ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第五話 「エイティ~たたかい~」後編

「へ? 米川?」

 

 ひとみの体からカクンと力が抜けて、慌てて体を支える。出力を上げて高度を維持する。慌ててひとみの口元に耳を近づける。呼吸音、心拍ともにあり、危険な状態ではなさそうだった。

 

「ばっか。何安心して寝てんのよ、空中だぞ、まだ」

 

「……初戦闘、仕方ない」

 

「なに、プレリュード中尉」

 

「Покрышкин」

 

 いつの間にか高度を下げていたコ―ニャが旋回しながら降りてくる。のぞみにむかって手を差し出した。

 

「持つ」

 

「あ、そう?」

 

「大型機の方が余裕がある。のぞみより適任」

 

「なによ、勝ち誇ったように言っちゃって」

 

 のぞみが膨れながら気絶したひとみをそっと渡した。肩を貸すような姿勢から、お姫様だっこに姿勢が変わったせいで、ひとみが一瞬唸り声を上げた。

 

「……でも起きないのね」

 

 呆れて、でもどこか嬉しそうに溜息をついたのぞみがそう言ってゆっくりと進みだす。

 

「で、加賀まではあんたが誘導してくれるの?」

 

 頷いたコ―ニャが隣に並ぶ。どうやらついてこいと言うつもりらしい。

 

「まったく……武器を落とすし、帰る前に寝るし、とんでもない新人じゃない」

 

「……人のこと言えない」

 

「はぁ?」

 

編隊長(リーダー)僚機(ウィングマン)の責任を持つ。ウィングマンの動きをリーダーは見ておく。ウィングマン置いて突撃したのぞみの責任」

 

 コ―ニャの言いぐさにムッとした表情を浮かべるのぞみ。

 

「だってあんなデカブツ近づかないと装甲抜けないじゃない」

 

「……ライフルグレネード」

 

「へっ?」

 

「ライフルグレネード、使わないの?」

 

 コ―ニャはどこか冷たい視線をのぞみに向けた。のぞみの頬を冷や汗が一筋流れる。

 

「だ、だって! ロクヨンだとソケットつけなきゃグレネード撃てない!」

 

「銃剣も手間は変わらない」

 

「当たるかどうかわからないじゃない!」

 

「被弾率を上げる接近は、愚策」

 

「そ、そもそもグレネードがコアに届くかわからないじゃない!」

 

「銃剣が届く範囲にコアがなかったら?」

 

 反論の余地を潰されてのぞみは押し黙った。コ―ニャは涼しい顔だが、のぞみにとっては勝ち誇った余裕が滲み出ているように見えて不愉快極まりない。

 

「……あぁもう、私のスタイルなんだからしかたないじゃん!」

 

 そう言って加速するのぞみ。コ―ニャはそれには言い返さずに、速度を上げるのだった。

 

 

 

 

 

「あれ、私……?」

 

「目が覚めた? ひとみちゃん」

 

 太陽光とも違う白い光に目を細め、ひとみは自分が寝かされていることに気が付いた。手がじんわりと暖かく感じて、それが感覚を引き戻していく。

 

「霧堂……艦長……?」

 

「はぁい?」

 

 霞んでいた目のピントがゆっくりと合う。扶桑人形そのままのような黒い艶のある黒髪が揺れている。

 

「ここは……」

 

「加賀の医務室。ひとみちゃん戦闘の後で気絶しちゃったの、覚えてない?」

 

 そう言われ、考える。そう言えば加賀に着艦した覚えが一切ない。

 

「覚えてないです。ライトニングは……いたっ!?」

 

 体を起こそうとしたら、首筋から背中にかけてに痛みが走った。思わずうめき声をあげるひとみ。霧堂艦長はひとみの肩をそっとおさえて、ベッドに戻した。

 

「無理に体起こさないで」

 

「えっと……」

 

「体の痛みは戦闘機動で振り回されたことによる物理ダメージ。後遺症が残る可能性はほぼゼロだそうよ」

 

「そうなん……ですか?」

 

「加賀の医療班は優秀だから大丈夫。体がだるいかもしれないけど、一晩安静にして魔力を回復させればすぐ吹き飛ぶわ」

 

 不安げなひとみにそう言った霧堂艦長。ベッドにかけられた毛布をひとみの肩口のあたりまで引き上げる。

 

