「うんうん、このお肉美味しいねぇ」
女性は切り分けたステーキを美味しそうに頬張った。
鉄板の上に置かれたステーキは今なお音を立てていた。その上にかけられたソースからはほのかな野菜の香りが溢れだし、食べる者の食欲をそそる。
女性は肉を食べるたびに感嘆の声を上げ、頭部にあるうさ耳のようなものを動かした。
「お気に召しまして、束博士」
そんな子供じみた行動をとり続ける女性をスコールは手を組んでじっと見つめていた。
「私が思っていたよりは良い味だね〜」
束博士と呼ばれた女性は、片手にワイングラスを持ちつつ幸せそうに笑っていた。
篠ノ之束。ISというとんでもない代物を生み出した天才。ISを作り出すよう国連機関から促され、ISの元であるコアを467機作り出したところで彼女は跡形もなく姿を消した。それ以降の動向は世界中の誰一人として、行方がわからなかった。だが最近になり始めて、彼女はたびたびIS学園関連のイベントで姿を現したという。
動きを見せた彼女に合わせて亡国機業は彼女の行方を追い、このような食事会を催すことで彼女との交渉の機会を得ることができたのだ。
「ちょっと、店員さーん!」
テーブルの上に置かれた食事をすべて平らげた束は、近くで待機していたウェイターに手招きする。
「いかがなされましたか、お客様」
ウェイターは脇に抱えていたメニュー表を、手を出して待っていた束へと渡す。むむっとメニュー表をじっくりと見ていた束はそれから目を離し、ウェイターへと視線を向ける。
「うんとー、ケーキとハンバーグでしょ?後々〜カレーに冷やし中華をちょーだい!」
頬をほんのり赤く染めている彼女の注文を聞き、ウェイターは眉を八の字にする。
「…お客様。当店ではそのようなメニューをご用意はされて…」
「…いいから準備しなさい」
スコールはため息をつきつつ、ウェイターへと冷めた視線を送る。メニュー表を片手に笑顔を振りまく束を見ていたウェイターは、彼女の視線に気づくと頬を引きつらせる。そして、かしこまりました、と一言言い残しメニュー表を受け取るとその場から去って行った。
「それで、束博士。少々お聞きしたいことがあるのですが」
「んーなになに?」
ワイングラスの中身をひたすら回して遊んでいた束はスコールの問いにそのまま生返事をした。
「我が亡国機業にISを提供していただけるという話、考えていただけたでしょうか」
「えへへーいやだよ、めんどくさいじゃん」
ワイングラスをテーブルの上に置き、遠心力によってグラス内に沿うように回るワインの様子を見て、束はにんまりと笑顔になる。
「我々としてもできる限りの支援を致します。資金や資材なら十分に…」
「そんなのはいらないよ〜だってとっくの昔に持て余すくらいもらっているし〜」
相変わらず視線をこちらに向けない彼女にスコールは思わず苦笑を浮かべた。
亡国機業が篠ノ之束に求めていた事はただ一つ、新たなISの提供であった。
彼女がまだ新たなISを作り出す事が可能な事は夏頃にIS学園から発表された、篠ノ之束から学園側へISの提供があったという記者会見からも明らかだった。
会場は亡国機業が用意し、スタッフ全員を構成員に置き換えていた。状況として篠ノ之束は敵の中に飛び込んだようなもので、逃げ場などないはず。だが彼女はそんなことを気にせず、のほほんと食事を楽しんでいた。状況が理解していないのかそれとも…。
かの有名な篠ノ之束を追い込んでいるはずなのに、拭いきれない違和感を覚えていたスコールは後ろ髪を引かれながらも、交渉のカードを一枚切ることにした。
「どうしても…ですか?」
「そりゃもちろん」
再度確認をするも、彼女は聞く耳持たないままであった。
「仕方ないですね、これではどうです?」
