凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第三十五話 前日の日常

夏を忘れたような風は吹いていない。その代わりに今日は先日と比べて幾分肌寒かった。

 

澄んだ青空の下で、大人たちがあちこちで鉄パイプを使って屋台を組み立てている。海の男たちがこういう作業をしていると、ちょっとした違和感が感じられる。

 

ともあれ、おふねひきは夜の行事であって、昼間はここでお祭りがあるのだ。それに屋台は必須である。毎年食べ物屋だったり射的や輪投げなどで昼間っから盛り上がる。そして午後にはミニのど自慢であったり、お笑いの舞台などが行われる。そのシメにおふねひきが控えている。

 

「大生、それ取ってくれ」

 

「はいよ」

 

大生と彼の父も準備に参加している。漁協の前にいくつか出店するのだ。他の職員も何人かが服装そのままで作業をしている。

 

「で、みんなはいつ頃来るんだ?」

 

「んーと、あと10分くらいかな」

 

パイプを固定し終えた大生の父が顔だけ大生の方に向ける。大生は左手につけている腕時計に視線を落とす。時刻は13時20分。

 

「そうか、ならみんな来たら案内してやれよ。俺はこの後別のところの設置もあるから」

 

「そんなのわかってるよ」

 

父の発言に苦笑いを浮かべながら大生は地面に置いてある()()()を持って渡す。

 

彼の父がいうみんな、とはつまり今回のおふねひきに参加する白風中の生徒たちのこと。彼らとしてはもう既に船の修理も終わったので、やるべきことはもうない。当日の流れの確認というのもあるが、しかし彼らは船を操作するわけではないため、大して重要じゃない。それでも彼らが呼ばれる理由は……。

 

「それにしても、ママがあんなにウキウキしてるの久々に見たぞ」

 

「母さん、変なところでスイッチ入るからね」

 

受け取ったのれんを脇に抱えながら苦笑いする父に、大生もまた肩をすくめた。そして大生の父がのれんを他の職員と取り付けている間に、みんながやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大生の家に行くのは久々かなぁ」

 

腕を真上に伸ばしながら茉紀は大生の顔を見る。約束通りに集まった一行は揃って大生の家へと向かっている。

 

「そうだね。もう小学校低学年以来かな」

 

「基本は外出て遊んでたからな」

 

大生の発言に一樹は腕を頭の後ろで組みながら頷く。結局家で遊ぶにしてもボードゲームくらいだ。そもそも雨の日にしかその選択肢はない。

 

「そうそう。でも2人が活発すぎて乙女の私たちには大変だったときもあったよ」

 

「あ、お前乙女だったのか」

 

「何それひどくない!?」

 

茉紀が過去を思い出すように目を細めている。その横で一樹のさりげない一言を投げつける。

 

こうしたいつも通りのやりとりをしているが、内心一樹はまだ拭えない違和感を抱えていた。それはそう、期末テストの前の金曜日。放課後みんなと残って勉強をして、茉紀と一緒に帰った。

 

『一樹の、その大切ってどういう大切?』

 

『その大切って、5人、それから果那ノ海全員が大切?それとも、誰かだけが大切?』

 

あのとき、結局何でもないと言ってごまかしたあの質問。あれ以来一樹は茉紀に聞こうとしたが、すぐに喉のあたりで止まってしまう。茉紀の方は何も無かったかのように振る舞っている。

 

茉紀がどうしてそんなことを聞いてきたのか。そして、まるで一樹の心を見透かし、揺さぶるかのような言葉に、若干のおぞましささえも感じた。

 

「ん、どうした?何か顔についてる?」

 

つい考え事に集中してしまっていたようで、一樹は茉紀の顔を見たままになっていた。慌てて首を横に振った。

 

海遥たち5人も大生たちの後ろについて行く。そして折れた角の左手先に大生の家が見えてきた。木造の2階建てで、玄関左横には庭がある。正面から見ただけでもそこそこの広さだとわかる。

 

大生が玄関のドアに手を掛ける。横に引くタイプのドアを開ける。その音に気づいて奥からぱたぱたと人が向かってくる音が聞こえてくる。

 

「おかえりー」

 

「ただいま。みんな来たよ」

 

「あらあら、みんなお久しぶりね。茉紀ちゃんは大きくなっちゃって」

 

「えへへ、こんにちは」

 

