《確認されたのはフレスコA型21機。
街中からのひとみたちを回収するべくやってきた軍用のピックアップトラック。なに言ってるのかは分からなかったけれどのぞみ曰く「加賀」まで連れて行ってくれるらしい。その荷台で石川大佐からの報告を聞く。無線機越しの大佐の声は少し雑音が混じっていて、それを聞いた夢華の顔が一瞬曇った。
「石崗の
夢華はそう言いきって、上空を見る。晴れた空に
「恵州の26は!? 汕頭の27は!?」
《恵州の第26航空戦隊が沖合に展開して迎撃中だが、すでに防衛線が割られそうだ。汕頭の第27航空戦隊も今応援部隊の展開用意中だが、領土奪還作戦用の対地装備からの換装に時間がかかる、応援到着予定ネクスト23》
流れるように戦局を伝える石川大佐の無線。空の飛行機雲といい、大変なことになっているようだ。
「あと45分もかかったら全滅しやがります! あぁもう、肝心な時に使えないなあいつらっ!」
「あんたの祖国でしょーが、ぼやいても仕方ないでしょ。石川大佐!」
運転室にもたれかかるように座っていたのぞみがそう言って無線チャンネルに割り込んだ。
《なんだ? 大村准尉》
「私と米川のライトニング、出撃用意は?」
《両機とも飛行甲板に上がっている。両機とも機動戦を想定し、増槽も外部懸架のミサイルもなしのクリーン状態、大村機は暖機を開始している》
「米川の分のオスプレイへの積載は待ってください。オスプレイで上げてる時間はありません。私が無理矢理上空に放り投げます」
《……分かった。許可する。米川機の発艦用意を開始する。二人ともすぐに飛べるな?》
「大村米川両准尉、飛行用意万全であります!」
「えぇっ!?」
ひとみが自分の服を押さえて素っ頓狂な声を上げた。それを睨むのぞみ。
「なによ?」
「き、着替える時間は……」
「あるわけないでしょ」
一刀両断。
せめてズボンだけでもなんとかしたかったが、それすら許されないような勢いで否定される。裾を軽く引っ張ってせめて見えにくいようにしておきたいのに……というかこの服、スカートの横のスリットが深すぎるのである。ウェストのあたりまで切れ込んでいるし、ズボンは空軍手帳と一緒に強奪されたままのせいで、ドレス以外なにも身につけていない状況なのだ。
「そ、そんなぁ……」
車の荷台に巻き込む風だけでも腰から下がスースーして仕方がない。裾を股の下で止められれば少しは気が楽なのにと思えども、こういうときに限って誰も持っていない。
万事休すである。
「ま、空色のチャイナドレスだし、対空迷彩の代わりになるでしょ。割り切れ」
「うぅ……せ、せめて安全ピンでもあれば……」
そう言って目をショボショボさせるひとみにコ―ニャが自分のズボンに手を掛けながら首を傾げた。
「私の、履く……?」
「ポリゴンメッシュ中尉とあんたじゃ体型違いすぎるでしょ。ずり落ちるわよ」
「Покрышкин……でも、たしかに……」
「うぅ、どうせわたしはちびだけどぉ……」
ひとみの精神がガリガリと削られる中、ピックアップトラックは急旋回。軍用埠頭に向かう大通りに躍り出た。一気に加速。回転灯を鮮やかな赤に輝かせながら、片側三車線の中央をかっ飛ばす。
「あぁもう、うじうじしない! とりあえず203空から上がれるのは私と米川だけなんだからしゃんとする!」
「え、コ―ニャちゃんは……?」
「護衛が付けられない状況下で電子索敵機が今上がってやることある? コ―ニャの固有魔法なら加賀からの情報支援で十二分」
「あたしを忘れてんじゃねーですよっ!」
かみつく様にのぞみの後ろから乗り出してきたのは夢華だ。
「なに言ってんのゆめか。あんたのミラージュはぶっ壊れてるでしょうが、機体がないのにどうやって飛ぶ気よ」
「ミラージュの一機や二機置いてねーんですか」
「扶桑は
「つ、使えねー……!」