スコールは唐突に右手で指を鳴らす。
それを合図かのように束の丁度正面の位置にある、開け放たれていた扉の奥から何人かの足音が聞こえ始める。最初は何の興味を持っていなかった束だったが、その現れた人影をみて彼女は歩いてくる人物を意識せざるを得なかった。束はこちらへと歩いてくる人物の姿をちらりと見るものの、彼女の表情は崩れなかった。
「こんばんは、束博士」
正装を着ていたスコールとは違い、薄手の上着に短パンという今いる場所を踏まえれば場違いなものを着る女性はにやりと白い歯を見せながら笑う。その表情には余裕があり、ゆっくりとした口調で傍らにいる人物に手を向ける。
「我々は偶々、そして偶然にも彼女を
「…」
束はわざとらしく説明をする女性を見ずにじっと彼女が手を向けていた少女へと目線は向いていた。
オータムが手を向けていた先には、サングラスを着けた男に支えられるように立っている少女がいた。藤色のレースが施されたドレスを身に着けている少女は目を閉じ、少しだけ束から顔を逸らして俯いていた。彼女の手には、頑丈そうな手錠が掛けられ、それと繋がれた鎖は男がしっかりと握っていた。
「もし、我々へISの新造をしてくださるのならば、この子を返してあげましたがあなたがそれほどに”面倒である”ならば仕方ありませんね。ああ残念…」
「…」
「オータム様!それ以上は…」
終始笑いが止まらないオータムは、サングラスを着けた男の言葉に耳を傾けず、そのまま話し続ける。
「でも、気が向いてくれたならばいつでも我々はあなたを歓迎しますよ?それまでこの子はきちんと
オータムは少女に近づくと、彼女の顎に手を添える。
「ああ、でもいつになってもその気が向かなかったらこの子がどうなるかは…」
「…ねえ」
これまで沈黙を続けていた束は固く閉じられていた口を開く。
「あん?」
「くーちゃんに触れないでくれない?」
オータムはいきなり話し出した束に思わず呆然とする。やっと交渉に応じ始めたか、と思い込んだ彼女だったが次の瞬間、何か物が地面へと落ちる音が聞こえてきた。
テーブルの上に置いてあったものが落ちたのだろうか?そんなことが頭によぎる。オータムはスコールの座る席に視線を向けたが、彼女の視界には何か黒い影が現れたことによってスコールを見ることができなかった。
「えっ?」
すぐに目の前にあった何かは苦悶しながら崩れ落ちた。目線を下げると傍らにいたはずの黒いスーツを着たサングラス男が私の目の前で地面にうずくっていた。なぜこいつが目の前にいるのだろうか。うずくまる男から目線を上げると、そこにはスコールと一緒に座っていたはずの束が立ちはだかっていた。
「えへ☆」
オータムが最後に見た光景は束がいたずらっぽく笑う姿だった。
今一体何が起こったのかというオータムの思考よりも速く、束の手は彼女へと襲いかかった。少女に触っていた右腕を赤子の手をひねるようにへし折り、無理矢理引き剥がす。そして、やっと現状を理解した彼女に息つく間もなく掌打を繰り出した。
思考が追いつかなくなったオータムは全身に受けた掌打によって体のバランスを崩されると、そこへ束の回し蹴りが彼女の腹部へと突き刺さった。車に追突されたような衝撃によって、後方へと彼女は吹っ飛び白い壁に吸い込まれた。ぶつかった付近の壁は崩れ、彼女の顔や服に付着した。
「痛ってて…。困るなぁ…博士さん」
瞬く間にオータムを無力化した束は声の聞こえた後ろへと振り返る。その光景を見た彼女は思わず、目を見開く。
「あんまり騒がれると…この子が苦しむことになるんだけど」
ゆらりとその場に立ち上がり腹部に手を当てて、にやりと笑うサングラス男の近くには胸に手を当て苦しそうに呼吸をし、ぺたんと地面に座り込んでいる少女がいた。
