凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第三十一話 惹かれるもの

果那ノ海で行われた小さな誓いの宴は終わり、その日までの時間がさらに早まったようにも感じられるようだ。そしてありったけをギリギリまで頭の中に叩き込み、期末テストをやりきったのである。

 

期末テストが終わったのが13日の水曜日。そして夏祭り兼おふねひきの日が30日の土曜日。それまでに彼らはおふねひきの開始からの流れ、動き等々を今度は頭に入れていく。勉強とは違って、これは儀式である。動きをひとつひとつ確認していけば直に自然と覚えられていく。陸の漁協組合方たち全員は仕事合間や終わった後に歌う練習を重ねていった。一方の果那ノ海の青年会も唄の練習は欠かさなかった。

 

「……ぐぬぬぬぬ」

 

眉間にぐっと皺を寄せ、歯を食いしばって海遥はうめき声を漏らしながら自分よりも大きい旗を掲げていた。左手は上、右手は下の方を持ち、腰を少し低くして旗を斜め上を向くようにする。とはいえそこまでいってもまだ完璧には扱えていない。旗を振ってみるがどうにもバランスが途中で崩れたり、風が少し強く吹くと乱れてしまったり。まだまだ練習が必要であることは明白だ。

 

「ほらほら、もっと腰を入れないと」

 

「は、はい……!」

 

漁協の若手に海遥は指導を受けていた。白い雲がどこまでも広がる午後の空の下、ビール瓶のケースを上下ひっくり返して若手組合人は座っている。中学生の必死で腕を振るわせながら巨大な旗を持つ姿を見て微笑む。

 

「いやいや、頑張るねぇ海遥は」

 

「当然やろ。一番遅く入ってしまった故に、ここで役目を果たせといわんばかりの全員一致だったもんなぁ」

 

その傍らで幹大と隆広は海岸の端っこに足を投げ出して座っている。2人の手には水色の棒状アイスが握られている。シャリシャリと噛んだときの音の刹那、冷たい甘さが口の中全体に広がる。異常気象とはいえ、アイスは食べないわけにはいかないのだ。

 

「お、きょうもやってんな」

 

2人が揃って振り向くと、そこには私服姿で自転車にまたがっている一樹が海遥の方を見ていた。

 

「よう一樹」

 

「おう。ってお前らアイス食ってんのかよ」

 

「まあね。俺らにちょっとした差し入れってサ。お前も貰えば?そこのボックスに入ってるぞ」

 

「マツシゲで買う予定だったけど、まぁいただくか」

 

漁協組合の方々に感謝して一樹もアイスを貰うことにする。フタが青で箱自体が白の保冷ボックスが近くに置いてあった。開けると一気にひんやりとした冷気が溢れ出てくる。凍らした保冷剤が3個入っていて、アイスは複数本入りの袋が6つ、きっちりと収められている。開封されているものから一樹は取り出す。2人のと同じ水色のアイスだ。

 

「そういえば、ほかのみんなは?」

 

「んー?確か、隣町に行ってんじゃなかったっけ」

 

「そうだぜ。昨日の件で、布類諸々の調達だろ」

 

ああ、と一樹はすぐに理解した。それはつい昨日のことだった。おふねひき当日に学生の皆が着用するはっぴを漁協の倉庫から出してきた。それらをサイズやその数量と照らし合わせた見たところ、在庫が思っていたよりも無いことに気づいた。大人たちの分は自分自身で持っているのだが、中にはこの1年で悲しくも体型の変化によりサイズ変更したい人もいて、尚且つ歴代最高人数の白風中生徒の参加で圧倒的に足りないのだ。加えて長年使ってきたためか、ボロボロになっているものもあった。

 

そこで今回、はっぴを新調しようということでまず材料の買い出しをしよう、となった。それが今日で、車を使って大生とその父、澄澪、沙月、航大の5人が隣町に行っている。

 

「あぁ、そう……だったね」

 

「なんだ、もしかしてお前も行きたかったのか?」

 

