魔法少女まどか☆マギカ×Fate   作:くまー

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前回の更新が8/15ですから4日ぶりの更新ですね、やったぜ(すっとぼけ)
いや、ホント、一年以上お待たせし申し訳ございませんでした……

※21/11/11 誤字脱字修正


まどマギ×Fate 14

 倒壊したビル群。

 叩きつける大粒の雨。

 街を蹂躙する大嵐。

 空を舞う瓦礫。

 逆さまの女王。

 

 酷い夢だ。そうまどかは思った。目前の光景はまるでこの世の終わりだ。

 見上げた空は濁った曇天。見下ろした街は崩壊の跡。

 何処にも救いは無い。

 

「逃げて」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。黒色のクレヨンで塗りつぶしたように、輪郭が一切分からない。

 

「逃げな」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。同じように塗りつぶされている。

 

「任せたよ」

 

 誰かが言った。誰かは分からない。でも、聞いた事のある声だった。

 

「待っ――――」

 

 待って。そう言おうとしたまどかの言葉をかき消すように足場が崩れる。視界が強制的に切り替わり、浮遊感が身を包む。

 遠のく曇天、迫りくる地面。

 思わず目を瞑り――――その身体を優しく抱きしめられる。

 

「ごめんなさい」

 

 誰かが言った。耳元で、許しを請う様に、誰かが言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、かぁ」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながらまどかは身を起こした。カーテンを開くと、そこは眼を眇めるほどに眩しい朝陽。雲一つない晴天。いつもと変わらぬ街の景色。

 夢のような光景など、何一つありはしない。

 

「おはようございますまどかさん。今日もいい天気ですねー」

「うん……」

 

 ルビーの底抜けに明るい声に力なく返す。さすがにルビーもまどかの不調に気が付いたのか、首を傾げる様に柄を傾けながら問うた。

 

「あれ、まどかさん。元気ないですねー。夢見が悪かったんですか?」

「うん、ちょっと……」

 

 本当はちょっとどころじゃないけれど。ルビーに心配はかけまいと、まどかは無理矢理に笑顔を作った。

 悪夢なんてのは見たことが無いけれど、もしもあの夢を分類するのであれば、きっと悪夢と言うのだろう。自分が育った街が倒壊するさまなど、例え夢だとしても二度と見たくはない。

 

「無理はしちゃだめですよー。何なら休んだらどうです?」

「……ううん。大丈夫、問題ないよ」

「真面目ですねぇ。南の島の大王を見習ったらどうですか? 彼らって雨が降るだけで休みますよ」

「あはは……」

 

 いったい誰の事を言っているのだろうか。このステッキは時折知識が無いとついていけない事を言うのだ。そして無暗に反応しようものならばおしゃべりの嵐が飛んでくる……とは、被害者である衛宮士郎の言葉である。

 

「ま、大丈夫って言うんなら良いんですけどねー」

「……うん。ありがとう、ルビー」

 

 どんな形であれ心配をしてはくれているのだ。ならばそれを無碍に扱うことは出来ない。

 だがまどかが生来のお人好しであっても。他人に悟られぬよう自身を偽ることが出来る程、人生の経験が豊富なわけでは無い。

 

「早く顔洗った方が良いですよー。臨時休校含め3日ぶりの学校とは言え、いつもより10分は起きるのが遅かったので」

「え、ウソっ!? 急がないと!」

 

 時計を見てルビーの発言が正しい事を認識し、まどかは大慌てでベッドを飛び出した。女の子の準備には何かと時間が掛かるものだ。それは中学2年生であっても変わりは無い。

 1人(?)取り残されたルビーは、溜息を吐くように自身の柄を折り曲げた。相も変わらず無駄に人間臭い愉快型魔術礼装である。そして乱れた布団や落ちたぬいぐるみを元の位置に戻す。

 

「手のかかる子ですねー」

 

 どの口がほざくのだ、どの口が。ほむらが、杏子が、さやかが、そして士郎が。もしもこの場に居たらそう言うに違いない。ほむらだったら銃弾の嵐が、杏子だったら槍の連撃がもれなく追加されているだろう。無知とは恐ろしいものである。

 兎にも角にも。

 まだ下ではまどかがガタガタと身支度を行っているらしい。開けっ放しのドアの先から、彼女の母とのやり取りが聞こえた。ママー、歯磨き粉が切れてる! ヤバい、買い忘れてた!

