魔法少女まどか☆マギカ×Fate   作:くまー

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本当は前後編に分けようかとも思ったけど、話数ばかりが嵩むので一話に纏めました。
分けたところで殆ど推察と会話ばかりだしね!

あと誤字脱字報告をしてくださった方々、この場を借りてお礼を申し上げます。
やっぱり急ぐとダメですね。



まどマギ×Fate 15

 ルビーがいくら空を飛ぶが出来るからと言って、隣町まで移動するのにはそれなりの時間が掛かる。

 故に。ルビーがまどかが巻き込まれた結界を視界に捉えたころには。

 全ては終わっていた。

 

 

 

「……遅かったわね」

 

 結界まであと少しのところで。ルビーは突如背後から声を掛けられた。暁美ほむらだった。

 彼女はビルの屋上に、背を壁に預けて佇んでいた。初めて出会った時と同じ魔法少女の姿だった。

 

「ほむら、さん?」

「もう全ては終わったわ」

 

 感情を一切排した声で。暁美ほむらはそう言った。感情どころか生気すら伺えない様相だった。ルビーに視線を向けることなく顔は俯いていた。

 故にルビーは最悪の想像をする。それは言葉にする事を躊躇うようなオワリの想像。

 

「安心なさい。まどかは無事よ」

 

 ルビーの想像を否定する言葉をほむらは発した。

 まどかは無事。ルビーは安堵を覚える。最悪の状況は回避されたのだ。

 

「……まどかさん、は?」

 

 そしてすぐに疑問を抱く。まどかのみを強調したその言葉を。その発言の意図を。

 

「ええ。まどかは無事よ」

「ほむらさん、それって――――」

「見てくればいいわ」

 

 髪をかき揚げ、楯を回して。

 瞬きの間に彼女は消え去った。時間停止魔法の使用。これ以上の会話を拒んだのは明白だった。

 

「……何が」

 

 ルビーは性格こそ壊滅的に破綻しているが頭脳は聡明である。故に彼女はほむらの様相に疑問を抱く。言葉とは相反する態度に嫌な予感を覚える。隠された意図に思考を飛ばす。

 そしてその思考を切り裂くように、まどかの声が響いた。

 

『ルビー、聞こえる?』

「っ!? まどかさんっ!? 大丈夫ですか!?」

『うん、私は大丈夫だよ! さやかちゃんが助けてくれたの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルビーにとって今日のこの出来事は一生涯忘れる事の出来ないモノとなるだろう。

 それは確信だった。人工精霊として人の何倍も長い時を過ごしたとしても、きっと鮮明に思い出すことが出来るだろう。そう思えるほどの衝撃だった。

 

「さやか……さん」

 

 結界の跡地には3人の少女が居た。鹿目まどか、巴マミ、そして……美樹さやか。同年代の少女たちよりも高めの身長。快活そうな表情。そして映える水色の髪。

 ただルビーの知るさやかと違うのは、その服装。

 たなびく白色のマント。濃い青色のスカート。凛々しさを伴った剣士を思わせる白と青の服装。そして手にもつサーベル。

 その姿はまるで御伽の国の出演者。暁美ほむらと、巴マミと、佐倉杏子と同じ世界に踏み入ったことの証明。

 

「もしかして、貴女は――――」

「うん。そうだよ、ルビー」

 

 柔らかな微笑みで。さやかはルビーの言葉の先を肯定した。

 

「私、キュゥべぇと契約したの」

 

 何てことの無いように。そうさやかは言った。だがそれはルビーにとっては死刑宣告も同然だった。

 

「……さやか、さん」

「うん?」

「……わ」

「わ?」

「私の契約で魔法少女になるんじゃなかったんですかああぁぁああああああ!!?」

 

 それは叫びと言うよりは慟哭だった。むき出しの感情が迸る慟哭だった。そしてそのままルビーはさやかに詰め寄った。

 

「うわっ!?」

「さやかさん、何で魔法少女になっているんですか! 私と一緒になるんじゃかなかったんですか!?」

「い、いや、そんな約束してないし……」

「さやかさん向けに用意したスペシャルなコスチュームがあったのに! あどけなさを残しつつもちょっと色っぽさをプラスして、中々振り向かないあの子もフォーリンラブさせる決めポーズがあったのに! 恋はハリケーンなセリフもあったのに!」

