シンデレラたちとサブプロデューサー(仮題)   作:マスギル

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第5話

 キュッ、キュッとグリップの効いた音が、養成所のレッスンルームに響く。

 軽快なステップ。

 仕上げにターンして、ポーズ。

 

「――っ! できました!」

 

 卯月の喜ぶ声がはじけた。

 その様子を見ていた武内と陣内は、声には出さずとも、良い顔をしながら頷いていた。

 

「プロデューサーさん、どうですかっ!?」

「良い、感じです」

「サブプロデューサーさん!」

「グッジョブ!」

「やりました! 島村卯月、頑張りました! ぶいっ!!」

 

 養成所のトレーナーと喜び合う卯月。

 この結果にたどり着くまで、様々なやり取りがあった。

 卯月へのビジネス用会話をやめたのもその一つだ。

 

 まず、卯月の苦手なステップを事前にトレーナーからヒアリング。

 そのステップを含めたトレーニング内容と、かつ更なる技術向上を目指した特別レッスンプログラム。

 先日、口頭説明での際に渡したものだ。

 トレーナー四姉妹の三女と四女が即興ではあるが作ってくれたものである。

 ほぼ毎日、卯月は放課後に養成所に通い、トレーナーの指導の元、レッスンを繰り返した。

 本来であれば、そのレッスンに武内と陣内も参加したいところだったが、毎日とはいかない。

 そこで、養成所のトレーナーに動画を撮影してもらい、陣内にメールで送信。同時に、卯月自身の感覚として苦手なところを、できる限りヒアリング。

 その動画を美城プロダクションのトレーナーに見てもらい改善点のピックアップとコツのアドバイス。

 陣内を介して、養成所と美城プロダクショントレーナーが協力しあい、充実したレッスン内容となった。

 

 

 正直なところ、武内と陣内は、卯月のダンス面を心配していたところがあるので、この結果は喜ばしいものだった。

 ボーカルとビジュアルは個性でカバーできる。

 しかし、ダンスは見栄えに大きく影響することなので、卯月の優先課題であった。

 それも、今となっては及第点レベルまで引き上げられたので、順調なスタートといえよう。

 

「それじゃあ、今日は何をしますかっ?」

 

 卯月がやる気に満ちた笑顔で問いかける。

 ただ、今できることは限られていて、武内はこう答えるしかなかった。

 

「レッスンを、お願いします」

「で、ですよね~……」

 

 わかっていたけど、一応聞いてみた卯月。

 予想通りの回答に苦笑しながら、わかりやすく肩を落とした。

 その様子に、武内と陣内はなんともいえない気持ちになる。

 少し雰囲気が悪くなったのを察して、養成所のトレーナーが声をかけた。

 

「少し、休憩入れましょうか」

「そうですね。島村さんも楽にしてください」

 

 大人たちは各々パイプ椅子を持ってきて座り、卯月は隅に置いていた私物の近くに座った。

 ただ、誰からも口を開くことなく、静かな時間が始まりそうだった。

 予定の確認でもしようか、と陣内がカバンに手をかけた時、卯月が控えめに話しかけきた。

 

「サブプロデューサーさん……後の二人は、決まりましたか?」

 

 『再選考の2名が決定後、一斉に部署配属となる予定』

 卯月は陣内の説明をよく覚えていた。

 それはもちろん、自分のアイドルデビューに関することだから、一言一句暗記したい程だった。

 再選考が終わらない限り、自分の夢への第一歩もままならない。

 卯月は気になって仕方がなかった。

 

 卯月の質問にどこまで話していいものか、陣内は迷った。

 実を言うと、この後は凛の再スカウトに繰り出す予定だった。

 先日のケンカ別れのような日から、それなりの日は置いたので、今度は二人で様子をうかがおう、と武内と朝の内に相談していた。

 どうなるかはもちろんわからないが、ダメならダメで再選考の合格枠を増やさなければならない。

 厳しいスケジュールの中、答えを出してもらわないといけなかった。

 武内の顔を見やると、黙って頷かれる。

 話しちゃっていいってことですね、と陣内は卯月の質問に答えた。

 

