ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第九話 「ブイ・ツー~まちなみ~」後編

 強襲揚陸艦加賀は戦闘艦である前に、500人以上が生活を送る一つのコミュニティである。当然風呂やら床屋やらが入っていることになるのだが……

 

「一人で脱げるって言ってるです! ってか、勝手に脱がすな!」

 

「はいはいはいはい、万歳してねー」

 

 姦しい声が脱衣所から響いて、何人もの隊員が驚いたようにそちらを見る。ドアには「女子入浴中」の札が掛かり、それが叫び声に押されたように揺れていた。隊員たちには知る由もないが、中では相当にひどい様子が展開されていたのである。

 

「うわ、ほんとにシャツもズボンもドロドロじゃない。こんなんでよくOK出るわね華僑空軍」

 

「うるせーです。というよりほとんどミラージュが壊れた時とあのネトネトのおかげつってんです。あたしは悪くない!」

 

「にしては本当に汚れてるわね。こりゃぁ洗い甲斐があるわ」

 

 そういいながら夢華を羽交い絞めにするのぞみ。

 

「暴れに暴れるから強硬手段。私が押さえてる間に米川、さっさとこいつの服脱がせちゃって」

 

「えぇっ!? わたしですか?」

 

 ジャケットだけひん剥かれ羽交い絞めにされる夢華をどこか他人事のように見ていたひとみだったが、いきなり仕事が飛び込んできて飛び上がった。

 

「だって埒が明かないじゃん。とりあえずこの子風呂に叩き込まないと」

 

「だからそんなのひつよー」

 

「ねーとは言わせないからね、ゆめかちゃん。こんなギトギトの油まみれで艦内歩かれたら居心地悪い」

 

夢華(モンファ)ってさんざん言ってんでしょーが!」

 

 ジタバタと暴れる彼女を背中側からぎゅっと抑え込むと、夢華とのぞみの身長差の関係で、夢華の足が地面から浮く。半分宙吊りの状態のまま暴れる少女を前にひとみは唾を飲み込んだ。

 

「えっと、いいんですよね……?」

 

「良くないっ!」

 

「いいから脱がせちゃって」

 

 夢華が反射的に噛みつくように言い返したが、のぞみがそれをきつく抑え込む。その目はひとみに「扶桑皇国軍人として従うべきはどちらか」と問うているように見える。というかこんなことのために睨まないでほしい。

 

「ご、ごめんね? もんふぁちゃん……」

 

 一言謝ってからそっと彼女の服に手を掛ける。ひとみよりもさらに一回り小さい体はどこか華奢で、のぞみに抑え込まれてはびくともしない。その状態で白い襟付きシャツ――今はオイルやらなにやらで汚れているが――のボタンを外していく。シャツをはだけていくと白い肌がさらけ出された。

 

「も、もんふぁちゃん、シャツの下……キャミとか着ないの?」

 

「は?」

 

「いや、何でもないです……」

 

 なんだが、素で何を言っているか分からないみたいな反応をされたのでとりあえず黙る。……なんとなく、とんでもなくいけないことをしている感覚がないわけではない。

 

「えっと……」

 

「もうズボンも脱がせちゃえ」

 

「やーめーろ―――――っ!」

 

 半分涙目でそう叫ぶ夢華を見て良心が痛むが、それ以上に後ろでその子を羽交い絞めにしてるのぞみの目が怖い。開けてはいけない扉を開けそうで、震えながらも先輩の指示に従おうとして……。

 

「わかったわかった! 自分で脱げばいいんでしょーがっ!」

 

「やっと素直になったか、ほらさっさと脱げ脱げ」

 

 拘束から解放されて、夢華はため息をつきながら羽織るだけになっていたワイシャツを脱ぎ捨てる。それをじっと見ていたひとみに気がついたらしく、どこか怯えた目を向ける。

 

「な、なによ……」

 

「なんでもないよ」

 

 やたらとニコニコしているひとみ。凹凸の少ない体を見て親近感が湧いたとは口が裂けても言えない。どこか気味悪そうにしながらも、ズボンを足から抜いた夢華はどこかやけっぱちに口を開いた。

 

「全部脱いだわよ! これでいーんでしょ!」

 

「チッ! 手間かけさせやがって……」

 

「のぞみ先輩、なんかいけない感じになってませんかっ!?」

 

「いーのいーの、どうせ女同士だし」

 