「えっと……霧堂艦長」

 

「なになに? なんでも聞いて?」

 

 優しく笑ってそう言う霧堂艦長。ひとみはベッドに横になったまま口を開く。

 

「今、何時でしょうか?」

 

「フタヒトヒトヨンFST、扶桑標準時午後9時14分。ひとみちゃんがポクルィシュキン中尉にだっこされて帰ってきてから6時間半くらいかしら」

 

「そんなに……」

 

「そんなにでもないわよ、初めての戦闘を経験してこのダメージで生き残った。それは称賛に値するわよ」

 

 そう言われるも腑に落ちないひとみ。顔に出ていたのか霧堂艦長が笑みを浮かべた。

 

「ひとみちゃんはウィッチの負傷理由の内訳は知ってる?」

 

「負傷理由……ですか?」

 

「そう、一番多い負傷の理由はなんでしょーか?」

 

 わからない。首を振ってこたえようとして……痛みでやめた。ホントに身体が自分のものじゃないみたいだ。

 

「わからないですけど……ネウロイのビームを受けて、とか……」

 

「残念。実は無理な戦闘機動をしたせいで体が追い付けなくて傷つくのがダントツで多いの。今日のひとみちゃんの怪我もそのパターン」

 

「え……」

 

「超音速の世界は生身で飛ぶには速すぎるのさ。いくら魔法が使える魔女でも、ね」

 

 そう言って肩を竦める霧堂艦長はどこか寂しげな笑みだった。

 

「レシプロの低速戦闘だった40年代の第二次ネウロイ大戦とは比べ物にならないぐらいの戦闘機動負荷が体にかかるんだ。おかげでただでさえ儚く散り征く高嶺の花の航空ウィッチの生涯がさらに短命になった。ひどい時は内臓破裂まで持ってかれることがあるくらいなんだよ? それで皆『(エクス)』ウィッチになっていく」

 

「そうなん……ですか?」

 

「そうなの。……正直なことを言うとね、石川大佐と私は、今日でひとみちゃんが飛べなくなることも覚悟してたんだよ。なにせ、戦闘機動は1週間もない短い期間の付け焼き刃、武装の訓練も積んでない。模擬戦もやってないわけだから、誰かに勝ったという自信もない。――――その状況で高空で自分の命を掛け金(チップ)にした実戦投入だ。パニックを起こして無理に加速しようとしたり、限界を超えて操縦翼面を動かしたりしたら、あっという間に視界はブラックアウトするからね。魔導エンジン吹かしたままで制御を失ったストライカーがどう吹っ飛ぶのか、想像に難くないでしょう?」

 

 そう言われ唾を飲んだ。意識を失ったまま魔力だけを吸われることになるから、大暴走の果てにどこかに墜落するか、撃墜されるかの二択になるだろう。

 

「そんな、危ない状況になるところだったんですか……?」

 

「普通はそうならないように2年以上かけて訓練をするんだよ。恐怖心を理性で抑え込んで、死なずに生きて帰ってこれるようにする。それを叩き込むことが飛行教官の役目であり、生徒が学ぶべきことだ――――ひとみちゃんものぞみちゃんも、そのカリキュラムを短縮してここまできているから、送りだした石川大佐は気が気じゃなかっただろうね。でも、今日生きて帰ってきたんだ、きっと大丈夫だね。ひとみちゃんものぞみちゃんも、エースパイロットになれるかもしれない」

 

 その言葉を聞いて心臓が跳ねた。

 

「エースパイロット……」

 

「もう私が飛べなくなった空は、君たちが飛ぶ空は、きっと君たちに優しくない。それでも君たちはそこに飛び上がって、生きて帰ってきた。それは十分にすごいことなんだよ」

 

 霧堂艦長はそう言ってひとみの頭を撫でた。

 

「それに君には才能があるわけだし、ね?」

 

「才能、ですか?」

 

 さっきまでとは方向性の全く異なる言葉。聞き返せば、霧堂艦長の方がきょとんとした表情を浮かべていた。それもすぐに納得顔に変わる。

 

「そっか、気が付いてなかったんだね……ひとみちゃん、小型のフレスコ型を撃破した時のこと、覚えてる?」

 

