大スクープで号外を出しちゃっているわ」

 

 聞き覚えのない声が後ろから聞こえてきた。目の前にいる彼女たちも私と同じようにびくっと体をびくつかせて、私の後ろを見る。それにつられて私も後ろを見ると二人の生徒が私たちを見ていた。

 

「ま、彼には付き合うという言葉の意味すら理解しているか甚だ疑問ですがね」

 

 一人は、サイドテールで髪を横に縛っている生徒。そしてもう一人は、両手足や頭に包帯を巻いている、肩先まで伸びているプラチナブロンドの生徒、ハーゼンバインさんだ。

 サイドテールの子の手には、中華フェア対象の品がたっぷりと盛られたお盆があった。

 

「玲菜はいいとして、何で怪我人のあんた(クリスタ)がここにいるのよ!つい最近までベッドに寝転んでいたじゃない!」

 

「どうって言われても、ちょっとは動けるようになったからここに来ているの。企業からもらった試作品の医療用ナノマシンが効きすぎちゃったみたいでさぁ。ほら、日本の諺であるじゃない。『働かざるもの食うべからず』ってね」

 

 中華フェアのこれ、楽しみだったんだよね、と楽しそうに話すハーゼンバインさんに専用機持ちたちは、しばらく唖然としていた。

 

 今、彼女は平然とみんなの前で話をしているが、数日前までは先の襲撃によって病院で治療を受けていた怪我人だ。

 ISにオート操縦させ、自爆させるという何とも奇想天外な行動を取った彼女の代償は小さくなかったのだ。現に、彼女のトレードマークとも言える額に付けていたゴーグルはない。それに生身で爆風を受けたことと、ゴーレムによる絶対防御無効化によって彼女の体は打撲と火傷に見舞われていた。全治3週間のはずだから、たった三日では治らない怪我だったのに…。

 

「とりあえず、皆は更識さんに謝りなさいよ!もう、揃いにそろって織斑くんの事になったら後先考えずに動くんだから…」

 

 サイドテールの子がそう言い残し、二人は空いている席へと歩いていった。

 突然の闖入者たちに、専用機持ちたちの戦意が削がれたのか微妙な空気が辺りに漂う。それと同時に、私に対しての敵意も全く感じられなくなっていた。

 

「か、更識さん。私たちはどうやら思い過ごしをしていたようだ…。すまなかった、この通りだ。」

 

 篠ノ之さんの言葉に続いて、専用機持ちたちが次々と私に対して頭を下げていく。

 要するに、皆は私が一夏と付き合っていると勘違いしていたのだ。そう思うと、何だか自分の中から不思議と笑いが込み上げてきた。なんだ、皆と私は()()()()()じゃないか。これほどにまで彼のために動くぐらい、彼女たちも彼を大事に思っていると。そして、それほど彼が好きなのだと。

 

 

 

「だ、大丈夫だから、とりあえず頭を上げて!」

 

 しばらくそのまま動かないでいた彼女たちは、やっと顔を上げてくれた。…なんだか頭を下げられていると、逆に申し訳ない気持ちになってしまうから。

 

「更識さんには申し訳ないことをしてしまいましたわ。この無礼をどう償えば…」

 

 オルコットさんがしゅんとなり、心苦しそうに言う。他の皆も先ほどの威勢とは打って変わって、すっかりと黙り込んでいた。

 

「じゃあ…」

 

 最初は彼女たちをとても怖いと感じていた。何せ、私に対してのプレッシャーが尋常じゃなかった。それはもう、今まで受けてきた訓練並みに。でも…今は違った。

 

「私のことは簪、って呼んで」

 

 私の言葉で、張り詰めたようなその場の空気が、糸がほぐれるようにゆるんだのを感じた。皆の表情もそうだった。

 

「なら、私らも呼び捨てでいいから」

 

「う、うん」

 

 鈴音さんが少しだけ戻った笑顔で答えた。

 

 きっと皆は不器用なんだ。彼への想いが真っ直ぐすぎて大きすぎるから。

 

「せっかくの同学年だ、今度放課後に実践訓練でもどうだ」

 

「うん、うん。ありがとう」

 

 

 

 

 

 今日の私は何かと気分が良い。

 きっとこれは、撮り溜めていたアニメのことでもお姉ちゃんの怪我が少し良くなったことでもない。

 きっとこれは、新たな仲間ができたからだ。

 

 食堂へ来てよかった、と楽しくおしゃべりをしながら思った。

 

 既に日は落ちており、外には夜空が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は思わず、ごくりとつばを飲み込んだ。

 目の前には見慣れた扉があり、その奥に行けば職員室だ。だが、俺はその一歩を踏み出す勇気が出なかった。

 

『織斑、放課後に職員室に来い』

 