「再選考オーディションは書類選考が済んで、後日開催予定。あと、現在スカウト中の子が一人いる」

「スカウト、ですか?」

「そう。ただ、まだ交渉中だから、どうなるかはわからない。今日も、会いに行く予定だけどね」

 

 スカウト、という言葉にポカンとしていた卯月だったが、その後の言葉に強く惹かれたのか、勢い良く立ち上がった。

 何事かと思う武内と陣内の前に、卯月が来る。

 覚悟を決めたような表情で一言。

 

「――それ、私も行っていいですか?」

 

 想定外の質問に、今度は陣内がポカンとしてしまう。

 

「島村さんが?」

「はい!」

 

 大きな声で返事をする卯月に、いやいやそれはどうなんだろう、と陣内は思うも、悪くない気がしていた。

 武内の話を聞く限り、凛に明確な拒否はなかったみたいである。

 むしろ、迷っている印象さえ受けた。

 あと何かひと押し、と考えた際に、実際にアイドルに夢見る卯月の話を聞いてもらうのは、アリかもしれない。

 考えを整理する内に、むしろゴーだ、と結論付けた陣内は、武内に小声で相談する。

 

「(タケさん。俺は良い方向に作用すると思うんですけど、どうですか)」

「(――わかりました。それでいきましょう)」

 

 武内も良いと考えていたのか、返事が意外と早かった。

 頷いた陣内は卯月と再度向き合う。

 

「それじゃ、一緒に行こう」

「はい! 島村卯月、頑張ります!!」

 

 大きな笑みを浮かべ、卯月はガッツポーズをした。

 頼もしい限りだ、と陣内は時計を確認する。

 昼過ぎ、というには遅いが、場合によっては卯月のように放課後になっていてもおかしくはない。

 

「早速だけど準備よろしく。島村さんが着替え次第、行くよ」

「わかりました!」

 

 

 

 

 

 

「――ということがあって、先生に怒られちゃいました!」

「レッスンを頑張って頂くのはよいのですが、授業中に寝てしまうのはいけません」

「えへへ、気を付けます!」

「はい、学業との両立を目指してください」

 

 養成所から最寄り駅へ歩く。

 卯月が、学校であった話を武内に話していた。

 要はレッスンの疲労が残って授業中にうとうとしてしまい、学校の先生から問題を回答するよう名指しされたのに、寝てて答えられなくて怒られた、という話。

 それでも楽しそうに話している卯月につられて、武内も心なしかやわらいだ表情になっている。

 二人の二歩程後ろを歩いている陣内は、もしかすれば親子に見られてもおかしくないかもしれないな、とか考えていた。いや、事案かもしれない。

 

「島村さん。もうしばらくしない内にプロジェクトへ配属されることになりますが、荷物の整理等は済んでますか?」

「えと、それは、あの……す、少しずつやってます!」

「そうですか? でしたらよいのですが」

「あは、あははは……」

 

 卯月は武内の質問にあからさまに嘘をついている様子だった。

 特別レッスンの件で何度か養成所のトレーナーとやり取りしている際、卯月は結構長く養成所に在籍していたそうなので、もしかすると相当な量の荷物がたまっているのかもしれない。

 こう見えて、片付けることが苦手なのかもしれないな、と話を流し聞きしながら陣内は思った。

 

 また、武内はそういうとこをきっちりかっちりしていそう、とも思った。

 オフィススペースの武内のデスクを見ても、ホコリ一つ無いほど綺麗にされていた。

 書類もしっかり区分けされており、潔癖とは言わないけれど、性格が出ている。

 対して陣内は汚過ぎず、綺麗過ぎず、といったところだ。

 まとまってない資料もあれば、整理されている資料もある。

 ちなみに千川は大変整理されたデスクである。

 仕事のできる人間のデスク周りは、やはり違った。

 

 帰社したら一度整理しようと考えた時、卯月が声をあげる。

 

「あそこの花屋さん、良いお店なんですよ!」

 

 そう言って、少し先に見える花屋を指差した。

 