 そうあっけらかんと言い放って、夢華の腕を掴んで浴室に連れていく。のぞみもひとみも服は着たまま大浴場に入る。服を着たまま浴室に入るのはかなり違和感があるが、気にしなかったことにした。

 

 一応大浴場として十何人が同時に使える広さがあるこの浴室だが、さすがは軍艦、窓もなく本当に大きな風呂桶と配管むき出しのシャワーがいくつも並んでいるだけの部屋である。

 

「ほーら、お姉ちゃんたちが洗ってあげますからねー、そこに膝を折れ」

 

「なんか脅しに入ってますけどいいんですかっ!?」

 

「いいのいいの」

 

「自分で洗えるからいーです」

 

「髪痛んでるところを見ると雑にしか洗ってないでしょ? この際徹底的に洗ってやる」

 

 そういいながら、のぞみは、小さなプラスチックのカゴを横に置いた。どうやら私物のシャンプーやらコンディショナーを持ち込んでいるらしい。

 

「大村流洗浄術をお見舞いしてやるから覚悟しなさい」

 

「なによその大村流って……」

 

「 い い か ら ゆ め か は 座 っ て な さ い っ ! 」

 

「だからモンフ……ぅわぷっ!」

 

 いきなり頭からシャワーを掛けられる夢華。お湯と一緒に文句も飲み込まざるを終えなかったのが大層不満だが、いまは黙らないとどうしょうもない。

 

「奥義其の壱、シャンプーの量はケチるべからず」

 

「あんた雑すぎじゃ……」

 

 抗議を無視するようにのぞみは乳白色のリキッドをこれでもかと振りかけ、それを髪に刷り込むかのように強引に馴染ませていく。

 

「ちょ、痛っ!」

 

「あんた本当に髪洗ってる? 泡立ちがすんごく悪いんだけど」

 

「そういうのを余計なおせ――――痛い痛い痛い痛いっ!」

 

「先輩の話はよく聞くもんだ、ゆめかちゃん」

 

 そういいながら髪をわしゃわしゃと泡立てながらのぞみが溜息。だがその顔はどこか楽しそうだ。

 

「もう、枝毛のオンパレード……ちゃんとキレイにしないからだよー。絡まってるから髪洗うだけでいろいろ引っ張られてるし……全く。これに懲りたらちゃんと綺麗にすること、わかったね?」

 

 そう言ってシャワーのコックを開きっぱなしにしてシャンプーを流していく。ハイ以外の答えをさせる気はないのは、ひとみから見てもよくわかった。

 

「はい、次は体」

 

 そういうとタオルを豪快に泡立てて、夢華の背中を思いっきり擦っていく。

 

「だから痛いっていってやがんですっ!」

 

「おっと」

 

 振り返りざまに右手を叩き込もうとした夢華の攻撃をさらりと受け止めたのぞみ。かなりの勢いがついていたはずだが、のぞみはびくともせずにその勢いを殺しきった。

 

「ふふん、いい右フックだけど裸ですごまれても迫力はないかな?」

 

「魔法つかうのはずっこくねーですか?」

 

「孫子だって言っている。兵は詭道なり、だ」

 

 左腕でしっかり受け止めているのぞみの髪の隙間から目立つ犬耳が生えている。ひとみからはふさふさのしっぽも制服の下から生えているのが見えていた。

 

「か、怪力とは……ほんとずっこい……」

 

「こればっかりは、生まれつきだから、妬まれてもしようが……ないっ!」

 

 そう言って夢華の腕をとるとそのままうまく、椅子に座らせるのぞみ。やたらその手つきが手慣れていて、ひとみはどこか恐怖を感じざるを得ない。

 

「もっとしっかり食べたほうがいいんじゃない? あんた体軽いし。食べないと大きくなれないぞー」

 

「そんなガキじゃねーです」

 

「んー? 実際何歳なのかなー?」

 

 そう言われ、夢華は黙り込んだ。からかうようなテンションでのぞみが声をかける。

 

「ゆめかちゃあーん?」

 

「…………………………さい」

 

「え?」

 

 夢華の声はなぜか消え入りそうなほど小さかった。ひとみも耳を澄ます。

 

「9歳っていってんです。なにか文句ありやがっかっ!」

 

「「きゅ、9歳っ!?」」

 

 ひとみとのぞみの声が被った。

 

「ひ、一桁……!?」

 

「4つ下が上官かー。というか一桁歳のがきんちょを前線に出さなきゃいけないあたり、この世界も終わってるよねぇ」

 

