ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第七話 「ブイ・ワン~めいれい~」前半

 夕日が水平線の向こうへと沈んでいく。

 海はギラギラと照らされ、橙色の海原に白く輝く波のコントラスト。輪形陣を組んだ十二隻が、そんなキャンバスに航跡を描いてゆく。屈強な艦艇群に守られる輪形陣の中心にいるのは数万トンの巨体を誇る航空母艦。甲板上には多数の航空機が並べられ、幻想的な夕日の中で佇んでいた。

 

 扶桑皇国海軍が世界に誇る大型航空母「和泉(いずみ)」。彼女が率いるのは扶桑最強の空母打撃群たる第一航空戦隊だ。

 

 

 

 

 

『――――ウィッチ隊、着艦します』

 

 

 

 そんな「和泉」の右舷側にそびえ立つ艦上構造物(アイランド)。そこにある広々とした航海艦橋内にスピーカーが響き、手の空いているものは窓の方を見やる。

 

 アングルドデッキに並べられた国産戦闘機の向こうを、魔法陣を吹かすジェットストライカーがするすると滑っていき……止まった。発着艦を取り仕切る黄色の影がわらわらと動き、機械の箒であるストライカーを格納庫へと誘う。

 

 そんな日常を見守る影がいた。この場にいる士官たちの中でもひときわ金が目立つその影。夕日から眼を守るように軍帽を深く被っていたのではっきりとした表情は見えなかったが、たっぷりと散りばめられた桜葉模様(スクランブルドエッグ)だけはよく輝いている。

 

「……やけに残念そうだな、せっかく故郷(くに)に帰れるというのに」

 

 と、背後から声が。振り返った先に佇んでいるのも将官。桜の数は二つ、中将だ。

 

「いえ、故郷に帰るのはもちろん楽しみなのです」

 

 口元に笑みを浮かべ彼がそう答えると、相手の将官も隣に立って飛行甲板の様子を眺める。

 

「ただ……」

 

「なんだ?」

 

 どこか迷うように言葉を紡ぐ。

 

「我々の任務は華僑民国(どうめいこく)の防衛でした。彼の国の状況は決して安定したとは言えません……それが、残念でなりません」

 

 

 

 華僑民国の北部には広大な荒漠地帯が存在し、陸軍を一般市民の住む地域より先に進出させるのは難しい。しかしネウロイが嫌うのは水であり、荒漠地帯ではない訳で……つまり、航空戦力だけが頼りに出来る戦力なのである。最近の一航戦の撃墜数がうなぎのぼりであったのも、激戦が続いている証拠なのだ。

 

 

 

「……仕方あるまい」

 

「はい、連合艦隊(GF)の見解は理解できます。新羅半島への戦力抽出は急務です」

 

 視線を窓の先、海の向こうの中華大陸へと注ぐ。華僑民国は大事な同盟国だ。しかし扶桑海軍の任務は本来的に自国の防衛、今回の新羅半島撤退を受け、対馬海峡防衛のために引き抜かれる事となったのである。

 

 

 

『CDC艦橋、山東半島方面より接近する機影1有り。バウンダーと断定、接触まで40分』

 

 二人の会話を遮るようにスピーカーが鳴る。CDC、戦闘指揮所からの通信だ。それを聞いた中将は素早く反応する。

 

「対空戦闘用意、輪形陣を密に……片桐君。直掩を上げろ」

 

「はい。直掩機械化航空歩兵(ウィッチ)を発艦させろ」

 

「直掩機械化航空歩兵(ウィッチ)発艦!」

 

「対空戦闘よーい!」

 

 艦隊司令から戦隊司令、そして航空団司令……復唱とともに命令は下へと下り、「和泉」の航海艦橋は俄かに騒がしくなり始めた。

 

「……それにしても、山東半島方面からですか」

 

「連中もピクニックが好きだな」

 

「そのようですね」

 

 緊迫し始めた艦橋とは逆に、むしろより一層のんびりとした雰囲気になる艦隊司令と戦隊司令。軍は徹底した縦社会であり、それは逆に言えば命令さえ出せば指揮官の仕事は終わりということ。焦ってもしようがないのである。

 

 

