《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
私はいつもあなたの後姿ばかりを追っていました―――――――
あなたと初めて出会ったあの日―――――――
臆病だった私の手を引いてくれたのは、紛れもない蒼一でした―――――――
あなたが差し伸べたその手は、私を閉鎖された世界から抜け出させ、あなたの見せる新しい世界への第一歩を踏み出させてくれました――――――――
私にとって、これほど嬉しかったことはありませんでした――――――――
あなたとの出会いが私の世界に彩りを与えてくれたのでした――――――――
すべては、あなたのおかげ――――――――
私はそんなあなたのことをずっとお慕いしていたのです――――――――
ですが、あなたは私の前から消えようとしました―――――――
あの日のことを思い出すと、今でも胸が張り裂けてしまいそうになるのです――――――――
どうして、あなたは私の前からいなくなろうとするのですか―――――――?
私が弱いからですか―――――――?
私が強くなれば、あなたはずっと私の隣にいてくれますか―――――――?
そうなのでしたら、私は――――――――――
強くなりましょう――――――――――
それからというもの、私はがむしゃらに強くなろうと鍛え始めました―――――――
心も身体も、すべてあなたを護りたいがために強くなりました―――――――
臆病だった私も――――――――
内気だった私ももういません――――――――
こうして私は強く生まれ変わったのです――――――――――
それなのに――――――――
私は、またあなたを護ることができませんでした――――――――
あなたが危険な目に遭い、死にそうになったと言うのに、私は何も出来ずにただ見ているだけでしかありませんでした―――――――
我が身を強くしたところで、これでは私のやってきたことは無意味ではないですか――――――
そんな私に対して嫌悪感を抱き始めたのです――――――――
そんな時、ことりの口から蒼一が何者かに狙われていること、それから蒼一をことりと穂乃果と共に護ろうと言う話を聞き付け了承したのでした―――――――
1人で出来ないのなら、3人でなら出来ると確信を抱いたのでした―――――――
けれども、ことりが蒼一を狙っていた人物であったこと―――――――
すべてが終わった後に、私たちは用済みとなってしまうことを聞かされたこと――――――――
そして、狂った穂乃果から命を狙われてしまうなど、幼馴染が次々と私のことを裏切っていったのです―――――――
その時の私は奈落へと叩き落とされるかのような絶望を抱いたのでした――――――――
そして、感じたのです―――――――
信じられるのは私自身だけ、蒼一を護れることが出来るのは私だけなんだと確信したのです――――――――
私が確信を抱いた時、私の内に何かが入り込んできました――――――――
すぅっと内に入ったと思うと、私の心を鷲掴みにして膨張し始めたのです――――――――
それが段々と広がってゆき、全身に行き渡ったと思ったら私の視界が急に真っ暗になりました――――――――
そして、私の身体は私の意図しない行動を行い始めたのです――――――――
その手に得物を手にしだしては、私の前に立ちはだかう者たちを排除しようと躍起になったのでした―――――――
その中には、明弘と洋子の姿がありました――――――――
そして、蒼一の姿も――――――――――
必死になって私は身体を止めようとしたのですが、身体が言うことを聞かなかったのです―――――――――
違います――――――――
私はこのようなことを望んではいませんでした――――――――
ましてや、蒼一を傷つけるなど、私がしたいと思っていたことの裏返しをするだなんて―――――――――
あぁ、なんて愚かなのでしょう――――――――
気が付いた時には手遅れでした――――――――
あなたを護りたかっただけなのに、どうしてこのような結果となったのですか――――――――
私はこれほどまでに後悔したことはありませんでした――――――――
いっその事、あなたの持つその刃で私を一突きしてくれたもらいたい――――――――
あなたの手で葬られるならば、本望です――――――――――
ですが、あなたはこんな私をやさしく包み込んでくださいました――――――――
あなたは私を突き放すものだと思っていましたのに、どうしてこんなにもやさしくしてくださるのですか――――――――?