 そういいながらも、のぞみはニヤニヤと笑った。

 

「ならお姉ちゃんのいう事は聞きなさいよー? ぺったんこのゆめかちゃん」

 

「あーもううるせーです! あたしが上官だし、体はあんたと違ってこれから成長期だからこれから成長するの!」

 

「はうっ……」

 

 流れ弾で地味にダメージを受ける身長130ちょっとしかない米川ひとみ(12)。

 

「せ、成長期……終わる……?」

 

「なんであんたがダメージ受けてんですか、あたしと同じでしょー」

 

「ちがう! わたし12歳! もんふぁちゃんより年上!」

 

 そういうと夢華はどこか憐憫の目を向けた。

 

「……チビ?」

 

「いわないでぇっ!」

 

 耳を塞いで首をふるひとみ。

 

「分かってる。分かってるもん。前ならえだとえっへんポーズしかしたことないもん。ちびだけど、ちびだけどぉ……!」

 

「えっへんポーズってあれ? 前ならえで先頭の子がやるアレ?」

 

 頷くひとみ。周りの目がどんどん同情の色になっていく。

 

「ま、まぁ伸びるよ。うん……」

 

「気にすることねーですよ。うん」

 

 初めて意見の一致をみる夢華とのぞみ。何となく複雑である。

 

「ま、まぁ今後の成長に期待ということで……って、あれ?」

 

 のぞみが言葉を切ると、その隙間を誰かが走るような盛大な足音が埋めていく。

 

「えっと、なにかあったんでしょうか……?」

 

 ひとみが疑問符を浮かべるなか、脱衣所に繋がる扉が開き――――

 

「可愛い子ちゃんいた――――――――!」

 

「霧堂艦長っ!?」

 

 黒髪のポニーテールを揺らす霧堂艦長が着衣のまま浴室に飛び込んでくる。満面の笑みでそのまま夢華に体当たりするように飛びかかる。

 

「へっ!? あんたなんでぇえええええええええっ!?」

 

「ロリッ子じゃぁああああああっ!」

 

 いきなりそんなことを口走りながら夢華を抱きしめる霧堂艦長。

 

 だが、場所が悪かった。

 

 ここは浴室。さっきまでシャンプーやらボディソープなどを使っていた場所だ。そこに飛びかかるような勢いで走り込んだらどうなるか。

 

 

「艦長危ないっ!」

 

 ひとみやのぞみが慌てて手を伸ばすがもう遅い。夢華を抱きかかえた姿勢のまま、床を滑っていき―――――

 

「―――――ッ!」

 

 浴槽の中に二人まとめて落ちた。

 

「きゃぁっ!?」

「熱っ!」

 

 人二人分の質量が浴槽に落ちたせいで大きくたった波をかぶってしまうひとみとのぞみ。熱いとか思う前に浴槽に駆け寄った。人は水深10センチあれば溺死することができるとか、昔学校で聞いた話を思い出す。

 

「ぷはっ! 抱きつくな! 誰だあんた!? なにをってか、離しやがってください!」

 

「いやー、かわいい子が来たーうれしー……ってか沈めようとしないでお願い私死んじゃう」

 

「なら離しやがれっ!」

 

「霧堂貴様何やってやがる!」

 

 夢華が必死に乱入者を溺死させようともがいている後ろからいきなりそんな罵声が飛んできた。

 

「風呂に入れさせたと言った途端全力疾走したと思ったらこれか! 馬鹿か貴様! セクシャルハラスメントで訴えられたいか!」

 

「それ決めるのは石川大佐じゃないでしょー?」

 

「口答え無用! とりあえずそこに直れっ!」

 

 怒髪天という描写がピッタリな形相の石川大佐が無理矢理に霧堂艦長を浴槽から引きずり出した。

 

「大村准尉、米川准尉、ご苦労だった。脱衣所の方にお前らの服の予備も含めて持ってきてある。(ガオ)少尉を連れていけ。俺はこの霧堂艦長(ドアホウ)と少しばかりお話してから行く」

 

「は、はい……」

 

「わかりました」

 

 どんな表情をしていいのかわからなかったので、ひとみとのぞみはとりあえず乾いた笑みを浮かべてそこを出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんな具合で散々な目にあうウィッチたちのことなど露知らず、「加賀」を旗艦とする扶桑第五航空戦隊は無事香港へと入港を果たした。

 

 