『発艦します』

 

 

 蒸気カタパルトの駆動音が響き、直掩ウィッチが颯爽と飛び立っていく。蒸気カタパルトによる射出はウィッチの身体に相当な負担を強いると聞いている。リベリオンのジェネラル・フォード級では加速度を抑えることで負担を軽減できる電磁カタパルトが採用されたと聞いているが……。

 

「ああそう言えば、上は次世代航空母艦の予算を来年度分で上げるつもりらしい」

 

「ほお、ようやくですか……艦名はどうなるんでしょうな」

 

「00年代就役の河内級と和泉級はいずれも五畿の旧国名……これに負けない艦名案を捻り出さなきゃいけない艦本も大変だな」

 

 笑ってみせる艦隊司令。次期航空母艦にはきっと電磁カタパルトが搭載されることだろう。となると、近いうちにテスト役として適当なウィッチ運用艦に電磁カタパルトの設置が行われることもあるかも知れない。そんなことを呑気に考える。

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

『CDC艦橋、バウンダーより飛翔体多数分離』

 

「分離……?」

 

 スピーカーの報告に将官二人は互いの顔を見合わせ、艦橋の空気が変わる。発言を促すように司令が参謀の一人を見やると、参謀も重々しげに頷いた。

 

「はい。二番隊を上げるべきでしょう」

 

「ん、発艦急げ」

 

 間に合うかは正直微妙であったが、だからと言って指をくわえて待つわけにもいかない。とにかく指示が飛ぶ。

 しかしスピーカーが続けて唸ったのは、その指示が通るよりも早かった。

 

『飛翔体……数50超、マッハ3で突っ込んできます!』

 

「……」

 

 艦橋は数瞬沈黙。柔らかな夕日が基準排水量7万8000tの航空母艦「和泉」に差し込み、そこに立つ武人たちを緩やかに照らす。静止画のようになった艦橋で、一番先に、そしておもむろに動いたのはこの場の最上位たる艦隊司令だった。

 

 

「片桐君。私はCDCにいくよ」

 

 慌てた様子もなく、焦る訳でもない。ただ艦隊司令の任を全うしようとするだけ。指揮系統の維持は最優先だ。

 

「はっ。ここはお任せ下さい」

 

「……ん、和泉を頼む」

 

 それから艦隊司令は艦橋の全員へと目配せ。それから踵を返してハッチへと向かう。

 残された将官は軍帽の位置を両手を使って調整し、それから水平線の向こうを睨んだ。間もなく陽が沈む。

 

 

「これより私が指揮を執る。輪形陣を密に――――対空戦闘、始め」

 

 

 

 

 

 

 

 

「第五航空戦隊、戦隊司令の北条だ。これは扶桑海軍よりの203の諸君に対する正式な要請となる」

 

 会うのは顔合わせ以来となる将官服のオジサン。襟章には大きな桜がひとつ。正式な要請という言葉の意味を測りかねたひとみが首を傾げ、それに構わず小太りなオジサンは続ける。

 

 

 

 ――――扶桑海軍第一航空戦隊より、全力魔女支援要請(ブロークン・アロー)が宣言された。

 

 

 

「嘘でしょ……一航戦が?」

 

「残念ながら事実だ。黄海で空母「和泉(いずみ)」が被弾、随伴艦も相当な損害を受けている」

 

「そんな、なんで……」

 

 のぞみが力なく放ったその言葉は、将官が去った空間でいやによく響く。

 木浦の強行偵察から数時間。203空の所属メンバーだけが残されたブリーフィングルームに招集された203の面々に向けて放たれたのは、あまりに信じがたい事実だった。

 

「一航戦って、強いんじゃなかったんですか……?」

 

 困惑したひとみが小さく呟くと、その言葉を拾った石川大佐はため息ひとつ。

 

「この前お前ら、というかポクルィシュキン中尉が迎撃した高速突撃特化のAS4だ。数十または数百発による飽和攻撃だったらしい」

 

 そう考えると、この前のは「試し打ち」的な攻撃だったようだな。再び苦い表情へと変わる石川大佐。

 

