本番当日。
天気にも恵まれ、快晴。
絶好のライブ日和というものがあるのかはわからないが、卯月達のステージデビューとしては文句のない日だった。
ライブ会場前には既に入場待ちの行列が並んでいる。
それぞれが応援するアイドルのモチーフ色のサイリウムや、タオルマフラーなどを仕込み、ライブを心待ちにしているファンが大勢いた。
皆、これからのを楽しみにしているようで、どこもかしこも笑顔に溢れている。
そんな様子を見ながら、武内と陣内、卯月達は裏口から会場入りしていた。
「お客さん、いっぱいでしたね!」
「二千四百席だっけ? 売り切れなんでしょ」
「あの客席が埋まるってすごくない!?」
ダンサー控室に入り、一息つく。
先に会場入りしていた他のダンサーにも挨拶を済ませ、次は出演者への挨拶回りとなる。
武内を先頭に、プリンセスプロジェクト控室へ入る。
「失礼します。この度、城ヶ崎美嘉さんのステージでバックダンサーを務めることになりました、シンデレラプロジェクトのアイドル候補生です。ご挨拶させてください」
「こ、今回! バックダンサーで出演させて頂く、島村卯月です!」
「本田未央です! 本日はよろしくお願いします!」
「渋谷凛です。よろしくお願いします」
よろしくー、と出演者から返事が返ってくる。
そして、わざわざ席を立って近づいてくる出演者一同。
「小日向美穂です。今日が初ステージなんですよね? 緊張すると思いますし、私も朝から緊張しちゃってるんですけど、お互い頑張りましょうねっ」
「日野茜です! 緊張してる時は大きな声を出したり、走ったりするといいですよ!」
「佐久間まゆです。何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいねぇ? 年齢もそう変わらないみたいですし」
「川島瑞樹よ。卯月ちゃんと未央ちゃんは、エステルームで会ったわね? 凛ちゃんも、よろしくね」
卯月達の初出社の際に、未央がいたずら心でエステルームのカーテンを開けてご対面したことを、瑞樹はよく覚えていた。
様子から入りたての子だとは思っていたが、まさか今回のライブにバックダンサーといえど出演するとは思わなかった。
緊張しているようだし、年長者として彼女らをほぐしてやらねば、と思っていると、控室の扉が開く。
「おっはよーございまーす! あれ、私が最後?」
「遅刻なんかじゃないから大丈夫よ。挨拶……っていっても、一緒に練習してたのよね?」
「はい! とはいえ、改めて、今日は頑張ろうねっ!」
はい、と大きく返事をする三人。
美嘉の明るい雰囲気と、出演者の心遣いで、幾分かは緊張がほどけたみたいだ。
それじゃあダンサー控室に、と思った時、再度扉が開く。
「おや、君達もいたのかい。ちょうどよかった。ささ、どうぞ」
アイドル事業部部長の今西だった。
続けて入ってくるのは、今回のライブの協賛をしてくれている会社の音楽プロデューサー。
つまり、お得意様だ。
素早く反応したのは、瑞樹。
背筋を伸ばして、気を付け。
「おはようございます。本日は、よろしくお願い致します」
「「「よろしくお願い致します」」」
深く頭を下げる。
卯月達も遅れがちだが、ならって頭を下げた。
「では、今日は楽しみにしているよ。それじゃ」
そう言って、今西と音楽プロデューサーは退室していった。
扉の閉まった音を聞いて、頭を上げる。
普通の雰囲気に戻った。
「えっと、今のは……?」
「いつもお世話になってる社外の音楽プロデューサー。よく楽曲提供してもらえるし、協賛もしてくれるから、VIP待遇なんだよね」
「そんなに偉い人なんだ?」
「正直、頭上がらない。別に、悪い人じゃないし、おおらかな人だから、心配しないで大丈夫だよ」
「そっか、そういう人も来るよね……」
「もちろん。美城も余裕がない訳じゃないけど、こういう関係は大事にしていかないと」