「……はぁ、酷い目にあった」

 

「まーいいじゃないですか少尉殿。大村家流洗浄術のおかげで髪もすっかりキレイになったんだし、しかも上陸許可までおりたしねー」

 

 そして諸事情――――主に霧堂艦長――――により上陸許可と自由行動許可をもらったひとみ、のぞみ、夢華、そしてコーニャの4人はそれぞれ軍服のままで香港の街に繰り出すことになったのである。意気揚々と歩いていくのぞみに、夢華は噛みつくように言った。

 

「単に洗剤の質が良かっただけでしょーが。それと、あたしにとって香港は数時間ぶりでやがるんで、嬉しくもなんともねーですよ」

 

 ちなみに、替えの服がなかったということで今の夢華は扶桑皇国海軍下士官制服を着ている。身長差15㎝ほどあるのぞみの予備なので結構ぶかぶかで、持て余した袖が何回か折られている。

 

「二つほど訂正しておこうゆめか、まず洗剤じゃない、入浴用洗剤(シャンプー)だ。そして次にだゆめか、質が高いのは洗剤ではなくて我が大村家の誇る……」

 

「あーもう、あたしの名前はモンファだっつってんでしょーが!」

 

 そんな調子で積み下ろし作業に賑わう岸壁を抜け、軍所有のちょっとボロ臭い倉庫群を抜ける。木造の倉庫の中にストライカーユニットを詰め込む様子はかなりシュールだ。

 

「あれ……? のぞみ先輩、イーグル(F-15)ってここで下ろしちゃうんですか?」

 

「だってF-15に乗るウィッチがいないし、あれもともと一航戦のだよ? もともと載せてた「和泉」でさえ無理を押して無理矢理カタパルトで撃ち出してた訳だし「加賀」で運用するメリットもないからここで下ろすんだってさ。後で扶桑の補給艦とかが取りに来るんじゃない?」

 

 のぞみはどこか興味がなさそうにそう言った。それからにやりと笑って夢華の方を見る。

 

「それに空いたスペースにはミラージュを詰め込まないといけない訳だし」

 

「そのヤな笑いひっこめやがれです」

 

 夢華がそうぶすっとした顔でそういうのを横目に、華僑軍の兵士が守るフェンスを出ると、もうそこから先は港湾区画。香港の街だ。夢華はともかくとして、ひとみ達にとっての(おか)は一週間ぶり。

 

「――――で、どこ行く?」

 

 フェンスから十歩も歩かないうちに口を開いたのはのぞみだ。

 

「そういえば香港って何があるんですか?」

 

「んー、大量のネオンと看板かな?」

 

「……今、おひる」

 

 当然のように言うのぞみにツッコむコーニャ。それを少し後ろから聞いていた香港出身のモンファは、そっぽの向いたままぼそりと言う。

 

「別にそれだけじゃねーですよ。まあ、ネオンが有名なのは認めやがりますけど」

 

 香港の夜景は有名だ。闇に明るく煌めくネオンは美しく、ここで告白されたらロマンチックだろうなーと乙女心に思わせるほどにだそうだ……だがそれも夜ならではのもの。今は太陽光が降り注ぎ、紫外線が肌をガンガン焼いてくる。つまり真っ昼間もいいところだった。

 

 のぞみはくるりと振り返って、ひとみたちから微妙な距離を取っているモンファに声をかけた。

 

「私としては地元民のゆめかに案内してほしいかな? やっぱ住んでなきゃ分かんない場所もあるでしょ?」

 

「……ネットで調べりゃいーじゃねえですか」

 

「なんだよーゆめかー。そんな山中でネウロイに出会ってしまった蒋介石みたいな顔しないで、楽しくいかなきゃダメだぞー?」

 

 のぞみがけしかけるが、モンファは拒むようにそっぽを向いたまま。その視線はそびえ立つ香港金融街の摩天楼へと注がれていた。

 とそこで、コーニャが小さく手を挙げる。

 

「……行きたいとこ、ある」

 

「お、ポリウレタン中尉の目的地は何処(いずこ)?」

 

「……Покрышкин(ポクルィシュキン)

 

「ポリウレタン?」

 

 唐突に出てきた語句に首を傾げるモンファ。それを聞き逃さなかったのぞみは盛大に反応した。

 

「よくぞ気付いてくれた(ガオ)夢華(モンファ)! このオラーシャ人はだね、三分おきに名前を変えるのだよ……セキュリティ上の都合でね」

 