「現在は陽も沈んだこともあり、一航戦上空に敵影はないそうだが……これはあくまで小康状態に過ぎない。霧堂、扶桑海軍の作戦を説明してくれ」

 

 石川大佐の言葉を受けて、霧堂艦長が前に出てきた。同時に真っ白なスクリーンがするすると降りてきて、そこに投影されるのは東シナ海の海図。そこに「1stAD」(一航戦)「5thAD」(五航戦)を示すアイコンが表示される。

 

「あいあい、一航戦が立ち往生してるのは沖縄からも九州からも遠い中途半端な場所。はっきり言ってどの部隊も援護するには遠すぎる。五航戦(うち)の居場所だって170海里(300kmくらい)はあるわけで……とりあえずは村雨型二隻を急行させてるけど、ずっと全力疾走できて五~六時間、現実的には八時間は必要だろうね」

 

 そこまで言うと霧堂艦長は言葉を切り、手元の革製ファイルを開くと紙を取り出した。普通のコピー用紙とかとは質感の違う感じの紙。それを石川大佐へと渡す。

 

「で、これが一九二〇(ヒトキュウニーマル)時点での一航戦の被害状況。一枚しかないから回覧板みたいに回してね」

 

「……紙媒体か。懐かしいな」

 

「ちなみに回収して扶桑海軍(こっち)で処分するからねー」

 

「一航戦がらみは士気に関わる。当然の判断だな……ほら、大村」

 

「はい……」

 

 石川大佐はそう言いながら受け取ると、さっと目を通してのぞみへと渡す。のぞみは受け取ってからそれを一度見て、そしてもう一度見てからコーニャに回す。

 

「……ん。次、ひとみ」

 

 コーニャから紙を受け取るひとみ。そこに踊る文字の羅列が、いかに一航戦が危機的状況にあるかを示している。ひとみはゆっくりと霧堂艦長にその紙を差し出し、それをおもむろに受け取った霧堂艦長がそれから口を開く。

 

「見てもらった通り、第一航空戦隊は複数の艦艇が重大な損傷を負っており、沈没が確認された艦もある状況だ。しかも艦隊の(かなめ)である空母「和泉」では被弾により操舵機能を喪失しており、各所で火災が発生……格納庫が大炎上中との未確認情報もある」

 

 そこまで霧堂艦長が説明したところで、スクリーンの画面が切り替わる。大きな空母の図面、きっとこれが「和泉」に違いない。それを見ながら霧堂艦長の説明は続く。

 

「「和泉」は固定翼機の運用も可能な大型航空母艦。現在左舷に浸水が集中しているけど、舵が右に取られていたから大事には至っていない感じだね……でもまあ、満載9万tの「和泉」を曳航、それもいつ攻撃を受けるか分からない場所から曳航するなんてどだい無理な訳で、「和泉」は自沈処分されることになった」

 

 霧堂艦長はまるで別人みたいに、すらすらと事務的に説明を終える。

 

「そんな……」

連合艦隊(GF)にしては、随分思い切った決断だったな」

 

 やや渇いた声を漏らすのがのぞみ、大型空母を諦めるという苦渋の決断を評価するように頷いたのが石川大佐だ。霧堂艦長はおもむろに頷く。

 

「私も石川大佐に同感だね、思ったより早い判断だ……でも、「和泉」乗員は4090人。彼らをすぐに逃がすのは不可能。よって203空には、乗員の救出支援、そして「和泉」自沈後の撤退支援をしてもらうことになる。以上が今作戦の目的だ」

 

 

 救出。霧堂艦長の言葉がひとみの胸に染み込んだ。空母にはまだたくさんの人が乗っている。その人たちを助けるのが、今回の任務。もし失敗すれば……脳裏に誰もいなくなった木浦の景色が浮かんで、ひとみは慌てて頭を振って追い払う。

 違う、失敗すればじゃない。わたしたちが、わたしが助けるんだ――――助けなきゃいけないんだ。

 

 

 霧堂艦長が下がり、代わりに石川大佐が前に出る。

 

「では詳細を説明する。現状「和泉」は海域を旋回し続けているわけだが、機関はまだ制御が可能らしい。そこで、五航戦の航空隊が到着すると同時に「和泉」の機関を停止。注水を行い傾斜を復元、そのタイミングで運用可能な全航空機(ヘリコプター)を動員、全乗員を脱出させる」