 そんな鹿目家の朝の一幕を聞き流しながら。ルビーはまどかの机を勝手に漁って、勝手にノートを取り出して、勝手にペンを拝借して、勝手に文字を書いた。

 

『まどかさん、ちょっと出かけてきますね!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、今日の朝飯のメインは焼き魚か。肉は?」

「起き抜けの一言めがそれか」

「牛タン食いたい」

「聞けよ」

「お、美味いなこの魚。なんだこれ?」

「ブリだ。ったく、つまみ食いしてないでさっさと歯を磨いてこい」

 

 AM9:00。風見野市。とあるウィークリーマンション。

 衛宮士郎は朝から溜息を吐きたかった。主に勝手に居座っている同居人の佐倉杏子のせいだった。

 燃える様な赤毛の長髪は寝ぐせでぼさぼさ、意志の強い眼は半開き、いつも伸びている背は丸まり歩みは朧気。起きたばかりなのは明白だ。が、士郎からすれば見慣れた光景である。

 

「服は洗濯機の中に入れておけよ。あと使ったタオルもな」

「あいよ」

 

 天気予報を信じるならば今日は1日快晴である。既に士郎自身の分は洗濯機に入れているので、あとは杏子の分もまとめて洗って干せば完了だ。

 本来ならば年頃の少女が赤の他人――それも男物――と一緒に自身の服を洗濯されるのは嫌がりそうなものだが、この2人に至っては一切そんな事は無かった。杏子からすればタダで清潔な服が手に入り、士郎はこの程度で悩むほど初心でもない。家族関係でもなければ幼いころからの知った仲でもないのだが、中々どうしてこの2人は奇妙な関係を受け入れていた。

 

「士郎、目玉焼き食べたい。目玉が半熟のやつな」

「はいはい」

 

 洗面所から聞こえる杏子の要望を士郎は二つ返事で承諾する。冷蔵庫から卵を一つだけ取り出し、片手で割ってフライパンに投与する。杏子の要望を分かっていたかのように、既に調理の準備は整っていた。流れる様な動きだった。

 ……この構図だけを見ると、面倒見のいいお兄さんと甘える少女である。無論、本人たちの前でそんな発言をしたら半殺しにされるのは火を見るよりも明らかだ。主犯は主に少女の方で。

 

 

 

「いやー、女たらしのお兄さんとその毒牙に知らず知らずの内にかかった勝気な少女って感じですねぇ」

 

 

 

 士郎は声の主には目を向けず、しかし卓越した空間認識能力で声がした方向にハンマーを投影する。

 投影魔術。魔力を用いてモノを創り上げる、衛宮士郎が最も得意とする魔術である。

 そして淀みなく、まるで目を向けているような正確さで声の主にハンマーを自動操縦で振り下ろした。

 ガコンッ、ギャッ!

 不快な声が聞こえた気がしたが、一切を士郎は己の知覚からシャットアウトする。そして同じように雑巾を投影すると、それを床に転がって悶えている五芒星の上に落とした。

 

「おい、何か声が聞こえなかったか?」

「気のせいだろ。それよりさっさと用意しろ、目玉焼き出来るぞ」

 

 顔だけ出して周囲を威嚇するように視線を走らせる杏子。相も変らず野生動物染みた勘の良さである。

 だが士郎も慣れた様子で話題を逸らす。女たらしかどうかは置いておいて、扱いに手慣れているのは確実だ。

 

『士郎さん……また腕をあげましたね……』

『黙ってろ』

 

 脳内に直接話しかけてくる阿呆の言葉を士郎は一刀で切り捨てる。それでも顔色も表情も一切変えないのだから、彼の経験値の高さが伺える。

 

「用意できたぜっ! メシだメシっ! いただきますっ!」

「……召し上がれ」

 

