神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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第44話 記憶

 

「刀奈、私は…今の座を降りようと思っている」

 

 早朝の、太陽が世界を明るくし始めた頃。

 父は私にそう話し始めた。

 

 広い茶の間だった。普段は宴会などに使う、屋敷の中でも広い部類に入る部屋。畳と襖で覆われた、少し湿気った匂いのする部屋。

 

「急に代替わりをする訳ではない。きちんと段階を踏まえてお前に譲るつもりだ。お前も知っての通り、世界のパワーバランスは変わりつつある。ISという機械が今、世界の中心になろうとしている」

 

 IS運用協定成立以降、各国でIS開発が盛んになりISだけでなく、ISに利用されている新たな技術によって、目まぐるしいほどに技術がより進化を遂げていた。

 

「我々、更識もISを手に入れなければならない。既にロシアからISを入手する算段は立てている」

 

 それは、力を手に入れるため。守り抜く力を。それが私たちには必要だった。

 

「これが、()()としてやれる最後の仕事だ」

 

 父の言葉に私が返事を返そうとした時だった。突然、後ろから誰かが私の肩に触れた。

 

「ダメだよ」

 

 男の声だった。

 父よりも声が高い若い男の声だった。

 

「ダメって何が?」

 

 誰かもわからない男の声に私は無意識のうちに聞き返す。

 

 

 

 

 

「だって、俺はアイツが憎いんだ」

 

 空一面を覆う雲。石畳の道路に石造りの家々。植えられた街路樹や花壇。どこかで見た事がある光景。でも、それが一体何であるかは鮮明に思い出せなかった。

 ただ、はっきりとしている事はある。それは、誰もが感情を露わにしている事だ。

 

 幾ばくもの人々が道を歩いていた。それは、男であり、女であり、老人であり、若者であった。それらは手に看板や布や紙のような物を掲げ、感情を爆発させるように泣き喚き、怒声を響かせどこかへと歩いていく。少しだけ煙が漂い、遠くには炎の上がる建物があった。

 

「どこへ行かれるのですか?」

 

 道の端で呆然と立っていた私は道行く人の一人に声をかける。

 

「縺輔≠縺ゥ縺薙∈縺�¥縺ョ縺繧阪≧縺ュ」

 

 “さあ、どこに行くのだろうね”とエプロン姿の中年の女性は捲し立ててそう言った。早口だったがロシア語だった。ノイズが走ったかのようにひどく曖昧な言葉を話していたが、すぐに意味を理解出来た。

 

「彼女たちに会わなければ、螟ァ邨ア鬆はきっと病を患ったまま方言を話し続けるダサいやつに成り果てていただろう」

 

「私は通訳を担当していたの。じゃあそうならば、騾ク隕九お繝ェ繧ォも進む未来が変わっていたの」

 

 ささやくように道行く人々は私に声をかけて、どこかへと向かう。

 

 

「お前に俺の何が分かるんだ」

 

 後ろを振り向くと少年がいた。他の人々のようにどこかへ向かわずにいた。少年は道の脇にある綺麗に手入れされた花壇を何度も踏みつける。その度に草花は萎れ、めちゃくちゃに切り刻まれていく。

 

「奪っていったんだ!何もかも!繝ゥ繧、繝ゥでさえ!僕はただそれを見ているだけだった」

 

 拳を強く握り、何度も踏みつける。少年の足元には血が滴り落ちていた。ノイズのような不愉快な音を聞くたび、視界が揺れて意識が遠のく。

 

「ISさえなければ良かったんだ!あんなものがあるから、僕はアイツを憎まなきゃいけなくなるんだ」

 

 少年はその場にしゃがみ込み、手を地面につけ、何度も叩く。袖で目をゴシゴシと何度も強く擦った。少年は泣いていた。押し殺すように、耐えるように声を抑えて。

 そして青年は立ち上がり、こちらへ細い銃を突きつけた。

 

「クラウス、お前に俺が分かってたまるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を起こし周りを見渡すと、私には厚い毛布が掛けられていた。私の寝そべっていたベッドを囲むように白い布の仕切りで覆われている。空気は澄んでおり、どこからか空調の音が聞こえてきた。

 私はふと体にまとわりつく服の違和感に気付いた。着ていたはずのISスーツではなく、青白い病衣が着せられていたのだ。その瞬間に全身のあちこちから痛みの悲鳴が聞こえ始め、頬に触れるとそこには大きめのガーゼが貼ってあった。手の届く所にある仕切りの布を掻き分ければ、明るい太陽の日差しが私の体に降り注ぐ。これは何度か見たことのある光景である。

