MADMAX Fury of ArmoredCore -V-alhalla   作:ティーラ

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オレたちみんな、いつか死ぬ。
だが問題は…『誰のために死ぬか』だ。
それをモットーに今を生き、戦って死ぬ…。
オレたちはそんな存在だ。
例え…『戦える素晴らしさ』を
実感したとしても、それは変わらない。

オレたちはウォーボーイズだ。
偉大なるあのお方のために…今日も戦う。
英雄の館へ招かれる…その日のために――。

――白塗りの兵(War Boy)士 ニュークス



4.93 WHAT A LOVERLY DAY!!!!!

 

 

 

 

 ニュークスAC急速反転(ターン)、180°回転行動により後方から前方へと視点を切り替える。

 重力という見えない力が縛り付けられた男に襲いかかる。全身が軋み、関節が悲鳴を上げ、男は歯を食いしばりながらうめき声を漏らす。

 およそ二秒というあまりに短い激痛を耐えきった刹那――。

 

 

 

空が、青々と広がっていた青空が―――。

なくなっていた。

 

 男は縛り付けられながら…。

 ニュークスはACを操縦しながら…。

 スリットは闘志をむき出しにしながら…。

 フュリオサはフロントガラス越しから…。

 エースとウォーボーイズは立ち尽くし…。

 

 

 

眼前に広がる地獄に絶望した。

 

 

 行軍するイモータン・ジョーの大部隊。二百人以上ものウォーボーイズもそのスケールに呆気にとられる者もいれば、よりテンションが高まる者、相も変わらずギターを響かせる狂った演奏者たち、演奏に酔いしれ脳内物質に身を任せながら火炎放射をする者など様々。

 

 先頭になって突き進むジョーのAC、それに続けて並列走行するリクタス専用車ビック(BIG)フット(FOOT)。ジョーのACと比べると一回り小さいが、他の武装車両とは比ではない巨大タイヤが圧倒的な威圧を与える、云わばモンスタートラック。

 

「砂嵐に突っ込む気だあ!」

 

 父であるジョーに赤子口調のリクタスが大声をあげる。

 一方、ACの中では外の空気に慣れていないミス・ギティが過呼吸を起こし、上級ウォーボーイが緊急手当している。そんな状況下もつゆ知らず、リクタスは続ける。

 

「ナメやがって…逃げ切るつもりだぞおおぉ!」

 

 

 

 

 

 

生きるものの失われた果てしない大地に……。

 

 

果てしない砂嵐だけがあった。

 

 

 油絵具を何色もかき混ぜたようなグロテスクな色合い。穢れた油膜を何層も張ってゆっくりとゆっくりと、回り回って回り続けている。醜悪な渦からはくぐもった雷鳴音を発し、一見すれば腹を空かせた怪物のようにも見える。今にも大きな口を開けてすべてを飲み込んでしまいそうなほどに。

 

 

そしてなお、戦いは終わってはいなかった。

 

 

「行け行け!!突っ込めえェェ!!」

 

 ニュークスACと共にやってきた先攻部隊が追走。武装車両と攻撃バイクがそれぞれ一台ずつ、アクセル全開フルスロットル。その様にスリットは溢れんばかりのアドレナリンとテンションを声高にして表す。

 

「よォ~し行け!ブッ殺せえェェァ!!」

 

 場違いとも言える威勢の良すぎる発狂は男の耳にうるさく木霊する。鬱陶しいと感じながらも逃げるチャンスが必ず来ると信じ、手首の拘束帯に指をかける。だが思いのほかきつく締められ悪戦苦闘、おまけにロープガイドも止められ取り外せないでいる。

 

 

 

 エースはこれ以上の進行は危険だと警告するため運転席へ移動する。まだこちらにはウォーボーイズが乗員している。あんな砂嵐に突っ込んだら全員ひとたまりもないのは誰でも知っている。知っているはずなのだ。

 

「突っ込むのはムリだ!」

 

 ドアに張り付きフュリオサ大隊長に言い聞かせる。しかし、見向きもせず眼前に広がる怪物へ目掛けアクセルペダルを踏み続ける。

 「今すぐ引き返せ」などとは命令しない。何故なら大隊長だから。ウォーボーイズが信頼する唯一の大隊長なのだから。きっとワケが、東へ向かう理由があるはずなのだとエースはそう思うしかなかった。

 

 ニュークスACはウォー・タンクに追いつき、強化ガラス装甲を下へ収納させる。開けたその隙間から水平二連ショットガンを差し出し、ウォー・タンクの運転席へ向ける。

 

「おい!そこを退けッ!」

 

 銃口の先にはエースがしがみついており標的は確実に当たることはない。

 エースは大隊長にこれまでの行動の訳を問う。

 

「何をした……!」

 

 が、大隊長はそれを無視し運転に続行する。

 

 そしてエースは…確信した。

 何故あれほどのウォーボーイズを犠牲にしたのか。

 いや…犠牲にしたかったのだろう。コイツは最初から…大隊長(・・・)なんかではなかったんだ。

 

「ジャマだ!退けッて!!」

 

 ニュークスは続けて叱責し、トリガーに指をかける。

 

「何をした…!!」

 

 確信――してしまった。

 元から不要だったのだ(・・・・・・・・・・)…と。

 そして何より…。

 イモータン・ジョー様を敵に回した――。

 

 

 

この…(アマ)ァ………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろォ!!!」

 

 怒髪天になったエースはフュリオサの首に食いかかる。払おうとするものの力はエースの方が格段に上、払い切れない。咄嗟にフュリオサはハンドルを離し、右手の拳で殴りつける。

 鼻に一発食らわせたエースは反動で大きくのけ反る。

 

 やっぱりか!と予想していた最悪の事態、ニュークスはトリガーを引く。狭まった散弾がウォー・タンクのフロントドアに着弾。火花を散らせるも運転席内部への着弾は免れてしまう。即座にスリットがサンダースティックを持ち出す所でフュリオサは反撃に出る。

 

 そうはさせない!