大生の母は黒髪を後ろで留めている。その顔に笑みを浮かべながら茉紀の頭を撫でる。

 

「それで、こちらのみんなが果那ノ海の?」

 

「はい、どうも」

 

大生の母が後ろにいる海遥たちに視線を移す。海遥が挨拶すると4人も各々で軽く会釈する。

 

「はじめまして、大生の母です。ささ、中に入って」

 

笑ってぺこりと一礼して挨拶をすると、大生の母はみんなを家の中へと案内する。玄関も広さがあり、大生の他に8人が来ているのにもかかわらず余裕で靴を並べられる。

 

家の中の造りも外見と同じく和風だった。廊下の板張りに各部屋は全て畳になっている。ふすまで仕切られた部屋は、つまり全て取りはらったら横長の大部屋ということである。これは大生の母曰く、大生の父が漁協職員を呼んで飲み会などを行ったりもするようだ。

 

一行が案内された部屋は、十畳ほどの部屋。大きい木製のたんすが2つ並んで置いてある。

 

「みんなをわざわざ呼んだのはね、これのためなの」

 

そう言って大生の母はたんすの一番上の引き出しを開ける。そこから手を入れて取りだしたのは丁寧にたたまれた紺色の生地の浴衣だった。女子たちは目を輝かせて一斉に浴衣の前に正座する。

 

「綺麗……」

 

「私には姉が一人いてね、そして私と一個違いの双子のいとこもいたの。で、みんなと同じ年の時に4人分の浴衣を買ってもらって、夏祭りとかみんなで着てたの。それを着てもらいたくって」

 

タンスから出された4着の浴衣はどれも違う色と柄だった。紺色の生地に赤と白の花がちりばめられたもの、白い生地に三原色の花がちりばめられたもの、赤の生地に白と橙色の模様が施されたもの、赤紫の生地に淡い青の線が幾重にも重なった模様があるもの。

 

「大生を基準にして海の子の2人の身長を聞いてたけど、やっぱり大丈夫そうね。多少の差はあるけど問題ないと思う」

 

改めて大生の母が女子4人をまじまじと見ると、納得した顔で頷く。そしてその4人による、"誰がどの浴衣を着るか決めよう会議"が始まった。残った男子陣は

 

「えっと、ちなみにサイズが一番小さいのとかはどれですか?」

 

「ああ、実はこの紺色のやつから大きい順になってるのよ」

 

沙月がちょこっと手を上げて質問した。多少とはいえ、なんだかんだで気になってしまうものだ。その答えとして、紺>白>赤>赤紫のようだ。

 

「えと……みんなどの色がいいとか、ある?」

 

里実が皆と顔を合わせる。それに連鎖反応したかのようにお互いがお互いと顔を見合わせる。それを何回か繰り返すと、自然と4人同時に笑い出す。

 

「じゃー、一番最年少ってことで私がまずいただこう」

 

笑い涙を指で拭いながら茉紀がひょいと身を乗り出して浴衣のひとつをつかむ。赤紫の浴衣である。

 

「えっと……、じゃんけんする?」

 

「うん、そのほうが手っ取り早いかも」

 

澄澪が里実の沙月の顔を伺いながら提案すると、すんなり里実が頷いた。沙月も異論はないようで右手を前に出した。3人の重なったかけ声とともに決めた手の形を出す。

 

勝った順に選び、澄澪が白、里実が赤紫、沙月が紺となった。

 

「よし、みんな決まったね。それじゃあ」

 

大生の母が立ち上がると4人の横を通って男子陣の前まで近づいてくる。

 

「君たちにはしばらく別室で待機してもらおう」

 

不敵な笑みを浮かべた大生の母は問答無用と言わんばかりに男子たちを無理矢理部屋から追い出した。

 

「少し待っててね」

 

大生の母はそう言い残して部屋のドアをぴしゃりと閉めた。そしてすぐに部屋の向こう側から籠った声が聞こえてくるが、細部まではあえて聞き取らずに彼らは大部屋を仕切ったうちの一室の方へ移動した。

 

壁に立てかけてある木製のテーブルを部屋の真ん中に置く。大生は飲み物を取ってくると言って部屋を出て行く。その間に幹大たちが身を乗り出して話し始める。

 

「この流れはあれしかねぇよな」

 

「ダネダネ。つまりはあの4人の浴衣姿をいち早く見せてくれるってわけだろ」

 

