・お菓子の魔女戦。マミを助ける杏子と士郎。
現実
・ルビーのせいでマミ登場できないじゃん!
少女は可愛らしい人形と対峙していた。
人形に敵意や害意は見られない。だがおそらくはその人形が魔女なのだろう。部屋の中心の、やけに足の長い椅子の上に、その魔女は座していた。だがその人形が何か行動を起こす前に、少女の一振りが容易く椅子を叩き折る。
「……孵った直後で悪いが、他に用があるんだよ。一気に決めさせてもらうぜ」
然したる抵抗も無く落ちてきた魔女に、少女は渾身のフルスイングを決めた。手に持つ大槍で、無慈悲な、そして正確な、叩き潰すかのような一撃。
ジャストミート。弾道を追う事を許さぬ弾丸ライナー。文句なしのホームラン。
まどかとさやかの視線が弾道を追う――よりも早く、お菓子の山に魔女は激突していた。
「まだだ」
吹き飛ばすと同時に、少女は追撃へと移っていた。自身の得物を片手で構えると、魔女の後を追うように跳び上がった。勿論魔力を込めるのも忘れない。そして魔力を込められたことで少女の倍もの大きさに膨れ上がった槍を、そのまま魔女へと突き刺した。
少女は槍に込められた魔力を、力任せに解き放った。破壊を孕む赤光が、魔女もろともお菓子の山を包んで弾けた。流れに逆らうことなく、爆発の余波のその勢いのままに、少女は回転しながら爆心地から脱し、地面に着地する。
一方的すぎる戦闘。素人目に見ても明らかなほどのオーバーキル。まどかとさやかは少女の勝利を――――少なくとも魔女の痛手を――――確信した。しかし、その過信の報いはすぐに訪れる。
お菓子の山から飛び出る様にして、黒く太い蛇のようなものが姿を現した。赤色の水玉が散りばめられた黒い胴体。羽のような赤色と青色の耳。ピエロのような顔。その顔がニンマリと、悪意の篭った笑みを浮かべている。
「ふぅん、第二段階、ってか」
だが少女は臆することなく、それどころか面倒くさげに言葉を零した。敵を目前にしているとは思えない、緊張感の欠片もない態度だった。
■ まどマギ×Fate ■
「いや、アイツ強いわ」
「うん、すごいね」
言うだけのことはあるってわけね。先ほどの感情から一転し、呆けた表情でまどかたちは少女の戦いを見ていた。
素人目に見ても、戦いは少女が優位に進めているのが分かった。深追いはしない。確実な一撃だけを喰らわす。少女の隙の無い連撃を前に、魔女の悪意の篭った笑みが、今や焦燥に歪んでいる。
お菓子の影に隠れる様にして、半ば観戦気分で、2人――特にさやか――は戦いを見ていた。
「うーん」
「おお、また吹っ飛んだ。やばっ」
「……ねぇ、さやかちゃん」
「わおっ、フルスイング」
「……」
「うわっ、今度は投げ飛ばしてる。どんだけパワフル――――わひゃっ!? ま、まどか!?」
むにっ。さやかのわき腹に生じる可愛らしい衝撃。慌てて視線を向ければ、わき腹をつまむ手と、少しだけ頬を膨らましたまどかの顔。
「……ねぇ、さやかちゃん」
「な、なに?」
懐からスマホを取り出すと、まどかは手早く画像フォルダを操作して、ある画像をさやかに見せた。目前に出された画面には、さやかにも見覚えのある画像が映っている。
黒色のブーツソックスと赤色のブーツ。
黒色の線が入った赤色のミニスカート。
大きな赤いリボンと幾重にも重なった白色と薄桃色のフリルがついたミニスカート。
赤色を基調として銀色の細い線が入ったベアトップ。
肘まで覆う赤色のロンググローブ。
赤色の細いチョーカー。
大きな黒色のリボン。
そして満面の笑顔と決めポーズ。あとルビー。
身に纏う衣装こそ異なるが、これは――――
「あれ、これって……」
「うん。多分、あの子」
2人して視線を戻す。その先には、好戦的な笑みを浮かべて魔女と相対している、あの少女。
――――……多分、佐倉杏子ね。風見野を縄張りとしている魔法少女よ。
「佐倉、杏子ちゃん」
「……だよねぇ、うん」
やや自信無さげに、さやかは同意の意を示した。話に聞いていた少女とイメージが違ったからだった。
最も魔法少女らしい魔法少女。ほむらはそう評していた。そしてその言葉を聞いて2人が連想していたのは、日曜朝8時の魔法少女アニメ的な魔法少女である。人々の平穏のために愛と勇気を力に悪と戦う、品行方正で可愛らしい魔法少女である。口も態度も悪い上に、結界内とは言え周囲を破壊しながら暴れ回るような魔法少女では、断じて無い。