 

 縦長サイドミラーからニュークスACを視認、左へ大きくハンドルを回転させる。男が右を向いた時にはもう眼前数m。ニュークスに避ける隙を与えず突進を食らわせる。けたたましいほどの衝撃に機体はぐらつき、大きくよろめく。スリットは投擲することができず手すりに掴まる。一方、強化ガラスにヒビが入りコックピットハッチは故障、勝手に開放状態へと移行。内装機器類からはスパークを吹き出しニュークスは熱い閃光を浴びる。

 

 装甲タイヤがブースタをえぐり取り、胴パーツに付随する前部ブースタは破損。ニュークスACは後部ブーストのみで直進。結果機体の重心は前へ、橙の砂へ少しずつ埋まり急減速。華奢な右腕とガトリングガンは物量に押しつぶされ残存弾薬をだらだらと垂れ落とす。力尽きたエースも手を離し、共に焼け付く砂漠へと落ちて行った。

 総重量と最高速度を加算した渾身の激突はニュークスAC諸々の装備を確実に破壊した。攻撃も可、最高速度も可だったニュークスACはもはや木偶へと変貌し、ウォー・タンクと追走部隊だけが砂嵐へ直進していく。

 

 

 一番の脅威であったACを排除できフュリオサは安堵する…もつかの間、灼熱!!先行部隊、武装車両からの火炎放射。突如にして朱に染まる助手席、危険を感じ即座に運転席の奥へ避難しハンドルを右に切る。ウォー・タンクの車体を武装車両へ衝突させ、行き場の失った猛炎は射手を包み発狂。武装車両は燃え移る炎を振り払おうと右往左往、ニュークスACに続いて急減速。

 

 一向に脅威が減らないことにフュリオサは歯を軋ませる。

 

 

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 計器が示す無数のErrorと時々表示される1と0の数字羅列群。機体が受けたダメージはロックオンサイトを埋め尽くす機能不全報告が物語る。機体はなお減速中、高く舞い上がらせた砂は男の口へ容赦なく押し込まれる。再起不能、もう戦えないに等しいニュークスAC。

 だが諦めきれないニュークスはグライドブーストを解除。足を離すことでさらに減速、少しずつペダルを踏み、機体の上昇を試みる。ふと眼前を見ると口内に入った砂を必死に吐き出している男がいた。

 

 生命線である輸血袋を危険に晒すわけにはいかない。

 

「輸血袋を後ろへ移してくれ!」

 

 現状の危機を脱するため事細かに操縦するニュークスは自身の安全を優先、スリットに指示する。スリットは急かさず前面装甲に移動する。ニヤニヤとした不気味なスマイルで胴部へ這いつくばり、手首の拘束帯を外すためのロープガイドのネジを回す。

 少しずつ、少しずつ…。締めがゆるくなっていく感覚を感じ取る男。回し切ったスリットはロープガイドを引き抜く。

 

 

 

 これで逃げられる。

 逃げてやる――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がすな!捕まえろッ!」

 

 ドーフ・ワゴンの特設ステージ、ライトアップされた真っ赤なギターマンはアップテンポな演奏に変容。

 ジョーが操縦するACの肩には上級ウォーボーイ、腕を回し動作信号を送りながら後続部隊に命令する。これを合図に後続部隊はドーフ・ワゴンの後列へ移動する。武装車両は続々と後ろへ、攻撃バイクは弩級キャリアカーへウォーボーイズ総出で収納に取りかかる。ジョーの黒光りACを先頭に大部隊は車輛縦隊(コンボイ)を形成させる。

 ミス・ギティの手当をしている一方、ジョーの目はダッシュボート上へ。North()South()が交互に行き来している球形コンパスを見やる。はっきりとした方角を差さないコンパスをジョーはくるりと一回転させる。が変わらず、NorthとSouthを行ったり来たりと正確な方向は示さない。これもあの砂嵐が影響しているのかとジョーは思考する。

 

砦からの逃走。バザードの猛攻からの突破。そして今は砂嵐。そんな地獄を何回も味わってでも外へ行きたい理由は一体何だ…?

 

 何故ワイブスまで…?

 

 何故愛しの……

 

 

 何故愛しの我が子までも……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐突入まで、あと十数秒――。

 フュリオサはネックウォーマーを鼻まで覆う。

 

 

 遺伝子配列な鎖に繋がれた反抗的な男。その鎖を目一杯引かれ、前面強化ガラス装甲に顔面から衝突。目が合い、眉間にシワを寄せるニュークスは前へと詰め寄る。これに対し男は口を閉ざしたまま。スリットはさらに鎖を引き、男を引き上げては後部スペースへと乱暴に誘導する。

 

 

 ゴーグルをかけたフュリオサはニトロブースターを起動。乾いた緻密なエンジンにニトロが染み渡り回転数上昇、満悦するV8エンジン。ウォー・タンクはそれに応えるかのように急加速を開始、砂嵐へ突入。

 砂嵐にも耐えられる万全の態勢で挑むフュリオサ。前かがみの姿勢、ハンドルとの距離を詰め運転に集中。

 

 突入したウォー・タンクは醜い砂嵐を物ともせず突き進む。一緒に搭乗していたウォーボーイズ、追走していた攻撃バイクは一瞬にして荒れ狂う砂嵐に飲み込まれた。

 

 

 

 かつて、自然はヒトの手によって壊された。そして今となってはその自然が異形となって猛威を振るう。そんな光景を目にしたニュークスは思わず武者震いをする。

 

 これからあの中で戦うのか…。

 興奮が………抑えられない!!!