予想以上のお偉いさんに戸惑う三人。
陣内がフォローするも、再度緊張してしまったようだった。
ただ歌って踊ってオッケーではない。
そこには売上と利益があって、社外との協力関係もある。
印税とかコラボレーションとか。
有り体に言ってしまえば、アイドルは『商材』のようなものだ。
武内と陣内はこういった考えを好んではいないが、そういう考えのプロデューサーがいることは否定できない。
そういった関係が目に見えることで、憧れや楽しさだけでアイドルができないことを、実感させられる。
「では、控室に戻りましょう」
「あ、プロデューサーさん。自分はちょっと用事があるので、後から向かいます」
「わかりました」
武内が卯月達を連れて控室へ戻り、陣内だけが出演者控室に残った。
それには訳があった。
「皆さん、さっきはアドバイスありがとうございました。今日はずっとあんな感じだと思うので、見かけたら声をかけてもらえますか?」
先ほど、出演者一同が卯月達に近寄り、わざわざ声をかけたこと。
それは陣内が手を回していたことだった。
「構わないわ。せっかくの初ステージ、成功させてあげたいもの」
「なんだか自分のことのように見えて、私まで緊張が解けないですけど……だからこそ、尚更わかります」
「確かに緊張しますよね! やっぱり体動かした方がいいですかね!」
「茜ちゃん、声をかけるだけで大丈夫だと思いますよぉ」
「まあ、あれだけ練習してたんだし、なんとかなるんじゃない? もちろんアドバイスはするけどね!」
さすがトップアイドルに近い面子、安心感があった。
ほうぼうに頭を下げて、コネを使った甲斐があるというものだ、と陣内は思った。
とはいえ、一筋縄でいかないのが彼女達だ。
「そうだ、サブロー君。沙理奈ちゃんや比奈ちゃんと飲みに行く約束したんだって? どうして私は誘わないのかしら?」
「い、いや、お忙しいのかなーっと思いまして……すいません、その時はお声掛けします」
「プ、プロデューサーさんはお元気ですかっ?」
「ええ、忙しそうですけど、大丈夫ですよ、小日向さん。いつでもプロジェクトルームまでお越し頂いてもオッケーです」
「サブローさん! 最近走ってますか! またラグビーボールでキャッチボールしましょう!」
「最近は走れてないですけど、キャッチボールだったらやりましょう」
「ふふ、サブローさんがいないことで情報収集の精度が落ちてしまったんですけど、いつ戻られますかぁ?」
「そ、それは私の一存では……ちょ、そのハイライト暗い目でこっちを見ないでください! 佐久間さんのプロデューサーさんについて何かあったらお伝えしますから!」
「相変わらず苦労が多いねー。そういや莉嘉は最近どう?」
「こっちも相変わらず「お姉ちゃんと一緒のステージ上がりたいーっ!」って言ってますよ。でも、真面目に頑張ってます」
おとなしい美穂や、事情のわかってる美嘉の相手はまったく問題ない。
ただ、酒飲みの瑞樹や熱血スポーツの茜、自分のプロデューサー愛に溢れるまゆの要望を叶えるのは、中々に骨が折れる。
いろいろと追求を躱しつつも、プロジェクトのために体を張る陣内であった。
時間は刻一刻と進み、リハーサル。
卯月達はジャージに着替え、靴だけ衣装のブーツに履き替えてステージ裏で待機していた。
「えっと、上手がステージから見て左で、下手が右、ですよね?」
「お、バッチリ予習済みだね。さすが千川さん印の進行表」
「これ、すごい助かる。専門用語とか、知らなかったし」
「そりゃそうだよね。他、分からないところ、ある?」
「ねえ、サブちゃん。『ポップアップ』って何?」
未央の質問に、ああ、それね、と陣内は卯月達をある舞台装置へと案内する。
そこには足場と、それに沿う様にガイドレールが設置されていた。