「……ほむらはさ、魔法少女らしい魔法少女って言ったよね?」
「そうだね。私もそう聞いたよ」
「……それって、魔法少女はあんなタイプばっかりってこと?」
「でもほむらちゃんとマミさんは違うよね」
「いや、マミさんは分かるけど、ほむらはぶっちゃけちょっと……」
ルビーと言う規格外の非日常が相対したとは言え、出会い頭に発砲をする少女は、どちらかと言えば少女――佐倉杏子――よりだろう。寧ろ、人目に付くような場所で発砲したり、金づちを振り回したりするほむらの方が異端である。魔法少女としても、女の子としても。
「でも変身の仕方はThe魔法少女って感じだよね」
「あー、髪をかき上げてね。こう、ファサーって」
「そうそう。それで紫色の光に包まれたと思ったら、もう変身しているの。そこは残念かな」
「そうだよね。せっかくなら、こう爪先から頭まで、ゆっくり順序良く変身してほしいよね」
「うんうん。プリキ○アみたいにね」
きゃあきゃあと魔法少女談義を始める2人。無論、話しつつも人外の戦いには注意を払っている。2人は自分たちが危険地帯に居る事を忘れてはいないし、襲われたらひとたまりもない事も理解はしている。
が、同時に。今の状況では、魔女の逆転サヨナラ優勝決定満塁ホームランを見る事はまず無い、とも思っていた。そんな甘い考えが過るほど、一方的な戦いだった。
2人は知らぬことだが、杏子は攻めることよりも、寧ろ2人を守るように立ち回っていた。視線を向ければ、必ず映る頼もしい背中。それは普段の彼女の戦闘スタイルを思えば、驚くべき程のモデルチェンジである。が、出会ったばかりの2人がそれを知るわけがない。
互いにお菓子の影の中に隠れる様に、身を寄せ合う。そうして僅かに顔を覗かせて、状況の推移を見守る。
「そう考えると杏子ちゃんもThe魔法少女って感じだよね」
「へ? どこら辺が?」
「うーん、あえて王道を外している感じとか……あと技かな」
「ああ、技かぁ」
槍の巨大化。破壊を含んだ赤光。
特に後者は、如何にも魔法を使っています、という感じで見ていて楽しい。マミのマスケット銃も悪くないが、The魔法と言う点では杏子の技が秀でている。視覚効果の違いだ。
「技と言えば、ほむらちゃんの技ってなんだろう?」
「マミさんがマスケット銃、あの子が槍と赤光。ほむらは……転送とか?」
「転送?」
「うん。ほむらはさ、一瞬で銃とかトンカチとか取り出したじゃん? だから転送」
「あ、なるほど」
最初に出会った時も、ルビーと対峙した時も。ほむらは瞬きの内に武装を取り換えていた。それに、ハンドガンやトンカチ程度なら身体に仕込むことが出来なくもなさそうだが、最初に使い魔たちから助けてくれた時は、マシンガンのような大型の銃を構えていた。
だから転送。
「本当に転送だったら、地味だけど便利だよね」
「どういうこと?」
「忘れ物した時でもすぐに手元に持ってこれる」
「わぁ、確かにそれは便利だね」
もしもほむらがこの話を聞いていたら、きっと涙を流していただろう。色々な意味で。そしてマミが聞いても涙を流しただろう。色々な意味で。
普段は良識ある2人だが、押し寄せる非日常の波を前に、今はイイ感じに理性が崩壊していた。
■
「そろそろウッセーのが着く頃だからな。決めさせてもらうぜ」
そんな魔法少女談義が後ろでされていることなど露知らず。
杏子は魔女が怯んだ隙に、地を抉り返すかのように、自身の得物の刃先を突き立てる。魔力を込められたことで巨大化した槍が、周囲を破壊しながら、その刃先を魔女へと向けた。槍の柄の箇所が多節棍の如く連節しているせいで、傍から見れば怪物映画さながらの大蛇が鎌首を持ち上げたかのようである。加えて赤光が自身と得物を、つまりは巨大化した槍諸共を包む。
魔女は杏子の大槍から逃げる様に、一直線に上へと高く飛び上がった。大槍の脅威から逃れる様に、破壊音にも目をくれずに、ただ真っすぐ飛ぶ。そして天井付近まで上がると、その巨体を器用に反転させ、歯を剥き出しにして杏子と対峙する。自分を向く杏子と刃先を睨み付け、威嚇するように唸り声をあげた。
「……」
杏子と魔女は無数の攻防の末に、初めての静寂を得た。離れた間合いは聊か広いが、それは互いにとって問題にはなり得ない。