「おいちょっと待てコラ」

「計画丸潰れですよ! 何てことしでかしてくれたんですか!」

 

 計画が丸潰れである。あらゆる計画が丸潰れである。ルビーの思い描いていたバラ色の未来は見事にぶっ壊された。

 地を羽で叩き、血涙を流しながら慟哭するその姿は、言葉を失うほどに哀れである。尤も先の発言のせいで全て台無しであるが。

 

「うぅ……まさか私が後れを取るなんて。こんな事ならもっと早くに行動すべきでした……」

「いや、アンタとは絶対契約しないから」

「何でですか!」

「そりゃあ……ほむらや杏子を見ていると……ねぇ?」

 

 計画の頓挫はもっと早い段階にあった。ルビーは最初から選択を間違えていたのだ。

 さやかは間違っていない。ほむらと言い杏子と言い、あんな鬼気迫る表情でルビーを追う魔法少女の姿を見たら、誰も彼女と契約をしたいとは思わないだろう。

 

「それでも……それでも私は守りたい世界があったんです……さやかさんに着せたいコスチュームがあったんです……決めポーズやセリフがあったんです……」

「いや、やらないから」

「その服装も中々ですけど、もっと良いのがあるんですよ?」

「いや、やらないから」

「犬耳とか尻尾とかつけませんか?」

「やらないって言ってるでしょ」

 

 通常営業である。頭が痛くなるほどに。と言うか実際さやかは頭が痛かった。まどかは困ったように笑う事しかできなかった。

 

「――――ルビーさんには悪いけど、彼女はキュゥべぇと昨日契約したの。ゴメンナサイね」

 

 パンパン、と。手を叩いてマミは無理矢理状況のまとめに入った。彼女もルビーの鬼気迫る様相に引き気味である、がこのままだと何も終わらない。故の方向転換だった。

 それは英断であろう。このままだとずっとルビーのペースであるのは間違いない。

 

「とりあえず気絶している皆が目を覚ます前に出ましょう。気づかれない様に、ね?」

「みんなを置いていくんですか?」

「流石にこの人数を介抱するのは難しいわ。後で匿名で電話をして介抱しに来てもらいましょう」

「確かに……なら、了解です! さ、まどか、行こう」

「う、うん」

 

 ひょい、と。さやかはまどかを横抱きにした。所謂お姫様抱っこと言う奴である。普段の姿だと筋力が足りないが、魔法少女となった今ならまどかを抱きかかえる程度訳はない。

 

「ルビー、行くよ!」

「先に行ってください……ちょっとショックが強すぎて動けません」

「全くもう……後で話なら聞いてあげるから行くよ!」

「うぅ……分かりました……でも先に行っててください、必ず後で行きますので」

「もう……じゃあ、マミさん家ね!」

 

 ルビーに無理に構うよりも、このままでいて存在がバレる方が問題だ。

 マミの先導の元、さやかとまどかは脱出の選択肢を選ぶ。ルビー1人ならバレることは無いと言う打算的な思考も含んだ選択だった。

 そうして残ったのはルビーのみ。

 後は魔女結界に巻き込まれた人々が倒れているだけだ。

 

「うぅ……」

 

 陽は沈んだ。既に周囲は暗い。充分にまどかたちは離れただろう。

 その段階になって、漸くルビーは身を起こした。そしてパスを一つ辿り、言葉を発する。

 

 

 

「士郎さん、緊急事態発生です。さやかさんがキュゥべぇさんと契約しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮士郎にとって今日一日の出来事は一生涯忘れる事の出来ないモノとなるだろう。

 それは確信だった。今日のこの日が過去となり遠い昔の記憶となろうとも、きっと鮮明に思い出すことが出来るだろう。そう思えるほどの衝撃だった。

 

「……畳み掛けてくれるな」

 

 眼を手で覆い、天を見上げる。零れる溜息を止める気力もない。

 まどかが巻き込まれた結界の近くの雑居ビル、その屋上にルビーと士郎はいた。

 

