凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第二十四話 ぬくみ雪は止まらない

「どういうことだよ!?」

 

「何回も言わせるな。とにかくお前は明日からもう地上の学校に行かなくていいんだ。俺は俺で色々やらなきゃいけねぇことが山ほどあるんだ。後でまた説明するから、家で待ってろ」

 

そう言い残して玄関で下駄を履くと早々にドアを開けて出て行った。その姿を航大は不満げに目を細めて睨んだ。

 

「あー、ったく。意味わからねぇ」

 

「そういう風に決まったんだって。今朝、ウロコ様から直々に話があるからって宮司さんから連絡があって」

 

航大の母は台所で皿を洗っている。苛立ちながら居間に座る航大を宥めるように言う。今日は休みと言うこともあって航大は遅く起きた。自然に目を覚まして気持ちよく伸びをし、居間へと向かった途端にこのことを父親から告げられた。

 

「ははあ、なら海遥のやつ、何か知ってるな」

 

勢いよく立ち上がり、居間の入り口付近に置いてある電話をつかむ。慣れた手つきで番号を押し、受話器を耳に当てた。呼び出し音が決まったリズムで聞こえてくる。

 

「……つながらねぇ!!」

 

一向に呼び出し音が鳴り止まず、切る。

 

「地上でもぬくみ雪が降ったって言うしね。それが原因しているのかしら」

 

皿洗いを終えて布巾で手を拭く。航大の母はそう言いながら窓を眺める。

 

「そういえばあんたさ、ぬくみ雪見たんでしょ?地上で」

 

「ああ、まあな」

 

「どんな感じだったの?」

 

「どんなって言われても……いや、そうだな。"気持ち悪かった"」

 

母親の質問にどう答えていいかわからず首をひねったが、昨日の光景を思い出してみた。そして出た答えが、それだった。

 

「気持ち……悪い?」

 

「ああ。海ん中で降るのがぬくみ雪だろ。それが地上に降ってるとさ、やっぱり違和感しかねぇ。何か一部分が違うっていうか、その何かもわからねぇ。気持ちが悪ぃんだ」

 

自分の中で湧き出る違和感。その時感じたものを思い出して、航大は顔をしかめる。家の窓から見える光景はいつもと変わらない果那ノ海。でも、ここも何かが違う、そう感じた。

 

 

今朝、果那ノ海に言い渡されたことは"地上へ出ることを禁ずる"というものだった。

 

通達はウロコ様のお言葉によって決まり、今朝に集まった大人の男性たちによって村人全員に伝えられた。それによって陸に上がって職場に行っている人、学校へ行く海遥たち5人はひとまず自宅待機という形になる。ただし今後の動きとして大事になってくる食料調達のためだけに、今日か明日で数名が陸に上がることになる。

 

この命令のために当番制でまわりの警備を行うこともまもなく決められた。主に子供たちが退屈しのぎにふらっと陸に上がることを防ぐという目的がある。こういったことが突如決められていくのを子供たちはただただ見ていることしかできないが、大人たちだって半分疑問に感じながら事を進めていた。誰もが同情できる。あんなことを言われても実感なんてできないのだから。

 

ここで最初突っかかるものといえば、汐帆のことである。だがしかし、これはこのことが起きる前に決定されたことなので強制的に海から出さない、ということにはならないようだ。

 

そうこうしているうちに日付が月曜に変わる。とはいっても海遥たちは学校には行かない。いつものように早く起きなくていいし、学校に連絡もしなくていい。もう何も気にしなくていい、そう言われたとしても違和感と不満が溜まるに違いなかった。

 

書類や荷物の整理等も終わり、海を出る前日の夜に小規模ではあるが送別会が行われた。決して喜ばれてこなかった陸の人間との結婚に、今回は反対をずるずると長引かせることもなく平和だった。海遥たちも参加して少しの寂しさも含め、非常に盛り上がった。

 

そして出発当日。大きな荷物はおおかた運ばれているため、汐帆は少し大きめのバッグ二つを持つ。5人が普段学校へと向かうために集まる場所とは少し違う場所――ここが正式な果那ノ海の入り口である――に見送りのために汐帆の両親と海遥たち、汐帆の友人たちが来た。

 

「じゃあ、ここで」

 

「うん」

 

「体に気をつけるんだよ」

 

「わかってるよ。そうでなきゃ、聡太郎さんを支えられないよ」

 

両親の言葉をしっかりと聞き、笑顔で返した。

 

「みんなも、元気でね」

 

「うぅ-、汐帆ぉ」

 

友人たちは感極まって涙を流す。汐帆は彼女らを優しく抱きしめる。ゆっくりと頭を撫でる様は、まるで親とこのように、汐帆がさらに大人びた印象である。

 

「汐帆ちゃん」

 