「同い年くらいの店員さんが丁寧に教えてくれて、綺麗なお花、買っちゃいました!」

「花屋さんですか。ライブの際にフラワースタンドを発注することがありますね」

「会場近くにずらーっと並んでますよね! あれも綺麗だったなー」

 

 業界あるあるで話がはずみそうになった、その時だった。

 小型犬を抱えた私服の少女が、花屋の店先に出てきた。

 

「それじゃ、行ってきます――あっ」

「この前の店員さん! お久しぶりです!」

 

 目下スカウト中の女子高生、凛だった。

 

「これからワンちゃんのお散歩ですか?」

「え、あ、はい。そうですけど……」

 

 その凛に卯月は親しげに話しかけていた。

 察するに、先ほど話題に出ていた『同い年くらいの店員さん』が、まさかの凛なのだろう。

 卯月は楽しそうにしているも、凛の表情は驚愕と困惑に染まっている。

 

「後ろの人たちとは、どういった……?」

「えっと、プロデューサーさんとサブプロデューサーさんです!」

 

 じゃーん、という擬音語がつきそうな勢いで、武内と陣内を紹介する卯月。

 その紹介された方はといえば、思わぬ関係性に戸惑いを隠せなかった。

 武内は目をパチクリとさせ、陣内はというと、若干睨みが入っている凛の視線にたまらず苦笑い。

 

「ははは……先日は、どうも」

「よく言うよ。大人ってそういうことするんだね、サブプロデューサーさん?」

「こいつは手厳しい。でも、名前を覚えてもらえたようで何より」

 

 ああ言えばこう言う。

 睨みをさらにきかせる凛の様子に、卯月は「え?ええ?」と両者を見合わせる。

 

「お知り合い、なんですか?」

「知り合いというか、今日会いたかった子が、その子」

「私は会いたくなかったけど」

 

 そう言わないでよ、といっても、今度は目すらも合わせてくれなくなった。

 コレは嫌われたかな、と陣内は思わず武内のように首の後ろに手をやった。

 

「え、えええぇぇぇ!?」

 

 卯月の驚く声が、通りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 場所を移して、近所の公園。

 卯月は凛とベンチに座っていた。

 

「可愛いワンちゃんですね!」

「あ、うん」

 

 武内と陣内はというと、離れたベンチに座っている。

 若いとはいえ、スーツを来た男性が二人揃ってベンチに座っている様子は、なんだかあやしい感じさえした。

 二人は二人で話し合っているみたいだった。

 

 誰から言われることもなく、卯月と凛はベンチに座ったものの、二人は客と花屋の店員という関係でしかなかったので、会話の糸口が見当たらなかった。

 でも、無理をいってついてきたのは卯月だったので、卯月は勇気を出して口を開いた。

 

「お名前、聞いてもいいですか?」

「えっと、ハナコだけど」

「ハナコちゃんっていうんですね! 私、島村卯月っていいます! あの時は、お花選んでくれてありがとうございました! ハナコちゃん!」

「あ、いや、ハナコは犬の名前で」

 

 犬と人の名前を間違えるとは、恥ずかしい。

 卯月は赤面し、穴があったら埋まりたい気持ちになった。

 

「ご、ごめんなさい! あぅ……恥ずかしい~」

「ふふっ、ふふふっ」

 

 ただ、その様子があまりにも面白かったので、凛は思わず笑ってしまう。

 凛が笑ってくれたので、卯月は若干恥ずかしさが緩和された。

 

「凛」

「え?」

「渋谷凛。それが私の名前」

「はいっ、よろしくです! 渋谷さん!」

「凛でいいよ」

「じゃあ……よろしくね、凛ちゃん」

「うん、よろしく。えっと」

「卯月って呼んでください!」

「うん、卯月」

 

 自然と、自己紹介することができた二人。

 一度しか出会ってないのに、なんだか話しやすさを感じていた。

 ただ、よろしくといっても、今後どういう付き合いになるかは、卯月にかかっているといっても過言ではなかった。

 

「「……」」

 

 どう話せばいいのか、何を話したくてここまでついてきたのか。

 卯月は自らのそのままの気持ちを話したいと思った。

 

