シンデレラたちとサブプロデューサー(仮題)   作:マスギル

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第4話

 カタカタ、カチ、とキーボードとマウスのクリック音が、プロジェクトルームのオフィススペースに響く。

 武内、千川、陣内の三人が、黙々と事務作業をしていた。

 プロジェクト自体は、まだ正式にスタートしていない。

 けれど、スタート間近ということは決定しているので、今後の企画書の準備や、更には夏に予定しているアイドルフェスの打ち合わせ準備も行わなければならなかった。

 

 取り急ぎの目標は夏フェスの成功、そこに照準を合わせる。

 そうなると六月中までには全員をデビューさせ、各ユニットもしくはソロ活動を充実させたい。

 早いものには、ラジオ出演・TV出演・野外ライブ・イベントコンパニオン等で経験を積ませたい。

 今後のイベント開催予定は。

 アイドル部門でパーソナリティを務めている番組へのゲスト枠は空いているか。

 確認および企画を進めたいものは溢れるほどあった。

 

 しかし、まずはプロジェクトのスタートを切らなければならない。

 そのためのスカウト、そのための再選考オーディション。

 再選考オーディションは、開催日時決定、書類選考まで進んだので、よしとする。

 

 ただ、問題はスカウトだった。

 この前、スカウトした女子高生に資料を渡したのが金曜日。

 わざとだが、資料の中に名刺を入れているので、もしかしたら連絡があるかもしれない、と武内と陣内は心構えをしていた。

 そして月曜日の今日まで、連絡はなかった。

 電話も、メールも。一応FAXも。

 まあ、もちろんないですよね、というのが二人の内心ではあった。

 あの反応で数日の内に返事をよこすわけがなかった。

 しかし、諦めていないのも、また本心である。

 なぜなら、拒否の連絡もなかったからだ。

 自分のアドレスがわかってしまうので連絡しない、という線が濃厚なことは確かだが、可能性がないわけではない。

 プロデューサーというものは、無理矢理にでもポジティブな発想をする人種だった。

 

「タケさん、先日の女子高生の高校、わかりました」

「――仕事が早いですね」

 

 例の女子高生の情報ということで、武内の反応は早かった。

 

「うちのデータベース調べたら一発でしたよ。というか、近過ぎてびっくりしました。今更ですけど、あの制服、何度も見たことありますし」

「確かに、渋谷駅でよく見るものでした」

 

 そのデータベース、違法じゃないのか心配になるが、ご安心を。

 今までのスカウトのノウハウを詰め込んだデータベースの中に、どこどこの高校の夏服・冬服等の制服はこの柄、というものが記録されているのだ。

 先日のスカウトのごとく、名前もわからず去られてしまうと、その近辺をずっと張っているしかなくなってしまう。

 それはあまりにも時間のロスが大きいということで、スカウトした履歴をこつこつと収集し、データベースとなったのであった。

 なので、まったく違法ではない。

 プロデューサー達の人海戦術である。

 

「○○高校です。女子校ですね」

「目と鼻の先とは、思いませんでした」

「早速、張り込みますか?」

 

 張り込み、といっても、怪しいものではない。

 その女子校の通学路で、先日の女子高生がいないかチェックするだけだ。

 待ち伏せでもなんでもない。

 チェックするだけだ。

 いたら声をかけるけれども。

 

「そうしましょう。昼過ぎに出ます」

「了解です」

 

 時間と場所は決まった。

 あとは二手に分かれて張り込むだけだった。

 ただ、まだ時間があるので、二人は引き続き事務作業を続けた。

 

 そんな中、千川は思った。

 サブローさんはいいとして、プロデューサーさんは普通に怪しい。というか、絶対また通報されるから、近くの交番に連絡しておかないと。

 その風貌から、不審者情報として通報される事が多い武内は、何度か交番まで連行されたことがあった。

 また、その度に千川や近くにいたプロデューサーが身元保証人として迎えに行っていた。

 同じ轍を踏まない、わかっている事務員の千川であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入部届の提出期限は今週中だからなー。入りたいところがあるなら仮入部しとけよー。それじゃあ、ホームルームおわり。また明日なー」

「「「はーい」」」

 

