凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第二十二話 暗闇を照らす小さな光

「母さん……」

 

「いいのよ、大丈夫」

 

心配そうに母の肩に手を置く聡太郎に微笑み、改めて海遥に顔を向ける。

 

「そうね、あの時は学生時代の友人たちとお食事に行った帰りだった。他県に行っちゃった子もいたから、みんなで会おうってなったら割と遠出になっちゃうのよね。それが終わって、乗ったのがあの電車。魚喰駅で一組の家族が乗ってきたのはなんとなく覚えてる。男の子と女の子が楽しく話してたから。きっとそれがあなたたち。そして、あの災害が起こった」

 

ここで区切り、聡太郎の母は自分の足下を見た。先程のように優しく触る。この次に話すことは、概ね全員が察した。

 

「目が覚めたときは病院のベッドに寝てた。なんだか久しぶりに熟睡したような、そんな感じだったわ。側には聡太郎がいて、とっても安心したような顔で手を握ってくれた。先生を呼んでくるって部屋を出てった後、話しやすいように起き上がろうとしたの。でも、起き上がれなかった。勿論色々骨折とかもしてた。それでも、何か変だった。どんくさいのかしらね、すぐに気づかなかった。それが理解出来たのは先生が来たあと。高いところから突き落とされたようだった。絶望だった。もう、どこにも行けないのかって、友人たちと出かけられないのかって、悲観した。

でも、聡太郎は私を元気づけてくれた。毎日来ては今日の出来事はって話してくれた。命ある限り笑えるから、母さんも笑ってって。俺がちゃんと稼ぐから心配しないでって。とっても嬉しかった。そして気づかされた。たとえ足が動かなくなっても、私は生きている。だからなんだってできるって。車いすがあれば多少手間や友人に手伝ってもらうけれど、いつものようにお食事に行ける。働いてたパートは無理だけど、家も聡太郎の稼ぎのおかげでリフォームして普段通りの家事もこなせる。今日だって、聡太郎が愛している人と会えたし、あの電車にいたあなたともまた会えた」

 

突然災害に巻き込まれ、目覚めたら下半身不随。そんな状況となったら誰もが悲しみに打ちひしがれるだろう。でも、彼女は前へ進んだ。下を向いて立ち止まりそうになっても、そこには大切な家族がいた。友人も側にいた。彼らがいたからこそ、今の彼女がある。母の言葉に聡太郎は少し頬を赤くする。

 

「人間は一人で生きてはいけないっていうけれど、こういう身になったからこそ実感したわ。ひとりぼっちだったら、立ち直れなかった。……だから、あなたもそう。あなたは母親と姉を失った。とても辛いだろうし、陸を避けるようになるのも仕方が無い。でも、あなたには父親がいる。そして、あそこにも4人も大切な友達がいる。今通っている学校にだって友達になれる人はいるはず。こんなに仲間がいる。ひとりで抱え込まないで、頼って、話してごらん。彼らがきっとあなたを助けてくれる」

 

「みんなを……頼る」

 

「そう。みんなを頼る。あなたはあの4人が大切だから守りたかった。でも、あなたも、彼らと同じ。何も変わらない、同じ年の子たちなのよ。あなただけ大人ぶらずに、彼らに頼るの。助け助けられる、それがいいと思うの。……それに、あなたとあなたの家族はよく陸に上がっていたのよね。なら、少なからず陸での"いい思い出"もあると思うの」

 

「いい、思い出」

 

海遥は聡太郎の母の言葉を反芻する。それは彼にとって考えてもみないものだった。目線を逸らし、少し俯く形となる。

 

深い闇の中に墜ちている海遥。そこで流れていた彼の過去が巻き戻っていく。高速で映画のフィルムを巻き取るように、カラカラと戻っていく過去がある地点で止まった。それは家に届いた数十枚の写真を見る場面だった。あれは後に箱に入れて押し入れに入れてしまった。その写真を、微かな記憶の写真を見る。俺と海花が一緒にアイスを食べている写真。誰かに撮ってもらった4人の写真。俺と海花が2人揃って図工で描いた絵を広げている写真。父さんがテーブルに突っ伏しているところを映した写真。母さんと海花が一面花畑のところに立っている写真。どれもこれも、あの時は絶望の中の俺にとって余計に心を引っかき回すものにしか見えなかった。けれど、今は……。

