ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第六話 「チェック~ありか~」前編

 どこか湿度の高い空はどこか気だるげにひとみたちを見下ろしていた。

 

「あーもう、ムシムシするわね」

 

 のぞみが手で顔を仰ぎながらそう言った。気温はそこまで高くないはずだが……さすが海の上、湿度が高いのだ。

 

「五月なんですよね、まだ」

 

 どこかぼんやりしたように言うのはひとみ。そんな二人に脅しをかけるのは(エクス)ウィッチでひとみの使うF-35FA機付長の加藤中尉だ。

 

「こんなのでバテてたら、マレーのあたりを通過するときにはどうなってるか楽しみだね」

 

 そうだ、欧州に行くから西に向かうことばかり考えていたが、海路で向かう以上は西に向かうというよりか大陸をぐるっと回っていく形になる。そうなると当然、どんどん南下していくわけで……。

 

「……もっと暑くなるんですか」

 

 東京も暑い。でも夏休みは北海道でほとんどの時間を過ごしていたひとみだ。連日続く熱帯夜にギラギラと照りつける暴力的な太陽……そういった「本番の暑さ」というやつを経験したことはない。溶けたりしないだろうか。

 

「南洋方面の二航戦はこんなもんじゃない暑さのところで頑張ってるんだし、ほらしゃんとする」

 

 そう笑う加藤中尉に、海を見ながら呟くのはのぞみだ。

 

「常夏の南洋島ですか……二航戦も大変だ。まぁ、一航戦みたいに激戦続きじゃないだけいいのかねぇ」

 

 ひとみはのぞみのその言葉に大きく「?」マークを浮かべる。

 

「一航戦って、第一航空戦隊……」

 

「そ。さすがにあんたでも知ってたか。今は台湾でしたっけ?」

 

「だねー。台湾沖でネウロイ討伐の真っ最中。そろそろ新羅の方に移動するらしいけど。海軍記念日前に隊通算5000機撃破を目指そうと躍起になってるらしいよー」

 

 その言葉に目を丸くするひとみ。

 

「ご、5000機……?」

 

「なにも一人で成果出してるわけじゃないわよ。部隊全部で5000機。さすがエース部隊と言うべきかねぇ……で、5000機はいきそうなんですか?」

 

 のぞみの声に加藤中尉は肩を竦めた。

 

「昨日の段階では残り一機だから、今日が海軍記念日だし、栄光の5000機目いくんじゃない?」

 

「そりゃあいきますよ、なんせ、大陸からならネウロイが山ほど飛んでくる訳ですし……」

 

 嗚呼、ネウロイのバーゲンセール会場から離れていく我が五航戦の行く末に、さらなる戦果のあらんことを……そんな風におどけてみせるのぞみ。

 

「まぁエース部隊に負けないように今は訓練と行きましょうや、未来のエースたち」

 

 加藤中尉がそう言ってウィンク。これから訓練のメインになるひとみは既に緊張気味だ。

 連れてこられたのは加賀のフライトデッキの最後尾、可倒式の柵はすでに倒されている。甲板員の水兵さんに敬礼。

 

「じゃあ、はじめようか。ひとみちゃん。これから何をするかわかってる?」

 

「えっと……わたしが使う、銃の選定……」

 

「そう。ひとみちゃんに高い狙撃手適性が認められたから、普通のアサルトライフルじゃない専用の銃を選ぶ権利が与えられた訳だ」

 

「本当なら選抜射手(マークスマン)認定受けなきゃ使えないんだからね、特別待遇なんだぞー」

 

 のぞみにそう言われなくてもわかっている。甲板に置かれたいくつものトランクみたいなケースを見てもわかる。とりあえず、グレーのケースはなんだか高そうである。緊張する。

 

「一応加賀に正規備品として乗せてあるのは全部持ってきたはず。まぁ4種類撃ち比べして、その成果しだいかな。それじゃ、早速やってみようか」

 

「が、がんばります!」

 

「いい返事。それじゃ」

 