 

 それに合わせてスクリーンにヘリコプターの写真が現れる。第五航空戦隊の艦艇が搭載している航空機はロクマル(SH-60K)が十機、オスプレイ(V-22)が四機。

 

「一航戦残存艦艇による救出作業も並行して行う予定だが、肝心なのは脱出のために「和泉」が機関を停止させるということ。救助作業中の間、「和泉」は巨大な標的(マト)になる……激戦は必至だ、気を引き締めてかかるように」

 

 石川大佐がそう言い、203の三人は表情をさらに引き締めた。それに頷き、石川大佐は続ける。

 

「作戦開始は〇五四五時。〇五〇〇時にはハンガーに集合するこt……」

「ちょっと待ってください!」

 

 しかし、それを遮った声。ひとみは驚いてその声の主――――のぞみの姿を見た。のぞみは立ち上がっていた。

 

「……なんだ、大村」

 

「大佐、どうして作戦開始が明朝なんですか? 今すぐにでも「和泉」の救出に向かうべきです!」

 

 ブリーフィングルームが静寂に包まれた。石川大佐は小さくため息をつくと、それから壁掛け時計を指さして言う。

 

「大村、すでに日没を迎えている。夜間の作戦実施は不可能だ」

 

「私は飛べます!」

 

 のぞみは頑として譲らず、石川大佐へと一歩踏み出した。石川大佐はそのまま、視線をじっとのぞみへ注ぐ。

 

「お前が出来るか出来ないかの話はしていない。さっき言った通り救出作戦ではヘリを「和泉」に着艦させる必要がある。「和泉」の正確な損害状況が分かっていない以上、二次災害を避けるためにも日が出るのを待って視界を十分に確保してから行わなければならない」

 

 石川大佐に睨まれたのぞみは、しかし逆に睨み返す。

 

「しかし大佐、こうして私たちが手をこまねいている間に「和泉」が沈むかもしれないんですよ?!」

 

「舵が強制的に固定された「和泉」は結果論ではあるが回避運動(ぼんおどり)を続けている。だが一度救出作業を始めれば「和泉」は止まり、無防備になる。その時間は最小限にすべきだ」

 

「なら偵察に行かせてください……状況は一刻を争います!」

 

「駄目だといっている」

 

「ですが!」

 

 のぞみはもう一歩前に出かけて、それから俯いた。

 

「ですが……!」

 

「座れ」

 

 石川大佐はそう言ってのぞみを座らせる。しぶしぶと沈むのぞみ。

 

「もう一度言うぞ、出撃は〇五四五。これは命令だ……いいな」

 

 

 全体へ向けていう石川大佐に、ひとみは頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日の作戦は早朝から。戦闘後の整備が終わったと呼びに来てくれた加藤中尉と一緒にひとみはストライカーの整備をしていたのだが。

 

「あれって……石川大佐?」

 

 格納庫にやって来た人影を見たひとみは首を傾げる。なんだろう、石川大佐だと思うんだけど、すごい違和感を感じるのだ。でも立ち振る舞いも石川大佐らしいし……。

 

「米川か、整備とはいい心がけだな」

 

 と、石川大佐の声が。やっぱり本物だ。

 

「えっと、石川大佐?」

 

 ひとみがそう言いながら敬礼を返すと、石川大佐は眉間に皺をよせる。

 

「……なんだ、その中途半端な反応は」

 

「あっ、す、すみません!」

 

 怒らせてしまったと慌てて頭を下げるひとみ。視界から石川大佐の顔が消え、上半身が消えて……

 

「あれ?」

 

 そして気づいた。顔を上げる。石川大佐の全身が視界に入る。そうだ、違和感の正体は服装だ。

 

「石川大佐、その服って……」

 

「ん? あぁ、これか」

 

 石川大佐は自分の服装を見てから納得顔。普段の石川大佐は第一種軍装に男性用スラックスという男性軍人と同じ格好をしているのはずなのだが、今の石川大佐は女性用ズボンを着こなしているのだ。

 