一樹の声のトーンが下がった様子から幹大は不思議に思った。その素朴な疑問を投げると一樹は体を反射のごとく跳ね上げた。口に溶けたアイスよりも冷たい感覚が体全体に一瞬にして広がる。心臓も氷付けになったような心地で、自分の心情が筒抜けになってしまったのかと一樹は思ってしまった。

 

「い、いやいや。違う違う」

 

「そ、そうか」

 

「あ、俺そろそろいくわ」

 

必死に首を振ってその問いを否定した。その必死さに幹大は目を丸くして驚き、アイスをかじった。そして一樹はアイスを一気にかぶりつくと自転車の方に慌てるようにしてまたがる。

 

「じゃあな。海遥に頑張れって言っといて」

 

「うい。じゃーねー」

 

一樹はペダルに足をおいて力を込める。タイヤと地面が擦れる音と共に加速していった。その後ろ姿を見ながら2人はゆったりと手を振った。幹大は今でも一樹の慌てぶりに首をかしげていたが、隆広はお構いなしといった様子でアイスの最後の一口を頬張った。残った木の棒は保冷ボックスの横に置いてある袋に突っ込む。そして白い空を仰ぐ。

 

「みんな、大変だね」

 

 

 

一樹は力任せに自転車をこぐ。確かに幹大の言ったことはあながち間違いではない。今日隣町に行っているメンバーに澄澪がいる。そして、そのほかに、航大はいいとして、大生がいる。それだけで、いやしかしそれ以外なのかもしれないけれど、一樹は心の奥深いところを鋭い物で突かれたような感覚に襲われた。考えすぎだ、そう自分に言い聞かせた。けれどもしかし、覆い被せても隙間から溢れ出し、心の中をじわじわと支配していく水のようなこの想いは、そう簡単に防げそうもない。

 

一樹は自転車をこぐ。目指す場所、すなわち自分の父親の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し巻き戻り、そして場所は海岸にそってふわりと飛び、山を越えて隣町へと移動する。果那ノ海とは雰囲気もがらりと変わり、巨大なデパートや様々な飲食店などの店が連なり、澄澪たちからして見ればかなりの大都会である。果那ノ海から出発してからしばらくは山々しか見えなかった窓の景色も、海をまたぐ橋を渡ると次第に建物が現れ始める。この場所に来たことがなかった海っ子3人はひたすらに窓の外を眺めていた。

 

車は大型デパートの駐車場へと辿り着いた。立体駐車場の2階に停める。上の階もあるためライトはあるが薄暗い駐車場には、ほかにも多くの車が停まっている。大概が一般家庭がもつ車であるためか、彼らが乗ってきた汚れの染みついた車がやけに目立っているようにも見えた。

 

「よし、着いたぞ」

 

「そういえば、みんなはここ来るの初めてだっけ?」

 

「う、うん。みはっちゃんなら来たことあるけどね」

 

それぞれ車から降りてデパートの入り口を目指す。駐車場から専用口からエスカレーターに乗っていく。このエスカレーターでさえ3人は目を丸く輝かせながら見ていた。そして目的のフロアに着いて一行は店内をゆっくりと進む。その間も3人は異世界にでも来たかのようにあたりを見まわしながら大生たちの後ろをついて行く。

 

「わ、見て見てこうちゃん!おっきいぬいぐるみだよ」

 

「おお。こっちには文房具が沢山あるぜ……」

 

「……かわいいキーホルダー、いっぱい」

 

「まったく、賑やかだな」

 

3人ともあらゆる方向に興味を示しては視線を向けて、という繰り返しの様を見て大生の父は、まるで自分の子供を初めてここに連れてきたような気持ちだった。それ故に穏やかに笑った横で大生も同じく微笑む。そうして歩いた先に目指していた店が見えてきた。着物などの布を扱っているお店だ。

 

「いらっしゃいませ」

 

30代前半の女性店員が小さくも透き通った声であいさつをする。大生の父がゆっくりと店員に歩み寄って軽く会釈する。

 

「どうもすみません。昨日お電話させていただきました藍住と申します」

 

「ああ、どうもお待ちしておりました」

 