「は、はあ……?」

 

 首を余計に傾げるモンファ。そんな訳の分からないことをいうのぞみの後ろにコーニャは回り込み首に腕を回しかける……が、やめてしまった。

 

「いいから……こっち」

 

 コーニャは無表情のまま迷いなく歩いていく。

 

「まー行く先もないし、とりあえず行きますかね」

 

「しょーがねぇです、付きあってやりますよ」

 

 そう言いながら付いていくのぞみと夢華。ぞろぞろと四人のウィッチは香港市街へと足を踏み入れていった。

 

 それにしても、コーニャがのぞみの首を絞めることより優先することって何なのだろう? ひとみそんな失礼な疑問を抱いていたのだが……。

 

 

 

 

 

「……ここ」

 

 そして、無表情のまま歩くオラーシャ軍人が足を止めた。

 

「これ、アニマーズグー……ですよね?」

 

「だねー」

 

「……フン」

 

 目の前にそびえ立つ看板。それが示すとおりここは扶桑にもある有名なアニメーションショップだ。その中へコーニャがつかつかと入っていこうとする。興味なさげに鼻を鳴らす夢華を視界の隅に、特にすることもないひとみもついて行こうと――――

 

「はいはいはい! ストップストップ!」

 

「……なに」

 

 くるりと振り返ったコーニャはいつも通りの無表情。そんな無表情で、引き留めたのぞみを見やる。

 

「あのねぇ、状況を考えようよ」

 

「……目の前に、サブカルの王国」

 

「そういう意味じゃないっつうの!」

 

 のぞみがそう言うと、コーニャはそれを流すようにひとみとモンファのほうを見た。

 

「……どう思う?」

 

「え、えっと……別にいいと思います、けど?」

 

「どうでもいいってんですよ、そんなことは」

 

「米川まで何言ってんの! ていうか夢華もスルーしない! 私たちは軍人、それも多国籍部隊を構成する世界の代表選手だよ?! 私たちの恥は扶桑の恥! 全くもって愛国的じゃない……」

 

「……のぞみ、秋葉原にいく」

 

「 ぐ ん ぷ く き て な き ゃ ね ! 」

 

「……軍服着てても、いく」

「行くな、止まれぇ!」

 

 踵を返して堂々とその聖域へと踏み込もうとするコーニャ。必死に止めるのぞみ。ひとみは話にあまり、どころか全くついていけていない。

 

「えっと……アキハバラ?」

 

「え、米川東京に住んでるんだよね? 秋葉原駅ぐらい知ってるでしょ」

 

 呟いたひとみに、呆気にとられた表情をするのはのぞみだ。

 

「あ、はい……京急に乗り換えれば……」

 

「それ新宿に行っちゃうじゃなない。山手線か中央線に乗りなさいよ。あーったく、関東民なのにもったいない。秋葉原っつたら電子機器の一大マーケット。外国人観光客も東京といえば必ず行くのが秋葉原……というかポリネシア中尉も扶桑来たなら秋葉原行けばよかったのに」

 

「……かった」

 

 名前の訂正もせずにうつむくコーニャ。

 

「?」

 

「いけな、かった……秋葉原」

 

 沈黙。

 

「あー……ま、ご愁傷様」

 

「……いくよ」

「人の話聞いてた?!」

 

 歩き出すコーニャをのぞみが止める。

 

「よくない、よくないよプラスコーヴィヤ。私たちは誇り高き航空ウィッチだよ? それが仮にも上陸許可が下りたからって、これはよくないって……」

 

 するとコーニャは、自分自身を指差した。

 

「……中尉」

 

「う”」

 

 続いてのぞみを指差す。

 

「……のぞみ、准尉」

 

「こ、こんな時だけ……」

 

 のぞみは何かの圧力に押されるように下がっていく。

 軍隊において階級が重視されるのは自明の理である。何故か? 簡単だ。一瞬が数百名の部下の死を招く戦場において、判断の遅れは許されない。そして判断の遅れを招くのは単に指揮官の優柔不断さからだけではない。人間が組織を組む以上、そこには対話というものが生まれる。その対話にかかる無駄の多い時間を節約するために、指揮権というものは存在するのだ。

 

「……中尉」

 

 コーニャはもう一度自分を指差す。やはり無表情であった。

 

 

 

 ――――待つこと数十分。

 

 

 

「……お待たせ」

 

「い、いっぱい買ったね、コーニャちゃん」

 

「……うん」

 

 一応無表情なのだけど、どこかホクホク顔なコーニャがたくさんの袋を下げて店から出てきた。よほどいい買い物ができたらしく、頬が僅かに緩んでいるようだ。

 ひとみはふとコーニャが何を買ったのか気になり、ちらりと覗いてみる。そして、覗いてしまったことを即座に後悔した。

 

「!」

 

 ひとみは袋の隙間から見えた何かとアレなオーラを放つ肌色満載な本を直視してしまったのである。

 

 見てないっ! わたしは見てないっ!

