「んーと、なるほどねぇ」
椅子の背もたれを引いてドカッと座る。少し、というか周りの人にとってはかなり多く書類やらプリントやらが散乱している机に、今朝集めた『おふねひき 制作参加表』と書かれた紙を置く。
紙といっても、提出用に指定されたところを切って出している。極端な長方形で、形はさながら短冊のよう。
「おお、今年はなかなか集まりましたね」
横から声がかかる。隣の席に座る阿波先生だ。
しっかりとした声からは、体育の先生というイメージが裏付けされていると感じる。
「そうですね。9人。去年なんかは……、確か二年生が3人だけでしたもんね」
横を向き、背もたれに寄っかかりながら苦笑いになる。
去年も大塚は二年の担任をしていたのだが、この制作の手伝いに名乗りを上げたのは3人。そして一年はゼロ。
大体は予想通りだったし、何十人も来られても逆に困るので問題は無かった。けれど、今年は今まででナンバーワンの参加者だった。3人が妥当だった去年、笑えてくる。
「今年は海っ子の影響もあるかもですねぇ」
「はっはっは。その通りだな。体育でも最近やっと仲良くなってきたと感じます」
阿波は愉快そうに笑いながら、自分の仕事を進めていく。ボールペンを難なく爽快に動かす。
「そうなんですか。まったく、最初はどうなるかと思いましたが、それなら安心ですわ」
初日に起きたもめ事。後日その時の様子をクラスの女子が伝えに来た。また隆広たちか……、と新学期早々ガックリきたが、そこら辺は生徒に頑張ってもらおうということにしていた。
それが今となっては仲が良くなっている。それは朗報だ。とりあえず悩みの一つが解決して体が少し軽くなった気がした。後は……。
「大塚先生。うちのクラスでも2人参加しますよ」
自分の思考を止め、声がかけられた方向を向く。そこには一年の担任をしている女性の先生が、参加表と思われる紙を2枚ヒラヒラさせながら立っていた。
「おお、本当ですか!」
「こりゃたまげましたな」
2人揃って何故かその紙に視線が行った。この学校のレコードがさらに塗り替えられた瞬間であった。
「にしても、一年生から出るのは珍しいですな。大体二年生が出るというイメージでした」
阿波の意見に大塚も頷く。特に人間関係には問題ないが、こういう自主参加の行事は二年がだいたいの割合を占めていたのだ。これに関しては、何年かに1人出るかどうかと言われていたほど。
「とりあえず、今年は安泰だ。実行委員の方たちも喜ぶでしょう」
立ち上がり、手を伸ばして一年の担任から参加表を貰う。11枚の紙を並べ、専用の紙に氏名を書き写していく。
書きながら大塚は自分がこの事に不思議と嬉しさだけではないと気づく。目の前にある紙。一年も二年も授業を受け持っているので、書いてある名前からすぐに生徒の顔が浮かんだ。
そして、この感覚の正体は意外な結果が生むものだと結論づける。
おそらく参加するだろうと思っていた生徒が参加せず、参加するとは思っていなかった生徒が参加していた。
「んで、早速明日からおふねひきの作業が放課後に始まる。参加表を提出した生徒はジャージを持ってくるように。集合場所は玄関前だ」
大塚が教卓に手をついて話す。窓を開けても解決しない蒸し暑さで長袖をまくっている。
「時間は記載の通りだ。では、終わり」
決まったフレーズで帰りのホームルームを終える。里実が起立の声をかけて皆が立ち上がる。そして礼の声で皆が合っているようで合ってない"さようなら"が教室に広がる。
椅子を机の上に上げて後ろに動かし始める。無論、めんどくささが故に上げずに動かす生徒もいれば、そもそも動かさずに颯爽と教室を立ち去る生徒もいる。
今週の教室清掃当番がしょうがなく引きずって動かす。
「いよいよ明日からかー」
学校からの帰り道なのに、澄澪がまるで遠足気分のようだ。それを見て沙月は苦笑いをこぼす。
「澄澪ってば、何だか楽しそうね」
「だってさ、前まで見てたものを私たちが手伝えると思うと何だか嬉しくて、楽しくて」
おふねひきを彼ら五人は地上に出て見たことがあった。その時に見ることができたおじょしさまの木像の精巧さ、船に立つ男たちが歌う『おふねひきのうた』の体が痺れるほどの歌声。小さい頃の彼らに衝撃を与えるものには充分だった。
それを澄澪は今でも覚えているのだ。それに参加できるだけで嬉しさが出てくるとなると、実行委員が長年受け継いで行ってきた甲斐があるというものだろう。
「それにしてもさ、お前は何で参加しねーんだよ」
