凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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今日で凪のあすからが放送終了して四年になるそうです
時が経つのは知らないうちに、そしてあっという間に。
この流れをあなたはどう思うか。様々な記憶を巡らせているだろうか。はたまた、恐怖を抱くだろうか。


第四十一話 世界との差

 静寂さを引き連れて、輝きと魅了で人々を包んだ巴日はもう消え去った。夜空に残るのは星々の光だけである。

 

 そんな夜が慌ただしく動くのはいつぶりのことだろうか。

 

 一行は航大と沙月の体が冷えないようにとコートや毛布を包ませ、ひとまず大生の家に連れてきていた。広さ等を考えるなら漁協の方がいいかもしれないが、誰か人がいるという点については欠けている。冬眠から目覚めた二人を安心させるなら、やはり広さと人、とくに二人を知っている人物のいる大生の家がベストだ。

 

 慌てて帰ってきて事情を説明された大生の両親はかなり驚いていたが、冷静に行動を開始した。ふすまを仕切って部屋をつくり、大生の父はすぐさま病院の方に連絡を入れた。

 

 十数分後に駆けつけた医師は男女二人、そのどちらとも久里ノ上病院に長く努めている。その二人が冬眠から目覚めた者を受診するのは、当たり前だが初めてだ。電話越しでも多少の驚きが窺えていた。

 

 病人ならまだしも、こういう異例のケースとなると、入院が必要なのかどうかという話が出てくる。二人が診察を受ける部屋から離れた居間で、一行は医師たちの結果待ちをしていた。

 

 皆、神妙な面持ちで座り、時間が経つほどに口数は減った。壁に掛けられた時計の音だけが部屋に響く。

 

 しばらくして、足音が聞こえてくる。二人の医師が居間を訪れた。

 

「先生、二人は……」

 

 真っ先に一樹が立ち上がって診察結果を問うた。

 

「冬眠から目覚めた直後ということもあってか、五年という長い期間のズレにかなり困惑していた様子だったけれど、記憶障害もありませんでした。やっと落ち着いたというところでしょう」

 

 一樹の問いに男性医師が答えた。それを聞いて皆は揃ってふっと息をついて安堵した。

 

「けれど、病院の設備で詳しい検査をしないと、二人の体の内部に全くの異常が無いとは言えないの。だから明日か、少し間を開けて一週間以内に病院での検査をしたいと思います」

 

 続いて女性医師は少し難しそうな顔で皆に伝える。

 

「ひとまず我々は引き上げますので、なにか異常があればお電話ください。あとは、彼らの調子に合わせて食事を取らせてあげてください。水分だけはしっかりと」

 

「わかりました。夜遅くにありがとうございました」

 

 大生の父は深々と礼をして、医師たちを玄関まで送った。その背中を見るように一樹たちも礼を述べた。

 

「二人に白湯をあげてくるわ」

 

 大生の母は台所に戻るとポットに入っている白湯をコップに注ぐ。それをお盆にのせていそいそと奥の部屋へと歩いて行った。

 

「……どうする?」

 

「いや、どうするったって……」

 

 再び訪れた静寂に耐えきれなくなって、幹大は皆の目を順に見るようにしながら口を開く。

 

 しかし、今この時点で一樹たちがなにか行動を起こしたところで、どうにもならない。そもそも、航大と沙月が眠りから覚めた、というのが今日の出来事であり、むしろ喜びたいことなのだ。もしかしたら一樹たちが生涯を閉じるまで彼らは眠りから戻ってこないという可能性もあったのだから。

 

 けれど、いざ現状を目の当たりにして、一樹たちの中で言い表せないなにかが心臓をつかんで揺らすような、不快感というより一層はっきりとした動揺がすべてを飲み込もうとしていた。それが彼らの口をふさぎ、または小さく何度もため息が零れ出てしまう。

 

「なぁ、一樹」

 