「凛ちゃんは」

「ん?」

「凛ちゃんには、夢ってありますか?」

 

 卯月の問いかけに、凛は答えられなかった。

 でも卯月にはそれでもよかった。

 

「私には、あります。ずっと、小さな頃から、アイドルになりたかったんです」

「アイドル……」

「はい。綺麗な衣装を着れて、きらきらしたステージに立てて、お姫様みたいで!」

 

 あんな風に、と指差したオーロラビジョンには、元モデルアイドルの高垣楓が映っていた。

 確かに、高垣楓はCMで見ても綺麗だし、その気持ちはわからなくもないかな、と凛が思った瞬間、被写体は上田鈴帆に変わる。

 完全なるバラエティアイドル、バラドルの姿に二人は少しの間、言葉を無くした。

 

「正直、どんなお仕事がアイドルの仕事なのか、わかりません。さっきの高垣楓さんみたいに化粧品のCMモデルになることもあれば、上田鈴帆ちゃんみたいにバラエティに多く出ることもあるんだろうなーって思ってます」

 

 ちょっとバラエティは苦手ですけど、と卯月はこぼした。

 

「でも、夢なんです。養成所に入って、同じ研究生の子たちとレッスンを受けながら、ずっと待ってました。アイドルに、きらきらした何かになれる日が、きっと私にも来るんだって。そうだったらいいなって、ずっと思ってて」

 

 凛は、卯月の言葉の節々に諦めのような感情を、少し感じていた。

 ずっと、ずっと待っていて、もう諦めそうだった。

 話し方も、そんな感じだった。

 

「そうしたら、プロデューサーさん達が、声をかけてくれたんです」

 

 でも、ここから明るい声に変わった。

 あの二人が話に出てきた瞬間。

 

「あの人達が……」

「はい! 『アイドルとしてデビューしませんか?』って、待っていた言葉を、かけてくれたんです」

 

 待ちに待った、そういう感情が卯月の声ににじみ出る。

 

「でも、最近は、それだとダメだなって思って」

「それって?」

「待つだけじゃ、夢は夢のままなんです。アイドルデビューの話が出て、強く感じました。こんなんじゃダメだって、もっと頑張らないと、きらきらできないって」

 

 夢。

 目標。

 夢中になれる何か。

 心動かされる何か。

 

 卯月は、それがアイドルだった。

 そのために養成所に入って、レッスンを受けた。

 いつか、自分もアイドルみたいにきらきらした何かになりたい。

 そう思って、毎日を過ごしてきた。

 

 でも、その夢はいつまで経っても叶わない。

 段々と、卯月には自信がなくなってきた。

 本当に自分は、きらきらした何かになれるんだろうか。

 きらきらできる何かを、私は持っているんだろうか。

 私のきらきらって何だろう。

 受けるオーディション全てに落ちていく中、卯月の気持ちもそれに沿うように落ちていった。

 

 それでも卯月は諦めなかった。

 諦めず、持ち前の笑顔を武器にシンデレラプロジェクトのオーディションに参加した。

 そう、自分の武器は笑顔と頑張るって気持ち。

 誰でもできる、誰でも持っているものだけど、これで勝負するしかない。

 

 結果は不合格。

 またか、という気持ちと、いつも思ってしまう、諦めようかな、という気持ち。

 やはり落ち込むものは落ち込むが、卯月はそれでも諦めず、這い上がってきた。

 空元気でも、元気は元気、卯月はレッスンに励んだ。

 最近になって間近で見た、美城プロダクションのライブ写真を見て。

 いつか、私も。

 

 そんなある日、武内と陣内が養成所に来て、シンデレラプロジェクトへの欠員補充の合格を伝えられた。

 とんでもなく嬉しかった。

 落ち着いた時に、とても気になっていた再選考理由を聞いた。

 

 笑顔だった。

 卯月自身の、卯月だけの、笑顔が理由だった。

 

「プロデューサーさん達は、私の選考理由を『あなただけの、あなたにしかない、笑顔』と教えてくれました。それが私の、きらきらできる何かです」

 