 

 脚部まで埋もれていた時と比べ機体も少しずつ上昇、Error表示も格段に減った。各兵装やACの操作自体は緊急であるため仕方がない。数分もすれば慣れるはずだとポジティブに考えるニュークス。

 開放状態のコックピットハッチからはスリットが男に手を焼いているのが見える。抵抗を続ける男にスリットは力づくで黙らせようと鎖を強く引く。胴パーツ上で男の体は大きく反り返り、負担をかけ続ける首はギシギシと軋み顔を歪ませる。

 

「オイッ!これでお前の()ともオサラバだ!」

「死ねやオラァ!!!」

 

 砂嵐突入まであとわずか。ニュークスは視線を砂嵐に向けたまま、顔の向きはスリットへ。

 

「突っ込むぞ!」

 

 その声にスリットは砂嵐を確認する。途端、男が暴れ出しその拍子で鎖を離してしまう。

 

 

 今なら逃げられる。

 逃げるためなら何だってしてやる!!!

 

 

 異音を聞き取り、ニュークスは…。取っ組み合いを始めてスリットは…。この男がどういうヤツなのか…二人は改めて思い知らされた。

 

 口枷のついたケダモノ(・・・・・・・・・・)―――。

 

 取っ組み合いは激化し後部スペースへ転がり落ちる男とスリット。男は後部スペースでのけ反り、スリットは寸での所で鎖を手にしたことで落ちずに済んだ。

 男が目にしている逆さまの世界からは口裂けの白塗り男が落ちそうに見える。そこで男は後ろへ一回転、その勢いでスリットを蹴りつけ、蹴る!蹴る!!蹴り続ける!!!耐えに耐えたスリットは辛うじて蹴り続ける足にしがみついた。が、男はもう片方の足でとどめの一発を繰り出す。右足の靴を脱がされスリットは転落。転がり落ち、置き去りにしていく。

 

 うるさい白塗り(・・・・・・・)を片付けた。あとは病弱な白塗り(・・・・・・)を片付けるだけだとハッチへ向かう。

 

 安定した速度を取り戻したニュークスAC。再度グライドブースト、ペダルを踏み通し急加速を開始。右強化ガラスを上へスライド、閉めようとするも鎖が邪魔をする。[CLOSE]のスイッチを押すもコックピットハッチに変化はなし。あの時の激突で支障が出たのか、オート操作から手動操作にされたらしい。

 

 ニュークスはハッチのレバーを掴み下へと降ろす。

 

《ハッチ閉塞…ロック………NG》

《圧縮密閉を開始………………NGNGNG》

《損傷個所からの空気漏れを確認…》

《操縦を続行する場合、損傷個所の拡大の恐れがありま――》

《ACの操縦を続行します……》

 

システム(System)戦闘モード(Combat Mode)…》

 

 操縦続行をタッチ、ゴーグルをかけACを戦闘モードへ移行させる。男は強引にでも開けようとするが、閉まりきったときにはもう遅かった。もう目の前には――。

 

 砂嵐へ突入…突風!

 

 あまりの突風に後部スペースに戻される男。輸血をしている右手が妙に重いと感じたニュークスは後ろを見る。今にも吹き飛ばされそうな勢いでまたもや反り返っている男がいた。ニュークスは鎖を引き、後部スペースの手すりまで誘導させる。

 やっとの思いで手すりに掴る男、繋がれている鎖を自らの腕に巻く。それを確認したニュークスは眼前に広がる暴れ狂う自然へと視線を変える。

 

 どこかにウォー・タンクと追走部隊がいるはずだと、あたりを見渡す。

 

 約三時の方向に遠雷。三回四回と瞬く雷光に二度見三度見、閃光が二つの影をうつしだす。ウォー・タンクとそれを追う武装車両が一台。竜巻と竜巻をかいくぐり後を追っている。見つける事さえ困難だったのに今ではこの砂嵐と雷でさえ幸運を運んでくれたと内心感謝し、操縦桿を右へ傾ける。竜巻に吸い込まれそうになりながらも直進追走、暴風に苛まれ挙動不審になりながらも直進追走し続けるニュークスAC。

 

 砂嵐の中では無数の竜巻が発生し、穢れた砂塵を高々と舞わせる。ここでは竜巻が獲物を追う立場か、咆哮にも似た雷の轟が永遠と続く。

 

 五十数m先に武装車両とウォー・タンクが並列走行している。これまでの竜巻とは比べ物にならないほど特大の竜巻がゆっくりと時計まわりに回っている。

 

 クセのある機体、ピーキーすぎるとまで言われ忌み嫌われていたACが良くぞここまで持ってくれた。攻撃を食らわれながらも確実に反撃・大打撃を与えてくれた自慢のAC。何回使い込んだか自分でさえ忘れてしまうほどこの機体で活躍してきた。戦場で輝ける、戦場で戦えることがとても嬉しい。他のヤツより狂ってるなんて言ったって構わない。ACとはそれほど魅力的で素晴らしい、巨人(・・)だなんて…もったいない。最高だ、本当に最高だ…。

 

 

 だからもう少し!

 もう少しなんだッ!!

 あと少しでいい……。

 持ちこたえてくれ!!!

 

 あと少しで…オレも、オマエも…。

 

 英雄の館で…永遠に輝き、よみがえるッ!!!!!

 

 

 実のところニュークスは焦っている。コックピット内は赤色、Error表示からDANGER表示へと埋め尽くされ後ろの強化ガラスから覗く男の顔でさえ赤で染めてしまうほどに。

 

《機体が深刻なダメージを受けて(AC severely damaged.)います。》

カカ回避してカイ避(TTTakeTakeTTaTT)…》

 

 ニュークスは警告を無視する。コックピットハッチが完全に閉塞していない故か、継ぎ目がカタカタと揺れカラスのボビングヘッドも連れられ振動する。

 

 あと…三十数m……。

 

 

 フュリオサは縦長サイドミラーを見やる。武装車両がウォー・タンクに追いつこうとしている。五人あまりものウォーボーイズが飛ばされないよう必死になって掴まっている。

 

 飛んで火にいる夏の虫(It is like a moth flying into the flame)とは正にこのこと。馬鹿な連中、満身創痍…火炎放射器はおろか固定式捕鯨銃(ハープーン)すら吹き飛ばされちゃって。肩書きだけの武装車両に…何ができる。

 