 と、ここで声を出したのは隆広だった。テーブルに片肘を突き、その手を頬にあてている。普段から明るく、おちゃらけた彼の声音とは違い、皆を飲み込む動揺から唯一抜け出してきたような冷静さがあった。そして隆広の目線の先には、一樹がいた。

 

「お前、あの二人が姿を現す前に言ってたよな。吉野川さん、って」

 

「え、あ。ああ……」

 

 突然振られた質問に一樹は曖昧な返事しかできなかった。それでも隆広の視線は映る気配はない。

 

「どこにいるんだ、とか、そこか、とか。……まるで吉野川さんがあの場にいて、一樹にしか見えていなかった様だった」

 

「……」

 

「そして一樹は走り出した。幹大が止めた時、なぜかまわりが輝きだした。そして二人が現れた。それも眠りから覚める直前の状態だった」

 

「た、タカボー?」

 

 普段と様子の違う隆広を見て、幹大が少し動揺した声をかける。が、それでも視線は一樹を貫いている。

 

「なぁ、一樹。二人を見つけた場所。おおざっぱだけどさ、五年前のおふねひきで、あの四人が海に呑まれていった場所って、あのあたりなんだよ」

 

「……!」

 

「あのとき、一番生命の危機に瀕してたのが一樹なんだよ。それとは関係ないかもしれない。だけんど、もし一樹に未知なるなにかが宿ったのだとしたら、お前は否定するか?それとも、なにか心当たりがあるか?」

 

 隆広の淡々とした喋りに皆があっけにとられていたが、彼の問いから間があいてしまうと、皆の視線が徐々に一樹の方へと集まり出す。いつの間にか大生の父も今に戻ってきていて、ドア近くの壁にもたれ掛かっていた。

 

 一樹は一通り視線をまわすと、ゆっくり息を吐き出す。一樹はけっして隆広の言う、未知なるなにかを否定するつもりはない。むしろ当たっているのだ。思わぬ隆広の勘の鋭さに目を見張りつつ、一樹は今朝見た夢の内容を話し始めた。

 

 

 

「……なるほどね」

 

 ここでやっと隆広はついていた肘を上げ、両手を頭の後ろで組むと視線を天井に向ける。

 

「これを……そうだな、予兆と捉えるべきか」

 

「そうだね、大生の言うとおりだ」

 

「つまり、吉野川さんがテレパシー的な感じで一樹に今日のこれを伝えてきたって言うのか!?」

 

「でも、澄澪先輩も冬眠してるん、ですよね?そんなことできるのかな」

 

 居間は再び議論の飛び交う場となった。しかし出る言葉は全てなにかきっかけをつかむことも、手がかりになるようなことも出てこない。ただ思ったことを共有するだけの無駄な会議だ。

 

 わからないことをどうしようとしても、なにもできない。そのどうにかしようとすることがわからないのだから。それだけが結局わかる。

 

「あとは、あの二人に聞けることがあればいいかな。俺たちの踏み入れることのできない海の中で、なにがあったのかを」

 

 隆広が言いながらドアのほうを見たとき、ちょうどお盆を両手で抱え持ってきた大生の母が入ってくる。

 

「一応二人はもう寝たわ。明日は私たちが病院の方に連れていくから、もしなにかあればみんなにも伝えるわ」

 

「ああ、そうだな。とりあえず今日はもう帰りなさい。夜も深い」

 

 腕を組んだままの大生の父は壁に掛かった時計を見る。時刻はまもなく十一時になろうとしていた。ここにいても今のところ、何も進まない。各々立ち上がって、二人を起こさないようにしながら大生の家を後にした。

 

「そういえば教授、もう明日から?」

 

「ああ、そうだな。我らは調査のために来てる。その目的と同時に、こちら側からわかるなにかがあるかもしれん。十時に調査テント前に集まろう」

 

「わかりました」

 

 一樹はそうして大生の家を出た。教授と大生を横目で見ながら軽く礼をして、そして空を見上げた。もう巴日も消えた空は、今日だけは質素に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲が地平線の彼方へと吸い込まれていくような、澄み切った快晴だ。