「さやかちゃんも魔法少女になったのか……」

「手遅れでした。どうやら昨日の内には契約を結んでしまったみたいです」

 

 悪い知らせだ。それもとびっきりの。

 ゼルレッチの思惑にばかり気を取られていたが、そもそもこの街には不可思議な存在がいる。目的も、行動も、能力も、何もかも常識では測れない存在がいる。

 

「キュゥべぇには会えたのか?」

「いえ、残念ながら……」

「……そうか」

 

 キュゥべぇ。願いを叶える代わりに魔法少女になる事を強要する不可思議な存在。士郎もルビーも、グリーフシードとソウルジェムと魔女の奇妙な関係性からキュウべぇを捜索しているのだが、まだあの日から一度も出会えていない。

 

「まだ全容が判明していない状態でさやかちゃんが契約する事になるとはな」

「計画が大幅に狂いました。丸潰れと言っても良いです。もしもキュゥべぇさんが良くない考えを持っていれば、人質が増えたようなものですから」

 

 士郎もルビーも、キュゥべぇの行動を肯定的には捉えていない。願いを叶えると言うメリットばかりに目が行きがちだが、デメリットの説明が殆ど無いのが不安を掻き立てる。現時点で判明しているデメリットがあるとすれば、グリーフシードでソウルジェムの穢れを取らないと魔法少女として活動できなくなることぐらいだが、その線引きもどこまでされているかは分かっていない。

 魔法少女として魔法を行使できなくなるだけなのか。

 それとも、魔法少女になることが出来なくなるのか。

 或いは――――

 

「……契約内容が明確になっていないし、その事に疑念を持てる人物がいないのが痛いな」

「マミさんは戦いに身を投じる危険性を説明してくれました。が、それだけです。まどかさんの話では寧ろ魔法少女となる事には肯定的です」

「確かにこの前話した感じでは肯定的だったな。キュゥべぇとやらを信用しているようだった」

「そうですか……後は唯一該当するとすればほむらさんくらいですね。彼女はどうも魔法少女に否定的です」

 

 思えば学校の屋上で再開した時は。警告も無しに正確無比な狙いで銃弾を放たれた。

 思えば2人で密談をした際には。まどかとさやかを魔法少女にする事に警告をされた。

 同じベテランでありながらも、マミとは違いほむらは魔法少女にする事に対して否定的だ。

 

「暁美さんなら何か知っているかもしれない、か」

「おそらく、ですけどね」

 

 先ほどもそうだ。友人が自分と同じ領域に入ったと言うのに、彼女は全く歓迎をしていなかった。言葉少な気に早々に立ち去っただけだった。マミは喜んでいたと言うのに、だ。

 

「士郎さん、ほむらさんに訊いてもらえますか?」

「……それは魔法少女について、だよな。構わないけど……俺は前回会った時に一度断られているぞ」

「一度だけでしょう? 私は三回程断られて、その内二回は物理的実力行使をされましたよ」

「自慢げに言う事じゃないだろ、馬鹿」

 

 普通に真面目な会話をしているはずなのに、士郎の頭が痛みを訴える。己の目元を抑えて、痛み逃がす様に静かに息を吐き出した。断じてこれは溜息ではない。

 士郎は数日前の、魔女の結界内でのほむらとの初邂逅を思い返す。確かに断られたと言っても、あの時は杏子に訊くようにと言われただけだ。三回も断られたルビーの現状よりは遥かにマシと言えるだろう。

 

「……分かった。俺が暁美さんに話を訊くよ。ルビーはまどかちゃんを頼む」

「分かってますとも。まどかさんにまで契約の手が及ばないようにします。その際にキュゥべぇさんと会えれば訊きますので」

「訊いたところで答えてくれる保証はないけどな……」

「兎にも角にも会って話をしなければ進めませんからね。マイナスな方面に考えても仕方が無いですって」

「やれやれ。僕に何か用かい?」

 