 ハンドルを左へ回す。一周目で武装車両だったそれに寄り添い、二周目で竜巻へ導き、ハンドル三周目にして竜巻の中へ放り込んだ。軽々と持ち上げられたそれは燃料に火が付き、ウォーボーイズをバラバラに引き裂かんと巻き上がらせる。

 

 ニュークスは目を輝かせながら凝視する。

 

 喚き、叫び、悲鳴を上げ…舞い、廻られ、血肉を千切られ…炎を上げ、爆発し、爆発され…。このゴーグル越しからでも見える…あの輝きが…。

 

 男は身を乗り出し竜巻を見る。竜巻が…咀嚼(そしゃく)をしている、食べている。醜悪な竜巻はその色を赤色へと、血の色へと変えていく。

 

 ウォーボーイの一人が食われずに吐き出されACの無機質な装甲に激突。ボロボロになりながらも奇声を発し、また別の竜巻へと食われていった。

 

 ニュークスの熱狂は有頂天に達した――。

 

 

 

 

Oh,What a day(最高だァ)……ッ!!」

 

 

 

 

WHAT A LOVERLY DAY(最高の一日だぜッッ)!!!!!

 

 

 カラス(RAVEN)のボビングヘッドが一心不乱に首を振る。

 

 そう、カラスも…歓んでいる!

 

 

《歓ぶ…どういう意味です…?》

 

 

 分からない…だが……歓んでいるッ!!

 

 

 ニュークスはガスボンベのバルブを緩める。気の抜けるような音と共に亜酸化窒素がV8エンジン内部へ直接噴射、ダイレクトショット。

 

 燃焼…気化…圧縮…燃焼――。この過程を永遠と繰り返すV8エンジンに液化されたN2Oが充満。燃焼、気化し、周囲の熱を奪い急速冷却。酸素の密度が極限にまで高くなり燃焼効率はさらなる高みへと昇る。

 

 燃焼…気化…噴射冷却…圧縮…燃焼――。

 

 燃焼…気化…噴射冷却…圧縮…燃焼率向上

 

 燃焼、気化、噴射冷却、圧縮、燃焼率向上

 

 燃焼気化噴射冷却圧縮燃焼率向上!

 

 燃焼気化噴射冷却圧縮燃焼率向上!!

After(アフター) Fire(ファイアー)!!!

 

 濃厚なエネルギーにACは歓喜極まりニュークスACは陶酔状態へ、ドラッグハイに点火八つのマフラーすべてから猛炎アフターファイアー。細長い排気口は灼熱に晒され赤を通り白を超え、純白へと変色する。

 

 右の縦長サイドミラーからはあのニュークスが駆けるAC。ウォー・タンクが誇る何千馬力もの速度に追いつこうとしている。

 

 反射する鏡からニュークスの視線がぶつかる。狂いに狂った、死を告げに来たような目に思わずゾクゥッと。体感したことがない恐怖を植え付けられように目が離せられない。

 

 サイトに操縦席を定め――…。

 トリガーを絞り、パルス弾発射!

 エメラルドの弾丸は―――。

CRASH!!

 最後の一発であったパルス弾はサイドミラーに着弾、フュリオサは我に返る。弾道は届かず、それ以外の被害は与えられなかったが確実にフュリオサの心にしっかりと刻み付けた。ウォーボーイの真意を、ニュークスの底力を。彼を再び脅威対象として認識させるには十分なほどに。

 

 だが…彼はそれだけでは済まないはず。

輝けなかった…これでもう…いや、まだだ…。

 

   だからこそ!!!

だからこそ!!!   

 

左腕(Left arm)残弾な(deplete)――》

パージします(Purging)…》

《稼働限界までわずかで(AC damege catastrophic.)す。》

 

見てろよ(I am the man)…!!」

 

「…燃え尽きてや(who grabs the sun)る…!!!」

 

 男はコックピット内部へ目を動かす。ニュークスがいくつもの管を取り除き、ジェネレータ供給燃料まで開封する。一見すると何をして、何をしようとしているのか見当がつかない。

 

魂よ共にあれエェッッ(Riding to Valhallaaaaaa)!!」

 

 そこから無限に溢れるニトログリセリン、ガソリン、その他諸々の燃料が混じり二人の鼻腔を刺激させる。

 

 あと…数m…!!

 

「いいかオレを見(Witness me)ろ、輸血袋オォ(Blood Baaag)ッ!!」

 

 未だ変わらぬその呼び名に反応する男。甘美な香りに中毒となった病弱な白塗りの目と合う。スプレー缶を握りふたを外し、無我夢中にスプレーを吹きかける。

 

 そうだ、コイツはきっと…。

 

「オレを見ろオオ(Witneeeeeeess)ォッ!!」

 

 まんべんなく銀に染まった口は、まさにあの時の跳躍特攻したアイツに…。死にたくはない、ただただ逃げ続けたい。

 

 男は一心に殴る。特攻を仕出かすと察した男は強化ガラスを一心に、ヒビが入った箇所を一点にして一心に殴る。ヒビは深く割れ、細やかに分裂し、握り拳を貫き強化ガラスを砕き散らす。だが血眼のニュークスは掴めない。さらに鎖を引かれ、中毒者との距離は遠ざかる。操縦桿に鎖を巻きつけ螺旋状のコントロールレバーを左へ傾ける。

 

 ウォー・タンクを追い越し、突き進むニュークスAC。フュリオサは追い返そうとするも焦燥感に駆られてか運転に集中できない。操縦席からでも見えるDANGER表示。兵装がすべてやられたACがやることはただ一つ。

 特攻あるのみ。ヤツはACごと自爆する!!

 

 混合された燃料が靴を浸す。足先にまで燃料が浸透したニュークスは発煙筒を取り出し、銀色の口先でキャップをかじり取り着火点をコックピットハッチにこすり付ける。ストロンチウム火薬が化学反応、赤色の炎が噴出し一層コックピットを赤で染めあげる。

 

 ウォー・タンクに視界をうつす男。運転席に座る女は男の先のACを見通す。目つきからは、必要とあらば真正面からの激突を覚悟して――!