此処に至っても杏子は余裕を崩さない。好戦的な笑みを浮かべ、頭上の魔女を見上げる。
対して魔女の表情は苦り切っている。距離を離した事、初めて得た停滞。その2つを以てしても、あの表情の緩和には至らない。
赤光は燃え盛る炎のように揺らめいていた。杏子と、そして大槍を包み、尚も勢いが翳る事は無い。寧ろ杏子の闘気に呼応するように、激しく揺れ動いている。
実のところを言えば、杏子はギリギリの戦いを強いられていた。何せ後ろには一般人がいる。彼女たちに敵の注意が向かぬ様に、常に2人を背に一定の距離を保ちながら戦い続けると言うのは、持ち前のスピードを活かして攻め立てる普段の杏子の戦い方からは大きくかけ離れていた。
加えて、相手はかなり厄介である。飛翔に再生、動きも素早く、深追いをすれば逆に自分がやられかねない。生まれたばかりでこれなのだから、今後経験を積めば手を付けられなくなる可能性が高い。
長所は活かせない、逃げる事は叶わない、敵は強大。これだけ不利な要素が揃っていながら、それでも優位に戦いを進めているのは、単に杏子が持つ戦闘経験のおかげである。
――――ったく、アイツは何してんだ
思い浮かべるのは赤銅色の髪の同行者。傍のスーパーで買い物中の同行者を置き去りにし、先に結界に入ったのは杏子である。が、入る直前にテレパシーは飛ばしたし、こんだけ近くでドンパチやっていれば気が付かぬわけがない。そろそろ来ても良い頃合いだ。
2人でいればさっさと終わるのに。ここ数日の魔女狩りは2人で行っていたので、今回は久しぶりの単体での狩りである。後ろの2人と言い、意外と強い敵と言い、ちょっと今回はハンディキャップが過ぎたかもしれない。
「……はっ」
そこまでを思考に乗せた瞬間、喉の奥から声が漏れた。自らを卑下するような声だった。もしも今が対峙の最中でなければ、馬鹿馬鹿しさに高笑いを挙げていたのかもしれない。
そうとも。杏子は思う。魔法少女として一人で生きていく事を決めた日から、自分一人で何もかもどうにかしてきたじゃないか。生活も、グリーフシードも、魔女すらも。それが今更誰かの手を待っている? 腑抜けか。
杏子の思考に呼応するように、一層激しく赤光は揺れ始める。刃先に立っていた杏子は、好戦的と言うよりは獰猛な笑みを浮かべていた。そして魔女に向かって挑発するように手招きをする。
「来なよ、先手はくれてやる」
その声を聞きつけたのか、魔女の表情が不快げに歪んだ。対して杏子は、コイツって人の言葉が分かるんだ、と明後日の方向の感想を抱いた。初めての経験だった。
「一応言っておくが、逃げようなんて馬鹿な事は考えるなよ」
襲い掛かってくれば殺す。
背中を見せれば殺す。
後ろの2人に襲い掛かっても殺す。
泣いて許しを請いても殺す。
闘気は殺意へ。明確な意志を以って相対する。二の打ち要らず。全力の一撃で殺す。
魔女は僅かに眼を見張ると、天井に自分の身体を預けた。目の前の敵に向かって、一撃で決めに来ることが分かる体勢。天井を蹴った反動で一直線に急降下し、赤光の中心にいる杏子を食い殺すつもりなのだろう。迎撃の前に牙が届けば、杏子の敗北は確定だ。
「――――もう一度言うぜ。先手はくれてやる」
それでも杏子は余裕を崩さない。獰猛な笑みを浮かべたまま、挑発を繰り返す。
一時に比べ、赤光の勢いは収まっていた。が、これは無駄な消費を抑えたからであり、寧ろ研ぎ澄まされた刃のようなぎらつきが、赤光からは見て取れた。そして大槍の刃先は魔女へと真っすぐに向けられ、柄は弦を引き絞るかのように放たれるのを待っている。
次の一撃が決着を告げるのは明白だ。隠れていたまどかとさやかの2人も、魔法少女談義を止めて対峙に注視していた。
呼吸が煩わしい。瞬きも煩わしい。鳴り響く心音すらも煩わしい。
素人である2人は吞まれていた。この場の、この空間の、この空気に完全に呑まれていた。
そう。完全に呑まれていた。まどかも、さやかも。
「偽・螺旋剣」
静寂を切り裂くようにして、一筋の紅い光が奔る。まどかとさやかが認識できたのは、たったのそれだけ。杏子の赤光ととは異なる、禍々しさを感じるような紅色の軌跡。
それは一直線に魔女へと到達すると、その胴体を貫き、そのまま天井へと突き刺さった。轟く破壊音。魔女は貫かれた衝撃でバランスを崩し、自由落下を始める。当然、杏子がその決定的過ぎる隙を見逃す筈もない。