 加藤中尉はそう言って、ヘッドセットを付けた。

 

「後部ミッションベイ、加藤です。『キラートマト』の用意はできてますか? ……ありがとうございます。それでは流してください。曳航索は300繰りだしたら停止を。……了解しました。以上、通信終わり。……さて、じゃぁどれから行くかな……とりあえずは国産からいってみる?」

 

 ひとみが頷くのを確認して、一番端にあったケースを開けた。

 

64式小銃(ロクヨン)そっくり……」

 

「そっくりもなにもそのものよ。64式7.62mm狙撃銃、ロクヨンの精度のいいやつを選んでスナイパーライフルに改造したの」

 

「そ、そんなことできるんですか?」

 

「実際よくやることだよ?」

 

 のぞみにそう言われ、ひとみは差し出されたそれを受けとる。

 

「使い方はわかるわね?」

 

「い、一応は……狙い方はあやふやですけど……」

 

「……そこからか、オーケー」

 

 加藤中尉は一瞬眉を顰めたが、すぐに笑顔に戻った。

 

「んじゃ、とりあえずマスターアイはどっち?」

 

「ま、マスターアイ……?」

 

「利き目のこと。……私の人差し指を両目で見てて」

 

 加藤中尉は人差し指をピンとたて、そう言った。

 

「じゃ、左目だけ閉じてー」

 

「は、はい」

 

 そう言われ片目だけ閉じる。ウィンクの要領なのだが、そんなことをする機会もあまりないので少し難しい。

 

「米川、面白い顔になってるぞー」

 

「茶化さないの大村准尉殿。どう? 見え方変わった? 位置がずれるとかある?」

 

「ないです」

 

「じゃぁ右目がマスターアイだね。よかった。ひとみちゃん右利きだよね?」

 

「はい」

 

「じゃぁそこまで問題もないね。それじゃやってみようか」

 

 そう言っていきなり渡された64式狙撃銃。いったいどうしろと。

 

「えっと……」

 

「とりあえず、標的見える?」

 

「あの……引っ張ってるやつですよね?」

 

「そうそう、あの赤いバルーン。通称『キラートマト』。曳航標的だね」

 

 そう言って指さした先を流れていくのは真っ赤な風船。「加賀」が海を切り裂いた関係で生じた航跡(ウエーキ)に揉まれてはらはら揺れている。

 

「じゃいってみよー」

 

「へっ?!」

 

 驚くひとみにのぞみが追い打ちをかけた。

 

「ま、時間もないしさっさとやる……ちなみに魔法禁止ね」

 

「えええええええええええ!」

 

「米川ー、今日は海軍記念日。海軍に関係ないものを持ち込んじゃあいけない」

 

「いや先輩! それどういう意味ですか!」

 

 笑いながら平然と超理論を展開するのぞみ。加藤中尉はひとみをなだめるように言う。

 

「まぁ、ひとみちゃんの場合、能力使うと記録に差が出なくなるからねぇ。魔力消費も激しいみたいだし、ずっと頼ってられないでしょ?」

 

 た、確かに……そう言われてみればその通りだ。ひとみの固有魔法は弾道固定。これでは銃のクセもなにもない。

 

「あ、当たるかなぁ……」

 

 狙撃だから……姿勢を整えないと。ひとみはしゃがんで、ドラマのワンシーンを思い出しつつ床に、つまり甲板に寝そb

 

「熱っ!?」

 

「なーんでいきなり横になるかなー米川ー。太陽光で熱した甲板だとあっという間目玉焼きになるよ」

 

 呆れた様子ののぞみ。加藤中尉も困り顔だ。

 

「ひとみちゃん、空では何かに銃を依託するなんてできないんだから、ちゃんと両手で支えないと」

 

「そ、そうですね……」

 

 半分涙目になって、太ももをさするひとみ。直接甲板に触れたところが熱いを通り越して痛い。

 

「ほら、横風計算も知らないだろうしさっさと撃つ! あとちゃんと耳当て(イヤーマフ)!」

 