「ねえ、ねえ! どこ入部する?」

「私はバスケ部かなぁ。中学校の時もやってたし」

「またおんなじことやるのもなー。新しいことやってみたいかも! 写真部とか!」

「ムリムリ。センス無さそうだもん」

「なにをーっ!?」

 

 同級生たちが、迫る入部届の提出期限について騒ぎ立てる。

 その様子を、先日の女子高生、渋谷凛は遠目に眺めていた。

 

 やりたいこと。

 目指すもの。

 夢。

 目標。

 

 どれも、今の自分には無いものだった。

 中学の時は帰宅部だった。

 思い返せば、ずっと前から、やりたいことは無かったのかもしれない。

 空欄のままの入部届を、凛は持て余していた。

 

「りーんっ」

「ん、どうしたの?」

「部活、決めた?」

 

 仲の良い、中学からの同級生が声をかけてくる。

 何も決まってないよ、と、凛は空欄の入部届を見せた。

 

「じゃあ、吹奏楽部に一緒に入らない? 凛、音感よかったじゃん!」

「それはカラオケの話でしょ……考えとく」

「そんなこと言ってー。また帰宅部になっちゃうの?」

 

 また、帰宅部。

 同級生の言葉がチクリと突き刺さった。

 

「それとも体育会系? 身長もあって、運動神経だって良いんだし、そっちでもいいよねー」

「私をどうしたいわけ?」

「べっつにー? ただ、凛と一緒に何かやれたら楽しいだろうなーって!」

 

 同級生の笑顔。

 そういえば、ついこの前も、こんなきらきらした笑顔を見た気がする。

 凛はその眩しさを思い出し、また、自分をそんな風に言ってくれる同級生も、眩しく見えた。

 それに、少し照れる。

 

「――やめてよ、恥ずかしいじゃん」

「おやおやー? 照れてるのかなー? かっわいいー!」

「ちょ、ちょっと! いい加減にしないと、怒るよ?」

「わあ、照れ凛が怒った~!」

 

 きゃー、なんて言いながら笑ってる同級生との掛け合いは、いつも楽しい。

 たまにこうしていじられることもあるけど、私には無いものを持っている、本当に良い友達だ。

 凛は怒った素振りをしながら、思わず微笑む。

 

「あ、やっと笑った」

「え?」

 

 先ほどとは違う、優しさのある表情で同級生が凛を見つめる。

 

「今朝から考え事してそうだったから。土日でなんかあった?」

「別に……」

 

 察し良すぎ、というかそんなに顔に出てたかな、と凛は思った。

 土日、というか金曜日の放課後になんかあった。

 スカウトされた。

 アイドルに。

 その日は頭がゴチャゴチャして何もする気はなかったけど、土曜日にスマートフォンで美城プロダクションのことを調べてみたり、渡された資料を流し読みしてみたりはした。

 日曜日、よく晴れた日だったので外出して、買い物ついでに本屋でCDショップをぶらぶらしていたら、意外とアイドル関連のグッズが多いことを知った。

 

 凛にとって、アイドルは正直よくわからなかった。

 TVで、765プロダクションってところのアイドルが凄い人気、というのは見た事がある。

 渋谷の大型テレビジョンでライブ映像が流れているのも見た事がある。

 バラエティ番組に出ていたり、ゲリラライブしているのも見た事がある。

 そんな知識しかなかったけれど、この前渡された資料を見ると、本当にいろいろなことをやるものだ、と思った。

 キャピキャピした、可愛い女の子しかいないと思っていたら、ツンと澄ました感じの女性もいたり、果てには元アナウンサー・元警察官のアイドルもいたり。

 

 ただ、全てのアイドルに共通していたのが、皆、きらきらしていて、眩しい笑顔を浮かべていた。

 夢や目標に突き進む、今を全力で楽しんでいる姿がそこにはあった。

 それを見た時、自分に湧き上がった感情をなんとも言い表せなくて、でも探したくて。

 もしかしたら、そんな感情が顔に出てしまっていたのかもしれない、と凛は表情筋を引き締めた。

 

「あ、元戻っちゃった。凛は笑ってる方が綺麗だし、可愛いよ?」

「……」

 

 何を言うのだ、この同級生は。

 

「すねちゃった?」

「すねてない」

「すねてるじゃーん」

「すねてないってば」

 