「これが『ポップアップ』。足場の上に人を乗せて、人力でステージまで押し上げるんだ。その勢いで派手に登場させる舞台装置だよ。よくライブ映像とかでジャンプして登場する演出があるでしょ? それがこれ」
「え、ジャンプ!?」
「そう、ジャンプ。勢い良く持ち上げられるから、本当に飛ぶよ」
「危なくないんですか!?」
「飛ぶっていっても、そこまで飛ばないから安心して。落ち着いて着地したら、踊りだせばオッケー」
「それ、練習できるよね?」
「ご心配なく。とはいっても何回もはできないよ。今回のリハだと、通しで一・二回やるから、チャンスはそこだね」
「に、二回だけ!? もっとできないの!?」
未央の不安気な声が奈落に響く。
いつもの明るい表情もなりを潜めており、彼女の緊張具合が見て取れた。
確かに、不安だと思うが、何回も増やせるものじゃない。
だが、そこを何とかするのがプロデューサー達の仕事だ。
「――わかった。なんとかしてみる」
この後の流れとして、ステージに上がって、ハケの確認。
それから通しでリハ。
通しは問題なければ一回だけになりそうだ。
となると、有効活用できる機会をフルに使わなければ。
無線で陣内が確認する。
何度か話した後、卯月達に振り向いた。
「ごめん、増やせて一回。この後ステージからハケの確認だから、ステージまでの移動を徒歩からポップアップに変えてもらった」
申し訳なさそうに、陣内が言った。
「――ううん、ありがと。やってみる」
それに未央も答える。
相変わらず表情は暗いが、声音に張りが出てきた。
その様子に、心配していた卯月と凛も気合を入れた。
未央が緊張して固くなっているのに、陣内も、未央自身も必死に頑張っている、足を引っ張るわけにはいかない、と。
「未央ちゃん、頑張りましょう!」
「とりあえず、精一杯やろう」
「しまむー、しぶりん……」
三人が手を取り合う。
ようやく、未央も調子が戻ってきたようだ。
「うん! 行こう!」
まだ固さは残っている。
でも、うつむくことがなくなった。
陣内の案内で三人はポップアップに乗り込む。
武内と、他のスタッフの力も借りて、陣内達は装置を勢い良く打ち上げる。
「合図いきます! 三…二…一…今!」
ガシャン、と大きな音をたてて、足場が持ち上げられる。
卯月達はその勢いにのり、ステージへと飛び上がった。
浮遊感。
普通にジャンプしても到達できないような高さを体感する。
勢いと高さに驚きつつも、ジェットコースターみたいな楽しさもある。
ふと、彼女達は自らがどこにいるかを忘れた。
なんで自分は飛び上がって、ステージにいるんだろう、と。
「着地しっかりーッ!!」
美嘉の声が響く。
レッスンで何度も聞いた美嘉の声に、卯月達の体は否応なく反応した。
言葉の意味を数瞬の内に理解し、ようやくステージに足をつく。
ただ、尻もちつかずに着地できたはいいものの、心ここにあらずでは仕方がない。
「ナイス着地! 初めてにしては上出来じゃん」
「――っ、あ、ありがとうございます!」
「すごい勢いだった。この後すぐ踊りだすんだよね?」
「うん。これ着地大事だ……よし、次はもっと上手くやる!」
しかし、美嘉の心配は杞憂だったようだ。
卯月達は自分達自身で課題を見つけ、理解していた。
問題なさそうだ、と判断した美嘉はマイクを持つ。
「城ヶ崎美嘉です。よろしくお願いします!」
『はい、ありがとうございまーす。暗転後、下手にハケて……』
その後、リハーサルは問題なく進んだ。
不安視されていたポップアップは二回目も無事に着地、スムーズに踊りだすことに成功。
とはいえ、実際のステージとレッスンルームでは動きは異なる。
階段からの移動や立ち位置など細かく確認し、通しで二回行ったところで美嘉達のリハーサル時間は終了した。
ダンサー控室にて、卯月達は一息ついていた。
各々、緊張で乾き気味の口を潤したり、スマートフォンをいじったりしている。
とはいえ、そこまで空気は悪くなかったが、お互い声をかけようにも戸惑っており、静かな時間が流れていた。