 のぞみに急かされつつ、ひとみは耳当てを付けてから64式を構える。ここまでは急いでもいいけど、ここからはゆっくり落ち着いて……息を吸って、止める。真っ赤な風船を照準器のど真ん中に収め……

 

 

 発砲音。イヤーマフ越しだからくぐもって聞こえる。

 

 

「……左上にずれたね。引き金ガク引きしたでしょ。もうちょっとゆっくり引金を引いてね」

 

「は、はい……!」

 

「とりあえず3、4発撃ってみて、いろいろいじってみようか」

 

「はい……!」

 

 

 再び発砲音。さんさんと輝く太陽のもと、64式の7.62mm弾が海を穿つ。

 

 海を穿つ。

 

 海を……

 

 

「……全然当たりません」

 

「んーじゃあ次行ってみよっか」

 

 そう言いながら加藤中尉は隣の箱に取り付き……振り返った。

 

「あ、そっか」

 

「えっ?」

 

 加藤中尉はなぜか納得顔。

 

「ひとみちゃん……まず、狙撃の勉強しよっか」

 

「え……?」

 

 飲み込めずに首をかしげるだけのひとみ。加藤中尉はひとみに向き直って告げる。

 

「狙撃の基本出来ないと、撃ち比べも何もないもんね」

 

「言われれば……そうですね!」

 

 爽やかに応じたのはのぞみだ。

 

「えぇっ!? じゃぁ私のやったことは……」

 

「経験になったでしょ?」

 

「そん、なぁ……」

 

 なんかとてもいい笑顔でそう言われたが、一切腑に落ちないひとみ。というか皆さん初めから分かってましたよね?

 

「まぁ、慣れるためにも銃は選んでおいた方がいいから、とりあえず持ち比べといこうか?」

 

「は、はい……」

 

 そう言われれば仕方がない。64式を仕舞い、次のを取り出し、また仕舞い……

 

 

 

「で、4種類持ってみてどれがよかった?」

 

「三番目の……ですかね?」

 

 そう言って三番目の箱を指差すひとみ。なんせこれが一番短くて、ひとみの身体にちょうど良かったのだ。

 それを受けて、のぞみと加藤中尉は顔を見合わせた。ひとみに向き直った二人の顔は……なんともいえない微妙な表情。

 

「な、なにか問題があるんですか……?」

 

「L86 LSWかぁ……いやぁね。確かにそれ、弾も沢山使えるし、取り回しもしやすいんだけどさ……」

 

 どこか言葉を濁しながらそう言うのぞみ。

 

「その……なんというか、ねぇ、加藤中尉?」

 

「……まぁ、ねぇ」

 

「な、なにがあるんですか……?」

 

「ひとみちゃん、実はそれ……故障が多いことで有名なんだよ」

 

「えぇっ!?」

 

「具体的に言えば弾倉3回交換する間に一回は動作不良を起こすの」

 

「それって……」

 

 加藤中尉の言葉にどこか困惑気味にのぞみを見るひとみ。

 

「4マガジン分だから……一回の出撃で使いきることもある弾数よ、それ」

 

 毎回出撃する度に壊れるようだと確かにいい顔はしないだろう。

 

「まあペルシアとかではブリタニアがそれで銃剣突撃もやってるし、別に悪い銃ってことはないと思うよ……多分?」

 

 機能面の解説では銃剣ゴリ押しだったのぞみにしては、いやに押しが弱い。それがなんとなくこの銃の評価がわる……もとい、特殊であることを感じさせた。

 

「で、でも他の銃だとなんだか前に引っ張られるというか、長くて持ちづらいんです……」

 

「作る側もこんな小さな子が持つことは考えてなかっただろうしねぇ」

 

 そんなこんなで皆揃って頭を捻っていると高笑いが響いてきた。ひとみは一度幻聴かと思ったが、周りもきょろきょろと見回しているから幻聴ではないらしい。

 

