ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第七話 「ブイ・ワン~めいれい~」後編

「米川、もどりましたっ!」

 

 「加賀」の格納庫へと戻ったひとみは加藤中尉のもとへと駆け寄る。

 

 真夜中の格納庫はいつもと違う雰囲気だ。とはいっても、出雲型の格納庫は普段から太陽の光が差し込むわけではない。だからひとみたちを照らしているのはいつも通りの照明。しかし照らすのは真夜中とは思えないほどの喧騒だ。急かすような会話があちこちで聞こえ、あちこちで鋼鉄の部品が触れ合う音がする。

 既にひとみのストライカーもオスプレイに積み込まれており、そのオスプレイは発艦に向けての準備を急いでいるが……まだ出撃出来る様子ではなさそうだ。

 

 コーニャもオラーシャ語で何かを指示、すると慌てたようにオラーシャ空軍の整備兵がストライカーに何かを取り付ける。

 複雑な筒状の機械。ひとみはそれに見覚えがあった。

 

「コーニャちゃん、それって……」

 

 コーニャはひとみが指差す機械を見ながら頷いた。

 

「ん……ロケットブースター」

 

「ロケット、ブースター……」

 

 それはジェットストライカーの明瞭期から存在したと聞く。ストライカーの出力が足りないなら使い捨てでもいいから出力を増やしてしまおうという発想で、固体燃料の反応効率を魔法力で無理矢理引き上げてしまうのである。

 実用化はもう半世紀以上前の話。あの初代501空メンバーたちだってロケットブースターを使ったことがあるくらいだ。それでコアを破壊すべく成層圏まで駆け上がる501空の精鋭たち……ひとみのような501に憧れるウィッチにとっては神話の如き作戦だ。

 

 でも今回は成層圏に行く予定はないはず。するとコーニャは、説明するように言葉を足した。

 

「滑走距離、足りないから……これで補ってる」

 

「補う?」

 

「ん」

 

 コーニャのA-100は大型ストライカーだ。重たいストライカーは加速が悪く、離陸に必要とする滑走距離は長い。それこそひとみのF-35Aよりも長い。なのにコーニャがオスプレイから発艦(うちだ)されていなかったのはロケットブースターで急加速を実現することで短い「加賀」の甲板でも必要な速度を稼げるからなのだ。

 

「あれ……? じゃあ私もオスプレイなしで発艦出来るんじゃ」

 

「あー、それは難しいと思うよ」

 

 横から口を挟んできたのは加藤中尉だ。

 

「ひとみんも知ってるとは思うけど、ロケットブースター(これ)ってすごい魔力を消費するんだよね」

 

「あっ……」

 

 加藤中尉はもちろん知っているし、ひとみだって分かっている。ひとみの魔力量は決して多くはないのだ。毎回ロケットブースターで発艦してたらひとみの魔力はあっという間に絞りつくされてしまうことだろう……逆に、毎回ロケットブースターで発艦するコーニャがおかしいとも言える。

 

「大丈夫よ、ひとみんが上がるまでの時間はのんちゃんが守ってくれるからね」

 

 しゅんとしたひとみに対して励ますように加藤中尉は言う。のぞみのF-35Bは短距離離着陸(STOL)性能を有しており、素早く「加賀」から発艦することが可能だ。

 

 そして今日も、のぞみが真っ先に飛び出していった。

 

 ひとみが見上げるとそこには鉄骨が剝き出しになった天井。あの向こうに広がる空を、のぞみはひとりで飛んでいるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイト・ワンより五航戦(Vesta)! 対空戦闘止め! 止め! 接近する対象(ボギー1)はネウロイではない! 撃ち方止め! 止め!」

 

 

 軍隊という巨大組織において、何よりも求められるのは正確で迅速な報告だ。しかし、いやだからこそのぞみは目視(インサイト)の報告よりも先に叫んでいた。手順よりも重要な情報がそこにはあった。

 

