シンデレラたちとサブプロデューサー(仮題)   作:マスギル

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第2話

 とある芸能養成所。

 アイドルや芸能人、タレントを夢見る人間が集う場所。

 同年代であろう中高生がレッスンを終えて帰る中、一人の少女がレッスンルームに居た。

 

「――っ」

 

 声にならない意気込み。

 スマートフォンの待受にしている、先日の美城プロダクション主催ライブ出演者の写真。

 今の自分からすればあまりにも遠く、遥か彼方の存在。

 きらきらしていて、綺麗で、可愛くて、憧れる。

 いつか自分も同じステージに立てるように、今は頑張るしかない。

 他に誰もいないレッスンルームに呼吸音が響く。

 

「卯月ちゃん。準備運動、手伝おうか?」

 

 開いたままにしていた入口から、養成所のトレーナーが入ってきた。

 彼女、島村卯月は慌ててスマートフォンから目線を外した。

 

「お疲れ様です! お願いします!」

「はい、お願いされました。上半身は済んでるみたいだから、前屈からね」

 

 トレーナーが卯月の準備運動を手伝う。

 お世辞にも運動神経が良いとはいえない卯月の体は、入念に柔軟をしないと少し危ない。

 何度かレッスン中に足がつってしまったこともあり、手が空いている限り、トレーナーも気を使って手伝うようにしている。

 怪我でもされたら大変であるし、また、頑張り屋の卯月を応援したい気持ちがトレーナーにはあった。

 

「さっき見ていたの、この前のライブの写真?」

「あ、はい! 早く私も、ステージに立ちたいなぁ、って!」

「そうね。こないだのシンデレラオーディション、惜しかったじゃない」

「えへへ……他にもいろいろ受けているんですけど、難しいです!」

 

 二十四番、島村卯月。

 本当についこないだの話なので、選考番号まで覚えている。

 卯月は、美城プロダクションのシンデレラプロジェクトの選考オーディションに最終選考まで進んでいた。

 しかし、結果は言うに及ばず。

 『貴殿のご活躍をお祈り申し上げます』というお祈りの手紙を、卯月は高校生にして何通ももらっていた。

 

 また、その現状に、トレーナーも心を痛めていた。

 頑張れば全ての努力が報われるわけではないけれど、一つも通らないということが、どれだけこの少女にダメージを与えているのか。

 

「よーしっ! 私、もっと頑張ります! ……うっ!?」

「こらこら、頑張るのはいいけど、無茶はだめよ」

「はい~、ごめんなさ~い」」

 

 無理して前屈したせいか痛そうにしている卯月を見て、トレーナーは微笑ましくなる。

 同時期に養成所に入所した卯月の同期生は皆、やめてしまった。

 成果が出ない、学業との両立が難しい、辛い。

 理由はそれぞれあれど、良い結果が出ないことに、皆、気持ちが嫌になってしまって、やめてしまう。

 しかし、卯月はそれでも諦めなかった。

 諦めず、笑顔も忘れず、必死に食らいついてきた。

 

 その結果が、今日、実るかもしれない。

 どうなるかはわからないとしても、状況からして、現状から前に進むことは間違いないだろう。

 手元の腕時計を確認し、これからの出来事を想像すると、トレーナーは自然と口角が上がってしまうことを止められなかった。

 

「――そろそろかしら」

「え、どうかしたんですか?」

「ふふ、そうね。どうかしちゃうかも」

「えぇ!? ど、どういうことですか~!?」

 

 思わせぶりな言葉に慌てふためく卯月をよそに、トレーナーはレッスンルームの入口を見る。

 すると、ちょうど養成所の所長がブラインドから顔を出すところだった。

 お互い視線を合わせ、微笑む。

 

「島村さん、ちょっと時間もらえるかしら? 担当のあなたも」

「ええ、わかりました。さ、卯月ちゃん、行きましょう」

「え? ええ!? いったいなんなんですか~!?」

 

 所長の表情を見るに、良いことに間違いなさそうだ。

 トレーナーは、自分と所長の顔を交互に見ながら動揺している卯月を連れて、レッスンルームを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、失礼します……」

 

 滅多に入ることのないミーティングルーム。

 卯月は、なぜ自身が呼ばれたのか、しかもトレーナーさんも一緒に、とオドオドしながらドアを開けた。

 内装は以前に入った時と一緒だった。

 折りたたみ机とパイプ椅子、奥にブラインドで仕切られて、来客用のふかふかした革張りのソファが置いてある。

 いつもと違うのは、その来客用のソファに男性が二人座っていることだ。

 

