凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第二十五話 小さな可能性

「どうなるんだよ、結局」

 

航大の苛立ちの混ざった言葉に誰も反応しない。静けさに包まれたのは教室の中。そこはもう廃校になってしまった青海中。立ち入り禁止の看板は立つものの外から鍵はかけられていない。5人は青海中の中の自分らが使っていた教室を訪れていた。

 

中学一年の三学期修了式の日に描いた黒板の文字、"ありがとう、青海中!"さえ残っていた。ほとんど掃除などされていないのだろう、部屋中にぬくみ雪が溜まっていた。ドアを開ける度、歩く度にぬくみ雪が舞った。椅子や机にたまったそれも手で払って各々の使っていた席に着く。この光景はいつぶりだろうか、と振り返ってしまった。青海中から白風中に移ってからまだ四ヶ月弱しか経っていないのだ。たったこれだけの期間しか空いてないのに、何年ぶりにも思えてきた。それほど彼らにとって濃い経験をしたということだろうか。

 

「……みんなと会えないまま、なのかな」

 

消えてしまいそうな声で澄澪は言う。ウロコ様の話の後、澄澪はずっと下を向いたままだった。今だって膝の上に手を組ませながらそれだけを見ていた。

 

「そんなことはねぇだろ。ぜってー会える」

 

「どうやって?」

 

「え……それは。……なんとかして地上に出る」

 

航大の元気ある声は澄澪の言葉によって一気に萎んでしまう。なんとか振り絞って出した案も全員のため息で突っぱねられた。

 

「私たちが頑張って作ってきたおじょしさまも、無意味だったのかな」

 

机に両腕を重ねて顎をのっけている沙月が、そんなことを言う。海遥はほぼ不参加だったが、4人は確かに加わっていた。一樹たちと協力して完成させたおじょしさま。完成像を見たとき、どれだけ感動したことか。ゼロから作り上げたそれは、きっと彼らの青春を飾る大役者に間違いない。それが堂々と船に乗って海を渡るその姿を見ること無く、眠りについてしまう。頑張ってきた彼らがこれで納得出来るはずがなかった。

 

「無意味……」

 

「そんなの、ダメだ。俺らはただ作るためだけにタダ働きしてたんじゃねぇのに……」

 

澄例の嘆きのような声、航大の悔しさから出る怒りの声。航大は右手を握って机を一発叩く。ドン、という音さえもあっという間に空間に吸収されていった。取り囲むのは静寂。廃校と化したここには果たして陽気な気分になれるだろうか。

 

「方法なら一個あんだろ」

 

唐突に発言したのは洋斗だった。今日に至っては下手したらこれが第一声かもしれないほどに喋っていなかった。それ故航大はあたかもいない人間が突然現れたようにビックリする。

 

「俺は幽霊じゃねぇぞ」

 

「んな、別にそう言うわけじゃ……。じゃなくて!方法って何なんだよ。この状況を打破できる、画期的な……」

 

「俺のはあくまで冬眠を回避する、ってーのじゃないぞ。どうやって白風中のやつらと会うか、だ。さっきのウロコ様の会話を思い出してみろ」

 

手を頭の後ろで組む。背もたれに寄っかかりながら皆の方を向く洋斗は、あの頃のままだった。

 

「あいつはこう言った、いつか訪れる寒冷化を回避するために俺らは直に冬眠する。そうなったらわざわざ陸に上がらなくていい、冬眠の準備をして時期が来るのを待っていればいい。こうも言った、すぐにでも眠った方がいいが、それでは準備が間に合わん、と。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと。俺らは中学生だから義務教育がどうたらこうたらとか言ったら、冬眠につくまで学校に行けるんじゃないのか」

 

洋斗が言い終わると僅かな間が空いてから航大が詰め寄る。

 

「それや!それやで洋斗!」

 

「お、おう」

 

「確かに。学校行けないんじゃ冬眠するまでずっとここにいることになるし。それじゃ暇すぎよね」

 

「なるほどねぇ。そう言われればそうだな。じゃ、善は急げってことでウロコ様に話しつけてくるか」

 

海遥は立って椅子をしまう。そのままドアの方に行こうとしたときに航大に話しかけられた。

 

「待て海遥。ここは俺らも行くぞ。ほら、立てよ洋斗」

 

「え。俺もかよ」

 

「発案者はお前だろ?なら来いよ」

 

航大は洋斗の腕をつかんで半ば無理矢理立たせる。あまり気乗りしない表情を浮かべる洋斗だが渋々といったところだ。

 

「2人は待ってろよ。必ずいい報告してやっからよ」

 

洋斗の発言ですっかり元気を取り戻したようで、航大が先頭にたって走り出した。それを追いかけるように海遥と洋斗も走る。彼らの足音が廊下に木霊する。徐々に遠くなって行くにつれて音は小さくなり、ついには聞こえなくなった。嵐が通り過ぎた後のような静けさが残った。先程の静寂さとは、また違うように感じた。

 

「やったねさっちゃん。またみんなに会えるんだよ」

 

「まだ確定じゃないけどね。でもきっとウロコ様もわかってくれるよ」

 

こちらも元気を取り戻したようだ。咲いた花のように笑う澄澪を見て、沙月も笑う。だがすぐに真剣な顔になった。今はここに2人しかいない。2人の他に誰もこちらに耳を傾ける者はいない。2人だけの、秘密の会話だ。

 

「ねぇ、澄澪」

 

沙月は意を決して、だが表には出さないように自然に言った。

 

「澄澪はさ、大生君のことが好きなの?」

 

