思えば、私が感情がないと言われたのは最近だった。去年の春、何をしても笑ったり泣いたりしない私は感情がないと言われた。でも、私は感情はある。それを表にしないだけだ。
泣きたい時には心の中で泣くし、笑いたい時には心の中だけにする。
私はただ、感情を出したくないだけ。
でも、それが最近崩れかけている。
イラつきが、表にで初めて来ていた。
「あー、もう。イライラする」
絶望に落とそうにも、調子が悪い。そして何より、三浦という女王を手にかけたことにより、彼女の派閥には警戒され、それに乗っかるかのように私が周囲から警戒されている。
彼女の影響は大きいもので、彼女がああしろといったら嫌々でもみんな従う。独裁政権だ。
「…………ま、これも絶望だしいいけど」
周りから期待されず、警戒され、貶められ、軽蔑される。私はそれが好きだ。みんなにもそうなってほしいと思う。
「絶望にあらずんば人にあらず……」
人は誰しも絶望を知ってなくてはいけない。希望だらけの世界なんて間違っている。そんはハッピーで済むなら警察なんていらないし、そもそも犯罪自体起きないでしょ。
人は必ず絶望を知ってなくてはいけないのであり、絶望に落ちないといけない。
「ふん。さて、サボるか」
席から立ち上がり、教室から出て行こうとすると、呼び止められた。
「ちょっと待ってくれ」
「………比企谷くん」
呼び止めて来たのは比企谷くんだった。
私の敵であるような行動をしていると見せかけてしていないという半端者。
私はお前みたいな根暗ぼっちに構う気はないし、絶望に落ちないなら別にあんたなんかに構わない。
「お前、雪ノ下さんに会ったんだってな」
「……………で?」
雪ノ下さんに会ったことはなぜ知っている。
「お前、絶望に落ちたわけがあるんだろ」
「…………そんなの話してなにか変わる?君が死に戻りして私の過去を変えてくれるの?それなら話してもいいよ」
できるもんならやってみて。誰かに話しても変わらないのなら、今のままでいい。
私はただ絶望に依存しているだけだし。希望なんて言葉に一切出会ったことがないから。
「じゃ、私はいくね」
「ま、まて!」
引き止める比企谷くんを他所に、教室から出ていく。
廊下を歩いていると、かつ。かつと足音が聞こえる。その足音の主は現国の教科担任、奉仕部の顧問。平塚 静だった。
「なにをしている。次は授業のはずだろう」
「調子悪いんで保健室いってきます」
「こ、こら!まて!勝手に行くんじゃない!」
「…………由比ヶ浜さんと雪ノ下さんが学校に一時期こなくなったのはあなたのせいでもあるんですからね。ちゃんと自覚持ってくださいよ」
私は強い声で言い放った。平塚教諭も、戸惑いを見せており、歯嚙みをしているようにみえた。
そんなに悔しい?私は今調子が悪いし機嫌が悪い。近づくな。
さっき言ったことはあながち間違いではない。
問題児である私を、問題児と知りながら奉仕部に送り込んだあんたが悪い。
「それじゃ」
平塚教諭の返事はなかった––––––
風が吹き抜ける屋上で、私は思いにふける。
私が救いを求めてる?ふっざけんな。私は救って欲しくないと言った。
絶望が好きだから。今ここで死ぬこともできる。希望なんていらないとも思える。自分が絶望であるのなら、周囲と絶望であるべきだ。私はそれを押し付けている性悪女。
私は基本的に人は嫌いだ。嫌いだからちょっかいをかけ、貶めて、それを嗤う。それが楽しかった。
それが、私の望んだことだった–––––。
その望みは高望みだった。比企谷八幡という者の介入により、由比ヶ浜 結衣、雪ノ下 雪乃が再び希望サイドに立ってしまった。
私には絶望の仲間がいなくなった。
仲間が欲しい、いつしか私はそう望んでいたのかもしれない。
だから、仲間にしようと、絶望に貶めていたのかもわからない。
私のことをわかってくれる仲間が、私に踏み込んで理解してくれる仲間が欲しかったのかもしれない。
絶望に落ちている私に、手を差し伸べてくれる人を探していたのかもしれない。無意識のうちに希望を求めていた、なんて絶望の私は私を嗤う。
ないはずのものを、手にしようともがいて、あがいて、藁にもすがる思いで探していたのかもしれない。
そして、そのことを葉山隼人という男に指摘され、自覚しかけてきているのが恐ろしかった。だから雪ノ下陽乃を恐れ、調子が悪かったのだと思う。
悔しいけど、そういうことなのだろう。奉仕部に依頼した時点で、私の負けは決定していたのだった。
まあ。これも一種の絶望か。私のことを理解してもらおうとしている自分を嗤っている。果たしてそんなのが絶望と呼べるのだろうか。
「–––––––––♪♪」
そして、屋上の扉が開かれた。