凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第三十四話 見えない力

「じゃあ、今日はここまでにしよう」

 

あちこちにいる人に聞こえるように大生の父は大声で呼びかける。学校の授業の終わりはチャイムによって告げられるように、こういった準備の終わりはその場のリーダーによって告げられる。

 

それぞれ道具を元あった場所に戻す。修復完了した船は塗装が乾くまでの間は倉庫に入れておく。そのための準備はクレーン等を使うので子どもたちの出番はない。

 

空はすっかり赤く染まって、今度は遠くのほうに夜が顔を出し始めている。海遥たちはみんなに一礼してからその場を後にした。

 

「いやー、しっかし疲れたなぁ」

 

「まあな。でも、もうすぐであれも終わりそうだな」

 

海に飛び込み、すいすいと泳いで果那ノ海を目指す。夕刻の果那ノ海の町が彼らを快く迎える。

 

「……洋斗、どうだったのかな」

 

広場へと着いたときに、そう呟いたのは沙月だった。少し俯いて不安さを滲ませた声によって他の3人も自然と真顔になる。

 

「も、勿論、洋斗のことだからうまく言ったって思うけどね」

 

「……あいつのことだから、そうだろうけどよ」

 

航大は腕を頭の後ろで組みながら空を仰ぐ。

 

「ま、明日来て報告するって宣言してたからな、それを待つしかないっしょ」

 

「……そうだね」

 

押し寄せてきた重い空気を取りはらうように、航大は軽い感じで付け足す。それに若干の不安さはあるものの澄澪は頷いた。

 

 

 

 

いつもの石階段を海遥は上っていく。途中で空の方、厳密に言えば陸の方から歌声が聞こえてきた。低い男性たちの歌声は、海遥でも知っているメロディーだ。

 

「作業の後に唄の練習ですかい。あんまり無理は禁物ですよっと」

 

果那ノ海にまで届く歌声に笑みを浮かべながら海遥は家の方への分岐道を進んでいく。すると……。

 

「うおっ!」

 

玄関前の右側の方に大人がぎりぎり抱えられるくらいの石が4つ転がっている。そのうちのひとつに洋斗が腕を組んで座っていたのだ。

 

「……よう」

 

「び、びっくりしたぁ。どうしたんだよ、こんなと……」

 

控えめに手を上げる洋斗に海遥は不思議そうに近づくが、彼の隣にある大荷物を見て察した。

 

「……なるほどな、そうなっちまったわけか。それに俺の家ならだいぶ空きあるしな」

 

「あ、その、ワリぃな」

 

「いや、いいんだよ。とりあえず入れよ」

 

海遥は両腕を腰に当ててゆっくりと首を横に振った。そして洋斗の荷物2つを持ってから玄関へと向かう。今日は父の和洋は夕飯時までにか帰るとの伝言を朝受け取っていた。ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込み、反時計回りに90度回す。がらがらと引き戸を開けて中に入る。

 

しんとした居間の電気をつける。奥にある台所に小さい魚が一匹だけゆったり泳いでいる。

 

「んじゃ、部屋はこっちな」

 

居間へ入る前にふたつ長い廊下が見える。居間の反対に伸びる廊下には左手に3つ部屋がある。手前の部屋を海遥が使っている。海遥は真ん中の部屋を指さした。

 

その部屋のふすまを開けた。淡い緑のカーテンがかかった窓。右側に備え付けられている押し入れと本棚、木製の丸テーブルがある。

 

「まぁ、一応ここも定期的に掃除はしてるんだがな。気になるんだったら今から掃除するけど」

 

「や、大丈夫だ」

 

洋斗は部屋をきょろきょろと見まわしながら入っていく。家具がろくに置かれていない部屋はリビングのようにしんとしている。しかしそれ以上に、それは時計がないせいかもしれないが、時までも止まっているような感覚に洋斗は襲われていた。

 

「……大丈夫、だけど」

 

「ああ、ちなみに海花が使ってた部屋は一番奥のだから。ここはただの空き部屋だ」

 

ぽつぽつと喋りながらもまだ部屋を見まわす洋斗に海遥は声をかけた。少しだけぴくっと肩を揺らして洋斗は後ろを振り返った。

 