 卯月は確信した。

 私のきらきらできる何かは、笑顔だ。

 誰でもできるものだけど、その中でも私にしかない、笑顔なんだ、と。

 

 

 

「プロデューサーさん達は、他にもいっぱいきらきらした皆の中から、私を見つけてくれました」

 

 

 

 卯月はベンチから立ち上がり、地面に散らばった桜の花弁を一枚拾う。

 まるでプロデューサー達が卯月を見つけたように。

 

 

 

「私は、きっとこれから、夢を叶えられるんだなって、思いました。そうしたら、もっと頑張らなきゃって」

 

 

 

 その花びらを自分のように思い。

 

 

 

「だって、もっと、きらきらしたいから!」

 

 

 

 満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「――っ!!」

 

 

 

 凛は、その瞬間、自身に走った衝撃のようなものに、目を見開いた。

 

 そう、この笑顔だ。

 卯月が花を買いに来た時。

 同級生が凛と一緒に何かやりたいと言った時。

 画面の向こうで、街のどこかでアイドルが浮かべている笑顔。

 何かに夢中になっている笑顔。

 

 目の前の卯月は、アイドルという夢に、夢中になっていた。

 ただ夢見るだけではなく、夢を夢じゃなくするために、努力していた。

 夢が叶いそうになっても、その更なる向こうを追い求めて、走り続けていた。

 いや、走っていた。

 

 比べて自分はどうだ。

 夢もない。

 目標もない。

 やりたいこともない。

 走ることもなく、歩くこともなく。

 ただ、毎日を過ごしていた。

 

 日向にいる卯月。

 日陰にいる自分。

 

 遠いものだと思っていた眩しい何かが、すぐ目の前にいた。

 自分には届かない、縁のないものだと思っていた、きらきらした何かが、そこにあった。

 

 もし、手を伸ばせば、足を踏み出せば、自分もそうなれるかもしれない。

 今までの待っている自分ではない、きらきらした何かに。

 

 

 

 私も、そうなりたい。

 

 

 

 体が勝手に、日向に向かって、卯月に向かって手を伸ばしていた。

 

 

 

「――あっ」

 

 不意に、卯月が声をあげる。

 視線の先を見ると、リードを握っていたはずの手が伸びており、犬のハナコが飛び出していったところだった。

 

「ハナコ!」

 

 凛は声をかけるも、ハナコは駆けていく。

 でも、それもすぐに止まった。

 いつの間にか近くまで来ていた武内と陣内に、ハナコは向かっていたのだった。

 武内がリードを掴み、追いかけてきた凛に渡す。

 

「ありがと……」

「どう、いたしまして」

 

 以前のように、食ってかかる様子もなく、凛は素直にお礼を言った。

 その様子と、凛の後ろで微笑みかけてくる卯月を見て、武内は口を開いた。

 

 

 

 

「――もし、あなたが夢中になれる何かを探しているのなら、一度踏み込んでみませんか」

 

 

 

 凛の揺れる目を、見つめて。

 

 

 

「そこにはきっと、別の世界が広がっています」

 

 

 

 考え込んでいる様子の凛を見て、武内はもう伝えることはない、と思った。

 あとは彼女自身の気持ちだけだ。

 陣内に頷き、撤収することを伝える。

 

「島村さん、カバン」

「あっ、はい!」

 

 陣内は卯月に声をかけ、ベンチに置いたままのカバンを取りに行かせた。

 

「スカウトの話を受けて頂けるのであれば、明日の一五時頃、この前の喫茶店までお越しください」

 

 プロジェクトの正式スタートまであまり時間をかけられない。

 凛の気持ちが冷めないよう、武内は期限を明日までとした。

 さきほど、陣内とベンチで相談していたことだった。

 

「明日、お待ちしております。それではここで、失礼します。お邪魔しました」

 

 卯月がカバンを取って戻ってきたので、それに合わせて武内と陣内は公園を後にする。

 卯月も追いかけるも、最後に凛に振り返って一言。

 

 

 

「凛ちゃん、またね!」

 

 そう言って、卯月は公園を去った。

 

