海へと潜った4人はある考えを持っていた。それは聡太郎がどう言えば良いとかそういうことではなく、彼ら自身がその話し合いに参加できないか、というまたもや無謀なことだった。
これは極論、2人の話である。それをしてはいけないと定めたものを破ってしまった2人の、今度どうすべきかを確認する場である。親族でもなんでもない者が立ち会うことなどできるのだろうか。仮にまず汐帆側が許可したとしても聡太郎側はわからない。とはいってもこの件は大生たちも聞いていたし、聡太郎自身もその場にいた。彼にも一応頼んで掃いた。
『俺たちはさ、別にどうこう口を挟む義理なんてないのはわかってる。でも、汐帆ちゃんがこのまま離れるってのが本心なのかが知りたい。これで本当にいいのかって、ずっと考えてた。それはお前も同じだ。今日ちゃんと考え直して、お前の本心はどうなのか決めてこい。それを俺らは見届けたい。親御さんに言っとけ』
航大は腕を組んだまま聡太郎を睨め付けたまま言う。彼も明日のことを聞かされ、より慎重な面持ちになっていた。首を縦に振ってわかったと意思表示するのを見届けると、航大は振り向いて漁協を去っていった。他3人も続いて出て行った。
「本当に私たち、いけるのかな」
「大丈夫だ、きっとなんとかなる」
「そうだよ。こうちゃんの言ったとおり、ちゃんと説明すればわかってくれるよ」
「そうはいってもさ……」
まずは汐帆のところに行ってこのことに了承してくれるかを聞かなければならない。明日陸に向かうとだけあってせめて両親のどちらかだけでも話せないかと、不確かな可能性にかけていた。
だがそれはいらなかったようだ。
前方に3人の人影があった。それはこの4人の誰もが知っていた。
「汐帆ちゃん、それにお父さんとお母さんまで」
「あれ、みんなどうしたの」
汐帆はこの時間まで制服の格好でいるのに不思議がった。もうおじょしさまの製作は終わっているので、この時間まで学校にいることはなかったのだから。
「じつは……えっと」
「あ、明日の話し合いに私たちも行ってもいいですか!?」
「ちょ、澄澪ストレートすぎ!」
航大がまず最初にどう言っていいかと迷っていたところにすかさず澄澪が頭を下げた。突然の行動に3人は唖然としていた。目を大きく開けた汐帆が何かを言おうとして口をパクパクしているときに、航大もこの場でたたみかけた。
「ごめんなさい!今日は、その、聡太郎さんのところに行ってたんです。その人が、いったいどういう人なの、とか。色々知りたくて行ったんです。それで明日話し合いをするって聞いて、汐帆ちゃんと聡太郎さんが、互いにどう思っているのかが知りたいんだ。俺らは、汐帆ちゃんが心配なんだ。本当に、本当にあれでよかったのか。そして聡太郎さんの方も、本当の気持ちはどんななのか知りたいんだ。俺らにとって、汐帆ちゃんが実の姉のように思ってきたから、ずっといてくれたから。大切だから……」
航大も頭を下げながら思いの丈をぶちまける。自分自身でも何を言っているのかわからなくなり、途中途中つっかえながらも、口を休ませない。握った手から手汗を凄く感じる。なんだか息苦しく感じた。
「いいよ」
意外なことに、口を開いたのは汐帆の父の方だった。少し肉がついてはいるがしっかりとした体。表情からはほんわかとした優しさを感じる。
「みんなとはずっと昔から一緒だったしね、航大君の言うとおり、家族みたいなものだ。それに、明日は2人の本音を言い合う機会だし、見届け人も来るから」
「見届け人って」
「今日の午前中にね、汐帆の願いで1回だけ相手方と話がしたいとウロコ様に言ったんだ。すると案外許してくれてね、それで明日のことが決定したんだ。それには条件が合って、その話し合いの結果を誰かに見届けさせなければならないんだ。それは宮司である和洋さんがいいと思ったんだけど、用事で顔を出せないから代わりに海遥君が来ることになった。他数名大人も来るみたい」
「海遥……」
またもやここで関わってくる海遥に、一同はどこか辛い思いを感じた。一緒に同じ時を過ごした汐帆を巡って、まさか対立関係のようになってしまうなど思っていなかったからだ。
「じゃあ明日の12時に時計のある広場に来てくれ」
そう言って汐帆たちとわかれた。その後は航大が遅刻しないようにと念を押して、その場で解散した。
「じゃあ行こうか」
果那ノ海唯一のスーパーの店長をしているがたいのいいおっさん、河内さんを先頭に一行は地上へと向かう。他2人の男性が無駄に汐帆を監視するように横についた。その後ろに海遥がついて、さらにその後ろから航大たち4人がいた。海遥たちが来たときに4人が何故いることについては特に指摘しなかった。何か言われるのではと身構えていただけあって少し安心したが、変なまねはするなと釘を打たれた。
