失われた未来の先へ   作:大野海苔

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第1話

 

朝、目が覚めると、なぜか泣いている。

 

そういうことが、時々ある。

 

見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。

 

ただー

 

ただ、なにかが消えてしまたったという感覚だけが、

 

目覚めてからも長く残る。

 

ずっとなにかを、誰かを探している。

 

そういう気持ちにとりつかれたのは、

 

たぶんあの日から。

 

あの日。星が降った日。

 

それはまるでー

 

まるで、夢の景色のように。

 

ただひたすらに、美しい眺めだった。______________

 

 

 

 

 

 

 

糸守高校グラウンド。

状況を必死に説明している同級生、現場を仕切っている父親を遠目に見ながら、ひざ掛けを羽織りグラウンドの端に腰掛ける少女の姿があった。

 

彗星の直撃を免れ、町の人々を、友人達を救った少女。

しかし、彼女の心が晴れる気配はない。

憂鬱そうに、今にも泣き出してしまいそうな表情で右手を見ている。

 

右の掌にはしっかりと、そして力強く書かれている「すきだ」という文字。

この一言のおかげで自分は最後まで諦めずに頑張れた。

この一言は自分に最高の幸福と無限の勇気をくれる。

そして、自分もこれを書いた人のことが好き____そう思える。言い切れる_____

 

なのに、その相手が誰なのか、思い出せない。

目を瞑り、右手を額に当て、必死に思い出そうとしても、答え(名前)は出てこない。

 

忘れちゃ駄目な人。

忘れたくなかった人。

絶対に失いたくない人。

そして、私の大好きな人。君の名前は____________

思わず唇を噛みしめる。

 

「おねえちゃん大丈夫?」

苦しそうな表情を浮かべ、俯いている姉を、横目に見ていた妹が堪らず声をかけてきた。

心配をかけないよう、少し微笑みながら妹の方を向いた。

 

「大丈夫やよ。」

「本当なん?さっきから右手抑えとるけど・・・」

「えっ、ああ大丈夫大丈夫。」

「ほんとう?なら私は友達の所に行ってくる!怪我したんならちゃんとお医者さんいくんやよ!」

「はいはい」

 

そう言って元気に同級生の所に駆けていった。この緊急時にも落ち着いているし、本当によく出来た妹だ。

 

妹が同級生の所に走っていくのを目で追っていると、話をしながらこっちに歩いてくる二人組の姿が見えた。

向こうもこっちが目に入ったようで、手を振ってきた。

自分も手を振り返すその相手は、今回の避難の立役者の二人。勅使河原克彦と名取早耶香だ。

 

「よう」

「どうだった?」

「そりゃ当然納得はしてくれん」

 

少しニヤニヤしながら早耶香が言う。

「あんたの喋り方が悪かったんやろ」

「うっさいわアホ」

 

こんな時でもこの二人は変わらない。

気持ちが通じあっている証拠なんだろう。

冗談を言い合い、時には喧嘩したりもするけど、お互いがお互いのことを一番大事に思っている。

言葉にしなくても通じあっている。

そんな二人が、今の自分には、少し眩しい。

 

自分もついさっき、つい数時間前まで通じあっていた人がいた。

そんな気がする。

自分に「すきだ」と言ってくれた人。

もう思い出せないあの人。

世界で一番通じあっていた気がするのに、もう、何も思い出せない。

 

やりきれない気持ちが三葉を包み込む。

なんで思い出せない。どうして思い出せない。

思い出そうとすると、黒い霧のようなものが行く手を阻む。

 

三角座りをし、膝に顔をうずめる三葉をみて、早耶香と言葉の取っ組み合いをしていたテッシーが声を掛けてくれた。

 

「三葉大丈夫か?」

少し間を置いて早耶香も声をかける。

「三葉大丈夫?」

 

顔を上げ、気丈に笑って三葉は答える。

「うん、大丈夫やよ」

 

「そうか」

「にしてもまさか三葉が裏切るとはなあ」

「こーらーそんな言い方しんの。色々あって混乱しとるだけやに」

 

「ははは・・・ごめんね・・・」

「また狐か!あれも狐やったんか!!」

「でも、本当に覚えてないん?」

「うん・・・」

 

変電所の爆破計画、及び電波ジャック。

こんな大それた計画を、自分が推し進めていたらしいのだが・・・。

自分にはその計画どころか、今日の朝からの記憶が殆ど無いのだ。

 

御神体のある山に登った記憶が無い。

にも関わらず、下ってきた記憶はある。

自分では知らなかったはずの爆破計画。なのに私は下山してから変電所に直行していた。

 

もう自分で自分がわからなかった。

まるで自分の中に別の誰かが入っていた_____と思うくらいに_____

 

 

「ごめんね。」

「三葉は謝らんでええよ。こいつが頼りないのが駄目なんやし」

小馬鹿にしたような口調で早耶香が言った。

 

「おーまーえーなあ」

「だってそうやさ、三葉があんまり覚えてない、って言ったら直ぐに開放やったんに。あんたがわからんって言うと、わからんとはなんや!って追求されとる。やっぱり町長の娘は信頼されとるに。」

「なんでそうなるんやさ!」

「にしし。」

 

また言葉のやり合いが始まってしまった。

本当にこの二人は見ていて飽きない。

いつもなら途中で「仲いいなあ」とチャチャを入れたくなるが、今はそんな気分にはなれない。

なので、楽しそうに喋る二人を少し微笑みながら眺めることにした。

 