 

「――――お困りのようだね、魔法少女諸君!」

 

 

 振り返ると、太陽を背にした黒い影。二番煙突の上から颯爽と飛び立つと、ひとみたちの目の前に着地した。

 

「フッ、決まった」

「かんちょー、ちょっとムカつくんですけど」

 

 加藤中尉は階級が四つも上の霧堂大佐へと漏らす。相当に距離があったはずだが、一足飛びにやってきた霧堂艦長はどこ吹く風だ。

 

 

「ところで、お困りのようだね」

 

「……お困りなのは、煙突の上に登られた機関科じゃないですか? 絶対排気止めさせてましたよね、アレ」

 

 のぞみが返す。しかし霧堂艦長はめげない。

 

「細かいことは置いといて」

 

「細かくなんて……」

 

「置いといて、ひとみちゃんの体格に合う狙撃銃がないんでしょ? そんな君たちに第五の提案だ」

 

 霧堂艦長がそう言って差し出したのはグレーの塗装のケースではなく、革張りらしい高そうなトランク。

 

「これって……」

 

「開ければわかる」

 

 そういって渡されたずっしりと重いトランクを甲板に置き、開く。

 

「ワルサー社製WA2000カスタム。一応扶桑空軍がウィッチ用装備のテストモデルとして輸入していたやつが使わずに廃棄されるっていうんで、拾ってきてたの。今は私の私物ねー」

 

「……それって横領じゃ?」

 

 ぼそりとのぞみ。聞かないフリして霧堂艦長は続ける。

 

「少し銃としては重いほうだけど、全長は短いし、バランスもいいと思うよー、さすがブルパップだよね。あ、質は保証するよ。元々警察系特殊部隊向けの高精度モデルだ」

 

「へぇ……」

 

 どのくらいすごいかはよく分からなかったが、ひとみはそれを持ってみる。さっき持ったL85みたいな色合いで、ちょっと長いくらい……そして思ったより重い。

 

「うん、いいね。ちょっと構えてみなよ。照準調整(ゼロイン)は狂ってないはずだから」

 

 霧堂艦長にそう言われ、いまだ引っ張ったままの『キラートマト』に向かって銃を向けてみる。

 

「頭を銃に持っていくんじゃなくて、銃を頭に近づける感じでね」

 

 ひとみはそう言われて、背中側に暖かい気配を感じる。

 

「ほっぺたをちゃんと銃床に乗せてー。そう、肩とほっぺ、右手と左手の4点で支える感じでね。あとスコープを覗いてないほうの眼もちゃんと開けてー。スコープから飛び出したターゲットを追えなくなるからねー」

 

 目のピントが合ってないような気がして、少し変な感じだ。それでもなんとかスコープで拡大された赤い標的が映る。

 

「焦らなくていいから、一度深呼吸しましょう。ゆっくりと吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー。体の力が抜けたかなーと思ったらー、吸ってー、止める!」

 

 言われた通りに息を止めた。スコープ越しに赤い標的が揺れている。

 

「はい、少しだけ吐く―。止める。じゃぁ、ゆっくり引き金引いてみよう。ゆっくりねー」

 

 そう言われ、そろりそろりと引き金を絞っていく。鋭いショックが体を走ったが、構えていたよりも幾分弱いショックだった。

 

「BINGO! やるじゃんヒトミン!」

 

「魔法力の使用なしで……ド素人が300オーバーの距離を一発……?」

 

 どこかわざとらしくよろけるのぞみを見ながら、霧堂は笑った。

 

「ゼロインは350にしてあるし、落ち着けば当てられる状況だとは思うけど、まぁここまで正確にできるのは、ま、才能かな」

 

「えっと……」

 

「ひとみちゃん、撃ってみてどうだった?」

 

 霧堂の声にひとみは一瞬考え込んだ。

 

「ロクヨンよりは……大分狙いやすかったです」

 

「まぁねー、根っからの狙撃銃とバトルライフル由来の違いかな。重くない? 大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