 真っ黒に沈んだ黄海。そらを満たす星明りとバイザーに示された光点だけが照らす世界。

 五航戦(Vesta)()()を小型ネウロイだと認識している。のぞみのバイザーに映されている未確認機の位置と()()の座標はきっかり一致。あれが敵機(ボギー1)だと訴える。

 

 だが、扶桑皇国海軍の大村のぞみ准尉の目に映ったのは()()()であった。ネウロイはそんなもの出さないはず。ストライカーの出すようなやつではないけど……間違いない、あれはネウロイじゃない。

 

《大村、何があった。報告しろ》

 

 どこか焦ったような石川大佐の声が無線越しで聞こえる。

 

「ボギー1はネウロイではありません。発展型シースパロー(ESSM)の攻撃を止めてください!」

 

敵味方識別装置(IFF)に反応はないが》

 

「現に攻撃してこないんですよ!」

 

 のぞみは身体を捻って旋回、大回りしながらボギー1と正対する形から並走するようにして距離を詰め始める。暗闇に浮かび上がるように見える蒼い炎……違う。のぞみはそれの正体に気が付いた。

 

「回転呪符……ということは回転翼航空歩兵(ヘリウィッチ)?!」

 

 周囲に他の目標がないことを確認してからバイザーの暗視装置(ナイトビジョン)のスイッチを入れる。目に見えない赤外線を増幅させることで闇夜を見通すこの装置は、ボギー1と呼ばれていた存在の真の姿を明らかにして見せる。

 

 ジェットストライカーを装備し身軽さと速度を追い求めるのぞみとは全く異なる恰好の回転翼航空歩兵(ヘリウィッチ)

 重武装を是として発展したその容姿は、カタログで見たのとは異なり大きく傷ついていた。左右対称であるはずの可動武装は大きく欠け、回転呪符の輝きも時折途絶えてとてもじゃないが規定の回転数を達成できているようには見えない。

 国籍マークは? 目を凝らす。真っ暗闇だが回転呪符の光で僅かに見えた。黒い太陽に赤い月、やはり扶桑機だ。こんなところには扶桑機ぐらいしかいない。

 

「扶桑の国籍マークを確認。友軍機です!」

 

《……接触しろ》

 

 石川大佐からの指示が微妙に遅れて入る。IFFには応答はなし、無線を回してみてもノイズすら入らない。だがあれは友軍機だ。ここにいるということは――――一航戦所属機に違いない。

 

「なんでこんなところに友軍機、それもSH-60(シーホーク)が……?」

 

 とにかく連絡を取らなくては。のぞみはなにかに追われるようにエマージェンシーキットの袋からフラッシュライトを取り出す。ここに居るってことなら海軍機。海軍なら、これを理解できるはず。ライトを相手に向けて、スイッチを入れた。そこに手を添える。

 

(・--・)(--)(---・)(・・)(・・・-)(・---)(・・-・・)(・・-)……」

 

 手のひらを蓋にするようにして光を遮断。それを断続的に繰り返すことで信号を送るのだ。リズム感だけでトン()ツー()の符号を組み合わせるのはなかなか難しいが、幼年学校時代からやっているのぞみにとっては慣れっこである。

 

 出来る限り急いで信号を送る。相手は天下の一航戦、まさか早すぎて読めないなんてことはないだろう。

 繰り返し送るでもなく、相手も光った。モールス信号はちゃんと通じたらしい。口ずさみながら、解読を試みる。

 

「……トン、トン、トン、ツー、ツー、ツー、トン、トン、トン。SOS?!」

 

 

 誰もが一番初めに習うであろうリズムを見て、のぞみは迷うことなくストライカーを傍へと寄せる。大型の回転呪符にほのかに照らされるヘリウィッチ。SOSを送ってくることだけあり近づけば近づくほど彼女が深く傷ついているのが見て取れる。これだけの傷をユニットに負いながら今なお飛んでいるのが信じられないほどだ。

 