 

生きて(I Live)死んで(I Die)…よみがえってや(I Live Again)る…!!!」

 

 証明してやろうとするニュークス。

 逃げ続け、生き続けようとする男。

 脅威を振り払おうとするフュリオサ。

 

 突然、男の目の前でハッチが吹き飛ぶ。強風に耐えられず頭部パーツと共に飛ばされたコックピットハッチは竜巻へ。目下、発煙筒を下にして自爆する寸前――。

 最後の最()。そう思った男は足掻くに足掻き、病弱の腕を掴もうと望んでケダモノになる。真っ白の青白い腕は…。

 

 掴まった。

 ニュークスはペダルを踏み通した。

 

 [NUX]のブースト逆噴射(・・・)ペダル!!

 

 証明す―――ニトロブースト!!!

 フュリオサ決死の決断。髑髏のカウキャッチャーがニュークスACを貫通、引きずり、乗り上げ、機体を下敷きに骨組みを重厚なタイヤでバキバキと踏み砕く。男の叫びもニュークスもACもすべてをひとまとめに、散乱するすべてを置き去りにしてウォー・タンクは走り続ける。

 

 証明できずに輝く発煙筒の炎でさえ置き去りに――。

 

 赤の炎は砂嵐に埋もれ……。

 

 消えていく……。

 

 消えていく…。

 

 消えて…。

 

 

 …。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は本当に死んだのか…?

 

 

 

 

呼吸はできる…。

 

 

手には感覚がある…。

 

 

足にも感覚がある。

 

 

砂の流れる音がする。

 

 

砂は乾ききって、焼け付くように熱い。

 

 

何の風味もしない、不毛の味がする。

 

 

上体は起こせる…。

 

 

目を凝らせば…青が鮮明に見える。

 

 

空が、青空が見える。

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

否―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は…

 

 

 

 

生きている―――!!!

 砂をかき分け起き上がる。血液が、血流が、心臓が、大きく脈打つ。体内のありとあらゆる音が鼓膜へと集中、耳に響き渡るほどの反響に身震いする。血がなくなる――と自身の体が叫び、息が荒げる。

 なくなる、なくなる、すべて無くなって、亡くなって、終わる――採血針を引き抜く。赤黒いカテーテルからは二、三と血液が滴り落ちる。

 

 息を整え、周囲を見渡す。

 あたり一面砂しかない。砂嵐は止んだらしく、先ほどのような強風や突風は綺麗さっぱりない。砂塵が舞い続けているためか、遠くの景色は霞んでいてよく見えない。しかしヤツが使っていたACの残骸を見つける。

 

 いつぞやに見た自分のACもこんな風にバラバラにされていた気がする。

 

 男からそれほど遠くない場所に完膚なきまでに粉砕されたAC。脚部も左右の腕部もすべてスクラップ、胴部のコックピットがある程度原型を留めているが半分が砂に埋没し、スパークすら散らさない。再起不能、再び戦場を駆けることはもうできないだろう。

 

 埋もれた鎖をたぐり寄せ、ACまでの道を切り開く。たぐり寄せ続けると病弱な腕が釣り上る。頑丈であるはずの骨組みは今となっては片割れになり、いとも容易く外した男は病弱な白塗りを引っ張り出す。今気づけば、自身が来ていたジャケットを身に着けぐったりと脱力している。

 

 意識はないが生きている、骨組みに救われたか。そう直感するも得した気など一切ない。自由に逃げるためにはこの鎖を断ち切らなければならない。手首と口枷に繋がれたこの鎖を取らない限り逃げることはできない。

 

 白塗りの腕を掴み、手首へと繋がる採血具を外そうとする。だが幾重にも重なった金具はどんなに力を込めても、引き抜こうとしても、揺らしても、揺らしても揺らしても揺らしても揺らしても取れない…取れない。

 

 ソードオフ…ヤツが使っていたショットガン…?

 

 苛立ちだけが募る中、唯一取り外せた骨組みの片割れに目が行く。物寂しそうにぽつんと仕舞われていた短身ダブルバレル式ソードオフ・ショットガン。腕を放り投げソードオフを手にする。開閉レバーを親指で押し、薬室を開放すると二発分のショットシェル。

 

 それぞれ雷管も現存、排莢していない砂まみれの真鍮薬莢が二つ。不安だが装填仕立ての散弾であることに変わりはない。しっかりと奥まで実包を押し込み、先台を戻す。軽快なブレイクアクションをした早々鎖を掴み、病弱な手首に銃口を押し当てる。

 

 

 

 躊躇う必要はない。

 コイツだってすぐに死ぬんだ。

 

 

 

 引き鉄に指をかけ、絞る――。

sizzle……

 聞き覚えのない異音、まるで腐食肉を焼くような。

 

 引き鉄を引く。引く、引く、引き絞る!

 発射されない散弾、飛び散らない手首。ソードオフを近づけ傷がないか確認する。見たところ外見は問題ないがやはりシェルに問題があったか…。

 

 不発――。クズ弾が。

 

 金具は外れず、散弾は出ず。男は迷うことなく最後に残された手段を実行する。

 

 逃げるためなら何だってしてきた。したくはなかったが…コイツの手指を食いちぎる。なんてことはない、すぐに逃げられる。

 

 ソードオフを投げ捨て、口枷の隙間に病弱な指を入れかじりつく。血管や筋が歯に合わず、噛みきれない。

 

 

thud…

 

thud…thud…

 

 

thud……

 

 

 

 

 

 

 小さく木霊する何かを叩く音(・・・・・・)…。奇妙な音源は砂塵が晴れゆく前方から。

 

 ウォー・タンクだ。このままでいるべきか…。いや、今の現状よりあの()を盗んだ方が良い方向へ運んでくれるはずなのでは…。考えるより行動しろ、逃げるためにはそれしかない。

 

 はるか先のウォータンクへ歩み寄ることにした男は奪われた右靴をニュークスから奪い取る。裸足で歩くよりはマシだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 整備中の音なのか、叩き付けているような音を聞きつけようやくたどり着いた男。脱力するニュークスを抱え、繋がれた骨組みの片割れをも引きずりながらウォー・タンクまで行き着いた。体の水分が着々と無くなっていく、水が先だ逃げるのが先だと自身の葛藤が騒ぎ立てる。給油タンクと思われる後部車両で隠れ、思考する。

 

 

 不発の散弾銃で何ができる…。

 

 いや、乗っていたのは女一人だったはず…。

 

 失敗なんかしない。

 

 絶対成功させて、逃げてやる!!