「壊したあんたが悪いっ!」
風切り音に負けないように大声で話しているとノンストップで軍の検問を突っ切る。軍の管理区画に入った。埠頭は目の前だ。後輪を盛大に振り回しながら岸壁沿いに出た。木造の倉庫が並ぶ埠頭に最新鋭の強襲揚陸艦である加賀が横づけされているのはかなりシュールだ。
トラックは盛大にブレーキ音を響かせながら船に繋がるタラップの目の前で急停止した。止まりきる前にのぞみが飛び出した。
「米川ついて来い!」
「は、はいっ!」
ひとみも追いかけるように飛び出して、ひらひらと捲りあがる裾を慌てて押さえてそのままタラップに向かう。
「……いくよ」
コ―ニャがトラックから降りて夢華に手を伸ばした。夢華はその手を取らずに荷台から飛び降りた。
「先に行ってろです」
その言葉で、コーニャは動きを止める。
「……何する気?」
夢華はそれに答えず倉庫の方をじっと見た。それを見て何かを察したのかコ―ニャが歩き出す。
「……手伝う」
「はぁ? なに言ってんですか、あんたの協力なくたって……」
「扶桑語、読めるの?」
「……ある程度は読めるに決まってるです」
「強がり……手伝う」
そう言ってじっと夢華を見るコ―ニャ。視線がしばらく交差していたが、先に耐えられなくなったのは夢華だ。
「……あーもう勝手にするですよ!」
夢華はそう言ってズカズカと倉庫の方に向かう。コ―ニャはそれに黙ってついて行った。
「ヒトミンその恰好なにっ?」
「もう言わないでくださいっ!」
明らか笑いをこらえている
ユニットハンガーの両脇に立った男の人がひとみの方に手を伸ばす。ストライカーユニットに向けて飛び込むひとみの両腕を取って彼女を支えた。つま先がユニットに吸い込まれると同時に青い魔法反応光が弾ける。背中と頭にむず痒いような感覚が走る。使い魔の尾と耳が生えるときの感覚はどこかぞくぞくする。ナキウサギの耳と尻尾はあまり目立たないが、それでもやっぱりぞくぞくするのだ。
加藤中尉が差し出したマルチバイザーを受けとって掛ける。宙返りしても落ちないようにするための固定バンドがあるのだが、それを付けるのは男の人がやってくれた。
「プリエンジンスタートチェックリスト! スターターオン!」
「スターターオン、コンプレッサーグリーンライト!」
ひとみが離陸前確認手順の開始を宣言、それに合わせて
「スロットル・ミニマム、エーテル・カットオフ、Vmaxセレクタ・オフ、IFF・オフ、VHF・オフ……」
声に出して確認していく間にも赤いベストの
電子音、スターターがエンジンを回すための規定トルクを叩きだしたことを告げる。
「プリエンジンスタートチェックリスト・コンプリート! スタートNo.2! レディ!」
地上での魔導エンジンの始動は右の飛行脚にある第二エンジンからだ。作業員が全員安全距離まで下がり何にも触れていないことを示すため両手を顔を高さまで掲げた。加藤中尉が頷いて、それに合わせて魔力を送り込む。足元に飛行用の魔法陣が現れ、輝きを放つ。出力計の数値が跳ね上がってから落ち着く。アイドル出力まで絞ってから外部電源から切り替え、スターターや外部電源から飛行脚を切り離す。
「ウェポンベイ・クローズ……
航法装置などを一手に司るコンピュータが正常起動した。それを受けて各種無線や電波航法装置が一斉に
非常用のサバイバルキット等が入ったウェストポーチが腰に回される。それをつけてもらっている間に加藤中尉が真面目な面持ちで駆け寄ってくる。
「ドレスの裾吸い込まれたら困るから上で止めるよ」
「えぇっ!?」
加藤中尉はひとみの前でかがみこんで手早くチャイナドレスの裾を三つ折りにするように畳むと安全ピンを通して固定した。
「ちょ、ちょっと短くないですかっ!?」
「これ以上長いとインテークに絡まるかもしれないから却下。ストールして墜落したら恥ずかしいじゃ済まないよ」
