帝国兵が寝静まる真夜中、帝都から少し離れた南部の森林地帯。
視界不良で、地面も荒れていて足元が覚束ないこの森林地帯。そんな場所で俺、ソープはナイトレイドの金髪の女を探していた。
なんで森林地帯なのかと言うと、あの帝具≪ライオネル≫を使う女が奇襲に特化していそうだなという推測からだ。
死角が多いこの森なら、その特技も生かせるのではと中りをつけて現在捜索中。それにライオネルは獣の感覚を扱う事が出来ると文献にも載っていた。
その能力はこの森で活かせるだろうし、多分いるはず。一応、この森付近でも新型の危険種の目撃情報はあるし。
最悪あの金髪の女じゃなくても構わない。少し手間は掛かるが、こっちは疲れも死にもしない帝具使い。長期戦に持ち込んで無傷で捕縛も可能だろう。
ただし、≪アカメ≫と出会った場合は分からない。使用している帝具≪村雨≫の能力は掠り傷でも負わせればその傷から呪毒を与えて相手を死に至らしめる物。
こっちは不死だが、もし斬られた場合――永遠に生と死の境を往復するという生き地獄を体験させられる可能性がある。
そんな状態じゃ流石に戦闘は不可能なので、アカメと遭遇した際は捕縛出来そうであれば捕縛、無理そうであれば即撤退と決めておいた。
≪
後、あの姿は一度晒してしまっているので迂闊に見せられない。時期的にまだあれが俺とはバレたくない。
それにナイトレイド――いや、革命軍にオネストの間諜がいる可能性もある。
≪Dr.スタイリッシュ≫を俺が殺したとオネストに伝われば、間違いなく殺される。それは拙いので、とにかく鎧は封印。
あ、でも≪ナジェンダ≫は俺だと気付いてるだろうから、あんまり意味ないか。油断させようとしてあのチョイスは間違えたかもしれない。
「っと……熱源があるな」
視界を≪熱源視覚≫へと変えていたが、赤と黄色と青が混ざり合ったような物体が見えた。
危険種なら即殺し、ナイトレイドなら隙を見て捕縛だな。
熱源の方へ向かって気配を殺して近づいて行くと、
「クソッ! コイツら何体いるんだよ!」
「アタシに聞かないでよ!」
ビンゴと心の中で呟く。
二つの人型が危険種と戦っている。熱源視覚を切れば金髪の女と桃色の髪の少女だ。予想が的中すると嬉しくなるね。
「キリがない! レオーネ!」
「了解!」
金髪の女は≪レオーネ≫か…覚えた。少女の方は手配書で顔と名前は知っている。≪マイン≫だったかな。
戦闘を観察してみるが、コンビネーションはやはり長年ずっとチームを組んでいたからか良い。
マインは後方からの援護射撃。あれだけ激しく動いているのに的確に危険種の頭を撃ちぬくその射撃の腕前は才能か。
レオーネは拳一つで危険種を殴殺している。ただ闇雲に殴っているのではなく、人間の姿に近い危険種だからか、人間の弱点をしっかり捉えている。
しかも射線に入らない様に動き、尚且つ撃ちやすい位置に相手を誘導している。不死身じゃなきゃまず相手をしたくない位に鮮やかな連携。
(これは少し気合を入れるべきか)
そう思っていると、マインの帝具≪パンプキン≫から最早弾と言うよりレーザーのような物が発射され、結構な数がいた危険種が一掃される。
あれも要注意だな、迂闊に追い詰めると逆にこっちが不利になる。格上殺しの帝具ってのは怖いもんだ。“浪漫砲台”じゃなくて“格上上等”のが似合っている。
さて、あちらも敵を全滅させたのでそろそろ仕掛けてもいいか。
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「相変わらず惚れ惚れする威力だなぁ」
「当たり前よ、相手の数が多くてこっちがジリ貧な状況なんだから」
「まあともかく、これでお仕事完了! 帰って温泉にでも―マインッ!」
「え――うきゃっ!?」
あらら――帝具で防がれちまった。上手く気配消してたし、タイミングも完璧だったと思ったんだが。
流石殺し屋、不意打ちには慣れてる。反射的に帝具を盾にして身を守った。
「何者よアンタ! いきなり襲いかかってくるなんて!」
「全然殺気がしなかったから驚いたよ…帝国の暗殺者か?」
殺す気がないから殺気なんて出すわけない、とは言えない。それにしてもさっきの一撃でマインを気絶させる気だったので、この展開は面倒だ。
あの連携を見たからこそ先に叩いておきたかったんだが…。
頭に放たれた弾を首を動かして避ける。
「考え事なんて随分余裕ね、素人かしら」
「どっちでもいいさ、敵だろ? なら殴っておしまいだ!」
既に二人は臨戦態勢、ここから崩すのは地味に大変だ…溜息をつきたくなる。予想的中で標的を発見出来たのに、結局こうなる。
賊狩りの時も最後に失敗してるし、上手くいかない星の元にでも生まれているのだろうか。オネストにも捕まるし。