目をキッと開いて幹大はいつもより一段期待に満ちた声を若干小さくしている。隆広も腕を組みながら大御所ばりの悟り顔で頷く。

 

「なぁ、一樹はどう思うさ。誰が一番似合ってるか」

 

「ふぇ!?」

 

不意にぽんと一樹の肩を叩いて幹大が顔を近づけてくる。一樹の口から裏返った悲鳴のような、最早人間ではない別の生物の声が出てきた。

 

「おいおい、そんな動揺するなよ。なぁ、誰だと思う?」

 

「ええ、いやぁ……。その、みんな似合ってそう、だけど」

 

「一樹ィ、男なら一人に絞れよ」

 

逃がすまいと幹大は一樹の肩に手をまわしてくる。それでも曖昧に返す一樹に隆広がテーブルに手を突きながら一樹を真剣な目で睨み付ける。

 

と、ここで大生が戻ってきた。両手で持っているお盆には透明のポットに入った烏龍茶に、人数分のグラスを乗せている。

 

「なあなあ、大生は誰が一番浴衣が似合う女子だと思う?」

 

幹大がテンションそのままに大生に振る。普段からして一樹よりもそういった、つまり年頃の男子の話に入ってこない大生なだけに、彼らの期待はますます膨らんでいるようだ。

 

大生は烏龍茶を全員に淹れ終えると手を顎に当てて少しだけ上を向いて考え始める。そして当てた手を下ろすと口を開いた。

 

「……吉野川さんかな」

 

「おおおおお」

 

至っていつも通りの顔で澄澪に一票を加えた。隆広はパンと手を叩いてから座り直した。そして一樹には、正面から雷のようなものが体を突き抜けていったような、予想を超える衝撃が走った。咄嗟に大生の顔を見てしまった。

 

「なーるほどね。白の浴衣に揺れる三つ編みってか。なかなか見る目があるねぇ、大生君」

 

隆広は再び腕を組んでこれまた大御所の解説のような雰囲気を出しながらうんうんと頷いている。

 

「じゃあ、今度は海勢の意見を聞こうか」

 

幹大が次に目を向けたのは海遥たちだった。海遥は手を後ろで突いてボーッと聞いている。航大はあぐらをかいて幾分どぎまぎしているのを隠そうとして隠せてない様子。洋斗は案の定死んだ魚の目をしていた。

 

「よし、航大。お前はどうだ」

 

ぐいっよ烏龍茶を飲み干してから幹大が問う。隆広も右腕をテーブルにのせて航大を見つめる。

 

「え、え…………。その、里実、かな」

 

「ははぁあん」

 

幹大はわざとらしいニヤリ顔をする。

 

「さっすが、航大。自分の未来の嫁に一票出すのは当然かぁ」

 

「はぁ!?」

 

「え、だって、サッカーやった時から惚れてたんじゃないのか」

 

「意味わかんねぇよ!」

 

幹大の発言に声を荒らげて航大が机をバンと叩いた。しかしその行為、そしてあからさまに赤らめた頬からして動揺しているのは一目瞭然だった。

 

「自分で言っといて今更照れんなよ」

 

「うっせぇ。お前らが変なこと言うからだろ!ってか、み、海遥はどうなんだよ」

 

「ん、俺?」

 

自分だけに降りかかる2人のわざとらしい視線に耐えられなくなって、航大は海遥に問うた。

 

「そうだな……、案外大山ちゃんとかどうよ」

 

「ほほう、そっちを選んだか。確かに、それも良いな」

 

ほんの少しの間のあとに海遥は茉紀に一票を加えた。それに反応して隆広はまた大御所ご意見番のような雰囲気を作って喋り始める。ほぼためらいもなく言った海遥を、面白くないとも悔しさともとれる目で航大は睨む。そして一樹は一瞬、海遥が考えたその間のときに、こちらをチラリと見たのに気づいた。しかしそれは一樹にとっては、大して気になることはなかった。

 

ちなみに程度の補足で、茉紀の名字が大山。しかし茉紀の身長は決して高くなく、逆に小さい方だ。なのに名字が"大"山であるので、そういったギャップを込めて皆は大山ちゃんと呼ぶ人が多い。

 

「んで、一応だが、洋斗は?」

 

「知らん」

 

「デスヨネー」

 