店員は藍住と聞くやいなや、ぱっと笑ってすぐに店のカウンターの奥へと入ってく。大生の父は自身の鞄から黒の長財布を取り出す。その間大生以外は自分らの興味に惹かれるままに店内を散策していた。

 

やがて店員が奥から姿を現す。彼女は紙袋が4つほど入ったカートを押している。さらに店員の腕にもそれは左右にひとつずつ掛かっている。カウンター手前にそれを止めて大生の父と改めて向き直る。大生の父は財布のポケットにしまっておいた紙を出して広げる。そこには必要なものを書き留めてあるのだ。店員が紙袋から商品を取り出してちゃんとあるかの確認を行っていく。それが終わって会計を済ませる。大生は率先して荷物のうち2つを自身の腕に掛ける。

 

「おーい、終わったぞ」

 

カートを押して澄澪たちの元に行く。各々で色とりどりの布を眺めていた。

 

「これからこの荷物置いてくるけど、みんなはどうする?まだ見ていたいか?」

 

「いいんですか!?」

 

「今日の目的は果たしたからな。まだ時間に余裕はあるし、みんなが希望するなら」

 

大生の父は3人の顔を順番に見るが、表情からして全員一致のようだ。一斉に首を縦に振ると大生の父はにっこりと笑う。

 

「じゃあ今が3時ぐらいだから、40分くらいになったらここに戻ってこようか。2人でこれ車に戻してきたらここらへんにいるから」

 

「わかりました!」

 

3人は店の方へ、大生と父親はエレベーターの方に向かっていった。

 

 

 

「ほら見て、さっちゃん」

 

「うん。綺麗だね」

 

澄澪と沙月はアクセサリーショップに来ていた。照明に照らされて輝く首飾りやイヤリングがテーブルや木製の棚に並べられている。また一角にはその人の誕生日によって決められた種類のを持つと、特殊な加護を受けるという誕生日石というものもある。

 

果那ノ海にもこういったアクセサリー類は売っている。貝殻等を使ったものだが、やはり陸にはかなわないところがある。それらを見ている彼女らは、まさしく乙女そのものだ。

 

「ねぇ、そういえばあっちにかわいいグッズがたくさんあるの見つけたんだけど、澄澪も行く?」

 

「んー、私はもう少しここ見てたいな」

 

「うん、わかった。ここ出て右に真っ直ぐ行ったところにあるから」

 

そう言い残して沙月はとことこと目的地に向かって歩き出す。澄澪は綺麗に並べられたアクセサリーに視線を落とす。輝く石がちりばめられたブレスレットを手にとって眺めてみる。本体も艶があって自身の顔が映る。薄茶色のブレスレットを付けた自分はどういった服を着れば似合うか、なんてことも想像したりしている。店内を歩いては目にとまったものを眺めて、手にとって、想像しながら楽しんでいる。

 

「わぁ……」

 

そして店の奥の方へ進んだとき、澄澪は瞳を今日一番に輝かせた。それはガラスのショーウィンドウの中で飾られている、海のような青色の貝殻のペンダントだった。それは単調に全てが青ではなく、光の加減によってそれは水色にも、さらにより深い青になったり。様々な顔を持つそのペンダントに、澄澪は見とれていた。さらに、その横にもペンダントがあった。こちらは艶のある銀色の丸いフレームの中に、澄み切った空の下に広がる海のような水色の石がはめ込まれている。その透明な石は光があたると、中にある極小の粒状のものが反射してきらきらと水色をより美しく際立たせる。この2つに、澄澪は魅了した。

 

「デトリタスみたいだな」

 

「ひゃう!?」

 

澄澪のすぐ横から聞こえてきた声に驚き、喉から裏返った短い悲鳴が出てきた。心臓が一瞬にして動きが過剰にになっているのがわかる。左横を見ると大生が腕を組みながら立っていた。

 

「な、なんだ。大生くんかぁ」

 

「随分見とれてたな、これに」

 

「う、うん、とっても綺麗だったから。うん、確かにデトリタスみたい」

 

澄澪は自分を落ち着かせようと、自分の髪を指で梳かしながらあえてペンダントを見る。

 