「なにこれ、今しがた戦闘でもあった訳? いや、今はそれどころじゃない」

 

 のぞみはそう呟くと海図を脳裏に描く。「加賀」まで連れて帰るのは不可能。だが幸いにもこの周辺には一航戦援護のために先行している駆逐艦「曙」がいるはず。そこまで誘導できれば……大丈夫、間に合う。

 

「第203統合戦闘航空団だ! 何があった!」

 

 魔道エンジンの音にかき消されないように大声で叫ぶ。ヘリウィッチはのぞみの姿を認めると、バイザーを上げて疲れ切った笑みを浮かべた。

 

「味方だ……良かった」

 

 次の瞬間ガクリと崩れそうになる。下から慌てて支えるのぞみ。

 

「あわわっ、なんてザマなのよ。あんた一航戦なんでしょ?」

 

「そ、それが……」

 

 よほど疲弊しているのだろう。相手の声は擦れていて、安定翼が空気を切り裂く音だけでかき消えてしまう。のんびり話している余裕はなさそうだ。

 

「ああもういい! とにかく駆逐艦まで連れてくよ!」

 

 のぞみは彼女を支えたまま、駆逐艦のいる方角へと空を蹴った。

 

 

 

 

 

 村雨型駆逐艦の特徴はかつての汎用駆逐艦では考えられない大型さ、そして強度向上という理由があったとはいえ世界でも珍しいミニ・ネーデルラント坂がその細長い船体の美しさを引き立てていることにある。備砲の三インチ砲を覆う丸っこい砲塔は「高波」以降採用される五インチよりも4400tの船体には似合っているし、前部と後部の艦上構造物のバランスも完璧といっていいだろう。

 

 

 そんなことよりも救護である。受け入れに応じた「曙」の誘導と後部甲板に埋め込まれたランプに従いながらのぞみは高度を下げる。暗黒の海を進む151mの巨大な船体から探照灯が灯台の如く周囲に光を放っているから、見つけるの自体は容易だった。だから余計に、相対速度をゼロにしなければならない着艦は難しい。しかしF-35Bはやろうと思えば垂直離着陸だって出来るのだ。焦らず急いで、のぞみは艦番号の刻まれた後部ヘリ甲板へと着艦した。

 

「衛生兵!」

 

 叫ぶまでもなく駆け寄ってくる「曙」乗り組みの水兵たち。素早く駆け寄ると手際よくヘリウィッチの装備を外していく。一方通信として石川大佐に救護活動を行う旨は伝えたが、それ以来返事はない魔導インカム。恐らく集中させてくれているのだろうが……何かおかしい。のぞみは眉をひそめた。そもそも、なんで一航戦の航空機がこんなところにいるというのだ。

 とにかく誘導が完了した旨を伝えるべく、魔導インカムに触れる。

 

「カイト・ワン、所属不明機を「曙」まで誘導終了」

 

《よくやったカイト・ワン、上空に不明機は認められない。帰還せよ》

 

 不明機は認められない? のぞみは腹の底からイヤなものが沸々と湧き上がってくる感覚に襲われる。何もいないのにウィッチが傷つくのか。そして南下してくるネウロイとやらはどうなった。突然現れたボギー1はウィッチだったけども、あれの迎撃はしていないじゃないか。

 

《……大村、復唱はどうした》

 

 石川大佐の言葉を無視して、のぞみは近くの影へと近づいた。照明が逆行となり顔すら見えないが、作業をしていないということは将校に違いない。この人なら何か知ってるはずだ。

 

「すみません! 戦局はどうなってるんですか?」

 

 相手は担架に乗せられて運ばれていくヘリウィッチを見届けているところだった。のぞみに気付いて振り返ると、不思議そうな表情を浮かべる。

 

「ん? 君は「加賀」に乗っているんだろう? 聞いていないのか」

 

「聞いていない……?」

 

 

「一航戦は目下空襲を受けている。小型ネウロイだから迎撃出来ているようだが……」

 