地上へと顔を出し、近くの埠頭から上がる。今日は日が出ているが厳しい暑さほどではなかった。とはいえども季節は夏なので汗がじとっと体全体から出てくる。服が肌にひっついた感覚をもどかしながらも我慢して歩く。しばらく歩いて漁協につく。この場の人にとっては大事な話が行われるとわかっているせいか、昨日来たときとはまた違う雰囲気だと4人は感じていた。
「失礼します」
ノックをしてからドアノブを回す。金属音を立てて開かれたドアの先には少し広い空間があった。長テーブルが2つ置かれ、椅子が並べられている。その奥側には既に先客がいた。聡太郎とその母と思われる人物がいる。その人は足が悪いのか、車いすに座っていた。その他に父と思われる人物は見当たらず、その代わりに大生の父が座っていた。
海側の人間が全員入室し、汐帆と両親が長テーブルのところに置かれた椅子に座る。海遥と大人3人は2つのテーブルが交互に見られる位置に置かれた椅子に座った。丁度部屋に取り付けられている窓を背にしている。航大たちは汐帆たちの後ろに立つ。
「えっと、じゃあ早速始めましょう」
その言葉を大人たちの一人、果那ノ海の青年会のリーダーを務めている皆川さんが発した。それによって視線が皆川さんの方へと向く。だが4人は、その皆川さんの向こうにある窓に視線を移した。そこには一樹たちが航大たちにはギリギリ見える位置から顔を覗かせていたからだ。
それは前日の夜に遡る。
「一樹-、電話よ」
母が下の階から一樹を呼んだ。リビングに置かれた受話器を母からもらい、耳に当てる。
「もしもし」
「もしもし一樹?航大だけど」
「おお。どうしたんだ急に」
「漁協行ったときさ、聡太郎さんが明日汐帆ちゃんと話し合うことになったじゃん?それが明日の午後一時から漁協でやるんだってさ。それに俺らは同行を許可してもらったんだ」
一樹は目を丸くして驚いた。親族でも何でもない人たちの話し合いに同行なんて聞いたら大抵は驚くであろう。一樹は受話器を少し強く握った。
「で、お前とかはどうする?」
「どうするったって……、でも、俺も気になるし、里実なんかも聞きたいと言うかもしれない。んー、でも、俺とかには許可されてないし」
「まぁ、そうだよな」
「いや、その話し合う部屋の外からならバレずに聞けるかもしれない」
「おいおい、それ大丈夫なのかよ」
「前に大生と一緒に案内してくれたときがあってさ。その時に会議室みたいなのもあって、話し合うならそこしかないんだ。その外にベランダみたいなのがあるから、俺らはそこからバレないように聞くよ」
「わかった」
そこで互いに電話を切った。
「それにしても、こんな盗聴に便利なところがあったなんて」
「別に盗聴するためのものじゃないけどね」
当日、ベランダには一樹と大生、里実と茉紀が座っていた。皆ギリギリまで近くのカフェで時間を潰していた。そうで無ければ、聞く以前に熱中症でぶっ倒れてしまう。
「あ、来たよ」
茉紀の声で全員が窓からほんの少しだけ顔を出す。幸いカーテンがある程度かかっているため内からは見つかれにくいだろう。誰だか知らない男性によって話し合いが始まった。
「まぁ始めるとはいってもですね、そう長々とした会議ではなくて、両者の言い分を聞かせてください」
皆川さんがそう提示した後、両者を交互に見てどちらが先かを決めた。その手は陸を指した。
「……僕は、最初に汐帆……さんと出会ったのはあのスーパーで。それから何回も行っては汐帆さんと話して、なんとか交際することになって、それから出かけたりして。笑っている汐帆さんにより惹かれていきました。でも、こんな掟があるなんて知らなくて。きっと僕に心配かけないようにと気遣ってくれたんだと思う。だから最近までずっと楽しい時間を過ごせたんだ。でも、その時までずっと我慢してたんだ。それに気づいて、汐帆さんの気持ちを考えたら、辛かった。下手したら生まれ育った故郷を捨てることになるんだって」
ここで聡太郎は一旦呼吸を整える。途中から目線は汐帆から若干下に落ちて、テーブルと床のあたりにあった。
「そんな、そんなことをしてまで僕と付き合ってくれていたのかって。そんなことをする価値が僕にあるのかって、ずっと考えてた。グズグズ引きずってた。でも、気づいたんだ。昨日、僕よりも年の低い子に言われて気づいたんだ、馬鹿だったよ。こんな自問自答する必要なんて無かったんだ。僕は、汐帆が好きなんだ。喋り方も、笑顔も、時に怒った顔も、好みも。彼女が好きだから、今の僕がある。ただそれだけなんだ。そんな簡単に迷っちゃうものじゃないんだ。たとえ、汐帆が僕の方を選んでくれたなら、それをちゃんと受け止める。それでもって、海から離れた辛さを忘れてしまうくらいに、幸せにする。その覚悟が今の僕にはあるんだ」