「今回は「加賀」も危険域まで前進することになる。作戦域に侵入してきたネウロイが「加賀」に向かってくる可能性もあるからな……万一に備え、俺も待機することにした」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 ひとみは少し考えてから、というか少し迷ってから言った。

 

「石川大佐って、飛べるんですか?」

 

 その言葉を聞いたひとみの上司は盛大かつながーいため息をつく。

 

「……飛べないと思ってたのか」

 

「あいえ、そんなことは……」

 

 航空ウィッチとは短命な職業だ。魔法力のピークは大体17、18あたりと言われていて、そこから先はどんどん減っていく……20代も後半になればストライカーを動かすのも難しくなってくるという話だ。石川大佐の階級は大佐。年齢なんて知らないけど、この人がそこまで若いとは思えなかったのだ。そんなひとみの心配をよそに、石川大佐は笑ってみせた。

 

「俺は平均よりずっと魔法力の減りが緩やかでな、最新式の増幅器の力を借りれば「加賀」の空ぐらいは守れる」

 

「そうなんですか……じゃあ、石川大佐の機体は?」

 

 ひとみがそういうと、石川大佐は格納されたストライカーの一つを指さして見せる。普段はカバーにかけられたそれ、見たことない機体だ。

 

「ファントムの偵察仕様F-4RE。あれが俺の機体だ」

 

 そのストライカーに注がれる石川大佐の眼が、ひとみにはどこか寂しげに見えた。

 

「石川大佐!」

 

 そこへ石川大佐を呼ぶ声が。駆け寄ってくるのは扶桑海軍の尉官だ。

 

「ん? どうした!」

 

「北条司令がお呼びです!」

 

「分かった、すぐ行く……しっかり休んでおくように、いいな米川?」

 

 そう言い残して石川大佐は呼びに来た尉官と一緒に格納庫を出て行ってしまう。

 

 と、石川大佐が向かう出入り口からのぞみが入ってきた。先ほどのぞみを探していると言っていた石川大佐は一度足を止め、遠巻きに見ているひとみには聞こえないような声の大きさで何かを言った。のぞみも何事かを石川大佐に返す。

 

 

 

「……あぁ、米川も来てたんだ」

 

 ひとみの姿を認め、どこかぶっきらぼうに言うのぞみ。

 

「今回の戦闘は明け方のものになるよ。私たちは東から展開するからまさかないだろうけど、くれぐれも太陽をスコープで覗かないように。分かってるわね?」

 

 のぞみはそう言いながらF-35FBに取りついた。整備用の機器とストライカーを同期して計器を表示させてチェックを始める。

 

「あの、のぞみ先輩……」

 

「ん、なに?」

 

 のぞみはひとみに顔をむけないまま返す。

 

「さっき石川大佐が先輩のことを探してましたけど、何かあったんですか?」

 

 するとのぞみは、やや乱暴に機器のカバーを閉じた。それからひとみを一瞬睨む。それはひとみが見たことない表情で、それに構うことなくのぞみは言う。

 

「……”焦るな”だってさ、私はこれでも意見具申のつもりだったんだけどね」

 

「先輩……」

 

「焦ってる」

「わっ」

 

 ぬっと現れたコーニャ。どうやらコーニャもストライカーの整備をしに来たようだ。

 

「なによプラスコーヴィヤ(Прасковья)、そりゃオラーシャ人にとっては扶桑の危機なんてどーでもいいんでしょうけどね」

 

 のぞみが吐き捨てるようにそう言う。やっぱりいつもと様子が違う。

 

「……違う」

 

「何が違うっていうのさ」

 

「のぞみ、心配してる……「和泉」のこと」

 

「してないってば。私は扶桑軍人として、純粋に――――」

「違う……そういう意味じゃない」

 

 遮るようにコーニャは言ってから、のぞみをまっすぐ見据える。

 

「……なにが違うのさ」

 

 

 のぞみがそう言った時。魔導インカムに入感。

 

《石川だ。先行した「曙」が黄海を南下してくるネウロイの反応を検知、場合によっては「加賀」を狙ってくる可能性がある。五分アラート待機に変更、急げ》

 

『総員、対空戦闘用意! 総員、対空戦闘用意!』

 