 私はIS学園の医務室にいた。

 

 あの何とも言い難い気持ち悪い体験は目を覚ました瞬間に、すぐに夢だと気がついていた。

 何故こんな事になっているのかを思い出す前に、あるビジョンが脳裏をよぎる。それは、私が先程まで体験していた夢の事だ。妙にくっきりとそして今でも鮮明に思い出される昔の記憶に似ている夢。父…先代更識楯無と言葉を交わした数少ない記憶だ。

 

 

 

 父は組織のトップとして、仕事を第一に置いていた。今当主として携わる私だからこそ当主としての責任や、仕事の重さを理解出来る。だからこそ、私たち姉妹と朝のおはようという挨拶をかわしたり、食事中に他愛もない会話をしたり、寝る時におやすみなさいという言葉をかけられたという記憶は私の中にはない。その父の代わりに、虚や本音がそこにはいた。だから、別に寂しさなどは微塵も感じてはおらず、それが当たり前のことだとずっと思っていた。

 私が覚えている事といえば、更識として私を受け入れた時と、どんな声だったかも思い出せない私たちを産んでくれた母の葬式の時ぐらいしか、父と会話を交わしていなかった。

 

 現在父は当主である私をサポートする側へ身分を変えているものの、仕事内容はこれまで行ってきたことと同じだ。半分、いやそれ以上の楯無としての任務を担っているからこそ、私はIS学園での任務を無理なく遂行できているのだ。

 …何故夢の事が気になっているのかと考えを巡らせてみれば、父のことではない。確かに何故父の夢を見ていたのかは不思議に思うが今はどうでもいい。それよりもあの夢の後味の悪さの事だ。時間が経つにつれて薄れていく夢の記憶に苛立ちを感じつつも、父の夢の後に体験した夢の光景がなぜか気になって仕方がなかった。

 

 …いや今更夢の事をうだうだと考えている場合か、私らしくない。寝ぼけていたからだろうかと、私はパチンと両手で頬を強く引っ叩きジーンとした痛みが顔中に広がる。特に左頬は針に刺されたような強い痛みだった。

 今確かな事は、私はあの強奪されたエピオンという赤いISに拘束され、そして誰かに救出されたという事だ。

 

「いっ…」

 

 ベッドから降り、冷たい地面に足をつけると両足から痛みが走る。だが、私は我慢して痛みを耐える。ここで止まるわけにはいかないのだ。まずは手元にない私のIS(霧纒の淑女)を探さなければいけない。

 ISの在りかをあれこれ考えつつ、痛みに慣れるためにベッドに腰掛けていた時、医務室の扉が開く音が聞こえた。ここに用がある人物は絞られてくる。

 

「…お嬢様。今はまだ安静にしていて下さい。傷の治りが遅くなります」

 

 白い布を掻き分けて入ってきた(うつほ)が近くの椅子へ腰掛ける。いつもの制服の格好だった。

 

「虚。医療用ナノマシンを私に使いなさい」

 

 学園の医務室で寝させられていたのであれば、通常の治療を受けていたという事を意味する。それでは遅すぎる。

 

「…そこまで急ぐ理由があるのですか?()()()()の準備は整えつつあります。それに作戦までにお嬢様のお怪我は治る予定です。これは担当医からの信頼できるお言葉です」

 

「それじゃダメなのよ…。時間がないわ」

 

 ただこのベッドの上で怪我が治るのをじっと待っているだけではいけない。今のまま、作戦の日を迎えてはいけないのだ。奴とはいずれ戦うことになる。その対策を講じなければ、あのシステムを完成させなければ今の私では勝てない。

 

 私のことをじっと見ていた虚は深く深呼吸をするといつもの硬い表情を緩める。

 

「本当、似ていますね。そういう所」

 

「…何の話?」

 

 珍しく昔の頃のようにぎこちない笑顔を見せる虚に私は首を傾げる。

 

「その負けず嫌いで無茶な事を言い出す所ですよ。良いですか、あのような薬に頼ってはなりません。本来体に備わっている治癒力を活性化させるとはいえ体には負荷がかかってしまい後々が辛くなります」

 

「それくらいのデメリットは承知の上で言っているわ。でもね…」

 

「お嬢様」

 

「…何よ」

 

 普段私の話を遮らない虚が私の話を途中で止めさせる。

 