「んじゃ、私物だけどひとみちゃんが使えるように手続きしとくとしようか」

 

 霧堂がそう言って笑ったタイミング。甲板に甲高い雑音が響いた。続いて聞こえてくるのは声。

 

『おいこら霧堂! 遊ぶのは勝手だが周りに迷惑をかけるな!』

 

「げ」

 

 霧堂は笑いながら艦橋の方を振り返る。そこには身を乗り出して拡声器を向ける石川大佐の姿が。

 

『なにが「げ」だ! ほっつき歩いてないでとっとと戻ってこい!』

 

「指図は艦長より偉い司令にでもなってからだよー石川大佐? というか拡声器なんぞ使わなくても話せるでしょうに」

 

 霧堂がそういうが、石川大佐は気にせず拡声器へと声を吹き込む。

 

『いいから戻ってこい!』

 

「はいはい……」

 

 そう肩を落としてみせる霧堂。やれやれと言わんばかりに首を振ってからひとみの方へと振り返った。

 

「じゃあ今日の訓練はここまでっ……あーあ、空気読まないのが来たねぇ」

 

「えっ」

 

「はい、じゃあみんなは先にブリーフィングルーム行っててね」

 

「あっ、はい!」

 

 よく分からないけど、とにかく返事をしなきゃいけない。どこか直感的にそう感じたひとみは、慌てて返事をした。

 

「ん、ありがとねー」

 

 そうひらひらと手を振りながら去っていく霧堂艦長。あっけに取られているのぞみとひとみに、加藤中尉が漏らすように言った。

 

 

「いやはや、スイッチ入ると怖いねぇ……流石『扶桑製エーリカ・ハルトマン』」

 

 ……スイッチ?

 

 飛行甲板を、熱せられた潮風が撫でていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 新羅半島南西の海は多島海だ。島を通り過ぎればまた島。ひとみの視界を海の青と緑が流れていく。ストライカーのエンジン音だけの世界。

 

《さて、そろそろ新羅半島に到着するけども……米川?》

 

ゴーグルから伝わってくる無線。ノイズのほとんど走らないその声は飛行組長(エレメントリーダー)であるのぞみのものだ。

 

「はい?」

 

《今回の任務、どんなのか覚えてるわね?》

 

「も、もちろんです」

 

 ひとみは少し緊張した様子でそう言った。

 

 

 

 

 

 数時間前。

 

 ひとみたちがブリーフィング・ルームに入ると、待ってたのは石川大佐だった。映写室も兼ねるこの部屋には数十人分の椅子が並んでいて、でも座っているのはひとみにのぞみにコーニャだけ……なんというか、だだっ広い。

 

『お前らには昨日の今日で申し訳ないが、済州の201空より支援の要請があった』

 

『201? そこって再編中じゃ』

 

 声を挙げたのはのぞみだ。新羅半島中部の漢陽(ハニャン)が陥落したために一時解散を余儀なくされた第201統合戦闘航空団、今は済州島に拠点を移して再編を行っているはず。

 

『ああ、だからこその要請だ』

 

 石川大佐の言葉と共に、するするとスクリーンが下りてくる。大佐がリモコンを操作すると天井に固定された映写機(プロジェクター)が起動、扶桑の北西に位置する新羅半島を映し出した。

 

『新羅半島南部の木浦(モクペ)にて、陸上型ネウロイが連隊規模で集結しているのだが……その中に、SS1が紛れ込んでいるという情報があった』

 

『SS1? なんで高速突撃飛行型が地上にいるんです?』

 

 懐疑の声を挙げたのはのぞみだ。飛行型のネウロイは出現と同時に突っ込んでくるのが普通。いくらミサイルに見かけが似ているとはいえ、地上においてあるようなことはないはず。

 

『なんでも、先週木浦を放棄した陸軍の高射部隊が、無傷なままのMIM-23 (ホーク)の発射車両を破壊せずに撤退したとのことでな……十中八九、ネウロイに取り込まれたんだろう』