そこに武内と陣内が入ってきた。
「ひとまず、お疲れ様です。リハーサル、いかがでしたか?」
「上手くできたかよくわからないですけど……流れはちゃんと理解できました!」
「実際のステージで踊ってみると、見るところとか、立つところとか、結構違うんだね。良い経験になったよ」
「本当、しぶりんの言うとおり、全然違う。アイドルってすごいけど、やっぱり大変なんだなあ……」
ガチガチに緊張している訳ではない。
でも、確実に肩に力が入り、固くなっている。
それが普通だと武内は思っていた。
むしろ、リラックスできている方だと感じてた。
初めてのステージ、初めての舞台裏、初めての控室。
彼女達は今日、何回の初めてを経験したのだろう。
場合によってはパニック状態になってもおかしくはないといえる。
そして、本番で失敗してしまい、それを延々とひきずり、輝く事もなく引退。
アイドル業界としては、別に珍しくない話だった。
卯月達は緊張しつつも、自分達が行ってきた練習が確かなものだったと、リハーサルで感じることができていた。
また、本番でも実力を発揮できるかもしれない、とも。
その希望ともいえる小さな光が、彼女達の拠り所となっていた。
だが、やるからにはベストパフォーマンスを発揮してもらいたい。
そう考えた武内は、事前に打ち合わせしていた陣内に目で合図を送る。
その意味を察した陣内は控室を出た。
「リハーサルの様子、舞台袖から私も見ていましたが、充分に踊ることができていました。ただ、足りないものが一つ、ありました」
「足りないもの、ですか?」
「はい」
「なに、それ?」
「笑顔です」
「笑顔? ……あ、確かに」
「本田さんはお分かりになったようですね。皆さん、ポップアップからの着地やダンスはほぼ問題ありませんでした。ですが、ファンの皆さんの前に立つアイドルとして、必死な表情というのはよろしくありません」
もちろん、必死な表情が必要な時もありますが、と前置き。
「今回は城ヶ崎さんのバックダンサーとして、ステージを盛り上げる必要があります。ですから、皆さんには笑顔が必要です」
「で、でも、緊張しちゃって、勝手に表情がこわばっちゃうんですけど……」
「ええ、存じております。そこで、一度リラックスしましょう」
「……アンタの口からリラックスなんて言葉が出てくるとは思わなかった」
「そう、でしょうか?」
「ホントのこと言うと、私もそう思っちゃったんだよねー」
武内は思わず首の後ろに手をやった。
その様子に、卯月達はくすりと笑ってしまう。
すると、控室の扉が開いた。
そこには、お盆の上に様々な料理を載せた陣内がいた。
「お待ちどう様でーす……って、あれ? なんか雰囲気良くなってません?」
「サブロー君、いいタイミングです」
「本当ですか? これ、もう必要ない感じになっちゃってますけど」
とりあえず持ってきたので、と陣内はテーブルの上にお盆を置いた。
そこには軽食や、お菓子、フルーツ等、様々なものが載っている。
「皆さん、お昼から何も召し上がっていないと思われますので、どうぞ」
「え!? これどうしたんですか!? まさかサブローさんが買ってきたんですか!?」
「いやいや、そんな訳ないでしょうに。これはケータリングからいくつか軽そうなもの持ってきただけだよ」
「へえ、そんなのあるんだ? あ、これ美味しそう」
「これだけ大きいライブとなると、だいたい用意してるよ。長丁場になるしね」
「サブちゃん、それって自由に食べていいの?」
「もちろん! 出演者・関係者は食べ放題!」
控室出ると案内板貼ってあるから後で見てきなよ、と陣内。
「ん~……じゃあ、これもーらいっ!」
「あ、それ私が狙ってたやつ」
「こんなにあると迷っちゃいますー!」
やいのやいの、と食べ物を口に頬張る卯月達は、いつの間にかいつもの自分を取り戻せていた。
