ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第八話 「ローテート~みちびく~」前半

 コーニャのロケットブースターは、轟音と噴煙をこれでもかと言わんばかり放出しながら速度と高度を稼ぐ。オスプレイなら発艦から含めてどんなに急いでも数分はかかる高度にあっという間に達してしまった。深い緑と紺を混ぜたようなオラーシャ空軍制服の隙間から、ひとみは流れていく星空を見る。

 

 

「ひとみ……今」

 

「うんっ!」

 

 コーニャの合図でひとみは手を放す。発艦の邪魔にならないよう極限まで絞っていたスロットルを解放、それで姿勢を安定させる。

 

 前を見ると、本当に闇しか見えなかった。それを背景にして、青というよりは碧に近い色合いのマルチバイザーの数値が緩やかに表示を変わっていく。魔道エンジンは安定しているようだ。その他には何もなし。頬に当たる空気は澄んでいて、保護魔法を通しても冷たい風が身体を撫でる。

 

 ふと不安に襲われたひとみは周囲を見回した。すぐ上を見上げればいつの間にやらヘラジカの角のような魔導針を展開したコ―ニャが飛んでいる。

 魔道針からこぼれるその青い魔力光。それだけが彼女の、整った顔立ちを照らす。

 

「コ―ニャちゃん……」

 

「……どうしたの?」

 

 A-100の翼端灯がちかりと瞬いてそれから消えた。それが繰り返し。

 

「コ―ニャちゃんは、怖くないの? 夜……飛ぶの」

 

「怖くない」

 

 コ―ニャは端的に答える。それを聞いてひとみは小さく俯いた。

 

「ひとみは、こわい?」

 

「……ちょっと」

 

 何もできないのは怖い。待ってるだけなんてが嫌だ。だから飛び出しては来たけれど、それでも真っ暗闇では自分ひとりだけ。コーニャからひとたび目を逸らせば、世界全体から切り離されてしまったようにも感じてしまうのだ。

 

「大丈夫。いつもと変わらない」

 

 コ―ニャはそう言ってすっと降りてきて、ひとみの耳の後ろに手を伸ばした。

 

「コ―ニャちゃん……?」

 

「じっとしてて」

 

 そっと彼女が耳の後ろ、マルチバイザーのアンテナ部に触れた。直後にバイザーの表示が一瞬消え、それから瞬くようにして戻ってくる。

 

「あれ……?」

 

 最初はコーニャが何をしたのか分からなかったが、すぐに変わりはじめるバイザーの表示。細いワイヤーのようなものが何本も現れ、格子状に組み合わさり……

 

「これで外の地形がわかる。敵の位置は見つけたら表示する」

 

 そう言ってすっと距離を取るように離れるコ―ニャ。振り返るとコ―ニャの陰に青い輪郭線がついた。同時に友軍(FRIENDLY)を示す青三角のマークが重なり、その横にKITE-3と表示される。

 

「……これで少しは、楽?」

 

「う、うん……」

 

 手にしたWA2000を握り直して前を向く。海面を示すラインが水平線まで続いている。その中を飛ぶ。その奥に一つの点が現れた。水平線の下。コールサインのタグが現れるKITE-1、のぞみだ。

 

「のぞみ先輩……?」

 

 なんで水面下に? まさか、撃墜された……!?

 

「まだ距離がある。地球の丸みに隠れているだけ」

 

「あ、そっか……そうだよね……」

 

 安心するがそれは同時にそれだけのぞみが遠くにいってしまっていることを示している。

 

「……のぞみが、心配?」

 

「わたしは……のぞみ先輩の僚機(ウィングマン)ですから」

 

 それが答えになるかどうかはわからないが、それでもそう言わずにはいられなかった。

 

「ひとみ、無理はしないで」

 

「え?」

 

「無理をしても、助けられないこともある」

 

「コ―ニャちゃん……?」

 

 コ―ニャはそれ以上答えない。沈黙が、落ちる。

 

「――――――警戒せよ(Предупреждение)!」

 

 コ―ニャの声と同時、視界が赤く染まった。ロックオン警報、反射的にひとみは頭を下げる。スロットル全開。速度計が跳ね上がる。直後真上をネウロイのビームが飛びぬけた。

 