航大がまず歩み寄る。汐帆は航大に目を向け、その後ろにいる4人に目線を移す。

 

「みんなには色々助けてもらったね。ありがとう」

 

優しい声で塞き止めていたものが崩れていくようだった。航大は泣かないように我慢していたが、唇を噛みしめるだけで涙は止められないようだ。澄澪は滝のように泣いている。その横で澄澪を慰めようとしている沙月も涙が止まらないようだ。

 

「はは、ヘンな顔になってんぞ」

 

「うるせーよ」

 

航大の両脇に海遥と洋斗が立つ。海遥は航大の顔をのぞき込み、堪えきれずに笑っている。洋斗は相変わらずの無表情の中に少しだけ口元が緩んでいる。

 

そんな航大から改めて海遥は汐帆を見る。その凜とした姿から、これから"妻"になるというだけあってか、知らぬ間にさらに大人びたなと感じた。

 

「汐帆ちゃん。僕らは、さよならなんて言わない。またね」

 

「うん」

 

汐帆は笑顔だった。綺麗な笑顔だった。

 

最後に両親と長く、抱き合った。母親のすすり泣くのが聞こえた。そして名残惜しそうに腕を離す。数回言葉を交わし、汐帆は入り口へと足を進めた。間もなく力を入れて浮く。足を動かしてみるみるうちに地上へと近づいていく。海から遠ざかっていく。もう自ら戻ることはない故郷を、汐帆は振り返ることはなかった。その姿を、彼らは見えなくなるまでじっと見続けた。

 

今現在、彼らは海から出られない。そして、汐帆も海を出て陸の人間と暮らし始める。先も述べたように、自らもどっては来られない。それはつまり、出されている命令が解かれない限り、汐帆とは会えなくなるのだ。それ故に、皆は悲しんだ。行き先もわからない状況の中で、いつ会えるのかもわからない。もしかしたらこのまま永遠に……。もし仮にそうだとしても、いや、彼らの中には必ずまた会えるという思いが、そこにはあった。

 

「また1人、いなくなってしもうたのぅ」

 

汐帆の姿が見えなくなるまで上を見上げた後、彼らは各々別れた。海遥たち5人の目の前にはウロコ様が現れた。

 

「どうしたんですか、ウロコ様」

 

「ああ、お主らにも伝えておかなければならんのでな」

 

「え、何を?」

 

「何を、とはなぁ。それは当然、今起こっている現象についてじゃよ」

 

 

 

 

 

一行は場所を移し、渦波神社へと来た。中に入るなりウロコ様は特等席と言わんばかりに奥にドカッと座り込む。5人は手前で腰を下ろす。静けさで満たされた中は、想像以上にひんやりしている。各々異常気象で服装には気をつけていたが、それでも肌をさすってしまうほどだった。

 

「さてとじゃ。お主らにはあくまで"陸に出ることを禁ずる"としか言われておらんじゃろう。その理由、知りたいじゃろ」

 

「ああ、そうだよ」

 

航大は腕を組みながら答える。

 

「いくら何でだって親父に言っても直にウロコ様が教えてくれるって言ってたからな」

 

「うん、私のところもそうだった」

 

沙月も同じ対応だったと頷いている。同様に澄澪と洋斗も首を縦に振る。しかし海遥だけは腕を組んで俯いたままだった。

 

「やっぱりお前はもう知ってんだな。先行特典かよ」

 

「は?いや、そういう風に先に聞かされたとかじゃない」

 

「なら、どうなんだ」

 

有耶無耶に返す海遥に洋斗はさらに質問を投げかける。すると海遥はおもむろに右手で髪の毛をクルクルともてあそばせながら、

 

「結構前とかにだけど、ここにある書物とかを父さんに呼んでもらった記憶があるんだ。だから、なんとなくだけれど察しがついているんだ」

 

彼は宮司の息子であるが故に、4人はそれで納得した。

 

「まぁ、ホントに小さい頃だから、おおざっぱにしか覚えてないからなぁ。だからウロコ様、頼みます」

 

「なに、そのために呼んだんじゃ。当たり前じゃよ」

 

ウロコ様は1回咳払いをして、背筋を伸ばした。普段だらけた様子が印象だったので彼らも姿勢を改める。

 

「今から話すのはちょいとした昔話じゃ。まあ、お主らにはかなり昔の、じゃがな。

お主らはなぜ海と陸にそれぞれ生活している人間がいるかは、もう知ってるな。その後の話じゃ。あるとき、海神様は海を捨てて地上に上がった人間たちのことを悲しんで、海の奥底にお隠れになってしまった。すると、海にも地上にもぬくみ雪が降り積もり、世界はどんどん灰色に、冷たく、凍えていった。そこで地上にいた娘が一人、海に潜って海神様に会いに行ったそうじゃ。地上にいる人間たちを助けてほしい。その言葉に心を動かされて、海神様は人の側にお戻りになった。そして寒冷化は治ったという。……そして今、海神様が再び人から遠ざかったのではない。人が海神様を忘れて離れていっているのだ。人間の祈りがなければ海神様も力を失う。海神様の力はかつてとは比べようもなく弱っているんじゃ。それはお主らも見てわかるとおり、御霊火じゃ」