「そ、そんなぁ……!」
前垂れと後ろ身の布が膝上15センチ程の長さにされてしまう。安全ピンが飛行中に当たらないようにしっかり布に入れ込んでくれるのはありがたいが、身体的よりも精神的にダメージが大きすぎる。これでは普通に歩いても見えそうだ。
「う、後ろと前繋ぐようにはで、できませんか……!」
「足の可動範囲制限するからダメ。実戦でしょ、恥は捨てなさい。生きて帰ることに集中する!」
「は、はいっ!」
初めて加藤中尉に怒鳴られとっさにそう叫ぶように返事をした。それでもやっぱり気になって必死に裾を押さえようとするが、狙撃銃を渡されてしまえばそれもできなくなる。とりあえずは吊り紐でたすき掛けに銃を背負う。
「す、スースーする……!」
魔導エンジンの起こすエーテルと空気の混合気が服や髪を持ち上げる。いつもの薄い布地でどれだけ守られてきたかを知る。
《あぁもううっさい! あんたがズボン無くすのがいけないでしょーが!》
無線のチェックも兼ねてだろうが、のぞみが隊内無線でそう怒鳴られる。とっさに肩を竦める。ひとみも無線で返す。
「だってこんなことになるなんて思ってなかったんです……!」
《常在戦場!》
そう叩きつけられると同時に無線のチャンネルを切り替えたようだ。
《KATE-FLIGHT Checked-in》
編隊長を務めるのぞみが代表して管制にコンタクト。大村機の支援クルーは既に後退。手には64式小銃、腰には銃剣を下げた装備のぞみは既にフライトの準備を終えていた。飛行承認を要求。それに間髪入れずに加賀の
《KITE-FLIGHT, KAGA-PRIFLY. Clearance》
《Go ahead》
《KITE-FLIGHT. After launch , heading 1-7-9, angel 6, Contact, STRIKE Channel5. Read back》
飛行承認がきた。加賀発艦後、機種方位179度に向け6000フィートまで上昇、無線チャンネル5で
《KAGA-PRIFLY. After launch, heading 1-7-9, angel 6, Contact, STRIKE Channel5》
《Read back is CORRECT. Cleard to launch aircrafts, wind 0-3-5 at 1. Good luck, KAGA-PRIFLY》
《Rojer, KITE1》
「ツー」
無線に答えると同時に加藤中尉が肩を叩いて距離をとった。先にのぞみが空に上がった。真上にではなく、短く滑走してから上昇する。香港の街並みを横切るように上昇し左に傾いて方向を変えた。
《米川! 後ろからかっさらうから用意!》
「分かりました!」
魔力を込める量を増やす。出力が上がったためにユニットを挟みこんでいるハンガーが軋んだ。のぞみが視界から消えて背中側にストライカーユニットの甲高い音が移った。米川機を担当するクルーがユニットから一斉に離れていく。加藤中尉に合わせて敬礼を送ってくれた。答礼を返してからユニットのロックを解除。ふわりと宙に浮く感覚を覚えてから一瞬振り返った。
《来い! 米川!》
のぞみの合図に合わせて、出力のセレクタをVmaxモードにいれる。いきなりエンジンが最大出力を叩きだす。強烈な加速度に体が軋む。あっという間に目の前に加賀の舳先が迫ってくる。両手を真上に振り上げてその勢いで少しだけ体を持ち上げた。その両手を――――のぞみが捕まえた。
「オーグメンター!」
足元に緑色のような海面が見える。それを突き放すようにオーグメンターを吹かす。斜め上に上昇して、高度計が跳ね上がった。500フィートを超えたあたりでのぞみがひとみを突き放す。軽くよろめきながらも、なんとか安定飛行に移った。オーグメンターオフ。