 

 

『おおお、うんめぇ!』

 

『ねー海遥。そっちのイチゴ味一口くれ!こっちのチョコあげるからさぁ』

 

 

『すごい景色だねぇ』

 

『南波、海遥、海花。写真撮るからこっち来て』

 

『もしよかったら撮りますよ』

 

『え、いいんですか?ありがとうございます』

 

『いえいえ。こういうのは家族全員で撮るものですよ。では、いきますよー』

 

 

『どうだ海花!俺の方が上手いやろ』

 

『何言ってんのさ。私の方が才能あるね!』

 

『ほらほら、2人とも。見えるように胸のあたりまで上げて。撮るよ-?』

 

 

『……あれ?お父さん寝ちゃってる』

 

『最近忙しそうにしてたしね』

 

『よし、じゃあ撮ってあげよう』

 

『いやなんでや』

 

 

『わぁぁ!!ぜーんぶお花だ!!』

 

『見て見て海花、海遥。こっちにもあるわよ』

 

『母さん、カメラ貸してよ。海花と撮ってあげるから。女性は花に囲まれているとより美しくなるってね』

 

『ふふふ、何それ。どこで習ったのかしら』

 

 

現像した写真から記憶が溢れ出してくる。それはどこか温かくなるような光を帯びる。海遥がいる闇の中にいくつもそれが光りだし、灯籠のように見える。

 

写真をめくっていく。最後の2枚が来る手前の写真。これだけ誰も映っていない。そのかわりに、一面に照らす広大な夕日があった。それを撮ったのは事故が起こる何週間か前だったと海遥は記憶している。それもまた、彼の目の前で開かれた。

 

 

『ねぇ、お母さん。どこに向かってるの?』

 

『んー、お母さんのお気に入りの場所だよ』

 

いつものショッピングの帰り道。電車から降りた一行はそのまま海に戻らずにある場所へと向かっていた。南波は海花の質問に笑顔で答えながら手を引いて歩く。すぐ横に海遥と和洋がいる。

 

『そこはね、お父さんがお母さんに教えてくれたのよ。一度来ただけでとっても気に入ったの』

 

『へぇ、そうなんだ』

 

『まあね。お父さんが子供の頃だったかなぁ。たまたま見つけてさ、何か悩んだときとか、疲れちゃったときとかに来てみるんだよ』

 

一行は山道を登り、途中で獣道となったところに曲がる。それぞれ手を握って転ばないように進んだ。そして。

 

『よし、着いたぞ』

 

『おおお……』

 

『綺麗……』

 

ある箇所で木々がなくなっている。そこからは赤い夕日を一望できた。木々で見えなかったが案外高い場所まで登ってきていた。端から端まで広がる夕日。そしてそれとの曖昧な境界線から下は凪いだ海がいつもの青では無く、夕日に照らされた赤となっていた。そこに夕日の姿が映り込み、海の中からでは見ることのできない絶景となって彼らを迎える。そんな光景に海花と海遥は釘付けになっていた。

 

『ここでこんな景色の時だったわね。お父さんにプロポーズされたのも、この場所よ』

 

『うお、マジか?!ねね、父さんはなんて言ったの?』

 

『ええ、急にどうしたんだよ』

 

『ほらほら。教えてよお父さん!』

 

『べ、別に凝った言葉は言ってないよ。ただ、結婚してくださいってね』

 

2人の子に挟まれながらの期待を恥ずかしそうに答えた。それを聞いた2人はニヤニヤしながら歓声をあげる。南波の方も少し恥ずかしがって頬を赤らめる。

 

『でも、お父さんの言ってたこと、わかるかも』

 

一歩前へ出て海花が呟くように言った。

 

