凪のあすから おもいのカケラ   作:柊羽(復帰中)

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第五十話 意外な人物

 大生は手に持つペンをボードから離すと、一息つく。彼の自宅に事前に持ち込んでいた小型のホワイトボードに様々なメモや地図、それらをまとめた箇条書きがいくつも並んでいた。

 

「海神様、か」

 

「本当にそう言ったんだろ?」

 

 午前中にもかかわらず、昨日の一連の出来事を体験し、その目で見ていた者たち全員が大生の家に集まっていた。一樹を除いて。

 

「そうだ、ハッキリとな」

 

 隆広の問いに航大が答えた。その声と少し歪ませた口元からは苛立ちが窺える。

 

「遙か昔に死んだんだよね?本当に海神様なの」

 

「今だってあのウロコの馬鹿げた遊びだと思いたい……が、やっぱり違う」

 

「うん。言葉じゃ伝わりにくいんだけど、服装はもちろん威圧というか、全然違う感じがしたの」

 

 誰もがどうしても疑問に思ってしまうことを里実が言うが、海に潜り、直に見た二人は同じように頷く。

 

「あの小氷山……。歴代のおじょしさまが流れ着く場所に巨大な氷柱があって、その頂上だった。そしてその氷柱の中に」

 

 そう言葉を句切って大生は貼り付けた地図に目を向けた。果那ノ海全体の地図に氷柱があっただろう場所にばつ印をうってある。

 

「吉野川がいる、か」

 

 室内に重い空気が漂う。皆が黙り、俯き、ボードにある文字を睨むしかなかった。

 

 航大と沙月が地上に出てきたとき、海が凍ってできたはずの氷床が一部ずれた。それは偶然起きた地震によるものではなく、これは海神様によるものだった。これは地上で徳島がとっさに録画したビデオと二人が地上に出されるときに見た光景と合致している。

 

「果那ノ海の出入り口はたったひとつ。その町の中で唯一活動しているのはその海神様だけ。その海神様は海の水も、氷床も思うがままに操ることができる。これは、参ったね」

 

 徳島が腕を組みながら顔を歪ませる。目の前に置かれたコーヒーにすら手を伸ばさない。

 

「一度こんなことになってしまっては、次以降、果那ノ海に入れることができるのか……」

 

 航大と沙月がわざわざ荒い海流を越えて果那ノ海へ来た理由を海神様は知っている。なら、再び来るようならすぐにまた追い出されるだろう。それどころか、氷床さえも動かせるなら、あの場所にいることも危険とも言える。

 

「蔵本海遥くんだけはわからないな。航大くんたちのように早期の段階で目覚めるのだとしても、町のどこかにいるはずと見るのが妥当なのだがね。そして、吉野川澄澪さん。彼女については、一樹からの言葉も聞いておきたい」

 

 全ての始まりである巴日から昨日の二回、澄澪の声を一樹は聞いている。特に昨日なにを聞いたのかを知りたかった。ただ……。

 

「突破口になるかは、わかりませんけどね」

 

 大生はボードにペンをひっつける。マグネット式のそれがかちんと音がする。それがやけにくっきり聞こえるほど、部屋が静かになっていた。

 

 再び重い静寂につつまれていたとき、玄関が少し荒く開かれる音がした。そして閉まるとすぐに真っ直ぐに伸びる廊下を早歩きで進んでくる足音がひとり。まもなく皆がいた襖の開いた部屋に顔を出したのは一樹だった。

 

「一樹、お前大丈夫なのか!?」

 

 航大が立ち上がって声をかけるが、一樹は曖昧に頷いて部屋の中をせわしなく見まわしている。

 

「どう、したの?」

 

「え、いや、その……今日誰か来てるか?」

 

 昨日はうずくまって気絶したというのに、今日はなんともなかったように現れた。それだけで皆が驚くには充分だが、彼の曖昧な質問ですぐに不安が込み上げてくる。

 

「お前、まだやっぱり休んでいた方がいいんじゃねぇか?」

 

「きっとまだ昨日のが抜けきってなくて」

 

「いやいや、違うって」

 

 隆広と里実を手で制して首を振る。そして改めてここに来た理由を言葉にする。

 

「朝みんなどうしてるのかなって、んで大生と教授は観測所にいるのかと思って行ったら、洋斗がいたんだ」

 

「えっ」

 

 里実が真っ先に反応した目をまん丸にして一樹を見る。

 

「そしたら……」

 