「コ―ニャちゃん!」

 

「大丈夫。……敵機捕捉。種別、フィドラー、3。B-1からB-3とナンバリング」

 

 コ―ニャが種別を告げる。同時にひとみのマルチバイザーに表示が現れた。

 

 大型の戦闘タイプ。こちらに向かってくる。

 

「……ひとみ、先に行って。和泉が傾斜復元を始めた。のぞみだけで守らせるのは、不安」

 

「え? コ―ニャちゃんはどうするの?」

 

「わたしは、大丈夫」

 

 コ―ニャは高度を上げているのか魔導針の輝きが遠くなっていく。

 

「でもコ―ニャちゃんは銃持ってないのに……」

 

「わたしにはフリーガーハマー(これ)がある」

 

 そう言ってコーニャは空飛ぶ拳骨(フリーガーハマー)を起動する。ぐわんと振り回すように持ち上げ、筒先を前方に指向。

 

 

「……それに、私は一人じゃない」

 

 

 そう言ってコ―ニャは無線のチャンネルを切り替える。

 

「石川大佐、カイトツーを先行させる。許可を」

 

《……分かった。早期警戒管制機(AWACS)の判断を信じる。カイト・ツー、和泉上空に展開してからも長丁場になる可能性が高い。魔力の消費は極力抑えろ。オーグメンターの使用は禁ずる》

 

「了解です!」

 

 無線の奥のアルトの声が笑った気配がした。直後に「いい返事だ」という声。霧堂艦長だろうか。

 

《……必ず、生きて帰ってこい》

 

「カイトツー、了解!」

「Согласен」

 

 ひとみの声にコ―ニャの声が被った。その直後、コ―ニャが一気に高度を上げていく。

 

「ひとみ、指示の通り飛んで。外れるとミサイルに当たるかも」

 

「は、はいっ!」

 

 バイザーに白い線が現れる。それをなぞるように飛んでいく。ネウロイの影は輪郭線もまだ見えない。遠くにネウロイを示すB-1からB-3の数字が動くだけだ。高度を下げるように指示が来た。白い線をなぞるように飛べば、あっという間に海面近くまで降りることになった。

 

《このまま指示があるまで高速で低空飛行》

 

「分かりました!」

 

 魔導無線に返すと指示が点線に変わる。先ほどまで細かく出されていた指示がガイド程度になったのである。戦闘に集中するために違いない。

 

(コ―ニャちゃん……)

 

 後ろ髪を引かれるような思いを断ち切って、ひとみは前に飛んだ。

 

 

 

 

 

 ひとみの青い魔法光が遠く溶けていくのを確認して、コ―ニャはゆっくりと息を吸った。

 

 空中で足を止める。魔女にだけ許された機動だ。ふわりと体が浮くような感覚。中性浮力を意識するのは難しいと言われるが、コーニャにとっては慣れた感覚だった。

 

「……その日には光明なかるべく輝く者消うすべし

 

 意識が澄む。その間にも口から流れ出るのは扶桑語だ。

 

(こゝ)只一(たゞひとつ)の日あるべし、我が主、これを知たまふ。是は(ひる)にもあらず夜にもあらず夕暮の頃に明くなるべし

 

 右手に持ったフリーガーハマーのセーフティを弾く。セーフティ・オフ。

 

あゝ、我が主の顔の輝きを受けられぬものよ、悔改めん。汝らの父等のごとくならざれ(さき)の預言者等かれらに向ひて呼はりて言り萬軍の主、かく言たまふ

 

 右手に構えたその四角い筒を虚空に向ける。

 

汝らその(あし)き道を離れその惡き行を棄てゝ、(かへ)れ』然るに彼等は(きか)ず耳を我に傾けざりき

 

 直後、爆炎が後ろに飛ぶ。ブラストマスを残していくつもの矢がカンマ数秒の間をもって空を舞う。だがコ―ニャがそれを見ることはない。

 すぐに出力を絞り、重力に任せて一度降下。その頭上をとびぬけるのはネウロイの光だ。

 

 ブラストマスの光や熱、当然ながらそれらはネウロイにとって格好の的。しかしコーニャのストライカーも熱を帯びている。逃げたところでその熱源(ストライカー)が新たな的となる。掠めるように、迫る赤い光線。