 その言葉を聞いて、のぞみの思考が一瞬止まる。

 

「じゃあ、今の子は……」

 

「随伴艦乗り組みのウィッチだろうな。シーホークじゃ飛行型ネウロイ相手に分が悪すぎるから、大方五航戦(こっち)に逃げるよう指示が出たんだろう。もしかすると後続が逃げてくるかもしれないな……」

 

 まさか、そんな。

 

「おい、受け入れ態勢を強化するぞ。あらゆる周波数で呼びかけろ! まだ友軍機が飛んでいるかもしれん!」

 

 呆然とするのぞみをよそに、「曙」の将校は叫びながら格納庫の方へと入っていってしまった。

 

《大村、何か問題でも起きたか?》

 

 魔導インカムから聞こえる復唱を求める石川大佐の声。のぞみははっとして、そして遮るように口を開いていた。

 

「石川大佐!」

 

《大村、復唱はどうした》

 

 ぴしゃりと高圧的な石川大佐の声を聞かされ、のぞみは言葉を続けるか躊躇う。

 

 そりゃ知ってる。大村のぞみ、扶桑皇国海軍所属。階級は准尉、士官候補生。もっと悪く言うなら下士官、将校ですらないのである。作戦立案に口出しなんて出来ないし、得られる情報だって限られている。

 だからって、何も教えてくれないなんて酷いじゃないか。もしもこのまま何も知らずに復唱していたらと思うと身体中から冷汗が噴き出しそうだ。だからこそ、のぞみは言葉を紡がなければならないのだ。

 

「……和泉乗員救出作戦の開始を繰り上げを具申します」

 

 それを聞いた石川大佐の声はすっと冷えたものだった。

 

《駄目だ。ブリーフィングの際にも言っただろう。まだ作戦機の準備が整ってないうえ、この状況(くらやみ)でヘリを飛ばせば二次災害を引き起こしかねない》

 

「では事実確認だけさせてください。今、「和泉」上空の制空権は我が方にあるのですか? ないのですか?」

 

《……》

 

 答えはない。分からないのか、それとも、答えたくないのか。

 

「もしも一航戦が空襲を受けているなら、作戦自体を組みなおす必要があるかと考えます」

 

 これならきっと答えてくれるだろうと色々捲し立ててみる。それから無線の先は沈黙とは異なる間。やけに冷えた春の潮風が、のぞみの額に伝う汗を撫でる。

 

《……当該海域上空には小型ネウロイが多数確認されている。一航戦が空襲を受けているのは間違いない。だが、小型種だけなら通常兵器でも十分に対処可能だ。違うか?》

 

 やっぱり知っていたのだ。胸の奥がかっと熱くなる。

 

「では、先ほど南下中とされていたネウロイ。あれは私たち(ウィッチ)が迎撃するのが望ましい中大型ではなかったのですか?」

 

《大村。堪えろ》

 

 それを聞いたのぞみは自身の耳を疑った。堪えろ、堪えろだって?

 

《確かに一航戦は空襲を受けつつある。危険域に取り残されているのだから当然だ。だがその状況は「加賀」だって同じ。203空には根拠地である五航戦を守る義務がある。今回の作戦は既に無理をしているんだ。これ以上危険は冒せない》

 

「ですがっ、まだ五航戦は空襲を受けていません! 一航戦は既に空襲を受けています!」

 

 今この瞬間、一航戦が、同じ扶桑の艦隊が危機に陥っているのだ。五航戦も確かに危険域にまで進出してきている。だけれどまだ、襲われていない。

 どちらを優先すればいいかなんて判り切ってるじゃないか。

 

 それなのに、石川大佐はそれに理解を示そうとしない。それどころか諭すように言う。

 

《いいか、よく聞け大村。俺たちは203空、人類連合軍東アジア司令部傘下の部隊だ》

 

「そんなの知ってます!」

 