 

『ほ、ホーク……?』

 

『そーいう対空ミサイルがあんの。でもなんで使いもせずに逃げ出すかなぁ……』

 

 不満げにのぞみが頭の後ろに腕を組む。石川大佐はため息交じりに言った。

 

『新羅撤退戦の混乱だ。ともかく、終わったことを言っても仕方がない』

 

 その言葉とともにスクリーンの地図が切り替わった。新羅半島の沿岸部。木浦のより細かい周辺地図だ。

 

『まだ木浦は陥落したばかりだから仮にネウロイ化していてもSS1が飛来するのには猶予があると考えられるが、201が再編中のせいで肝心のその情報が事実かどうかを確認する術がない。もたもたしているとこの地域も瘴気に取り込まれかねないからな……よって、203に任務が回って来たというわけだ』

 

 

 

 

 

 

《――――米川ー。おーい。聞こえてるのかー?》

 

「は、はいっ!」

 

 思い出していたら、ずっと黙り込んでいてしまったらしく、のぞみが声をかけてきていた。慌てて返事。

 

《で、我々の任務とは?》

 

「ホークがネウロイ化してないかの確認。している場合はその位置の確認、です」

 

《まぁそれにプラスして被害状況の確認くらい? 向かうまでは暇だけど気を抜かないでよ? 特に高度管理。多島美に見とれるのもいいけど、海面にぶつからないように。今の高度割と低めだからね》

 

「はい。のぞみ先輩!」

 

 高度そんなやり取りを交わしつつ飛び続ける。ネウロイも人類と同じように様々な方法で索敵を行ってくるが、物陰に隠れてしまえば見つからないという原理は同じ。そういった理由でひとみたちは高空を飛ばず、航空機にしては低い高度を飛んでいた。おかげで海が遠いのに近く感じる。

 

《海上はネウロイは出にくいからいいとはいえ、木浦市街にはネウロイがうろうろしてるだろうから、見つかったらヤバいやつだね》

 

 そういうのぞみに、ひとみはごくりと唾を飲み込んだ。そうだ。昨日の戦いは「加賀」を守るための戦い、防衛戦だった。でも今回は違う。今回は偵察任務、ネウロイが沢山いる新羅半島へと乗り込む任務だ。また汗が滲んできて、新しい武器WA2000を握る力も強くなる。

 

《まー偵察は見つかっても逃げればいいだけだから、艦隊防空よりかずっと気が楽だね。ネウロイは偵察に気がついても逃げるとか隠れるとかズルいことしないし》

 

「は、はあ……確かにそうかもしれませんが……」

 

 それでもどんな敵がいるか分からない場所へと突っ込む以上、気弱になってしまうひとみ。そんなひとみにのぞみは指を振って見せた。

 

《偵察で大事なのは生きて帰ること。逃げ回ってばっかりでも、生きて報告さえできればそれは立派な戦果なわけ……行われるだろう攻撃は天下の一航戦に任せて、私たちはスカッとネウロイを見つけようっ!》

 

 その言葉に合わせるかのようにひときわ大きな島が水平線より現れる。水平線を覆い尽くすようなそれは、もちろん新羅半島だ。

 

 緑の山を乗り越える……そして現れたのは、高層ビルがポツポツそびえ立つ灰色の街。コンクリートの灰色が目立って、これまでとは全く異質な風景が広がった。

 

 

「あれ……?」

 

 思ったより、普通だ。ひとみが思ったのはそれだけだった。丘から見た東京の風景とか、こんな感じだ。まばらに散りばめられている緑は公園のそれだろうか。後ろに添えられた小山にはどこか懐かしさすら感じる。

 

《……おかしい、攻撃してくる気配がない》

 

 一方冷静に呟いたのはのぞみ。緩やかに旋回し始め、ひとみもそれに続く。

 

《米川、とりあえず様子見だ。木浦市街をぐるりと回って偵察》

 