勢いが若干落ちながらも、幹大は洋斗に振ってみるが、案の定の回答が返ってきた。幹大は口角が片方引きつった顔で項垂れる。

 

「じゃあよ、逆にお前らはどうなんだよ」

 

航大が右肘をテーブルにつけて頬杖をつく。他4人の視線も一気に幹大と隆広に集まる。すると待ってましたと言わんばかりにキメた顔を作った幹大が口を開いた。

 

「俺はなぁ、今ひとりで出てこなかった北島だと思うんだ」

 

「理由を聞こうか、幹大君」

 

航大は先程自分にやってきたようなわざとらしい笑い方をしながら幹大に続きを促す。しかしそれに気にすることなく幹大は堂々とした様子で再び語り出す。

 

「俺的にさ、浴衣に似合う髪型があるんだよね。勿論長い髪を結ってちょっとしたアクセントでかんざしをつける。普段長い髪をそのままにしている女子がそうしてきたら、まぁ全然印象が違う姿を見てグッとくるものがある。わかる。しかし、だ」

 

「しかし……?」

 

幹大の語りに食いつくような目で航大は見つめる。先程より前のめりになっている。

 

「肩にかかるくらいの髪型、つまり北島のようなボブカットみたいなのが浴衣に一番似合う。そう俺は思う。ええ、何故かと言われたらね、俺の完全な好みっているので終わりそうだけどさ」

 

「な、なるほど。そういう観点か」

 

「いじり倒してやろうとか思ってたんじゃなかったのか」

 

幹大の熱弁にやられたのか、航大がすごく納得した様子で深く頷いていた。咄嗟に海遥がツッコんだ。

 

「そしてラスト、隆広は?」

 

「……ふっふっふ。とうとう俺の出番か」

 

不敵な笑みを浮かべながら隆広が組んだ腕をほどいてウーロン茶を半分ほど飲む。先程の大御所ばりの雰囲気そのままの隆広から、幹大よりもはるかに濃い熱弁が飛び出してくると、そう皆は悟った。

 

「まずは結論だな。俺は」

 

「おまたせー」

 

そんな雰囲気をばっさり斬るかのように大生の母がふすまを開けて出てきた。しかもこの後浴衣ショーだと完全に思っていたのだが、先程と変わりない私服姿の女子4人がいた。

 

「いやー、とりあえずみんなよく似合ってたよ。後は明日に髪の方もアレンジしてあげるわよ」

 

「あ、あれ?待っててって言ってたから、てっきり4人の浴衣姿を……」

 

「なーに言ってるの。それは明日のお楽しみじゃない。ただ4人に浴衣の着方とか教えるために待っててって言っただけ」

 

先程の大御所は何処へ行ったのだろうか……。隆広が呆然とした様子で大生の母に確認を取ったが、それはただの勘違いだったようだ。一気に幹大と隆広は絶望に飲まれるように脱力してため息をついた。その様子があまりにも面白くて全員で笑った。

 

その笑いのさなかで、海遥は笑い涙を拭きながら大生の母に質問を投げた。

 

「なら、俺たちはなんで呼ばれたんですか?なにか他にやることがあるんですか?」

 

「ええ、そうよ。って、教えてなかったの、大生」

 

ひとしきり笑ってから大生の母は答えた。そして思い出したかのように大生に確認を取るが、その本人も今まで忘れていたようだ。そして思い出した時の顔が似ていた。さすが親子だ。

 

「あ、いうの忘れてた」

 

「んだよ。で、なんだ?やることって」

 

一樹が大生の横顔を見て首をかしげた。そして大生は答えた。ここも何故影響を受けたのかわからないが、先程の幹大たちのように、ドヤ顔だった。

 

「花火観覧場所の縄張り、屋台組み立てできない人の手伝い、外部から来る人のための誘導看板の設置、事前に持ってきてある分の屋台に使う食材や道具等の運搬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大生によって伝えられた、明らかにもっと早く言ってほしかったと不満が出る間際の仕事を終わらせ、皆はそれぞれの帰路についた。

 

「案外人足りてないの実感したわな」

 

「もうヘトヘトー」

 

疲れ切っていくらか縮んだ航大と澄澪が力ない声を出す。

 

「それにしても、大生くんの家でどんな内容のこと話してたの」

 

「だから、それはだ……ムググ」

 

沙月が海遥の顔を少しのぞき込むようにして聞く。それに答えようとする海遥だったが、途中で必死になって航大に口を押さえられる。

 