航大は眉をひそめて海遥の肩に手をかける。顔が極限まで近づいて、海遥は顔を逆に遠ざけようとする。
「別に俺のかってだろ。義務じゃない」
「けどさー、洋斗も参加したんだぞ」
肩に回してない方の手の親指で後ろにいる洋斗を指さす。
とりあえず、で参加する人が手を上げたが洋斗は上げていなかった。
それは親の許可が出ていなかったので、その時判断できなかったのだ。彼自身、そう簡単にこういうものに許可を出すような親じゃないとわかっていた。
その夜に相談したところ、少し話し合ったが許しを貰った。洋斗も少し驚くほどだったが、感謝してはんこを紙に押してもらった。
「洋斗が参加するからって、俺もっていうことにはならない」
「で、でもさ。そんなに仲良くしようとしないと、みんなと友達になれないまま卒業しちゃうよ?」
頑なに拒否する海遥に沙月も心配をしている。誰が見ても孤独の方へと逸れていくのを放っておけない。
そろそろ海へと入る場所の手前で航大の腕を振り払う。その様子から少し苛立ちがうかがえた。洋斗以外が目を見開き、驚きとほんのちょっぴりの恐怖を感じた。
「だからさ、俺がどうしようと俺の勝手だろ?」
顔だけ後ろを向く。目はいつもより細くなり、声からも苛立ちを読み取れる。が、彼の視界に映ったものを見てすぐにハッとする。
「お前らがしたいようにすればいい。俺はいなくてもいいんだよ。……俺は、お前らが楽しそうなら、それだけでいい」
刹那、目線をそらして申し訳なさそうに言う。
そのまま歩き出し、海へと飛び込む。
「お、おい」
後を追うように航大と澄澪が続けて海へと飛び込む。
それに続いて洋斗が飛び込もうとしたが、立ったまま動かない沙月に気づいて、止まる。
「……沙月?」
少し俯いたままの状態で、何だか今にも泣きそうな表情な沙月を見て、洋斗は首をかしげる。
「……え、あ、ううん。何でも無い」
パッと表情は変わるが、ぎこちない笑顔だった。洋斗の横を通り抜けて海に入る。
「……」
洋斗は少しだけ波紋を生み出したところを眺めて、自分も海に入った。
「お前もやるとはね」
「一樹だって、面倒だって言ってやらないかと思ってた」
こちらも帰り道。一樹に大生、里実と茉紀。それに加えて今日は幹大と隆広もいた。隆広が足で前に進む自転車の後ろに幹大が座っている。
「まったくだぜ。一樹はいつになくやる気だね。……って、もしかして俺はデキる男子をアピールしたいのかい?」
隆広がニヤニヤしながら一樹にいつもの冗談を放り投げる。
だが、その冗談は一樹にとっては自分の心を見透かされた一球のように感じられて、内心驚く。でも、隠しきれておらず、変な声が出た。
「ち、違うって。ただ、貢献したっていうか、さ」
「はは、俺と同じだ」
笑いながら幹大が片足のかかとで自転車の後輪あたりをつつく。彼は最近少し雰囲気が変わったと一樹は感じていたが、この笑い方は相変わらずのものだ。
「それこそ隆広がデキる男アピールでしょ?」
大生がさりげなく冗談を投げつける。
「ハハハ、そうだよよくわかったね大生クン。僕の圧倒的活躍にみんなは圧倒的感謝するだろうさ」
「それでさ、気合いを入れるために隆広は体育着じゃなくて、パンツ一丁でしょ?」
「ハハハ、そうさ。僕のこの圧倒的ナイスボディを……」
「えー、キモーい」
「キモいです」
特にこれといった感情を出さないまま大生が冗談を投げて、それを"圧倒的"というワードを使いたいのかわからないが、それでボケ返す隆広。そこにキモいを2発投げる2人の女子。
キモいとかやめろよ、と隆広が笑いながらもツッコむ。それで一同も笑う。
彼らは足を進めてそれぞれの家へと向かう。
こんな生活が、笑いの絶えない日々が、あればそれでいい。
でも、それが永遠に続くとはない。それは誰もが気づいている。
だからこそ、この瞬間を楽しみ、噛みしめる。
そう、楽しむのだ。躊躇してはいけないのだ。出し惜しみなんてせず、笑い合うのだ。
だって、そうだろ?いつこの日々が終わるなんて誰にもわからない。
それが、すぐ先にまで来ていることさえも。
この投稿が今年最後になります。
この作品を執筆開始してもう二ヶ月を超え、まもなく三ヶ月。凪あす3周年を記念して作った僕の空想凪あすワールド。まだまだ続けますよ。
少々出しすぎかな、と思うほど書いている海遥の馴れ合おうとしない行動。そして、誰が誰を好きになっているか、などなどは来年から後々わかってくるでしょう。
ではでは、この作品をほんの少しでも気になったという方は、これからも彼らの青春をお見守りください。
良いお年を。