その言葉から伝わってくる思いは、航大たちにはちゃんと伝わっていた。目線は戻り、汐帆をただ見つめる。汐帆は、依然として聡太郎の方に向いたままで、なんの動きもない。
場に静寂が一時訪れる。外から聞こえる蝉の声が、内からはクーラーの稼働音がじんわり聞こえるくらいだ。皆川の視線は汐帆に移った。彼女の番だと促した。
その催促には少しの間、反応を示さなかった。膝の上に置かれた手は強く握られ、口を噤んだままだった。両親が汐帆の表情を伺い、皆川が何か言おうとしたときにその間は終わった。
「……私は、この話し合いは、聡太郎さんにしっかりと縁を切るために機会をいただきました」
開口一番に放たれた言葉は、聡太郎や航大たちに強烈な打撃を与えるようなものだった。
「これは、私の身勝手で、且つ海の掟を破るような行為でした。自分の思いだけでここまで来て、両親には何の相談もしませんでした。どうせ反対されるだろうと思っていた自分がいたことは事実ですし、最悪私が隠れて聡太郎さんのところへ移れば、なんて考えていました」
汐帆の声が、徐々に小さくなっていく。肩も震えだし、一層拳に力が入った。
「でも、それは間違っていた。私も、ある意味言われて気づいたの。自分は良くても、まわりがどう思うのかって。一番辛いのは両親なんじゃないかって。陸の人に恋して、何の連絡もなく陸に上がって帰ってこなくなった時、どれだけ悲しいかって。それにまわりの人だって、親しくしてくれた人を裏切るような行為なんだ。それにこのことで両親が何を言われるかって考え出したら……もう」
ついには両手で顔を覆ってしまった。彼女の口からは変わってすすり泣きが聞こえてくる。聡太郎はその姿を見て苦い顔をし、どうしたらいいのか途方に暮れた様子である。
「それでも……」
涙を何とか堪え、したたり落ちるのを腕で拭いながら汐帆は言葉を出し続けようとする。
「それでも、今の聡太郎さんの言葉で出てきちゃうよ。抑えきれないよ、やっぱり。私だって聡太郎さんが好きだもん。一緒にいるだけで楽しくて、嬉しくて。全部が全部パーフェクトじゃないけど、ちょっとドジッちゃうのも聡太郎さんなんだよ。それに、この思いは大切だって、この思いは私の大切なんだって行ってくれる人もいる。それが今になって背中を押してくれたの。この思いだけは変わらない。変わっちゃいけない。変わりたくない。この好きという思いは、聡太郎さんが好きだっていう思いは、絶対に!」
汐帆の思いが、この空間に広がるようだった。そして、それが聡太郎の思いと混じり、溶け合うように。誰がどう見ても、両者一致。澄澪や沙月は涙を流さないようにと必死に堪えていた。瞳が潤んでいる。外で見ている4人も、釘付けになっていた。里実はもう涙がしたたり落ちている。
「私は、汐帆を止めません」
ここで口を開いたのは汐帆の母だった。一旦閉じられた目を開けて、優しい表情を汐帆に向けた。
「私は汐帆の母だもん。やっぱり掟があっても、子供の応援をしたいもの。海から離れていくのは確かに惜しいけれど、それでも汐帆に好きな人ができたのならその人と一緒になるのがいいと思うわ」
「ああ、僕も同意見だ」
汐帆の父も首を縦に振った。普段よりも、より優しく感じられた。
「私は、勿論聡太郎の意見を尊重します。それに池谷さんたちが賛同するなら、もうわかりきったことです」
聡太郎の母もニッコリと笑いながら皆を見る。
皆川たちもこの場に圧倒されていたが、我に返って一同を見回す。驚いた表情はそのままで、ゆっくりと頷いた。
「……いいのかよ」
ただ一人納得していない様子で海遥が立ち上がった。こちらにも困惑が顔に張り付いたままだ。
「2人はいいのかよ。娘が出て行って、もう孫は果那ノ海に来ることは無くなるんだぞ?」
「そうだね、それは出来なくなる。けれど、そのために汐帆を縛り付けたくないんだ」
「果那ノ海で生活する方が安心して生活できる。平和な日々を送れるんだ。陸に上がったら危険が一気に増える。災害や事故と……!」
海遥は自分の言ったことに驚いているのか、急に固まった。普段の海遥とはかけ離れた、焦っている様子だった。言葉も出てきたものをそのまま出している感じで、いささか航大は違和感に襲われる。
「海遥」
パニック状態の海遥に、汐帆は優しく声をかけた。立ち上がって近づく。汐帆が手を伸ばすと、海遥はビクッとなる。目は泳ぎ、何かを指摘されるのを恐れているように見えた。
海遥の肩に、そっと優しく手を置いた。
「やっぱり、無理してたんだね。ごめんね」
その言葉に皆が困惑を見せる中、次の汐帆の発言で、今度はほとんどの人が自分自身の耳を疑うことにある。
「ずっと怖かったんだね。私が陸に行ってしまうのを。