「ったく、せっかく食ったものをぶちまけちまったじゃねえか」
肩で息をしているその男は唇を袖で拭い、その場に唾を吐く。
「あんたがこれ以上騒ぎ立てなけりゃ…」
男が何かを言い続けようとしたとき、天井付近で何かが爆発する音が聞こえた。
「…?」
「ふーん、何かこの部屋に散布されていたかと思えばそれが、最近発見されたっていうISに異常をきたすっていう物質ねぇ」
男へとゆっくりと歩いていく束の近くで、金属のフォークがどこからともなく金属音をたてて地面に落ち、ステルス機能が解除されたドローンが不快な音を上げて墜落した。
「噂には聞いていたけどちょっと興味持っていたんだよね、後でそれ頂戴♪」
「おいおいまじかよ…」
男が一歩後ろに下がったその瞬間、束は互いの距離を0にまで近づけた。
「!!」
男が言葉を発する前に、束の右手は男の顔を捕らえ指を肉に食い込ませる。そして、その男をその場で持ち上げた。男の着けていたサングラスは砕け散り、地面へと落ちる。
「私ってば細胞単位までオーバースペックなんだよね~えへへ」
必死に抵抗を見せる男の姿を見て束は笑みを浮かべる。
そして、束はトップスピードで駆けるとそのまま男を壁へと押し付けた。
テーブルをちゃぶ台返しされ、やっと身動きが取れるようになったスコールが目にしたのは正に地獄絵図だった。護衛につけていた二人には既に戦闘能力は残されておらず、二人とも壁で伸びていた。一方束は、人質の手錠を容易く施錠しており何度も人質の頭を撫でていた。
篠ノ之束を誘い込み、自分たちの手のひらで転がす算段であった亡国機業の立場は一瞬にして逆転。逆にたった一人、完全にアウェーであった篠ノ之束に、亡国機業が手のひらで踊らされていたのだ。交渉のカードとして用意していた人質は意味をなさず、結果的に束に無償で人質を明け渡してしまった。
「ちーちゃんくらいなのさー私に生身で挑めるのは」
「くっ…」
束の先程までと変わらない屈託のない笑顔を見せられ、スコールは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめる。もはや交渉どころではなかった。どうにかして彼女を引き留めないといけない。
ISを使うべきか…?待機状態にしていたISに触れようとしたとき、突然レストランの壁の一部が大きな音を立てて崩壊した。
そこには、蒼いISが立っていた。
「動くな」
「…んを?」
サイレント・ゼフィルスに乗るエムはランスで人質を愛でていた束に向ける。
その光景を見て、スコールは少しだけ安堵した。これで再びフェアな立場に戻ることができた、と。生身で挑むのではなく、
しかし、束は臆することはなかった。
「ふーん。おもしろ機体に乗っているねー」
人質を後ろに下げ、束はその場で跳躍するとランスの上に着地し、サイレント・ゼフィルスを悠々と観察し始めた。
「舐めた真似を!」
サーカス団のピエロのように細長いランスの上に乗る束を振りほどこうと、エムはランスを横に振る。
振りほどかれる前に再び跳躍した束に向け、射出していたビットで狙いを定める。交渉対象者である束に致命傷を与えることにエムに抵抗などなかった。日頃の鬱憤をこいつで発散できればいい。それくらいにしか思っていなかったのだ。
だが、いつものようにビットから束へBTエネルギーは発射されなかった。それもそのはず、彼女が出したビットは全て
「何!?」
「んふふ♪」
それならば、とエムはランスで束に構える。PICの出力に乗せ、地面へと落ちていく束へと刺突する。だが、彼女の目と鼻の先まで進んだランスは途中でうごめき、強制的に装備が解除させられた。
「何だと!」
進んでしまった加速は止まらない。