 

 だからこそコーニャは同時にフレアを展開。A-100早期警戒脚から放たれた酸化マグネシウムの光源が彼女の後ろに伸び、白い雲を引いて燃え落ちる。天使の羽のようにも見えるそれに向けていくつものビームが突き刺さり、穴をあけていった。

 

我が主よ、是等は何ぞやと問けるに、我と(ものい)ふ天の使(つかい)、我に向かひて是等の何なるを我、汝に示さんと言へり

 

 闇夜に溶けた誘導弾が意思を持つかのように動き出す。誘導弾と彼女を繋ぐものは見えないが、それでも彼女には、その行く先がはっきりと()えていた。

 

第一の御使ラッパを吹きしに、血の混りたる雹と火とありて、地にふりくだらん

 

 彼女の見ている、否、彼女が感じている空間の中、赤い熱源が帯を引く。それを彼女のレーダーが描きだし、彼女に視せるのだ。

 

 

 彼女が使っているA-100早期警戒飛行脚『プレミヤ(Премьер)』は、情報戦・電子戦に特化したストライカーだ。

 戦場を俯瞰し、戦闘に必要な情報を迅速かつ確実に前線に届け、指示を出すことを目的にする大型飛行脚。アクティブフェーズドアレイレーダーやマルチチャンネルを同時に裁くための通信アンテナ群、600機もの空中目標の敵味方識別装置(I F F)を瞬時に識別することが可能なハード類……それらを平均台を逆さに吊るしたようなバランスビーム型アンテナにまとめ、懸架しているのである。

 それらの高性能を達成する代償としてA-100は平均的なストライカーよりもはるかに重く、無理矢理にでも宙に浮かせるために4機の噴流式魔導エンジンを用いざるを得ない。言うまでもないが、操縦者に多大な負担を強いるストライカーだ。

 

 そんなA-100で安定して飛行できるのは、魔力量に十分な余裕があり、加えて情報の奔流に耐えることが出来るウィッチに限られる。

 

 

 ――――そして、オラーシャ航空宇宙総軍第11高空防空軍第2457戦術偵察飛行隊を原隊とする空軍中尉、プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ポクルィシュキンはそれに必要な素質をすべて備えていた。コーニャの一族にはこういう情報に関する固有魔法を持つ者が多いのだ。

 

 緑じみた電子空間の先でミサイルのアイコンとネウロイのアイコンが重なり、二つとも消える。それが続けて3回。

 

 ゆっくりと目をあければ遠くで白い花火のように光るものが見えた。数瞬前までネウロイであったものだ。その真下をひとみが飛びぬけていく。

 

 

 

 

 

「きれい……」

 

 白い光が燃え落ちるように振ってくる。微かにきらめく天の川を背景にしたそれはあまりに幻想的で、ひとみは思わず見とれそうになる。だが海面ギリギリを駆けるひとみにそれは許されない。高度維持は電波高度計が頼り。100を切らないようにして飛びぬける。

 

 マルチバイザーに投影されたKITE-1の表示が細かく動いているのを確かめる。まだ、彼女は飛んでいる。大々的に動いている様子は見えない。おそらくは、艦隊の上空で足を止めているだろう。戦闘は膠着状態と言っていい。

 

「……急がなきゃ」

 

 オーグメンターが使えないのがもどかしい。自分にもっとたくさんの魔力があればと思う。魔力があれば、あっという間にこんな空を飛び抜けてゆけるのに。

 

「……! 動いた!?」

 

 のぞみを示すアイコンが一気に高度を上げた。同時にコーニャの声が飛び込む。

 

《AS4、数26、着弾まで、後2分》

 

 新手の超高速型だ。しかも数が多い。

 

「……っ!」

 

 使うなと言われていることは忘れたことにする。オーグメンター、オン。急加速。滑らかに舵を切る。大きな弧を描きながら上昇する。遷音速を一気に飛び越えた時、背後の海面が爆ぜる。衝撃波を残して前に飛ぶ。

 

「コ―ニャちゃん!」

 

《B-1からB-26までナンバリング。カイト・ツーは現在高度維持。AS4はシースキミングに入った》

 