「えっと……、のぞみ先輩の後ろにいたネウロイのことですよね?」

 

「そうそうそれそれ」

 

 そう言われてもあの時は必死で全く覚えていない。頭をひねる間にも霧堂艦長はなにやらタブレット端末を取り出すと、嬉々として操作を始めた。

 

「あの時ひとみちゃんは小型のネウロイを一撃で撃破してる。正確にコアを撃ち抜くことが出来ているわけだ。そうじゃないとネウロイは破片に変わらないからね。そこまでは大丈夫?」

 

 言われてみれば確かにそうだ。コアを正確に破壊することがネウロイ撃破の唯一の方法だと最初に教わるのだ。

 

「だ、大丈夫です」

 

「うん。じゃぁ、あの時、君は小形ネウロイとどれくらい離れていたか覚えているかい?」

 

「えっと……すいません」

 

「責めているわけじゃない。褒めてるんだよ。その距離、実に約550メートル強。500メートル以上先にいる高速機動中のネウロイなんてものはね、狙撃銃や選抜射手用小銃(マークスマン・ライフル)ならいざ知らず、2-3/4インチの非常用拳銃(M500ES)()()()で命中させられるような、そんな甘いものじゃぁないんだ」

 

「ど、どういう……」

 

 目を細めた霧堂艦長がひとみにタブレット端末を差し出した。その先には数字やらグラフやらが大量に並べられた書類っぽいものが表示されている。ブリタニア語のオンパレードで専門用語が多すぎてさっぱりわからない。

 

「固有魔法はわかるね?」

 

「い、一応……」

 

「説明してみて?」

 

「えっと……ウィッチには時々オリジナルの魔法が使える場合があって……他の人とは違う魔法の能力が現れることがある……ですよね?」

 

「加えてもう一つかな、トップエースと呼ばれるようなウィッチほど固有魔法が顕現していることが多い。言い換えるなら撃墜数において、固有魔法保持者と非保持者では有意な差が認められるってこと」

 

 いきなりそんなことを言われたせいか、霧堂艦長が言ってることを理解するまでに、数秒の時間を要した。

 

「……つまり、固有魔法を持っている方が強い、ということですか?」

 

「固有魔法を活かした戦い方を学べば有利と言った方が正しい。固有魔法も得意も才能も、全部まとめて『強み』だ。苦手をなくして生き残り、得意を伸ばして戦果をあげる。それがウィッチの生存戦略になるわけだけど……今回の出撃でひとみちゃんが伸ばすべき『強み』がわかった」

 

「強み……?」

 

 オウム返しにそう言うと霧堂艦長はタブレット端末の一部をタップ。何やら画像が流れ出した。

 

「これって、わたし……?」

 

「君の戦闘時の映像、ポクルイシュキン中尉が記録していたデータだね。ここで君が拳銃を発砲、次の瞬間にはネウロイのコアを撃ち抜くわけだけれども……」

 

「あ……魔法陣……」

 

「やっぱり意識してなかったんだね。魔法使って強化してたの」

 

 映像の中のひとみは、手首のあたりから大きな光の輪を出していた。それが収束した直後、大きく腕が跳ね上がる。銃を撃った反動で持ちあがったのだから、この直前に撃ったのだろう。

 

「この時の魔法陣の解析を進めた結果がさっき見てたチャート図ね。かなり独特な固有魔法陣だしまだ解析の真っ最中だけど、何を起こしたかから逆算するに――――君の能力は『弾道安定化』だ」

 

「だんどう……あんていか……?」

 

「この時、実は30ノットを超える強風が吹いている。でもM500から飛び出した50口径のマグナム弾は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通ならありえないんだよ、これ。スナイパーなら誰でも喉から手が出るほど欲しい能力だね。めんどくさい横風計算とかしなくていいから」

 

 そう言われるも、いまいちピンと来ていないひとみ。どこかぼーっと聞いていると、驚いていると思われたのか、霧堂艦長が人差し指を振った。

 

「これだけだったら、固有魔法とはいえ、()()()()部類だ。問題はここからなんだよねぇ」

 

「え……?」

 

 問題といわれて、ひとみは唾を飲む。

 