 このままだとからかい倒される。

 そう考えた凛は、帰り支度を整えた。

 

「ありゃりゃ、吹奏楽勧誘は難しくなっちゃったかな~?」

「考えとく」

 

 今日はもう帰ろう。

 それじゃあね、とカバンを肩にかけて、凛は教室を後にした。

 

 凛は下駄箱へ向かう廊下を歩きながら、なんとなしに同級生の言葉を思い返す。

 音感がいいというのは、カラオケでの評価だろう。友達と一緒にいくと、皆『上手いね』と言ってくれる。確かに、歌はちょっと自信あるかもしれない。

 身長があって、運動神経がいいというのは、まあ否定しない。特に苦手なものはないし、バレーボールなんかは結構得意だ。ダンスなんて授業もあったけど、それなりに楽しかった。

 

 歌って、ダンス。

 くっつけたくないものが、頭の中でくっついてしまった。

 

「――っ、それってアイドルじゃん」

 

 むしゃくしゃする。

 こんな時は駅近くの喫茶店で甘いカフェモカでも飲もう、と決めた凛だった。

 

 

 

 

 

 

「――で、なんでアンタと喫茶店に入っているの」

「申し訳、ありません」

 

 確かに、駅近くの喫茶店で、甘いカフェモカでも飲もう、とは思っていた。

 ただ、そこに強面の大柄な男が含まれていなかったはずだ。

 

「ご面倒をおかけしました」

「はぁ……もう、いいよ。入っちゃったものは仕方ないし」

 

 ことの始まりはなんだったか。

 

 帰ろうと駅まで歩いていたら、交差点に、金曜日にスカウトしてきた強面の男、武内がいて。

 凛を見つけた瞬間、それなりの早歩きで向かってきて。

 『少し、お話しさせて頂けませんか』と話しかけてきて。

 無視して脇を抜けようとおもったら、同級生が通りがかって『凛? その人知り合い?』と話しかけてきて。

 『私、こういうものです』といいつつ同級生に名刺渡そうとしている武内がいて。

 

 そんなことされたら、自身が芸能プロダクションのプロデューサーと話していたのが広まってしまう。

 それはまずい。

 凛はすかさず『ほら、行くよ!』と武内のジャケットの裾を引っ張って近場の喫茶店に入った。

 

 予定とは違うものの、喫茶店は喫茶店だ、ということで、凛はカフェモカを、武内はブラックを頼んでいた。

 カフェモカの甘さが気持ちを少し落ち着かせる。

 

「それで? 話があるんでしょ。えーと……プロデューサー?」

「はい。改めて、名刺だけでも」

「いらない。というか、既に持ってるから」

 

 あの、人の良さそうな顔つきの男を思い出して、凛は顔をしかめた。

 別に怒っているわけではない。

 うまくしてやられた自分に、若干いらついているだけだ。

 

「その節は、すみませんでした」

「気にしてない」

 

 あからさまに気にしている凛を見て、武内は困った様子で首に手をやった。

 ただ、こうやって話す機会を得られたことは大きい一歩だ。

 

「ありがとうございます。そういえば、資料はご覧頂けましたでしょうか?」

「見たよ。見た上で、聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「ええ、どうぞ」

 

 武内は、まさか凛から先に質問を受けるとは思わなかった。

 予想外ではあるが、アイドルに少しは興味を持ってくれたのかと思うと、喜ばしい。

 

 快諾するも、その凛は怒っているような、いや、真剣な目で武内を見た。

 

 

 

「――アンタは私の何を見て、アイドルにスカウトしたわけ?」

 

 

 

 自分がスカウトされた理由。

 凛はそれが気になっていた。

 わざわざ名刺の連絡先に連絡してまで聞くようなことではなかったが、相手から来てもらえたのだから、聞いておきたかった。

 

 実をいうと、凛はずっと落ち着かなかったのだ。

 この前、店番している時にアネモネのプリザーブドフラワーを薦めた、あの同年代くらいの少女を見てから。

 あの眩しいほどの笑顔を見てから。

 

 なんでそんな顔で笑えるの。

 何にそんな夢中になれるの。

 それは夢にみるようなものなの。

 

 アイドルって、そんな風になれるものなの。

 もし、アイドルが、そういう存在なのだとしたら、アンタは、アンタたちは、私の何に可能性を感じたの。

 