「あ、あぁぁ。すまん」

 

「いいって。気になるもんだよな」

 

気まずさで目を逸らしながら謝る洋斗に海遥は気にしない風で荷物を渡す。

 

「でも、のほほーんとしててそういうの気にしないのが洋斗だと思ってたけど。意外だったな」

 

「のほほーんってなんだよ」

 

ふっと笑う海遥にいつも通りの苦い顔でツッコむ洋斗。しかしすぐにそれは陰りが生じて視線を部屋の壁にむける。

 

「意外、か。……ま、意外だったな」

 

「え?」

 

「たしかに、普段の俺なら海遥が言ったまんまだろうな。具体的には、自己主張はしない、まわりにあわせて行動する、あとは真顔で授業中は寝てる、かな」

 

「ああ、それだ」

 

「何か不満があっても口に出すことはない。自分の内側で妥協してさっさと処理する。それらまとめて俺だと思ってた。それら()()が俺だと、思ってたんだ」

 

話しているうちに洋斗の顔が苦に満ちていくように眉をひそめ、目はなにかを睨むように開いていた。

 

「でも、それは間違っていた。自分の全てを知っていると、勘違いをしてたんだ」

 

「……」

 

「初めて、あんなに怒った。自分でもわけわからないくらいに苛立って、怒りに身を任せて叫んだ。キレるとビックリするくらいに低い声が出た。一日の、たったあの場の出来事で知らない自分がたくさん出てきた。びっくりしたし、それこそ意外だったし、でも……怖かった」

 

海遥が見つめるなか、洋斗は淡々と語る。彼の手は力強く握られていた。

 

「ずっと何も言わずに従ってた両親に、あれほど言ったのは初めてだった。前にも、ここに残るってだだこねたときはあったけど、それとはわけが違う。俺は最初、自分の"思い"を伝えることができれば、って簡単に考えてた。実際、家から追い出されるなんてことは予想済みだったから、それだけでよかった」

 

でも、と洋斗は一旦深く息を吸って吐いた。今にも先程の出来事がフラッシュバックして、あのとき深く焼き付けてしまった感情が蘇って、グチャグチャになりそうだった。

 

「ま、これもわかりきってたんだ、両親がすんなり俺の考えに耳を傾けるなんて。わかってたけど、きっとどこかで、俺の気持ちをわかってくれるとも、思ってたんだ。これでも、俺の両親だから」

 

視線は宙を舞い、洋斗はうっすら浮かべた自嘲ぎみの顔で海遥を見た。

 

海遥は、なにを言っていいかがわからなかった。

 

洋斗は、自分の全てを知っていると思っていた、そう言った。他人任せで動くしかないのが自分だと、巴日の日に言っていた。だからこそ彼なりに、これも普段とは違った"思い"を伝えようと自分から動き出した。当然、そう簡単に上手くいかないのだとわかっていた。洋斗は頭がいいから、そうであろうと海遥も思っていた。けれど、海遥にはどういうものかわかっても、奥深い場所までは覗けない親子同士の間だからこそ、洋斗は期待していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が期待して、それが知らぬ間に出てしまっていた。

 

それを無意識というのか、はたまた違うなにかか。ともかくそれに加えて、自分でも知らない自分、憤怒に満ちた自分が現れた。制御できない怒りをひたすらぶちまけたのか、その詳しい有様を海遥は知らない。よくて航大のいたずらに耐えかねて蹴りを入れる、そんな程度の姿しか見たことがなかった。そう、それもあくまで洋斗自身が認知している範囲の自分なのだ。

 

両親に期待していた自分。想像以上の怒りをみせた自分。きっと後者の方が大きいだろうけれど、これらが洋斗にとってはかなりのダメージだった。これらを洋斗は恐れているのだ。自分を恐れている。

 

「おまけに、とどめは兄貴のことを口走ってた。まったくさ、俺ですら思い出したくなかったものを、最早勝手にさ……」

 

自嘲した表情は徐々に下に落ちていく。声もそれに比例してか細くなっていく。その瞳には陰が増しているようにも見えた。

 

「洋斗」

 

海遥は洋斗の前に立って肩に手を置く。ゆっくりと上げられた洋斗の顔をしっかりと見る。

 

