《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
「あっ! 真姫ちゃん♪」
廊下の向こう側から特徴的なやわらかい声が聞こえてくる。
その方向に顔を向けると、彼女の姿がそこにあった。
「どうしたの、真姫ちゃん? もう練習が始まっちゃうよ?」
「ことり…………?」
実に陽気な表情を浮かべて立っていたのは、あのことりだった。
ことりの前に立つと、少しだけ身を引いてしまう。 ことりのことを信用していなかったからよ。
まだ私の中では、この学校内で信用に置けるのは洋子ぐらいしかいないため、気軽に他の人と話をすることができなかったわ。 それに、ことりと言えば蒼一の幼馴染―――蒼一のことをかなり想っている人の1人なのだから余計に怪しく感じてしまうの。
警戒心をあらわにしないように平静を装とする。
「な、なにって………ちょっと用事があったからこっちに来ただけよ………」
「ふ~ん、用事かぁ………ことりもね、真姫ちゃんに用事があってきたんだよ」
「えっ……?」
ことりが私に用事がある………? 一体何かしら?
少し考えてみても、あまり良いようには思えないのは何故かしら?
手に汗を握らせて、ことりの話を聞いてみることにしたわ。
「私ね、洋子ちゃんから頼まれてきたんだぁ~。 真姫ちゃんのことを助けてあげてねって♪」
「っ―――!!?」
ことりの口から洋子のことが出てきて動揺してしまう。
どうしてことりがそんなことを………嘘をついているのだろうか? けど、本当のことかもしれない………。 酷く慎重になり過ぎている私には、何が正しいのかを判断することが出来欠けていた。
「安心してよ、真姫ちゃん。 ことりはね、真姫ちゃんの
「ことり………」
「でも、もう大丈夫だよ………ことりが真姫ちゃんのことをまもってあげるからね?」
そう言うと、ことりは手を差し伸べてきた。
正直、まだ半信半疑なところが残っていて信じきれていないところがあった。 けど、まわりが敵に見えて心細くなっていた私にとって、この手は救いの手のように思えてしまう。
だから、私はその手を握ってしまった――――――
「ウフフ、何かあったらことりにも相談して来てね♪」
にこっと無垢な笑顔を見せると、その手を引いて歩き始めた。 「今から練習だよ~早く部室に行かないと」と陽気な声で言ってくるので、「う、うん…」と歯切れの悪い言葉で切り返した。
まだ分からないところがいくつも見受けられるところがあるものの、私はことりのことを一旦は信用してみようと思った。 そう思うと少しは心境が変われるものだと考えたから――――――
「ウフフ――――」
―
――
―――
――――
その後の練習中も昨日と同じように、蒼一とはあまり接触しないようにしていた。
ただ、今日は洋子がいなかったため自分を抑制するのが苦しかった。
理性を圧し留める何かが必要だった。 ことりを見てどうにかしようかと思ったけど、そのことりはいつものように穂乃果と一緒になって蒼一にベタついていたわ。
その時のことりの嬉しそうな顔――――それを見たら抑えようにも抑えられないじゃない! ああ、さぞかし気持ちがいいことなんだろう………触れるだけでじんじんと感じちゃうんだから、もう耐えられないわ………!!
けど、その溜まりつつある欲望を何とか留めようと全身を力ませた。 ここでまたやってしまえば、どんなことが起きてしまうのかがわからなかったから………必死になって圧し留めようとした。
けど、欲望と恐怖を天秤に掛けたままでいると、自然とどちらかに大きく振れてしまうのが今の心情………私自身を完全に制御しきれていない………恐怖よりも欲望の方へと強く振られてしまう………!