真っ先に美味しそうなチョコレートを取る未央。
それを取られて少し残念そうな凛。
どれから食べてみようか迷ってしまっている卯月。
そこには笑顔が戻っていた。
大成功、とでも言うかのように、陣内が武内に向かってサムズアップ。
武内も少し微笑んで、黙って頷いた。
「じゃあ、俺も一口もらおうかなー」
「あっ!? それも狙ってたのに」
「え、そうだったの? というか、渋谷さんってチョコレート好きなんだね」
「……なに、悪い?」
「そんなまさか。今度お詫びに美味しそうなチョコ持ってくるよ」
「しぶりん、意外と可愛いところあるよねー」
「凛ちゃん、このチョコレートあげます! あーん!」
「ちょ、卯月、恥ずかしいから……やめ……あっ」
いざ本番。
卯月達が控室でリラックスしたのも束の間。
本番を目前に衣装も全部着込み、待機していたら、控室のモニターでカウントダウンが始まる。
『お願い! シンデレラ』
美城プロダクションが誇るプリンセスプロジェクトの代表曲が、流れ出す。
盛り上がるステージ。
熱狂が控室にまで届く。
そうしたら、もう出番の用意だった。
舞台裏で待機している間に、ステージからは瑞樹の『AngelBreeze』が流れていた。
この曲が終われば次。
その事実が、否応なく卯月達をこわばらせる。
でも、怖くはない。
やることはやった。
ベテラントレーナーの厳しい指導にもついていった。
美嘉や陣内のアドバイスを聞き、自主練を重ねた。
みく・かな子・智絵里とも切磋琢磨した。
今の全てを出し切る。
緊張しつつも、熱意のこもった目をしていた。
その様子に、美嘉も期待を隠せない。
「(サブロー)」
「(小声でどうしたの?)」
「(私とかが声をかける必要もないくらい仕上がってるじゃん。私、必要?)」
冗談めかして言う美嘉に、陣内は苦笑い。
「(そんなこと言わないでよ、先輩アイドルさん)」
「(ふふっ、なにそれ? ま、それなら先輩に任せておきなさいって)」
美嘉が卯月達に近づく。
「よし、それじゃあ、これから本番なんだけど、一つアドバイスね」
「はい、ミカ姉!」
「ポップアップから出る時の掛け声、決めといたほうがいいよ!」
「掛け声、ですか?」
「そう! 例えば……茜ちゃん! 美穂ちゃん!」
美嘉が声をかけた方から、茜と美穂が駆け寄ってきた。
「美嘉ちゃん、なんでしょうか!」
「ど、どうかしましたか?」
「茜ちゃんと美穂ちゃんの好きな食べ物ってなんだっけ?」
「むむ! なかなか迷いますが……やっぱり『ほかほかご飯』ですかね!」
「私は……地元の『辛子れんこん』が好きです」
可愛い顔をして、意外と渋いものが好きな美穂に若干驚く一同。
それはさて置き、なぜ美嘉が二人に好物を聞いたのか、卯月達にはいまいち分からなかった。
「で、卯月達は?」
「わ、私は『生ハムメロン』です」
「『チョコレート』」
「『フライドチキン』でしょ!」
「見事に三人とも別れたねー。こういう時は、ジャンケンで!」
なぜ自分達の好物をかけてジャンケンをするのか。
戸惑いながらも卯月達は美嘉の言うとおりにする。
「「「最初はグー! ジャンケンポン!」」」
勝者は、未央。
「はい、掛け声は未央の『フライドチキン』で決定ね!」
「え、ええぇぇ!? これ、掛け声を決めるやつだったの!?」
「そう! ライブの度に、毎回ジャンケンして、勝った人の好きなものを叫びながらステージに出る。これ、プリンセスプロジェクトでもやってたんだよ?」
「懐かしいですね! 私はいっつも負けていたので一回も『ほかほかご飯!』と叫んでないです! 悔しいです!」
「茜ちゃん、いつも『グー』しか出さないから……」
「おや、そうでしたか! 力が入り過ぎてしまっているんでしょうね! じゃあ次は『パー』を出しますよ!」
「私と美嘉ちゃんに聞こえちゃってるよ……」
いつの間にかプリンセスプロジェクトの裏話を聞くことになっている。
