次の日から早速授業が始まった。
五時間授業ではあったが、全科目が1年生のときの復習だったり、2年になってから初めて教わるところをやったぐらいだ。
ちなみに澄澪は全科目の教科書をちゃんと持ってきたはいいが、何故かノートを忘れてくるというある意味期待を裏切らない結果となった。仕方が無いので、その日は沙月が自分のノートを数枚切って渡した。
それから数日で全科目の第1回目が終了した。これからずっと時間割通りにやっていく。勉強面については特に問題なかった、のだが。
クラス内では問題アリだった。
給食の時間。
クラスのメンバー全員は何かしら係をやる。そのうちの給食係が毎回準備、配膳を行う。メンバーは6人。1人か2人で配膳、他はご飯等をよそる。
食べるときは特に班で机をくっつける、などはしない。周りの人と喋りながら給食を食べる。少し離れていても、机を動かして食べている人もいる。勿論1人で食べる人もいるが。
案の定、海5人組はクラスの誰とも話さず、黙々と箸を進める。
時折、何人かは横目でチラッと見るが、話しかけること無く自分たちの世界に戻る。一方、澄澪だけは他の人に話かけたいという気持ちがあるが、どうしてもできず彼らと給食に目を行ったり来たりさせる。
結局澄澪はいつも隣の沙月と話して給食の時間をすごす。男子組は無言。海遥はさっさと食べ終え、習慣のように窓から海を眺める。
「「最初はグー!じゃんけん……ポン!!」」
「よっしゃぁぁぁ!」
「くそー」
配膳台付近では恒例のおかわりじゃんけん大会が開催されていた。今日は1つ残った蒸しケーキ争奪戦だった。
勝敗がつき、チョキを掲げて一樹が喜んでいる一方で、パーの手を力なく下げる幹大。
そしてまもなく、里実のごちそうさまの合図によって給食の時間は終わった。
凪いだ海の様に、特に海と陸が交わること無く日は過ぎていく。
だが、動きがあったのは4月下旬頃のことだった。
放課後。当番制で教室の掃除や廊下の掃除などを行っていた。当番は毎週廊下側の列から窓側の列に向かって進む。今週は澄澪の列が教室の当番だった。
机を前に動かして後ろでゴミを集める。澄澪は教室の角からもキチンとほうきで掃く。
ちりとりを持った生徒たちに後は任せ、澄澪は掃除中に開けておいた窓を閉める。すると、
「ねえ、吉野川さん」
窓のロックを閉めた時に、不意に声をかけられる。
振り返ると、同じ掃除当番の女子生徒2人が立っていた。
「え……と。何か?」
「それ、見せてくれない?」
"それ"とは、いったい何なのだろうか、と澄澪は疑問に思った。
目の前の2人は何故か目を輝かせ、興味津々の顔をして人差し指をこちらに向けていた。
澄澪はその先を確認するが、特に珍しそうなものなど無い。顔は笑ったまま、頭にはてなマークを浮かばせていると、1人がこちらに近づいて澄澪の腕をとる。
「ね、これがいわゆる"胞衣"ってやつ?さっき光で輝いてるのが見えたの!」
ようやく澄澪は理解した。
2人が指さしていたのは胞衣だった。澄澪にとっては当たり前なので気づかなかったのだ。
「へー、さわり心地こんななんだー」
「ラップを腕に巻き付けてるみたい」
2人はよりいっそう目を輝かせ、澄澪の腕を指でさすったり、軽く揉む。
「なになにー?」
「どうしたのー?」
そのうちどこから沸いてきたのか、他の女子生徒も来て澄澪の胞衣を鑑賞し始める。
「ね、ねーちょっと、くすぐったいよ-」
あまりにも触りまくるので澄澪は体をくすぐったさに耐えようと軽くくねり始める。
「なーに百合百合やってんの?」
今度は男子の声。それを聞いて澄澪は一気に体が固まるような感覚に陥る。