ごめんなさい―――――――――――
言っても言いきれないほどに、私はあなたを謝りたい―――――――――――
そしたら、私はあなたに伝えたいことが――――――――――――
―
――
―――
――――
海未が俺のもとに戻って来てくれた。
狂気で偽られた姿を取り去り、俺の知っている穏やかで清楚な雰囲気を纏わせた彼女と向き合った時、ようやく心に貼り詰めた糸をほどくことが出来るのだ。 海未と対峙している最中は、一寸たりとも気を緩ませることが出来ず、常に気を揉んでいた。
けれど、こうして無事に海未の中から狂気なる部分を取り除き切れたことに安堵している。 正直、海未の攻撃をあのまま受け続けていたら、体力面でさきにこちらがへばってしまい、嫌な結末が垣間見えることとなっていただろう。
しかし、そうさせなかったのは、この刀のおかげなのだろう。
我が家に伝わるこの脇差が海未の持つ邪念をあの木刀と共に斬り払った。 爺さんの言葉通りに、俺は俺の信念を貫くためにコイツを抜いた。 抜き出た刃はそのまま海未の狂気を体現させたあの木刀を斬り落として、その思いを断ち切った。 こうして俺は彼女を取り戻すことが出来たのだった。
今はこうして俺の胸の中におさまっている。 胸に埋もれた泣きじゃくった顔を見ていると、昔のことを思い出し、何とも言えぬ懐かしさを抱き始めていた。 海未がこうした表情を示していたのは、まだ幼かった頃、小学校にいた頃の海未は今と違って泣き虫で臆病な性格だった。 よく、俺か穂乃果の横にいて、姿を隠してしまうほど自信に欠けていた。
けれど、ある日を境に彼女の性格が大きく変化する。
それは言うまでも無く、俺の事故だった。
死の淵に立たされた俺は何とかこの世界に足を留めておくことが出来たのだが、その代償に、多くのモノを失い、多くの人を傷つけてしまった。 海未もその中の1人だ。 俺が昏睡から目覚めた日にやってきたあの時の海未の姿が未だに忘れられない―――――あれほどまでに、叫ぶように泣きじゃくり立てていたあの姿は一生忘れられないだろう。
あの日以降、彼女の性格は徐々に変わっていった。 人前で泣くことが減り、弱気だった彼女は強く勇ましくなっていったのだった。 今では、もう昔の面影など残ってなどいないと思ってしまうほどだった。
だが、それは間違いだった。
彼女をこうして抱きしめていると、どこか懐かしい感じを呼び起こさせてくれるのだ。 それは、俺がよく泣いていた彼女を慰めていた時と何ら変わらない情景がそこにあったのだ。 彼女は変わってなどいない、何一つ変わらずに海未は海未でい続けてくれていたのだ。
なんで、それに気が付かなかったんだろうな………悔やんでも過去は戻っては来ない。 けれど、俺たちには今があり、未来がある。 今からでも遅くは無いだろう………
海未、俺は…………
―
――
―――
――――
元に戻った海未のもとに、2人の影が差し込む。
洋子と明弘だ。
言うまでも無く、2人は海未に狙われた。 事の成り行きとは言え、海未が2人に襲いかかった事実は打ち消すことはできない。 けれど、別のことは出来るのだ。
「申し訳ございませんでした」
2人の姿を見た彼女は開口一番に謝罪の言葉を発した。 深々と頭を垂らして謝罪するその姿に、2人は驚きの様子を示したが、すぐに穏やかな表情となり海未の手を握り始めた。 そして、2人は慰めるような気持ちを込めながら彼女の行いを赦してあげたのだ。
すると、海未は涙をにじませながら感謝の意を込めた言葉を返した。
こうして、彼女はやっと真の意味で救われることが出来たのだった。
「それでは、蒼一さん。 私は先にやらねばならないことがありますので、先に行かせていただきますね」
身体を引きづらせながら洋子は海未の家を後にする。 また、その身体を支えるように明弘もこの場から去った。 真姫もにこも、そして、凛も次々に海未の家から出て行き俺の家に向かっているところなんだろう。
一方の俺は、海未に呼び止められ未だにこの屋敷にいたままだ。
何故呼び止められたのかは分からないが、多分、後処理とかを済ませるための人手なのだろうなと、勝手に解釈し始める。
