シンデレラたちとサブプロデューサー(仮題)   作:マスギル

9 / 11
第8話

『プリンセスプロジェクト』

 

 それまで映画や音楽での芸能関係には明るかった美城プロダクションが、アイドル業界へ踏み入り、その地位を確固たるものとした一大プロジェクト。

 元々の資金力もさることながら、人材も秀でていた。

 今ではトップアイドルといっていいほどのアイドルが何名も所属しており、美城プロダクションの稼ぎ頭の一つといえる。

 

『Happy Princess Live』

 

 そのプリンセスプロジェクト所属のアイドルによる春ライブ。

 川島瑞樹、城ヶ崎美嘉、日野茜、佐久間まゆ、小日向美穂が出演し、本番三ヶ月前にチケットは売り切れていた。

 

『TOKIMEKIエスカレート』

 

 城ヶ崎美嘉の代表曲。

 この曲のバックダンサーとして選ばれた島村卯月、渋谷凛、本田未央。

 

 今日は、そのための初練習の日だった。

 

「――で、前川さん。その手に持っている玩具はなんなのかな?」

「いや、これはその、にゃんていうか」

「俺には『長方形の木製ブロックを積み上げて、それが崩れないように一本ずつブロックを抜いていくもの』に見えるんだけど、もし違う用途があったら教えてほしいなー」

「にゃは、にゃははは……」

 

 レッスンルームにて。

 みくは手にもっているソレを背に隠しながら、乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。

 無論、それで陣内はごまかされなどしない。

 

「はい、没収」

「ニャー!? みくのジェン「それ以上言ったら本気で怒るよ」……はい、すいません」

「帰り際にオフィススペースまで寄りなさい。そうしたら返してあげる」

「う゛っ……これ絶対ネチネチと怒られるやつだにゃ」

「それが嫌ならこんなのレッスンルームに持ってくるんじゃないよ。プロジェクトルームなら文句言わないのに」

 

 別にプロジェクトルームで遊ぶためのもので、その程度のものだったら問題無かった。

 息抜きにもなるし、レクリエーションとして十二分のものだろう。

 ただ、それをレッスンの場に持ち込むのはいけない。

 

「で、なんでこんなもの持ってきたの。前川さん、真剣にアイドル目指して頑張る人だと思ってたんだけど?」

「そ、それは勝負するためだにゃ」

「勝負って、誰と、何を?」

「うぅ……卯月ちゃんたちと、美嘉ちゃんのバックダンサー役をかけてにゃ!」

「……」

「無言で冷たい目を向けるにゃー!」

 

 シャー、と威嚇する様子はまるで猫。

 ただ、あくまで猫耳カチューシャをつけたみくなので、何も恐ろしくはないし、言うに事欠いてそんなことだとは、陣内も冷めた目を向けるほかなかった。

 

「あの、サブローさん! みくちゃんは悪気があってこんなことしてるわけじゃないんです!」

「そ、そうなんです! みくちゃんは待機期間も自主練したりしてたから……」

「かな子ちゃん、智絵里ちゃん……」

 

 みくと同じく、今日レッスン予定のかな子と智絵里がフォローする。

 その様子に呆れたように陣内は肩をすくめた。

 

「三村さん、緒方さん、それはもちろんわかってる。アイドルへの姿勢とか、そういったものが一番しっかりしてそうなのが前川さんだと思ってるよ」

「サブPちゃん……」

「だからこそ、こんな手段を取ることが残念で仕方がない」

「うぐっ」

「でも確かに、ぽっと出の補充組にいきなり大役が回されるなんて、あんまり納得いかないか」

「別に、そこまで思ってにゃいけど……」

「ただ、厳しいことを言うけど、運も実力の内ってやつだ。運が無いから実力が無いとは言わないけどね。今回は、ちょうどあの三人が城ヶ崎美嘉の目に入っただけで、タイミングが違えば、その役目は前川さん、三村さん、緒方さんだったかもしれない」

「私がいきなり本番かぁ……できるかなぁ?」

「ほ、本番……私なんかが出ていいんでしょうか」

「大丈夫。ちゃんとレッスンしていれば、皆できる。緒方さんも、ね」

 

 グッ、と陣内はサムズアップする。

 それを見て、智絵里は若干緊張が抜けたようだった。

 