 男性のトレーナーさんなんて居なかったはず、と思いながら、卯月はトレーナーに促されて、男性たちの反対側ソファに座った。

 脇のトレーナーを見上げると、ニコニコ、いや、若干ニヤニヤしながら首を傾げられた。

 訳のわからない状況に、卯月は混乱していた。

 

「――島村卯月さん、ですね」

「は、はい!」

「本日はお時間頂き、ありがとうございます。私、こういうものです」

 

 向かって右側に座っていた、声の低い、強面の男性から名刺を渡される。

 大人の人から名刺を渡されるのは初めてで、どう受け取ってよいかもわからず、震える両手で受け取る卯月。

 恐る恐る手元の名刺を見ると、そこには。

 

『株式会社美城プロダクション

 シンデレラプロジェクト

      プロデューサー』

 

 と、記載されていた。

 

「美城プロダクション、シンデレラプロジェクト……」

「はい、そのプロデューサーをしております。また、こちらのものが」

「同プロジェクトのサブプロデューサーをしております。よろしくお願い致します」

 

 続けざまに、向かって左側に座っていた、人の良さそうな顔つきの男性から名刺を渡される。

 そこには同じくシンデレラプロジェクトのサブプロデューサーと記載されていた。

 

 シンデレラプロジェクト。

 混乱していて記憶の整理がつかず、卯月は聞いたことのあるようでないような気持ちになっていた。

 

「先日のシンデレラプロジェクト選考オーディション、島村さんもお受けになられていたと思います」

「は、はい! 受けました!」

 

 そう、受けた。

 そして、散った。

 そこまで思い出して、卯月はようやく、目の前にいる二人がとんでもない人物だということを理解した。

 と、いうか、思い出した。

 先日のオーディション会場で審査員席にいた二人だった。

 思わず立ち上がる。

 

「ええぇ!? なな、なんでプロデューサーさん達がココに!?」

「卯月ちゃん、それを今からお話ししてもらうから、少し落ち着きましょう?」

「は、はいぃ……」

 

 トレーナーに宥められて席につくも、卯月はまったく落ち着かなかった。

 その様子に、強面の男性、武内は困ったように首の後ろに手をやり、人の良さそうな男性、陣内は苦笑していた。

 

「――続けます。先日、合否を発表させて頂きましたが、今回欠員が三名出ました」

「欠員、三名」

「そこで、最終選考まで残られた方の中で、ぜひ島村さんに、当プロジェクトに参加して頂きたく、本日お伺いさせて頂きました」

「当プロジェクトに参加……?」

 

 言葉どおりの意味のはずが、混乱が続いている卯月には理解できないでいた。

 その様子にトレーナーは喜色満面の笑みで、武内は伝えることを伝えたのに理解されず困った様子で。

 タケさん、こんな時までビジネス感たっぷりに言わなくてもいいのに、と陣内は助け舟を出す。

 

「島村さん。アイドルとしてデビューしませんか?」

 

 島村さん。アイドル。デビュー。

 私が、アイドル、デビュー?

 

「デビュー!?」

「ええ。この話、受けて頂けますか?」

 

 もちろん、断る理由がなかった。

 現実味がなくて、卯月は思わず自分の頬をつねった。

 痛かった。

 そのせいか、他の要因かわからないが、若干涙目になりながら、隣のトレーナーを見ると、トレーナーも涙目だった。

 

「卯月ちゃん! おめでとう!! ついに、アイドルよ!!」

 

 涙目どころじゃなく、泣いていた。

 そこでようやく、これは現実のことで、夢ではなくて、本当のことなんだ、と理解した。

 目の前のプロデューサー達を見る。

 武内は返事がなくて困っているが、陣内は心なしか嬉しそうに、卯月のことを見ていた。

 

 

 

 袖口で涙を拭き、卯月は満面の笑みで答える。

 

 

 

「はい! もちろんです! 島村卯月、頑張ります!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、詳しい資料はこちらの封筒に入っているので、ご自宅でご両親とご確認ください。また後日お伺い致しますので、その時に今後の流れについて口頭でご説明させて頂きます」

「と、いうことなんですが、明日のこの時間辺りはご都合いかがですか?」

「私は大丈夫です!」

「プロデューサーも大丈夫ですよね?」

「ええ、スケジュールは空いてます」

 