「もっと頼って下さい。もっと私たちを利用して下さい。当主自ら動かれる所は私ら仕える者として尊敬する所です。ですが、怪我をされ、思うように動かなくなってしまったのであれば、私たちがあなたの手足として働きます。それが私たちの役目なのですから。無茶をされて、より症状が悪化してしまえば本末転倒の他ならないのです。…何より簪お嬢様が悲しまれます」

 

 私は喉まで出かけた言葉を詰まらせた。虚は単純にナノマシンのデメリットを気にしているわけではなかった。私はみんなから心配されていたのだ。当主である私に無理をしないで欲しかったのだ。そう考えると急に自分自身が恥ずかしく思えてきた。

 これまで任務を完璧こなしてきたから失敗などしなかった。それが当たり前だった。そんな傲慢さが心の何処かにあったのかもしれない。だからこそ、みんなから心配されているという自覚が薄れていた。こちらの意表を突いた作戦に惑わされていたからだろうか、ここ最近の亡国機業に関わる任務では立て続けに失敗。いつになく苛立っていた気持ちはこれだったのかもしれない。

 

「…わかったわ。ちょっとの間ここで大人しくしている事にする。その代わりに色々働いてもらうわよ、虚」

 

 私の言葉に彼女は短い返事を言い、笑顔で応えた。

 

 

「それで、今どういう状況になっているか教えて。私に何があったの」

 

 痛みの続く体に鞭を打ち、無理矢理ベッドの中へと戻る。確かにしばらく安静にしていた方が良いのかもしれない。

 虚は眼鏡をかけ直すと、左手に持っていたタブレットを操作しながら私へと説明をし始める。

 

「そうですね…。お嬢様には色々と伝えるべきことは多くあるのですが、まずはお嬢様が一番知りたいであろうあの日のことについてですね。単刀直入に申しますと、お嬢様は敵に保護され、こちらへ引き渡されました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりの見えない夜。

 海風が強く吹く海上で二機のISはある一点を見つめていた。視線の先にあったのは、火の粉を撒き散らし轟々と黒い煙を吐き出して燃え上がる一隻の巨大な船だった。

 

「あそこに楯無さんがいるっていうのか…?」

 

 白く塗装されたIS『白式』の操縦者織斑一夏はじっと燃え続ける船を見つめていた。

 

「…うん、指定された座標も一致、目標の船舶はあれで間違いない」

 

「くそっ…!」

 

 一夏は更識楯無の捜索のために一緒に来ていた簪の横を猛スピードで通り過ぎる。

 

「待って一夏、まだ周辺の状況を把握できていない…。これを囮にして私たちを狙う敵がいる可能性だって…」

 

「そんなこと言っている場合か!もし楯無さんがあそこに閉じ込められているなら時間の問題があるんだ。ハイパーセンサーにも反応はないし大丈夫だ、急ぐぞ!」

 

 簪は、振り返りこちらへ説得する彼の形相見て言葉を返すことは見つからなかった。彼の言う事も一理ある。彼女はそのまま彼に押し切られるまま、彼の後をついていった。

 

 

 一夏にとってみれば悠長なことなどしていられなかった。

 自分自身が世間にとってみれば重要な存在であったり、狙われる存在であったりするのは覚悟をしていた。だからといって、周りに、しかも女性に自分が守られている状況を彼は許さなかった。

 ”大切な人を守る”。それが彼自身の持つ一種のポリシーであった。あの時から、姉である織斑千冬がISの世界大会モンド・グロッソを棄権してから持つようになった考え。自分の立場が弱いために守ってくれる人に迷惑をかけ、そして傷つける。それを黙ってみているなんてことは二度と目にしたくなかった。同じ過ちを繰り返さないために。

 

 燃え上がる船へと一夏が降り立つと、どこかで爆発音とともに大きな揺れが起きた。それと同時に地面は傾き、一夏は思わず地面に手を付ける。船が炎を上げ、どこかで爆発をしているのであれば、今後この船がどのような結末を迎えるのか考えるまでもなかった。

 

「簪、本当に楯無さんはここにいるのか!?」

 

 一夏はやや高ぶった声で彼女へと叫ぶ。白式から提示されるハイパーセンサーからは簪の乗る打鉄弐式以外のISの反応は全くなかった。反応がない。つまり彼の探している人物(更識楯無)はISを装備していないということを意味していた。

 