 阿呆に気を取られた一瞬の隙の間の杏子が食卓に着いていた。身支度もそこそこで髪も下ろした状態のまま。何よりも食事を優先しているのは明らかだ。それは彼女が年頃の女の子である事実を考慮すればあまりにも色気の無い話である。

 粗暴。粗野。粗放。粗雑。

 きっと初対面の人間の大半は、杏子に対してそんな言葉を思い浮かべるだろう。

 だが士郎は。そんな杏子を見て。

 彼女は一見粗暴だが決して育ちが悪いわけでは無い。寧ろ敢えて粗暴を装っている。そう感じた。行動の端々には隠しきれない教育の跡が見えた。捨てきれない証がそこにはあった。

 ……まぁ、感じたからと言って、だからどうしたと言う話である。

 杏子の過去を士郎は知らない。知ろうとは思わない。それは杏子自身が話そうとしないからであり、話そうともしない相手の内面に踏み込んでいくのは躊躇われるからだ。

 士郎は一般的に見ればお人好しの部類に属するが、人に自身の善意を押し付けるほど独りよがりではない。

 

「今日はほむらの家に行ってくる」

「分かった。帰りは何時ごろになりそうだ?」

「分かんないね。適当」

「じゃあ適当に食べてこい。ほら」

「5千円? 随分出すじゃねーか」

「暁美さんの食事代込みだ。それで昼も夜も賄え」

「2人分って事か、了解。どっちかは食い放題イケるな」

「あんまり遅くなるなよ」

「はいよ、ご馳走様っ!」

 

 某海賊漫画の主人公を彷彿させる速さで食事を食い散らかして杏子は席を立った。そして士郎から5千円を受け取ると、風のような速さで部屋を出て行く。ドタバタ、ガチャッ、バタンッ!

 

「お母さんですか」

「うるせぇ」

 

 静かになった部屋に、呆れたような声と疲れたような声が交差する。

 

「……で、何の用だ、ルビー」

 

 溜息もそこそこに。

 そこで漸く士郎はルビーの方を向いた。

 疲れ果てた中年サラリーマンのような、哀愁漂う雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平行世界がまどかちゃんに干渉している?」

「はい。おそらく、ではありますが」

 

 突拍子の無いルビーの一言に士郎は思わず呆けた表情を見せる。士郎は何事に対しても基本は冷静に対応するが、流石に今回は理解が追い付いていない。それほどに突飛な一言だった。

 

「どういうことだ?」

「今日の夜中から朝方にかけて平行世界が干渉してきました。ほむらさん以来4日ぶり2度目の経験です」

「……ルビーはまどかちゃんとも契約しているのか?」

「はい。なんならさやかさんとも(本人たちが寝ている間にこっそりと)パスを繋げるついでに契約しました」

 

 さらっと爆弾発言をするトンデモ魔術礼装に士郎は頭を抱えたくなった。が、残念ながら今問題点とするべきはそこではない。

 

「干渉、って言ったな。また平行世界から魔力が流れ込んできたのか?」

「いえ、夢を介して平行世界でのまどかさんの経験が流れ込んできました」

「経験が? ……前例のない事ばかりだな」

「しかも今回は私を介すのではなく、直接まどかさんに干渉しています」

「はぁ!?」

「ですから厄介なんですよ」

 

 ルビーは冷静に、何なら疲労の色すら見える様な言葉を吐いた。だが状況はそんな軽いものでは無い。

 平行世界に干渉するには魔法使いであるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの手を借りるの一つしか方法は無い。ルビーとの契約とて、元々彼女の製作者が彼である事を考えれば、彼の手を借りるという事になる。

 だが今回で言えば。ほむらの件とは異なり、ルビーはまどかを介して平行世界の干渉を察知した事になる。それはつまり、彼女は何れは独自の力で平行世界の運営に手が届く可能性を秘めているという事になる。

 