杏子は魔女ごと突き刺すような勢いで天井へと突進した。最短距離を最速で、赤い稲妻が天井へと奔る。稲妻は魔女を飲み込むと、一瞬だけ膨れ上がり、瞬きの後に弾け飛んだ。
後に残ったのは、大きなクレーターを作った天井。そして一拍の間を置いて落下を始める瓦礫。
「よっ、と」
いつの間にかに、まどかたちの傍に杏子が降り立っていた。自身の得物を肩に担ぎ、小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「おっせーぞ、士郎」
「いや、杏子が早いんだよ」
いつの間にかに、まどかたちの斜め後方に青年が立っていた。見滝原スーパーの名が入ったビニール袋を抱え、疲れ切った表情を浮かべていた。
「あたしはちゃんと伝えたぜ。ちゃんと位置情報代わりに魔力も発してただろ。真っすぐ進めばすぐだと思うんだけど」
「ケーキの山を掘り進めろと?」
「いや、跳べばいーだろ」
「お前と一緒にするな」
「あ、チーズ買えた?」
「聞けよ」
見知らぬ青年だ。髪の色から兄妹かと思ったが、杏子とは異なり、青年の髪は錆びついたような赤銅色である。が、会話の様子から察するに、知らぬ仲ではないのだろう。
あの紅い軌跡は彼の仕業なのだろうか。だとすると、もしかして彼も魔法少女なのだろうか……いや、男性だから……魔法青年?
そんな戯けた事を考えていたところで、青年もまどかたちに気が付いたらしい。目が合ったので、軽く会釈をする。が、何故か青年は呆気に取られた表情を見せると、すぐに視線を逸らして、後ろを向いた。そしてどこからか毛布を2枚取り出すと、杏子を呼び寄せて手渡した。そして耳打ち。
「ああ……なるほど」
杏子は青年と、まどかたちとを見比べると、納得したかのように首肯した。
受け取った毛布をそれぞれ両手に一枚ずつ持ち直すと、まどかたちの眼前に突き出した。
「ほらよ、ありがたく貰っとけ」
反射的に受け取る。薄桃色の、どこにでもあるようなありふれた毛布だ。だが、2人はその行為の意味が分からず、互いに顔を見合わせる。そして同じタイミングで首を傾げた。何で毛布?
その様子を見て、杏子は溜息をついた。そして一言。
「アンタらの趣味に口出すつもりはないが、アレでも男なんだ。察してやれ」
杏子が指をさした方向には、未だに後ろを向いたままの青年。こちらを気にしてはいるようだが、頑なに視線はまどかたちの方へ向けようとはしない。そして杏子はと言うと、何故か呆れかえっている。それはもう見てわかるレベルで呆れかえっている。
「えーと……どう言う事?」
「流石に知らない人から毛布をもらうのは……」
「何時までクリーム塗れの半裸姿でいるつもりだ、ってこと」
呆れを隠そうとしない語調だった。そして何てこともないような感じで投げられた言葉だった。
理解とはいつだって一瞬の出来事だ。そしてその後に追随するのは、納得か後悔のどちらかしかない。
まどかは自分の顔が一瞬で熱くなったことが分かったし、それはさやかも同様だった。そして何故か頭の片隅の妙に冷静な部分が、互いの顔色の変化をしっかりと記憶していた。あ、ヤバい顔色している。それは何の役にも立たない、一秒未満の思考だった。
杏子は目前の2人の思考が現実に追いついた事を理解すると、咄嗟に自身の両耳を塞いだ。思考をすっ飛ばした、本能的な反応だった。だがその直後に、彼女はその行動が間違っていなかったことを実感する。
「あ、」
「い、」
「「ゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」
結界内に響き渡る少女たちの悲鳴。
その悲鳴に、青年――衛宮士郎――は少し遅れて耳を塞いだ。頑なに視線は向けず、背を向けたまま、眼を閉じて情報を可能な限り遮断する。
そして溜息。
自身の境遇を嘆くかのような重々しい溜息を零し、
「3秒あげるわ、ゴミ屑。せいぜいその行いを悔いなさい」
■
衛宮士郎は自分がトラブルに好かれやすい星の下に生まれてきたことを理解していた。
何せ面倒事と理不尽が大挙して押し寄せてくる日常を過ごしている男だ。危険察知のアンテナだけは、何時だってフル稼働である。因みに面倒事と理不尽から逃れることはまず不可能なので、ここでの危険察知とは、如何に被害を最小限に抑えるか、を指している。そこ、役に立たないとか言わない。