「まだまだあるんだ、わけがわからないこと。君が使った50口径マグナムは高威力弾なんだけど、あのM500ESに装填されていたのは、不時着時のサバイバル用の()()()。魔導弾なんかじゃなかったんだ。それでも倒せないことはないんだけど、威力が足りないはず。君は魔法力を普通の弾丸に無理やり乗せて魔導弾として打ち込んだと推測される。こっちもこれだけなら()()()()部類なんだ。こーにゃんだってやってるしね」

 

 霧堂艦長はそう言って笑う。その顔がどこか恐ろしく見えて、ひとみはバレないように唾を飲みこんだ。

 

「でもね、この二つを()()()0().()3()2()()()()()()()()()()()()()はそっとやちょっとじゃ転がっていないんだよ」

 

 ひとみはそう言われて、ぼんやりと思いを巡らせた。まだどこかピンと来てはいない。いきなりそんなことを言われても、どうすればいいのかわからないままだ。

 

「あんまりピンと来てないかい?」

 

「はい……」

 

「似たような能力をもっているのは……そうだな、ブリタニア空軍のリネット・ビショップ中尉とかかな?」

 

「リネット・ビショップ中尉って、あの初代501のスナイパーですよね!?」

 

「お、詳しいじゃん。そうそう、初代となると軍曹のころだね。ビショップ中尉の場合は弾道安定化に照準補正に高威力化……三拍子そろった狙撃手になるしかないような才能だったからね。それに視野も広くて指揮官適性もある。……君が目指すべき戦闘スタイルに一番近いんじゃないかな」

 

 そう言われ、ひとみは小さく頷いた。何度も雑誌で見た優しそうな目をした女の子。

 

「ビショップ中尉が……目標……」

 

「ひとみちゃんなら届くよ。きっと」

 

 そう言って霧堂艦長はひとみの頭をそっと撫でた。

 

「高速で飛び回りながら、短時間で正確に照準を合せ、撃破し、味方をサポートする。その能力を磨けば、いい航空ウィッチになれる。トップエースだって夢じゃないだろう」

 

「本当ですか!?」

 

「元トップエースの言葉が信じられない?」

 

 そう言われブンブンと首を横に振った。振ってから首を痛めていたことを思い出す。地味に痛い。

 

「私はあんまり力になれないけどさ、教えられることは教えていくから」

 

「霧堂艦長は……何か固有魔法持ってるんですか?」

 

「私? 私は三次元空間把握。おかげであっという間に指揮官に祭り上げられちゃった」

 

「三次元……というとミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少将と一緒……」

 

「光栄ながらね。まぁ、前線隊長として残してくれたのは僥倖だけどさ。だって上にいけば行くほど現場で飛べなくなるし、上層部は暑苦しい脂ギッシュなおっさんしかいないし、嫌になるもんねー。それだったら前線で若い同僚と青春してたほうが楽しいじゃん?」

 

「そういうものなんですか……?」

 

「そういうものよ。瑞々しい魔力を持っている子ほどきれいでかわいいし、そんな子と沢山遊んで、たくさん学んでいたほうがずっと長生きできるんだよ」

 

 ずっと頭を撫でてくる霧堂艦長の目は優しい。ひとみはどこかお母さんに似た雰囲気を感じていた。

 

「直属の上司ってわけじゃないけどさ。たまには仲良くさせてね、ひとみちゃん」

 

「き、霧堂艦長ならよろこんで!」

 

「ん。まぁ、今日はゆっくりお休み。ひとみちゃん向けのデブリーフィングは明日にするから」

 

「はい……わかりました」

 

 頭を撫でられていたせいか瞼が重くなってきた。そのまま目を閉じる。意識が落ちていく間に、霧堂の声が響く。ブリタニア語だろうか、少なくとも扶桑の言葉ではない。

 

 そのメロディーを聞きながらひとみはゆっくりと眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 ひとみの規則正しい寝息を聞いて、霧堂艦長はゆっくりと立ち上がった。彼女が寝ているベッドを離れ、外に出る。

 

「……子守歌に『六ペンスの歌』とは趣味が悪いな、霧堂」

 

 廊下の壁に寄り掛かっていた影が、パチリと軽やかな音を立てた。その影を認めた霧堂艦長はクスリと笑みを浮かべる。

 

「盗み聞きも趣味が悪いんじゃないかな、石川大佐?」

 

