「じゃあ、気を付けてくださいね」
タクシーばかりが目立つ大通り。
高級そうなスーツに身を包んだ男の姿があった。
排気音を鳴らし過ぎ去っていくタクシーを見送り、ようやく営業用の笑顔を崩す。
「はあ……、太客とはいえ、ババアとアフターか……」
じゃらじゃらと派手なブレスレットを鳴らしながら髪をかく。
ため息。
「酒臭ェ……」
出勤時間目一杯まで酒を飲んで、上りと同時にこじゃれたバーでまた飲むの繰り返し。
息も臭くなって当然である。
珍しく一部で上がれたというのに休んだ気がしない。
「ま、しゃあねえか」
苦笑し、プレゼントされた時計を見やる。
百万近くしただろうそれの優美なデザインも、金に塗れた醜悪なものに見え気分が悪くなった。
手放したいが、今度彼女から指名が入ったとき、着けていなければ後が面倒なので、売ろうにも売れない。
「さて、どうすんべ」
うーんと唸り、伸びをする。
深夜料金のタクシーで帰宅するよりも、どこかで時間をつぶして始発を待った方が安く済むだろう。
――タクシー代、おねだりしときゃあよかったぜ。
そう呟き、駅の方に歩き出した時だった。
――おぎゃあ。
「……!?」
路地裏から、赤ん坊の泣き声が聞こえ、驚き立ち止まった。
初めは酒が回ったせいだと思っていた。
だが、声はまるで男に――真崎和也に救いを求めるように響いてきた。
意を決して歩き出した先、それは居た。
さびれたスナック跡の軒先に、タオルに包まれた赤ん坊の姿があったのだ。
眩暈がした。
ここは夜の街。
そういう話は耳に聞く。
邪推だが、引っかかった男のガキを作って捨てられ、堕胎出来ず、けれども育てられず、捨てた。
おそらく、そんなところだろう。
ホストという仕事をやっていると、嫌でも人間の汚い部分が見えてくる。
男も。女も。自分自身も。
見ぬふりをするという選択肢はあった。
関わった所で自分の特になること等ないと理解していた。
それでも――。
「……汚ねえ大人のせいで、ガキを不幸にさせるわけにはいかねえわな」
呟き、和也は警察に連絡を入れた。
★☆★
結局、子供の身元は分からず、子供は和也が引き取り、育てることを決意した。
男手一つで育てるに限界があったが、ホストを辞め系列の熟女キャバの店員となった和也は人生経験豊富なキャストのアドバイスや親族の協力等もあり、子供はすくすくと育っていった。
孫のような存在ができたからか、長年にわたって溝があった家族との関係も修復され、また子育ての苦労を知ることでキャストからの信頼関係もよくなり、店員からオーナーへと昇格し、数年後には数店舗のグループ店を任されるようになった。
和也はホスト時代よりも充実した生活を送っていた。
その傍にはいつも幸せそうな子供がいるのだから。
少年もごく普通の生活を送っていた。
ただ、特殊な環境で育ったためか、育てた大人がキャバクラのお姉さま方だったので――、
「チワーッス! 真崎龍也、ただ今出勤しましたーッス!」
バーテン服に身を包み、視力が悪いわけでもないのに頭がよく見えるからと伊達メガネをつけ髪を派手な金に染めた立派な(?)チャラ男に成長してしまったのだった。
この物語は和也との出会いによって運命を変えたチャラ男――龍也が様々な出会いを通して、他人の運命を変えていく物語である。
その出会いとは――、
★☆★
龍也がバイトをしているガールズバーから少し離れたチャイニーズパブ。
その一角に飾られた龍やら獅子やらの置物の傍に古びた瓢箪があった。
その瓢箪には栓がしてあり、その線の上から奇妙な文字の書かれたお札で封がされてあった。
ふと、その瓢箪がかた、と動いた。
酒に酔っている客と店員はそれに気づかない。
――ふふふ、待っておれよ、人間ども。もうじき封印が解ける。解けたが最後、貴様らを食らい尽くしてくれるわ。
「店長、これ、捨てていい? 汚いし、カビ生えてるし(中国語)」
「いいよ、前の店長が残していった奴だし、ゴミに出しちゃいなよ(中国語)」
――くく、ふふふ、はーっはっは! もうじきだ、もうじきだぞぉ! 人間ども――って、なんじゃ!」
「じゃあ、ゴミ出し行ってきます(中国語)」
「あいよー(中国語)」
――あ、あわてるでない。このワシが、この鬼が、この程度の地震で……のわーっ!
……果たして、出会えるのだろうか?
プロローグです。
主人公たちが本格的に出会うのは次回に。