故に、半裸の美少女2人を目にした時点で、士郎は自分の間の悪さを理解したし、確実に面倒な事になると確信した。全くありがたくない確信だった。それでも、咄嗟に視線を外して、毛布を投影し、杏子に自分の代わりに渡すように言えたのは、日頃の経験の賜物である。
が、勿論これで回避できたとは思わない。
確信めいた予感が士郎に告げていた。頑張れ、と。やっぱり役に立たない危険察知能力だ。
「3秒あげるわ、ゴミ屑。せいぜいその行いを悔いなさい」
そしてその予感への解答は唐突に訪れる。
払われた足。
回転する軸。
掴まれた頭。
極められた関節。
眼を開けるのは遅い。
「ガッ――――!?」
ロクな抵抗も出来ずに、士郎の顔面が床に叩きつけられた。全く予期していない展開。口内に広がる鉄の味。
そして後頭部。
ガチャリ、と。重々しい音と共に、冷たい塊を押し付けられる。
「その汚らわしさ、万死に値するわ。……死ね」
あ、ヤバい。鍛え上げられた士郎の危険察知能力が、一瞬先の未来を描く。割れたスイカのような頭部が、鮮明な映像として脳裏に流れた。自分のことながら、本当にいやに鮮明な映像だった。
「――――いやいや、待て待て、違う違うっ!!」
「五月蠅い」
「ちょっと待って、ほむら! 違う違うっ!」
「ほむらちゃん、ストップっ! 止めてっ!」
圧力が一瞬だけ弱くなる。
そう、一瞬だけ。
次の瞬間には、より一層の力を込められて床に押し付けられた。
「まどか、何故庇うのかしら? コレはあなたを半裸にひん剝いて白い液体をかけた挙句、悲鳴を挙げさせるゴミ屑よ」
「いや、違うって! 私たちがこんな目に合ったのは魔女のせいっ!」
「魔女がコレを操ったってことかしら? それでも万死に値するわね」
「違うよ、ほむらちゃんっ! この人は私たちを助けてくれたのっ!」
「……助けた?」
「そうだよっ! この人と、あと――――」
「ま、そう言うこった」
聞き慣れた声がすぐ傍から聞こえる。落ち着き払った杏子の声だ。
「その厳つい得物を捨てて、そこを退きな。首を刎ねられたくなきゃな」
「……」
「結構結構」
圧力が弱まる。射殺さんばかりの敵意は健在だが、それでも当初の圧倒的な殺意は幾らか緩和していた。
ふぅ、と。緊張を解すように士郎は息を吐き出し、
「士郎、パンは無事か?」
「人の心配をしろよ」
「お、無事だな。流石流石」
「だから人の心配をしろよ」
軽口を叩きつつ士郎は身を起こした。叩きつつ、無理やり自分自身を落ち着かせようとしているのだから、決して意味の無い軽口ではない。そして視界の端で、今しがた自身へ襲いかった人物を捉える。
そこには少女がいた。線の細い、触れれば壊れてしまいそうな華奢な体躯。腰まで届くであろう艶やかな黒髪。感情を排した、日本人形を思わせる無表情。そして眼。
近寄り難さを感じる、冷淡な眼。
『派手にやられたなぁ』
『面目ない』
『悪いがアイツの能力は未知数だ。結界内にいたのは分かったが、いきなりこの場に現れやがった』
『同意だ、俺にも分からない』
テレパシーで状況を伝え合うと、身体に溜まった痛みを逃がすように、ゆっくりと士郎は息を吐き出した。
そして今しがた自身を襲った人物に向き直る。
「ご、ごめんなさいっ! ほむらちゃんが、その、迷惑をかけてっ!」
「ま、まどか?」
「悪い奴じゃないんですっ! 思い込んだら一途なだけなんですっ! 多分っ!」
「さ、さやか?」
だが士郎が何かを言うより早く、そして本人よりも先に、傍らの少女たちが謝り始める。
顔見知りなのだろう。先ほどまでの雰囲気を崩し、ほむらと呼ばれた少女は慌てふためき始めた。
「そもそも悪いのは上着を脱いでいた私たちにありますし……」
「そうなんですっ、私たちが悪いんですっ、ほむらは悪くないんですっ!」
「あー、いや、大丈夫。うん大丈夫」
そもそも襲われたことを咎めるつもりは無いし。少女たちが友人同士であることを、会話から士郎は察知していた。友達のために怒って、友達のために謝っている彼女らを、どうして咎めることが出来ようか。
「これぐらいで傷つくほど柔な身体じゃないから大丈夫だよ。それよりも君たちこそ怪我はない?」
