チャイムが授業の終わりを告げる。
号令を終え、俄かに騒がしくなる教室。
折しも授業は四限目が終わったところ。つまりは、昼休みの時間帯である。
仲の良い者同士で食事を始める者、購買に昼ご飯を買いに行く者、隣のクラスに向かう者……
生徒それぞれが行動をする中、暁美ほむらは静かに席を立った。
今日の彼女は昼食を持ってきていない。つまりは買いに行かなくてはならないのだ。
持ってくる事を忘れると言う自分の迂闊さを呪いつつ、人の流れに乗る様にして彼女は廊下に出ようとして、
「転校生、ちょっと待って」
手を掴まれる。
若干驚きつつ、しかし顔には一切出さずにほむらは振り向いた。
「……何の用かしら」
声の主が誰であるかは聞いた時から分かっている。ついでに言えば、ここまで軽々と人のパーソナルスペースに入ってこれる人物は、彼女の特殊な事情を以てしても一人くらいしか思い浮かばない。
事実、予想通りの人物がほむらの目の前にはいた。
「昨日の事も含めてね、色々と話したいことがあるんだよね」
同世代よりも高めの身長。短めに切り揃えられた水色の髪。金色の髪留め。
そして眼。何故か半眼で、うっすらと隈が見える、その眼。寝不足なのが良く分かる不健康な眼だ。
くいっ、と。声の主は、親指を上へと向けた。
「屋上。ちょっとツラ貸しなよ」
「……さやかちゃん、その言い方は違うと思うなぁ」
■ まどマギ×Fate ■
「ダメだ、眠い。まどか、助けて」
「大丈夫。眠いのは私も同じ。頑張って」
「……」
屋上に設置されたベンチに座ると、さやかは力尽きたようにまどかにもたれかかる。そんな親友を適当にあしらいながら、まどかは口を開いた。
「いきなりでごめんね、ほむらちゃん。その……昨日の事でお礼を言いたくて……」
「そうそう、そうだよ。昨日はありがとう、転校生――じゃなくて、あー、暁美、さん?」
「……気にする必要はないわ。あれは――――」
「いやいやいや、そういう訳にはいかないって。本当に昨日は助けてくれてありがとう、暁美さん」
深々と頭を下げて、さやかはお礼の言葉を言った。昨日助けてくれた事に対しての礼である。あの訳の分からない空間と化け物から逃がしてくれた事に対する礼である。
さやかに追随するように、まどかも深く頭を下げた。立っているほむらの足の爪先しか見えぬような、座ったままの最敬礼。
「ありがとう、ほむらちゃん。本当に、ありがとう」
「本当はさ、昨日の内に言っておきたかったんだけど……さ……」
「ちょっとね、ルビーがね……」
「うん……ちょっと、不都合が……って、暁美さん? どうしたのさ?」
苦笑いを浮かべつつ顔を上げた2人が見たのは、ほむらの呆気にとられたような顔だった。目を開き、口を半開きにした、驚きの顔。ハトが豆鉄砲を喰らったような――――と言う表現がよく似合う顔だった。
さやかの指摘で我に返ったのか。
ほむらは自身のロングヘアーをかき上げた。
「礼には及ばないわ、私は当然の事をしたまで」
「いや、遅いし。無駄だし」
反射的だった。意図するよりも早く、口が動いていた。
言葉を発してから、マズッた、とさやかは思った。さやかを見るほむらの眼光が、人を呪い殺さんばかりに眇められたからだった。
けれども同じくらい、仕方が無い、とも思った。寧ろあのあからさまにツッコんで下さいと言わんばかりの態度を見せられて、逆にツッコまない人が居たら見てみたいと思った。
要は不可抗力なのだ。
本当に致し方が無いのだ。
そして出してしまった言葉は戻らないのだ。
「美樹さやか、本当に貴女って人は――――っ……いえ、いいわ。……ええ、何でもない」
だがほむらは。最初こそ激昂するような表情を見せるも、すぐに元に戻った。元に戻した。
そしてスイッチを切り替えるように。また髪をかき上げると、そこに居たのは外面だけなら最初の印象通りの暁美ほむらだった。美人で、クールで、ミステリアスで、仏頂面の暁美ほむらだった。
「あ、さやかでいいよ。私もアンタの事はほむらって呼ぶし」
だがさやかは空気を読まない。勿論、あえて読まない。
ひらひらと掌を振って。何でもない事の様に、ほむらに下の名前で呼ぶことを許した。