「…うん。この船は米軍所有の船で間違いないし、お姉ちゃんがここに来たのは確か。でも正確な場所までは…」

 

 彼はすぐに考えを巡らせる。

 幸いにも想定されていた敵という存在は今どこにもいなかった。どこからかIS襲ってくる…なんてことはハイパーセンサーからは提示されていない。ならば安全に更識楯無を探し出すことができるのだ。

 

「…なら俺がこの船の中を探す!簪は船周辺の海を!」

 

 一夏は後ろにいる簪へと指示をする。

 とにかく、隅々まで彼女を探し出す他なかった。手掛かりがない以上、時間の許す限り全てを探さなければならなかったのだ。もし船にいないとなれば、海上のどこかに浮かんで助けを求めている事だってあり得る。一つでも可能性の芽を摘み取ってはいけない。

 

「見つけたらすぐに…」

 

 

 ____そんな必要はないさ。

 

 

 パートナーの簪の声ではない、高めの明るく優しい声だった。耳元で囁くようなこそばゆい声だった。

 

「え…?」

 

 聞き覚えのない声に一夏は何にも考えられなくなった。思考は止まり、その代わりに全身の血の気が引いていき、息づかいは荒くなり背筋に悪寒が走った。

 ハイパーセンサーには反応がなく、通信履歴には簪とのログ以外には何も残されていない。

 暑さでおかしくなってしまったのか。ふと先程の幻聴のことを思う。

 

 

 ____待っていたよ、白式。

 

 

 

 いないはずの何者かから再び声だけが聞こえてくる。だが、今度は男のような低い声だった。

 

 そして一夏はすぐに爆発したような音を聞き、現実へと引きずり出される。先程聞く音のように遠くで聞こえてくるものではなかった。

 音が聞こえた場所に目を向けると、そこには高くそびえたつ塔のようなものがあった。広々とした船の甲板に一つだけ立つ建物。船についてあまり詳しくのない一夏はあれが一体何の役割を果たしているのか想像もつかなかった。

 その建物の根元にはISが一機通れるほどの大きな穴がぽっかりと開いていた。周囲は何か鋭利なもので切られたように直線状の傷がいくつも残り、熱で溶けていた。そして、その穴から何かの物体が飛び出してきた。鱗のような皮膚で覆われた大きな翼を広げ、高く飛翔する。左手にある竜の尻尾のような長い鞭が風によって揺らめき、胸の所に埋められたエメラルド色の宝玉が一夏の目に留まった。

 

「お姉ちゃん…?」

 

「え…お姉ちゃんって」

 

 プライベートチャンネルから聞こえてくる簪の声に一夏は彼女の言葉を聞き返す。

 鱗の翼を広げるそれは目の前にいるIS(一夏たち)を見つけるとゆっくりと降りていく。全身装甲(フルスキン)に覆われた赤いISを、彼には見覚えがあった。

 

『あなたたちが探しているのは()()でしょう?』

 

 緑色の瞳を輝かせる、赤いIS『エピオン』は甲板へ降り立つと右わきに抱えていた更識楯無を一夏たちへ見せびらかした。

 整えられているはずの水色の髪は乱れ目元が隠れている。掴まれているISスーツ姿の身体はぐったりとしており、とてもではないが意識があるようには見えなかった。その姿を見た一夏は、内側からふつふつと湧き出てくる感情を抑えずにはいられなかった。

 

「てめぇ、楯無さんに何をした!」

 

 一夏は雪片弐型と左手の多機能武装腕(雪羅)を展開させ、エピオンを睨みつける。武装をするも、彼は一歩も動けなかった。いや、動けるはずがないのだ。下手に動けば楯無の命に関わる。

 いるはずのない敵に囚われの身の楯無。楯無を見つけられたという達成感と同時に怒りとも憎悪ともつかない鈍い痛みのようなものが胸の奥底にわだかまる。

 

『あなたたちが探しているのはこれではないのか』

 

 エピオンは右手にあるぐったりとしている楯無を肩にかけるように抱えると、一夏たちの所へとゆっくりと近づく。

 

『私はあなたたちにこれを返すために、わざわざこんなところで待っていたというのに』

 

「待っていた…?返す?」

 

 エピオンの言葉に一夏は戸惑いを隠せなかった。

 IS学園では、白式や無人機のISコアを狙い、ましてや自分自身の命を狙う組織である亡国機業。相手にとってみれば楯無の存在は厄介であるはずであり、敵対している者同士。その気になれば、その命を奪い去ることだってできたはず。それなにこちらへ引き渡すと言うのだ。彼の思考では敵の行動の訳を見出すことができず、とてもではないが考えが追いつけなかった。