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

 反応は俊敏にして迅速だった。だが遅きに失した。

 ルビーは反転と同時に左へと飛んだ。そして声の主へ視線を向ける。

 士郎は一歩右へと飛び退いた。同時に双剣を投影し声の主へと構える。

 だがその行為は予測してない事態への反応である。

 つまりは。声が掛からなければ。

 2人は結界を突破され易々と接近されていた事実に気が付いていなかったのだ。

 

 

 

「用があるのだろう? わざわざ会いに来たと言うのに、随分な反応じゃないか」

 

 

 

 声の主は落ち着いていた。2人の急な反応に呆れを含んだ物言いをする余裕すらあった。

 暗がりから光の世界へ。現れたのは四つ足の小型の獣。真っ白な体躯。地に着くほどに長い耳と金色のリング。胴体と同程度の大きさの尻尾。

 そして眼。真っ赤な眼。血の色を思わせる赤さと、感情が一切伺えない、その眼。

 ルビーにとっては初日以来2度目の、士郎にとっては初めての邂逅。

 

 

 

「まぁいいさ」

 

 

 

 この段階になって漸く。2人は目の前の相手がテレパシーで話しかけている事に気が付いた。声は頭の中に直接響いていた。だがパスを繋げられているわけではない。無線式のオープンチャンネル。

 

 

 

「僕の名前はキュゥべぇ。――――それで、何の用だい? 魔術師」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故此処に、とか。

 何が目的だ、とか。

 お前は何だ、とか。

 何故今になって、とか。

 何故自分たちを知っている、とか。

 魔術師の事を知っているのか、とか。

 何故知覚の網をすり抜けてきたのか、とか。

 何の技術で此方の結界を無効化したのか、とか。

 頭の中では様々な疑問が浮かんでは消えずに溢れていく。それは際限なく膨れ上がり、吐き出されることなく2人の脳内を圧迫していた。

 だが意外にも。最初に口から出てきた言葉は、その疑問のどれでもなかった。

 

 

 

「さやかさん(ちゃん)を元に戻してください(せ)」

 

 

 

 2人は全くの同時に言葉を発した。訊くべきことは多数あり、優先する事項は幾らでもある。

 だと言うのに。

 2人が求めたのは出会って数日程度の少女の解放であった。

 

「さやかさんは私と先に契約しています。手を引いて下さい」

「この血腥い世界に彼女が入る必要は無い。手を引け」

 

 一方的な宣言。契約した本人自身の意向を無視した発言。現代社会の倫理に照らし合わせれば、これほどの暴論も無いだろう。

 

「美樹さやかの事か。だが彼女は自分で契約を選んだ。そしてその対価として、僕は彼女の願いを叶えているんだ。君たち魔術師にとやかく言われる筋合いは無いと思うけど」

「ロクな説明も無いのに、ですか? 一度きりの奇跡と引き換えに永劫戦い続けることに正当性を私は感じませんがね」

「正当性を感じる、感じないじゃない。彼女は望み、僕は承諾した。それだけさ」

 

 キュゥべぇの言い分には筋が通っている。

 少なくとも。何も事情を知らない者が聞けば、内容はともかく契約の流れとしてはキュゥべぇに理を感じるだろう。発言の通り、彼は望まれたから与えた。それだけなのだ。

 

「契約を破棄する事は可能か?」

「可能か不可能かで言えば、可能だろうね」

「方法は?」

「代わりに誰かが願えばいい。『美樹さやかを元に戻してください』ってね」

「……それは代わりに新しい魔法少女が出来上がるだけだろう」

「そうだね。でも、美樹さやかは魔法少女ではなくなるよ」

 

 つまり現状では犠牲を失くしてさやかを元に戻す手は無い。少なくともキュゥべぇを介しては無理という事になる。

 士郎は脳内でキュゥべぇの言葉を反芻すると、苦り切った息を吐き出した。予想していた通りの回答であったからだった。

 

