海岸線沿いの道を歩き、途中で少し山道の方へ進むと見えてくる学校。ここが白風中学校だ。
ここは2階建てで、壁は白一色で屋根などは緑色。校門から入ってすぐに横に伸びた校舎が生徒を出迎える。すぐ裏は木々がギッシリ生え、山がある。
校舎はそれほど横に広くないが、校庭は広い方だ。そこにも木があり、周りに張られた柵ごしに海を眺めることができる。
そんなところに、彼ら5人はいた。
現在体育館で始業式を行っている。校長先生が壇上で恒例のながーい話をしていた。
生徒は2年と3年が2列で並んで、"休め"の姿勢で立っている。都会でもなんでもないので、それぞれ一クラスしかない。故に誰か話したりすると一発で見つかるが、それすらもない。皆、ただただかったるそうだ。
体育館の後ろの壁近くに、5人も立って話を聞いている。洋斗はもう寝ているが。
「……やっぱりどこも校長の話は長いな」
「そうだな」
海遥と航大はそんな話を小声でする。
それも終わり、始業式が終わる。5人は早めに立ち去り、空き教室で待機する。
「つっかれたー」
「澄澪、あんた寝そうだったんだよ。コックコックしてたもん」
「洋斗に関しては寝てたが」
「あれは寝るに限る」
「流石すぎて何も言えねぇわ」
たわいもない会話をしばらくしていると、1人の教師が教室に入ってくる。
「お話中すまんな。そろそろ2年のクラスに移動だ。……おっと、自己紹介忘れてたわ」
頭はボサボサ、ひげも中途半端に剃られておらず、黒縁眼鏡をかけた中年男性は5人を移動させようとして、自分が誰かを説明し忘れていたことに気づく。
「俺は
改めて皆の方に向き、軽く自己紹介をする。
その後、教室を出て廊下を歩き、ガヤガヤしている教室の前まで来る。
ここは二階で、1年と2年の教室があるが、1年は入学式が明日なのでいない。
「すぐに呼ぶからちょっと待ってろ」
そう言うと、先生はドアを開けて中に入っていく。
教卓の前に立ち、生徒たちを静かにさせる。
「ほらほら、口閉じろ。……えー、皆知ってるかもしれないが、今日は転校生を紹介する。果那ノ海の中学が廃校になってな、そこから5人が今日から同じクラスで過ごすことになった。ほら入れ」
先生は一通り言い終わるとドアの方を向き、手で合図する。
5人は1列で教室に入り、生徒側から見て左から海遥、航大、澄澪、沙月、洋斗の順で黒板前に並ぶ。
先生は一人一人の名前を黒板に書いていく。彼の字は雰囲気とは違い、はね、はらい、とめがしっかりしている。誰が見ても綺麗な字だ。
「んじゃ一人ずつ自己紹介な。んーと、二軒屋からいこう」
チョークを置いて先生は一瞬考え、洋斗の方を指さす。
「……二軒屋洋斗。よろしく」
これで終わった。小声ではないがササッと最低限のことを言った。洋斗らしい。
「北島沙月と言います。あまり積極的ではないですが、仲良くしてもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
沙月は洋斗と似たように声が少し小さいが、ハキハキとした口調だ。
「私は吉野川澄澪と言います。趣味は裁縫とか絵を描くことで、陸のみんなと仲良くなりたいなと思ってます。よろしくお願いします!」
澄澪は二人とは違い、大きな声でハッキリ喋った。笑顔で目もキラキラ光っていて、おそらく好印象だろう。
「吉成航大でーす。運動とか得意です。よろしく」
航大もハッキリと話し出す。最後はニッと笑う。
「蔵本海遥です。どーぞよろしく」
海遥は洋斗と同じような感じだった。だが、彼の三白眼は誰も見ておらず、ただ後ろの壁を見ていた。
自己紹介が終わり、5人は5列それぞれの一番後ろの席に座る。そのままの順番で後ろにスライドした形となった。
海遥が座ったとき、目の前に今朝会った男子が座っていることに気づく。
彼も振り返り、目が合う。
「
無表情だが、彼からは悪いイメージを感じなかった。
「おう」とだけ海遥は返す。
先生は明日の予定、時間割を黒板に書く。それくらいでクラスの委員長が号令をかけ、あいさつして今日は終わった。