「だから、そのタイミングでベストパフォーマンスを発揮できるよう、日々のレッスンを頑張りましょうねって話。オッケー?」

「もちろん、わかってるつもりにゃ」

「なら、真面目にレッスンを頑張ろう。むしろ、次の大役は自分がもぎ取るぐらいの気持ちでね!」

「うぅ……みくもやってやるにゃーっ!!」

「その意気だ! 三村さんと緒方さんも、一緒に頑張ろう!」

「「はい!」」

 

 士気も高まり、レッスン頑張ろう、と声を上げたところで、レッスンルームの扉が開く。

 

「おはようございます!」

「あれ、サブちゃん早いね! プロデューサーは?」

「みくにかな子に智絵里……どうしたの?」

 

 今日のメインである美嘉のバックダンサーを勤める、卯月、凛、未央が入ってきた。

 凛は予想外の人物が気になるようだった。

 

「おはよう、三人とも。プロデューサーさんは後で来るよ。前川さん達は、君達の補欠兼普通のレッスン」

「補欠、か」

「いや、補欠どころか、君達以上の出来栄えになって、バックダンサー役に躍り出るかもしれないなー」

「そうにゃ! おちおちしてると、足元すくってやるにゃ!」

 

 陣内に煽りに、みくが仁王立ち。

 先ほどの勢いそのままに、腕組みまでしている。

 

 もちろん、そんな風に言われて黙っている凛でもない。

 

「ふーん。言うね。でも、選ばれたからには全力でやるよ」

「凛ちゃんの言う通りです! 負けません!」

「スタートダッシュで突き放しちゃうよ!」

 

 卯月と未央も凛に続く。

 対照的に、かな子と智絵里は鼻息荒いみくの後ろで様子をうかがうことしかできなかった。

 というか、勝負ではない。

 

「よーし、皆その意気だ。それじゃ、ベテトレさんが来る前に復習しよう。渡したDVDで振り付けは覚えてきたよね?」

「一応、覚えてきましたけどぉ……」

「あ、あんまり自信はありません」

「とりあえずはオッケー。自主練しようにも、こういうルームじゃないと振り付けの確認とか難しいからね。精度はレッスンの時にキッチリ上げていこう」

 

 陣内はリモコンでプロジェクターを起動させ、城ヶ崎美嘉のライブDVDをセットする。

 今回踊るのは『TOKIMEKIエスカレート』。

 過去のバックダンサーの振り付けを基礎に、メンバーには全体的に覚えてもらってきていた。

 三つのパートに分かれているものの、基本的には美嘉の振り付けでカバーできる。

 

「まずは思い出しってことで通しで見るよ。体動かしたいと思うから、自由に広がって」

 

 そう言って再生ボタンを押す。

 

 各人、真剣な表情で映像を見つめる。

 卯月と未央は実際に踊りながらの方がイメージをつかみやすいのか、ところどころでステップを踏んでいた。

 

「――とまあ、こんなもんかな。それじゃ、早速レッスンといこうか」

 

 一曲通して映像を流した後、陣内は目線で入口の方に合図した。

 入ってきたのは武内とベテラントレーナー、城ヶ崎美嘉だった。

 

「ベテトレさん、おはようございます。すいません、待ってもらっちゃって」

「ああ、問題ない。ちゃんと予習している最中だったんだ、邪魔する事はないさ」

「おっはよー、サブロー!」

「おはようございます、城ヶ崎さん。本日はよろしくお願いします」

「うん、任せて! ビシバシ指導してくから、覚悟しといてね~?」

「「「はい! よろしくお願いします!」」」

 

 いたずらっ子のような笑みで、おどしをかける美嘉に、シンデレラプロジェクトのアイドル候補生達が元気よく返事をする。

 その様子に、美嘉は気持ちの良い笑顔を浮かべた。

 

「やる気満々って感じだねっ。もう本番が楽しみだよ!」

「それではレッスンを始める。まずは城ヶ崎、本物を見せてやれ」

「あれ、まずは合わせるんじゃないの?」

「それも考えたが、さっきの様子を見る限り、だいたいはわかっているみたいだからな。だったら完成形を見させたほうが後が捗る」

「なるほど~!」

 

 美嘉が立ち上がり、始まりのポーズを取る。

 そのタイミングでベテラントレーナーが音楽を流し始めた。

 

 軽快な音楽と共にステップを踏む。

 手と体を使って『T』『O』『K』『I』『M』『E』『K』『I』のアルファベットを表現。

 前奏のすぐ後、サビへと入り場を大きく盛り上げる。

 