俺がぼぉっとして立っていると、海未がやって来ていた。 「何かやることでもあるのか?」と尋ねてみると、「はい……少し、お時間をいただけますか……?」と聞いてくるので、快く了承した。
すると、海未は俺の手を掴んでは、どこかへと連れていこうとした。 どこに連れて行かれるのだろうと、思考していると、連れて行かれたのは海未の部屋だった。
海未の生真面目さがにじみ出るようなその綺麗に整頓された部屋を見渡していると、少しむず痒くなってしまうものの、思わず落ち着いてしまう何かを感じてしまう。 日本式の和の造りを施された屋敷故なのだろうか、日本人としてくすぐられてしまう感覚と共に、ほっと心穏やかになれる感覚が無意識に入り込んでくる。
それに、海未の身体から感じる匂いと同じモノがこの部屋を覆っており、それが鼻腔に付くので、より一層の落ち着きを抱き始めるのだ。
「なあ、海未。 俺は何をすればいいんだ?」
手を握ったまま話そうという素振りを見せない海未に言葉を掛ける。 俺をここにまで連れてくる話であれば、ずっと手を繋ぐ必要はない。 離してもらえれば、こちらとしても動きやすいところがあるのだが………それがない。 俺は海未の意図が見抜けないまま、この状況を見守っていたのだった。
「――――――――――――」
「えっ? なんだ?」
ぼそっと小さな声で何かを口にしたように聞こえたのだが、何分、あまりにも小さすぎて何を話していたのかがまったくわからず聞き返してしまう。
「っ――――――――!」
「?!?!」
すると、海未は急に俺の手を強く引っ張り始めだす。 ぐいっと力の籠った引きに体制を崩しながらも身体を海未の方に向かわせる。 そして、さらに引きの力が加わると、俺の身体はとうとう体制を完全に崩して傾き始め出す。 幸いなことに、倒れた先にはベッドがあり、うまく受け身を取りつつ仰向けに倒れ込んだ。 弾き飛ばされるような弾力に呑まれつつも身体は無事だった。
「おいおい……いきなりなにするんだ…………」
一瞬の行動に驚きはしたものの平静を取り戻した俺は海未に声をかける。
だがしかし、海未は俺の思いもよらないような行動を取り始めていたのだった。
「蒼一…………」
「う、海未………?!」
そう、ベッドの上に仰向けになった俺の上に、覆い被さるように腕を立たせて正面の身体をこちらに向けていたのだった。
どういうことかと言えば、仰向けになって身動きの取れない俺の上に、海未が四つん這いとなって迫ってきたということだ! なるほど、意味が分からないと言われるかもしれないが安心してくれ、俺だってわからないのだから…………!!
しかし、海未の今の様子を見ているのだが、顔全体を茹でダコのように真っ赤に染め上げ、涙をにじませる宝石のような輝きを放つ瞳が俺を捉えていた。 それに、慣れたことではないからなのか、眉はともかく口元もそうなのだが顔全体が強張っていたのだ。
これでは恥ずかしすぎているのか、怒っているのかの区別が付きにくいではないかと、その第一印象をこの言葉で合わせた。
「海未! なにをする気なんだ?!」
彼女の意図がまったく見えないのはこちらとしても都合が悪い。 まだ、海未の心の中に邪念が取り残っているのではないかという心配が募る。
すると、海未は身体をぶるぶると小刻みに震わせながらたどたどしく話し始める。
「な、何といいますか………そのっ……わたしはっ……あなたに伝えたいことがあるのですっ……!」
怯える小鹿のような姿を見せるもハッキリとした口調で話し始めると、思わず息を呑んでしまう。 海未だからなのか、彼女の口から出てくる言葉がどれも真剣そのもののようで、どうしても聞き洩らすことが出来ない緊張感を抱かせるのだ。
俺は海未の言葉がちゃんと聞こえるように耳を傾け始める。
そして、海未は一旦深呼吸をしたうえで、穏やかな口調で語り始める。
「蒼一………私はあなたにずっとお伝えしたいことがありました…………幾度もお伝えしたいと心に現れるのですが、いつもそれが出来ずにいました………ですが……今、この場であなたにお伝えさせていただきます――――――
―――――――好きです――――――――
あなたのことを……ずっと、お慕いしておりました…………どうか……この気持ちを………あなたに………」