「お前はお前だ、洋斗。知らない自分が出てきても、それはあくまで今まで一度も出したことのない感情だったからだ。それは決して()()()()()()ではない。恐れるな。それに、お前は曲がりにも自分の"思い"を伝えることができた。そうだろ?」

 

「……ああ」

 

「あれが正しかったのか、間違っていたのかなんてのもしつこく考えるな。今お前は疲れてるんだ。ゆっくり休め」

 

「……ああ、そうする」

 

「夕飯できるまで横になるといいさ。あ、俺の部屋に余った布団あるから、それ持ってくる」

 

僅か、であるが彼の瞳の陰が和らいだような気がした。海遥は笑みを浮かべてから自室に急いで向かい、押し入れから敷き布団と掛け布団、枕を持ってくる。洋斗の荷物は部屋の隅に置き、布団を敷いてやる。するとすぐに横になった洋斗は、まるでこの空間に溶け込んでいくように眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、ねぇ」

 

半ば呆れたような様子和洋が呟く。居間に設置されている固定電話をゆっくりと置いた。

 

「……どうだった?」

 

「うん。……そんなやつは知らん、だって」

 

海遥は両手を床に付けて斜め後ろに体を傾けながら和洋に聞く。それに対して力なく笑って肩をすくめた。

 

「そっか」

 

海遥はそのまま寝転んで頭の後ろで腕を枕代わりに組む。そのときにふと壁に掛かった時計がちらりと見えた。時刻は午後9時ちょうどを過ぎたあたりだ。

 

和洋が午後7時前に帰ってきたときにすぐ洋斗の居候の件について話した。和洋は目を大きく見開いたが、すぐにいつも通りの表情に戻って海遥の話を聞いていた。とりあえず洋斗自身から話を聞きたいということで一旦夕食にしようとなった。寝ている洋斗を起こして3人が丸テーブルを囲む。海遥と和洋はなにひとつ変わらない、いつも通りの夕食の時間を心がけた。洋斗にとってはそれこそ滅多にない一家団らんとした雰囲気に瞳を潤ませながらも食事を楽しんでいた。

 

その後は海遥が一番に風呂に入った。それは和洋が洋斗と話しておきたいということもあって、だ。湯船に浸かっているときはさりげなく耳を潜めていたが、居間の会話は聞こえなかった。

 

その後海遥と入れ替わるようにして洋斗が風呂に入っている。

 

「……こういう場合って、どうなんだろうね」

 

「んー、さっぱりだね」

 

「普通は親と和解するか児童相談所とかに相談なんだろうけどね」

 

海遥は乾きかけの髪を軽くクシャッと触る。

 

「あくまで、()()はね」

 

少し体を起こした海遥をチラリと見てから和洋も丸テーブルの前に座る。

 

海遥の言うことは間違っていない。むしろそれらが当然のようにして出てくるだろう。しかし今、果那ノ海ではそうにも行かない。

 

現在冬眠まで刻一刻と迫っている。数えれば8日しか残っていない。さらに、果那ノ海に児童相談所などはなく、地上にしても隣町に行かなければならない。

 

それ以前に、本来果那ノ海の住人は地上に出てはならないことになっている。海遥たち5人はおふねひきに参加するため特別に地上に上がっているのだ。それ以外の理由で隣町に行き、さらには彼らがここにまでやってくることになったら……。それは不可能な話だ。

 

「しばらくここにいるのがいいだろうね。少なくともおふねひきには出られることになったし、それを終えて……」

 

「冬眠をどうにか防げて、もしくはそのまま冬眠しても、どっちにしろ今後の問題だな」

 

むくりと海遥は立ち上がって冷蔵庫を開ける。中から取りだした2リットルペットボトルの水をコップに注いで勢いよく飲み干す。

 

「そうだね。余計に僕の仕事が増えそうだよ」

 

半分ため息交じりにそう言うと、よたよたと居間を出でいく。が、入り口の前で立ち止まった。

 

「さっき言ってたよ。勇気を出して"思い"を伝えられたのも、何度も自分に言葉をかけてくれるって」

 

顔だけこちらに向けて和洋が言う。海遥は意表を突かれたようで目を丸くしている。

 