 

 記憶から抹消しようと必死になって頭を振る。なんだか知ってはいけない世界を知ってしまった気分だ。同じように袋の中身を見て、眉を顰めただけの夢華とはずいぶんな差だ。

 

 一方そんなひとみの苦難も知らず、のぞみが仕切るように言った。

 

「コーニャの用事も済んだみたいだしお昼にしよっか。どこか美味しい店はないかなーっと。あ、すいませーん」

 

「ちょっと先輩!?」

 

 現地人らしき人にひとみの制止を無視してのぞみが声を掛ける。現地人だからきっと華僑語、ブリタニア語が出来るのぞみでも太刀打ちできるわけが

 

附近有好吃的餐厅吗(近くにおいしいお店はありませんか)?」

 

対面有米線好吃的餐厅(向こうに米線のおいしい店があるよ)

 

谢谢(ありがとうございます)!」

 

 のぞみが一礼すると現地の方も陽気に手を振る。そしてあっけにとられて見守るだけだったコーニャとひとみの元に嬉しそうな色を浮かべて戻ってきた。

 

「この近くに米線のおいしいお店があるって。お昼はそこにしよっか」

 

「先輩……華僑語、話せたんですね…………」

 

「……知らなかった」

 

「あれ? 言わなかったっけ? てか米川はまだしもポリグロット中尉は話せないの?」

 

「Покрышкин。……扶桑語で手一杯」

 

「あ、そう? 待って。つまりここで話せるのって私だけ?」

 

 コーニャとひとみが頷く。それを見たのぞみがニンマリと笑う。

 

「ふ、ふふふ。そうかそーか! ならば私についてこーい!」

 

「待ってくださいよ! ていうか先輩、何カ国語話せるんですか!」

 

「ブリタニア語からロンゴロンゴ文字まで! これぞ大村家流よ!」

 

「最後……まだ解読されてない…………」

 

 コーニャのツッコミなど聞こえないと言わんばかりにのぞみが噂のお店とやらに向かって前進していく。そのあとを追いかけながら大村家流ってホントになんだろう、と首を傾げるひとみだった。

 

「私は母国語だってんですけどね」

 

 お店へと直進していく列の最後尾を気だるげに歩きながらぼそっと夢華が言ったが、意気揚々としたのぞみの耳には入らなかったようだ。

 

 

 

「うん、なかなかいけたね」

 

「おいし、かった……」

 

「あれが米線……初めて食べたなぁ」

 

「まあまあってところですよ、あんなんは」

 

 お腹を満たした4人が店から出てきた。相変わらずコーニャの手には大きな袋が提げられたままで、その中身を見ないようにさっきからひとみは少しだけコーニャから距離を取っていた。

 

「あんまり時間もないことだし土産屋でも冷やかしに行こっか、冷やかすだけ」

 

「何か買いましょうよ……」

 

「いいのいいの。さ、しゅっぱーつ!」

 

 ずんずんと進んでいくのぞみに付いて行くしかない3人。のぞみは自分が主導権が握れていることが嬉しいのか鼻歌まじりだ。そこで少し調子にのった、というか馴れている感を出そうとしたのだろう、のぞみが足を踏み入れたのは明らかに怪しげな雰囲気の漂う商店街モドキだった。

 

「先輩……ここ大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。たぶん」

 

「今……たぶんって言った…………」

 

「そこ! 細かいことは気にしない!」

 

 ビシッとのぞみがどこか胡乱な目つきのコーニャを指差す。

 

「いくよっ」

 

 手近な店にのぞみが進み入る。なんとなく傾いた感じがして、漆喰が露出している店だ。中のラインナップが不気味な紹興酒や謎の爬虫類の抜け殻に贋物くさい干した人参である。つまるところ怪しさ全開だった。

 

「ここ……大丈夫かなあ?」

 