 視界の左奥が真っ赤に染まっている。タグが被りまくっているせいで潰れてしまっているどれがどれだかわからないレベルだ。それだけの密度でネウロイが迫ってきているのである。

 

《こちら203空、ゴールデンカイトウィッチーズ所属、コールサイン、カイト・スリー。扶桑海軍、一航戦へ。これより支援を開始する》

 

 コ―ニャの声が無線に乗るのを聞いている間にも、海の上に光点が見えた。火の赤色。あれが火災を起こしたらしい一航戦の旗艦「和泉」だろう。

 

 「和泉」の真上を飛びぬける。「加賀」よりも大きなフネ。父親が集めていた『飛行ファン』で見たことがある、船の舳先から明後日の方向を向いた角度付飛行甲板(アングルドフライトデッキ)。これが、正規空母。ここに4,000人もの人がいる。そして、1分半少々で、ここを目指してネウロイが高速で突っ込んでくるのだ。

 

 

 ひとみの脳裏に木浦で見たあの廃墟が浮かぶ。コンクリートだけが残された、灰色の世界。

 

 

 あの時とは違う。自分の足元には人がいるのだ。生きた人が待っているのだ。

 

 私が守らなきゃいけない。

 WA2000を握り直し、同時にウェポンベイを解放する。

 

「コ―ニャちゃん! ミサイル誘導お願い!」

 

 そう言いきるのが早いか、持ってきた4発分の『ミーティア』空対空魔導ミサイルに合わせて4つのターゲットサイトがロックされた。

 

《誘導用意良し》

 

全弾発射(サルヴォー)、です!」

 

 ふわりと一瞬体が浮くような感覚。重量が数十キロも一気に軽くなったのだ。それを受けて体が跳ねようとして、ひとみは押さえつけるように体を下に倒し込んだ。

 

 同時に警報、ひとみの放ったミサイルを迎撃しようとAS4型ネウロイがビームを放ってきたのだ。いくらF-35ライトニング飛行脚がステルス性能を向上した飛行脚だと言えども、ミサイルを放てば当然感知される。ひとみのすぐ真上をビームが横切った。その熱から逃げる様に一瞬高度を下げる。オーグメンターの加速度の中だとその一瞬の動きがひとみの体をひねりつぶさんとする。それに耐え前を見据えた。

 

 WA2000――――セーフティ、オフ。

 

 オーグメンターを切って一度出力をアイドルまで絞った。その間に体を振り上げ、空中で立ちあがるような姿勢に持っていく。惰性で前に飛びながら魔力を高度維持に使いながら、狙撃銃を構え、スコープを覗き込む。

 

《ナイトヴィジョン切って。ネウロイのビームで目が焼き切れる》

 

「は、はいっ!」

 

 コ―ニャの声に慌ててスコープを操作した。そうだ。光を増幅して使う暗視装置(ナイトヴィジョン)は強烈な光量のビームの光エネルギーも増幅してしまう。

 スコープを覗き込む。それと同時に覗き込んでいない左目側のバイザーに現れるマーカー。コ―ニャが攻撃目標の優先順位をつけてくれたのだ。

 

《赤いのから撃って》

 

「はいっ!」

 

 一番赤いのはB-8。それを撃てとの指示。

 

 釣り紐(スリング)を左腕に巻きつけて、少しでも銃を安定させる。右肩にしっかりと押し付け、固定。頬づけをしっかり、暗いスコープを覗き込む。手首から先で、魔力が吸われるような感覚。注射で血を抜かれるような感覚と同時。バイザーの向こうで魔法陣が光る。

 

「当たれっ!」

 

 引金を引く、衝撃。燃焼した火薬がガスピストンを押し下げ、次弾を勝手に薬室に押し込む。目標がリアルタイムで更新されていく。すぐに次のB-17に照準を合わせる。その間にB-8が消えたことを示した。それとほぼ同時にB-6が消え去る。コーニャは発砲していない。ということは、のぞみが撃墜したのだろう。

 

「……のぞみ先輩」

 

 無線に問いかけてみても答えはない。それでも彼女の魔力光がひとみのかなり前の方で光っている。彼女に向けていくつものビームが走る。

 

「……っ!」

 

《ひとみはそのまま撃って》

 