《一航戦の救出は扶桑海軍からの要請を受けて行っている。つまりは扶桑の問題(さくせん)なんだ。人類連合軍が主導となる作戦ではない以上、勝手に動くわけにはいかないんだ》

 

 そんな風に切り捨てろと言う。まるで扶桑の艦艇(ふね)を助けるのが内政干渉とでも言わんばかりに。のぞみは絞り出すように叫んだ。

 

「大佐は……石川大佐は皇国軍人ではないのですかっ!」

 

()()()人類連合軍の軍人だ》

 

 上官の言葉は書類上の話だ。

 

《忘れるな、203空(ゴールデンカイトウィッチーズ)統合戦闘航空団(じんるいのつばさ)だ。扶桑のものでは無い》

 

「納得できません!」

 

《納得しろ》

 

 それっきり石川大佐は言いたいことは全て言い切ったとばかりに沈黙する。国際部隊だから扶桑を、祖国の同胞を見捨てろというのか。そんなことがまかり通っていいのか。まず母国を護って、それから世界を護るのが軍人の務めではないのか。その何が間違ってるというのだ。

 

 

「私は……皇国軍人です!」

 

 

 そう言いながら魔導インカムを耳から抜く。力いっぱい抜いたせいで少し痛い。だがそれが何だというのだ。今、ストライカーで飛ばせば手が届くほど近い場所で一航戦が沈もうとしている。シーホークのウィッチが逃げてこれたのは損傷が激しくない随伴艦だったからに違いない。

 

 このまま帰ってしまえば、空母「和泉」に乗り組んでいるウィッチたちは逃げることも出来ずに――――それだけは絶対にさせない。インカムを投げ捨てる。小さな耳栓のようなそれは、甲板にぶつかって飛び跳ね、そのまま落下防止ネットをすり抜けて暗闇の海へと消える。

 

「発艦します! 下がってください!」

 

 戦術リンクをオフにする。もう誰にも止めさせない。

 

 のぞみは甲板の要員を退避させると、F-35FBの能力を存分に生かし、駆逐艦からまっすぐ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、のぞみ先輩が?」

 

 カイト・ワンが連絡を絶った――――その一報を聞いたひとみは目を丸くした。それを伝えた加藤中尉も困惑気味だ。

 

「ええ、なんか接敵した後なにかあったらしくて……」

 

「そ、それって! のぞみ先輩が撃ち落とされたとか……!」

 

 加藤中尉に詰め寄るひとみ。背後で話を聞いていたコーニャが顔色を変える。かつかつと歩いてくると、力を込めるようにして使い魔であるヘラジカの耳と尻尾を出す。

 

「中尉……借りる」

 

「えぇ? 借りるって何を……」

 

 そういう加藤中尉の横をすり抜け、オスプレイの機体に触れるコーニャ。彼女の掌からエーテルの輝きが鋼鉄の航空機へと伝わる。コーニャの固有魔法は電子機器に直接介入するものだ。この前もタブレットを使って扶桑海軍とデータリンク、その後対空兵器(SeaRAM)の直接操作までやってのけている。

 そんなコーニャは耳を澄ませるように目を閉じると、それから静かに目を開いた。

 

「……いけない」

 

 コーニャの声はいつものと違って、まるで歯ぎしりするかのよう。

 

「こ、コーニャちゃん……」

 

 いったいコーニャは何を視たのだろう。それが分からなくて、でも今大変なことが起きようと、いや実際に起きているのであろうことは分かっていて。ひとみが何も出来ないでいる中、コーニャは振り返ってストライカーへと戻る。

 

整備兵(Tехническое)! 鉄槌を用意しろ(Железный Молот)!」

 

 その言葉を受けたオラーシャ空軍の整備員たちが血相を変えたように動き出す。オラーシャ空軍章がでかでかとプリントされた貨物コンテナから出されるのは――――巨大な筒。

 

「あれって……フリーガーハマー!?」

 