 そこまで激しい動きはないが、全身を大きく使う事が多いので、ステージ映えする曲だ。

 また、美嘉自身のビジュアルも目を引き、まさしく城ヶ崎美嘉の曲といえる。

 乙女の恋心をポップに歌い上げ、若い女性にも人気だった。

 

 もちろん、この場にいるアイドル候補生達も例外ではなかった。

 恋心というものが未だよくわからないものでも、その気持ちを歌詞として表すメロディと、可愛らしいダンス。

 アイドルを目指すものとして、もちろん何度も見返したもの。

 それが目の前にあり、本物が踊っている。

 正直、技術面を盗むとか以前に、感動が大きかった。

 

「――っ、と。こんな感じかな?」

「相変わらず、お前は優等生だな。特に言うことがなくてつまらん」

「それって褒めてるの?」

「当たり前だろう。いくらソロ曲だといっても、少しはボロが出るものだ。それを見せずにこなすのだから、こんなに教え甲斐のない生徒はいないな。なあ、プロデューサー?」

「ええ、相変わらず素晴らしいですね」

「そ、そこまで言われると照れるんだけど……ありがとっ」

 

 正面から褒められて恥ずかしながらも嬉しくなる美嘉。

 ただ、他の面子はまだ感動から復活できていなかった。

 

「す、すごいです!! なんかすごいものを見ちゃいました!!」

「これが、アイドル……」

「くぅ~っ、アイドルってやっぱりすごい!! これから、ミカ姉って呼ばせてもらいます!」

「ミ、ミカ姉って、アッチの人たちじゃないんだから……」

 

 感動する卯月。放心する凛。思わず舎弟になる未央。

 これから自分達が一緒に踊ることになるというのに、それを棚に置いていた。

 

 武内の隣でベテラントレーナーは「ったく……」などとボヤいているが、いい刺激だと思っていた。

 今までは憧れが先行していただろうが、今は目の前に憧れがいる・ある状況だ。

 ゴールが見えていれば、がぜんやる気が湧き上がるというもの。

 先輩アイドルに追いつけ追い越せの気持ちをプロジェクトメンバーには持ってほしかった。

 

「おい、そろそろ合わせてみるぞ! 城ヶ崎、まずはお前が指導してみろ」

「あれ、トレーナーさんは?」

「足りないところを指導してやる。これも経験だと思ってやってみろ」

「オッケー! じゃあ、ここはババーンと指導しちゃうよ!」

 

 その後、美嘉による指導が続いた。

 まずは全体での合わせから、三つのパート分け、パート練習となった。

 美嘉とベテラントレーナーが順番に回りながら、甘いところを指摘していく。

 基礎レッスンとは違うステップに最初は戸惑いがちだったが、そこはアイドルを目指すもの、慣れるのにそこまで時間はかからなかった。

 ただ、細かいところの意識が全然だったので、そこを指導陣は容赦なく直していく。

 

 その間、武内と陣内は壁に沿うようにして小さく話し合っていた。

 

「タケさん、なんとかなりそうですね」

「ええ。千川さんの用意してくれた細かい資料が役立ちました」

「振り付け表とか過去映像とか、今度のライブ会場のレビューまですぐに用意してくれましたからね」

「さすが千川さんです。後でお礼を言いにいきましょう」

「お供します」

 

 先日、今西やアイドル候補生達を帰してから、シンデレラプロジェクトの社員三人は膝突き合わせて対策を練っていた。

 いかにしてライブを成功させつつ、アイドル達の経験値となるか、ということ。

 

 まずはライブの成功、これが第一だった。

 そのためのダンスの振り付け表と過去映像。

 アイドルやバックダンサーのための振り付け表や過去映像は美城プロダクションのデータベースに保存してあるとのことで、千川が冊子とDVDですぐに用意してくれた。

 それを早期に卯月達へ渡しておくことで効率的な予習を行うことができる。

 

 また、経験値として、補欠メンバーを加えさせてもらっていた。

 今回、ステージ初体験の者だけなので、万が一の時に備えて、ということで、みく・かな子・智絵里もレッスンに同席させてもらうよう、武内が交渉した。

 その補欠三人もステージ初体験だが、控えがいることは悪いことではない。

 美嘉の担当プロデューサーが細かいことを気にしないことも功を奏し、追加で三人もレッスンできることになった。

 

