凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第十八話 近づくほど離れていく

「俺だよ」

 

海遥の声は普段と変わらない様子で、この事態を冷静に受け止めているように見える。神社から出て航大たちを避けて汐帆と大人たちの前まで歩いて止まった。

 

「な、なんで」

 

「なんでってお前、これは掟だ。海の人間が陸の人間と恋に落ちてはならないんだ。もしそうなってしまったのなら、果那ノ海から追放される。知っているんだろ?なら、止めさせるだけだ」

 

困惑を隠しきれない航大に海遥は当然のことを教えるように返す。その言葉は、しかし航大たちを振り返って発してはいない。

 

「汐帆ちゃんを説得させて、その男との関係を絶つ。そうすればここから追放されない。一件落着だ」

 

「何が一件落着だ!」

 

航大が前へ飛び出し、海遥をこちらに向かせて両襟をつかむ。

 

「勝手に二人を離して、それでいいのか!?汐帆ちゃんの気持ちなんてどうでもいいのか!?」

 

「どうでもいいとかじゃない。仮に汐帆ちゃんが陸で生きていくとなったら、両親はどういう思いをする。これは相談もなしに、汐帆ちゃんが隠していた。それを、航大たちには教えていたようだけど。別に隠蔽罪とかはないから安心しろ」

 

航大の手をどけ、服を正す。改めて航大に向けられた目はいつもの海遥の目だ。けれど、そこから感じられる雰囲気には、見覚えがなかった。一種の恐怖さえ感じた。

 

「……あとは大人たちに任せるんだ。子供は引っ込むのがいい」

 

海遥は手で道を空けろとジェスチャーする。それを見て大人たちは汐帆を連れてウロコ様が待つ神社の中へと入っていく。その中には汐帆の両親もいた。

 

その一方で海遥は神社の鳥居をくぐって立ち去る。その後ろ姿と神社とを交互に見ることしか、彼らにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、まるで時が止まったかのようだった。

 

朝、海遥と学校には行かなくなってしまった。4人が集合しても海遥は現れなかった。時間も無限には無いので学校へ向かうと、もう既に海遥は登校していた。

 

かといっていきなり航大が殴りに掛かることもない。むしろ逆に話しかけづらい状態にあった。そうなるとやはり、とあきらめを付けて大生たちに海遥の参加を断念すると告げた。

 

その理由を問われたが正確に答えることもできず、曖昧に返すのが精一杯だった。だが、それが浮き彫りにならざるを得ない事態になったのは、その一週間後のこと。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

沙月が帰り支度をしていると、前方から声をかけられる。その声の主の方へ顔を上げると、そこには里実がいた。その不安そうな表情から、聞きたいことがなんとなくわかってしまった。

 

「うん、いいよ」

 

「ありがとう。あのね、ここ一週間汐帆さん急にお休みしてるの。しばらく休むって言ったきりで、理由も教えてくれないんだけど……何かあったりしてないかなって」

 

「……!」

 

やはりそうなるか、と沙月は思う。何せあれから汐帆ちゃんは自宅謹慎となっているようで、久里ノ上どころか果那ノ海を歩いているところを見ていない。そうなると、マツシゲに出勤しているはずがない。

 

これをどういったものかと曖昧にしていると、

 

「多分、下手したらもう陸には上がって来れないかもね」

 

横で机を下げながら洋斗が言った。目を丸くして里実は洋斗の方を向く。

 

「洋斗!」

 

「どうせここで隠す必要も無いだろ。曖昧に逃げても松茂は納得しないだろうし」

 

 

掃除をする関係で一行は廊下に出て、階段とは逆方向へ行く。丁度この階の端のあたりで汐帆の現在置かれている状況を大まかに話した。そこには海4人と里実、加えて一樹と大生がいる。

 

「そんな……」

 

終始里実は手で口を押さえながらいた。自分の知らないことの連続で驚くしかなかった。

 

「まさか、海遥まで知っていたとはな。きっと俺らが放課後おじょしさま作ってたときだろう」

 

一樹も腕を組んだまま少し俯く。彼も当然リークするようなことはしなかったが、どうしようも無いとは言え若干の申し訳なさを感じた。

 