『何か悩んでてもさ、こんなにすっごい景色見たら、そんなこと忘れそうだよ。見とれて、何かスッキリした気分になりそうだよ』

 

『……そうだね』

 

海遥も海花の後ろ姿を見て、そう呟く。彼女の後ろ姿は、このときやけに大人に見えた。

 

『私も,何か悩んだらここに来る!そしたらきっとリフレッシュできるし、勉強もはかどるかも』

 

『海花は俺より成績低いからな。そうなったら凄いよ』

 

『勉強は今後のためになるからね。これからが楽しみだわ』

 

『もう、絶対海遥を抜かしてやるんだからね!それでねー、私はもっと勉強して、将来は教師になりたいの』

 

『おー、海花の将来の夢は教師なのか』

 

『うん。みんなにいろんなこと教えるのやってみたいなって。先頭に立ってみんなを引っ張る存在に憧れてるし、楽しそうだもん。将来は、ここの小学校か中学校で先生になってたいな』

 

海花はその場で一回転しながら自分の夢を語った。彼女の目はとても輝いていて、とても輝かしい未来が映っているようだった。この景色によく似合うと海遥は感じた。

 

『陸の学校か』

 

『うん。果那ノ海もいいんだけどさ、陸にはここだけじゃなくていーっぱい学校があるもん。そこで沢山の人たちとお話して、仲良くなりたい。それが私の将来の夢』

 

『そうか、海花ならきっと叶えられそうだ。となると、海遥に僕の仕事を継いでもらうことになるね』

 

海花の将来像が自然と浮かんできた。親として嬉しい和洋は海遥の肩に手を置く。

 

『おっし、そうだな。海花が陸に出るなら俺が海から見守ってやんよ』

 

『頼むよ-?あ、校外学習みたいなので果那ノ海紹介したいな』

 

『陸の生徒は行けねーだろ』

 

普段は見せない自らの夢を語った海花。その様子から知らぬ間に大人になったものだと3人は感心したが、やはりまだ子供だった。普段通りのどこか抜けた一面を皆で笑い合った。

 

『じゃ、約束ね。私は先生になって陸に出る。海遥はお父さんから宮司を継ぐ。陸のみんなは果那ノ海来れないから、逆に海遥が学校に来て果那ノ海のことを教えてね』

 

『おう、約束するぜ。頑張れよ、海花』

 

2人はお互いの小指を出した。手を近づけて小指同士を絡める。いつからか覚えていた、約束の時に行うこと。水色さえもほぼ赤で染められた空の下、海花と海遥は強く約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつからだろうか、これまでの記憶を奥の奥に押し込んでいた。思い出すだけで海花や母さんが出てくるから、そんな理由でちゃんと面と向かって見てこなかった。

 

俺は馬鹿だ。正真正銘の馬鹿だ。

 

確かにあった。しっかりと存在していた。母さんと海花は陸の事故に巻き込まれた。こんな悲劇はない。けれど、それを理由にして忘れてしまう、無かったことにしてはいけないのだ。みんなで楽しんだ多くの思い出が。笑い合ったあの日を、いつか訪れる将来を見据えて約束したあの日を。写真を撮ったのはほぼ陸だ。陸に出たからこそ、写真を撮って思い出にした。家族の大切なもの。家族という大きな大きな結晶のカケラたち。それらはすべて、俺には大切なものだった。

 

 

「……あった。あったよ。俺の……大切な、大切な思い出」

 

再び溢れ出す涙。海遥の頬を伝うその涙は、輝いているように見えた。

 

「なんで忘れてたんだろう……!俺は、大切な思い出がたくさんあった。俺は、海じゃ見られない景色を見れる陸が……大好きだったんだ」

 

「うん」

 

聡太郎の母は満足そうにして頷く。

 

「海花と母さんと父さんで出かけるのはとっても楽しかった。……だから、うん。そうだ。俺は、もう目を逸らさない。みんなで見てきたこの陸を」

 

「ああ、そうだな。お前は笑ってやれ。そうすりゃ、海花ちゃんも南波さんも、安心だ」

 