 のぞみのシールドが光ってるのを見てとっさにそっちに飛び出したくなった。それが見えているかのように、コ―ニャから釘を刺される。

 

「でもっ……」

 

《少しでもネウロイを落とすことがのぞみも、一航戦も助ける》

 

 言われなくてもわかっている。それでも胸が張り裂けそうだった。それを見なかったことにして、ひとみは魔法を展開、拡張、ネウロイと銃口を結ぶ線をイメージ。そのイメージを固めて、弾丸に乗せる。

 

 魔力弾がひとみとネウロイを音速の線で結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旗艦である「和泉」の指揮系統が壊滅して、肝心の「和泉」も艦隊運動ができないせいだろう。第一航空戦隊の輪形陣はひどく崩れていた。ゆえにこの艦隊はまだ十隻ほどの護衛艦艇が生き残っているのに、30弱に過ぎないネウロイの突撃すら防げない。

 

 そんな「和泉」と一航戦にとどめを刺さんと迫ってくるネウロイ。その一つが砕け散った。

 

 

「……遅いわよ、バカ」

 

 ひとみが狙撃で散らしたらしいネウロイを横目に、のぞみはそう悪態をつく。インカムがあれば悪態の一つもつけたのだが、そもそも無線を聞いていたらとっくのとうに加賀まで引き戻されていた。結果的にこうして迎撃できているのだから結果オーライだと考えることにする。

 

 眼下には燃え盛る航空母艦。何かに誘爆したのか側舷から炎が噴き出し、それが海面を照らす。そこでようやく気付いたのだが、先ほどよりも航跡(ウエーキ)が薄くなっている。

 

「減速している……?」

 

 間違いない。ということは救出作戦の第一段階である傾斜復元が始まっているのだ。手を回してくれたのであろう石川大佐(じょうかん)の顔が浮かぶ。お冠には違いないが、あの人もやっぱりやるべきことは分かってくれているのだ。

 

「なら余計に、期待に応えないと……ねっ!」

 

 がむしゃらに「和泉」へと突っ込んでいくネウロイに喰い付き、64式小銃の引金をひいては放す。ネウロイの赤い光を目印に閃光弾交じりの弾丸が叩き込まれていく。指きりで反動を抑えつつしっかり狙って落とす。一直線を描く高速型のネウロイの何機かが急にその軌跡を変えた。のぞみに狙いを変えたのだ。

 

「上等じゃないの……!」

 

 高速型は小回りが利かない。その点ウィッチの方に利がある。それを活かさない手はない。もっとも……のぞみの魔力がそれまで保てばの話であるが。

 

「銃剣もある、グレネードだって持ってる。まだ飛べる。――――何を恐れることがあるんだ大村のぞみ!」

 

 自分を鼓舞し、残り少なくなった弾倉を落とし、新品の弾倉に付け替えた。その間にもネウロイは迫ってくる。残り17。向かってくるのは5機。12機はほぼノーマーク。

 

「一航戦、あと米川。手柄は譲ってやるから12機ぐらいなんとかしなさいよ」

 

 背中を丸める余裕はない。着剣した64式を振り、のぞみの方から距離を詰めていく。

 

「扶桑皇国軍人を、舐めるな――――――っ!」

 

 叫びながら相対した。叫ぶことにより得られるものは科学的には何もない。それどころか歯を食いしばれなくなるので力が出せないと聞く。石川大佐や霧堂艦長が見たら自暴自棄な無意味な吶喊だと言うだろうか、傍から見れば愚かだろうか。上等だ。それで一航戦を守れるならば、特上の上だ。

 

 死ぬつもりも、殺させるつもりもない。だが、それ以上に譲れないのだ。飛び込む。照準器の銃星とネウロイが重なる。

 

 ジェットストライカーを使えるのはウィッチの中でも一握りの人間だけ。魔力量に恵まれ、五体満足で心身ともに健常であり、半世紀前とはくらべものにならない複雑な機器をコントロールしつつ、相対するネウロイの必殺の光線を避け、致死級のダメージを相手に叩き込むことができること。空戦ウィッチに求められる最低限ラインだ。

 