「そもそも掟があることすら知らなかったけど、なんで海の人と陸の人が結ばれちゃダメなんだろう」

 

里実の口から本音が漏れる。ただ掟を出されても、それが何故ダメなのかは提示されていない。疑問になるのは当然だ。

 

「それは簡単だよ」

 

それに答えたのは、以外にも大生だった。

 

「え、知ってんのか?」

 

「ああ。その答は、それだよ」

 

航大が目を見開いて大生の方を見る。すると大生は航大を指さす。刺された本人は首をかしげて頭にはてなマークが浮かんだ。

 

「"胞衣"だよ。本来人間は、母体から出てくるときに胞衣を破って出てくる。けれど、航大たち海の人間は、それが体に張り付いた状態で出てくる。そこが海と陸との根本的な違い。だけど、ここで海の人間と陸の人間とが子供を作ったならどうなるか。答えは、胞衣を突き破って出てくる。つまり、胞衣を持たない子供になる」

 

大生がゆっくりと説明を始める。皆の視線が大生に注がれる。話が問題の核心を突いたとき、一樹があっ、と閃いた様子で手を叩く。

 

「胞衣がないから海に入れない。だから、子孫が残せない」

 

「その通りだ、一樹。胞衣がない子供が生まれれば、当然海になんか暮らせない。そうして、胞衣を持たない人間が増え、胞衣を持つ人間が減る。これが海村の人口減少の主な原因でもある。それを防ぐために、こういった掟があるんだろうね」

 

場が、しんと静まりかえった。教室の方で生徒たちの声は聞こえるが、数はそんなに多くないようで小さい。また新たな事実を知ったが、頭が着いていかないようで皆が口を開こうとしない。

 

「……えっと、てか、これは洋斗も知ってたの、か?あの時掟があるってお前言ってたよな」

 

どうしたら良いのかわからなくなってしまって、航大はふと思い浮かんだ疑問を投げかける。

 

「え?あ、まぁ、うん。そうだけど。俺は、たまたま」

 

「そ、そうなのか」

 

すぐに解決してしまった後、また静まりかえってしまうのかと思いきや、澄澪が両手をギュッと握った。

 

「でも、それでも、いきなり2人を引き裂いちゃうなんて、ひどいよ」

 

唇を噛んでただ、下を俯く。その気持ちはみんなもハッキリとわかるものだ。ましてや、汐帆だからこそ、その気持ちをわかっているからこそ。

 

「俺は、とりあえず会ってみたい。汐帆ちゃんが好きになったヤツに」

 

「こうちゃん……」

 

「私も。会って、その人がどれだけ汐帆ちゃんが好きなのかを聞くの。それで、汐帆ちゃんも同じくらいその人が好きなら……もしかしたら」

 

海3人がそれぞれ顔を上げ始める。彼らの、汐帆に対する気持ちの表れだろう。あくまで突飛な考えで、もしかしたらという不確実なものだけれど、それでもなお彼女の気持ちをこの耳で聞いたからこそその思いを通させてあげたいのだ。

 

「その人の名前ってわかる?」

 

「えっと、たしか……ソウタロウ、だっけかな」

 

「あぁ、なるほどね」

 

大生は手を握って顎に付けたまま頷く。どうやら自分の中での疑問が解決されたようだ。しかしまわりの人間はわかるはずもなく、

 

「おい、どうしたんだ」

 

「あ、いや。先日からなんか親父たちが少し落ち着かない様子だったから何だと思ってたんだけどさ。多分その人、漁協の人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼ら7人は下校した後、そのまま漁協へと向かう。いきなりなので少々無理があるだろうが、大生の父も漁協の人間だけあってもしかしたら聡太郎と話をさせてくれるかもしれない。その不確かではあるが全員一致した意志の元、足を進める。

 

漁協にたどり着くと、まず最初に大生だけが中へと入っていく。建物は2階建てで、1階には専用のトラックが三台ほど駐められていたり倉庫になっている。そして2階に事務所が設けてある。そこに設置された階段を上っていった大生は、すぐには戻ってこない。

 

交渉に難航するのかと思っていたが、5分ほどでドアが開かれた。階段を降りてくる大生の後ろには、この場で里実以外が一度は見たであろう人物が続いて降りてくる。

 