「えっ、でもネウロイもいませんし……実はまだ来てないんじゃ?」

 

《何言ってんの……あれ見る》

 

 のぞみが指さしたのは街と隣の島をつなぐ橋……だったもの。真ん中が崩落して、海には石造りかコンクリート製の橋桁だけがポツンと海の中に残されている。

 

 

 ネウロイは――――鋼鉄を喰う。小学校で、幼年学校で、テレビでも言っていたこと。皆が知っている事だ。

 

 

《大方、支えるべき鉄橋だけ喰われたんだろうね……食事中に海に落っこちたネウロイに合掌っと》

 

 先をゆくのぞみが海峡へ向けて両手を合わせる。

 

「と、いうことは……」

 

《そ、どこに潜んでてもおかしくないってこと……米川、シールドいつでも張れるようにしといてよ》

 

 そう言われて、ひとみはもう一度WA2000を握り直した。木製のグリップが変に馴染む。

 

《ホントにいない……? おーけぃ、ちょっと危ない橋渡ろっか》

 

「え?」

 

《木浦駅上空を突っ切ってみよう。プロレタリアート中尉がいないから不安だけど、ここまでブラブラしてて撃ってこないなら大丈夫っしょ》

 

「その呼び名はコーニャちゃんに怒られますって!」

 

 コーニャがいないのをいい事に言いたい放題ののぞみ、ひとみの忠告が届くはずもなく、のぞみは市街地上空へと一気に進路を取る。

 

《そらっ、突撃隊形作れ(トツレー)!》

 

 そう声高に叫んだわりにはのんびりとした速度で飛んでいくのぞみ。陽動なのだから当然だ。ひとみも続く。大丈夫、対空特化型でない限りはビームの出力も極端に高くないし、対空特化型がいるならもう撃ってきているはず……そう言い聞かせながら後に続く。

 

 

 しかしそれにしても……不思議なほど静かだ。街からは閑散としていて、道路にも誰も、そう車一台走っていない。まるでジオラマみたい……でも、ところどころ壊れた家屋が――――ここが陥落した街。ネウロイに荒らされてしまった街なのだと思い知らせてくれる。

 

《敵影もなし、迎撃もなし。新羅半島とは思えないね》

 

「はい。でも、どうしてこんなに……無傷な建物が多いんでしょうか?」

 

《騎兵級の小型種しかいなかったのかもねぇ。連隊級とかいう情報も、あくまで探知系のウィッチが観測した結果だろうし……火星のGの如く、ワラワラやって来てワラワラ帰っていったのかも》

 

 そんなのぞみの言葉を半分聞きつつ、ひとみは眼下の街を、死んでしまった街を注視する。空色の駅舎の屋根が見えてきて、そこに続くべき線路が一本も通っていないことに気づいた。線路も全部、喰われてしまった後だということだ。

 

 

 その時、時の止まった街で、死んでいるはずのその街に――――動く影。

 

 

 

「のぞみ先輩っ!」

 

《どした、スカッド(SS1)見つけた?!》

 

「いえっ……なにか動いたんです!」

 

《陸上型か?!》

 

 そう問うのぞみ、ちがう。あれはネウロイなんかじゃない。ひとみは思ったことを口にする。

 

「違いますっ、でも……なにか動いてたんです。もしかすると――――逃げ遅れた人かも」

 

 ひとみがそう言うと、無線の相手は静かになった。

 

《……米川、そんなはずないでしょ》

 

「で、でも……!」

 

《木浦が放棄されたのは先週。生存者が残ってるなら……とっくに救出されてる》

 

 のぞみ先輩はそう言った。確かにそうかもしれない。でも石川大佐が言っていたように新羅撤退戦は大混乱のなかで行われた作戦だったと聞いている。それにこんなに傷ついてないこの街でなら、無事に一週間くらい耐えることが出来るはず。そしてなにより……もしも、もしも助けを求めてる人がいるなら――――。

 

 

「……でもわたし、助けたいんです!」

 

 