「無事発艦おめでとう、ヘディングワンセブンナイナー。指定高度まで上昇するよ!」
「はいっ!」
そう言ってエンジン出力を上げようとしたその時、足元で盛大に土埃が立った。
「へっ!?」
「何っ!?」
加賀の斜め後ろに立っている木造の倉庫が盛大に音を立てて潰れようとしていた。青い屋根がメキメキ音を立てながら崩れていく。
「ネウロイっ!?」
「まだ到達してないし、ビームも飛んでない!」
のぞみが最悪の可能性を否定して目を凝らした。土煙の中から海の方に真一文字に何かの影が飛び出した。
「あれって……!」
海の上で一度ピタリと停止するとそのまま真上に無理矢理に方向を変えた。耳に残るエンジンノイズが飛び込んできて目を疑った。
「もんふぁちゃん!?」
「ゆめか何してんの! というよりなんで
扶桑を示す赤三日月紋が輝くF-15を振り回しながら夢華が合流した。扶桑海軍のセーラー襟の制服、その腰回りには、武骨なベルトが巻かれ、レモンのような形の手榴弾を幾つも括り付けていた。拳銃を携帯しているらしく、ホルスターも後ろに吊られていた。
「モンファだって何度言わせんなです。あとストライカーユニットなんて基本は同じじゃねーですか、上下左右に飛んでエンジンの強い弱いが付けられればいい」
「確かにF-15の魔導エンジンなら理論上ではエンジン出力だけで上昇できるけど……なんつーでたらめな……」
のぞみが呆れたタイミングで部隊無線に入感。響くのは石川大佐の怒声だ。
《高少尉! お前何をしている!?》
「こんな非常時に使えるストライカー遊ばせとくのは無駄すぎんです。香港を守らねーとどうにもならない」
そういうと夢華は背負っていた華僑民国製らしい銃を手に取る。ひとみの狙撃銃と同じような短い銃だった。
《飛行者登録はどうした!? セキュリティは!?》
《……私が、解除した》
《ポクルイシュキン中尉……!》
無線に割り込んだ声に石川大佐が苦々しそうな声を上げた。
《香港の人口は340万人、守り切るには、数が必要。それに……夢華を飛ばしてはいけないとは、言われてない……》
《……だとしても危険すぎる。高少尉のF-15飛行経験は?》
「ない決まってんじゃねーですか」
《無茶だ! 慣れてない飛行脚での戦闘は……》
「その無茶を押し通すのが華僑流ってもんです」
右手の人差し指を槓桿に引っかけて初弾を薬室に送り込む夢華。
《……接近警報、数18、1-7-9より高速接近中、香港が射程に入るまで、あと9分》
コ―ニャが急かすようにそう言った。無線に小さく石川大佐の悪態が乗った。
《高少尉、スコーク2034、カイトフライト三番機、作戦行動を許可する》
「
夢華はそう返し、加速する。のぞみが追いかけるようにエンジンを吹かした。ひとみも慌てて追いかける。
「ゆめか! あんた勝手にどこ行く気!?」
「ネウロイぶっ叩くに決まってんじゃないですか」
なにを当然のことをと言いたげな彼女の答えにのぞみのいらだった声が答える。
「だからって先走られるのは困るって! カイトフライトのフライトリーダーは私! 従ってもらうわよ!」
「准尉が少尉に偉そうな口をきいてんじゃないですよ」
ぴしゃりと言い捨て、夢華はじわじわと加速する。速度が上下しているのは、ユニットの具合を確かめているのだろうか。
「どうせ3人で18機も相手にすることになりやがります。防衛線を作ることすらできねーのに連携も何もねーですよ。寄って撃って壊して次」
「だからって勝手に先走られると困るの! 米川が!」
「わたしですかっ!?」
「遠距離型でしょ、どうやってサポートする気よ?」
加速しながらもせめてスカートを押さえて飛んでいたひとみだったが名前を呼ばれて視線をずらした、のぞみはかなり焦ったような表情をしている。