 フリーガーハマーというのはあの初代501空のサーニャ・リトビャクが使っていたカールスラントの対空ロケット砲である。大量の魔力を込めることにより戦略兵器級の威力を誇るこの兵器は、改良に改良を加えられロケットから魔法を用いずとも精密射撃が可能な誘導ロケット(ミサイル)へと換装され、今でもウィッチの使う大火力無反動砲として現役なのである。

 でも、コーニャが使ってるA-100って警戒機だったはず。戦闘にはどう考えたって不向きのはずなのに……。

 

「出る。これがあれば、戦える」

 

 コーニャは、ひとみを見てそう言う。その感情を消したように見える無表情は、今日も変わらない。

 

 

「待て! ポクルィシュキン中尉!」

 

 その時、遮るように声が飛んだ。

 

「石川大佐!」

 

 つかつかと早歩きで進路を塞ぐように割り込む石川大佐。

 

「情報が錯綜しているようだが、簡潔に説明しよう。大村との連絡が途絶えた。だが墜ちたわけではない」

 

「知ってる。一航戦を助けに行った」

 

 コーニャがぴしゃりと言う。石川大佐は、眉間を揉みながらため息を吐く。

 

「やっぱり把握してるのか……それと中尉、俺は貴官にフリーガーハマーの装備を認めた覚えはないが?」

 

「作戦の繰り上げ」

 

「無理だ。今回の作戦には五航戦のヘリ部隊が不可欠なんだ。人類連合軍の傘下にある203空と扶桑の五航戦は指揮系統が違う。そう簡単に出来るものじゃない」

 

「……」

 

 コーニャはきっと石川大佐を見つめる。コーニャは石川大佐を睨んでいるんじゃないかってくらい強く見つめていた。

 

「中尉まで()()しそうな顔だな」

 

 石川大佐はコーニャを牽制するようにその二文字に力を籠める。

 

「命令を。大佐」

 

 沈黙。石川大佐は軍帽を取る。

 

「……俺のストライカーを用意しろ」

 

「石川大佐?!」

 

 驚いたように言ったのは加藤中尉だ。石川大佐は加藤中尉の方を見ながら言う。

 

「ウィッチは二機編隊(エレメント)運用が基本だ。中尉は俺の指揮下に入れ」

 

「ですが石川大佐……」

 

 食い下がる加藤中尉。石川大佐は受け付ける様子もない。

 また、わたしの知らないところで話が進んでいく。今のぞみ先輩が必死に、一航戦を助けようと飛んでるはずなのに。

 ひとみは手元を見る。その腕に抱えられているのはワルサー2000。わたしの、守るためのちから。

 

 

「わたしに――――わたしに行かせてください!」

 

 

 格納庫の皆がひとみの方を見た。一番に口を開いたのは石川大佐。

 

「何を言ってるんだ米川、お前は夜間飛行訓練もしたことないだろう!」

 

 ガツンと殴るような厳しい調子。それでも、ひとみは引き下がるわけにはいかない。

 

「でも……!」

 

「ポクルィシュキン中尉は夜間飛行の経験がある。私もある。それに今日はほぼ新月だ。完全な計器飛行になるんだぞ」

 

 石川大佐の調子が諭すようなそれに代わる。確かに、ひとみは夜の空を飛んだことはない。真っ暗闇を飛ぶなんて想像もできない。でも、ここで何もしなかったら、何も出来ないなんてそんなの嫌だった。ひとみは強くワルサーを握る。石川大佐に真正面から向き合う。

 

「……」

 

 石川大佐は何かを確認するかのようにコーニャへと視線を逸らした。ひとみはちからいっぱい喰らい付くように叫んだ。

 

「お願いコーニャちゃん! わたしを連れてって!」

 

 わがままなんだと思う。それでも、わたしに出来ることを、やらないで出来ないなんて言いたくないのだ。のぞみ先輩のこともそうだ。のぞみ先輩だって、きっと守りたいから勝手に行っちゃったはずなんだ。加賀(ここ)で待ってるだけなんてイヤだった。

 

「……分かった」

 

