「吉成君、かっこよかったよー!」
「蔵本君も上手かったね」
「幹大も案外口先だけじゃなかったねー」
「おい案外ってなんだよ案外って」
サッカーの初授業で後半に一面使って試合をした。一応先生が男女で混ざってやってみようと提案したが、女子は全員一致の見ていたい側にまわり、男子のみで行った。
ここでも航大と海遥の活躍があり、大接戦だった。
それが終わり、軽いストレッチをして授業は終わった。その後、女子たちが男子の方に集まってきたのだ。
「やっぱり陸に出てサッカーしてたの?」
「まぁ、そうだな。数年前、まで」
「ってことはさ、この中で会ってたっていう人いないの?」
素朴な疑問。それはそうだ。このあたりは人口が多いわけではない。ましてや、サッカーなど遊ぶ場所も限られてくる。
それならば、一樹や幹大たちと実はもう会っていたかもしれないのだ。けれど……。
「んー、ごめん。わかんねぇな」
改めて全員の顔を見るが、どうも航大の記憶に存在する顔はなかったようだ。眉をひそめた顔から、申し訳なさそうな顔に変わる。
「そうなんだ……。でも、よかった」
里実は何かに安堵したような笑みをこぼす。
「何が?」
「だって、今までどこか怖くて怒るイメージがあったけど、もうなくなってる。それどころか、いつの間にかみんなと打ち解けてるし」
あぁ、と航大は理解した。
もう彼のまわりには彼を悪いイメージで見ている人はいないようだ。こうして普通に会話もしている。やっと、航大は受け入れられたのだ。
「なんだかんだ、スポーツで心を通わせたのね。……で、その姿に里実ちゃんは惚れちゃったのかな?」
「えええ!?な、なんでそうなるのよ!」
一人の女子がニヤニヤしながら里実をイジってきた。突然のことに里実は頬を赤くし、軽くその女子生徒のことを叩く。
「えー、だって試合中ほぼ吉成君見てたんじゃないの-?」
「違うってばー!」
依然として女子生徒のイジりは続き、最早里実はお手上げ状態。頬の赤みはハッキリとして落とせていない。
それに伝染したか、航大の方も何だか照れ始める。
「いやー、まったく吉成クンってば、モテモテやなぁ。なぁ、幹大サン?」
「せやなぁ、隆広サン。って、あれれ?航大クン、赤くなってるぞぉ?こーれは、まんざらでもなさそうだ!」
ここでおふざけがお得意の2人が登場だ。見てると明らかに腹の立つ顔で航大を肘でつつきながらイジる。
「はぁ!?う、うるせーよ!」
両側からのアタックで慌てる航大。このどうしようもない恥ずかしさを消そうと2人に対して怒る。
だがそれは全く効かず、それどころか見事なコンビネーションでヒューヒュー、と揃えて航大に向かって言い出す。
それに便乗して何人かも同じ動作をし始める。
「だからうるせーって!」
誰から止めていいのかもわからず、無意味に手をブンブンと振る。こちらもお手上げだ。
こんなありふれた、でもやっと到来したその平凡な会話をしつつ、校舎に入ってすぐ側の更衣室を目指す。
イジりはまだ少し続いていたが、特に止めることなくただ笑いながら「ちげーって」なんて言っておく。
更衣室に辿りつき、男女に分かれてドアを開ける。
廊下から更衣室内へと空間が変わる瞬間まで、航大は里実の笑っている横顔を見ていた。
青空に広がる雲。それが徐々に重なり、彼ら自身から近づいてきているように錯覚する。
外へ出ても、もうそこには春のようなやんわりとした感じはなく、少し肌を刺激する暑さが見え始めている。
6月に入った。季節が夏に移り変わるということで、学生服が冬服から夏服に移行した。