「あ、はい。杏子ちゃんが助けてくれたので大丈夫です」
「杏子が?」
「んだよ、士郎。その眼は」
「……いや、何でもない」
「……ふん。つーかさ、何でアンタらは私の名前を知っているわけ?」
士郎とは異なり、敵意丸出しの、咎めるような口調で杏子は問いかけた。答え如何によっては、容赦なく噛み殺しそうなくらい剣呑な口調だった。
「ほむらちゃんが教えてくれたんです。風見野市に住む魔法少女だって」
「ほむらって、そこのそいつか? アタシは知らねーぞ」
「それと、この画像」
まどかは懐からスマホを取り出すと。ある画面を士郎たちに見せた。
――――満面の笑みで決めポーズをとる、杏子の姿。
「「げっ」」
士郎と杏子は、全くの同時に同じ表情を浮かべた。顔面崩壊レベルの表情だった。
記憶にある、どころの話ではない。つい先日刻まれたばかりのトラウマ。出来立てほやほやの黒歴史。
杏子は一瞬で虚ろな目になると、自身の得物をまどかに向かって構える。正確にはまどかの持つスマホに向かって構える。姿形は杏子なのに、先ほどの魔女の何倍も恐ろしいような幽鬼を、まどかたちは幻視した。
士郎の手が杏子の頭を押さえつける。
「止めろ、杏子。無駄だ」
「……」
虚ろな目で杏子は士郎を見上げた。見上げて、首を振る。刃先は震えているが、得物は手放さない。
ルビー、やっぱり何かやらかしたんだね。そういえば昨日、ルビーは言っていた。杏子さんがマジ切れして危なかったんですよぅ。
マジ切れは決して誇張した表現ではなかった。寧ろ大分端折った表現だったのだ。その事実をまどかは察知する。
「あー、すまない、君たち。ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「……何かしら。魔法少女の事なら、私たちではなく佐倉杏子に訊いた方が良いわよ」
「いや、違う。ルビーと名乗る、ヘンテコなステッキについて知らないかな?」
ルビー。その名を聞いて、まどかたち3人は顔を見合わせた。知っているどころか良く知る仲である。
そして同時に思う。この人はルビーの関係者なのだろうか。ルビーがことあるごとに愚痴を零す、製作者側の関係者なのだろうか。連れ戻しに来たのだろうか。
『ルビーの関係者、ってことだよね。この人』
『ええ、おそらく。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグに関わる人物なのでしょう』
『キ、キシュ……?』
『連れ戻しに来た、って事なのかな?』
『多分ね。士郎、って呼ばれていたから本人ではないと思うけど』
『マジか。ルビーって追手が来るくらいの存在なんだ』
『渡しちゃうのは……ちょっと可哀そうかな』
『そう。……まどかがそう望むのなら、知らないって言い張るべきね』
『……ま、私もまどかがそう言うなら良いかな』
テレパシーで高速の意思疎通をする3人。ルビーの事を何だかんだ言いつつも隠してあげようとするくらいには、やっぱり心優しい少女たちなのだ。
尤も士郎は3人の顔色が変わった事で、ルビーが少なからず関係してしまっている事は察していた。この程度の機微も察知できないようであれば、海千山千の魑魅魍魎が蔓延るイギリスではやっていけない。
さてどうしたものか、と。杏子を刺激しないように、且つ少女たちから上手いとこルビーを引き剥がせる案を士郎は模索し――――
「ほむらさーーーーーーーんっ!!!」
■
「何なんですかっ、何なんですかっ! こんなオドロオドロシイところに置いていくとかっ! いきなり消えないで下さいよっ、追いかけるのに手間取ったじゃないですかーっ!」
「あ、え、ええと……ごめんなさい?」
「ごめんなさいじゃないですよーっ! ごめんなさいですんだら警察は必要ないんですよーっ!」
「あ、ええと、ルビー落ち着いて……」
「ああっ、まどかさんっ! 無事でよかった! 心配しましたよぅ。そしてほむらさんは何でまどかさんが無事な事を教えてくれなかったんですかぁ!!!」
「そ、その、あの、そんな暇が無くて……」
「そんな!? 今、そんな、と言いましたか!? まどかさんの安否をそんな扱いですか!?」
「いや、ほむらの『そんな』はそっちに掛かっているんじゃないと思うけど……」