「元々まどかさんは魔法少女としての素質が極めて高い子です。何なら素質だけで見れば凛さんを凌ぐでしょう」

「まどかちゃんの家系自体は素養を持っていそうなのか?」

「いえ、まどかさんだけですね。家族の皆さんに魔術師としての素養はありません。所謂一代限り、かと」

「一代限りで平行世界の運営に手が届くかもしれない、か」

 

 天才、と言う二文字では表せない。言葉にしようとすることが烏滸がましい。

 平行世界の運営。つまり魔法使いになると言うのはそう言う事だ。

 だがそれは同時に、一つの問題を孕む。

 

「このままだと封印指定されるな」

 

 封印指定。魔術協会により、希少な魔術の才能を持つ者に与えられる称号。その対象は「一代限り」であり、「学問では習得できない」才能をもつ者。つまりは彼らの死と共に失われ、他の手段では再現ができない才能を指す。そして一度封印指定されて保護されれば、待っているのは一生涯の幽閉と永遠の保存である。

 まどかの場合はキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグと言う前例があるが、扱える才能が才能である。世界に2人しか扱えない才能の一つならば、封印指定は確実だ。

 

「封印指定は免れても他の魔術師にバレれば終わりです。言いたかないですけど、死んだ方がマシと思えるような目に合うのは確実でしょう」

 

 魔術師とは「根源」へ至ることを渇望し、そのための手段として魔術を用いる者を言う。彼らの大半は人間性が通常の価値観からかけ離れており、一般人の命には関心を持たず、目的のためなら実験材料にすることも厭わないのだ。もしも彼らがまどかほどの才能を見つければ、黙って見ているだけの筈がない。

 ルビーの発言は決して大げさではない。寧ろ言葉を選んでマイルドにしたくらいだ。

 

「ほむらさんの能力だって魔法ですよ。区分こそ第二魔法ですが、時間の停止は誰にも真似できません。魔術協会が知れば関与してくるのは間違いないですね」

「封印指定、それも魔法使い級が2人もいるってことか……」

「ヤバいですね、魔法使いのバーゲンセールですよ。多分普通の魔術師がこの状況を見たら卒倒しますよ」

「……大師父が直々に俺だけに依頼をした理由はこれかもな」

 

 衛宮士郎は魔術師ではない。彼は「根源」に何の興味もない。魔術の研鑽も研究もするがそれは「根源」を目指す為ではない。「根源」に彼の目的は無い。目指すことに意味は無い。

 だから。普通の魔術師が見れば非常識さに気が狂うような状況であっても、魔術師の視点からは見ないので平静さを保つことが出来る。

 

「あー……凛さんも生粋の魔術師ですしねぇ」

「あとアイツが一般人を研究対象にする事は無いけど立場があるしな。魔術協会に怪しまれずに動くなら俺しかいない」

 

 衛宮士郎の魔術協会での区分は魔術師の弟子である。言わば居ても居なくても大して意味は無い。魔術師である遠坂凛の付属品。魔術協会内で自由に動くにはこれ以上ない身分だ。

 

「ますますクソじじぃの厭らしさが見えてきますね」

「ルビーの性格と俺の性格も考慮したんだろう。完全に掌の上だな」

「ここまで分かってしまったら、もう好き勝手出来ないじゃないですかっ! あんのクソじじぃ!」

 

 ルビーは自分さえ良ければ他はどうでもいい、快楽の為なら誰が困ろうと知ったこっちゃない、マスターの人間関係だって容易くぶっ壊す、なんなら善意と称した我儘で暴れ回る、と言う絵に描いたような性格破綻者ではあるが、それでも決して最悪の一線を踏み越えることは無い。

 だからこれは、きっと大師父の掌の上。全ての思惑に感づき、且つ解決に向けて必ず動くであることを前提に考慮された人選。

 

「きっと今頃私たちの事を観測しながらほくそ笑んでいますよ。やっと気づいたか馬鹿共めー、なーんてバスローブ姿でワイン片手に笑っていますね、絶対」

「……格好は置いておいて、観測はしているだろうな」

「こうなったらまどかさんやほむらさんと契約してじじぃをティロるしかないですね」

「ティロ……? いや、その前に暁美さんに姿見せたら殺されるぞお前」

「えー、まだ怒っているんですかー。杏子さんもそうですけど、新しい世界の扉をちょっと開けただけじゃないですかー」

「その言葉、絶対に本人の前で言うなよ」

 