「…………」

 

「ここなら……まあ普通ってとこか」

 

「夢華ちゃん、なにか言った?」

 

「や、別になんでもねえってんですよ」

 

 ついにしゃべることを放棄したコーニャと不安そうなひとみ。ぼそっと夢華が何か言ったような気がしたため、ひとみは夢華に聞いてみたが否定されてしまい、気まずい沈黙が流れる。そんな中で、まったく意に介さないのぞみは薄汚れた麻布の服を着た店員らしき人と話していた。

 

「チョト、そこのあなた!」

 

「え? 私!?」

 

「ソウ! そこのお嬢サン! いい服ある! 着てみるヨ!」

 

「えっと、コーニャちゃん助けて……っていない! 夢華ちゃん……もいないし!」

 

 見知らぬ人に話しかけられ戸惑うのぞみは咄嗟にコーニャに助けを求めるが、さっきまで重そうに大量の袋を抱えていたコーニャは忽然と消えていた。次に助けを求めた夢華も何を察したのか姿を消し、後には枯れ草の塊らしきものがカサカサと転がるのみ。

 

「サアサア! 着るだけ、着るだけ!」

 

 ぐいぐいと何かを押し付けられ、あり合わせといっても過言ではないフィッテイングルームに押し込まれてカーテンが引かれた。中で戸惑うひとみはとりあえず押し付けられたものを見てみることにした。

 

「! これって……」

 

 

 

 適当に擦り寄る店員をあしらったのぞみは辺りを見回して違和感を覚えた。

 

「あれ、米川は? 夢華、知らない?」

 

「さあ? よくわかんねえです」

 

「あ、そう? ポリアミド中尉は?」

 

「Покрышкин。……さっき試着室に入ってた」

 

「試着室? なんでそんなとこに……おーい、米川ー」

 

「……………………はぃ」

 

 か細い声が試着室から漏れ聞こえる。返事をするだけでいっぱいいっぱいな様子だ。

 

「んー、米川?」

 

「はい、そうです…………」

 

「どしたの? よくわかんないけど開けるよー」

 

「そ、そんなあ! だめですぅ!」

 

「えーい! ……あんたなんてカッコしてるのよ」

 

「コス、プレ?」

 

「はあ……まあそんなとこだろうとは思っていやがったんですけどね」

 

「ちっ、違います! これは仕方なくっ……あっ、やめて! コーニャちゃんとらないで! ていうか夢華ちゃんは何を予想してたの!?」

 

 試着室のカーテンをのぞみが思いっきり開けるとそこには空色の布地に黄色の飾り紐があしらわれたチャイナドレス姿のひとみがいた。スリットは太ももの付け根ギリギリまで深く入り、まだ成熟過程の生足が覗く。意味があまりないとわかっていながらも、必死でお腹近くの布を下に引っ張り、いろいろ隠そうとしているが隠しきれていない。その顔は羞恥のせいで熟れたトマトよりも赤く、ドレスの空色とのコントラストが見事だ。

 そのひとみをコーニャがタブレットタイプの端末で撮影していた。フラッシュが数回光を放ち、シャッター音が響いた。呆れたように夢華がやれやれと首を振る。

 

 

「うん、まあ、似合って、るんじゃ、ない?」

 

「なんでそんなに区切るんですか!」

 

「そういえば……ひとみ、ラインが、見えない……」

 

「ライン? なんのこ……あ」

 

「っーーーーーーー!」

 

ツッコミに回ることでなんとか平常心を保てはじめたひとみの顔が再び赤く染まっていく。

 

「ねえ、米川。あんた、もしかして今、穿いてない―――」

「そ、そそそ、そんなことないでありますってば! い、いやだなー、あはははは!」

 

「わかりやすすぎってもんですよ……」

 

目は口ほどにものを言う。だが今のひとみは、目どころか全身がものを語っていた。

 

「米川、私の目を見てもう一回いってみなさい」

 

「だから穿いてますってばー!」

 

「米川」

 

「う”……」

 

 ひとみがのぞみに詰め寄るが、のぞみの再度の問いかけによりその勢いは急速に衰えていく。

 

「まあ私はよくわかんないけどそういう趣味もいいんじゃない?」

 

「だから違うんですってばー!!」

 

「…………そこ」

 

「ん? どうしたコーニャ」

 

「ひとみの……ふく」

 

 コーニャの指差す方向をのぞみとひとみが振り向く。そこにはボロを纏った少女がひとみの服を抱えて駆けていくところだった。

 