「それじゃあ意味ないんですよ。というかそもそも一回きりの奇跡に対して随分と縛りが長期的ではないですか。デメリットの方が大きいと思うのですが」

「その代わり何でも叶えるさ。命を賭すような願いも、或いは賭しても叶わない願いも、僕なら叶えることが出来る」

「メリットばかり推しますね。デメリットの説明はしないんですか?」

「訊かれなかったからね。それに魔女と戦う事になるのは伝えているよ」

「ハッ。その言い分ですと、契約した後の事は知らない、という事ですか」

「そう言う訳じゃないさ。彼女たちには魔女と戦い続けてもらわないといけない。そのサポートは勿論するさ」

「サポート? 監視の間違いでしょう。ちゃんと働いているか、の」

「棘がある言い方だね。随分と嫌われているようだ」

「よくもまぁいけしゃあしゃあと発言できますね。自分の行いを顧みたらどうですか」

 

 士郎と違いルビーは敵意を全面に出している。彼女が自分の事以外で、それも敵意という感情を表に出すことは滅多にない事と言っていい。忙しなく動くのは変わらないが、言葉の一つ一つに普段のルビーらしからぬ感情が込められていた。

 

「大体デメリットを言わない理由が訊かれなかったから? 典型的な詐欺師ではないですか」

「訊く前に契約を決めたのは彼女たちさ。ボクは誠心誠意きちんとお願いをしている」

「どこが誠心誠意ですか。悪徳セールスマンの間違いでしょう」

「魔術師よりもマシだと思うけどね」

「魔術師がクソなのは否定しませんけど、あなたの方が100倍は質が悪いですよ」

「ここまで初対面から嫌われるのは滅多に無い事だよ。参考までにその理由を教えて欲しいくらいだ」

「あなた、実は分かってて言っているでしょう」

「……ストップだ、ルビー」

 

 士郎はため息交じりにルビーを制止する。心情的にはルビーに同意するが、このままでは話が進まないからだ。

 

「キュゥべぇ、幾つか訊きたいことがある。まず何で魔法少女の契約を結ぼうとするんだ?」

「おかしな質問をするね。魔女と戦えるようにするためさ。魔法少女で無ければ死んじゃうからね」

「質問内容が悪かった。……契約を結ぶ目的は何だ?」

「言っているじゃないか。魔女と――――」

「それは副次的な目的だろう。そうじゃなくて、願いと引き換えに魔法少女にする主要な目的だよ」

 

 魔女と戦う。それは一見すれば契約内容の主題だ。だがそこに強制的な効力は無く、本人の意思に最終的な行動が委ねられている。

 極端な話を言ってしまえば、願いだけ叶えてもらって、あとは知らんぷりも出来るのだ。

 

「願いだけ叶えてもらって魔女とは戦わない、って考える子もいるかもしれないだろ。その場合は魔女と戦うって目的が果たされなくなると思うけど」

 

 或いは、魔女に殺されてしまうとか。

 言葉にこそ出さないが、そんな可能性だってある。寧ろこれまでに斃した魔女の実力を考えれば、そっちの方が可能性は高い。

 言葉通り魔女と戦う事が目的ならば、キュゥべぇの行動は非効率だ。

 

「だから主要な目的は何だ?」

 

 適当な言葉で納得すると思うなよ。言外に士郎はそう言っている。

 口調こそ疑問の体を為しているが、有無を言わさぬ迫力も伴っていた。ルビー程態度には出していないが、彼も魔法少女化を快く思っていないのは明白だ。

 

「……そこまで訊かれたのは久しぶりだよ。流石は魔術師、と言ったところだね」

 

 感情の見えない眼。感情の見えない言葉。

 だがその様相を恐ろしいと取るには、ルビーも士郎も人外と接し過ぎていた。

 

「回答としてはそうだね……魔法少女にする目的は――――」

 

 考え込むように。一度キュゥべぇは言葉を切った。そして2人を見据えて再度テレパシーを飛ばす。

 

「――――宇宙を救うためだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……宇宙を、救う?」

「そうさ。そのために、魔法少女になってもらっている」

 

 頭を殴られたような衝撃、とでも言えばいいだろうか。

 想定外の回答に、暫しルビーと士郎は言葉を失った。キュゥべぇの行動の根幹があまりにも壮大だったからだ。

 

「……何で宇宙を救うのに魔法少女を増やす理由があるんですか? タイプ・マアキュリーへの対応ですか?」

「タイプ・マアキュリー……確か南米付近にいる吸血鬼だっけ? 他の魔術師も同じことを言っていたけど、答えとしては違うよ。宇宙を存続させるために彼女たちが必要なんだ」