「そもそもまどかとだけ下の名前で呼び合って、私は仲間外れって気に喰わない。ね、まどか?」
「うん。私もさやかちゃんと同意見かな。ね、ほむらちゃん?」
2対1。この場には3人しかいないのだから、多数決を取れば解決しない議題は無い。
一瞬。本当に一瞬だけ、ほむらはまた呆気にとられたように目を開き、
「……それもそうね、まどか。『さやか』、これでいいかしら」
2人の意見に同調するように、下の名前で――若干さやかを強調するように――ほむらは呼んだ。
……何故に言い出しっぺのさやかではなく、まどかの顔を立てるような発言にしたのか。勿論、その意味が分からぬ程さやかは愚鈍ではない。つまりは今のほむらの発言は、先ほどのさやかのツッコミへの意趣返しのようなものだ。
――――なんだ、意外と分かりやすいじゃん。
クールで、ミステリアスで、仏頂面でも、人間であることには変わり無い。
噂の転校生の意外な一面に、さやかの中でちょっとした悪戯心が芽生えた。
ニンマリと、心の中で笑みを浮かべる。
「オッケーだよ、『ほむら』。うん、仲良くできて私は嬉しいなー」
「……」
「ところでさー、さっきは何に驚いてたのさ? もしかしてだけどぉー、私たちの後ろにぃー、空飛ぶステッキが見えたりぃー、とか?」
――――まぁ、そんなわけはないんだけどね。うん。
空飛ぶステッキ――つまりは、マジカルルビー――は、今現在さやかの部屋のベッドの下に隠れている。浮いて喋って勧誘するという非常識の塊みたいな存在を、他の人に見せるわけにはいかないからだ。
つまりは、この発言は。あくまでもほむらを揶揄う以外に意味は無く、
「あはー☆ よく気がつきましたね、さやかさん」
後ろから聞こえた、その声に。
息が止まるかと、さやかは思った。
冗談ではなく、本当に。
■
「る、る、るるルビー!? なな、何でいるの!?」
「え? 何でって……それはあれですよ、あれ。(私を差し置いてあの白いのと)まどかさんたちが(契約をしないか)心配になったからですよー」
「白いの? 契約? 心配? ……いやいやいや、家で大人しくしててって言ったよね!? 分かったって言ったよね!?」
「さやかさん、違いますよ。正しくは、『ヤバい、遅刻するっ! まどか、起きてっ! 行くよっ! ルビーは誰にも見つからないように隠れていて! ベッドの下とか! 絶対だよっ!』ですよ?」
「意味は同じでしょうがっ!」
「違いますー、『大人しくしている』のと、『誰にも見つからないようにする』のでは意味が違いますー」
「アホかっ、アンタみたいに浮いて喋るステッキが見つかったら――――」
「それについては問題ありません。ステッキの部分を消して、風を纏って光を屈折されば、誰にも見えないステルスモードの完成ですから」
「え、じゃあ、大丈夫……なのかな……?」
「……いや待って、まどか! 納得しないで!?」
先ほどまで雰囲気はどこへ。たった一本のステッキの存在が、あっという間に場を支配する。
さやかは混乱の極みにある親友を元に戻そうと、必死にその肩を掴んで揺さぶる。ガックンガックン。まどかの首が前後に激しく揺れる。
「……ごめんね、さやかちゃん……私、もうダメかも」
「待ってよ、まどか! 一人にしないで! 無理だから、無理なんだからっ!」
2人は思い出していた。今朝の朝方まで続いたルビーの講義を。
疲労と混乱でグロッキー気味だった2人は、正直昨夜のルビーの話を十分の一も理解していない。理解していないが、延々とハイテンション&ノンストップで流され続けた魔法少女の話――尤も、後半は製作者への愚痴――のせいで、休むにも休めなかった。
漸く解放されたのは何時だったか。正確な時間は覚えていないが、外が明るかったから、朝方であることは間違いない。寝れたのは正味1時間も無いのではないか。幾ら元気いっぱいの中学生とは言え、2人の体力値は朝からレッドゾーンに突入していた。
加えて、公共の場にまさかのルビー再登場。
まどかに至っては、混乱故か目が虚ろになっている。
「さやかさん、そんな事よりお昼休みは大丈夫なんですか? (教室に貼ってあった)時間割ではお昼休みは50分くらいですね?」
「え、あ、ヤバっ、時間……って、ちょっと待った。ルビー、今アンタ何て言った?」
