凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第十六話 引き金

次の日。放課後というのに休み時間と同じくらい騒がしい。流石に蝉の五月蠅さには敵わないが。

 

「よし、これで全て完成だ」

 

「よっしゃあ!!」

 

美術室では生徒11人と教師2人が互いに喜びを分かち合っていた。ついにおじょしさまの製作が完了したのだ。他の道具等も彼らが準備する範囲のものも終わった。校庭が見える窓を背にして、木製のおじょしさまが固まって見ている人たちを見据える。

 

「いや、今年も無事完成したな。しかも歴代最多人数での製作だからか、かなり完成度は高いな」

 

大塚は腕を組みながら目の前のおじょしさまのじっくりと見る。

 

おじょしさまの顔の部分は大生の父が手がけたのだが、それ以外は生徒たちが作った。大生が指揮してほとんどトラブルもなく進められた。作業をしていくうちに男子組はノコギリの使い方は勿論のこと、ヤスリを使った仕上げ作業などもつたなさはどこかに行ってしまい、皆美術の技術点は満点と言っても過言ではないほどになった。

 

「じゃあ頑張ったってことで、大塚先生のおごりで何か食おうぜ」

 

「あ、それいいね」

 

いつものごとく幹大と隆広が調子に乗る。

 

「いやいや、そうしたいのも山々なんだが……金無いわ」

 

「嘘つけ!そこそこ稼いでるから大丈夫だろ」

 

「別に女がいるわけじゃないだろ」

 

この人数に何か奢るとなると大塚も気が引けた。それを構わず幹大たちは言いたい放題である。教師という職に就いてはいるが、かなり稼ぎのいいものではないのだ。

 

 

「こうなったら何が何でも海遥を参加させたいな、おふねひきに」

 

唐突に航大が口を開く。その目はおじょしさまを見つめて腕を組んでいる。おちゃらけた意見ではなく、本気のようだ。

 

「人によっては単なる年に一回やる行事に過ぎないかもしれないけど、俺たちにとってはそうじゃない。陸と、海とで手を取り合って協力して。俺らはみんな同じ人間なんだ。だから……俺らにとっては大切なことなんだ」

 

みんなの視線を集めながらおじょしさまの前に出てくる。自分の中ではわかっている。ちゃんとそこにある気持ちをいざ口に出してみようとすると難しい。なんとか絞りだそうと、そうもがくようにしている航大を見て一樹は笑った。

 

「だからこそ、海遥だけ外れてっと何かスッキリしねぇ。これじゃあいつだけが悪いやつになっちまってる。それをまずみんなにはわかっててほしいし……えっと」

 

「わかってるよ」

 

一樹は航大に声をかけて前に出る。わかっているんだ。彼ら4人から十分に伝わった。"仲間を思う優しさ"を、彼らの思いや行動から。だから航大がうまく口に出せなくてもいい。もう知っているから。

 

「おふねひきには全員参加する。勿論、海遥も。それでやっと俺ら陸と、航大たち海が本当の仲間になる」

 

きっと、これは皆が思っていることなのだろう。どこかでまだあと1ピースが欠けていた。それがなくてもそれなりに完成されていた。

 

それでも未完成なのだ。少しずつ忘れてしまっている最後のピースを埋めるときが来たのだ。海遥を、こちらに引き入れるのだ。

 

「あいつは俺らで何とかして参加させる」

 

「わかった。……別におじょしさま製作に参加しなかったからって、おふねひきに参加できないわけじゃないだろ?」

 

「そこは問題ない」

 

あくまで確認という体での質問は大塚が答えた。彼も海遥が参加することに賛成していた。果那ノ海の宮司の息子である海遥は、当初は参加するだろうと思っていたからだ。

 

 

おふねひきには自主参加できる。これは白風中の生徒の特権なのだが、例年のおじょしさま製作人数の少なさからほとんど大人がやっていた。だが今年はどうやら多くの生徒が参加し、それはまるで若い者へと引き継ぐ世代交代の場にもなると、大塚は確信していた。

 

「後はお前らの頑張り次第だ。海遥をどうやって連れてくるか、だ」

 

本人は海の5人の中で唯一参加しなかった。自分の意志を持って、どこか陸の人間との関わりを避けている。それをそう説得できるか、なかなか難しいものだが、航大たちの目にはそれを可能にしてみせるという気持ちが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、海遥」

 

今日は何だか一段と声が大きい。海遥がいつものように集合場所に到着すると、航大が腕を組んで仁王立ちしていた。視線は迷うことなく海遥に向けられている。

 

何かしたかな、と思い当たることはないか脳内整理したが、見当が付かない。まさか、()()()()に気づかれたのかと思ったが、それの可能性も薄いだろう。

 

「お、おう。みんなおはよう」

 