 霧堂がそう返すと、石川大佐はどこか不満げに鼻を鳴らす。そのまま石川大佐は左手に持っていた懐中時計を胸ポケットに戻した。

 

「寝かしつけている子どもを起こすのも忍びないだろう」

 

「そういうことにしておくわ。……で、ここで私を待っていたということは、ヒトミンに聞かれたくないけど、彼女に関係あることかしら?」

 

「……」

 

 石川大佐は答えないが、その表情が雄弁に語っていた。

 

「……彼女の能力に副作用でもあったかしら?」

 

「魔力の消費量が著しいぐらいだが、危機感に駆られて制限なしに魔力を継ぎ込んだせいだろうから副作用とはいえまい」

 

「じゃぁ、なにかしら?」

 

 石川大佐が霧堂の肩を叩いて歩き出す。霧堂も彼女についていった。艦内の消灯まで今しばらく時間がある、明るい廊下もまもなく見納めだろう。

 

「……米川のこと、どう見る?」

 

「すっごく可愛くて素直、目もぱっちりしてるし小動物系の可愛さがあってストライクゾーンど真ん中」

 

「誰が貴様の性癖を聞いた……聞きたいことはわかってるだろう」

 

 そう言われ、霧堂は口元の笑みをしまった。声のトーンが下がる。

 

「彼女、必死に隠そうとしてたけどさ……震えてたよ。医務室で」

 

 石川大佐は黙ったまま歩き続ける。それをいいことに霧堂は言葉を続けた。

 

「初戦闘とは思えない落ち着き具合だったから、不安になって確かめてみたら案の定。メンタル面は当然だけど年相応。……ストレスをため込むタイプだね、あれ。周囲の期待に応えようとずっと気丈にがんばって、ボロボロになっていくタイプだ。たった一ヶ月で幼年学校を卒業したスーパーエリートさんだから、周囲の期待もすごいだろうし、使うのはトップシークレットレベルの戦闘飛行脚だ。彼女の精神を蝕むには十分すぎるプレッシャーとストレス環境だろうね」

 

「やはりか……」

 

「……なんで採用したの、あんな小っちゃい子。航空団の人事権、あんたにないなんて言わせないわよ、()()

 

 呼び捨てにされても、石川は振り返らない。廊下の角を曲がる。

 

「中東・欧州戦線への対策は急を要する。扶桑海軍にも伝わってるだろう、霧堂大佐」

 

「そりゃぁ当然だけどさ。私が聞きたいのは()()()()()()()()()()()、石川。ノンちゃんも含めて、実戦投入は早すぎる。そりゃぁウィッチ生命は短命だけれども、青田刈りも過ぎればエース級の才能も潰していくよ。それを知らないあんたじゃないでしょう」

 

「だからどうした」

 

 その答えを聞いて、霧堂が溜息を挟んで言葉を続けた。

 

誠意を見せろ(ショウ・ザ・フラッグ)……今回の派兵の前倒しは外交側の圧力がかかった結果でしょう。金と後方支援だけを振るまって、安全圏でふんぞり返る扶桑皇国、第二次ネウロイ大戦期の海外支援を思い出せ……そう言われたからこその前倒し、違う?」

 

 石川はやはり沈黙。

 

「だから錬度が伴っていない『形だけの派兵』で十分。だからこそ、台湾・新羅半島方面の一航戦も南洋方面で遊んでいる二航戦も動かさなかった。捨て駒としての203空……そう思われてもおかしくない布陣だ」

 

 捨て駒、その言葉を聞いて、石川が足を止めた。

 

「俺があいつらを捨て駒にするとでも?」

 

「まさか。あんたは()()飛ぶ気だろうし、天地がひっくり返っても、太陽が西から昇っても、あんたが部下を見捨てるようなことはしないだろうとは思っているさ。でも、指揮官としてそうせざるを得ない状況に陥る可能性はゼロじゃない……切り捨てられるの? あんたに」

 

 そう言われ、霧堂を睨む石川大佐。霧堂は薄い笑みを張り付けた。

 

「ウィッチに依存する対ネウロイ戦線で貧乏くじを引くのはいつだって年端もいかない少女たちだ。わざわざその世界にヒトミンやノンちゃんを引き込んだ。その責任をあんたは問われる。人類連合空軍の石川大佐」

 