 

 一樹は必要な荷物をまとめて家を出た。少しだけ懐かしさを醸し出す道路や木々、家々が並ぶ風景を、きっとゆっくり見ながら調査テントへと向かうのだろうと、思っていた。

 

 けれど一樹の歩調は速めで、地面を蹴る音が耳まで届く。時より踏みならすぬくみ雪も、やがては溶けて水となって、消えていく。

 

 海村の冬眠の調査のためが、予想外の事態が起きてしまった。拳に自然と力が入る。これは大きな一歩となるかもしれない。

 

 でも……と、一樹はその足を止めてしまう。

 

 これが、確かに海村の人々の冬眠についての手がかりをつかめる、数少ないチャンスだ。だけれど、それが本当に、彼らのためになるのか。彼らを起こすことが、すべてなのだろうか。

 

 昨日の航大と沙月の顔を思い出す。未知の世界に迷い込んだような、怯えた顔。思わず目を逸らしたくなるような、心が痛くなる顔だ。

 

 彼らのついさっきは、もうこの世界では五年前なのだ。その現実を彼らに突きつけるのが、果たして本当に必要なのか。同じ学生生活をした仲間が、大人に近づいている姿を見させること、それが正しいことなのか。

 

「……落ち着け」

 

 一樹は両頬を二度手ではたく。今は自分に出来ることをするだけだ。彼らの思いに勝手に同情して、痛みを共有することが、今すべきことではない。

 

 一樹は再び足を動かす。少しだけ走らないと遅刻してしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。体も異常はなさそうですね」

 

 

「そうですか。いやぁ、よかった」

 

 病院の一室で大生の両親はほっと胸をなで下ろした。対面に座るのは昨日の夜に来た男性医師。

 

 今日は航大と沙月を病院に連れてきて様々な検査をした。しかし異常は無し。五年という長期期間が開いたことによる内面的な筋肉量の変化等も見られないという。つまり、五年前の体のまま保存されていた、ということになる。

 

「二人自身の気分や体調に合わせて、徐々に日常生活に戻れるようにサポートしていくのが大切です。もちろんこちらでも手を貸しますよ」

 

「それは助かります。ありがとうございます」

 

「いえいえ。……でも、彼ら自身が一番大変でしょうね」

 

 カルテを整理しながらぽつりと出た医師の言葉が、病室全体に染み込んでいくようだった。大生の両親も、先ほどの喜びから難しそうな顔へと変わってしまった。

 

 航大と沙月を車に乗せて病院を後にする。大生の家からはものの五分ほどで辿り着く。その間、右から左へと寂れた景色が流れていくのを、航大は車窓から眺めていた。

 

 沙月は膝に両手を乗せて、ただただ俯いていた。その表情はミラーで確認できなかったが、けっして明るい表情をしていないことだけはわかる。

 

 大生の両親はちらりと目だけを合わせ、母は目を閉じて小さくため息をついた。父は今通っている場所から話の話題にして後ろの二人に振った。

 

「ああ、そうだ。二人はなにか食べたいものあるか?そろそろ昼だし」

 

 時刻は十二時を過ぎていた。検査のために家を出たのが十時過ぎだったため、そろそろ二人も腹が空いてくる。またもうすぐ過ぎる道を曲がればスーパー・マツシゲが見えてくるので、希望が出れば買い物もついでにできる。

 

 二人の今朝の朝食は、大生の母が作ったおかゆだったのだが、二人とも健康体そのものであっという間に食べ終えてしまった。検査の結果からも異常なしと出ているため、普通の食事をしても大丈夫だろうと大生の両親は思った。

 

「……」

 

 しかし、航大は聞こえているのかいないのか、はたまた無視しているのか、顔を車窓に向けたまま動かない。凪いだ海のような静かな間はとてもじゃないが居心地が悪い。べっとりと肌に張り付く不快感、そして普段とはかけ離れた航大の様子を気にしながらも沙月が答えた。