 

 

「――うん、また」

 

 どこか晴れやかな顔をして、凛は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渋谷のとある喫茶店。

 奥のテーブルに武内と陣内、卯月が座っている。

 武内はブラック、陣内はカプチーノ、卯月はミルクティーを頼んでいた。

 

「凛ちゃん、まだ来ませんね……」

「島村さん落ち着きなさ過ぎ。まだ一五時ちょっと過ぎなんだからさ」

「は、はい」

 

 そわそわしながら喫茶店の入口を何度も見ている卯月。

 見かねて、陣内が声をかけるも、卯月は落ち着かない様子で、ずずず、とミルクティーをすする。

 対して武内と陣内は落ち着いていた。

 というか、もうこれ以上、手の打ちようがないので、後は天に任せている気持ちであった。

 

「プロデューサーさん」

「なんでしょうか」

「ここのコーヒー、美味しいですね」

「そうですね。チェーン店には無い味と香りです」

「美城カフェとどっちが好きですか」

「あちらもよく利用してますが、甲乙つけがたい、といったところでしょうか」

「なるほど。じゃあ店員さんではどっちですか」

「あの、どういうことでしょうか」

「どっちの店員さんが好みかなって。ここの女子大生っぽい子と、安部菜々さん」

「ノーコメントでお願いします」

 

 終始こんな感じであった。

 黙ったと思ったら、ぼそっと会話を始める。

 そして、また静かになり、コーヒーを口にはこぶ。

 

「う~っ、なんでプロデューサーさん達はそんなに落ち着いてるんですか! 一五時過ぎちゃってますよ~!?」

「なんでって言われても、待つしかないからさ」

「それに一五時”頃”ですので、まだ許容範囲です」

 

 そう言われて卯月は腕時計を見ると、針は一五時十分となっていた。

 

「落ち着かないのはわかるけど、少しは自信持ってもいいと思うよ」

「自信って、何の自信ですか?」

「昨日話したこと。島村さんの夢、話したんでしょ?」

「はい……でも、今思い返すと、言ってることめちゃくちゃだった気がします……」

 

 落ち着きがないと思ったら、今度は落ち込む卯月。

 忙しない子だなー、と思いながら、陣内はフォローする。

 

「それは気にしなくて大丈夫じゃないかな。本気で夢を語ったってことが大事だよ」

「そうでしょうか……」

「そうなんです。ですよね? プロデューサーさん」

「はい。きっと伝わってると思います」

 

 武内がフォローしても、それでも卯月は気落ちしていた。

 ふと窓に目をやった陣内がほくそ笑む。

 

「それに、俺とプロデューサーさんの見立てでは、そろそろ来るんじゃないかな」

「えっ!? ど、どういうことですか!?」

 

 

 

 カランカランと入口のベルが鳴る。

 パッと卯月が振り返ったそこには。

 

 

 

「――渋谷凛、一五歳。よろしくお願いします」

 

 

 

 凛が立っていた。

 

「凛ちゃん!! 来てくれたんですね!」

「うん。改めてよろしくね、卯月」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 卯月に手を取られながら挨拶されるも、満更でもない様子の凛。

 はにかみながら卯月と話した後、若干ぶっきらぼうに武内と陣内の方を見やる。

 

「それで、アンタ達が私のプロデューサー?」

「はい。これから、よろしくお願いします」

 

 武内は頷きながら、しっかり凛の目を見ながら答えた。

 続いて陣内も声をかける。

 

「よろしく、渋谷さん」

「しっかりプロデュースしてよね」

「もちろん」

 

 陣内は、強めに言う凛にも、にこやかに対応した。

 皮肉を込めて言ったのに、普通に返されては言った方がなんだか悔しい。

 凛はいつかぎゃふんと言わせてやる、と思いながら席についた。

 

 

 

 灰かぶりは、灰かぶり達となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、次の方、お願いします」

 

 

 

「はい! 四番、本田未央です! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 灰かぶりが、また一人。




・卯月は片付けるのが苦手エピソード「NO MAKE」より
・ウサミン風評被害
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