「なんか余計に気になるんですけど」

 

その様子を呆れた目で見ながら沙月はそう呟く。

 

「おい離せよ。別に大丈夫だって。お前が……グハッ」

 

へばりつく航大をなんとか海遥は剥がすが、ぽろっと零れてしまうのさえ航大にとっては防がなくてはいけない対象なので、すかさず海遥に蹴りを食らわせる。

 

「ほらほら、やめてって。わかったもう聞かないから」

 

怒濤の暴力でなんとしても海遥が言わないように攻撃し続ける航大を沙月が止めたところで、いつもの広場に到着する。

 

「それじゃあ、また明日な、沙月」

 

「……うん。また明日ね」

 

沙月と別れる場所で海遥が沙月の顔をしっかり見て手を振った。無邪気に航大と戯れながらいた雰囲気とは違い、気合いの入った、そして緊張感も漂わせる、そんな声。それに引き立てられるようにして3人も声を出して手を振った。決心した顔、または少し心配を漂わせた顔。見分けられそうな2つの表情だけれども、それらを両方感じられる、そんな面持ちで沙月は帰って行く。

 

間もなくして、航大とも別れる。もう既に力の入った声でじゃあな、と手を振ってから歩いて行った。あれだけ働いて疲れをモロ顔に出していたにもかかわらず、普段通りの元気がまだ残っていた。ただのバカとも思えたが、しかし、彼らしいと海遥は思った。航大がいるからこそ、まわりが元気になれる、そう考えていたからだ。

 

そして澄澪と別れる道にさしかかる途中で、海遥が突然立ち止まった。

 

「……あ」

 

「どうしたの、みはっちゃん」

 

「俺そういえば帰りに青年会寄ってかなきゃいけなかったわ」

 

今まですっかり忘れていたようで、髪を指に巻き付けるようにしながら少し苦い顔をした。

 

「そんなに遅くならないって言っちまってたわ。まさかあれだけの仕事するとは思わなかったしな。すまん、先返っててくれ」

 

ポケットから家の鍵を取り出して洋斗に渡す。

 

「おう、わかった」

 

「じゃあ、また明日ね、みはっちゃん。ひろちゃん」

 

海遥は手を軽く振ってからそそくさと青年会のある方向へと小走りで進んでく。残った澄澪と洋斗も挨拶を交わして歩いて行った。

 

「よし、明日。明日だ。大丈夫、大丈夫だから……」

 

2人と別れてから少し歩いたところで、自分の握った手をもう片方の手で包んで胸に当てる。まだ前日だというのにもう緊張やらで澄澪の心拍数が上がっているようだ。それを深呼吸して落ち着かせようと息を吸ったとき、

 

「きゃっ!?」

 

肩に突然誰かの手が触れた感覚が伝わってきた。息を吸った直後だったために変な声が出てしまった。慌てて澄澪はその場をぴょんと前に跳ねて後ろを確かめる。

 

「……あれ?」

 

そこにいた人物は、海遥だった。先程青年会のところへ行ったはずの、海遥だったのだ。

 

「え、青年会行くんじゃ……」

 

「なぁ、少し時間、いいか?」

 

「……え?」

 

なぜここにいるのか、自分自身の今最大の疑問を彼に投げかける前に、海遥が口を開いた。

 

「話したいことがあるんだ。いいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、そうか。そこら辺のはもう終わったのじゃな」

 

ゆらりゆらり、部屋の左右の壁にそって御霊火を置いて僅かであるが光源としている。その奥でウロコ様は杯などが置かれている棚に寄っかかりながら宙を見つめる。

 

「そうじゃのぅ。特にお主のところなんかは、大変じゃろう。ここの輩よりもワガママなヤツがいて。……ん?ああ、まぁ、うちのも似たようなものか。この冬眠に抗おうとする姿勢は、な」

 

ウロコ様はふっと水面からゆっくり浮かび上がってくるように笑うと、腕を頭の後ろで組んだ。

 

「ああ、それにおふねひきも、お主のところと似ておる。生身の人を立てるなどと、流石に笑えてくる」

 

そして、ウロコ様はその微笑を沈めるようにして、真顔になる。その海でさえ切り裂くような細い目を、閉じた。

 

「なぁに、わかっとる。ワシも、お主も、そこのお主らも、海神のウロコじゃからな」

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