束へと近づくにつれ、サイレント・ゼフィルスの装甲は消え去っていった。籠手、腕部、胴、脚部。次々と装甲は光を伴い散っていった。そして、頭部につけられていたバイザーまでもが消え、エムの意思なしにサイレント・ゼフィルスは完全に解除させられた。
PICの力が失われ、拍子抜けした表情をしているエムはそのまま地面へとすとんと落ちた。膝から下を八の字に広げ、おしりを地面につけて座る彼女は自身の両手を何度も見比べる。しかし、何度見ても彼女の体にはISが装備していた形跡が全くなくなっていた。
現実を受け止めきれず、呆然とする彼女に束は右手を広げて近づく。だが、束は彼女の表情を見て右腕を下した。そして高らかと笑い声を上げると、両手を後ろに組み前のめりになって彼女に問いかける。
「君ー名前は?」
「…」
エムは顔を上げ、束の表情をうかがう。
恐怖。一言で表すなら彼女は、束をそう捉えていた。ISを人間が無力化する。そんなこと聞いたことがない。いや、もはや人間の領域を超えてさえもいた。
「えへへー当てて見せようかー」
束は唇に人差し指を当てて少し考えると、その指をエムに指さした。
「…織斑マドカかな?」
「…!?」
エムはその言葉を聞き、さらに身をすくませる。一部の人間以外に伝わっていないはずの自分の名前。そして、自分自身を縛りつける名前。
「当たったーえへへー。ねえ、この子の専用機なら作ってもいいよー」
「え?」
「だからさー私のところにおいでよー」
束は震えあがるエムの手を握りしめると、優しく語りかける。
「ねえねえ、この子もらってもいいよねー」
「そ、それは困りますが・・・」
まるで動物を拾っていくかのような軽々しい発言に、スコールでさえも困惑する。もはや、この場を支配している人物は火を見るよりも明らかであった。
「えーなんだよーケチだなーまあいいや。ねえねえまどっち~どんな専用機が欲しい?遠距離型?近距離型?特殊武装は?まあその話はおいおいでいいかなー」
スコールの言葉に文句を垂れるものの、束は座り込むエムの周りをぐるぐると回り新たなISの構想を聞く。
「先に頼んでいた料理も来たことだしね」
「お客……様……?」
ウェイターはワゴンを押して、部屋に入ってきたところでその場の状況を見て絶句する。
「おおー!ケーキだ!ケーキだ!」
スキップをしてやってきた束はワゴンの上に載る1ホールのケーキを見て興奮し始める。白いホイップクリームとイチゴが盛られたケーキを見て何度もうなずき、これだよこれと鼻息を荒くする。
「所で店員さんさー」
「なっなんでございましょう?」
「
「…」
顔を覗き込むように見てくる束にウェイターは黙り込む。
「いくら大きさが小さくても束さんにはナノマシンの存在はわかっちゃうんだからね!私の居場所を探ろうなんてやめた方が良いから」
そう言うと、束は両手で左右から店員の頭を鷲掴みにした。
「んぐ…!」
「むむむ…?」
束は何かに気づいたのか、手に力をさらに込め、店員の顔をじっと見つめる。
「お、お客…様…」
「ねえ、店員さん」
束の手を無理やり引き剝がそうとする店員を無視して問いかける。
「その目、君
「!?」
ウェイターの反応を見るまでもなく、束はウェイターの頭から手を放した。
「さっきのオッドアイ君でまさかとは思ったけど、本当みたいだねー」
束はちらりと伸びているサングラスを着けていた男を見る。その男は、眉をひそめにらみつけるように束を見ていた。男の右目は青く、そして左目は黄金色に輝いていた。
束はねえ、とスコールを呼びつける。
「何でしょうか?」
「私、君たちの所にいるある人に会いたいんだけど居場所教えてくれない?」
「誰のことでしょうか…?」
「確か名前はねぇ…」
束は一呼吸置き、頭の片隅に置いていた名前を引っ張り出した。