 

 

しばらくすると四葉がおばあちゃんを連れて戻ってきた。

二人は軽く挨拶を済ませた後、一葉に家族の所に行ったほうがいいと促され、二人とも家族の所に戻っていった。

勅使河原と早耶香が立ち去り、四葉が隣に、その隣におばあちゃんが腰掛ける。

 

三葉も四葉も口を開かない。

当然だ。目の前に広がっているのは、壊滅的な被害を受けた糸守の姿なのだから。

伝統、歴史、そして思い出。守ってきたもの全てを一瞬で失った人間に掛ける言葉を、この二人は持ち合わせていない。

 

沈黙が続く。

そんな中、堪らず四葉が小さく口を開いた。

 

「これからどうなるんかなあ・・・」

 

三葉が答えようと口を開こうとするが、先に答えたのは隣に座っているもう一人の人物だった。

 

「さあねぇ。わしにもわからん。」

「一つ言えるんはもう糸守には住めんっちゅうことやさ。」

 

四葉が少し涙ぐむ。小学生の少女が家と故郷を失う。明らかに心のキャパシティを超えた体験だ。

それを見て三葉が四葉の頭を撫でながら言った。

 

「大丈夫やよ四つ葉。お姉ちゃんもおばあちゃんもおる。それに今はお父さんだっておるんやから。」

「うん・・・」

 

そう言って見を預けてくる四葉を私はそっと抱き寄せた。

失っていた気がする妹。

大事な妹、大事な家族が無事でよかった。

心の底からそう思った。

 

 

 

数時間後、救援物資を積んだヘリコプターが到着した。

救助隊の隊長らしき人物と父親が話をしている。話し終わった数分後。校内アナウンスが流れる。

 

糸守町から高山市までの道が崩落しており、車での避難が不可能なこと。

即時に出動できる救助用ヘリコプターに限りがあること。

そのため、一時学校で待機し、朝一斉に避難を開始すること。

この三点が伝えられた。

 

アナウンスの後、救助隊の人たちの主導で体育館へ移動した。

被災者全員にシュラフ、携帯食料、飲み物が手渡されたが、食べ物に手をつけている人は少なかった。

当然だろう。本来ならば今頃秋祭りでどんちゃん騒ぎをしていた筈なのだ。

しかし、町は無くなり、高校の体育館にいる。

やはりまだ現実を受け入れられている人は少ない。

皆が黙り、横になったり、座ったりしていた。

 

宮水家の三人も話をすることなく、静かに座り込んでいた。

午後11時を過ぎた頃、おばあちゃんが声をだした。

 

「わしはもう寝るやさ、三葉も四葉もあんまり夜更かししたらいかんよ」

 

三葉が答えた。

「うん。お休みおばあちゃん」

「お姉ちゃんはまだ寝んの?」

「うん。」

 

全く眠くない。それともう一つ___

寝てしまうと大切なことを忘れてしまう___そんな気がした___

 

欠伸をしながら四葉が言った。

「ふぅん。」

「お子様はもう寝る時間やね」

「うん・・・おやすみなさいお姉ちゃん。」

「うん。お休み。四葉。」

 

0時を過ぎるとほとんどの人が寝静まっていた。

当然だ。想像を超えた体験をすることは、とても大きなエネルギーを消費する。

そんな中、三葉は、窓から差し込む月日に照らされた自分の右手の文字を見ていた。

 

「すきだ」

 

何度みてもそう書いてある。

今まで告白されたことは何度かある。

どうしてかはわからない。惹かれることは全くなかった。

 

なのに___

なのに___

 

顔も覚えていない。名前もわからない。

今日どこかで告白されたということしかわからない。

右手に書かれている、たった三文字の言葉に、ここまで心を揺さぶられるのだろう。

 

自然とスマートフォンに手が伸びる。

わからない。何故かその人からのメッセージが残っているような気がした。

映しだされたのは白紙の日記。誰にも手を付けられた痕跡のない、真っ白な日記。

 

悔しさがこみ上げる。

涙が溢れてくる。

 

「どうしてやさ・・・なんでなんやさ・・・」

 

悔しい___

 

右手を握り拳に変え、自分の胸に押し付ける。

安心する。胸が高鳴る。「すきだ」と言ってくれた人が近くにいる。

そんな気がする。

 

しかし___

 

「君は誰なんやさ・・・」

 

大事な記憶は、尻尾さえ掴ませてくれない。

手を胸に押し付けながら横になる。

 

寂しい___

 

こんな気持ちは初めてだった。

辛いこと、悲しいことは沢山あったのに。

どうしてこんな気持ちになるんだろう。

 

どうして___

 

握っていた手を解き、再び手のひらを見つめる。

 

「すきだ」

 

ただ書かれている文字に対して三葉は、優しく微笑んで答えた。

 

「私も大好きやよ。」と___

 

 

 

 

 





はじめまして。
稚拙な文章にも関わらず読んでくれた方ありがとうございます。
かなりの独自解釈になりますが、再会までの三葉の儚い葛藤を書きたいと思ったのでプロローグは長いと思います。
すぐにでも幸せな瀧三を書きたいのですが、一人で寂しそうな三葉も書きたい・・・と葛藤しております。
最終的には大学生の二人を書きたいと思っておりますので、長い目で見ていただければ幸いです。
よろしくお願いします。
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