 その立場を得、迫りくる脅威に立ち向かうため、誰もが多かれ少なかれ、須らく何かを犠牲にして戦場(ここ)にいる。のぞみだって例外じゃない。誰よりも早く、速く、高く翔るために人一倍の努力と才能を、そして支えてくれる仲間と教官を必要とした。

 

「ネウロイなんかが、ネウロイ程度が……」

 

 先人の血と躯によって確立された技術と、それを惜しげもなく叩きこんでくれた教官と、同じ目線で苦楽を共にした仲間と。

 

 それらで今ののぞみがある。

 

「……一航戦に」

 

 だとするならば、それを易々と奪われることは、自らを失うこと同義だ。

 全身に魔力がみなぎる。魔導弾を叩き込み、先頭の一機を破る。そのまま加速。さらに前へ。

 

「手を出すな―――――――っ!」

 

 左手でハンドガードを握りしめ、真横に銃剣を突きだすようにして構える。そのまま高速型のネウロイの真横を撫でるように突き抜ける。銃剣から火花と共に白い装甲の破片が散り、その隙間に魔力弾を叩き込む。ネウロイの悲鳴が聞こえたような気がするが、音速の世界では気のせいだ。

 

「おぁああああああああああああっ!」

 

 相対速度が時速1000キロを超えるネウロイ相手に銃剣を叩き込んだとする。普通ならその速度差に耐え切れず銃剣は小銃ごと手からもぎ取られるはずだ。だがのぞみはそんなことにならずに前に飛び続ける。なぜか。

 

 答えは単純、のぞみは念動系魔法の一種である『怪力』の持ち主だ。紀州犬の尾を引いて、その怪力で無理矢理にネウロイを切り裂きながら、彼女は飛ぶ。

 

 禍々しい火災を背景にネウロイが光へと変換。のぞみはそれを見送ることなく体を反転させる。エンジンが失火(ストール)しそうになるのを無理矢理抑え込み、加速。暗闇を飛びぬけたネウロイを追いかけんと加速する。全身が悲鳴を上げる。それでものぞみはまだ落ちるわけににもいかなかった。さらに加速。オーグメンターも使う。出力が思ったよりも上がらない。

 

 魔力切れが、近い。

 だがそれがどうした。どうしたというのだ。

 

「私は、大村のぞみは、ここだ――――――――っ!」

 

 小銃弾をばら撒いて、のぞみは叫んだ。大きな弧を描いて戻ってくるネウロイを見て、嗤う。

 まだ私は脅威として認識されている。未だ私は、空に求められている。

 

「そうだ! 私は! ここだっ! 扶桑大村家が長女! 大村のぞみはまだ飛んでいるぞ! ネウロイッ!」

 

 ネウロイが言葉を解するという事実はないとされている。それでも叫ばずにはいられない。それを糧とし、追いかけ、向き合い。そして切りつける。敵がまた破裂するように消える。

 

 それを愚かだというなら嘲るがいいさ。それを蛮勇だというなら罵るがいいさ。

 それでものぞみは立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

 一航戦は扶桑皇国国防の要だ。ここで落とすわけにはいかない。一航戦に所属する28人

のウィッチの命を守るためなら、無名の准尉の一人の犠牲ぐらいなんだというのだ。

 

 死ぬつもりはない。それでも、命を賭けなきゃ通れる場所じゃない。戦場なんていつだってそうだ。祖父が、叔母が、父が、母が、皆そう言っていた。

 だからのぞみに、躊躇う理由などない。

 

「お前の相手は、私だぁああああああああっ!」

 

 斬りかかってネウロイを粉に変え、その足で別のネウロイに狙いをつけ――――撃ってもいないのに爆発した。

 

「え……?」

 

 同時に耳に入ったのは砲撃音、ネウロイが次々爆散し、塵となって消えていく。先ほどまで散発的だった弾幕の密度が急に濃くなり始めた。ロクに機能していなかった防空網が急に機能し始めているのだ。

 

「どうして……?」

 

「介入した」

 

 答えるように声が聞こえる。インカムをつけてないのに聞こえる。次の瞬間のぞみの視界に入ってきたのはオラーシャ空軍ウィッチの姿。コーニャだ。

 

「ポクルイシュキン……」

 