 陣内が双方のスケジュールを確認する。

 鉄は熱い内に打ったほうがいいだろうと思い、ただ、卯月の落ち着く時間も取るため、明日に再度会うアポイントを取り付けた。

 

「わかりました。トレーナーさん、明日もこちらをお借りしてもよろしいですか?」

「どうぞご利用ください。プロデューサーさん、サブプロデューサーさん、卯月ちゃんを、よろしくお願いします!」

「はい。責任をもって、プロデュース致します」

 

 では今日はこの辺で。

 そう仕切ろうとした際に、トレーナーが武内と陣内に頭を下げた。

 これまでの卯月を知っているトレーナーからすれば、嬉しい半面、卯月が自分の手を離れることになり、少し寂しい。

 でも、待ちに待ったデビューの話だ。

 後はもう、プロデューサー達に託すしか無い、そう万感の想いを伝えたかった。

 

 頭を下げられた二人は、その想いを無駄にしてはならない、と気を引き締めた。

 卯月は、これまでお世話になったトレーナー他、養成所の皆のためにも頑張らなければ、と気合を入れた。

 

「では、また明日、よろしくお願い致します」

「失礼致します」

「「ありがとうございました!」」

 

 武内と陣内は、閉まる扉の向こうで喜び合っている声を聞きながら、養成所を後にした。

 

 

 

 もう時間は夕方。

 早い会社であれば、もう定時を迎えている頃だろうか。

 帰りがけのサラリーマンや、これから友人と会うのだろうか楽しそうに話しながら歩く大学生らしい男女の姿が、周りに見えた。

 最寄り駅まで歩いている途中、陣内が呟いた。

 

「タケさんは……」

「――?」

「タケさんは、選考の時に『ティン』と来ていたんですか」

 

 陣内が真面目な顔で、呟いた。

 思い詰めている様子でもないが、正面を見て、歩きながら、悩んでいる様子には見えた。

 

「ええ、そうです。島村さんの笑顔を見た瞬間、プロジェクトに必要なアイドルだと、感じました」

「――そう、ですか。ありがとうございます」

 

 と、言いつつ、納得出来ていない様子に、武内は首の後ろに手をやった。

 ただ、悩んでいる後輩にアドバイスにでもなれば、と口を開いた。

 

「サブロー君。私でよければ、話を聞きます」

「すみません……俺には、さっき、島村さんがアイドルの話を受けた瞬間、ようやく、何か感じるものがありました。あの満面の笑顔を見て、アイドルに必要な何かを」

「ええ、いい笑顔でした」

「はい、とても」

 

 武内は、そう言う陣内を見て、この後輩もいい笑顔をしていると思った。

 アイドルに必要な笑顔ではない、プロデューサーに必要な笑顔だ。

 いいアイドルに出会えたことに感謝する、いい笑顔だった。

 

 しかし、その笑顔も束の間、悩んだ様子に早戻りだ。

 大方、選考の時点で『ティン』とこなかったことを悔しがっているのだろう。

 また、その感覚らしきものを、ようやく先程感じた遅さに、自らの力量を恥じているのだろう。

 変に真面目なところがある後輩の頑張る姿に、武内は少し嬉しい気持ちになった。

 

「サブロー君」

「はい、タケさん」

「私達も、若いアイドルに負けないよう、頑張っていきましょう」

「――っ、はい!!」

 

 魔法使いの弟子の時計も、動いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うん! うん! やっとデビューできることになったの!」

 

 武内と陣内が先程通った道を、卯月は一時間程遅れて歩いていた。

 あの後、トレーナーや所長と抱き合ったり、思い出話に花を咲かせていたら、時間があっという間に経ってしまった。

 本来ならレッスンして帰るところだったので、いつもより帰宅が遅くなるということはない。

 でも、今日は早く帰って、一刻も早く母親にデビューの話をしたかった。

 

「これから急いで帰るね、ママ!」

 

 ただ、溢れる思いは抑えきれず、急ぎ電話で報告済だった。

 帰ったら帰ったでまたいろいろと話すことにはなるだろうけど、それは別腹ということで。

 電話を切って、立ち止まる。

 

「ふふっ、なんだか夢みたい」

 