だが、その内容が面白く、卯月達の表情にも余裕がでてきた。
そのことに気付いた美嘉は、陣内に向けてこっそりウィンク。
苦笑いで返すことしかできない陣内だったが、内心「なんてことをするんだ、あの売れっ子アイドルは!?」と動揺していた。
他にも合図の方法があるだろうに。
さて、そんなこんなで準備待ったなし。
『城ヶ崎美嘉さん! スタンバイお願いしまーす!』
声がかかる。
「じゃあ、楽しくやろうねっ!!」
「「「はいっ!!」」
美嘉は舞台袖へ。
卯月達はポップアップの足場へ。
スタッフに混じり、武内と陣内もライトで足元等を照らす。
彼女達が暗闇でも輝けるように。
「――いきます! 五秒前! 四! 三!」
さあ、ショウタイムだ。
「「「フライ・ド・チキン!!」」」
静かなステージ。
いや、セットの解体やら何やらでスタッフは忙しく動いているので、静かではない。
でも、卯月・凛・未央には、驚くほど静かに感じていた。
無理もない。
つい先ほどまでライブの歓声を聞いていて、自らもあの熱狂を感じていたのだから。
「これ……夢じゃないですよね?」
「夢じゃないけど、本当、夢みたい」
「さっき、踊ってたよね、ここで」
ライブ。
城ヶ崎美嘉のバックダンサーは成功。
大成功といってよかった。
ポップアップからの着地も問題なく、ライブ中もミスなく踊ることができた。
卯月達も緊張はもちろんしつつも、それを感じさせない勢いでキレのあるダンスをこなしていた。
むしろ途中から楽しくなってきて、一番の笑顔をステージ上に振りまいていた。
踊り終わった後、美嘉からのアドリブで感想を求められたり、ハケた後の舞台裏で三人で抱き合ったり。
美嘉以外のプリンセスプロジェクト所属のアイドルからもお褒めの言葉を頂いたり。
今回の大役を引き受けてくれたプロデューサーへ感謝の言葉を伝えたり。
シンデレラプロジェクトの仲間から羨ましがられたり。
初めて、たくさんの初めてを経験した。
普通の人が経験できないようなことを、たくさん。
まるで夢のような出来事を。
先ほどまでのライブとの差異に、夢か現かわからなくなるほど、彼女達には感動が大きかった。
それを確かめに解体作業中のステージに戻ってきた。
現実、なんだろうか。
三人が三人とも呆けているところに、陣内がやってくる。
「――お三方は何をしてらっしゃるんで?」
「あ、サブローさん! お疲れ様です!」」
「ちょっと、現実感がなくてさ」
「そうそう! ついさっきまで衣装着て踊ってたとは思えなくて」
困ったような、しかし充実した表情で、卯月達は口を開いた。
それがなんだか嬉しかったのか、陣内は微笑む。
「現実だよ。確かに君達はこのステージで踊ってた。さすがにプリンセスプロジェクトほどとは言えないけど、確かに輝いていた」
「本当ですか? どれくらい、でしょうか?」
「そうだな……君達が今日バックダンサーを務めた城ヶ崎美嘉を一等星とするなら、二等星かな」
「言い過ぎじゃない? まだCDデビューもしてないよ」
「それがそうでもないんだ。今日のライブの感想アンケートに、君達の事がそこそこ書かれていたよ」
「えっ、どういう風に!?」
未央が前のめりになって聞いてくる。
そうなることを予想していたのか、元々教えるつもりだったのか、陣内はいくつかのアンケート用紙をジャケットから取り出した。
「えー……『美嘉ちゃんのライブ、最高でした! バックダンサーの子達も美嘉ちゃんに負けないくらいキレキレで、ファンになっちゃいました!』『美嘉ちゃんのバックダンサーはいつデビューするんですか? 発表楽しみです!』……等々」
他にもこんなに、と十数枚のアンケート用紙を卯月達に差し出す。
いくつか分けながら読み進めていく三人。
その表情は驚きに染まっていた。
「驚いて声も出ないって感じ? でも、これが第三者からの評価だ」