嫌だ嫌だと思いつつも、レオーネがその瞬発力を持ってして一気に懐に入ってきたので攻撃を捌いていく。
やはり人の弱点を的確に捉えた攻撃だ。当たれば隙が出来て、後方で帝具を構えているマインに撃ち抜かれるだろう。
そうすると立て直しに時間が掛かって俺を動けなくする事もできるし、最悪逃げられる。相手もさっきの戦いで消耗しているのは分かっている筈だ。短期決戦で勝負を仕掛けてくるだろう。
まあそれは俺も望むところだ――と、ここだな。
レオーネの蹴りをしゃがんで避け、がら空きの鳩尾に掌打を叩き込み距離を離す――腹が爆散して死なない様に手加減しながら。
しかし相手もプロ、味方が吹き飛んでも一瞬で軽傷と判断してパンプキンで銃撃してくる。この暗い森の中での射撃であってもそれは的確。戦い慣れているな。修羅場をいくつ潜ったのか。
当たるわけにもいかないので、横に回避。上に飛んでたら撃ち抜かれてたな。上に回避させようと、弾の位置は低めで撃たれている。
マインの顔を見れば引っかからないかと少し悔しそうな顔をしてる。しかし、レオーネに与えたダメージも大したものではないし、ライオネルの治癒力なら即座に回復可能だ。うーん、膠着状態だな…殺さない手加減ってのが足を引っ張ってしまう。
マインの方には迂闊に手を出せない。追い込んだ結果その状況を爆発力に変えられて上半身が消し飛ぶなんてごめんだ。
なるべく無傷が良かったが…仕方ない。
「その腕貰うぞ」
まだ少し態勢を崩しているレオーネに≪筋力増強≫で脚を強化し急接近後、
「なっ――」
切り離された腕はそのまま宙へ舞い、重力に従って地に落ちる。
「つ――あっ――ぐぅ!」
「レオーネ!?」
流石に筋力増強での移動にはマインも反応できなかったようで、牽制の射撃も無く腕が切断できた。
レオーネもそうだろう。例え獣の動体視力、反応速度を持ってしても対応出来ない動きだ。
「これで形勢はこちらに傾いたな。諦めろ―――終わりだよ」
本当は形勢はこちらに傾くことはないけどな。レオーネの腕を切り落とすということは、大量に血が流れ出るという事。
こうやって言葉で相手の気力を削ぐ事で手早く終わらせられるようにこの場を運ばないと、出血死する。
レオーネが死ぬと俺の目的が果たせなくなる可能性が――、
「――な、めんなぁ!」
「これくらいで倒れるかよ、諦めるかよ! 私は気に入らない奴を、大臣ぶっ殺すまで死ねない!」
「……ク…クハ、クハハハハハッ!」
腕を切り落とされながらも啖呵をきり、こちらを睨みつけるレオーネ。
笑いがこみ上げる、笑わずにはいられない。
――止血しやがった、ライオネルの治癒力で傷口を再生させて止めるという荒業で。
完全に再生とまではいかないが、血は止まってる。俺が言うのもなんだが、帝具ってのは本当に凄いな。甘く見過ぎていた。
帝具だけじゃなく、レオーネの“嬢ちゃん”の覚悟と意志も。伊達に帝国に喧嘩を吹っ掛けてるわけじゃない、そう認識した。
こちらを睨みつけるその双眸には、絶対に生き延びるという意志と腐った帝国、いや大臣を倒すという覚悟が宿っている。
片腕を切り落とされ、不利な状況に陥っても尚折れぬ心。俺の動きが見えていないはずだ、勝てないと本当は分かっているはずだ。それなのに――。
気に入った――とても気に入った。“もう帝国側から抜けてもいい”と思えるくらいに。
俺はずっと機を伺っていた。オネストがギリギリまで譲歩してくるだろうタイミングを。機は熟し、結果的に俺は自由に動ける身分を手に入れた。
オネストの依頼をこなすという条件付きだが、それでも破格のものだ。それほどまでにオネストは俺を重要視していたのだろう。あの狸がこんな好条件を提案するなんてことは普通はありえない。
そうして自由になった俺は帝国の戦力を削り、回収した帝具を革命軍に流していき帝国が衰退したと確信した時に抜けるつもりだった。
そうすれば帝国に残るはエスデスとブドー。後は雑兵のみ。例え二人の帝国最強クラス残っていても、一人一人の戦力差で革命軍が勝利する確率は高くなる。今回の目的も、処刑される筈の賊が逃げ出したという事実を帝国に植え付け、帝国の士気を下げる為だ。
だが、必要ないのかもしれない。俺がそんな小細工をしなくとも、ナイトレイドは、革命軍は帝国に打ち勝てる。そう思ってしまう。
全員がレオーネの嬢ちゃんのようだとは思わないが、少なくともナイトレイドのメンバーは全員そうなのだろう。実際マインはレオーネの啖呵聞いて、不敵に笑っている。
(ほんとこんなにワクワクしたのはいつ以来だろう…)
決めた――これを以て俺は帝国を抜ける。大臣には感謝だ、こんな任務を与えてくれたのだから。
「お前は私がここで殺す! 獅子を怒らせたら―」
「降参!」