「あと、以前ご報告しましたが、やはりあの三人は相性いいですね」

「島村さん達のことでしょうか」

「はい。属性としてもバランスがいいですし、能力も誰か突出していることもありません」

「『ニューウェーブ』の再来、ですね。前向きに検討します。前川さん達はどうですか?」

「悪くはないと思います。ただ、前川さんが目立って三村さんと緒方さんが隠れてしまうのがなんともって感じです」

「その通りですね。三村さんと緒方さんは息が合っているので、目立たずに引っ張っていける人物となると……」

「あ、レッスン終わりそうですよ」

 

 いつの間にか二人は随分と話し込んでいたようで、レッスンは佳境だった。

 最後の全体での合わせ、そのラストが丁度終わった。

 

「よし、今日はこれまで! 城ヶ崎は次の仕事があるだろうが、何かあるか?」

「うーん、特にないかな。ところどころで言われたところ、次回までに直すこと!」

「「「はい!!」」」

「確かに、その通りだな。各自、復習とクールダウンをしておくように!」

「それじゃ、まったねー!」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 美嘉は次の仕事が、ベテラントレーナーは次のレッスンがあるため、レッスンルームを出ていった。

 残されたアイドル候補生達は途端に緊張が解け、疲労が出たのか、尻もちをつく者もいれば、膝に手をついてつらそうにしている者もいた。

 

「こ、これは結構大変ですね……」

「うん、甘く見てたかも」

「踊りながら笑顔、できるかなー」

「正直、自信ないにゃ」

「はぁ、はぁ、はぁ……もう、体動きません~」

「た、体力つけなきゃ……」

 

 死屍累々といった様子だ。

 武内と陣内がスポーツドリンクを渡していくも、受け取ることすら大変そうだった。

 

「レッスンとは別に、体力作りもした方がいいんですかねー」

「走り込み、とかでしょうか。それよりも、レッスンで体を動かすことはエアロビクスに似ているものがありますから、レッスンを多くこなした方がいいかと思われます」

「え゛っ、もっとレッスンするの?」

「本田さん、そのアイドルらしからぬ声やめて。まあ、日々レッスンして体に覚え込ませるしかないんだけどね」

「レッスン嫌いじゃないんですけど、これだけとなると、大変ですね……」

 

 いつもは明るい未央と卯月の声にも元気がない。

 それだけ体を酷使したということだろう。

 凛も涼し気な表情をしつつも、額には汗を浮かばせている。

 

 補欠組のみく達はもっと酷い。

 みくは横になってピクリとも動かず、かな子は壁に寄りかかってまるで屍のようだ。智絵里はうつむいたまま肩を大きく上下させていた。

 

「(とりあえず今日のレッスンは切り上げて、プロジェクトルームで復習しましょうか?)」

「(ええ、そうしましょう。これ以上はパフォーマンスが下がります)」

 

 こうして、美嘉との初レッスンが終わった。

 

 この後、プロジェクトルームで他のメンバーと一緒に、撮影していたレッスン内容を振り返ることになったのだが、レッスンしていたメンバーの顔に生気は無く、他のメンバーはその内容に顔を青くするものもいた。

 

 アイドルになるって、大変。

 

 彼女達は改めて認識した。

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 バックダンサー組以外は基礎レッスンを積む中、武内達は今度のライブ会場の下見に来ていた。

 今頃、陣内はトレーナーと一緒に熱い指導をしていることだろう。

 

 武内は会場の駐車場に車を駐め、一度外へ出る。

 

「ここが今度のライブ会場です」

「おっきいです!」

「いきなりこんなところでやるんだ」

「ステージデビューには、まぁまぁかな?」

 

 未央の調子に乗った発言は置いておき、武内は説明を続けた。

 

「三層バルコニー形式で、席数は二千四百あります。イメージするのは難しいと思うので、早速中に入りましょう」

 

 正面入口から入り、総合管理センターにて用件を伝える。

 今度のライブの関係者ということで、特別に中を見せてもらえることになっていた。

 

 ちなみにこの手配も千川が済ましていた。

 どこまで顔が広いのだろうか、武内と陣内は非常に助けられていた。

 

 中二階からホールに入ると、そこには大きなステージが広がっていた。

 その前にはたくさんの座席が設置されている。

 

「これが二千四百席……想像してたのより、ずっと多くて広いです」

「ここが満員になるの?」

「ええ、チケットは売り切れています」

「すごい……本当アイドルってすごい!!」

「ステージにあがる許可も得ておりますので、いきましょう」

 