「端から誰かの支援なんて期待してねーです。生き残るときは生き残るし、死ぬときは死ぬ。足を引っ張られるのも引っ張るのもイヤなんで勝手にやりやがってください」
その言いぐさに明らかムッとするのぞみだったが、ひとみは怒りよりもどこかかなしさを感じていた。モンファの後ろ姿を見ていると、その向こうで何かが瞬いた。
「話は終わりですだよ。――――ネウロイ目視、エンゲージ」
「あっこらっ! あぁもう、勝手に死なれちゃ困るのはコッチだっての! ひとみは高度取って相手の頭を押さえて全体把握! カイトスリーの支援を開始! カイトフライト・エンゲージング!」
「ツー!」
ひとみはオーグメンターを使って加速し、速度を上げた。頭を一気に持ち上げ、上昇。高度計がぐんぐん跳ね上がった。
足元を見るとくらくらとするほど高い。足元にはいくつもの島々が見える。小さく屋根も見える。人が住んでいるのだ。
「守らなきゃ。わたしたちが、守るんだ」
セーフティオフ。ワルサーWA2000を構える。スコープを覗き込んで、一度深呼吸、上がっている心拍数を少しでも落ち着けないと。
「すー……はー……」
スコープを覗いていない左目で大体のネウロイの居場所を掴み、右目で覗いたスコープで拡大する。三角定規が飛んでるような形の小型のネウロイが何機も飛んでいる。
「当てられる……はず!」
魔法陣を展開。何となく音が遠のいた気がした。
「……っ!」
撃鉄が落ちた時の衝撃で一瞬ライフルが跳ね上がる。それでもなんとか撃った相手をスコープの中に捕らえ続け、それが白い結晶となって弾け飛んだことを知る。
「まずは、一機……!」
WA2000は
《勝手についてきてんじゃねぇ馬鹿っ!》
《勝手にやれってゆめかが言ったから勝手に支援してんのよなんか文句あっか!》
《文句しかねーですっ! モンファつってんでしょ! FOX2!》
夢華の声が響くと同時に、彼女が先頭のネウロイを散らした。矢じりのような形で飛び込んできたネウロイが陣形を崩す。各個撃破の体制に持ち込んで、夢華が動いた。
ハーフロールを打って背面飛行に入ったのもつかの間、そのまま一気に高度を落とす。エンジン全開のパワーダイブだ。その先にはネウロイの姿がある。
細かく引金を引くように小銃を制御してネウロイはあっという間に灰となってしまう。その白い灰が風と重力で落ちるより早く、夢華はその間を突っ切った。白い光の束を衝撃波で散らして、引き起こし、海面近くを高速で飛びぬける。
ひとみはそれをなぜか綺麗だと思った。
《あの馬鹿……あんな低高度まで降りてどうするつもりだっ! 米川! アイツの上のネウロイ狙って! あの高度じゃ狙い撃ちされる!》
「はいっ!」
咄嗟に返事を返してWA2000を構え直した。照準線にネウロイを捕らえる。下向きにレーザーを撃ち散らしているのはおそらく夢華を狙っているから。息をいっぱいに吸って、少し吐く。そして引金を引く。その刹那。
「っ!?」
扶桑海軍のセーラー襟がレンズの端を過ぎった。それに気が付いた時にはもう撃鉄が落ちている。白く輝いてネウロイが消えるのを尻目に慌ててスコープから目線を外した。
「もんふぁちゃんっ!?」
《支援なんていらないって言ってやがるのきいてねーんですか》
そう言う夢華の声は上昇時のGのせいなのか少し声がきつそうだ。そんな彼女をネウロイが3機追いかけていく。慌ててそちらに銃を振ろうとした時、ひとみの真横にビームが走って慌てて飛び退いた。ロールを打って高度と引き換えに加速。慌てて銃を構えながら、振り返るように急制動。その衝撃で息を詰まらせながらもなんとか狙いをつける。追いかけてきたネウロイの真正面を何とか撃ち抜いた。コアが見えた。それでもネウロイは消えない。
「っ……!」
再度照準。その間にも追ってきたネウロイが赤い光を纏い始めた。撃たれる。シールド展開。間に合え!