海未の言葉が流れてくると共に、俺の顔にポタポタとあたたかな滴が点々と流れ落ちてくる。
涙だ――――――
目元に溜めてにじませていた無数の涙が、海未の熱い言葉と共に流れ出てきたのだ。 感情と共に感覚とを通して海未の気持ちがひしひしと伝わって来ようとしている。 海未がここまで自分の感情を曝け出したのは初めてかもしれない。 いつも控えめに構えていた彼女は何かを隠し続けていることは知っていた。 だが、それが俺に対して募らせていたモノだったとは思いもよらないことだった。
故に、俺は彼女の告白を聞いた時、一瞬だけ思考が停止してしまったのだ。
それと共に、俺の中で新たな気持ちが芽生え始めようとしていた。
一旦、瞳を閉じて気持ちを落ち着けると、海未のその顔をまた見つめだす。 勇気を振り絞って口にした言葉に自信を持てられないのか不安そうな顔をする。 俺はその顔に向かってそっと頬を撫でた。 滑らかで柔らかい頬をやさしく触れて強張った表情を緩ませ始める。 触れ始めた時は、びくっと顔を震わせて強張らせていたが、撫でていくうちにその表情も穏やかになりつつあった。
まだ、涙は流れ続けてはいるが、不安な気持ちは顔に現れなくなった。
そんな彼女に俺も応えなくてはいけなかった―――――――
「海未………お前の気持ちは十分に伝わった………けど、ごめんな……俺は人を愛する気持ち、好きになるってことが分からないんだ………こんな不甲斐無い男ですまないな………」
自分でも目を背けてしまいたい事実を海未に示した。
今、俺の中でも一番何とかしなければならない失陥なのだが、自分でもどうすることもできないのだ。 だが、決して治らないものではないようなのだ。
そんな俺の言葉を聞いた海未は、目を見開いて驚きの表情を見せると、また泣き出しそうな顔を見せる。 わなわなと口元を震わせつつも彼女はしっかりとした口調で話しだす。
「それでも………構いません…………! 私があなたのことを好きであることになんら変わりは無いのです……! 私は……あなたのことを………愛し続けたいです………!」
涙含ませながら語る言葉に胸の奥がグッと締め付けられる。 純粋な本心が俺に迫りくるのがとても怖く、苦々しい気持ちになる。 悪いのは海未じゃない、俺が悪いんだ。 こんな曖昧な言葉でしか表現することが出来ないのだから、嫌悪を抱かずにはいられない。
だが、こんな俺にだって海未に言ってあげられることがある………やってあげられる行為があるのだということを思い出す………
我儘な俺の願いを海未に預けたい―――――――
「海未………さっきはああ言ってしまったが、そうではないんだ………」
「えっ――――――?」
「確かに、今の俺は誰かを愛するという気持ちが分からない………だが、さっきも言ったように、俺は海未のことを本当に大切な存在なんだと思っているんだ。 その気持ちは何一つ変わらない………それに、いつか俺はこの気持ちを取り戻すことが出来ると信じている。 そしたら、お前のその気持ちにも応えられるかもしれない………」
「蒼一………………」
「そんな欠陥しかない俺でも構わないと言うのであれば、俺は海未のその気持ちを受け止めるよ………そして、お願いだ……俺に人を愛すると言う意味を教えてほしい………」
「蒼一っ…………! はいっ! 構いません!! あなたの望みと言うのであれば、私はあなたのために尽くさせていただきます!!」
一瞬、目を丸くさせて驚嘆する様子を伺わせていたが、俺の言葉を聞くやいなや、弾むような声ですぐに返事したのだ。 先程の悲しそうな表情から一変して、笑顔あふれる姿を見せてくれるので、俺もつられて頬を緩ませてしまう。
すると、そんな海未の喜びに満ちた表情からまた大粒の涙が零れ落ちてきたのだ。 それが顔に付いたので拭うと海未が声を上げる。
「あぁ! す、すみません! つい、嬉しく思ってしまい……涙が……零れ出てしまいました………あれ? おかしいですね………涙が……止まりません………」
海未は次々と零れ落ちていく涙を拭い始めるも、何度拭っても目から零れ出る涙が止まらなかった。
そんな中で、彼女はまた語り出す。