 舞台袖の階段からステージへあがる。

 そこからの景色は、座席からのものとはまったく違っていた。

 

「「「……」」」

 

 圧巻。

 

 例え空席だろうと、そこが全部埋まったとしたら、とんでもないということが、三人にはわかった。

 わかってしまった。

 

 今度、自分達はここで、城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして、ステージに立つ。

 

「――っ」

 

 卯月は幻視する。

 ファン達が様々な色のサイリウムを一斉に振っているのを。

 

 凛は幻聴を聞く。

 ファン達が大声でコールを叫んでいるのを。

 

 未央は幻覚を覚える。

 ファン達の熱気、そして大きなBGMによりステージが揺れるのを。

 

 

 

――パンッ

 

 

 

 手が叩かれた音で、三人は意識を取り戻す。

 音の原因を見ると、武内が手を合わせていた。

 

「みなさん、感じられたでしょうか」

 

 何を、とは言わない。

 言わずとも、三人はそれをわかっており、頷く。

 

「これがステージです。ここで、みなさんは城ヶ崎美嘉さんのバックダンサーとして、踊ります」

 

 改めての事実が三人にのしかかる。

 

 その場の流れで、拒否とか関係なく請け負ってしまった仕事。

 決めたのはプロデューサーだが、意見することができなかったわけではない。

 

 あまりに簡単に決まってしまったことに疑念を持った凛でさえ、その仕事の重さにまで意識はいかなかった。

 卯月と未央は、プレッシャーはあれども、ライブへの期待感しか持っていなかった。

 現実は甘くないというのに。

 

「今更になってしまいますが、本当にやりますか?」

 

 武内の言葉が悪魔の囁きに聞こえる。

 

「辞退しても構いません。補欠組のどなたかを充てますので」

 

 このライブ、出なくてもいい。

 怖かったらやめてしまえばいい。

 

 幸いにも、補欠はいる。

 自分がいなくても、代わりはいる。

 

 耳心地のいい、響きだった。

 

「「「……」」」

 

 誰も口を開けなかった。

 

 正直、甘く見ていた。

 オーディションに合格して、スカウトされて、この世界に入った。

 きらきらした何かを目指して、レッスンに励むも、現実は厳しい。

 

 体が思うように動かない。

 練習したはずのステップを失敗する。

 顔がひきつる。

 

 これに加えて歌うなんて、自分にできるだろうか。

 

 つらい。

 

 楽しくないわけではないが、疲労は彼女達の体に着実に溜まっていた。

 

 

 

「――ただ、私としては、みなさんに挑戦して頂きたいと思っています」

 

 

 

 武内の言葉に、うつむきがちだった顔を上げる卯月達。

 

「みなさんがレッスンで必死になっている姿を、私は見ています。島村さん」

「は、はいっ」

「お母様から、毎日DVDを再生していること、おうかがいしております」

「ママ……」

 

「渋谷さん。毎晩、近所の公園で練習していること、お父様よりおうかがいしております」

「父さん……」

 

「本田さん。その日撮影したレッスンをいつも見返していると、弟さんが仰ってました」

「あのバカ……」

 

 武内は、様子うかがいのために各家庭へ電話していた。

 様子はどうでしょうか、落ち込んでいたりしないでしょうか、と。

 

 親がいれば親に、未央は弟だったけれども、やはり家族、よく見ていた。

 前より楽しそうにしています、疲れてはいるみたいですけど充実していそうです、姉ちゃん変わったよ。

 

 各自レッスンの復習だけでなく、自主練も行っていた。

 それだけ、今回のライブに関して必死で取り組んでいた。

 

「サブロー君は、城ヶ崎さんとベテラントレーナーさんにレッスンの度に反省点をヒアリングしています」

 

 陣内はそのヒアリング事項を武内と共有し、指導に活かしていた。

 

「千川さんはレッスンルーム時間の調整や、ベテラントレーナーさんの確保のために動いています」

 

 千川は、より良い指導を受けるためにベテラントレーナーのスケジュールを確認・調整し、なるべく顔を出してもらえるようにレッスンルームの予約等を行っていた。

 

「私達は、あなた達が大きく羽ばたくために、全力でフォローします。後は、みなさんの気持ち次第です」

 

 

 

「本当に、やりますか?」

 

 

 

 卯月・凛・未央はお互い頷き合う。

 

 ステージに立ってすぐは、圧倒されていた。

 プロデューサーに改めて意思確認をされて、心が揺れ動いた。

 