白風中では、男子はブレザーから白ワイシャツに夏用のズボン。女子もブレザーは取り、スラックスかワイシャツで薄茶のベストを好みで着て、スカート。
青波中のは、冬服でさえブレザーや学ランではなく少し特徴的なのだが、それが夏服になると、半袖になるだけ。
よりいっそう夏を思わせる姿で学生たちは今日も学生生活を過ごす。
まだ暑さは本格的ではないので、昼休みは外でサッカーなどで遊ぶ者がいる。
その中に、一樹や幹大、隆広たちに加えて航大もいた。
一生懸命ボールを追い、思いっきり蹴る。額から流れる汗を腕で拭って、ゴールを決めて仲間と笑い合う。
これが青春と言うべきものなのだろう。個人によって価値観、考え方は違うと思うが、この姿を見て他にどう形容したらいいものか。
その青春を一観客として、海遥は見ていた。丁度この時間帯に日陰になる、屋根の付いた校舎の出入り口前の階段に座っている。
手を後ろについて、足を前に投げ出す。彼の三白眼は彼らをずっと見つめ、たまに流れてくる風が伸びた髪を揺らす。
聞こえてくるのは外で運動する人物たちが生み出す音、中の教室で喋る人物たちが奏でる音。
だから、こちらに近づいてくる足音には容易に気づく。
「こんなところにいたんだ」
「……澄澪か」
澄澪はかくれんぼで隠れている人を見つけたという感じで海遥に声をかけ、隣に座った。
「ここ最近昼休みになるといなくなってるから、探しちゃったよ」
「俺の席にモロ陽が当たるからな。ここなら涼しくていい」
そうだね、と澄澪は笑う。そのまま海遥の視線の先に目を向け、航大たちがサッカーを楽しんでいるのに気がついた。
「こうちゃんってば、ホント楽しそう」
「あぁ、そうだな」
航大の姿を見て、また笑う。またその笑顔から安堵の気持ちがうかがえる。海遥はその様子を見ず、ただ真っ直ぐ向いたまま曖昧な返事をする。
「みはっちゃんもやらないの?」
「やんない」
「授業中は結構やる気だったのに?」
「ちゃんとやればそれなりの成績出せるだろ」
「かっこよかったよ?」
「おだててもやんない」
澄澪の言葉のボールをノールックキャッチ&ノールックパスする海遥。きっと適当に流されているから頬を膨らましてるんだろうな、と思いながらも海遥はサッカー少年たちを見続ける。
「ねぇ、みはっちゃん」
声少し力がはいっているようだった。そろそろふてくされてきたか、しょうがないと諦めて、海遥は顔を横に向ける。
ムニッ。
視界に澄澪が入った。それと同時に、頬に何かを感じる。少ない面積が頬を押し込んでいる。彼女の指だ。
予想通りに澄澪が伸ばした指が当たり、フフッと笑う。
「引っかかったね。うん、でもさ……意地っ張りはダメだよ」
指を離して立ち上がる。そろそろ行くねと言い残して澄澪はその場を立ち去った。
遠ざかっていくその後ろ姿を海遥は途中で視界から外す。そして、今度は空を見上げる。
「意地なんか張ってねぇよ」
その言葉は丁度きた風に揉みくちゃにされて何処かへ飛ばされていった。
けれど、近くの角に寄っかかっていた大生には、聞こえていた。
「あいつ馬鹿だわ」
窓を開け、少しだけ感じる風を受けながら外を見る。今日は特に暑いという気候ではないが、涼しくもない。そんな日の昼休みに外で、汚れて汗をかきながらサッカーを楽しむ男子たちを理解出来ない。
その男子生徒たちの一人は知っていた。昔からのつきあいがあるからこそ、馬鹿と言えるのだろう。
「ねぇねぇ、茉紀ちゃん。どれが里浦先輩なの?」
「ん?一樹は先輩付けるような人じゃないけどさぁ……、あ、今ボール蹴った人」