「正直に言いますと……私は恐ろしかったのです………あなたにこの想いを告げてしまってもよろしいのかと………? 告げることは容易いことなのかもしれません。 ですが、あなたに想いを告げてしまったら私たちの関係が壊れてしまうのではないかと思い悩んでしまっていたのです。
けれど、こうしてあなたに想いを告げることが出来、あなたがそれを受け止めてくれたことに……私は嬉しかったのです……! 私はもう、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのです………! あなたにこの気持ちを伝えることが出来てよかったと………!」
嬉しさが溢れ出たその瞳から滂沱に感涙が流れ落ちた。
俺だって同じだ。 海未の想いをどう答えたらよいのかが分からなかった。 それに、海未と同じようにこれまでの関係が壊れてしまうんじゃないかって思っていたりもしたさ。 だって、俺と海未は長い間、一緒にいてくれた幼馴染の1人なのだから、そんな幼馴染の関係が一気に立ち斬れてしまうのではないかって言う不安があった。
けど、それは違うんだってことがわかった。
海未の想いを受け止めようが受け止めまいが、俺は絶対にこの関係を立ち斬りたくないと思った。 そして、この先に何が起ころうともこの関係を基にまた新たな関係を築いていくことが出来るんだと、確信したのだ。
だから、俺は海未と約束するんだ――――――
「海未、これから先ずっと俺と共にいてくれるか………?」
この俺の問いに対して、海未は―――――――
「はい、よろこんで………!」
満面の笑みを持って応えてくれたのだ――――――――
「あのですね……蒼一。 私からもあなたにお願いがあるのです…………」
「なんだい……?」
海未は少しだけ目を逸らしてからもう一度、俺を見つめ直しこう告げたのだ。
「あなたが………もう、私の前から何も言わずにいなくならないと言う証しを……私にください………」
「!!!」
その言葉を聞いて、俺は顔を少し熱くしてしまう。 それにつられてなのか海未もまた熱を帯びたように顔を赤く染めて恥ずかしそうな表情をする。
これは何も言わないでも分かることだった。
俺は口に溜まった唾を飲み込むと、覚悟を決め直す。
寝転んだ身体を起こし始めると、四つん這いで俺を見下ろしていたその華奢な身体をやさしく抱擁する。 身体を密着し合えていると、彼女の身体から風が吹き抜けたかのような清涼感あふれる匂いが鼻腔を抜けると安心感を抱くようになる。 まるで、俺を包み込んでしまうかのような抱擁感にも似ているその香りが俺を落ち着かせてくれるのだ。
しばらくこの匂いを十分に含めた後、今度は海未の身体を背中からゆっくり倒し始める。 俺の腕でしっかりと支えられながら倒れていく海未は、何とも落ち着いた様子で俺のことを見つめていた。 その何とも嬉しそうなことか。
海未をベッドの上に仰向けにさせると、今度は俺が四つん這いとなって海未を見下ろす。 俺の影が彼女の身体を覆い被さると、顔の真ん中辺りを赤く染めだす。 見るからに恥ずかしそうな表情を見せ始めるので、躊躇し始めてしまうのだが、海未は両手を広げ出すと、「きて………ください………」と、か弱い声で言ってくるのだ。
その声を皮切りに、躊躇していた俺の身体が徐々に海未の身体に覆い被さっていく。 お互いの間隔が無くなり始めると、さらに顔を赤くしだす。 恥ずかしさが頂点に達しそうだった。 そんな彼女の顔を見て、思わず「かわいいぞ……」と口をこぼしてしまう。 すると、耳まで赤くさせた海未が「もう……こんな時に……反則ですよ……」とぷいっと頬を膨らませた顔を背けてしまう。
けれど、彼女の広げた両手はそのまま俺の身体を待っているかのようで、言葉と態度が合致していないことに頬を緩ませる。 そして、彼女の耳に口元を近づけて彼女の名前を囁くと、嬉しさと恥ずかしさを含ませた表情でまた俺のことを見つめ直してくれた。
そして、気が付けば、俺の身体は海未の身体と重なり合っていて、彼女の腕がこの身体を逃さないようにと抱きしめていたのだ。 いまだに、感覚が空いていたのは、お互いの顔同士のみとなったのだ。
お互いの視線が再び交じり合いだすと、しばらくその姿勢が続いた。
そして、遂にこの均衡が崩れ落ちることとなる。