 でも、頑張っていることを、周りの人は知っていた。

 そして応援してくれていた。

 

 そのことを理解した時、覚悟は決まった。

 

 

 

「「「やりますっ!!」」」

 

 

 

「――いい、表情です」

 

 

 

 

 

 

 灰かぶりはシンデレラとなる覚悟を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サブローの部屋』

 

 ここは迷えるアイドル達が、その悩みを打ち明ける部屋(オフィススペース)。

 お相手するのは、そう、サブプロデューサー。

 果たして今日のアイドルは。

 

「多田李衣菜です。って、コレなんですか?」

「個人面談」

「個人面談? なにするんですか?」

「お悩み相談みたいなこと」

「私、特に悩み事ないんですけど」

「多田さんに関しては、主にプロデューサー側に悩みがあります」

「え、えぇ!? どういうことですか!?」

 

 思わぬ言葉に李衣菜は動揺する。

 何か悩ませるようなことは一切していないはず、と。

 

 その割に、陣内の表情は浮かないものだった。

 

「あなたのプロデュース方針について、我々は大きく悩んでおります」

「プ、プロデュース方針?」

「ええ、そうです。私達シンデレラプロジェクトは個性を尊重する方向で進んでおります。それはご存知ですよね?」

「も、もちろん! というか、サブローさん敬語やめてほしいんですけど」

「うん、わかった。で、話を戻すけど、多田さんの個性についてね」

「私の個性……ロックなところですね!!」

 

 

 

「そう、ソレっ!!」

「っ!?」

 

 

 

 急に大きな声を出す陣内。

 李衣菜は思わず座りながら飛び上がってしまう。

 

 それには触れず、陣内は勢いそのままに話し始めた。

 

「ロック! ロックって何!?」

「え? ロ、ロックっていうのは……えーと……」

「多田さんの履歴書見たよ……『目指すはクールでロックなアイドル』……クールはまあ、置いといて」

「置いとくんですか!?」

「置いとこうよ……だってそこまで追求しちゃうと長くなるからさ」

「長くなるってなんですか!? ちゃんとクールな感じ出してるじゃないですか!」

「主にどこらへんに!?」

「え、お、主にって言われても……ヘッドホンを欠かさないところとか、斜に構えてる感じとか? ロックですよね!」

「前から言おうと思ってたけど、それはコミュニケーション能力に難アリだよ! 人が話してる時はヘッドホン外そうよ!」

「す、すいません」

「あと、全体的にクールじゃない! むしろキュート寄りのパッションだから!」

「キュートとパッションってなんですか!?」

「属性だよ! うちのアイドルは特別なプロジェクトに配属されない限り、だいたい三属性のプロジェクトに配属されてるの! 売り込み方とかだいぶ変わってくるから!」

「それで私がキュートだのパッションだの言うんですか!? 信じられません!」

「動揺してる時とか普通の可愛い女子高生だけど!?」

「か、可愛いって、いきなり何言うんですか」

「ほらキュートだ!」

「キュートって言わないでください! 恥ずかしいじゃないですか!」

 

 顔を少し赤く染めながら、もじもじとする様は可愛らしい。

 いつもはヘッドホンを耳にかけてリズムに乗るのが常なのに、こういった一面もある。

 そのあたりがまさしくキュートプロジェクトらしさを表している。

 

 ただ、クールプロジェクトに可愛らしいアイドルがいないという話でもない。

 その配属の決定は事業部長や役員に任されているので、たまに「絶対キュートプロジェクトだろ!」というクールアイドルもいる。

 

「こうなると思ったから、クールは置いとこうって言ったんだよ」

「……まだ納得してないですけど、まあ置いておきましょう」

「助かる。で、多田さん。ロックですよ、ロック」

「うっ……」

「正直、最初の『ロックって何』に答えなくてもいいよ。そう簡単に言い表せるものじゃないと思うし」

「そ、そうですよね!」

「でも、多田さんの思うロックについて知らないと、こっちもどんな仕事取ってくればいいのかわからないから、まずはどんな曲が好きなのか教えてほしい。いろいろ有名所はあると思うから、メジャーなものでもマイナーなものでもいいよ」

「ゆ、有名所!? えっと、そうですねー、どうしようかなー、いろいろあるからなー」

 

 あはは、と冷や汗を浮かばせながら考える様子の李衣菜。

 

 よっぽどのお人好しじゃない限り、わかる。

 これは何もわかってないな、と。

 