 

『たまたまこれとはこの船で鉢合わせてしまいましてね。気が進みませんでしたが、少しばかり眠ってもらいました』

 

 一夏たちとは数十メートル先まで歩み寄ってきたエピオンは肩に抱えていた楯無を両手に持ち、仰向けのままそっと固い鉄の地面へと下ろしていく。

 

「なぜ…」

 

 薙刀を展開させ、刃先をエピオンに向けている簪は口を開く。

 

「なぜあなたはその人を救ったのですか」

 

 小刻みに震えながら薙刀を持つ簪の様子をただ呆然と見ていた一夏は視線をエピオンへと移す。エピオンは細い指先で楯無の乱れた髪を少しだけ整えると、数歩後ろへと下がる。

 

『理由などありませんよ』

 

 エピオンは両翼を大きく広げ、ゆっくりと月明かりを浴びながら大空へと上昇していく。

 

女性(レディ)に優しくするのは紳士としてのマナー。当たり前のことではないですか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後織斑くんと簪お嬢様によって回収され、精密検査を受けていただき、現在に至ります」

 

「にわかには信じがたい話ね。あの亡国機業が…」

 

 虚から経緯を聞いた私は彼女の話す言葉が信じられなかった。ISのハイパーセンサーには感知せず颯爽と現れ、私を一夏君へと託して海へと消えていった赤いISエピオン。ハイパーセンサーでさえ反応しなかったのであれば私も気付かなかったのも納得がいく。センサーに反応しない何らかの仕組みが施されていると考えてもいいだろう。

だが、なぜ私を一夏君たちへと引き渡したのかが謎である。こうして自由に手足を動かしていることができるなどと思ってもいなかったのだから。何せ、急にISが不具合を起こして…。

 

 

 そうだ。私のISは…

 

「虚!霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)は!?」

 

 脳内に電撃が走った。脳裏にあの時の光景が明滅する。鼻の気道が広くなり、生暖かい空気が鼻を過ぎ去っていった。

 

「お嬢様のISでしたら、現在本音に整備をさせています。ですが、それも簡易的なものです。なにせ蓄積ダメージレベルがDに達していたためにあまり手をくわえることが困難で…なので企業から整備士が」

 

「他には?何かおかしくなっているところはなかった!?不具合を出している部分は!?」

 

 前のめり気味に姿勢を前に傾けて虚へと問いただす。目を丸め、少しだけ引き気味に見つめる虚はタブレット端末に目を通した。

 

「いえ、蓄積ダメージレベル以外に不具合といった問題は何も見当たりません」

 

 

 

 

 

 ____ああ、そのようだ。お前もさっさと仕事を済ませろ。

 

 エピオンは不具合を起こし、動くことのできない私をいたぶった。私を蹴り上げ、剣や鞭で叩きつけ、私の首をきつく締めあげた。

 だが、やつはただ私をいたぶっていたわけではなかった。まるで、誰かと会話をしながら確かめるように、私のSE(シールドエネルギー)を削り上げ、そして蓄積ダメージをDにまで追い込んでいたのだ。何せ、やつは私のSEを1()0()0()()()()()()()()減らしていたのだから。

 

 

 

「ねえ虚」

 

「…はい」

 

「以前、一夏君とシャルロットちゃんにIS学園でテスト試験を行うためのIS装備輸送の護衛をやらせた時があったわよね」

 

 IS学園で生徒が企業の試作品を使う機会というのは多々ある。たまたま人手が足りなかったために、二人にその輸送を護衛してもらう機会が一度だけあったのだ。

 

「はい。確かその時、現れたテロリストたちとの交戦時に実験に使う装備の一部を破壊され、その影響で二人のISに不具合が起きた事故がありましたね。結局その後二人のISは正常に作動しましたが」

 

 その時、試作品の武器が爆発した影響により白式が使用の一切できない原因不明の故障が起きた。シャルロットちゃんのISにも拡張領域(バススロット)に一部不具合が起きていた。しかし、数時間経つとすぐに何事もなかったかのように二人のISは元に戻っていたのだ。

 

「その時の原因になった武装は判明しているわよね?」

 

「はい、IS委員会への報告書として資料は残されています。それをなぜ…?」

 

「あの時私が同じようなことをされたのよ、あの亡国機業に」

 

 

 


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