「蒼一……あの………私のはじめてを………もらっていただけますか……?」
恥ずかしさが限界突破するような勢いの中で、彼女は言葉を交わす。
「はじめて………ではないよな………うん………」
「あっ………! そ、そうでした…………うぅ…………」
彼女の勇気を振り絞った言葉は、ついさっき起こった出来事を掘り起こしたことで、その意義を相殺させてしまう。 また、顔を沸騰させてしまうので、今度は俺から語りかけた。
「海未。 例え、初めてでなくてもいいじゃないか………その分を覆い隠せるくらいのコトを行えばいいだけのことだ」
純粋な人ならばこのような暴論は通らないモノなのだが、今の海未はこの言葉に納得した様子を見せる。 すると、改めた表情でまた俺に言葉を掛ける。
「蒼一………私に、忘れられないくらいのコトをしてください………」
その一言が語られ出すと、間隔のあった空間が密着し合いだす。
「ちゅっ――――――――んっ――――――――」
やわらかな唇が俺の乾いた唇に当たりだす。 みずみずしいほどに弾力のあるその唇が俺の唇を覆い被さり始める。 初めから深く沈んでしまうほどの接吻が彼女主導で行われている。 俺の身体を包んでいた腕が知らぬ間に俺の顔に移動して手で押さえられていた。 そのため、俺はこの感覚を溺死させてしまう接吻から逃れられないでいた。
「ちゅっ――――――ちゅるっ―――――――んっ―――――――んんっ――――――――」
海未のその行為はまだまだ続く。
今日まで行ってきたどの行為よりも長く、深いこの接吻は次第に俺の理性とを麻痺させ始める。 まさか、これほどまでに強く迫られるとは俺も思ってなどいなかった。 海未のことだから一瞬にして終わるものだと踏んでいたのだが、とんでもなかった。 誰よりも欲望が強く、嫉妬深くも感じられるようなものであるため、思わず圧倒されそうになる。
けれど、まだ回数が少ないために覚束ないところもあるので、それが少しかわいくも感じられるのだ。
「ぷはっ―――――――はぁっ―――――はぁっ――――――――」
互いに荒れた息遣いになりながらもこの行為の充実性に浸り始めていた。 俺もこんなに圧倒されるようなコトをされるのは初めてであったので、ちょっとだけ新鮮な感じもした。
一方、彼女はとろんと目を座らせたような表情となって、かなり嬉しそうな感じだった。 そして、もっと欲しがるような視線を送り始めてくるのだ。
「まったく……お前って、意外と欲張りなヤツなんだな…………」
そんな愚痴をちょろっとこぼすと、今度は俺からの接吻を始める。
「んっ―――――――――」
何の飾り付けも施されないただの接吻――――――シンプルで尚且つ、互いの気持ちを伝えあえることが出来るやさしい接吻だ。 海未も先程とは一変して、じっくりとこの行為をし続けていた。
すると、ようやく彼女の気持ちが垣間見えるようになる。 この唇を通して、彼女から俺を包み込んでくれるようなやさしさを感じ始めるのだ。 それがどんどん俺の内に入り込んでくると、心が喜びだしているようで、とても心地良く感じてしまうのだ。
今日と言う時間の中で、身体に打ち付けられた数々の傷が一瞬にして癒されていくようだった。
互いの唇が離れ始めると、火照った身体を密着させながら熱を感じ合っていた。
俺は今までにないくらい幼馴染の肌の温度とそのやさしさを感じた。 それは海未も同じはずだ。 この一瞬に行われた出来事が幼馴染との関係から大切な人同士による関係へと進展していったのだと感じたのだ。
すると、無意識の内にお互いの手が触れ合っていた。
今度は、この手を重ね合いながら、互いの熱と気持ちを伝え始めるのだ。
「そういち………わたしはいま、とってもしあわせです………!」
つぅっと一筋の涙を流しながら陶酔しきった口調でこの喜びを表した。
そして、俺も
「ああ……俺もしあわせだよ………」
と全身から湧き上がるこの気持ちを言葉にしたのだった。
それから、もうしばらくの間だけ、俺と海未は2人だけの時間を過ごしたのだった――――――――
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
海未編はこれでおしまいです。
次回は、もう一人の幼馴染………