「突然なんだがな海遥。昨日でおじょしさまの製作は終わった」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「俺たちが頑張った甲斐があってな、良いできあがりだ」

 

「それは良かったな」

 

「……で、だ」

 

まさに言葉通りの突然の話。自分自身からみたら心底どうでもいい話だ。参加してもないおじょしさま製作の近況を話されてもどうしようもない。けれど、航大が何かしら俺に言いたいことがあるから、こんな回りくどい仕方をしているのだろう。

 

「今日はおじょしさまを別の場所に移動させるから、それを手伝ってほしい」

 

「……俺が?」

 

勿論そうだとも、という風に航大は首を縦に振る。

 

「他に手伝える人はいないのか」

 

「いない。だからお前に頼んでるんだよ」

 

まぁ、そう言われればそうなるのか。けれどあの人数で運ぶのに大変な量なのか。そんなに多いならどっかでトラックでも持ってきて積んだ方がはやいのでは……。

 

「……学校から遠いのか」

 

「うーん、別に遠くは無いと思うけど、近くはないかな」

 

どうにも曖昧な回答だな、と直感で思った。自分としては、やはり気が引ける。そんなにめんどくさそうなことはしたくはないが……。

 

「とにかく!みはっちゃん1人でも増えたらそれで助かるの。お願い」

 

「い、移動するだけだから。ね?」

 

「そう、だから、やってくんねぇか?」

 

澄澪と沙月からもお願いされてしまった。3人揃って俺の前で頭を下げられてしまっては断るのも悪い。答に少し迷っていると、洋斗は違って壁に寄っかかっていた。こちらの視線に気がつくと、一瞬複雑そうな表情になって顔を背けてしまった。

 

 

「……わかったよ」

 

その言葉に反応して3人は同時に頭を上げた。表情からは純粋な嬉しさが窺えた。いったい、そんなに嬉しいことなのだろうか。

 

 

今日は俺も放課後に残ることになって、白風中へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日最後の授業の終わりをベルが告げる。挨拶が終わってホームルームが行われた後、作業開始となった。

 

俺は初めて放課後の美術室に入った。航大たちに連れられて入った先には、彼らの渾身の作品が迎え入れてくれた。

 

これをみんなでこの期間で仕上げたと思うと、驚きを隠せない。ここに来る途中で航大が自慢話のように話していたが、こういう作業に慣れている藍住や、それ以前のみんなの頑張りの運だ結果だろう。

 

俺らよりも早く来ていた里浦たちと目が合った。俺の姿を見るや全員一致の驚きの表情。まぁ、ろくに接してこなかった人物が来たのだ、無理もない。

 

「よっしゃ、早速始めるぞ。おじょしさまは流石に危ないから、この後来るトラックに乗せるからなー」

 

俺らが入ってきたドアから大塚先生が登場する。手には今日の予定等が書き込まれているのだろうか、A4サイズの紙を持っている。

 

「他の作った置物とかはリアカーに乗っけて運ぶぞ。今隆広と幹大が何台か持ってくるから、他のみんなは乗せて紐で止めてくれ」

 

ひとまずの指示を出した大塚は美術室を後にする。彼も鳴門たちを手伝うのだろう。

 

「とりあえず出入り口の近くによせとこうぜ」

 

航大がすぐに動き、今後の作業をしやすいようにおじょしさまを動かそうとする。それに何人かが加わっておじょしさまを外へと出られるドア付近まで押す。どうやら下に平台車を入れているようだ。

 

その他のものもそのドア付近まで持ってくる。俺はとりあえず澄澪たちと一緒に行動した。言うまでも無く、こうすれば楽だからだ。

 

皆の作業はてきぱきとこなされていた。流石と言える手際の良さで荷物を外に出して乗せる。おじょしさまはうまいこと傾ければドアから出すとこができた。他のものもリアカーに乗っける。そして落ちないようにと紐で固定した。

 

「よし、乗せ終わったな。それじゃ漁協近くの倉庫に持ってくぞ。昨日渡した地図を参考にしてくれ」

 

一通り乗せ終わった後は、これを指定された場所に持って行くようだ。何人かがポケットから折りたたまれた紙を出して見ている。

 

大塚先生はおじょしさまを乗せたトラックに乗り込み、一足先に学校を出る。俺らも3、4人くらいでリアカーを引いていくことになる。

 

美術室から外に出ると案外校門から距離はそんなにない。鳴門、撫養、松茂、それと名前の知らない1年女子が一番先に出る。その次に里浦、藍住、これまた知らない1年女子が続き、俺ら5人が最後に出る。さすがに5人という人数だからリアカーの重さはたいしたことは無い。

 

校門を出てから坂を下り、俺らが登下校する道へと出る。海風を受けながらリアカーを進める。少し前にはリアカーを引く白風の生徒。彼らと共に行動する俺ら。

 