「やっぱり、大人には届かない何かが、大きな力になるのかもね」

 

ふっと優しい顔で言い終えると居間を後にする。海遥はペットボトルを冷蔵庫に入れ、コップを流しに置いた。

 

流しにもたれかかり、肘を縁に乗っける。ふぅ、と海遥は天井を見上げるようにして息を吐く。

 

「大きな力、か」

 

それはすぐに空間に溶け込んでいくような呟き。頭の中でこだまするように響く。力、その言葉は不思議で、現実的で、しかし幻想的で。

 

「洋斗の方が、勇気っつー力、持ってんのにな」

 

どうしようもないもどかしさで目を細める。それはもうわかっているのに、証明できるのに、それが今目の前に現れない。何故なのだろうか、いつまでも自分に問いかける。

 

「でも、もう迷っている暇はないんだよな。洋斗のとは違うけど、俺だって、それに多分あいつらも」

 

その何故は、もうどう手を探っても出てきやしない。でも、少なくとも、海遥自身は知っている。それが存在していたことを。なら、それを自分なりに再現するしかない。ベクトルは違っても、それは立派なカタチ。そして、さらに彼らに刺激として与える。もう、いや半分もわかっていないけれど、わかっている。彼らにも、確かに"おもい"があることを。それを言葉にのせて、踏ん張って精一杯声を張って伝えるのか、そうでないのかは、結局は全て彼ら次第だけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かに一生懸命取り組んでいくときほど時間の流れは早く感じる。あれから作業も滞ることなく進み、全ての船の修理と塗装が終わり、それらを目の前にした一同が歓喜の声を上げた。

 

主婦たちのおかげではっぴも揃えられ、さらにそれとは別で"もうひとりのおじょしさま"として出る汐帆のための衣装もまもなく完成するとのことだった。

 

陸の皆は今年の祭も盛り上がっていこうと既に興奮気味な様子だった。しかし一方で、特におふねひきに出るメンバーたちはより一層の緊張感を漂わせていた。

 

 

洋斗の一件の翌日、洋斗は何事も無かったかのように作業に参加していた。まわりにはそれとなく理由を作っておいたが、航大、澄澪、沙月には海遥の方から話した。皆それぞれ難しい顔をして静かに聞いていた。そして聞き終えると、予想はしていたが開口一番に航大がぶつくさ文句を言っていた。

 

「まったく、洋斗を連れ出そうとしていたくせに、強く反対したら追い出して他人のフリとか。クソ親だな」

 

「そんなことが……。洋斗は大丈夫なの?」

 

「まぁ、昨日よりかはマシってところだろうけれど。ホントのとこは俺にもわからん。そこらへんはあいつ自身の問題だしな」

 

海遥は腕を組みながら視線を向こう側にむける。一樹たちと話す洋斗はいつ戻りに見えるけれど、しかし海遥たちには少し違和感が残る。

 

「……でも、よかった。んと、こんな言い方じゃダメかもしれないけど、ひろちゃんはここにいられる。おふねひきにも参加できる。だから、よかったって」

 

澄澪は両手を胸元において安堵した表情をしていた。それを見て航大と沙月も少しばかり表情から陰が消える。

 

「ま、ひとまずそういうことだ。洋斗は何の問題もなくおふねひきに参加できる。あとは……」

 

海遥は腕を組んで空を見上げる。時々曇り空になってぬくみ雪が降る現象は未だ続いているが、今日は青空が広がっていた。ところどころにちりばめられた雲は白く、しかしそれはあまり夏の空とは違ったものに見えた。

 

「あとは、俺たちだ。俺たちの問題だ」

 

おふねひき。今年のそれは決して祭りの後の行事だけじゃない。陸の人間、そして海の人間。彼らの"おもい"が重なり、絡まり合い、ひとつになっていく。

 

海を大切にしている"おもい"。海神様を大切にしている"おもい"。そして、彼らの各々の"おもい"。それらを海神様に届ける。決して欠けてはならないそれを、また他の、自分らが持つもどかしいそれを、はたまたさらに違う……。

 

海遥が言った問題、それは様々な変化を遂げる。その答えが出るのは、見えてくるのは、それはおふねひき前日だった。

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