 

自らの背後を親指で指す。後ろにあるのは大きな杯。赤を基調とした杯には金で鮮やかな装飾がされている。そこに御霊火が燃えさかる。だがそれは以前見たときよりも小さくなっていた。

 

「この話の通り、先日地上にぬくみ雪が降った。勿論、果那ノ海にも。それどころか、全国各地で同じようにぬくみ雪が降った。これが意味するものはつまり、寒冷化じゃ。完全なる寒冷化になるのは50年後か、100年後。あるいはそれよりも先、もしくは案外早くにも……。どっちにしろいつかは訪れてしまう、いわば滅亡じゃ。人類のな。

さて、これらをどうにか防ぎたい。人という種族が生きながらえるには、凍える世界から眠りによって逃れる方法しかない」

 

彼らに言い渡された、この状況を打破できる唯一の方法。それは、"眠る"ことだった。

 

「え……ちょ、マジで?それって冬眠ってことか!?」

 

「そうじゃ。これから先もぬくみ雪はますます降り積もる。世界は冷たく凍えていく。人はやがて来る寒さには耐えられん。そこで長い眠りにつくことで時間を稼ぎ、いつかまた海神様の力が蘇るのを待つ」

 

「そん……な」

 

あまりに衝撃的な内容に、澄澪は両手で口を塞いだまま固まってしまう。洋斗は難しい顔をしながら頭をかく。

 

「これは避けられない事実。直に冬眠に入る準備が始まる。きっとお主らも感じ始めるじゃろう」

 

「ちょ、ちょっとタンマ」

 

航大は右手を突き出してウロコ様を制止させた。航大も目を閉じて必死に考えているようだったが、ことがことなだけに飲み込めていないようだ。

 

「冬眠って、俺らは熊か?そんなことできるのか」

 

「それはさっきウロコ様が言ってただろ。俺らにも直に感じ始めるだろうって。多分、このエナに何かしらの変化があるんだろう」

 

航大の質問を海遥が代わりに答えた。だがそれでも納得出来ないことだらけのようで、もがき苦しむように唸る。

 

「あの、でも、それなら地上の人たちは?白風中のみんなとかは」

 

「地上のやつらは関係ない。エナがないからなぁ。だが、そもそもお主らは海から出ないことになっておるから、関係ないじゃろ」

 

納得できていないのは澄澪も同じようだ。彼女が心配していたのはもちろん一樹たち白風中のクラスメイトたちだった。だが返ってきたのはあまりにも他人事だった。

 

「じゃあ、あいつらをこのまま見殺しにするってのかよ!」

 

「殺すもなにも、すぐに凍るとは決まっておらん。第一、たかが数ヶ月知り合っただけの人間たちじゃろ。それに、特に航大は嫌っておったんじゃないのか」

 

航大が立ち上がって食い下がるが、相変わらずの淡々としたウロコ様の言葉に怯む。が、すぐに反撃する。

 

「それは最初の頃だけだ。今は違う。大切な仲間なんだ!それを見捨てることなんかできない」

 

「私も!やっとせっかく仲良くなれたのに、もうお別れだなんて。それに何も言えてない。そんなのは嫌だよ!」

 

続いて澄澪も立ち上がる。この中で彼女が一番陸の人間たちと接して、仲良くなりたいと思っていたのだから、当然である。

 

「ほぅ……大切な、ねぇ」

 

「何だよ」

 

「いやいや。この短い期間でそんなにも食い下がるほど大切と思えるまでになった。なら、その中で愛する人でも出来たのか、とか」

 

「んな!!?」

 

不適な笑みを浮かべるウロコ様のこの発言は予想外だったようだ。立ち上がった二人は謎に頬を赤らませ、口を噤んで視線を逸らしてしまった。その様子を海遥は見逃さなかった。

 

「本当に、他に方法は……」

 

「ない。これは()()()()()()()()()。すぐにでも眠った方がいいのだがな、それはそれで準備が間に合わん。かといって先延ばしにしても意味が無い」

 

沙月が両手を重ねて握っている。力が入るくらいに今に状況に驚き、困惑している。絞り出すように出た言葉もばっさりと切られてしまう。

 

「話は終わりじゃ。これ以上粘っても無駄なモンは無駄なんじゃ。お前ら5人がそれぞれ大切なんじゃろ。それを失いたいのか?嫌なら、覚悟を決めろ。人は多くのものを守れるほど、強くはない」

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