隣で茉紀と一緒に女子生徒がお昼サッカーの観戦をしていた。茉紀が度々話す一樹はどれなのか気になり、教えてもらう。
「おー。サッカー上手いんだね」
「それなりにできるんじゃない?ま、他のクラスの人の方が上手いみたいだけど」
「フフフ。茉紀ちゃんって里浦先輩に厳しいね」
「厳しいもなにも、あいつは大した才能とか持ってないし」
茉紀の一樹に対す評価が低いことに女子生徒は苦笑いする。当の茉紀はこれが当然の扱いという顔で軽く背伸びをする。
「遠くで良く見えないけど、見た目はどう?かっこいい?」
「んー、顔は別に悪くないけど、性格はダメね。レディーに対する態度が全くなってない。都会に行けばあんなのよりもっといい男に出会えるよ」
ほんの少し自分の記憶を探り、一樹の普段の姿を思い浮かべる。が、すぐに不良品を見るような顔に変わり、今度は両手を握り指を絡ませ、目を閉じて笑顔に変わる。
きっと彼女の中では、都会に住んでいる理想の男性像が微笑みながら手を振っているのだろうか。その姿を見てさらに女子生徒は苦笑いをこぼす。
「ってか、まさか一樹を狙ってんの?」
ここまでの会話から茉紀は一樹を彼女は気に入りだしたのかと考えた。信じられないと言わんばかりに身を乗り出して問う。
「違うって。茉紀ちゃんが里浦先輩のこと話してるとね、大体愚痴ってばっかだけど何だか嬉しそうでさ。それこそ、茉紀ちゃんは里浦先輩のこと好きなんじゃない?」
手を振ってその問いに否定する。逆に茉紀に問いを投げ返した。
「え、は?いやいや、それはないから。絶対無いから。大体、あいつは普段の……」
予想外のボールに驚く茉紀。だが、冷静にキャッチして、いつも通りの愚痴をボロボロ出し始める。
今日も色々出そうだなと女子生徒は思ったが、今度は苦笑いではなく正真正銘の笑顔が出た。
「っと、ここで授業は終わりだな。明日はこの続きから。んでこのままホームルーム始めるから座ったままで」
終了の時刻を伝えるチャイム。学ぶ生徒の糸をカマイタチのごとく切って、一気に机に伏せたり椅子の背もたれにダラッとさせる。
今日は口頭で用件を言うのではなく、あらかじめ持ってきたと思われるプリントを人数分配り始める。
みんなに渡ったことを確かめて大塚先生は口を開く。
「もう6月になって、あと一ヶ月ちょいで夏休みだ。で、その時に開かれる祭で行う『おふねひき』、に使うおじょしさまの制作の助っ人を募集する」
この地域では定年夏祭を開催し、その時におふねひきも行っていた。おじょしさまはその儀式に必要な木製の人形なのだが、近年この地域でそれを制作していた人たちの高齢化が進み、若者は都会に出て夏も帰ってこないなど、人手不足なのだ。
そこで、それを手伝うべくしてこの学校は中学1、2年に声をかけている。高校受験の時に出す書類に書けるぞ!とか言って毎年なんとか人を確保している。
「後々期末とかもあるし、そもそも乗る気しないとは思うが……。是非やってくれる人がいるならとてもありがたいのだが」
先生も先生であんまりやる気が伝わってこないのだが……、それでも地元に多く貢献できればいいのだろう。彼なりに呼びかけようとしている。
「とりあえず、今のところやってもいい人は手を挙げてくれ」
そう言うと、すぐに手が上がった。澄澪だった。
それ見ていた一樹も前を振り返って手をビシッと挙げた。
幹大と隆広、里実も興味本位で手を挙げる。
「んーと、現段階では6人か。去年より全然マシだな。じゃあ、期日までにやりたい人、考えてる人は髪を提出してくれ」
6人。澄澪はまわりを見る。
そこには手を挙げようとせず、知らん顔でボーッとしている海遥と洋斗がいた。