「――多田さん」

「は、はい!」

「なにも責めようってわけじゃないから、落ち着いて。今から言うバンド名で聞いたことがあるものがあったら教えて。ビートルズ、ローリングストーンズ、クイーン、オアシス、コールドプレイ、キラーズ……」

 

 その後も何組か挙げるも、李衣菜の反応は薄かった。

 

「オッケー、わかった。正直に聞くけど、あんまり詳しくないね?」

「……」

「答えたくないならいいよ。それに、ロックっていうのは生き様でもある」

「生き様……?」

「聞いたことない? 『なんてロックな生き方なんだ』『あの人ロックだなぁ』って」

「あ、あります!」

「あるよね。そこには『反社会的』って意味もあったりするけど、総じて『カッコイイ』って思わない?」

「思います!!」

 

 少し気落ちしていたさっきまでとは打って変わって、身を乗り出して同意する李衣菜。

 

 なるほど、彼女はこういうロックか。

 陣内はようやくわかってきた。

 

「じゃあさ、なんで『カッコイイ』んだと思う?」

「なんでなんだろ……なんか楽しそうだし、輝いてる感じ?」

「お、いいね。じゃあ、なんで楽しそうで、輝いてるんだろ?」

 

 どんどんと李衣菜のロック感を掘り下げていく。

 それはなんで、どうしてそう思ったのか、考えたのか。

 その底に、答えがある。

 

「うーん……好きだから、とか」

「それはもちろんあるよね。他には?」

「えーと……」

 

 考える。

 

 考える。

 

 考える。

 

「あっ!?」

 

 閃いた。

 

 

 

「やりたいことやってるから!!」

 

 

 

 思わず席を立つ。

 今日一番の、というか、今までで一番の笑顔で李衣菜は言葉を発した。

 

 陣内はそれに頷く。

 

「それが、多田さんの『ロック』なんだろうね」

「――へ?」

 

 ポカンと呆然する李衣菜。

 

「正解とか、間違いとか、ないんですか?」

「そんなものないよ。学校のテストじゃないんだから」

「ええぇぇ!?」

「なにをそんなに驚くのさ……そもそも『ロックって何』に答えられなかったから、聞いたんだよ」

「そりゃ、そうですけど……」

「で、答えが出た、と」

「答え、ですか?」

 

 さっき自分が何と言ったのか、閃きの勢いで忘れてしまったのだろうか。

 まったくこの子は、と若干あきれながらも、陣内は頬を緩ませた。

 

「『やりたいことをやる』のが、多田さんの『ロック』なんでしょ? それが『楽しそうで』『輝いてて』『カッコイイ』。そういう風に感じてもらえるようで、クールなアイドルを目指してる、と」

「あ……」

「『ロック』は人が決めることじゃない。その人自身が決めるものって聞くし」

 

 ようやく意味が飲み込めたようだ。

 今まで漠然としていたものを、言語化したことで、現実感が出てきた。

 

「まあ、今のはあくまでザックリと表現しただけだから。多分、もっとしっかりした何かが、多田さんの中にはあると思うよ」

「サブローさん……」

「とはいえ、まだ仕事はあんまりないから、選り好みしないでいろいろやっていかなきゃいけないんだけど」

 

 そこは申し訳ない、と謝る陣内に、李衣菜も肩の力が抜けたようだ。

 

 キュートに憤ったり、冷や汗かいたり、落ち込んだり。

 いろいろあったけど、自分の中の柱について、見直すことができた良い機会だった。

 李衣菜はそう思えた。

 

「サブローさん、ありがとうございました!」

「とんでもない。俺は多田さんの気持ちの棚卸しを手伝っただけだよ」

「棚卸し?」

「あー、まあ、整理って意味で」

「なるほど!」

「あと、蒸し返すようで悪いんだけど、ロックジャンルの曲、好きなんだよね? ちなみにさっき上げたバンドはUKロック」

「う゛っ……好き、なんですけど、いろいろあってよくわかんないんですよね……」

「いつか音楽関係でも活動したいよね?」

「それはもちろん!」

「そう言うと思って、今日はある方に来て頂いてます」

 

 ちょっと待ってね、と陣内はオフィススペースの扉を開けて、更にはプロジェクトルームの外に声をかけた。

 李衣菜は落ち着かない様子で席に座っていると、そのある方という人物が近づいてきた。

 

 

 

「よう。アタシは夏樹、木村夏樹ってんだ。なんだかよくわかんないけど、ロック好きなんだろ? よろしくな」

 