 

 

 

 

 給油タンクの影から一歩二歩と歩み出る。

 そこには片腕の女と五人の女(・・・・)

 

 一人は妊婦で顔を、一人は褐色肌の女で足を洗い砂を落としている。一人は赤毛で洗ったレースを絞り腰に巻いている。一人は黒の長髪、分厚い貞操帯を外そうと試行錯誤。最後の一人が銀髪の女、ボルトカッターで切断しようと手こずっている。

 

 予想していなかった事態に一瞬固まる男。五人も、先ほど運転していた女には片腕がない。片腕でウォー・タンクを整備する女。それぞれ男には目もくれず必死に行動している。このままでは一向に進展しないと確信した男はうなだれたニュークスを乱雑に降ろす。

 

 砂の上に落下し着地。女たちは即座に気付く。

 

「…ウソ!!?」

 

 突然のあまり小さく驚きの声を出す。安堵していた矢先に突然の生き残り、誰が想定していたことか。フュリオサは透かさずナイフを手にするが男が先に空の銃を向ける。ソードオフショットガンを前にしてナイフで勝てるかものか。圧倒的不利な状況へと陥ったと察したのか、ゆっくりと腕を降ろす。

 

 バチンと貞操帯を切った女は取り急ぎで外し、不安げに寄り添う。

 

 周りを見れば四人分の貞操帯、一体何のための女たちか…。切った貞操帯にもハンドルに髑髏の紋章。トレードマークにしてはしつこ過ぎる。

 

「ぜったいに戻らない」

 

 妊婦の女はキッと目を鋭くする。フュリオサが一歩踏み出そうとするもソードオフを強く向け対峙する。動じることなく膠着状態を続ける我慢比べに耐えられなくなったかフュリオサは反対方向へナイフを投げ捨てた。

 

 主目的は逃げること、そのための()が欲しいだけ。それ以外は必要ない。女も権力も力も必要ない。

 

 そんな中、ホースからは水が勢いよく流れ地面に広がる不毛の砂を潤していく。ドバドバとした決して綺麗ではない音だが清潔で澄んだ水分をたっぷりと含んだ砂水。延々と流れる水に気付いた妊婦がホースの栓を回し水の流れを止める。

 汚れきった泥水を何度も啜って今日まで生きてきたが、無色透明で油膜も放射能もない清潔な水なんていつ飲んだであろう。

 

 舌舐めずり、乾きに乾ききった口内は潤うことはない。何でもいいから何かを飲まないと死んでしまいそうなほどに体が水を欲している。いつの間にか銃口の先は砂水に変わっており、慌てて銃口をフュリオサへ戻す。

 

「…水だ」

 

 自身の我慢比べでは水が勝ち、今は水と要求する。そうしなければ死んでしまいそうなほど水に餓えている。

 

 妊婦の女はどうすれば良いかとフュリオサを見やる。「それを男へ」と目で合図を送られ、妊婦はホースを握りゆっくりと歩み寄る。

 

 髪も服も全身余すことなく水に濡れた妊婦、上品なあご先としなやかな髪先からは水滴が点々と垂れ落ち、締まりきらなかったホースからは水がじわじわと放出し、来た道の痕を残していく。薄い服装故か、張り付く腹部は肌の色合いをしっかりと彩り、熟れて膨らんだ臨月の腹部がより一層艶やかさを表現させる。

 

 目線を合わせずゆっくりとゆっくりとホースを差し出そうとする。水を待ちかねない男が前触れもなくホースを奪い、ショットガンを妊婦に向けては後ろを向けと指示する。妊婦は指示通り後ろを向き、視線をフュリオサに送る。

 片手で金具を操作、水の勢いを開放し口枷越しから水を流し入れる。濁り、淀み、穢れ一切なしの清潔な水が喉を通り、身体の隅々に行き渡り澄み渡る。あまりの水勢に入りきらない水は脱力するニュークスにかかり、湿らせる。呼吸することも忘れ一心に水を飲む男はしばらくしてホースを口枷から離し、激しい息遣いで栓を閉め放り投げる。ソードオフは妊婦の背中を向けたまま次の要求。

 

 ――鎖、次の要求は鎖だと呻る。

 

 貞操帯を切断した女がボルトカッターをフュリオサに渡すが――。

「違う!…お前だ…」

 男は銀の長髪女性に渡してもらうよう銃口で指示する。

 

 仕方ないと覚悟を決め、妊婦と同様にゆっくりと男に歩み近づく。寄り添っていた黒髪の女がそれを心配そうに見つめる。長靴を履き安定して歩を進める中、銀髪の女は首を傾げ男に近づく。

 

 男が掴む鎖の先。陽炎か蜃気楼か、遠くから虚像が群れを成しているかのようにゆらゆらと蠢いている。同時に不鮮明な音が風に乗って送られる。

 

「スプレンディド、アレ(・・)は風の音…?」

 

 風の音?……違う。

 アレ(・・)は……騒々しいまでのエレキギターの小さな小さなエコー…。

 

「それともヤツラが来た……?」

 

 妊婦は耳を澄まし後ろを見やる。蜃気楼は少しずつ確かな形へと変化させていく。それはあのイモータン・ジョーの大軍団………。

 