 もう一度言おう、見知らぬ少女がひとみの服を持って駆けて行った。

 それが示す意味。それはすなわち――――

 

「ああっ! 私の服!」

 

「まあいいんじゃない? 服くらいは。ほら、そこにちょうどいいのがあるじゃない」

 

 目の前で立派な盗難事件が発生したにも拘わらず呑気なのぞみはひとみの着たチャイナドレスを顎でしゃくる。

 夢華が少し離れた場所でキツい目線で走り去ろうとしている少女を見つめ、今にも雑踏に消えようとしている少女に焦ったのはひとみだ。

 

「で、でも! あの中には私のズボンと空軍手帳が……」

 

「あ、やっぱり穿いてなかったんだ……ってハア!? 空軍手帳!? なんで身に付けとかないの!」

 

「さっきまで身に付けてたんです!」

 

「ばっ……! ああもう、追いかけるよ!」

 

「ま、待ってください! これ、恥ずかしくて走れないっ……」

 

「気合でなんとかする! ほら早く!」

 

「っ……ああもう!」

 

 逃げる少女をひとみとのぞみが追いかける。何か躊躇うような様子を見せてから、ヤケクソ気味に何事かを叫んだ夢華がすぐ後に続いた。コーニャは荷物が多すぎるのでかなり遅れている。

 

 ひとみは走る。しかし少女、小柄ということもありスルリと人混みを潜り抜けるようにして逃げていく。距離が縮まる気配はない。

 

「うぅ……やっぱり無理…………」

 

 ひとみはもちろん、服を取り戻したい。だが走っているとこう、見えそうなのだ。恥と服を天秤に掛けているのだが、今まさに恥に傾きかけている。

 

「急げ米川! あんたは自分のズボンがどこの誰ともわからない奴の手に渡って何されてもいいの!?」

 

 その瞬間、ひとみの頭をよぎったのはコーニャの買った本だった。そして、

 

「きゅう……」

 

 頭から煙を出してオーバーヒートした。なんかもう、いろいろ限界だった。お父さん、お母さん。ひとみは乱れた娘になってしまいました……。

 

「ひとみ……大丈夫?」

 

「はは、あははははは…………」

 

 崩れ落ちて、壊れた人形のように乾いた笑い声を漏らすひとみをコーニャが介抱する。その手荷物の中身が原因とは知らずに。

 一方、自分の言葉がひとみにトドメを刺したとは思っていないのぞみは少女を追いかけていた。のぞみは航空ウィッチ、つまり軍人である。そこらにいる少女に身体能力で負けるわけがなく、順調に差を縮めていた。その後ろから夢華がぐんぐんと近づき、のぞみを追い抜いて少女に接近する。やはり障害物(ヒト)だらけの市街地ではのぞみより背の低い夢華の方が早かったようだ。

 

「いけっ! 夢華!」

 

「うるせーんです、よっ!」

 

 あと少しで捕まえられる。そう思った直後、香港市内にサイレンが鳴り響いた。腹の底にいやに響くそれは、空襲警報というやつ。

 

「これは……まさかネウロイ!?」

 

 条件反射で走りを止めてしまい、詰めていた距離を一気に離されてしまう。夢華も思わず足を止めてしまったため、少女の姿は街角に消えてしまった。のぞみが軽く舌打ちをするが、すぐに切り替えることにした。もうそれどころではないのだ。

 

「米川! コーニャ! 夢華! 加賀に戻るよ!」

 

「ん……」

 

「了解」

 

「……あ、ちょうちょー」

 

 約一名、気の抜けた返事。意識があらぬところへランデブーしているようだ。のぞみはそんな扶桑空軍ウィッチに近づくと、

 

「てい!」

 

「はっ! 私は何を……」

 

 のぞみにチョップを叩き込まれたひとみが我に返った。

 

「加賀に行くよ! ネウロイだ!」

 

「は、はいっ!」

 

 駆け出す四人。警報を聞いて四方八方へと逃げ惑う香港市民たちの間をすり抜けるようにして、全速力で港湾へと向かう。

 この時、ひとみは気づくべきだった。自分が今、どんな格好なのかを。だがネウロイという単語を聞いてそんなことは頭の中から吹き飛んでしまっていたのだ。

 

 

 後にひとみは語る。

 

 

 あのとき気づいていれば、あんな思いはしなかったのに……。

 

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