 ブザーが鳴り響き、先ほどまで静寂を保っていた格納庫が、「加賀」が、艦隊が動き出す。

 

「米川! コーニャ!」

 

 その言葉を受けたのぞみが二人へと叫ぶ。それと同時にF-35FBストライカーに飛び込んだ。のぞみの側頭部から使い魔との契約の証であるイヌ科の耳が飛び出し、ジェットストライカーが機動する。

 ひとみも遅れじとストライカーを収めた簡易ハンガーに飛び乗る。機付き整備士官である加藤中尉も駆け寄ってきた。

 

「ひとみちゃん!」

 

「はいっ!」

 

 ひとみは加藤中尉と一緒に最終チェックを始める。その隣では予定をはるかに繰り上げられたひとみ用のオスプレイに整備員たちが取りついて、慌ただしく準備をし始めた。ひとみのF-35FAはオスプレイに高度を稼いでもらわないと飛び立てない。だから、出撃準備が整うのはまだまだ先だ。

 

 そして、格納庫に鳴り響く警告音。振り返れば、重々しい駆動音と共にせりあがっていく昇降機(エレベーター)。そこにひとみの毎日見ている姿を認める。

 

「のぞみ先輩……」

 

 簡易ハンガーごと移動したのぞみは、もう飛行甲板へと向かっているのだ。ひとみのF-35FAやコーニャのA-100は滑走距離が足りないからいろいろと準備が必要だ。そういうのが必要ないのぞみが真っ先に甲板へと上がっていくのは当たり前。だけど。

 

「……のぞみ、おかしい」

 

 コーニャがぽつりと漏らす。ひとみはそれを聞いて、あることを思い出した。

 

「そ、そういえば……たしか一航戦には、友達がいるって……」

 

「……」

 

 それを聞いたコーニャは顔を歪め、それからぱっと駆け出した。

 

「えっ、コーニャちゃん?」

 

 ひとみの言葉が空を切る間にコーニャは意を決したように飛行甲板へと繋がる階段に向かっていく。

 

「止めなきゃ……のぞみを」

 

 そしてその影はすぐに階段の上へと消えていく。

 

「コーニャちゃん!? えっと加藤中尉、少しだけお願いしますっ!」

 

 わずかにひとみは迷ったが、追いかけることを選択するとストライカーから足を引き抜く。つまづいて転びそうになる手前で堪えてコーニャが上っていった階段を駆け上がる。艦内の構造は複雑で、コーニャを追いかけてラッタルを登ったり廊下を走ったりするうちに視界が開けた。

 

 空には散りばめられた星屑たち。月は出ていない、新月近くの夜。どこかむんむんと暑さを残した潮風が頬を撫でる。

 

「コーニャちゃん、のぞみ先輩!」

 

 飛行甲板に立ったひとみが見たのは、いつでも簡易ハンガーを離れて飛び立てるように待機するのぞみの姿。

 

「のぞみ……」

 

 コーニャが口を開こうとした、その時。

 

《石川だ、本艦の先60km地点に別の機影を確認した。小型機ゆえに見落としていたようだ》

「!」

 

 魔導インカムに入感。航空戦においての60kmは、もう懐に入られたも同然だ。まだ艦隊の対空ミサイルは届かないが、一度突撃されればあっという間に突破されてしまうだろう距離。非常事態を知らせるブザーが鳴り響く。

 

《大村、迎撃しろ》

 

「了解っ――――KAGA-PRIFRY, KITE1.Request scramble!」

 

 「加賀」ストライク管制の回線を開いたのだろう。のぞみがそう叫ぶや否や、F-35FBの呼吸音が一気に甲高くなる。甲板作業員がばらばらと動き、真っ黒な空へ向けての道を開ける。

 

「そんな……こんな暗いのに」

 

 そう、太陽は沈んだ今は夜。そして空に月はなかった。これでは飛行のほとんどを計器に頼るしかない。ひとみは夜間飛行訓練もしたことがなかった。のぞみにはもちろんあるのだろうけど……。

 

 

 簡易ハンガーが盛大な金属音をたてながら結束を解除。つんのめるような空気の渦が巻きあがり、のぞみのストライカーは甲板を滑り出す。200m越えの甲板を一気に駆け抜け、そして――――甲板の向こうへと落ちた。