 待ちきれない優柔不断な男は鎖を乱暴に揺らし、苛立ちを乗せて鎖を主張する。肩をびくっと震わせすくめる女二人。要求通り鎖を切断しようとボルトカッターを持ち上げ、刃の間に塩基状の鎖を入れる。

 

 が切断されない、いやできない。どんなに力を込めても切断されない。単に堅いのではなく力が無さすぎる、手こずるのも当然。切れないのか、まだ力が足りないのかと疑問符を浮かべ力む銀髪の女。鎖は切れないまま力任せに切断しようと手元が下へ、それにつられて男の頭も下降していく。男の視界が妊婦によって遮られたのを見測ったフュリオサは――駆けだす。横目で捕えようも口枷によって下へ下へと。

 

 タックル命中。刃に挟まれた鎖は容易く抜け、男とフュリオサは勢いよく宙を滑空し倒伏。ニュークスは鎖に繋がれたまま無造作につられる。馬乗りになったフュリオサはソードオフを強奪しダブルノズルで殴打、上腕部で頭を押さえ無防備な顎から銃口を入れる。

 

 吹き飛ばしてやる!

 トリガーを引き、指を弾く――

 

カチャ―――・・・・・。

 

 吹き飛ばない――?

 

 …不発。野郎ッッ!!

 

 激情に駆られ再び殴打せんと大きく振りかぶり降ろす!

 

 が、男が防ぐ――!!。同じ手は食らわないと目の奥からは静かな殺気を発する。首を掴み横転、立場は逆転し男がフュリオサにのしかかる。ジタバタと足掻くフュリオサを制しソードオフを手にした男も殴打せんとするも()が動かない。後ろで女が二人、銀髪の女と妊婦が鎖を引いている。続々と女たちが集まり鎖を引っ張られ、抵抗できず後ずさる。そして空しくも再びのけ反り、視界は青空へ固定。

 

 だがソードオフは離さないという執着心は未だ健在。それはフュリオサも同様健在。気を失ったままのニュークスは無造作に引かれ続ける。バランスを崩し女たちはしりもちをつき男も転倒。反対にフュリオサは起き上がり成功、形勢逆転。

 

 銀髪の女が「はいっ!」と投げ渡したモーターレンチをすぐさま手にし横にスイング。身を起こた早々ソードオフが見当違いな方向へ、モーターレンチのずっしりとした重みが手にまで響く。右からスイング、身を交わしまとも(・・・)な武器に避け続ける。左にスイング、大きく後退するが足をとられ転倒。レンチを思い切り打ち下すも即座に足を広げ交わし、交わし続けては間近にあった骨組みを盾にする。フュリオサは徹底的に叩きのめそうと連打し、堅い材質で対抗。互いの手は衝撃を感じ取り、互いの耳はつんざく金属音を響かせる。

 ガチッと突如骨組みとレンチが噛みあい、分離できずガチガチ鳴らす。隙ありと男は骨組みを顎から打ち付けた。

 

 この騒動にようやく目を覚ましたニュークス、しかし意識がまだ朦朧としており何がどうなっているのか把握すらできず薄めで騒動を見続ける。

 

 顔から吹っ飛ばされ、あまりの痛みに首を振る。埒がいかないと判断したフュリオサは飛び上がるように立ち上がりウォー・タンク目掛け突っ走る。しかし男が鎖で波を打たせ足を滑らせる。さらにフュリオサは飛び起き、ウォータンクの装飾であろう意味ありげに並んだ二つのガイコツを殴った。粉砕されたガイコツからは拳銃、Glock|(グロック)17が姿を現す。

 

 咄嗟に銃だと感づいたニュークスがフュリオサに飛び乗り動きを封じる。カッターを捨てうんざりするほど引かれた鎖を今度は男が引く。ニュークスを引き寄せ拳銃との距離を取らせる。鎖同士がうるさく共鳴する中、褐色肌の女が好戦的に威嚇する。他の女も参戦するが男もそれに負けまいと威嚇、女たちをひるませ、拳銃へ目掛けひた走る。

 

 フュリオサが拘束をほどきひじ打ちを食らわせている頃、男は拳銃を手に入れ――――。

 

助けて、―――!!!!

 

 少女の幻覚に惑わされた隙にフュリオサが突撃し男を貯水タンクに押し付ける。我が先だと拳銃の奪い合いで殺到する二人。拳銃は貯水タンクの鉄板を削らせ奪い合いはフュリオサが手にした。その拍子に弾倉が射出、砂の上へと落下。それをしっかりとみていたニュークスと女たちが走り寄る。

 

 拳銃を右頬に突き当て引き金に指をかける。

 一発でケリがつく――!

 今度こそとトリガーを引き―――発射!!

 

BANG!!!

screeeeeeeeeeeeee

 

 だが弾丸は頬を貫くことなく上空へ、男が寸で交わした。幻覚の絶叫、弾丸の超音波。少女の叫びと耳鳴りが合わさり強烈な金切声を響き渡らせる。

eeeeeeeeeeeeeeeee

「取ったぞ!」

eeeeeeeeeeeee

 オレが先だ私が先だともみくちゃになる。

eeeeeeeech

 男は自身を中心に一回転、次はフュリオサを貯水タンクに押し付ける。形勢逆転、自らの腕でフュリオサの首を浮かせる。弾倉を取ろうともみ合いになっているとニュークスと共に鎖を引かれ、突拍子もない後退に足元をすくわれる。フュリオサはうつ伏せになった男を蹴りあげ、顔面に膝蹴りを――口枷でガード。

 

 口枷の尖った先端部が膝に食い込み、痛みが襲う。「Aah!」と声すらも我慢できない最中、後ろへ回り込み今度は鎖を使って男の首を絞め始める。男は苦悶し声を荒げるも負けじとひじ打ちを繰り出し、痛みを負った膝を崩す。そのまま二人諸共転がり、取っ組み合いを再開。ホースを見つけたフュリオサが手を伸ばし、男はそれを遮ろうと手を伸ばすも届かず。ホースの金具でさえ鈍器代わりにさせ殴りつける。鈍い衝撃に顔が歪むも男は口枷で防御し一向に傷を付けさせない。

 

 腕を押さえ、栓が外れたホースを放置し、全身砂まみれになりながら横へ転がる。来た道を戻ってきた際フュリオサに鎖を絡ませ拘束、縛り付ける。丁度ニュークスがもみ合いから逃れ、男へ弾倉を届けさせる。手の平に乗せられた弾倉を差し込み装填、コッキングレバーをズボンでスライド。

 

BANG!!BANG!!BANG!!