そう思ってシールドを展開したが衝撃は飛んでこない。怖さに閉じていた目をそろりと開けるとネウロイのコアを銃剣で突き刺したのぞみの姿が見えた、直後ネウロイは爆裂。光の粒に変換される。
「支援だけにかまけてないでちゃんと回りを見る! でないと他のネウロイの侵攻に置いてかれるよ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「謝ってる余裕あるならちゃんと見る! ゆめかが先走ってるからとりあえず追いかけて相手の侵攻を阻止! 香港市街に入るまでに片付けるよ! あんたもその恰好で市街地戦やりたくないでしょ!」
そう言われ顔を赤くするものぞみはそんな彼女を待ってはくれない。必死に忘れようとしていたことを思い出してしまう。とたんに足の付け根のあたりの解放感を意識してしまい頬が赤くなるのを感じる。
「ほら行くよ!」
「まっ、待ってくださいよぅ!」
ひとみが慌ててのぞみをおいかける。ネウロイの群れが放つビームが空をまばらに染めるなか、ひとみも速度を上げた。
ストライカーユニットの操作は簡単なようで煩雑だとよく言われるが、夢華はそうだとは思ってなかった。少なくともそんな難しいことを戦闘でやる余裕はないはずで、コントロールは至極簡単にできなければいけない。というよりも、至極簡単だからこそ、空を飛んで戦えるはずなのだ。
だからこそ、そんな簡単なことが出来ない人間は、空を飛ぶ資格はない。幸いにも夢華はその資格がある人間だった。
「……とりあえず生き残らなきゃいけねーんですけどね」
そうぼやきながらハーフロール。左頬のすぐ横をレーザーが霞める。掠めただけで熱湯を引っかけたような熱さを感じる。高温の粒子状の何かをぶっ飛ばしてるとも光学レーザーの強力版らしいとも聞くが、夢華にとってその正体はどうでもいい。どちらにしても当たれば死ぬものには変わりなく、その正体がなんであれ当たらなければいいだけだ。
ハーフロールの頂点、天地が入れ替わる。海面側に発砲。真下に見えた敵が白く光って消えたことを確認。撃破。
「残り12!」
観光気分の扶桑人二人は置いてきた。12対1は絶望的かもしれないが、足を引っ張られる12対3よりは幾分マシだ。
やることは単純、相手の頭を押さえて、引金を引くだけ。それでいいのだ。それ以外のことは必要ない。
背面飛行のまま引き起こし。上下が反転したままの姿勢だから一気に頭から突っ込む形になる。初めて使った
真正面に向けて放った小銃弾が編隊の先頭をゆくネウロイを散らした。相手が散開。こちらも引き起こし、
腰に差していた手榴弾の安全ピンを左手で引き抜いた。バネの力で安全レバーをベルトに残したまま放り投げられる
「もらったぁ!」
使用した破片手榴弾はそれ単体で撃破できるほど威力はない。それでも至近距離で爆裂すれば、装甲の一つや二つは削れる。そしてそこに小銃弾を叩き込めば、ある程度楽に撃破できる。しかし普通ならば、手榴弾を空を飛び回るネウロイに当てられるかの方が問題になるのだが、夢華についてはそこについてはクリアできていた。
固有魔法。
夢華が眺めた『数秒先の未来の可能性』をなぞるようにして、物事が動いていく。これがあるから生き残ることが出来、これがあるから、華僑空軍の高夢華少尉は軍人たりえたのだ。
「高々ネウロイ程度が香港を落とそうなんて100年はえーんですよ」
そう嘯いて、加速。見込み通りに夢華の横をビームが抜ける。それを避ける動きのままバレルロール。高度を落としてネウロイの前に出る。緩やかに降下しながら加速。これが一番加速しやすい。そしてネウロイの前に出た。オーグメンター、オン。急加速。ネウロイが追ってくる。
「食いつきやがりましたね」
適当に後方に弾をばら撒きながら海面スレスレまで降りる。F-15の加速ならネウロイも追いすがることはできても、追い抜くことはできないらしい。そもそも空中戦で追い抜くことに意味はあまりない。追いかける方が攻め、追いかけられるのは守りなのだ。
「なら交代させりゃーいーんでしょう」
一瞬頭をあげて急減速。同時に小銃の銃床を脇の下に挟んで真上に向けた。ネウロイが頭のすぐ上を飛び越えるのを見越して引金を引く。フルオートで引きっぱなしにした引金のせいで絶え間なく飛び出す小銃の弾がネウロイに穴をあけていく。小銃の
ビームが夢華を撃ち落とさんとやってくる。もう目の前には香港の街が見えていた。ここで勝負を仕掛けなければ、市街地上空での戦いになってしまう。