「……え?」

 

思った通りの反応を示した。顔がどんどん赤くなっていく様は、タコを煮ているところを早送りしたかのようだった。

 

「当たってるんだ」

 

「え、いや、そうじゃなくて!別にそんな、私は違うし!」

 

両手を思いっきり振り回してアピールする様は幼い子供を見ているようで、沙月はまた笑う。澄澪はちゃんと文になってない言葉を叫んでいたが、シュンと止んだ。

 

「……わからないの」

 

「え?」

 

「大生君が嫌いじゃないんだよ。白風中のみんな友達だから、大切だから好き。でも、大生君は色々知ってるし、私にできないこといっぱいできるし。それを見て凄いなぁって思うし、それに……。何か、大生君だけは何か違う気がするの」

 

俯き、両手を重ねて胸におく。澄澪の心の奥で何か引っかかることがある。それはいったい何なのか、口に出そうとしてもうまく出てくれない。彼女は中学二年であり、まだまだ成長していろんな知識を得ていくだろう。けれど、それによってやっと言葉に出来るような、そんな経験的なものではないと感じた。そのもどかしさに、澄澪は悩んでいるのだ。

 

「うん」

 

その姿を見て沙月はただ頷いた。沙月自身もそれは〇〇だ、と断定的にいうことはできない。それの正体は沙月にもわからない。それがはっきりとわかることができるのは澄澪自身しかいない。澄澪が悩んで、探して、その繰り返しをして、やっとそれの正体が彼女の目に現れる。その様子を見て、ほんの小さな助言でしか沙月自身は関われないと思っていた。

 

「じゃあさ、さっちゃん」

 

「なに?」

 

「さっちゃんには、いるの?好きな人」

 

「え!?」

 

悩んでいる姿から一転、澄澪が予想外の反撃を繰り出した。沙月は驚いて変な声が出てしまった。そんな質問が飛んでくるとは思っていなかった。

 

「あれ……もしかして」

 

「え、いや……その」

 

いつの間にか立場が逆転していた。みるみる澄澪の顔が不敵な笑みに変わってく。ねずみを追い詰めた猫のように澄澪が沙月に近づく。

 

「ふっふーん。その反応は、いるんだねさっちゃん」

 

「べ、別にそんな」

 

「嘘はだめだぞー!」

 

澄澪は沙月に飛びつく。瞬間的に沙月の脇腹に手を滑り込ませ、細い指を細かく動かす。

 

「ちょっと、やめてよ澄澪!」

 

「へへへ。昔っからこちょこちょ弱いよね」

 

脇腹から伝わるくすぐったさに沙月は身をよじる。沙月を逃さないように腕を使ってホールドする澄澪。とうとう椅子から転げ落ちる。すぐに立ち上がって沙月と澄澪の鬼ごっこが始まった。無邪気に笑って、騒いで、走り回る彼女らはどう見えるだろうか。何も聞こえてこない学校の中で少女たちの声が響く。あふれんばかりの笑顔の彼女らから、これから冬眠に入ってしまうなどと、誰が分かるだろうか。

 

 

走り回って2人はすっかり疲れてしまった。教室の床に座り込む。右肩に寄り添ってくる澄澪を見て、沙月は仄かに笑うが、それもすぐに消えた。

 

沙月は悲しく感じた。もし澄澪が大生のことが好きだったのなら、冬眠前まで学校に通えることになったのなら、彼女は思いを伝えるのだろうか。その思いを伝えたとして、大生は何を考え、どう返すのだろうか。眠りにつき、いつ目覚めるのかもわからない相手から告白を受けて、何を思うのか。それは、同様に澄澪にも言える。沙月は、そんなもどかしさに悲しさを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汐帆ちゃん!」

 

陸に上がってからすぐに誰かから呼ばれた。顔を上げて声がした方を向くと、そこには聡太郎の姿があった。こちらに駆け寄ってくる。

 

「よかった。来れたんだね」

 

「当たり前じゃん。何のためにあんだけ話し合ったのよ」

 

若干呆れるように汐帆は言い、聡太郎に抱きつく。しっかり抱きしめられた聡太郎は、笑って汐帆を抱きしめる。

 

「ねぇ、今海の中で何が起こってるの?冬眠って何なの?里実ちゃんやみんなが心配してるんだ」

 

腕をほどいた後、聡太郎が心配そうな顔で聞いてくる。汐帆は驚いていた。今日も含めて3日連続で海遥たちは学校に来ていないのだ。唯一海から出てきた汐帆に現状を聞いてくるだろうとは思っていた。しかし、

 

「……なんで、その話を」

 

目を見開いたままの汐帆が尋ねようとしたとき、汐帆は少し遠くからこちらに近寄ってくる人物を見つけた。里実の母だった。

 

「汐帆ちゃん。それについてはもうみんな知ってるの」

 

「でも、これは海の人しか……」

 

「そうよ、海の人しか知らないのよ」

 

里実の母は当たり前のことのように返す。微笑む彼女の頬が、ほんの少し虹色に光る。

 

あぁ、と汐帆の口から漏れた。汐帆はすっかり忘れてしまっていた。

 

「もう、海から離れた人にも、情報は伝わるんですね」

 

「そうなのよね。追放とか言ってるけれど、こういうことになったら仲間意識が出るのかしら。変よね」

 

手で口を押さえながら里実の母は笑った。そして振り返って2人を手で招く。

 

「ちょうど漁協に来いって言われてるのよ。2人とも、来て」

 

2人はお互いを見て頷き、里実の母について行く。

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