あの快楽を知ってしまった私にとって今のこの状態は苦汁――――けど、恐怖が身に降りかかった時にも苦汁を感じていた。 落ち着いて……落ち着くのよ………今を乗り越えればいいのよ………家に帰れば……この練習が終われば、蒼一を一晩中感じ続けていられるのだから、それまで我慢しないと…………
息を激しく乱しながらもこの時間帯を何とか乗り越えることが出来た―――――
『どうもです。 今日も大丈夫だったみたいで何よりです。 やはり、学校での蒼一さんと距離を図るということは効果がありそうです。 しばらくはそのようにしてみましょう。
今日は私も見ていればよかったのですが、生憎、用がありまして先に帰らせていただいた次第です。 その代わりになのですが、ことりちゃんにもお願いすることにしておきました。 私がいない時は、彼女に相談してみてください』
そうだったのね……洋子もちゃんと認識していたというわけだったのね。
そのことを改めて私の中で認識させると、肩に溜まった力が抜けて少し穏やかな気持ちになった。 私を支えてくれる人がまた一人増えてくれたことに感謝したかった。
それに、洋子が提案したやり方を行い続ければ確実に進展があるのだろうという希望を持つことが出来た。 そして、私の中にももう一つの希望を見出すようになった。
蒼一との付き合い―――――私はまだ、蒼一との関係を終わらせたいとは思っていなかった。 諦めない……必ず蒼一を振り返らせるという決意をあの時に示した。 あの時、振り返らせることが出来なかったのは、私に自信が無かっただけ。 けど、この一件を乗り越えることが出来れば、私はもっと強くなれる………そうしたら、蒼一が求めていた――――いえ、失ってしまったものを与えられるかもしれない! そう思っているの………
だから、何が何でもこの一件で挫けるわけにはいかなかったの。 私自身のために、そして、蒼一のために私は闘わなくちゃいけないのだということを私に言い聞かせた。
―
――
―――
――――
その翌日――――――
ことりから思いもよらない言葉を耳にする――――――
「洋子ちゃんが
それを聞いて私は耳を疑った。
そんなはずはないわ。 だって、洋子は昨日の夜に私の携帯にメールをくれたのよ。 そんな洋子に連絡がとれないのは一体どういうことなのかサッパリだった。
何か嫌な予感がする――――――
直感的な悪寒が体中に駆けまわると、体をぶるっと震わせた。 体の芯からジワジワと凍っていくような冷たさを感じていくと、胸が苦しくなりはじめる。
「どうしたの、真姫ちゃん?」
「い、いいえ……何でもないわ………」
悪寒が走ったことで顔色が悪くなったのかしら、ことりは私の顔を覗き込むように見て来ては心配そうな表情をしてくる。 けど、それほどまでに深刻なものではないので、私は心配かけまいとする。
すると、ことりは渋い表情を見せて来て辺りをキョロキョロと見回した。
そして、私の耳元に口を近付けると囁くような声で話をしてきた。
「昨日ね……洋子ちゃんから最後の連絡を受けた時にね、すごいことを聞かされちゃったの………話しても大丈夫?」
洋子からの連絡と聴いて思わず体が反応した。 ことりに一体何を話したというのかしら? その内容が気になって仕方がなかった。
だから、躊躇することなく「ええ」と2言返事をした。
「それじゃあ言うね…」と前置くと、もう一度辺りを見回してから話し始めた。
「洋子ちゃんが言うにはね、今回の一件はね――――――
「っ――――!?!」
ことりのその言葉を聞いて体が硬直し始めた。
まさか……みんなが私に対してこんな嫌がらせをしてきたというの………?