 一樹が洋斗が話していた一連のことを伝えた。言葉や感情を伝達させる菱形の氷の塊。洋斗曰く"感情の結晶体"だ。これはなんなのか、そしてなぜ自分が澄澪の声を聞けたのか、加えて昨日聞いた澄澪とそれ以外の誰かの言葉、その人物とは一回だけだが会話ができたということ。そして結晶体などあれこれ洋斗に入れ知恵した人物はここに向かったと言われたこと。

 

 一通り話すと、皆の注目はやはり結晶体に注がれる。

 

「そんなもので、海神の力を宿せるものなのか」

 

「洋斗も、やっぱり私たちを気にしてるのかな……」

 

 そんな中、沙月はひとり一樹が探していた人物を口にした。

 

「たぶん、洋斗が言ってたのはウロコ様、だよね」

 

「ウロコ様……」

 

 それは五年前、澄澪も海遥もちゃんといた当時に彼らから話は聞いていた。海神様が死んだ後、海に溶け込んでいったウロコの一部。それでも海神様であったことに間違いはないわけで、それぞれある海村に各々海神様とおなじ面相で海村を守っていると。そのひとりが果那ノ海にいて、それが地上に出てきて洋斗に接触した。何故だ?

 

「ほう、洋斗め、案外あっさりと言ったのか」

 

 一樹のすぐ横から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。それも……。

 

 ばっと振り向けばそこにいたのは一人の男性。長い銀髪は座った状態だと床に広がるほどあり、赤い菱形麻呂眉にキリッとした目つきが特徴的。そう、ウロコ様である。のんきに皆とちゃぶ台を囲むようにあぐらをかいていた。

 

「うおおお!?」

 

「きゃああ!?」

 

 一樹のすぐ近くにいた隆広と茉紀は飛び上がった。それぞれ航大と一樹を半ば強引に引っぱって縦のようにして隠れる。

 

「いつからいたんだよウロコ!」

 

 航大も充分驚いていて目をひんむいていた。ウロコ様に指を向けると、どこから持ってきたのか、のりせんべえを袋から取り出してひとくち。それからさし指を払うように手を振る。

 

「神を指さすでない、呪うぞ。……という冗談をしにきたわけではない。洋斗は放っといて、面子は揃うたわけじゃな」

 

 航大の問いは完全に無視され、のそりと立ち上がってホワイトボードのところまで来た。

 

「さて、お主らが今頭を抱えている問題についてじゃが……」

 

「てめぇ、質問に答え」

 

「あなた、は」

 

 再度、やや語気強めに航大が指を指して喋るのを遮るように一樹が立ち上がった。ウロコ様はやはり航大にはめもくれず、かわりに一樹をじっと見た。一樹の声は震えながらも、そこには確かな小さい猜疑心が混ざっていた。

 

「本当に、ウロコ様なんですよね」

 

「そうじゃ。ハッ、お主がそう勘ぐるのは致し方ないよのぅ。里浦一樹」

 

 鋭い目つきがより鋭くなった。だがそこに敵意は感じられなかった。同時に名前を教えたわけでもないのに知っていたことに驚き、言葉の続きがでなくなった。

 

「儂はおふねひき以降ずっとこの地上にいた。時々洋斗の家に入ってはみたがすぐに追い出されるのが常だったがな」

 

「……!そのときに洋斗に話したのか」

 

 航大の問いに今度はようやく反応し、肯定の意で首を縦に振る。

 

「儂はウロコ。航大と沙月、お主らなら耳にたこができるほど聞いただろうが、儂は海神様のウロコじゃ。元々海神様の一部だった。だが一部でもあったからこそわかるのじゃ。……あれは、お主らが危惧しているのは()()()()()()()()()()()()()。いや、海神様ではあるがむしろ、()()()()()()()()()()じゃな」

 

 ウロコ様の言葉に、皆が驚き、言葉が出なかった。というよりも、混乱に近かった。

 

「まずは色々話そう。前にもやったような昔話も挟んでな。そしてお主らに儂の作戦を聞いてもらおう。無論、参加前提のな」

 

 悪巧みをするようにウロコ様の口角があがった。

 

「作戦って」

 

 沙月がウロコ様をまじまじと見る。ウロコ様は今から答えてしんぜようとばかりに一度目を閉じる。

 

「儂もこの状況にはどうしても見過ごせないのじゃ。たとえ海神様の意向であろうとも。こんな町も水面も氷付けはここ果那ノ海だけじゃぞ」

 

 ウロコ様は、そして鋭い目を開いてこう言った。

 

「海神様()()()()()()()()()が、果那ノ海を占領している。それを根底から崩してやろうというものじゃ」




凪のあすから、今日で六周年をむかえます
時の流れって、ほんと早い。早すぎる
逆に俺の投稿が遅すぎる、モチベーションが維持できない……
ごめんなさいがんばります
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