「ポクルィシュキン中尉!」

 

 咎める石川大佐に、コーニャが向き直る。

 

「小型中型は扶桑一航戦でも対処可能。相手は大型ネウロイ、装甲を遠距離からフリーガーハマーで。その後米川准尉の狙撃」

 

 それが妥当な選択だ。そう言わんばかりにコーニャは石川大佐に言う。

 沈黙。格納庫の照明に照らされた石川大佐とコーニャ。

 

 しかし今この瞬間、決断を迷う時間などない。

 

「責任は俺が取る。必ず帰れ、いいな」

 

 それだけ。石川大佐は軍帽を被ると踵を返して出ていく。それを見届ける間もなくコーニャはオラーシャ語で整備兵へとまた指示を出した。整備兵たちは短く返事をすると今度はコーニャのブースターを弄り始めた。

 

「ひとみ、来て」

 

「うん!」

 

 ひとみが駆け寄ると、コーニャは首を振った。

 

「違う。ストライカー、履いて」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「も、もしかしてこのまま飛ぶのっ?」

 

「……ん」

 

 「加賀」の甲板は今、出来る限りの照明で照らされていた。並走する駆逐艦からの探照灯(サーチライト)が闇夜を照らす道を作っている。

 

「ひとみ、もっとくっついて」

 

「そ、そんなこと言われましても……」

 

 ひとみは躊躇うようにコーニャに身を任せる。オスプレイの発艦を待ってる時間はない。でも滑走距離が足りないひとみたちがとった手段は、コーニャと一緒に「ぶっ飛ぶ」ことだった。つまりこうだ、コーニャがひとみを抱えて、そしてロケットブースターでかっ飛ばす。ただそれだけ。

 

 ……なのだけれど。

 

「こ、こーにゃちゃん……」

「ひとみ、もっとしっかり」

 

 そう言われてギュッと抱きしめられる。ひとみとコーニャは向かい合う形で甲板に待機している。コーニャのストライカーが魔法陣を描き、オラーシャのソロヴィヨーフD-30魔道ターボファンエンジンが唸り声を上げる。ひとみの魔道エンジンとはどこか違うその音。こんな間近で聞くのは初めてだ。

 

「で、でもぉ……」

 

 ひとみとコーニャには結構身長差がある。コーニャがのっぽというのもあるかも知れないけど、どちらかと言えばひとみの背が低いのが原因だ。よって背の高いコーニャがひとみを抱き込んでいるような形になっているのであるが……。

 

 暗闇でよかった。これならコーニャちゃんも気付いてはいないだろう。ひとみは僅かに顔を赤らめながら息を吐く。なんで顔を赤らめるかと言えばその、ひとみの頭部が収まってしまうからである。コーニャの胸部に。

 とはいえ身体を密着させないことにはコーニャが離陸できない。ひとみは意を決するように目をつぶり、コーニャに身体を押し付けた。

 

「……や、柔らかい」

 

「?」

 

「な、なななんでもないよ!」

 

 なんだかとってもいけないことを言ってしまったような気がして、ひとみはコーニャの腕の中で身体を縮こまさせる。密着させてるせいかコーニャの体温が伝わってきて、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「……ん、行くよ」

 

 そんなひとみを気に留めもせずコーニャはブリタニア語で管制と会話。その次の瞬間、全身を震わす激しい振動がひとみとコーニャを襲う。ロケットブースターを起動したのだ。

 

点火(воспламенение)!」

 

 いろんなものをかき混ぜたような振動と轟音。即座に感じる激しい加速度が即座に浮遊感に変わりどんどん高く飛び上がっていっているのだと感じる。

 

 

 少し目を開けるとコーニャの腕の隙間から、遥か眼下になった「加賀」と五航戦の探照灯。

 

 

(のぞみ先輩……待っててください!)

 

 真っ暗な空へと、ひとみは翔け上がっていく。先に駆けて行った先輩(のぞみ)を追いかけて。

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