 最新設備――――即ち、最新のセキュリティ――――が揃っているはずの一航戦に介入したなどとトンデモないことを言いながらコ―ニャが上がってくるのを認め、思わずといった風にそう呟くのぞみ。いつのまにか、ネウロイの全てが駆逐されていた。

 それを確認して安堵、それと同時に疑問が浮かぶ。

 

「……なんで米川がコ―ニャにだっこされてる訳?」

 

 なぜかは分からないがコーニャの腕の中にひとみがいるのだ。のぞみが眉をひそめるのは当然のこと。

 

「さっきの戦闘で魔力をほとんど使い果たしてる」

 

 答えたのはコーニャだ。支えられるということはひとみのストライカーは出力がよほど足りていないのだろう。それほど魔力不足なのだ。ひとみの息もどこか荒くなっているように感じられた。

 

「ひとみの固有魔法は、魔力を喰う。それにオーグメンターも使って飛ばしてきた、仕方ない」

 

 そう言うコーニャにごめんなさい、とバツが悪そうに俯くひとみ。スリングを左手に通して吊ったWA2000が夜風に揺れる。

 米川ひとみの固有魔法である『弾道安定化』は魔力をごっそり持っていかれるらしいとは聞いていたが、自力での飛行が困難になるレベルで使い果たすほど魔力を馬鹿食いするとは知らなかった。本人すらも把握していなかったようだ。

 

「あんたね、なんでそんなに無駄に魔力使ってるの? 自分の魔法ぐらい使いこなしなさいよ」

 

 203空は所属ウィッチが少ない。だからこういう風に連戦続きとなることはこれからもあるだろう。仲間に迷惑をかけるぐらいなら、むしろ出撃しない方が

 

「――――それを、のぞみが言う?」

 

 コ―ニャの声が、冷えた。

 

「ひとみがこうなったのは、カイト・ワン、エレメントリーダーであるのぞみのせい。聞き捨てならない」

 

 二つの影の間を風が駆け抜ける。のぞみは小銃をスリングで背にかけると、場を和らげるように笑ってみせる。それから冗談みたいに口を開く。

 

「なんであんたが怒ってるのよ」

 

 疲れのせいか表情筋が引きつってしまった。コーニャはいつもの通り無表情のまま。

 

「のぞみ、なんで先走ったの?」

 

 問いに答えずにコ―ニャは問いで返す。闇に溶けそうな無表情がのぞみを見据える。

 

「なんでって……扶桑皇国の同胞が沈みかけてるのに見捨てておけるとでも?」

 

「……僚機を殺しかけておいて、それを言うの?」

 

 コーニャの表情は、一切動かない。

 

「コ―ニャちゃん……?」

 

 腕の中に抱かれたままのひとみが、どこか不安そうにコーニャを見上げる。

 だがコーニャは止まらない。

 

「ひとみはのぞみを守ろうとして、墜落しかけながら高速型のネウロイを2機、仕留めてる。のぞみにすこしでも敵が行かないようにネウロイを撃ってる。そうやって守られているのぞみのやることは、なに?」

 

 コーニャにとっては外国語のはずなのに、そうとは思えないほど流暢に、的確に事実を突き刺す扶桑語。

 だが、だからこそ。考えるよりも先に身体が動いていた。

 

「……だったら、だったらどうしろって言うのさ!」

 

 のぞみはコ―ニャの胸倉に腕を伸ばした。怯えたようにひとみが身を縮こませるが、そんなことを気にする様子もなくのぞみはコーニャに掴みかかる。

 

「扶桑皇国の同胞が飛べもしないまま海に沈むのをおめおめ眺めてろって!? 冗談じゃない!」

 

「仲間を、危険に晒してまで?」

 

 目の前のオラーシャ人が何を言いたいかはよーく分かる。

 ひとみは頑張ったんだろう。まだ使い慣れてもいないだろう魔法を魔力が尽きるまで使いまくったんだろう。だがそもそも夜間戦闘訓練もやってないはずのペーペーが戦場に出てくるのがおかしいだろう。何故出てきた? それがエレメント・リーダーである自分の責任だっていうのか。常識(セオリー)ド外れの行動を米川ひとみ(こうはい)が冒したのは、大村のぞみ(わたし)せいだっていうのか? 私は出来るからやったんだ。後輩のそんなところまで面倒見ろって?