「その覚悟がないとでも?」

 

「状況はいつだって覚悟を超える。だから十二分な覚悟をしといたら?」

 

「当然」

 

 その答えを聞いて、霧堂は満足そうに頷いた。

 

「なら、大丈夫だ。覚悟決めた石川の底力は私もよく知っている」

 

「貴様は俺を信頼しているのか、していないのか、どっちだ?」

 

「信頼しているわよ、相棒」

 

(エクス)がよく言う」

 

 鼻で笑った石川大佐の横に霧堂は立ち、右手を差し出した。

 

「加賀を代表して、改めて歓迎申し上げます。203統合戦闘航空団団長、石川桜花(さくら)大佐」

 

 それを聞いた石川大佐はやはり不満げ。だが、差し出された右手を取った。

 

「本拠として使わせてもらえることを光栄に思う。霧堂明日菜艦長、貴艦の防空の一翼を担わせてもらえれば幸いだ」

 

「それはもう、喜んで」

 

 握手を終えた霧堂は本当に上機嫌で、それが猶更石川大佐を不満げな表情にした。

 

「ほら、トップが笑ってないと部下の士気が下がるよ」

 

「貴様はもっと腰を据えて堂々としたほうがいいだろうな、霧堂」

 

「そういうタイプじゃないし?」

 

「なら俺も貴様のいうタイプじゃないな」

 

 霧堂が石川大佐の肩を叩いた。その軽い音が響くころ、加賀の一日は終わりを告げて常夜灯に切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――状況はいつだって覚悟を超える。だから十二分な覚悟をしといたら?

 

 

 ちょこっと遊びに来たつもりだった。咄嗟に物陰に隠れてしまった大村のぞみに、その言葉はいやに深く突き刺さる。時刻は既に消灯前。恐らく米川は寝ているだろうが、とりあえずその寝顔だけでも拝んでおこうとやって来たのだが……まさか大佐が、それも二人とも来ているとは。

 

 通路を照らす照明が常夜灯へと切り替わる。つまり就寝時間を過ぎたというわけで、いい加減に部屋に戻らねばなんと言われるか分かったものではない。

 

「寝てるだろうけど……やっぱり顔だけ見に行くかな」

 

 石川大佐と霧堂艦長がいなくなった通路。そう小さく、言い聞かせるように呟いて……足が止まった。角を曲がった先には医務室の扉がある。

 

 その扉の前まで来てドアノブに手を掛けた。回せば開くだろうに、どうしても重い。

 

「……」

 

 ドアノブを回せないまま、想う。

 

 米川ひとみの今日のフライトは決して褒められたものではない。体の負担を考えない戦闘機動、魔力消費を考えないオーグメンターの多用、戦闘後に気絶するような心構え、武器を落としてしまう不用心さ。赤点まっしぐらのフライトだったことは間違いない。それほどに『だめだめ』なものだった。

 

 それでもあれが戦闘訓練をまともに積んでいないのであれば話が変わる。ストライカーユニットに触れてからまだ2カ月も経っていないはずの米川ひとみがなぜ部隊に配属されたのか。今日一日で嫌と言うほど思い知らされた。

 

「……とんでもない原石ね、あんた」

 

 才能の塊。その表現はきっとあの子のためにあるのだろう。それほどのものだ。

 

 バレルロール、ズーム上昇、シャンデル、ローヨーヨー。戦闘機動は数多くあるが、ひとみにそれを教えた覚えは一つもない。だが、それらをやすやすとこなして見せた。おそらく固有魔法の使用があったのだろうが、銃撃で弾丸一発で小型ネウロイを落として見せた。まさにF-35を操るために必要な素質を揃えている。だからこそ、2カ月にも満たない訓練期間で実戦投入されたのだろう。

 

 ドアノブからそっと手を離した。

 

 どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。きっとあの子は寝ているから表情なんて気にしなくてもいいのだろう。それでも、どんな顔をすればいいのかわからなかった。

 

 もし起きていたら、八つ当たりでもしてしまいそうだ。私だって初実戦だったし、あんたよりも落としてる機数は多いし。――――それをあの子にぶつけて何になるというのか。

 

「おやすみ、米川」

 

 それだけ、ぽつりとつぶやく。のぞみはただ誰にも聞こえていないことを願った。

 

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