「さやかさんは黙っていてくださいっ! ああ、でも本当に無事で良かった」
「え、あ、うん、ごめんね?」
「本当ですよっ! お2人とも心配したんですよっ! (私と契約して魔法少女になる前に)死ぬなんて許さないですからねっ!」
「おいちょっと待てコラ」
場面の転換は何時だって唐突だ。
三人で口裏を合わせ、ルビーの事を知らぬ存ぜぬで通そうとした、その矢先。
突如として飛来してきたルビーが、三人の想いも空しく、その姿を士郎たちの前に現した。それも堂々と、大騒ぎをしながら、目の前に。
詰め寄られているほむらは若干涙目だ。流石のほむらもこう言った状況では弱いらしい。ほむらの知らない一面が見れたことは、きっと喜ばしい事なのだろう、とまどかは思った。こんな場面で無ければ、きっと素直に喜んだに違いない。
グニグニと物理法則を無視した動きで、ルビーはほむらに抗議を続ける。置いていかれたのがよっぽど不満らしい。
「めっちゃ怖かったんですよっ! 何だか訳の分からない躯は転がっているしっ、まどかさんたちは見つからないしっ」
「う、うん……」
「しかも超グロいじゃないですかぁ! 切り刻まれたり、欠損してたり、叩き潰されてたりっ! どこのホラーハウスですかコンチクショウ!」
「……」
「そもそもほむらさんは一人で進みすぎなんですよっ! ここは怯えて可愛らしいところ見せて私と契約する流れじゃああああああああだだだだだだだだだだだだっ!!!」
立ち直ったほむらの神速の左手がルビーの頭部を掴むと、そのまま握りつぶさんと力を込められる。見た目は華奢な少女でも、魔力で握力を補助すればゴリラと腕相撲だって可能なのだ。特殊素材でできているヘッドが、ミシミシと音を立てながら歪んでいく。
力を込めながらほむらは思った。コイツ、このまま引き渡しても構わないかしら。コイツといると心労と言う名のデメリットが大きすぎるのだ。
士郎の方へと視線を向けると、何故か彼はルビーをほったらかして、まだしぶとく生き残っていた魔女にとどめを刺しているところだった。間の悪いやつである。
「……まぁ、いいわ。まどかに感謝なさい」
暫し色々と思考をしたところで、溜息と共にほむらはルビーを解放した。様々な選択肢を天秤に掛けた上での決断であった。解放してから、少し後悔したのは秘密である。
ルビーはヨロヨロとまどかの下へと向かうと、その胸元にダイブする。そしてぐりぐりとヘッドの部分を押し付けながら、すすり泣き始めた。まどかは優しく抱き留めると、あやす様にヘッドの部分を撫でる。
「ところでまどかさん、何でそんなにセクシーな姿なんですか?」
「あはは、色々あって……」
「色々、ですかー……まぁ、その姿も私的にはイイですけど、契約したら魔法少女の衣装をおおおおおおおおおおお危なああああああああああっ!!!」
やっぱりコイツ死んだ方がイイかもしれない。ルビーを掴もうとしたほむらの左手が、惜しくも空を切る。所かまわず契約の話を持ち出す辺りに、ほむらは自身の天敵の存在を幻視した。総合的に考えて、これは引き渡すのがやっぱり正解だろう。
ルビーは咄嗟にまどかの後ろに隠れると、ヘッドの部分だけを出してほむらの様子を伺う。その様子が、尚更ほむらの癪に障る。
まどかはまどかで困ったような笑みを浮かべていた。彼女は彼女で、士郎への言い訳を考えていた。ルビーの意思を尊重したい、と言うのがまどかの考えなのだ。
だから、士郎へと視線を向け――――
み つ け た ぁ
その表情を表現する言葉をまどかは知らない。知らないが、この世で見た何よりも恐ろしい者である事は分かった。さっきの魔女の悪意に満ちた笑顔なんか子犬みたいなものだ。
士郎へと視線を向ける途中。目に映った杏子の顔。
眼を見開き、ルビーに視線を固定し、口角を吊り上げた、その表情。笑顔だけど笑顔ではない、身体の芯から震えそうな、その表情。
「……おい」
「な、なに……?」
「3秒。後ろの奴、出せ」
「あ、あははー……杏子さん、怖いですよぅ」
「出 て こ い」
発せられたぶつ切りの言葉。どう見てもマジ切れどころの騒ぎではない。感情のメーターが完全に振り切っておられる。
まどかはその圧力に思わず一歩引いた。
「……杏子。ストップ。怯えているぞ」
「知るか。アイツ、殺す」
「……ハァ」