 

 女たちが甲高い悲鳴を上げる。だがそれは脅しの三発、弾丸はフュリオサには当てず高々と砂が舞い散るだけ。男は丸刈りの後頭部に銃口を当てつける。息を切らし観念したのかフュリオサはガクッと力が抜ける。

 

 

 

 

 騒音――?

 

 フュリオサ達が来た道を見ると薄い陽炎、あの大軍団が進行中。今なお狂気と狂喜の演奏を続けている様に腹が立ってくる。決死の思いを胸に行動したとはいえこれほど強敵なヤツだとは思いもよらなかった。

 

「ふ…へへ、ハハハ……!」

 

 成果は上々。大隊長だったフュリオサは捕え今となっては裏切り者に過ぎない。それにワイブスも全員生存できたとあれば、本ッ当に最高の一日だ。輸血袋のおかげもあってかもう申し分ない、大満足だ。

 

「やったぞ輸血袋!生け捕りにしたァ。これでこのオンナは…八つ裂きだァ!!」

 

 ニュークスは男を飼い犬のように頭を撫でまわし、フュリオサを盛大に煽る。険悪する男は銃口を突きつけたまま口を開く。

 

「鎖を切れ…早く」

 

 笑顔が絶えないニュークスはボルトカッターを手にする。

 

「!?お、お、おい―――」

 

「ヘヘ、分かってるサ……コレだろ??」

 

 へらへらとボルトカッターを持ち上げ見せつける。

 

 逃げるためとはいえここまで苦労したのにくたばるのは正直御免だ。いつ、いかなる時でも油断してはいけない。てっきり病弱な白塗りが首を掻っ切ろうしていたのかと思ったが、今のアイツの頭ン中はきっと崇拝者のことにしかないはず。

 

「おい…見ろよ…キラキラしてる、女神(・・)だ」

 

 水に濡れた女たちはこれから起こる悲惨な未来を予感しているのか、心配そうに寄り添いあっている。

 

「ジョーが喜ぶぞ…!褒美がもらえるな。だったら新品のACがいいなぁ」

 

 一方、ニュークスはシタデルで輝く栄光の未来を想像しているのか、うわの空で鎖を切りカッターを捨てる。

 

「コイツはオレが運転する」

 

 すると男が立ち上がり、ニュークスに銃を向ける。 

 

「何が望みだァ??」

「俺の!ジャケットだッ!」

「ふへへ、いいとも。ずいぶん安い褒美だなァ」

 

 輝く未来に酔いしれているニュークス、銃を向けられても一切怖がらない。それどころか寛大になり、取り返そうと無理に引き剥がす男に淡々とジャケットを受け渡した。

 

「緑の地へ行く…」

 

 妊婦がただひとり堂々とした面構えでウォー・タンクの運転席へ歩み寄る。

 

「な、なあオレ―――」

 

 ニュークスのみぞおちに拳を打ち込み、嗚咽を漏らして倒れた。即妊婦に脅しの二発を発射、一発はフロントドアに跳弾、もう一発はふくらはぎをかすめさせた。

 

「スプレンディドッ!!」

 

 直立不動になった妊婦は身を案じてか足を止める。他の女たちが妊婦へ駆け寄ろうとするもフュリオサが上腕部でそれを制する。妊婦の足から静かに血を流し、痛みを振り絞るように男に語る。

 

「女たちのいる緑の地へ行く…!」

 

 フロントドアを開け、ウォー・タンクに乗り込む男にそれは聞こえない。エンジンスタート、女たちにも見向きもせず後方を確認、アクセルを踏む。それをフュリオサは黙って見届ける。

 

 初速開始、ウォー・タンクが走行したところで赤毛の女が駆け寄る。赤毛の女を支えに痛む足傷を楽にする。フュリオサは後ろから迫る大軍団を見るなり妊婦に近づく。

 

「大丈夫!!?」

 

 赤毛の女が気遣い痛みを問う。「うん」とだけ返す妊婦にフュリオサはさらに問いかける。

 

「どう?痛む?」

「痛いわよっ!」

「人生痛いことだらけ、それが現実よ」

 

 当たり前でしょ!とでも言いそうな顔振りにこれが現実の世界なんだと言い聞かせるフュリオサ。

 

やり遂げられる(You wanna get through this)…?」

 

 後ろで見つめる他の女にも聞こえる声量で問いただす。

 

「言うとおりにして…分かったわね」

 

 頷きはしなかったものの目の奥に見える覚悟を垣間見たフュリオサは走り去るウォー・タンクを凝視する。

 

 初速段階、それにキルスイッチ(・・・・・)がある以上先には行かせない。今ならまだ間に合う。

 

「武器を持って、走るよ!」

 

 フュリオサは義腕がないまま駆け走る。

 妊婦と赤毛の女は目を合わせ駆け走る。

 褐色肌の女はソードオフとレースを握り締め駆け走る。

 黒髪の女もレースを手にして走り出す。

 ボルトカッターを握った銀髪の女が走ろうとするも貞操帯に足を止め、「くそっ(Tsa)!」と貞操帯を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいお久しぶりです、ティーラです。

書いちゃったよ書いちゃったよ、最高の1日。
非常に大変だった(本音)

4.94話はまだまだしばらく先になりそうです。
(’;ω;)許して。
次話については活動報告、または小説情報にて記載していきますのでよろしくお願いします。

感想待ってます!
それでは素晴らしい最高の1日をっ♪

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