 凛にはわからなかった。

 自分がアイドルになれるというのなら、それは自分の何が根拠で。

 私の知らない、私がいるとでもいうのか。

 

 聞かせて、答えて。

 そうしたら、このもやもやした感情の正体がわかるかもしれない。

 そう思ったから。

 

 凛の真剣な目に応えるように、武内も見つめ返す。

 

 

 

「――笑顔です」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 笑顔。

 スカウト理由が、笑顔。

 いや、アンタの前で笑ったことなんてないはず。

 まさか、適当なこと言ってるんじゃないの、と凛が不機嫌そうな顔になる。

 

 だが、武内は続けた。

 

 

 

「あなたの、心からの笑顔を、見てみたいと思いましたので」

 

 

 

「――なに、それ」

 

 

 

 あなたの、心からの笑顔。

 

 

 

「ここからは私の直感ですので、気に障るようでしたら申し訳ありません」

 

 一息ついて、武内は続ける。

 

「先日、あなたを見かけた時、現状に満足していないような、今をつまらなく感じているような印象を受けました。

 同時に、夢中になれる何かを、心動かされる何かを、探しているように、感じました。

 私は、その何かに向かっている、あなたの心からの笑顔を、見たい。

 そして、その何かを、アイドルという活動の中で探してもらい、またその力になりたいと、思いましたので」

 

 

 

 夢中になれる何か、心動かされる何か。

 夢とか、目標とか。

 

 武内の言葉が、スッと凛の中に入っていく。

 予想外の理由が出てきて、けれど妙に得心がいく言葉だった。

 顔とかスタイルじゃない。

 私だけの、心からの笑顔。

 

 そうだ。

 あの、眩しくて、きらきらした笑顔を見て、私もそうなりたいと、思ってしまった。

 

 

 

 私も、そうなりたい?

 

 

 

「――っ、意味、わかんない」

 

 

 

 凛は脳裏に思い浮かんだ考えを吹き飛ばすように、カバンを抱えて喫茶店を走り去った。

 

 

 

「……」

 

 カランカラン、と入口のベルが鳴り、ドアが閉まる。

 武内は、また言葉が足りなかったのだろうか、と一人、首に手をやった。

 

 残ったブラックコーヒーを飲んで、陣内を拾って帰ろう。

 そう思った時、もう一度、入口のベルが鳴った。

 

「やっぱり、ここにいたんですね」

 

 陣内だった。

 店員にカプチーノを頼みつつ、武内の向かい、先ほどまで凛が座っていた場所に座る。

 

「連絡もせず、すみません」

「お気になさらないでください。この前の子と、話してたんですよね?」

「どうしてそれを?」

「さっき、勢い良く出ていくのが見えたので」

 

 出されたカプチーノを冷ましながら、陣内がカップに口をつける。

 ちょっと熱かったのか、顔をしかめた。

 

「タケさんに電話しても出なかったので、もしかしたら会えたのかも、と思って、この辺ぶらぶらしてたんです」

「ええ、会って、話しました」

「どうでした?」

「私から、伝えたいことは伝えられたと、思います」

 

 いつもより、暗い表情で武内が答えた。

 その様子と、走り去っていった凛という状況を鑑みて、凛が怒って出ていったわけではないということはわかった。

 もしそうだったら、武内はこんな風に言わない。

 陣内は安心した。

 

「でしたら、大丈夫だと思います」

「と、いいますと?」

「タケさんがそう言うのなら、たぶん、あの子にも伝わってますよ」

「そう、でしょうか……」

 

 まだ気にしている様子の武内を見かねて、陣内が伝票を持って席を立った。

 

「店員さん、お会計で」

「サブロー君、それは私が」

「いいんです! 今日は俺に出させてください」

 

 はいお金、とレジで精算している陣内の気遣いが、武内には嬉しかった。

 

「ありがとう、ございます」

「いつもお世話になってますから。さっ、事務所に戻って仕事仕事ー!」

 

 少し時間を置いてみよう。

 武内は、冷静になった頭で、そう決めた。

 

 

 

 

 

 

 灰かぶりは、灰かぶりであることに、ようやく気付いた。




・ちひろ、プロデューサーが通報されても大丈夫なように先行
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