「解せないな。まだ成人にもなっていない少女たちの何がそこまで宇宙を救うのに必要なんだ?」

「彼女たち――――いや、人間が持つ感情だね。特に第二次性徴期の少女が適しているんだ」

「……感情が宇宙を救う、という事ですか?」

「まぁ、そういうことだね」

「……理解できません。感情の何が宇宙を救う事に繋がるんですか?」

 

 ルビーの疑問は尤もである。感情と宇宙を救う事に、今の説明では何の繋がりも見えないのだ。

 

「そうだね……魔術師、君たちはエントロピーっていう言葉を知ってるかい?」

「エントロピー? ……聞いた事はあるが、意味までは分からない」

「へぇ、珍しい。魔術師は科学を厭うと聞いていたけど、君みたいな個体もいるのか。聞いた事があると答えたのは君が初めてだよ」

 

 珍しいものを見た。そうも言いたげに感嘆の言葉をキュゥべぇは口にした。

 

「……エントロピーが何だって言うんですか?」

「そして君は随分と急くね。……エントロピーと言うのはね、簡単に例えると焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ」

「はぁ?」

「エネルギーは形を変換する毎にロスが生じる。つまり、宇宙全体のエネルギーは目減りしていく一方なんだ」

「……宇宙を存続させるエネルギーを生むよりも減る方が大きい、という事か」

「理解が早くて助かるよ。つまりは、そう言う事さ」

「……それとまどかさんたちの何が関係あるんですか?」

「エネルギーは減っていくばかりなんだ。そして正攻法ではとても補完は間に合わない。だから僕たちは、熱力学の法則に縛られないエネルギーを探し求めて来た」

「……」

 

 ここまで話が進むと、ルビーも士郎もキュゥべぇの言わんとする事を朧気ながらも理解し始める。

 エネルギーが足りない。そして正攻法では間に合わない。ならばそれを補完する手立ては何か。

 それは、つまり――――

 

「そうしてあなた方が見つけたエネルギーの代替が――――」

「魔法少女。そういうことか」

「そう言う事さ。マジカルルビー。衛宮士郎」

 

 吐き気を催す感覚だった。反吐が出る気分だった。

 露わになった真実。それは無垢の少女たちが宇宙存続の犠牲になる世界。

 何よりも質が悪いのが、そこには彼らなりの宇宙を救うと言う意志があるだけで、悪意と呼べるものが無いのだ。

「僕たちの文明は、知的生命体の感情を、エネルギーに変換するテクノロジーを発明した。……ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかった」

「そこで宇宙を探し回って地球に目を付けた、と」

「まぁね。人類の個体数と繁殖力を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生し、成長するまでに要したエネルギーを凌駕する。彼女たちの魂は、エントロピーを覆す、エネルギー源たりうるんだよ」

「彼女たちの魂、ですか……とりわけ効率が良いのはまどかさんやさやかさんの年頃の子、とでも言いたげですね」

「その通りさ。さっきも言ったけど、正確には第二次性徴期の少女が適している」

「……契約時に願いを叶えるのと引き換えに、宇宙の存続の為に礎になれ。そう言う事か」

「早い話がそう言う事さ」

 

 100を救うために1を切り捨てる。己の頭が、体温が、血が、全てが急速に冷えて行くのを士郎は感知した。それは昔どこかで突き付けられた現実の一つだった。

 多くの者が生きる為に、少数が犠牲となる。キュゥべぇが言っているのは、そう言う事だ。

 

「この宇宙にどれだけの文明がひしめき合い、一瞬ごとにどれ程のエネルギーを消耗しているのか分かるかい? それがたかだか数十人……素質によっては数人程度で宇宙は存続するんだ。長期的に見れば利があるのは明白だろう?」

「途方もない望みを叶えるより、契約時に生じるエネルギーの方が大きいと言う訳か」

「そう言う事さ。勿論あまりにも壮大で、本人の資質を凌駕し、エントロピーを満たせない場合は無理さ」

「『宇宙を未来永劫存続させろ』というのは無理なわけだ」

「そう言う事だね。先に言っておくけど……マジカルルビー、衛宮士郎。君たちじゃ魔法少女、あるいはそれに準じる存在になることはできないよ」

 