「ど、どうもはじめまして。上板聡太郎(かみいたそうたろう)です」

 

彼にとっては初めての、こちらからすると改めての自己紹介をした後、場所を移動した。倉庫近くの屋根のある場所にパイプ椅子がいくつか置かれている。

 

どう大生が説明したら彼を引っ張り出せて来れたのか、また大生の父がここまで気の利く人物だったのか、それは今となっては関係なく、座るや否や航大が口を開く。

 

「単刀直入に聞く。あんたは汐帆ちゃんのことが好きか?」

 

「え!?あ、当たり前だよ。好きだからこそ、お付き合いをしてたんだ。でも、そんな掟があるなんて、汐帆は教えてくれなかったよ。ここ一週間連絡が通じないし、どうして……」

 

「テメェに教えたら心配かけちまうから言わなかったんだろ?!」

 

叩きつけるように航大は言葉を聡太郎にかける。立ち上がろうとしたので横にいた沙月と洋斗が抑える。

 

「そんだけあんたのことを思ってるから、大好きだからこそだろ。で、そういうあんたは、それと同等に……いやそれ以上に汐帆ちゃんが好きなのか?結婚して幸せにしてやりたいとか思ってるのか?」

 

その問いに、聡太郎は言葉に詰まってしまった。何かを言おうとしたが、開いた口を閉じて目線を航大から逸らしてしまった。

 

「……!」

 

その行動は、今彼らからすれば、好きだが結婚するかどうかと聞かれたらわからない、つまり生半可な付き合いをしているのだと示しているようにしか見えなかった。

 

目を見開き、怒りの表情を表した航大は立ち上がる。

 

「何でだよ!」

 

その言葉は、聡太郎の間近から放たれた。それは航大ではなく、一樹だった。

 

「なんでそこで答えられない。なんで好きだと言えないんだ。お前はそんな半端な気持ちでいたのか?汐帆さんはお前のことが好きだから、心配かけないようにひとり隠しながらお前といたんだ。それに俺たちに言ったんだ、お前といるのが楽しいって!誰かが反対しようともこの気持ちは変わらないって!そんなことまで言ってくれる汐帆さんにお前は何も答えられないのか?!」

 

一樹は、自分がどうしてこんな行動を取っているのか自分自身で驚いている。でも、こうせずにはいられなかったのだろうと、すぐにわかった。

 

目の前にいるのはあくまで他人。以前に1回、あの時に見ただけの赤の他人。けれど、彼が置かれている状況は自分と重なっている。自分が、好きになっている人が海の人間だからと知ってしまい、急にたじろいでいる。進んでいた足が、急に止まってしまった。

 

きっと彼だって、いや自分だって半端な思いではなく、正真正銘の真意であることはわかっている。それでも、止まってしまったのだ。自分の行いが間違っていると、相手に迷惑をかけてしまうのだと、そう思っている。

 

自分に関してはまだ思いすら告げていないけれど、それでも、ムカつくのだ。()()()()()()()()()。だからこそ、これは自分自身にも喝を入れるかのように、聡太郎にぶつける。

 

聡太郎の両襟をつかんでいる一樹を、大生と航大、洋斗が懸命に引き離そうとしているところに一人の足音が聞こえてきた。

 

「おいおい、証言者を出したとはいえ、暴力は無しだろう」

 

その声で一樹もやっと止まり、そちらに視線が集まる。そこには大生の父がいた。

 

「父さん」

 

「まぁ、お取り込み中すまないがな……明日は休みだし、お前も特に予定はないだろう?」

 

大生の父の視線は聡太郎に向けられている。彼の予定の確認を聞くと、聡太郎はゆっくりながら首を縦に振る。

 

「よし、ならいい。丁度お前らが一番気にしていることについてなんだがな」

 

一番気にしていること。それはつまり聡太郎と汐帆についてのことだろうとは皆が思った。

 

「明日の正午、池谷さんと御家族がこちらに来るとのことだ。勿論、お前と話がしたいそうだ」

 

聡太郎の萎んでいた目が、見開かれる。こちらからまったく連絡が取れなかった相手から、明日会おうときたのだ。

 

そして、それと同時に彼らの関係をどうしていくのかがわかると、誰もが感じ取った。

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