先生がすぐに教室を出て行く。それと同じタイミングで澄澪の前に座っているツンツン黒髪男子が後ろを向く。
「なあ、お前らって本当に海の中で生活してんだよな?」
「ん?うん、そうだけど」
突然話しかけられたので、澄澪はバックを持とうとした手を止め、視線をバックからその男子に向ける。
「へー。……じゃあ、常に魚臭いんだな。大変だなぁ」
「ふぇえぇ!?」
突然のことに澄澪は声が裏返ってしまった。
「魚のいるところにずっといるんだ。しょうがないけどさ、ここに来る前に消臭スプレーくらいしてこいよ」
「ハハ、そうそう。他の4人も気をつけろよ?」
航大がいる列の前から2番目の、丸刈り男子も言い出す。
「で、でも、そんなニオイはしないと思うよ?」
「そりゃそれに慣れてるからじゃね?プンプンくるぜ、気をつけろよ女子だろー」
「え……う……」
反論はしたが、男子は鼻をつまむようにして笑い出す。澄澪はどうしようもなくて、項垂れる。
「ちょっと!あんたら何言ってんの!?」
この状況に我慢ならなかったのか、先程の委員長の女子生徒が半分怒鳴るように会話に割り込む。
「あれ?どうした委員長。突然のことにビックリギョーテンってか?魚だけに」
「お前下手すぎ」
委員長の発言など端っから真面目に受け取らず、丸刈り男子は独自のギャグをかます。
ツッコむ黒髪男子に、クラスの半分くらいがつられて笑い出す。
「ああ、もう違うってば……!」と委員長はふざけられて苛立ち始める。
「全くサ。海の方たちはわきまえてくれないと」
坊主男子はやれやれと言わんばかりのジェスチャーで席を立ち、こちらに歩いてくる。
「は?どういうことだ」
うまく理解出来ず、少し苛立ちのトゲが生えたような声を航大は出す。
「だってさ、ここは海じゃないんだよ。ここは陸、"人間"の場所なんだから」
これがいけなかった。
「あぁ!?ざっけんなテメェ!!!」
プツン、と切れたような音が航大の頭の中で響く。怒りは頂点に達し、一気に迫って坊主男子の胸ぐらをつかむ。
そのため、坊主男子が軽くバランスを崩し、近くの女子生徒の机に激突する。その生徒はひっ!と声が出て、その場から逃げる。
「それは、まるで俺たちが"人間じゃない"って言ってる様なモンだろ!ああ!!?」
完全にキレた航大。その目は怒りそのものだった。それを見た大半が流石にヤバい、とさっきまで笑っていたことへの最悪感が生まれてきた。
「い、いいいいやいや。じょ、冗談だよ冗談」
一番ビックリしたのは彼だろう。驚きを隠しきれず、声が震え、必死に弁解しようとする。
「はあ!?冗談って、いくら何でも初対面にそんなこと言うのか!?お前……」
「やめとけ、航大」
その言葉が逆に航大の怒りを買い、とうとう拳を握ろうとしたとき、海遥の声がそれを静止させた。
「そんな野生動物みたいなバカどもを相手にすんなよ。体力と時間の無駄だ」
「なっ……」
サラッと言われた言葉に少々の苛立ちをツンツン黒髪は覚える。
「ほら、さっさとそんなの置いといて行くぞ」
まるで何も無かったかのように、海遥は平然のままバックを肩にかけ、ドアの方へ歩き出す。
「お、おう」
海遥に促され、坊主男子を乱雑に離す。軽く舌打ちを飛ばし、バックを持って後に続く。
涙目だった澄澪も、それをなだめていた沙月も、ひたすら傍観者だった洋斗も出て行った。
取り残された陸サイドのみんなは、ただただ彼らが出て行ったドアを見ていた。
教室を出てすぐの階段を降り、下駄箱へと向かう。
自身の下履きと靴を履き替える。
そして外に出ようとした時、誰かに呼び止められる。
声がした方向を見ると、赤茶色のポニーテールの女子生徒がこちらに向かって駆けてくる。委員長、里実だ。
「ふう、間に合った……。あ、あの、さっきは本当にごめんなさい。男子たちが失礼なことを言って」
里実は申し訳なさそうな顔をして、頭を下げて謝った。
「い、いえ……。もう大丈夫だから」