 ……間違いなく適材適所である。ゼルレッチの人選は間違っていない。士郎でなければ今頃計画は破綻しているだろう。現在進行形で士郎の精神や胃がヤバい事になっているが、それは致し方のない犠牲だ。

 

「とすると当面は経過観察ですかね。まどかさんが暴走しないように」

「ああ。……それで、いいんだよな」

「士郎さん?」

「いや……その、な」

 

 士郎の胸中に沸いた疑問。

 それは単純な、そして誰もが思う事。

 

「これって大師父が出張れば良いんじゃないか、って思ってさ」

 

 平行世界の運営。その一端を担う存在。彼女らを保護するだけなら、士郎たちが出るよりもゼルレッチが出ればいい話だ。その方がよっぽどスムーズに事は解決する。

 

「士郎さん……あの人格破綻者がそんな事をすると思いますか?」

 

 ルビーにだけは言われたくはない……と事情を知らない者が聞いたら言うだろう。

 だがこの制作物にしてこの製作者あり、である。要はゼルレッチと言う人物はルビーと並ぶ傍迷惑な存在なのだ。寧ろ被害の規模を考えれば彼の方がよっぽどそこら中に迷惑をかけている。

 

「どうせ面倒くさいから投げたんですよ、そうに決まっています」

「……だと良いんだけどな」

 

 知らない魔術体系。人を襲う多種多様な魔女。既知の魔術を超越する魔法少女たち。平行世界の運営の一端を担う可能性のある2人の少女。そして、まだ姿を見せぬキュウべぇと言う存在。

 ゼルレッチの任務に関係なく、この状況は異常だ。そしてその事実が士郎に不安を抱かせる。

 大師父の真意は何処に向けられているのか。果たして本当に2人を守る事だけなのか。それで全ては解決するのか。正しい事は何なのか。

 思考は止まらない。止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、天気悪くなってきましたね」

 

 どうやら相当長い間話し込んでしまっていたらしい。あれだけ晴れ渡っていた空は曇天に変わっており、今にも雨が降りそうだ。

 時計を見るとPM16:00。既に夕方の時刻である。

 

「ヤバいな、洗濯物取り込まないと」

「では私もそろそろ帰りますね。今朝の事があるので」

「ああ、分かった」

 

 共有すべき話題は話した。急激する事態の変化に士郎は疲労困憊だが、それを理由に思考を止めるわけにはいかない。冷めきったお茶を飲み干し立ち上がる。

 ルビーは自身の柄を消して五芒星の姿だけになる。いつもの移動時の格好だ。後は見滝原の鹿目家へ飛んで戻るだけである。

 

「それでは」

「じゃあな」

 

 ルビーが飛んでいく。曇天に向けて飛んでいく。元々の小ささもあり、士郎の眼ですらすぐに捉えられなくなった。

 一人残った士郎は、すぐに洗濯物の取り込みを開始する。取り込みながらも思考は止めない。脳内では頼れる相手をリストアップしていた。

 と言っても状況が状況である。平行世界の運営に携わる可能性を持つ少女たち。そんな特異な状況について話せる相手など、士郎には一人くらいしか思い浮かばないのだが。

 

「……頼る、か」

 

 残念ながら士郎は魔術知識に詳しくない。元々はへっぽこと言われるくらい、魔術への造詣が浅いのだ。それは今でも変わらず、特定の分野以外への知識は浅い状況である。平行世界の運営など、彼の恋人であり師でもある遠坂凛が研究しているから知っているだけであり、詳しい内容については未だ理解が及んでいない。

 故に。そんな知識程度で対応しようとするくらいなら、頼ってしまう方が確実だ。

 

「今イギリスは……夜中か」

 

 日本とイギリスの時差は8時間。時間帯としては真夜中だが、凛の調子が最高潮に達するのは午前2時である。今頃は研究中だろうし、よっぽど集中していなければ電話に出るだろう。