とても信じ難い事実だった………。 けど、この情報が洋子からのモノだとしたら信じざるを得なかった。 彼女の情報は大方正しいものであるということは、承知の上だった。 それに、洋子自身が私に対して、嘘はつかないことを明言してくれたのだから否定することは出来なかった。
けど………それでも、みんなが私のことをそう思っているということに震えが止まらなかった。 全身から力がドッと抜けるように床に膝をつき、座り込んでしまった。
みんなからそんな目で見られている――――そんなことを思うと、勇気も自信も何もかもが泡のように消え失せてしまう………怖い………そんな事実を知った上で練習に出ることがとても怖かった………。 練習中に何かをされるのではないか? 私に対して何か言われるんじゃないか? 数カ月しか経ってはいなかったけど、それでも、仲間意識の中で私はみんなと一緒に過ごしてきたつもりだった。
けど、そんなみんなからそのように見られるということがとても辛い………逃げ出したくなってしまう………
「真姫ちゃん――――!」
酷い落ち込みようだった私をことりは包み込むようにして抱きしめてくれた。
ことりから出てくる甘い香りが私の乱れた心を癒し――――やわらかく包み込んでくれる抱擁が体を溶かしてしまうかのように私にやさしくしてくれた。
今にも叫びだしそうだった気持ちが一瞬にして穏やかになったのだった。
「真姫ちゃん………辛いよね……みんなが真姫ちゃんのことをイジメようとしているんだもんね………怖いよね…………怖かった時は、私に甘えてもいいんだよ? だって、私は真姫ちゃんの
「こと……り…………」
ことりがそう言って私に勇気を与えてくれる――――そう言ってくれるだけで、私は心強くなれた。 私は1人なんかじゃないんだってことに、私は自信を保てそうな気がしたから。
「それにね………あと、花陽ちゃんも真姫ちゃんの
「花陽も……?」
「そうだよ。 洋子ちゃんはちゃんと言ってはいなかったけど、ことりから花陽ちゃんに聞いてみたら、真姫ちゃんのことを助けるって言ってくれていたんだ。 だからね、今真姫ちゃんを助けてくれるのは、2人だけなんだよ?」
「ッ―――――!!」
私は、その言葉を聞いて感極まりそうになる。
私は1人じゃない……1人ぼっちなんかじゃない、ことりと花陽の2人が私のために味方してくれるのだから、これだけ嬉しいことはなかった。
「それでね、真姫ちゃん。 今日は練習の方をお休みした方がいいと思うの。 少し様子見ということで、ことりたちがみんなの様子を観察するから、それで何かマズイことがあったらその都度連絡するからね?」
「そう……ね………ことりが言うのだから、従ってみるわね」
「うん、その方が絶対いいよ!」
何の屈託もないその笑顔に私は心を惹かれ、その言葉を信じた。
ことりなら大丈夫………私のことを思ってくれているのだから安心できるわ………
私はその言葉に従って、1人帰路に向かった。
多大な失望とわずかばかりの不安を抱いて――――――
―
――
―――
――――
帰り道――――
薄暗い雲に覆われた空を見上げながら私は家に帰る。
もう蒼一の家が私の家のように思えるようになったのはいつ頃何だろうか? もう数週間もあそこで暮らしていると、実家での感覚が失われていくような気がした。
けど、今の生活に満足している私がいる。 不満は何一つない――――ただ、こうして私の問題が起こってから蒼一に迷惑を掛けてしまうのではないかって心配になってしまう。 話す必要があるのかもしれないけど、なんて言えばいいのだろう………散々、私のことで迷惑をかけちゃったのに、これ以上迷惑を掛けてもいいのだろうか………?
それが今の私の中で渦巻く問題だった。
「はぁ……どうすればいいのかしら………」
無意識に口から幾度と溜息が吐き出されている。 言うか言うまいかのジレンマに陥る私にはどうしようもなかった。
「おーい! 真姫!!」
「えっ………?」
背中の方から聞き慣れた声が聞こえるような気がした。
何かの間違いじゃないかと思い振り返ってみると、走ってこっちに向かってくる彼の姿が………!