魔女を倒し終えた士郎が、話に合流する。そして杏子を抑えて前に出た。このままでは埒が明かない事を察しての行動だった。
「ルビー、前にも言った通りだ。帰るぞ」
「ええー、それは無理ですよぅ。今帰ったらあんな事やこんな事をするんでしょ? エロ同人みたいにっ!」
「先にそっちが思考として出てくるかー、普通はもっと別の方を心配しないか?」
「あ、もっと激しく18禁の自主規制的な?」
「スプラッターとしての意味合いなら合っているかもな」
「少女たちの百合百合にゃんにゃんは魔法少女モノとして欠かせない気がしますけど、スプラッターが入り乱れるのはちょっと……」
「安心しろ。お前がそこら辺を心配する必要は一切ない」
この人すごい。ほむらはそう思った。このルビーとまとも(?)に会話が成り立つ人物を、ほむらは初めて目にしていた。自分だったらこのやり取りだけで確実にブチ切れてしまう自信があった。
妙なところで感心されているとは露知らず、士郎は士郎で説得を続ける。と言っても、言葉でどうにかできる輩なら、もっと事前に穏便に平和的に解決済みである。無論その事が分かっていない士郎ではない。
『杏子、隙を見て捕まえろ』
『ったりめーだ、ぶっ殺してやる』
『……殺すのは勘弁してくれ。大師父に怒られる』
『知るか。公衆の面前で恥かかされたんだ。アイツは殺す。絶対殺す』
『……杏子、頼む』
『もう一度言うぜ。知るか』
『……ドレスオムライス、だっけ。食いたいって言ってたの』
『……』
『半殺しで頼む』
『……わーったよ』
穏便に説得をすます。この程度を説得できなくして、人外魔境のイギリスでは生活できない。
「頼む、ルビー。遠坂が心労で倒れる」
「えー、それって惚気デスカー。そんなの士郎さんが支えればいいじゃないですかー」
「諸悪の根源が何を言うか」
「トラブルは親密度を上げるイベントですよ。こんなところにいないで、凛さんの看病を、つまりは熱い一夜を2人で過ごしてくださいっ! そして【禁則事項】をしてきてくださいっ!」
「おいルビー、ちょっと黙れ」
「あ、娘さんができたら(魔法少女にしますんで)教えてくださいね」
「……トチ狂ったことをほざくな戯けが」
これはブチ切れても仕方が無い。
先ほどまでの好青年染みた印象を覆すような、低音の、地の底から響くような声。あ、やべ、揶揄いすぎた。ルビーにしては珍しく少しだけ反省をする。
これはマズイかな。咄嗟にそう判断すると、ルビーはまどかの後ろから脱した。そしてそのまま全速力で結界の入口へ向かおうとし――――
「へぶっ!?」
すぐに何か柔らかいものとぶつかる。視線を向ければ、そこには頭を仰け反らせて鼻血を出すほむら。どうやら進行方向にいたらしく、顔面に衝突してしまったらしい。
「ッ」
ああ、何かデジャビュ、と。一瞬だが呆けたルビーを、ほむらの神速の左手が掴む。そして魔力を込められた五指が、ルビーを握り潰さんと全力を出す。鼻血を拭った左手で全力で握り潰そうとする。
「あ」
それはいったい誰の声だったか。
事情を知る士郎だったのかもしれない。
経験を持つ杏子だったのかもしれない。
予感を得たまどかとさやかだったのかもしれない。
或いは――――直前に察知をしたほむらだったのかもしれない。
ニンマリ、と。
ルビーが笑ったような。
そんな気がした。
――――ピカッ
■
それは眩いほどの紫色の光だった。
眩さに反射的に皆は目を覆い。
その間に全ては終わっていた。終わってしまった。
黒色のバレエブーツ。
薄紫色と濃い紫色の菱形をあしらったブーツソックス。
バレエを模した黒色の衣装。
黒色の尻尾のようなロングスカート。
腕全体を覆う黒色のロンググローブ。
胸元は大きく開かれており、紋様が描かれている。
背中からは自身の背丈よりも大きな黒と白の羽。
首には黒色の羽根を模したようなチョーカー。
髪形は変わっていないが、大きな赤色のリボンが頭についている。
そして右手にはステッキ。悪夢の権化であるカレイドステッキ。
――――カレイドステッキ。
ほむらは自らの髪をかき上ると、調子を確かめる様に首を左右にゆっくりと動かした。そしてルビーをガンプレイの如く片手で回し、四人に向けて突き付ける。
「愛の魔法少女マジカルほむほむ、ここに誕生っ! さぁ! みんな、行くわよっ!」
おまけ
Q.ほむらの衣装って?
A.叛逆のアレ。