 

「のぞみ先輩っ!?」

 

 しかし墜落した訳なんてないわけで、ふわりと浮き上がるひときわ目を引く二つの光点。のぞみのストライカーが放つ魔道エンジンの光だ。

 

「よ、よかった……」

 

 ほっとするひとみの一方で、コーニャは魔導インカムに手を当てながらくるりと踵を返した。

 

「大佐、あがる……あがらせて」

 

 

 どこか焦るように、そう言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「対象をB(ボギー)‐1と呼称する」

「対空戦闘用意よし」

「予想以上に速度が遅い、直掩機が先に到達するかもしれません」

 

 ところ変わり、強襲揚陸艦「加賀」の中枢。第五航空戦隊の旗艦であるこの(ふね)に集められた膨大な情報を捌くのがこの部屋である。壁一面と言わんばかりに並べられた電子機器が情報を弾き出し、モニターに取りついた要員がそれを捌いていく。

 

「いや。ポクルィシュキン中尉、この状況での上空警戒は間に合わん。待機だ……そうだ、いいな?」

 

 そんな場所に仁王立ちしながら指示を飛ばすのは石川大佐である。懐中時計を取り出し眺めるその姿は普段なら男性用スラックスを身に着けていることもあり周囲に溶け込んでいるのだが……今日はやや事情が違う。今日の彼女は女性将校用の制服。もちろん職務に忠実な扶桑海軍将兵はそんなことは気にしないし、女性将校ならいつもから見慣れている。

 その見慣れている理由である霧堂艦長は、艦長に用意された椅子の上に座っていた。

 

「で、北条司令まだなの」

 

「間もなく起きてくるとは、思いますが……」

 

 霧堂艦長の口から平坦に発せられた質問に、おどおどと士官が答える。

 

「あーもう、こういう時って戦隊旗艦の艦長が指示だしちゃっていいんだっけ? まあいいか、防空輪形陣! この(ふね)中心に三角形作って守り固めて。はいはい急いで、状況開始ですよー」

 

 やけに軽い調子だが、まあ焦りが乗るよりかはマシである。こんな命令でも無線を通じて僚艦へと伝達されれば、艦隊という強大武装生物を動かしていくのだからそれで十分だ。情報を示す光点が瞬き、刻一刻と状況が変化していく。

 

 そんな様子を見守る石川大佐。懐から取り出した懐中時計を弄ぶように開くと、それをじっと見つめる。

 

 

「なーに不安そうにしてるのよ」

 あきれた様子で霧堂艦長。石川大佐は振り返る。懐中時計がパチリと閉じられた。

 

「ウィッチは二機編隊(エレメント)運用が基本だ。大村単騎で上げるのはな……」

 

「んーまあねぇ。のんちゃん以外にも夜戦える子がいればいいんだけど。あ、こーにゃんは誘導弾(ミサイル)ガン積みなら夜昼関係ないか」

 

「言っておくがポクルィシュキン中尉のA-100は警戒機だぞ……米川の夜間訓練を繰り上げるべきかもしれんな」

 

 そうひとりごちるように言う石川大佐に、霧堂艦長は笑って言う。

 

「ちょっと、あたしのヒトミンに無理させないでよねー。適度に疲れてるぐらいがちょうどいいんだから」

 

()()()ではない。そして「ちょうどいい」とはなにが丁度いいんだ」

 

「さあねー」

 

「短SAM発射時期、近づく」

 

 そんな間にも部屋の中を飛び交う報告の波。

 

「さてさて、秋月型の本領発揮の時間ですかな?」

 

「その前に大村が接敵する。まだ撃つなよ」

 

「そんくらい分かってるって」

 

《カイト・ワン、これより接敵(インターセプト)!》

 

 そののぞみから通信が入る。間もなく五航戦はネウロイとの戦端を開く。誰もがそう確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《――――カイト・ワンより五航戦(Vesta)! 対空戦闘止め! 止め! 接近する対象(ボギー1)はネウロイではない! 撃ち方止め! 止め!》

 

 

 その報告が入る、その時までは。

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