「……なんだか、余計、夢みたいです」
「すごい、ね。アイドルみたい」
「しぶりん、私達、一応アイドルだよ。デビューしてないけど」
「と、いっても、あくまで城ヶ崎美嘉のバックダンサーとしての評価ということを、先に言っておこう」
「それって、どういうことでしょうか……?」
「君達がデビューしたとしても、すぐにこれだけの箱、つまり会場を用意することは難しいってこと。良くて、百貨店のホールかな」
現実は厳しい、と先に伝えておく陣内。
つまり、デビュー時にファンや歓声でいっぱい、なんてことは無い、ということ。
今回、上手く行き過ぎたぐらい、成功して”しまった”。
悪いことではない。
普通では積むことのできない経験値を得られた。
それは確かだ。
ただ、ろくな下積みもなく、トップアイドル並のステージ初体験を経験してしまい、自らの力量だと勘違いされては困る。
彼女達は、まだ無力だ。
そして、それを伝えるのは自分が望ましい。
武内ではなく。
陣内はそう思っていた。
「楽しい気分を邪魔しちゃって悪いんだけど、こういうのは早めに言っておかないと」
「まあ、それはそうだよね」
「とはいえ、そこまで悲観するものじゃないよ。今回のライブでこれだけ反響があったってことは、ウチとしてもデビュー時に売り込む文句が増えたことになる。そこは積極的に使っていけるだろうね」
「『城ヶ崎美嘉の、あのバックダンサー、デビュー!』的な?」
「そうそう、そんな感じで。それでもどれだけ呼び込めるかってレベルだけど、まっさらな状態よりはマシ。それに……」
そこで、陣内は煽るような声で卯月達に話す。
「いっそ、興味本位で来た観客を丸ごとファンにしてしまうほどのパフォーマンスを発揮すればいいでしょ?」
「ふーん。そんな風に煽るの、珍しいね」
「そう? 渋谷さんにはいつもこんな感じだったと思うけど」
「それはそれでムカツク」
凛が陣内の足を小突いた。
「いてっ。まあ、冗談めかして言っちゃったけどさ。これでも嬉しいんだよ」
「何がですか?」
「君達が立派に結果を残したこと」
いつにもない、なんだか楽しそうな表情の陣内。
卯月達はそんな陣内を見たことがなく、珍しそうに見る。
「プロデューサーさんと俺は、君達の最初のファンなんだ」
首を傾げる三人。
「養成所で燻っている女の子。夢中になれるものを探している女の子。自分を信じている女の子」
あ、私です、と卯月。
そんなんじゃないし、と凛。
確かにねー、と未央。
「ひとりひとりのファンだったけど、三人一緒になったら、本当すごいんだ。魅せられた」
いつものお調子者の陣内じゃない。
一人のサブプロデューサーとしての陣内が言う。
「もっともっと、君達は輝ける。いや、輝いてほしい。だから、俺も頑張るよ」
改めてよろしく。
観客席を背に、そう言った。
真面目になる時は至極真面目になる陣内だったが、それとも違う。
楽しそうに、嬉しそうに、でも、今までで一番真剣な表情だった。
そんな陣内に、卯月達はなんと言っていいのか、むず痒かった。
補欠合格、スカウト、二次募集合格。
一次募集で合格している先任メンバーの方が、自分達より優秀だと思っていた。
でも、どういうタイミングか、美嘉のバックダンサーに抜擢された。
無我夢中でがむしゃらに頑張っていたら、予想を遥かに超えた評価をもらった。
それに、自分達を見出してくれた人に、ファンだと言ってもらえた。
応援してもらえた。
ここまでされて、頑張らない人間はいないだろう。
「サブローさん! 私、もっともっと頑張りますっ!! もっと、いっぱい、きらきらしたいですっ!!」
「アイドル、まだよくわかんないけど……今日は楽しかった。次はもっと上手くやれるよ」
「実は、今日のステージ、ちょっとビビってたんだよね……でも、二人と一緒だったから頑張れた。プロデューサーとサブちゃん、ミカ姉にベテトレさんがいたから、ここまで来れた! だから、もっと先まで行ってみたい!」