 

 

 木村夏樹。

 パッションプロジェクト所属のロックなアイドル。

 アップヘアと男っぽい口調が女性ファンをも惹きつけ、男女から人気だ。

 アイドルらしくないといえばそうなのだが、それでも人気があるのは、ひとえに彼女が魅力あふれる『ロック』を表現しているからだろう。

 

 あまり特定のバンドとか詳しくない李衣菜でも、夏樹のことは知っていた。

 アイドルなのにロック。

 自分と同じ夢を目指していると感じていた。

 

 そんな人物が、目の前にいて、握手を求めていた。

 

「えっと、あの、多田李衣菜、です」

「なにかたくなってんのさ! 同じもんが好きなもの同士、仲良くしようぜ?」

「は、はい!」

 

 夏樹の手を握り返す李衣菜。

 その表情は少しニヤけており、ミーハーな部分が表れている。

 

「で、木村さんはこの後オフだっていうから、一緒にCDショップとか見てきたら?」

「え、いいんですか!?」

「アタシは問題ないよ。新譜も気になるしね」

「だってさ。ほら、準備しておいで」

「わかりました! すぐ戻ります!!」

 

 ドタバタと勢い良く李衣菜がプロジェクトルームを出ていった。

 その様子に苦笑する夏樹。

 

「アンタのところは暇しそうにないな? サブローさん」

 

 久しぶり。

 そんな様子で夏樹は陣内に話しかける。

 

「そうでしょ? 毎日忙しいけど、楽しいね」

「それはアタシ達のところにいた時よりもか?」

「比べられるものじゃないよ。木村さん達とライブハウスツアーした時の様な楽しさは、他じゃ味わえないから」

「相変わらず食えない人だ。久しぶりに声掛けられたと思ったらコレだからな」

「あれ、嫌だった?」

「全然。面白いやつ紹介してもらえて、むしろお礼言いたいくらいさ」

「そいつは結構。いろいろ話して、刺激しあってほしいね」

「おや、最近のアタシの曲に刺激がないって言いたいのかい?」

「いやまったく。……このくらいで勘弁してくれない?」

「仕方ないな。今度、飯でも奢ってくれたらいいぜ」

「負けたよ。お好きにどうぞ」

「よっし、オッケーだな? じゃ、拓海と里奈にも声掛けとくから」

「ちょ、それは聞いてないよ!?」

 

 夏樹にツッコミながら、陣内は懐かしい気持ちになる。

 パッションプロジェクトのあるプロデューサーのアシスタントについた際に、夏樹や向井拓海、藤本里奈とは知り合った。

 彼女らの接しやすい性格も合わさって、先ほどのようにご飯をたかられたり、ふざけ合うような間柄になった。

 

 そんな雰囲気を夏樹も察したようだった。

 

「なんだかこうしてると、懐かしいな」

「そんなに前のことでもないけどね」

「こういう時は話を合わせるもんだと思わないかい?」

「あえて外してみました」

「よし、お店のグレードアップな」

「あー、仕事が溜まって忙しい。全然聞こえないなー」

 

 都合の悪いことは聞こえないフリ。

 子どもっぽい陣内に夏樹は苦笑する。

 

 そんなこんなで話している内に、李衣菜の準備が終わったみたいだった。

 息も荒いままにオフィススペース入口にいた。

 

「はあっ、はあっ、準備、できました!」

「別にアタシは逃げないのに、忙しいね」

「へへっ」

 

 なんだか可愛い後輩分ができたようだ。

 夏樹はあまり経験のない気持ちになりながら、プロジェクトルームを後にする。

 

 と、部屋を出る寸前に陣内へ一言。

 

「じゃ、また今度な!」

「多田さんのこと、よろしくね」

 

 返事の代わりにサムズアップ。

 

 夏樹を見送り、陣内はライブ会場の下見から戻ってくる武内達のために資料をまとめ始めた。

 

 

 

 




・すげえよミカは
・??「プロデューサーさん! ドームですよ、ドーム!」
・??の部屋

アニメ前半ではすかした感じの李衣菜に、早めにロックに目覚めてもらいました。
正直、態度悪いと思っていたので、大人として注意する人間がいてもいいかな、と思いました。
研修でいろいろなプロジェクトを経験しているサブプロデューサーだからこそ、他所のアイドルを紹介できるといった利点を活かしつつ。

こんな感じで原作から物語を動かしていく予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。