「お昼休みですか?」
「いや、その前、その前。聞き捨てならない言葉があったような気がするんだけど……」
「(教室に貼ってあった)時間割の事ですか?」
「それよっ! 教室って何!? いつから居たのよアンタ!?」
「朝からですね。お二人に付いていきましたので」
今度こそ完全にさやかは言葉を失った。何でもない事のように言い切られた事もあるが、それ以上に今の状況に頭が付いていけなくなったからだ。
非常識にも程がある。それがさやかがどうにか絞り出した唯一の思考であった。
――――パンッ
「おうっ!?」
思考停止気味のまどかとさやか。
完全に収拾が付かなくなってきた場を沈めたのは、一発の乾いた音だった。
音と共に、浮いていたルビーが、弾かれたように吹き飛ぶ。
「……え?」
最初に現実に戻ってきたのはまどかだった。音は彼女の後ろから聞こえた。
軽くて、そして乾いた印象を受ける、短い音。
音自体は聞き慣れないが、つい昨日に聞いたばかりの音でもあった。
「……ほむら……ちゃん?」
ギリギリ、と。さび付いたブリキの人形のような鈍重さで、まどかは後ろへと顔を向けた。自身の後ろにいるはずの、暁美ほむらへと視線を向けた。
果たしてそこに。暁美ほむらはいた。
だが彼女は、見滝原の制服姿ではなくなっていた。数秒前までは身に纏っていたはずの制服は消えていた。今や紫を基調とした、舞台の衣装のような恰好をしていた。
そして何より。彼女の手には見慣れない黒色の塊があった。日常に不似合いな、彼女自身の手で鉄の塊が構えられていた。
まどかの嗅覚が、火薬に似た臭いを感知する。
「ほ……ほむ、ら?」
まどかに遅れる形で、さやかも現実に戻る。まどかと同じようにほむらを見る。そしてまどかと同じく、状況が呑み込めずに目を白黒させる。
「……」
ほむらは何も言わなかった。代わりに、油断なく鉄の塊――小型の銃――を構えたまま、一歩だけ前に進んだ。
――――ベレッタM92F
世界中に浸透し、法執行機関や軍隊で幅広く使用されている自動拳銃である。
「……昨日もいたわね。初めて見るけど、貴女もインキュベーターと同じ存在なのかしら」
「インキュベーター? 何ですか、その可愛くない名前。私にはルビーちゃんっていう、ちゃんとした名前がありますー」
「……そう、銃は効かないのね。……ここじゃ手詰まり、ね」
物理法則に逆らった動きをしながら抗議をするルビーと、冷静一辺倒のほむら。
嚙み合っていない会話を挟みつつ、ほむらは一人納得をすると、左腕に装着している楯の中に銃を閉まった。
「……貴女の目的は、何?」
「え? それは……あれですね。私と契約して魔法少女になってもらい、(私にとっての)悪と戦ってもらう事ですね!」
「……」
ここまで互いの空気に温度差がある会話を、今後聞くことはきっとあるまい。
一歩引いた立場で1人と1本の会話を聞いていたまどかとさやかは、全くの同時に同じことを思った。ぶっちゃけ同じ空間に居たくないと思えるような温度差だった。思わず互いに抱きしめ合うくらいの温度差だった。
見えない重圧に、意識が飛びそうになる。
「……まぁ、いいわ」
だが暫しのにらみ合いの後、先に動いたのはほむらの方だった。
紫色の光が彼女を包むと、瞬きの後には先ほどの――見滝原中学の制服の――姿に戻っていた。
髪をかき上げ、何も無かったかのように、ルビーを素通りする。
そして真っすぐに出口へと向かい、
「――――2人とも、魔法少女になろうなんて思わない事ね」
去り際に。ただ一言。
2人へ振り返って、忠告めいた言葉を残し。
昼休みの終了を告げるチャイムと共に、ほむらは屋上から姿を消した。
おまけ
ぐぎゅー。
「美樹さん? ちゃんとお昼ご飯は食べましたか?」
「あ、あははー……すいません、先生。その、ちょっと、忙しくて……」
くー。
「あら、まどかさんもですか?」
「う、うん。ちょっと忙しくて……」
「ちゃんと食べないと後に響きますわ。……飴でよろしければ、どうぞ」
「あ、ありがとう仁美ちゃん。その、ごめんね」
くー……ぐっ、ぎゅっ……ぐー……
「!?」
「!?」
「!?」
「あらー、暁美さんもですか?」