どうにも、言い表せない気持ちが、心の中を泳ぐ。最初は仲良くなんてできるはずないって思っていたのに。俺は勿論、こいつらだって……けれど。そんなことはなかった。

 

ただ、彼らは楽しそうだった。自分らが作ったものが祭で使われる。それについて笑いながら話していた。息の合った協力でものごとをこなす姿を、俺は呆然と見ることしかできなかった。そんな姿を見てしまったら、俺だって……。

 

「なぁ、海遥」

 

前でリアカーの持ち手を握っている航大が話しかけてきた。目線はそのまま前を見ている。

 

「みんな、良いやつなんだ。みんな個性があってさ、話してるだけで楽しい」

 

わかってるよ。そう、叫びたかった。

 

「俺も、お前も、澄澪も沙月も洋斗も。一樹や大生たちと同じ人間なんだ。胞衣があるかないかだけで、みんな同じ。みんな仲間」

 

自然と俺はリアカーの荷台部分をより強く握っている。

 

「だから、協力しあっておじょしさまを完成することができた。……だけどな、俺たちはまだ100%じゃないんだ。やっぱり、お前がいないとダメだよ。海遥がいてこそ、今の俺らなんだ」

 

俺らが陸に上がってくるポイントを通過してさらに歩く。そんなときに聞いた航大の台詞は、ハッキリ言って似合わないと思った。

 

「海遥はみんなを避けるよな、絡みにくい、うーんと……そんなやつだなんて思われたくない。海遥は俺らが口をそろえて断言できる、良いやつなんだって。だからさ……」

 

やはり、か。そんな気はしていた。結局のところ、今日の移動作業は元々のメンバー11人で十分足りている。それなのに何故俺を助っ人として呼んだか。

 

それはきっと俺は彼らを避けているから、その何らかの誤解を解くために俺を呼んだ。そして航大たちも彼らと仲良い姿を見せることで、俺をこの輪の中に入れよとしているのだ。航大たちがいるんだから、俺も心配せずに入れるんだ、と。

 

「おふねひき、お前も参加してくれないか?海の人間として、陸の人間と手を取り合って、おふねひきを成功させようぜ」

 

海と陸が手を取り合って、か。本当に航大らしくない言葉だ。ただ単にフィーリングなんて言葉を使うのかと思っていた。それだけ、真剣なんだろう。

 

俺は、航大の背中から視線を他の3人に移す。洋斗は相変わらずの無愛想だったが、澄澪と沙月は笑顔で頷く。

 

とっても、嬉しかった。俺を、こんな俺を、ここまでして心配してくれる。必要としてくれている。仲間として受け入れてくれる。涙もろい性格だったのならここで号泣ものだろう。

 

もう俺はこの問いに、はい、と言いたい。けれど、それでも、俺は頷けない。俺は、()()()()()()()()()……。

 

 

すると、どこからか音が聞こえてきた。それはリアカーの生み出す音でも、車が通る音でもない。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と。リズミカルな音が微かに聞こえる。そして、それは近づいてくる。

 

「お、ひっさびさに見るなー」

 

先頭を歩く鳴門が懐かしむように言う。俺らが歩くのは横は海が広がっているが、反対は作が張られている。その先には土で一段上に盛られてある。それには砂利がまかれ、細長いブロックが等間隔に置かれている。その上に、鉄のレールが敷かれている。そこを通るのは勿論ひとつしかない。

 

列車だ。

 

 

 

海遥たちの横を過ぎていく。だが、その時海遥の耳には何も入ってこない。突然音量をありったけ下げて無音状態にしたような。その代わりに、彼の目には、()()()が蘇った。

 

 

『これ好きなんだもん!』

 

 

『これからが楽しみだわ』

 

 

『それでねー、私は――――』

 

 

『三十代女性、意識レベル低下――――』

 

 

『大丈夫ですか?聞こえますか?』

 

 

『あぁ、ぁぁぁ』

 

 

『海…………遥』

 

 

 

 

「うえええぇぇぇ!」

 

過去を呼び覚ますように、それらが溢れ出るように感じる、吐き気。

 

思わず膝から崩れ落ち、すぐ近くの手すりにつかまる。何も胃の中のものは出てこない嘔吐。体が震えて、立ち上がることすらできない。

 

それに加えて、今度は騒音の激しいところに放り投げられたかのような感覚。激しい耳鳴りがする。近くに航大たちが駆け寄ってきているのはわかるが、何を言っているかは聞こえない。

 

いやな汗が出てくる。目からも涙がこぼれ落ち、ただ必死に手で口を覆う。

 

どうにもできなくて、無我夢中になんとか体に力を入れて、手すりをつかんで立ち上がる。

 

そして彼らをおいて、俺はそのまま海に飛び込んだ。

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