澄澪は両手を胸あたりで振って、気にしてないアピールをする。
「えっと、私は
自身の名前を言い、他の4人にも目を向ける。
沙月はペコリと軽く会釈したが、男子組は只見ているだけだった。
ここで5人は学校を出た。
「はぁ……。始業式から疲れたわね」
「ホント、全くだぜ」
帰り道。海岸線沿いの道を歩いているとき、沙月はため息をつく。航大も同じくため息をつく。
「それにしても、私ビックリしちゃった。こうちゃんがキレるんだもん」
澄澪は航大の顔を覗くようにして言う。
「ブチギレてんの久しぶりに見た」
洋斗も頷く。
「しょうがないだろ……。あいつらが俺ら海の人間を侮辱しやがったんだからよ!ぜってー冗談じゃないだろあれ……」
航大は今も怒りは鎮火しておらず、最後は彼らの愚痴をブツブツ言い始める始末。
「お前あとちょっとで殴りかかってただろ。初日から問題ごとになっても困るから止めさせてもらった」
「うぐっ」
海遥に自分の行動が筒抜けだったようで、航大はビックリして図星状態である。
「けど、気持ちはわかるさ……。初対面の人間に煽るような言動。小学生以下の馬鹿どもだな」
海遥は目を細めてため息をつき、それから少し上を向く。
指摘された航大は図星のようで、ビクッとなる。
「で、でも!里実さんはいい人だよ、ね?」
「そうね、しっかりしてると思う。海と陸の壁も持ってなさそうだし、あの人なら話せそう」
澄澪は話題を里見に移す。沙月も里実のことは良く思っているようだ。
「そうかぁ?案外それは表で、裏はアイツらと同じく馬鹿にしてんじゃねぇの?」
「もう、こうちゃん!いくらなんでもそれはひどいよ」
里実のことを変な言い方した航大に澄澪はポカポカと叩く。
「まあ、自分がそう思うならそれでいいんじゃね?」
海遥はまるで興味を示さず、右側に広がる海を見る。その目はひたすら遠くを見つめ、どこか寂しさを思わせる。
「俺は、陸のやつらと仲良くなる気はない」
海に向かって、また自分自身に向けて口から出した一言。皆の視線が集まる。
「確かに、な。オレもそんな気は全くねぇ!」
「みはっちゃん。こうちゃん……」
航大も同意見だったようだ。彼の表情は少し怒りが混じる。
それをなんだか悲しく、辛く思う澄澪。
「ねえ、洋斗はどう思ってんの?仲良くなりたいの、陸と?」
それを見て沙月は後ろで歩く洋斗に問う。
「……別に。どうも思わない」
返答はなんだか予想できるものだった。ブレないそのスタイル。
どこか、ごく小さいズレが5人にはある。海と陸との、関係という近いようで遠い距離。
これはいつの時でも消えない、けれどあるのに全然つかめない、そんな存在。
「さっきのヤバかったね」
「あの2人いつもふざけるしね」
「ただただ聞くしかなかったね」
5人が帰った後、クラスで残った何グループかの生徒たちは、先の出来事のことが話題になっていた。
「なあ、なんで一樹はなんも言わなかったのさ」
「そうそう、てっきりお前ならノって来るかと思ったけど。てか助けてくれよ……」
2人の男子、先程のおふざけの言い出しっぺのツンツン黒髪、
その寄った机に座る男子、
「えっ、えーっと……。べ、別に俺は特に興味ないし。それに、そんなことしてると早く帰れないだろ」
「プッ!なんだそれ」
彼なりに怪しまれないよう、咄嗟に出たことを並べる。変だと幹大に笑われるが。
本当は、言えなかった。言えるはずもなかった。寧ろ不快な感じが胸を締め付けた。彼らを止めたかったが、自分には勇気が出なかった。
「まあいいや、帰ろーぜ」
隆広の合図で2人はドアの方へ向かい、一樹も立ち上がる。
そしてドアへ向かおうとしたとき、黒板を見る。
今日任された日直の人が黒板に書かれた彼らの名前を消していた。
ふいにあの子の、今朝会ったあの子の、さっき自己紹介したあの子の名前が目に入る。
黒板消しで白の文字が、うっすらとした後を残して白の粉に変わるその瞬間、あの時の言葉が頭の中をゆっくりと浮かび上がり、流れる。
そして、呟いた。
「よしのがわ、すみれ……さん、か」