 機械音痴なせいでメールを送っても見てくれる可能性はゼロに近い。ならば電話をした方が良い。通話料は高くなるが、そんな泣き言は言っていられない。

 慣れた手つきで士郎は電話帳を開き――同時に脳内に声が響き渡った。

 声の主は、先ほど別れたばかりのルビー。

 

 

 

『士郎さん、まどかさんが魔女の結界に巻き込まれました!』

 

 

 




おまけ


※その頃の暁美家


「ワルプルギスの夜が来る」
「ワルプルギスの夜が来るぅ?」
 
 見滝原市。暁美家。
 白色の室内の中心に円環上に設置された長椅子に2人の少女たちが座っていた。
 黒色のロングヘアー。感情の伺えない眼。まるで日本人形のような少女、暁美ほむら。
 紅色のポニーテール。意志の強そうな眼。勝気な仕草が印象的な少女、佐倉杏子。
 ほむらに話があると言われて招かれた杏子だったが、開口一番に告げられた言葉に、思わず呆けたような表情を浮かべた。
 
「ええ。時期としては、大凡2週間後。進路はこの街を目がけて――――つまり、直撃するわ」
「……待てよ。一旦情報整理させろ」
 
 矢継ぎ早に放たれる情報を前に、杏子は思わず待ったをかけた。魔法少女としてベテランであり、頭の回転も速い彼女ではあるが、流石に唐突過ぎるこの展開にはついていけないらしい。
 
「ワルプルギスの夜が見滝原に来るって事か? あと2週間くらいで?」
「そう言うことよ」
 
 ワルプルギスの夜。魔法少女ならば、必ず一度は耳にするであろう魔女の名前。数ある魔女の中でも、最強とされる魔女である。
 そんな魔女が、見滝原に?
 杏子は信じられないと言いたげにほむらの顔を見た。
 
「……残念ながら真実よ」
「……アンタには悪いけど、そう簡単には信じられないね。何か根拠はあるのか?」
「これを」
 
 ほむらが書類の束を差し出してくる。杏子はそれを受け取ると、パラパラと捲った。
 
「これって……」
「入手した情報と統計よ」
 
 書類にはワルプルギスの夜の予測進路と、その被害範囲、そして幾らかの対策が記載されている。特に予測進路については、統計とは思えぬ正確さで描かれている。見滝原の街を蹂躙するように描かれた進路は、対峙する相手の特性を把握していなければ描けまい。
 杏子は思った。情報と統計だけで、ここまで正確に進路を読むことが出来るだろうか。
 
「コイツを倒すのは私。だけど、私だけでは倒すことは出来ない」
「……成程。それで、あたしを呼んだわけか。確かに一人じゃ手強いが、二人がかりなら勝てるかもなぁ」
「ええ、そう言う事よ。佐倉杏子。ワルプルギスの夜を倒すのに協力してほしい」
 
 ほむらが右手を杏子の眼前に差し出した。
 握手。
 この手を握れば、つまりは、杏子はほむらの要請に同意することになる。
 杏子はほむらの右手を一瞥すると、鼻を鳴らした。そして右手の人差し指をほむらの眼前に立てる。
 
「……まぁ、協力するってのは別に構いやしないが……一つ条件がある」
「条件? 何かしら?」
「報酬だよ」
「報酬?」
「ああ。何たって相手は最強の魔女。タダで協力しろ、なんてケチな事言わないよな?」
 
 杏子は右手の掌を上にしてほむらの前に出すと、その人差し指と親指をくっつけた。所謂、お金のジェスチャー。
 それは彼女の年齢に対して、不相応な態度である。可愛げがない、とも言える。
 だが佐倉杏子はそういう少女だ。利己的で、容赦のない、現実主義者。
 
「最強の魔女相手って事は、こちらもそれなりに命を懸けなきゃいけないんでね」
 
 少し大げさに。杏子は両腕を広げた。そして行儀悪くも足を組むと、その膝の先に肘を乗せて、挑発するような笑みで言葉を発した。
 ほむらはそんな杏子の視線に、真っすぐに自身の視線を絡めた。その眼に感情の揺るぎはない。まるで杏子が何を言うかが分かっていたかのように、彼女は落ち着き払っていた。
 