皆川さんが海遥に近づいて頭を優しく撫でる。他の2人も自然と笑みを浮かべる。彼らも当然海遥の過去を知っている。だからこそ彼が悩んだり苦しんでいることも薄々わかっていた。それが解決した今、胸をなで下ろした。

 

「と、いうわけで、だ。だいぶ趣旨からそれてしまったのだが……。両者意見一致で、上板聡太郎と池谷汐帆の結婚を認める」

 

皆川さんが双方に目を向けて、宣言した。それによって緊張の糸がついに切れたようで場が一気に和む。聡太郎と汐帆は互いに見つめ合う。そしてお互い前へと歩み寄って、手を握る。

 

「改めて、よろしくね。汐帆」

 

「うん、聡太郎さん」

 

微笑ましい2人を皆が温かい目で見守る。これで、1つ境界線での問題が解決された。2人のところに海遥が近寄る。

 

「汐帆ちゃん。ごめんなさい、そしてありがとう」

 

「ううん。こっちこそ、ありがとう。海遥がいなかったら、ちゃんと自分にケジメつけられなかったよ」

 

「……やっと、前みたいな海遥、見れたな」

 

「うん!」

 

航大は腕を組み、疲れがドッと来たようで壁に寄っかかっている。海遥が見せる自然な、柔らかい笑顔を見て、澄澪たちも嬉しかったようだ。

 

「さて、これでお開きだな」

 

「藍住さん、今日はありがとうございました」

 

「なになに、どうってことねぇよ。ウチの職員なんだから当然だろ」

 

聡太郎が大生の父に今日のために時間や場所といった協力に対する感謝の意を述べた。大生の父はそれに聡太郎の背中を若干強く叩いて答えた。

 

「いやー、まったくさ。俺の無様な有様を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なぁ、一樹たち?」

 

「!!!」

 

頭をかきながら突然海遥は窓の方に向く。さらに名指しまでされてしまった。あまりにも急だったので変な声が出てしまった。おとなしくここは降伏だと言わんばかりに、4人が顔を出す。

 

「あれ、里実ちゃんたち」

 

「おい、大生。こそこそ何やってたんだよ」

 

「バレバレでしたか……」

 

「え、あはは。俺らも、汐帆さんのことが気になってて」

 

「……まぁ、わからなくもねぇけどよ」

 

大生の父は今回は見逃すと言うことで済んだ。里実はまた泣きそうになりながら汐帆と言葉を交わす。一方的に祝福の言葉をかける里実を、汐帆は優しく里実を抱きしめる。

 

部屋に並べられた長テーブルや椅子は大生の父が片付けとくということで、それ以外は漁協を出ることとなった。聡太郎は母の車いすを押してエレベーターの方へ歩いて行く。

 

外に出ると、一気にムッとした風が来ると思っていたのだが、何故かそうでもなかった。暑くないのだが、寒くはない、そんな微妙な気温。そんな不思議な現象の意味が、間もなくわかることとなる。

 

「……え?」

 

海遥が足を止める。右手がそろりと自分の頬を触っている。

 

「どうしたの?」

 

沙月が海遥の方を振り向いて問う。だが、海遥はそれに答えず、ただ上を向いていた。彼の視線の先に皆も惹かれて上を向く。そこには、一面薄いグレーが広がった雲から、白い小さな何かが落ちてくる。

 

「ええ、雪?」

 

目線にまで落ちてくるとそれの正体がわかった。日中だけれども少し光りながら落ちてくるそれは、雪だったのだ。しかも……。

 

「これ、ぬくみ雪……なのか」

 

「うそ……。今って、7月じゃ」

 

海遥の手に落ちたそれは、一瞬にして消えた。その雪は、果那ノ海に住んでいたからこそ、ぬくみ雪だと見分けられた。でも、そこに単純な喜びはなかった。

 

海の中に降るはずのぬくみ雪。しかも地上で降るにしても季節が違いすぎる。この現象に、一行はただただ、立ち尽くすことしかできなかった。




物語は刻一刻と近づいていきます
原作を知っている人ならすぐにわかる、アレに、です
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