 のぞみ先輩の言葉を待たずにひとみは高度を落とした。

 

《あ、ちょっと!》

 

 速度を落として、ストライカーの特権である低速度飛行へと移行する。確か影は、あのマンションの角を曲がっていったはず。周囲の建物にぶつからないように高度をどんどん落とす。扶桑の町と違って電信柱や電線がないから気が楽だ。思えば、このF-35FA(ライトニング)の操縦にもだいぶ慣れてきた気がする。

 

 高度を落としたところで、その影も大きくなっていく。

 

「わぁ!」

 

 犬だ。ちっちゃくてころっとした犬だ。ひとみに気付いたのか、むこうも足を止めて、尻尾を振って見せる。

 

「カワイイ……」

 

 ひとみが手を伸ばすと、犬はくるっと振り向いてどこかへ行ってしまう。首輪に繋がれたリードが尻尾の延長みたいについて行く。

 

「あっ、待って!」

 

 角を曲がって、見えない。目の前には交差点。そこまで進んで――――

 

 

「あ」

 

 

 多分空から見ていただけなら、気づかなかったのだろう。

 

 唖然とするひとみの目の前を、風に吹かれてチラシが飛び去っていく。ガラス窓が足元に散らばっている。空っぽの街がそこにはあった。目の前を走っていく犬だってそうだ。首輪が付いていた。リードも付いている。でも……飼い主はいないのだ。マンションの一階部分に作られたスーパーマーケットのショーウインドウが全て割れていて、余すところなく食われてしまったのだろう道路には標識もガードレールもない。散らばった家財の破片や非金属。

 

 

 ――――そしてその先に、ネウロイ。

 

「あっ……」

 

 

 慌ててWA2000を構える。着弾点を示すドレッドサイトを覗き込む間もなく引き金を引こうとして、引けない!

 安全装置がかけられたままだったのだ。そうしているうちに目の前のネウロイにある顔のような部位がぐるりと回り、ひとみをとらえた。結晶部が不気味に赤く煌めいて……

 

 

 しかしそれが、これまでたくさんの町を焼き払ってきたビームがひとみへと放たれることはなかった。

 

「えっ?」

 

 ネウロイの脚に、さっきの犬が吠えながら体当たりを仕掛けたのである。姿勢を崩した怪異の熱線はあらぬ方向へと飛び去り、犬は続けて噛みつく。しかしその温もりのない脚に、その小さな牙は刺さらなかった。

 

「ダメっ! 逃げてっ!」

 

 ひとみは叫んだが、もう遅い。ネウロイは邪魔者を蹴り飛ばし、犬の肢体が吹っ飛ばされる。そして――――

 

 

 

()っ!》

 

 無線に声が走った。同時に空からネウロイの頭へと飛び込む白い筋。真っ白な煙とともに響く破裂音。そこに五月雨のごとくなだれ込む曳光弾。ネウロイは仰け反り、次の瞬間に白い結晶となり砕け散った。

 

 

《見たかっ! 扶桑が誇る06式小銃てき弾の威力!》

 

「のぞみ先輩っ!」

 

 ひとみのすぐ上から、のぞみがネウロイを倒してくれたのだ。

 

《……ホントは着剣したかったんだけど、まあ今回ばかりは仕方ないよね》

 

「先輩……!」

 

《言っとくけど謝ってる暇ないよ、今の盛大な爆発音で呼び寄せちゃっただろうからね――――ほら来た》

 

「え?」

 

 その言葉に応じる様に、廃墟の向こうから現れるネウロイ。

 

「空飛んでないんじゃ分が悪い! 逃げるよっ!」

 

「待ってください! まだあの子が――――!」

 

 道路にうずくまった犬へと手を伸ばすひとみ。相手も応えるようにふるふると震えながら立ち上がると、ひとみのほうへと駆け寄ってくる。

 

「ああもう!」

 

 ひとみが犬を回収するのと同時に、空から降りてきたのぞみがひとみをガシッと捕まえた。

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