 

「あ、えっと……焼きそば、とかどうかな?」

 

 沙月は控えめな口調で、なおかつ横にいる航大の同意を求めるような形をとった。沙月は横目で航大の様子を伺うが、やはり顔は逸らしたままだった。けれど小さな声で、俺もそれでいい、とだけ口にした。

 

 車は慣れるように道を曲がり抜け、すぐにスーパー・マツシゲへと辿り着く。車を止めて大生の両親は外へと出る。しかし後部座席からは沙月だけしか降りようとはしなかった。それをあえて大生の両親は声をかけて車から出そうとはしなかった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店のレジカウンターから出てきたのは汐帆だった。五年経った現在、彼女はここで正社員として働いている。夫の聡太郎は、こちらも漁協の職員として働いている。

 

「こんにちは、汐帆さん」

 

「こんにちは。……ああ、沙月ちゃんだ!」

 

 大生の母が穏やかな笑顔を見せるなか、汐帆もにこやかに挨拶を返しつつ、彼女の視界に沙月が現れると一目散に飛びついてきた。

 

「本当に、本当に沙月ちゃんだ」

 

「はい。そうです、沙月ちゃんです。ふふふ」

 

 両手でぎゅっと抱きしめてくる汐帆に対して沙月は少しからかうようにして笑う。汐帆の目には少しだけ輝く涙があった。

 

 満足するだけ抱きしめた汐帆は沙月を解放しても、まだ彼女の顔には安堵した笑顔が残る。けれど、ふと動き出した視線の意味を大生の父がくみ取ってしまった。

 

「……すまないな。航大君は車にいるんだけど、出てきたくないみたいなんだ。多分……」

 

「そっか。そうですよね。でも、もし会えるようになったらいつでも来てねって、伝えておいてください」

 

 汐帆はすっと足下に目線を落とすが、すぐに明るい雰囲気に戻る。

 

「そういえば里実ちゃんは?」

 

「今ちょっと裏で作業してますけど……」

 

「そうか。ならいいんだ」

 

 大生の父は軽く頷くと買い物かごを持ち、今日の昼と夜の分の買い物を済ませる。なにせ大生と徳島の分まで作らなくてはいけない。いつもよりも多めの買い物となった。

 

 会計を済ませ、店から出て行く彼らを、里実は店の奥側の出入り口からこっそりと見ていた。

 

 一行の車は自宅へと進む。車窓からの景色は、見慣れているようで見慣れない景色。つい昨日まで見ていた光景が、ほんの少しだったりかなり大きく変わっている。間違い探しのような時間。

 

「なぁ、どう、だった?」

 

「……なにが?」

 

 前の席に座る二人には聞こえないほどの声で航大が言った。自信の爪を見ながら沙月は質問を返す。

 

「汐帆ちゃん、どうだった」

 

「……うん、そうだなぁ。髪は伸びてた、かな。でもあんまり変わってない」

 

「……汐帆ちゃん、だけか?」

 

「里実ちゃんもいたらしけど、作業してるらしくて見てない」

 

「……そっか」

 

 最後の航大の言葉に、沙月は引っかかりを覚える。視線を航大に移すが、今も変わらず車窓に顔を向けていた。そこに映し出しているのは、いったい何なのだろうか。

 

 航大と沙月にとって僅かな差。けれどこの世界では当たり前のごとく時は流れていた。五年という、彼らにとっては長い年月が。

 

 航大は、目を細めていた。なにかを堪えるように。溢れ出てしまうなにかをせき止めるように。その姿を見て、いつものような元気に溢れた航大からかけ離れた姿を見て、そして先ほどの言葉で、沙月はなにかを察してしまった。

 

 でもこれは、彼女だから気づけたのかもしれない。自分らとこの世界との差に立たされているからこそ、そして、自分が想いを寄せる人との差を恐れているからこそ。




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沢山の愛がつまった感動作です。
僕?泣いたよ
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