デトリタスとは、プランクトンの死骸などが分解されてできた微細な粒子のことである。海の中で写真を撮ったとき、それが雪のように白い粒に見えたことから"マリンスノー"とも呼ばれる。

 

「なぁ、吉野川さんはデトリタス、見たことある?」

 

「うん。そんなしょっちゅうじゃないけどね。でも見られたらラッキーだな、っていつも思っちゃう」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

澄澪はちらちらと大生の様子を伺っていたが、大生はペンダントをずっと見ていた。澄澪も直に目は再びペンダントの方に固定してしまった。そのまま2人して黙りこくってしまった。その輝きは誰であろうと魅了させる、ある意味一種の魔力を隠し持っているのかもしれない。

 

「……プレゼントしたら、喜んでくれる、かな」

 

「ん、何か言った?」

 

「え?あ、いや、なんでもない!」

 

ぼそりと澄澪の口から漏れた言葉は大生の耳は拾えなかった。澄澪の方を向いて聞き返すが、澄澪は慌てて首を振った。なんだか自分の顔が熱くなっていて、手をぱたぱたと動かしてほぼ意味がなさそうだが冷まそうと試みた。そうしたときに、大生の頭上、店の壁の角の部分に掛かった時計が見えた。間もなく約束の3時40分になろうとしていた。

 

「あ、そろそろ時間だね。戻ろう」

 

「そうだね。というか、吉野川さんを見つけに来たんだった。2人はもう戻ってきてたから」

 

「え、そうなの!?」

 

2人は少しだけ足早に店を出た。その時、ほんの少しだけ澄澪は先程のペンダントの方を振り返った。

 

 

 

無事全員は合流してデパートを後にする。エンジンが唸り、サイドブレーキを倒して車は動き出す。立体駐車場を出て大通りを通って橋に向かう。

 

「そういえば、今日って巴日なんだよな」

 

「ああ、そうだったそうだった。忘れてたわ」

 

「いや、忘れないでよね」

 

帰路の途中で大生が後部座席の方を向いて話しかける。それで遙か奥に眠っていた記憶が航大の脳から顔を出した。右手を握って左の掌にぽんと置いた。その様子をすぐ横で沙月はジト目で呆れた風に睨み付ける。

 

巴日。これは地上ではなく海中で見られる現象である。ある特定の海流によってぬくみ雪が舞い上がり、流れに乗って一定の場所で集まり、太陽の光を屈折させる。それによってそれは太陽の虚像となり、それぞれの光が重なってひとつの曲線の上に、まるで太陽が3つあるように見せる。

 

「巴日って、やっぱり綺麗なのか」

 

「そりゃあな。めったに見られないし、何だか見とれちまうっていうか」

 

「ね、大生君って割と果那ノ海に興味あったりする?」

 

「うん、まあね」

 

果那ノ海でしか見られない巴日。これはおおよそのデータはとれているため、予報は出る。しかし陸の人間が興味を示すとすれば、海洋学等に詳しい人たちが多い。勿論ダイバーなども含まれるが、大生のように海洋学者でもなければダイバーでもない、ある意味一般人がこういったことに興味を持っているのはあまり多くはない。

 

「やっぱりね、こう身近に自分とは違った世界があると気になるんだよね。みんなみたいに俺となんら変わらないのに、俺には住めない世界に住んでいる。憧れ、なのかな」

 

大生は語りながら窓から海を眺める。徐々に赤くなっている海は、どこまでも続いていて、果ては見えてこない。そして大生の果那ノ海に対する思いを聞いて、澄澪たちは皆微笑む。

 

「憧れ、か」

 

澄澪は大生の言葉を繰り返す。橋を渡る前から開けていた窓から同じく海を見つめる。入ってくる風は思いのほか柔らかく、澄澪の髪を撫でる。その柔らかさも、いつかは……。

 

大生が憧れる海の世界。陸では決して味わえない景色。今、それを知ってしまった澄澪は、なんとも言えないもどかしさ、むず痒さを感じた。




八月中に終わらせるはずだったのに
これ多分終らねぇんだが……。まぁ、4周年までになら問題ないっしょ
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