チンケな不祥事で、川裂署からスラム逢坂北区署に移転になった白井裕は、区内の甲陽ジャンクションで「想像による美少女への淫行罪」により大橋達也という男を拘束する。それは大きな事件のほんの入り口だった。

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甲陽ジャンクション・ストラッド

ハイウェイを降りると、すぐさまにハンドルを切った。

 

 

降り口が複雑に重なり合い、急なカーブを擁する甲陽ジャンクションでは、降りざまにどちらの方向を選択するかで命運が決まる。案の定相手は右側を選んだ。古い映画の題名そのものだ。そちら側には気をつけるべきだぜ、ベイビー。

 

 

目の前の赤いピックアップトラックが一瞬揺れる。俺がぴったり後ろにつけたことに動揺をしているのだろう。わかりきっていることに対する同情など必要がないので、ひたすら冷酷に真後ろに車体を付ける。衝突しないギリギリ。バンパーが、敵の額につける銃口のようになればいい。

 

 

一時間ほどそんな風にして、下の道をぴったりと尾行してやると、目の前のピックアップトラックが、観念だというようにゆっくりと速度を落とした。だが、まだ安心はできない。ギリギリの車間を維持しながら、俺は少しずつ、車体を左側へとずらしていく。

 

 

奴の車が止まった。車体の左側をフェンス側につけ、狭い空き地に停めようとしている。あまりにも上手く行き過ぎている。こういうときこそ魔が刺すもんだが、ひたすらに運がいいだけの日もある。俺は後者であることを祈りながら、ハンドルを切る。奴が車を停め、ドアを開けようとした瞬間、そのドアをさえぎるようにして、こちらの車体を打ち付ける。開けようとしたドアが開かないことに苛立った表情の奴の赤ら顔が見える。

 

 

いきり立って窓を下ろし、奴が顔を出す。

 

 

「この野郎……」

 

 

「おっと、その汚い口を開けてべらべらしゃべるのはよせ。空気が汚れる」

 

 

すでに開けておいたこちらの窓から、右手に持った拳銃を突きつけてやった。

 

 

「ひ、へへ……」

 

 

うなるような、おどけるような声。

 

 

「大橋達也。我那覇響に対する想像内での淫行罪で、貴様を拘束する」

 

 

舌打ちをして、大橋達也が、赤ら顔を青くして悪態をついた。

 

 

「おいおい、刑事さんよ、そりゃ無いンじゃねぇか。俺がいったい何をしたってんだ。ただ好きなキャラクタのことを考えていただけだろう。それのどこが悪いンだよ。お前さんにだって、恋人なり女房なりがいるだろう? お前さんは、恋人や女房のことを考えないのかよ?」

 

 

「俺の女房は、3次元だ」

 

 

「…………」

 

 

「俺が頭の中で彼女をどうしようと、架空の人物に対する想像上の淫行罪にはなんら該当しない」

 

 

「…………クソがっ」

 

 

穿き捨てるように、低い声でつぶやく。大橋達也の口は、その言葉をもう一度飲み込みなおすかのように、半開きのまま停止している。何か、もっと気の効いたことを言おうとしたのだが、何も思いつかなかった。大方、そんなところだろう。半開きになった荒れた唇から、先端の欠けた黄色い歯が覗いている。脂のたまった貧相な歯だ。あるいは、違法タバコでも吸っているのだろう。この手の連中は、快楽主義者だ。架空の少女たちのポスターや人形に囲まれた部屋で、違法タバコを吸い、コンピューターにアクセスしている。そうやって、食い扶持のほとんどを失い、やがて困窮して、死に至る。

 

 

この男にしたってそうだ。放っておいても、どうせそのうちおのずからくたばる。

 

 

「やれやれだぜ」

 

 

今度は俺がつぶやく番だった。こんなことの繰り返しが、俺の人生か。法から守られ、模範的人間として生きている。だが実態は、生きることを許されている様なものだ。毎日、このような同じことの繰り返し。先月追いかけた男……名前は和重といったか……は、追い詰めた先の枚方大橋で、自分で自分を撃って自殺した。血を流した口は同じように荒れた唇をして、同じように半開きで、同じように脂で汚れた黄色をしていた。

 

 

「おい、蛆虫。両手を出せ」

 

 

もはや、あきらめきった表情の大橋達也が、おずおずと窓ごしに両手を差し出す。その手首は、処理していない毛が散見されて美しくなかったが、女の手首のようにやせ細っていた。

 

 

「16時37分、拘束」

 

 

やせた醜い腕に手錠をかけ、無線で報告をする。そのまま、大橋達也を奴の車の中へ突き飛ばし転がしてから、自分の車を放す。

 

 

任務完了だ。

 

 

 

 

俺の名前は、白井 裕。逢坂北区第2署の刑事だ。担当は、この手の異常嗜好テロリズムだ。

 

 

2年前までは、川裂署で殺人課の刑事をやっていたんだが、ちょっとした事件があって、ヘマをやって、逢坂に左遷された。島流しって奴だ。

 

 

俺ままだ、知らなかった。

 

 

大橋達也、和重隆明。連続して起こった、二つのこのちんけな異常嗜好テロ事件が、ありえないぐらい深い闇の引き金だったことを……。

 

 




えぇ、普段はR-18枠で「哲也の冒険」という連載を投稿しています。
ちょっと出張中、暇だったので、電車の中でサクッとよくあるハードボイルドっぽい短編を書いてみました。特段続く予定はありません。



一応注釈

古い映画の題名:もちろん「右側に気をつけろ」
甲陽ジャンクション:そんなもんありません
我那覇響:アイドルマスターに出てくる少女。
大橋達也:私の友人がモチーフ。我那覇の妄想ばかりしている。
和重:阿部和重へのオマージュといいたいが、こちらも友人の名字のもじり
白井・川裂:川崎育ちの友人がモデル

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