フードを外して、笑いながらそう宣言する。
そうすると、
……
「――は?」
「はぁ?」
『ハアァ!?』
一瞬固まって、まるで意味不明とばかりに二人が叫ぶ。
いや、わかるよ。おじさんわかる。確かに意味不明だよな。
「いやいや! 意味わかんないんだけど!」
「さっきアンタ諦めろとか言ってたわよね!?」
「いやぁ…おじさんの茶目っ気だと思って許してくれよ」
「腕切り落として終わりだなんて言うのが茶目っ気なわけないでしょ!」
全くの正論だ。だが、今の俺は楽しくて仕方ないので少しテンションがおかしい。だから多めに見てほしい。
ああ、そういえば一応スタイリッシュの発明品を持ってきてたな。確か飲めば下半身が消し飛んでも即座に治る薬があったはず。
どうやら俺の再生力から着想を得たものらしい。≪耳≫の記憶で知った。
腕は残っているのだし、一、二滴で十分だろう。それで腕くらいくっつく筈。
「冗談だ。これを数滴飲んで切り落とされた腕と切断面を合わせろ。それで綺麗に腕もくっつく」
「さっきまで戦ってた奴の言う事を信じられるわけないでしょ!」
「そーだそーだ!」
どうすれば、降参したと信じてもらえるのだろう―――あ。
そういえばナジェンダは俺の事に気付いてるはず。それをナイトレイドのメンバーにも話しているかもしれない。
それに賭けるか。
「自己紹介を忘れてたな」
『自己紹介?」』
「俺の名前はソープ。タツミやナジェンダから聞いてるかもしれないが、イェーガーズの補欠要員兼大臣直属の部下だ」
■■
「それで連れて来ちゃったのかよマインちゃんに姐さん!?」
俺を連れてきた経緯を報告する二人にツッコミを入れる≪ラバック≫…だったか?
スタイリッシュの時も俺の発言にツッコミを入れてたと記憶しているし、そういう立ち位置なのだろうか。
「いやぁ、だって一応見た目もよく見たら一致してるし? なんか急に雰囲気も変わったからさ」
「アタシは反対したわよ。でも、ソイツが信用ならないなら動けない様に拘束しても構わないって言うから…」
「よろしくラバック。ソープだ」
とりあえずは挨拶だろうと手を差し出すと、
「あ、これはどうも。ラバックです――じゃなくて! いいんですか、ナジェンダさん!」
「……」
律儀に握手してくれた上にノリツッコミまでしてくれる王道さに正直感動すら覚える。
まあ、ふざけるのはこれくらいだろう。もう大分テンションも落ち着いてきた。今はナジェンダの反応を伺うべきだ。
「ソープさん…」
「久しぶりだな、ナジェンダの嬢ちゃん。いや、ちょっと前にも会ったか」
「そ、その呼び方はやめてください。もう私は嬢ちゃんなどと呼ばれる年では……んっん! やはりあの鎧のナニかは貴方でしたか」
昔からの呼び方をすると恥ずかしそうにする。
その反応は昔と変わらないので少し笑ってしまう。
年の話になった瞬間咳払いをしてキメ顔でそう言うが、取り繕えてない。
「まあな。どうだ≪パーフェクター≫は。上手く使えてるか?」
「ええ、おかげさまで」
しかし、昔とは違うのが分かるな。特に眼帯とか、右腕とか。短くなった髪の毛も。
今はそれどころではないのだが、旧友に会えるとそういう所も気になってしまう。
「それは置いておくとして。貴方には二つ聞きたい事がある――」
その眼は嘘は許さないと言っているかのようだった。あの頃とは違い、しっかりそういう顔も出来るようになったみたいだ。
感慨深いねぇ。
「なんだ」
「――貴方は、敵か味方か」
「味方だ」
即答する。これは確定事項だ。帝国に戻る気などもうない。
一つだけ“心配な事”はあるが――。
「即答ですか…フッ、貴方らしいですね。ソープさん」
「それで信じるのかよナジェンダ。嘘かもしれないだろ?」
「これでも貴方に師事していたんです。多少の事はわかりますよ」
色々気になる事もあるようだが、ナイトレイドの面々は黙って俺達の会話を聞いている。
特にラバックの顔が凄まじい顔になっているが、下唇を噛んで我慢しているようだ。何が気に食わないのだろうか。
「そうかい。良い弟子を持ったね俺は――で、二つ目は?」
「貴方がこちら側に付く理由です。目的と言ってもいい。それを知りたい」
“目的”…ね。
確かにある。いやそれしかない。だから帝国の戦力を削いだり、革命軍に助力したりするんだ。
「言えない理由か、目的なんですか?」
このまま黙っていると、疑われそうだし……いいか、別に言っても。
「いや、そういうわけじゃない」
「では――」
「分かった分かった。急かすな。俺が帝国を裏切ってこちらに付く理由と目的は一緒だ――」
――皇帝陛下を救う、それだけだ
まあ少し話が進んだかな…
誤字脱字がある、改行の所為で見にくいなどのご意見をいただけると幸いです。