「……私はワルプルギスの夜を倒す事が出来ればいい。倒した後のグリーフシードは貴女が持っていけば良いわ」
「そりゃ随分と気前のいい話だな」
「名誉もグリーフシードもいらないわ。アイツを倒す事が私にとっての報酬よ」
 
 常に冷静沈着なほむらにしては珍しく、その言葉には感情が籠っていた。何なら激情と言い換えてもいい。
 どうやら大切な人でも亡くしたのかもな。杏子は冷静にほむらの感情の揺るぎを分析した。それが身内か、友人か、或いは同業者かは不明である。が、仇討ちを考えるほどには身近な相手だったのだろう。それこそ鉄仮面に罅が入るくらいには。
 
「……ま、いいぜ。アンタがそういう考えなら、こっちも特に文句はないさ」
 
 差し出された右手を強く握り返す。勝気な視線をほむらの視線に絡める。口調は少し軽めに。ハッキリ言って、ほむらが戦う理由など、杏子にとってはどうでも良い事だ。
 ほむらは一瞬驚いたように眼を開いたが、すぐに負けじと力強く握手し返した。相変わらずの無表情ではあるが、この件に関しては感情的であるらしい。
 
「よろしくお願い、杏子」
「あいよ。……ところでさ、この話はマミにはしたのか?」
「巴マミに?」
「ああ。協力を要請するなら、あたしじゃなくマミにするのが筋だろ?」
 
 ワルプルギスの夜が訪れるのは見滝原市。そして見滝原市を管轄している魔法少女は巴マミ。杏子は隣の風見野市の魔法少女であり、その疑問は尤もである。
 
「……するわ、勿論。……ただ、先に貴女に協力を取り付けておきたかった」
「あたし?」
「ええ。私の能力は先日見せたでしょう?」
「ああ。時間を止める、だったな」
「そう。そして、私の戦い方は中距離が主体。何よりもまず、前衛を任せられる近距離のスペシャリストが必要よ」
「……成程。あたしの戦い方を何でアンタが知っているのかは疑問だが、確かにそう言う意味ではマミより先にあたしに声を掛けるわな」
「そう言う事よ」
 
 理屈としては通っている。通っているが、どこか釈然としない気分を抱えながら杏子は頷いた。
 ……コイツ。まだ何か隠してやがるな。
 それは所謂第六感だった。野生の獣じみた嗅覚だった。長らく一人で生きていれば、他人の嘘くらい嗅ぎ取る事は難しくない。
 だが明確な証拠もないのに根掘り葉掘り聞いたところで、煙に巻かれるのがオチである。暁美ほむらとの数少ない接触から、しかし杏子は的確に彼女の性格を読み取っていた。余計な勘繰りは悪手にしかならないだろう。どこぞのお人好しとは違い、逆にこっちの方が裏がある事が分かっている分、心の持ちようとしては楽だ。
 
「ま、誰に声を掛けようがアンタの好きにすればいいさ。ただ、足を引っ張るような真似だけはすんじゃねーぞ。あたしはあたしのやりたいようにしかやらないからね」
「それなら大丈夫よ。私が協力を要請するのは、貴女と巴マミだけのつもりだから」
「へぇ? そりゃなんでさ?」
「無駄に人数を増やしても逆効果だからよ。それに、あなた達と比肩できるような実力者はいないわ」
「ま、確かにそうだな」
 
 魔法少女は短命だ。大抵は魔女との終わりの無い戦いの中で死ぬ。杏子やマミのように長く魔法少女を続けられるような人物は、殆どいないと言っていい。
 ましてや今回の相手はワルプルギスの夜。数だけの雑兵など、居ても居なくても同じだ。

「話は以上か?」
「ええ。――杏子、協力してくれてありがとう」
「ハッ、生き残ってから言えよ」
「……ええ、そうね。生き残ったらもう一度言うわ」

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