 

「……私は。私は出来ることをやったんだ! 「和泉」はまだ健在だ、でも! 私が来なきゃ沈んでたかもしれない!」

 

 のぞみの声が爆ぜる。それでもコ―ニャは表情を変えなかった。その間にひとみのおろおろとした視線が迷う。

 

「……のぞみは、203の仲間じゃないの?」

 

「そんなことは言ってない」

 

「でも、一航戦の方が大事」

 

 のぞみが言い返そうと口を開いたが、それよりはやくコ―ニャが言葉を継いだ。これまでのどんな言葉よりも早く伝わり、割れたガラスのように鋭い。

 

「だから、ひとみが必死に追いかけてきても、こんなになってまで助けても、軽口を叩ける――――仲間を軽く見るな、大村のぞみ」

 

 

 

 

 

「こ、コ―ニャちゃん……言いすぎなんじゃ……それに、わたしはそんなこと……思ってないですよ」

 

 ひとみの戸惑う声には誰も答えない。のぞみは下を向いたまま、何かを堪えているようだった。そこから、ポトリと言葉が落ちる。

 

「じゃあさ……あんたは私にどうしろっていうのさ」

 

 コ―ニャは僅かに目を細めた。

 

「……やったことには、責任を持つ。僚機や部下を生きて帰還させること。それだけ」

 

 コ―ニャがのぞみに向けて何かを投げた。

 

「石川大佐に繋がってる」

 

 予備のインカムを受け取ってのぞみは、恐る恐る耳に差し込んだ。

 

「こちらカイトワ―――――っ」

 

《馬鹿者っ!》

 

 のぞみは身構えていたようだが、それでも肩が跳ね上がる。ひとみの肩も同じタイミングで跳ねたということは、つながっているのは部隊無線だ。

 

《誰が勝手に突っ込んでいいと言った!? そんなに早死にしたいか!》

 

「すいませんっ!」

 

 反射で謝罪するのぞみ。腰を45度に折る最敬礼だったが、もちろんその姿が無線の向こうの石川大佐に見えるはずもない。

 

《言いたいことはままあるが、帰還後にたっぷり言わせてもらう。謹慎は覚悟しておけ。現時点から正式な処分が確定するまでの間、大村のぞみ海軍准尉の編隊指揮権限を凍結する。カイト・スリーが代行。異論はないな?》

 

 のぞみは悔しそうな表情をするが、沈黙をもって了解とした。石川大佐はそのまま続ける。

 

《……全員残弾は?》

 

「カイト・ワン、64式小銃(ロクヨン)は残り弾倉1つ。サブウェポン(M P 5)の方を魔導弾にして叩き込んでもいいんですが、それをするにはいささか魔力が足りません」

 

「カイト・ツー……えっと、狙撃銃(WA2000)の弾倉は残り4つなんですが……飛ぶとフラフラします」

 

 弾倉一個当たりの弾数は6発。狙撃銃で20発を超える銃弾は多いとは言えないが、決して少ない数ではない。ひとみの銃なら攻撃力は足りるが、飛ぶのもままならない状況では戦闘というのは現実的ではないだろう。

 

《その状況で固有魔法頼りの狙撃は無理か……カイト・スリーは……聞くまでもないな》

 

「戦闘リンクに参加すればサイティング支援はできるけど、さっきの攻撃でフリーガーハマーを使いつくした。……現状カイトフライトは魔力及び弾薬の枯渇により、戦闘能力をほぼ喪失していると判断。これ以上の戦闘は実質的に不可能」

 

 コーニャがテキパキと状況をまとめる。

 

《カイト・スリー、了解だ。帰還せよと言いたいところだが、和泉の傾斜復元完了まで上空待機しろ、あと10分で完了するが……》

 

「……もう、次が来てる。またフィドラー、数は5」

 

《対艦型のAS4じゃ分が悪いと判断したのか。まぁいい。……10分、耐えられるか?》

 

「耐える以外の選択肢は?」

 

 コ―ニャの声に石川大佐は僅かに間を置いた。

 

《……ないな。悪いことを訊いた。総員、10分だ、10分耐えろ》

 

「了解」

 

 コ―ニャが代表で答え、通信を切る。

 

 

 あまりに長い10分が始まった。

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