幹大と隆広だった。こちらを見てニヤニヤしながら近づいてくる。
「ちがうってばー!今ね、吉野川さんの胞衣見てたんだー」
「ああ、胞衣か」
「む、"えな"ってなんだい?」
「おいタカボー、知らねぇのかよ」
無知のタカボー("ボウ"ズ頭の"タカ"ヒロ)こと隆広に呆れつつ、幹大は数名の女子をどけて澄澪の腕を少し乱暴につかむ。
腕を上げさせると、太陽の光に当たってキラキラと光る。
「海のヤツらが海の中で生きれるのはこれのおかげってさ」
「ほほう、これがエナか。海の中で生きられるし、キラキラ綺麗で
「だから、お前のそれつまんねぇよ」
恒例の隆広のギャグを幹大がツッコんで笑いがうまれる。そして幹大は澄澪の腕に目線を移す。
「それにしても、不思議だよな-。どうなってんの、これ」
ふと、胞衣のしくみが気になったのか、おもむろに澄澪の腕をつねった。
「い、痛いよ!」
澄澪が痛みで発した声が、丁度掃除から戻ってきた海遥と航大の耳に入った。
「おいテメェら、何やってんだよ」
低く、怒りの混じった声が教室に飛び込む。
ズカズカと2人が入ってくる。
あ、やべぇ。
そう、彼らは思ったに違いない。
海5人が来た初日からいきなりゴタゴタがあった。その時も航大はキレていた。その感じが今まさに彼らに近づいてくる航大と同じだった。
「澄澪1人を囲んで暴力か?そんなことして楽しいのか?」
「ち、違うって!ただ、吉野川さんの胞衣見てただけ。ホントだから!」
睨み付ける航大に対して軽いトラウマになっている隆広だが、震えながらも事実を話す。
「お前、初日にも俺らに突っかかってきたよな?ハッキリ言えよ、嫌いなら嫌いとかさぁ!」
一度ならまだしも二度までは許さない、海の人間が嫌いならハッキリしろ、と航大の中でそれらが混ざり、怒りをかき立てる。
航大が隆広の肩を掴もうとしたときだった。
「ほ、本当だ!隆広たちは本当に暴力なんてしてない!」
航大と隆広の間に入ってきたのは一樹だった。
「……お前、あの時の」
航大は突然入ってきたことに少し驚いたが、その人物が初日の朝に見かけた人物だと思い出す。
「みんなでよ、吉野川さんの胞衣を見てたんだ。俺も教室掃除だったから見てた。そしたら、幹大が気になって吉野川さんの皮膚をつねっちゃんたんだ。それで痛がらせちゃったんだ」
自分の見た事実を航大にわからせようと、一樹は必死になっていた。
「そ、その……。えっと、ごめん!」
どう言えば自分自身でもわからなくなった一樹はとにかく謝罪の思いで、頭を下げた。
あたりが、教室の中が、シーンと静まる。別の教室や、外から聞こえる人の声がやけに聞こえる。
この一連の流れで航大は怒りが一気に萎んで、口ごもらせていた。そして、
「わ、わかったよ。勝手に怒って、悪かった」
少し申し訳なさそうに、横を向きながらそう言った。
ようやくこの見えない空間から解放されたように、教室掃除班は残りの動かしてない机を戻したりする。
一樹もホッと息をついて片付けをしようとすると、後ろから呼び止められた。
振り返るとこちらを見る澄澪の姿があった。
「えっとね。……さっきはありがとーね」
笑顔で、かつ相手が相手なだけあって、突然の感謝の言葉に一樹は一気に頬を赤らめる。
「い、いやー。別に、たいしたことじゃないよ。ただ、誤解したまんまゴタゴタになっても困るし、うん。それだけ」
照れをなんとか隠しながらその場をやり過ごし、さりげなく机移動をし始める。
澄澪もそれに合わせてほうきを片付ける。
そんなやりとりを、海遥は教室のドアに寄っかかりながら、見ていた。
隆広、とばっちりだねドンマイ(ニッコリ)