「ふぅ………やっと追いついたかぁ」
「蒼一!? どうしてここにいるのよ!? 練習の方はどうなったのよ!?」
「なんだよ、来ちゃ悪いかよ? 真姫の体調がすぐれないからって、練習はアイツらに任せて急いでこっちに来たってわけだよ」
「そ、そうなの………」
「それで、どこが悪いんだ? 頭か? それとも胸の辺りか?」
「うぅ……む、胸の辺り……かしら………? ちょっと息苦ことがあったけど………」
「なにっ?! 大丈夫か? 痛くはないか? まだ苦しいところは無いか??」
な、何かしら?! 蒼一がすごく焦った様子で私の具合について詳しく聞こうと迫ってくるの。 どうしてそんなに詰め寄ってくるのかしら? そんなに焦る必要があるのかしら? 私は蒼一がとっている行動に疑問しか抱けなかったわ。
「このまま歩いて帰れそうか? なんなら俺がおぶって行こうか?」
「そ、そんなことしなくても………」
「いいや、無理して体調が悪くなったら大変だ。 ここは真姫の体調の方が優先なんだよ!」
「う、うん………じゃあ、おぶってもらってもいいかしら………?」
「あぁ、もちろんいいとも!」
そう言うと、蒼一は私の方に背中を向けた。 私はその言葉に甘んじて、蒼一の背中に乗った。
「んしょっと! そんじゃ、一っ走り行くからちゃんと掴まってろよ?」
「う、うん………」
私を背中に背負うと、立ち上がってはすぐに走りだした。
最初は思った以上に速く走るので怖く感じたけど、段々慣れて来ると少しだけ楽しい気持ちになってきたの。 走ることで顔に受ける風が心地よく感じてくると、さっきまで感じていた不安などが嘘みたいに消えていったの。 どうしてなんでしょうね………こうしているだけで心が落ち着くだなんてね。
私は蒼一の大きな背中に顔をうずめた。 蒼一の上着越しから感じる熱が私に伝わると、体の芯まで温まってくる。
それに、蒼一から感じられたのはそれだけじゃなかった。
背中を通して伝わってきたのは、蒼一のやさしさだった――――この数週間、ずっと一緒に暮らしてきて初めて感じたこの気持ち――――いえ、そうじゃないわ。 私は前にこの気持ちを受け取っていたんだわ。 そう………あの時、蒼一が私を助けてくれたあの日のこと………蒼一が死の淵にまで追いやられていたところを連れ戻してくれた時に感じたものと同じような感覚――――気持ちがまさにこれだった。
そして、改めて感じたの。
私が本当に欲していたのは、蒼一に触れることや感じることじゃなかった………このやさしい気持ちにずっと触れていたかったのよ………。 私を救ってくれたこのやさしさが今の私を生かしてくれている。 それがどんなに尊いことだったのか………
けど、いつしか私はそれを穿き違えるようになって蒼一自身を求めるようになっていたのよ。 ただ私の中の欲望を満たすためだけのモノとしか見ていなかった………。
でも、今ようやく思い出したわ………私が欲しかったものが何だったのかを――――――
「ごめんなさい…」私は背中に顔をうずめながら小さく囁く声で、彼に謝った―――――
―
――
―――
――――
翌日、放課後―――――
昨晩は今までにないほどにゆっくりと休むことが出来たわ。
家に帰ってからの蒼一は、私に気を遣うような行為をしてくれていた。 また、寝る時もまた一緒に寝てくれたので、心を覆っていた不安などがどこかに消えて行ってしまったようだったわ。
そのおかげか、今日はすこぶる調子がよかったの。
(bbbbbbbbb…)
「あら、ことりから……?」
今から部室に向かおうとしていた私は、急に届いたことりのメールを確認し始めたわ。 その文面には、『今日も先に帰った方がよさそうかもしれないよ』という内容だった。 それが一体何を意味するものなのかハッキリとしないけど、ことりが言ったことなのだから何かしらの考えがあるんだろうと思ったわ。
私はその言葉に従って帰ることにしたわ――――――
「真姫ちゃん………」
廊下を1人で歩いていると、うつむいたままでこちらを見ている花陽が私の前に立っていた。
【監視番号:23】
【再生▶】
(ピッ)
『――――ウフフフ、うまく事が運んでくれてことりは嬉しいよ~♪』
『さっき、蒼くんに真姫ちゃんの方に行くようにって言っておいてよかったぁ~』
『おかげで、ことりの計画が順調に進みそうです♪』
『ことり……ちゃん………?』
『あ! 花陽ちゃん! 来てくれたんだね!』
『う、うん……それで、話って何なのかなぁ?』
『うん、それはね………蒼くんのことなんだ』
『蒼一にぃの?』
『うん、実はね―――――――』
(―――――プツン――――――)
【停止▪】
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
明日明後日には投稿することが出来ますので、少々お待ちになってくださいね。