 キュゥべぇはそう言うと、初めて瞬きをした。そしてその双眸でルビーと士郎を見据える。

 

「魔法少女に一番適しているのは第二次性徴期の少女たちなんだ。無機物と男、それも成人では回収が望めない」

「……感情エネルギーが私たちでは不服だという事ですか?」

「そうだね。第二次性徴期の少女の希望と絶望の相転移が尤もエネルギーとしてふさわしいんだ」

「……」

「感情の起伏が減る成人や、そもそも感情を持たない無機物では回収が望めない。理解してくれるかい?」

「……希望と絶望の相転移、か」

 

 喉が酷く乾いていた。一声発するだけで痛みが走った。唾を飲み込もうとすることが酷く億劫に思えた。

 希望と絶望の相転移。その言葉を聞いて、士郎は酷く嫌な想像を脳裏に浮かべていた。それは以前にルビーと共に立てた仮説の内容であり、確証がない事を理由に保留にしていたものだった。言葉にする事が憚れた仮説だった。

 それでも。

 事実に行きつき、現実を前に、真実を知っても。

 彼が感情を露わにせずに隠し通せたのは、ここで感情のままに振る舞うことが如何に意味の無い事かを分かっているが故だった。

 

「……だから魔女と戦い続けてもらわないといけないわけですか」

 

 ルビーは。ここにきて初めて言葉から感情を消し去った。あれほどまでに喜怒哀楽を振りまいていたのが嘘と思えるような、そんな無機質な機械音声だった。

 

「いつか戦いの果てにさやかさんたちが絶望し、エネルギーを放出する時まで戦い続けさせる。……そういうことですか」

「そうさ」

「そしてその区切りはソウルジェムの穢れが溜まり切った時である、と」

「そうさ。尤も正確には、ソウルジェムになった彼女たちの魂が、燃え尽きてグリーフシードへと変わるその瞬間なんだけどね」

 

 呆気の無い答え合わせだった。知られることを何とも思ってない口調だった。

 ――――グリーフシードは魔女を狩る事で得られる。

 ――――ソウルジェムは燃え尽きてグリーフシードへ変わる。

 立てた仮説が立証される。だがそこに喜びはない。あるはずがない。

 何故なら、一番当たってほしくない内容だったから。杞憂に終われば良いと考えていた内容だったから。

 

「ああ……だから、『魔法少女』か」

 

 酷い気分だ。行きついた回答に対し、そう士郎は思った。

 それは一つの発見だった。

 話を聞いて、バラバラだったピースがつながって、そうして理解した。

 

「戦い続けて、いつか絶望し、グリーフシードと化し、穢れが溜まって」

「そうして権化するから。……そう言う事だったんですね」

 

 ルビーも魔法少女と言う言葉が指し示す意味に気が付いた。

 何てことは無い。全てが分かればこんなにも簡単な問いかけも無いだろう。

 誰も質問をしていないだけで。

 答えは最初から提示されていたのだ。

 

「この国では、成長途中の女性のことを、少女って呼ぶんだろう?」

 

 ルビーの納得に対して捕捉を入れる様にキュゥべぇは言葉を挟んだ。

 あれほどまでに憎らしかった筈なのに、今やルビーは言葉を発する事すら億劫だった。今この時ばかりは何も言う気力が湧かなかった。

 

 

 

「だから僕たちは、やがて『魔女』になる彼女たちの事を、『魔法少女』って呼んでいるんだよ」

 

 




おまけ

※まどかが結界に巻き込まれた時のほむらと杏子

「っ、杏子、行くわよっ!」
「は? どこに? ちょっと待ってよ、食べ放題始まったばかり……って、お前、何変身――――」
「そんなもの後回しよ」
「おい、ちょっ、掴むな……」
「場所は見滝原よ。最短距離を真っすぐに進むわ」
「に、肉……」
「何をしているの? 早く変身して」
「このっ――――せめて状況を説明しろ、状況を!」
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