 ホームルームが終わるや否や、千冬姉に呼び止められた。正直、俺が呼ばれる理由など、いくらでも上げられる。主に箒やラウラによって壊されている寮のドアや部屋の修理費の話、この前行なった小テストの点数が低いという話。他にも可能性がある。それだけ俺に思い当たる節があるのだ。

 一体何を言われてしまうのか、とそわそわしていると肩を叩かれる感触があった。

 

「ひっ!?」

 

「どうしたのですか?織斑くん。職員室の前でぼうっとして」

 

「あ、山田先生…」

 

 後ろを振り向くと、そこには、左腕に書類を抱えている山田先生がいた。山田先生は首を傾げ、俺の顔を見ると何か合点がついたように、にこやかな表情に変わった。

 

「ああ、()()話ですね。織斑先生ならいると思いますよ」

 

 どうやら、俺が呼び出された理由を分かっているらしい。はぐらかさないで教えてください。

 山田先生は俺の前に出ると、扉に手をかざす。すると、それは自動的に左へずれた。扉が開かれるや否や、職員室の中からコーヒーの香りが俺の鼻腔を突いた。

 

「さあ、どうぞ」

 

 山田先生は笑顔で俺を職員室に迎え入れてくれた。先生の眩しい笑顔に負けた俺は渋々職員室に入った。

 

「…失礼します」

 

 職員室では、何人もの先生方が各々の作業を行なっていた。俺が職員室に入ってきた事で、何人かこちらに視線を向ける先生がいたが、すぐに何かの仕事に取り掛かる。

 こうして見てみると、本当に男って俺しかいないんだな、と改めて感じてしまう。

 

「織斑先生なら、あちらにいますよ。織斑先生~、織斑くんが来ましたよ~」

 

 突然、大きな声で千冬姉を呼ぶ山田先生に俺は少し、恥ずかしいと感じながらも先生の後をついていく。

 

「やっと来たか馬鹿者。遅いぞ」

 

 紙の資料がいくつも重なる、相変わらずの整理整頓されていない机に千冬姉はいた。パソコンに向かって何かデスクワークをしていた千冬姉は、椅子をくるりと回転させ、こちらを向く。山田先生は、私はこれでと言い残しどこかへと行ってしまった。

 

「立っているのも何だ、これに座れ」

 

「…分かりました」

 

 どこからともなく取り出した出席簿で出席簿アタックを食らった俺は近くに置いてあった、どこにでもありそうな丸椅子に腰掛ける。

 

「さて、お前を呼び出したのは他でもない」

 

 千冬姉の言葉に思わず、つばを飲み込む。

 ここまで来てしまったんだ。もう後戻りはできない。なんでも罰を受ける覚悟はある!

 

「お前のIS、『白式』についてだ」

 

「白式?」

 

 どうやら、俺が怒られるという話ではないようだ。

 

「ああ。倉持技研から連絡があってな。先日の無人機による襲撃で、傷ついた白式のメンテナンスをする目処が決まった。来週の日曜日にお前は白式を持って倉持技研の第二研究所に行ってもらう」

 

 俺は思わず、腕に付けている白式を触った。今のこいつは、自己修復機能によって機能の制限がかかっている状態になっている。

 

「あの…俺研究所の場所がどこか…」

 

「ん?お前は自力であそこに行くつもりか?それならそれで構わないのだが…」

 

 何でそんなに憐れむような顔をするんですか!?

 

「え…別にそういうわけでは…」

 

「ふっ、ちょっとした冗談だ。そう心配するな」

 

 千冬姉は、鼻で笑うと机の上にあった適当な裏紙にペンを走らせる。

 …千冬姉にいじられた。

 

「モノレールの駅に研究所から迎えの車が来る。それに乗って行ってこい。連絡先はこれだ。ここから電話が来るからその指示に従って動けよ?」

 

「ありがとうございます」

 

 千冬姉から紙切れをもらい、それを見る。走り書きながらも誰でも読めそうな綺麗な字で電話番号が書いてあった。

 

「集合時間は午前10時。遅れないよう十分余裕を持って行動するように」

 

 話は以上だ、と言うと千冬姉は椅子を回して再びパソコンとにらめっこを始める。

 

「了解しました。それではこれで…」

 

 丸椅子から立ち上がり、それを元あった場所に置く。千冬姉に背を向けて、このコーヒーの匂いに包まれている空間から脱しようとした時だ。

 

「ああ、それと織斑」

 

「…どうしましたか?」

 

 後ろから千冬姉が俺を呼び止めた。

 

()()()()()()()()()()()

 

 千冬姉がニヤつきながら、含みのある労いの言葉を言う。

 

「はあ…」

 

 

 

 

 明日って何かあったっけ?

 

 

 

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