先へ、もっと先へ。
言葉は違えど、皆、前を向いていた。
これから、彼女達は輝きを増していく。
その輝きを最大限にできるよう、陣内も支えていくつもりだった。
そして、もちろんこの男も。
「――サブロー君。皆さんはいらっしゃいましたか?」
「あ、プロデューサーさん。すいません、遅くなっちゃって」
「いえ、大丈夫です。島村さん、渋谷さん、本田さん。他の方が裏口でお待ちしてますよ」
「そうだ! 打ち上げあるって言ってたよ! 早く行かなきゃ!」
「えっと、プロデューサーさん達は……?」
「後で向かいますので、お先にどうぞ」
「わかった。それじゃ、後でね」
「ええ、お願いします」
そう、陣内は他のプロジェクトメンバーに急かされて卯月達を探しに来たのだった。
探しに来る途中で、回収されたアンケート用紙をまとめているのを見つけたのがいけなかった。
当初の目的をすっかりと忘れてしまい、話し込んでしまった。
ただ、大事なことを話せたと思っているので、後悔はしていない。
代わりに武内にまで探しにこさせてしまったのは申し訳なく思っているが。
「本当すいませんでした」
「いえ、構いません。代わりに、サブロー君の熱意を聞くことができたので」
「なッ!?」
目を見開く陣内。
「ど、どこから聞いていたんですか……」
「『お三方は――』の辺りでしょうか」
「それ最初っからじゃないですか!?」
「確認したいことがあって控室に戻る途中、アンケート用紙を抱えてステージに向かうサブロー君が見えたものですので」
「黙って聞いてないで、出てきてくださいよー……」
「すみませんでした。アイドルとのコミュニケーションの邪魔をするのもよくないと思いまして」
ただ、と武内が続ける。
「デビューライブの件、私が言うべきことでした」
「いえ、自分でよかったんです。今日のアンケート速報を伝えるついででしたので、問題ないです」
「……ありがとうございます」
「タケさん、やめてくださいよー。大したことしてないんで」
自分のために、進んで嫌われ者の役目を担う後輩に、武内は感謝せずにはいられない。
正直、自分ではうまく伝えることができる自信もなかったし、伝える必要もないと思っていた。
デビューライブとは、そういうものだからだ。
だが、それは自分の思い込みだったのかもしれない。
歯車であるべき、との自戒が武内の思考を妨げていた。
だからこそ、陣内の柔軟さが輝く。
サブプロデューサーとして頼りになる後輩だった。
「サブロー君。先ほど、今西部長から連絡がありました」
「部長から? 今回のライブの件でお褒めの言葉でも頂けそうですか?」
「もちろんそれもありました。ただ、先ほどの話とつながるのですが……」
一拍。
「島村さん、渋谷さん、本田さん。この三人でのユニット結成およびCDデビューが決まりました」
相変わらず淡々と、武内が連絡する。
既に決定事項。
覆ることはない、という口調で。
「なるほど、売れると見込んで頂いたわけですね。で、CDデビューってことは、今日の音楽プロデューサーからの提供ですか?」
「はい、その通りです。また、もう一つユニットを結成して、同時デビューさせるので、選出するように、とのことでした」
「そりゃ会場コストを考えれば、そうなりますか。タケさんの中で、それは決まってるんですか?」
「ええ、候補は」
「当ててみせます……えーと……」
パチンと指を鳴らす。
「神崎さんか、新田さんとアナスタシアさんのユニット。どうですか?」
「……検討中です」
「えぇ!? さっき、候補は決まってるって言ったじゃないですか!?」
「検討中です」
まるでロボットのように、同じことを繰り返す武内。
それに陣内は抗議しつつ、ステージを後にするのだった。
灰被りは一時の夢を見た。
だがそれも、夢ではなくなるかもしれない。