 卯月はひとりごちる。

 先程はまでは、普通の毎日だった。

 いつもどおりの時間に起きて、寝癖だらけのもじゃもじゃ頭をセットして、登校して、授業を受けて、放課後は養成所に行って、準備運動の柔軟をして。

 そこからは、正直なところあまり覚えていなかった。

 ただ、ついにアイドルとしてデビューする事ができる、やっと夢へのスタート地点に立つことができる、それだけはハッキリと覚えていた。

 

 今日という日を忘れたくない。

 何か形にして残しておきたい。

 そう思いながら、いつもの帰り道を歩いていると、ふと花屋が卯月の視界に入った。

 今まで何度も歩いていた道なのに、初めて気付いた。

 

 

『フラワーショップ SHIBUYA』

 

 

 昔ながらの生花店、といった感じではない。

 今時の内装に仕上げながら、けれど花屋さん、という雰囲気があり、卯月はどこか親しみを感じる店構えに、立ち寄ってみることにした。

 

「こんばんはー」

 

 なんとなしに声をかけてみる。

 すると、奥で店番をしている女性、いや少女が店内に出てきた。

 

「――いらっしゃいませ」

 

 もしかしたら同年代くらいかもしれない。

 卯月はそう思いながら、とりあえず店内をいろいろ見てみよう、と花々をじっくりと見た。

 花、といえど、種類がたくさんあり、卯月は初めて見るものに思わず声が出てしまう。

 

「うわぁ……いっぱいあるんですね」

 

 これいいな、と思った花の値札を見てみる。

 

「いち、じゅう、ひゃく、せん……? こっちも、いち、じゅう、ひゃく、せん……!?」

 

 卯月は意外と高いことに驚いた。

 一般的に、高校生で花束を買うことなどないだろう。

 大人になっても、滅多に買う機会などないだろうが、実際に買うとなると、それなりのお金を財布に入れておいた方がいいことは確かだ。

 いい勉強になった、と卯月は思いながら、私にはまだ早かったかな、と苦笑い。

 

「――何か、お探しですか?」

「ひぇ!? あ、その、実は自分用のプレゼント的なものを探してまして……」

 

 その様子に、店員が声をかけてくる。

 まあ、初めて生花店に来たような女子高生が戸惑っていたら、商売人としてお節介をやきたくなるものだろう。

 卯月は戸惑いながらも、できる限りの希望を伝えてみる。

 

「今日、とても良い事があって、何か記念に残したいんです!」

「記念に残したい、ですか……少し、お待ちください」

「はいっ!」

 

 店員は卯月の希望に心当たりがあるのか、カウンター裏から、小さい箱を取り出した。

 両手に収まるくらいの、小さい箱だった。

 

「プリザーブドフラワーっていって、長く楽しめるように加工したものがあります」

「わぁっ! とっても綺麗です!」

 

 箱を開けてみると、満開の花がぎっしりと詰まっていた。

 確かに言われてみれば、生花ではない、どこか着色されたように見えた。

 

「これは何のお花なんですか?」

「アネモネです。赤いと少し哀しい花言葉なんですけど、確か……白い花は『希望・期待』っていう花言葉です」

 

 その花言葉に、卯月は、何で気持ちがわかったんですか、とでも言いたげな表情で店員を見た。

 思わず苦笑。

 

「なんとなく、そういう風に見えたので。違いました?」

「いえ! 大正解です!!」

 

 もうこれしかない、という気持ちで、卯月はアネモネのプリザーブドフラワーを購入した。

 お小遣いが結構減ってしまったけど、大事な買い物と思い、金額に糸目はつけなかった。

 とはいえ、数千円だけれども。

 

 紙袋に花を入れてもらい、店員が店頭まで見送りに来てくれた。

 

「今日は本当にありがとうございました! 私、頑張ります!!」

 

 店員に頭を下げ、卯月は帰り道を急いだ。

 残された店員は、卯月の明るさに引っ張られたのか、思わず呟いた。

 

「――うん、頑張って」

 

 店員、『フラワーショップ SHIBUYA』の看板娘、渋谷凛。

 この春、高校一年生になった彼女は、同年代に見えた先ほどのお客が眩しく見えた。

 夢がかなって、これから頑張る、そんな姿がありありと見てとれた。

 

 比べて自分はどうだ。

 やりたいことはあるのか。

 夢ってなんだ。

 夢中になれるもの、どこだ。

 

 所用から帰ってきた母親に店番を変わり、凛は自室に戻る。

 

 

 

 

 

 

 灰かぶりの時計は、まだ動かない。




アイドルを登場させると話が進みやすいですね。男二人でどう話を進めろっていうんだ……
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