上昇、上昇、上昇。背後にはネウロイが三機。ビームが夢華を何度も追い抜いていく。だがその機動はすべて
高度6000フィート。十分に高度を稼いだ。ネウロイ側もそろそろ必殺の間合いに入っただろう。
「……せいっ!」
一気に魔法力を絞り、出力をアイドルへ。フラップとスタビレーターをめい一杯上げ切る。空気の流れが剥離して、足に強い振動を与えた。失速警報を無視。速度が一気に失われ、引いてきた雲が弾け飛んだ。
ネウロイに感情があるなら驚いただろうか。
そんなことを考えながら夢華は一瞬の無重力感を感じて、ゆっくりと体を反らした。空を前面に仰ぐような形。背中から海に向けて落ちるように重力に引かれ降下する。その目の前を……ネウロイが飛びぬけた。
撃破。
体を振って頭を下に。ストライカーの翼が気流を捕らえ、身体を安定させる。出力増加。加速。
夢華を追ってくるネウロイも慌てて反転して降りてこようとするが、それより早く夢華は低空で背面飛行に入った。反転しようと腹を見せているネウロイに銃を向けて、引金を引く。距離があるとどうしても弾数が増えるが、それで撃破できれば問題ない。弾倉一つ空にして、撃破。ロールを打って通常飛行に。
古い弾倉を海面に落とし、新しいものを叩き込む。後で上官に回収しておけと小言を言われるかもとは思ったが、優先するべきは撃破だ。丁度横にネウロイのビームが振ってきたし驚いて取り落としたということにしておこう。
再加速。高度を滑らかに上げつつ、
「手ごたえねーですね……」
時速三桁キロの世界では遠くに見えていた香港のビル群もあっという間に近づいて来てしまう。上昇の動きに変えて少しでも距離を稼いでおく。レーダーを信じるなら後6機。これなら十分間に合うだろう。
追いかけてきたネウロイとの距離を意図的に詰める。そして重力を活用してふわりと減速。夢華の魔法はそうすれば真上をネウロイが飛び越えていくことを示していた。
その、はずだったのだ。
「……っ!?」
虚空を弾丸の列が通過する。相手がいない。目の端で赤い光が停滞しているのを認める。
―――――読み間違えたってんですか……っ!?
夢華の魔法は『数秒先の未来の可能性』を提示するものだ。だが、運命論的にすべての確定した未来を示すものではない。未来はとても流動的であり、遠い未来になればなるほど様々な可能性が関わってくるせいで、はっきりとはみえなくなる。すなわち、こう動く可能性が高いというものを示すだけに過ぎないのである。そして夢華はたくさんの取り得る未来の中から経験に裏打ちされた直感で選択し、行動している。
だから、夢華が見た『未来の可能性』から外れることは、多くはないにしても、ありえる。たとえそれが3秒先の未来だったとしても、だ。
シールドを張るべきか、避けるべきか、迷った。その刹那が仇となる。
ネウロイが笑っているようにすら見えた。その光線が放たれようとしている。反射的にシールドを張ろうと手を伸ばす。しばらくシールドを張ったことがなかったせいか自分でも展開がひどく遅く感じる。
そして次の瞬間、そのネウロイが真っ二つに切り裂かれる。夢華の頬を掠めるようにして高熱のビームが駆け抜けた。その痛みにとっさに目を閉じると次の瞬間に前につんのめる。
「アンタ馬鹿!? 勝手に突っ込んでおいて勝手に死にかけるとか何様のつもりだっ?」
真正面からぶつけられた怒声に目を開ける。左手で夢華の胸倉を掴んで引き寄せたのぞみがものすごい形相で睨んでいた。『それをのぞみが言う?』というコ―ニャの無線は黙殺して続ける。
「階級で上だろうが国が違おうが、あんたは今カイトフライトの三番機だ。私が一番機である限り、あんたには勝手に死ぬ権利なんて一切ないこと覚えてろ!
右手に銃剣付きの小銃を下げるその手は本当に怒りで震えていた。
「あんたが何抱えてるかは知らないし知りたくもないし聞かないけどさ、感情論だけで動くな!」
それだけ言ってのぞみが夢華を突き放した。その間をネウロイのビームが横切った。反射的に銃をそちらに振り上げると、それより早くネウロイが吹っ飛んだ。
「サンキュ、米川。……あんたが思ってるより扶桑皇国軍はヤワじゃない、舐めるな」
のぞみがそう言ってエンジンを吹かす。それを追いかける夢華。
「あんた、ウィングマンの経験は?」
「ねーですよ」
「ならしゃーない。じゃぁ好きに喰いな
「……横取りは許さねーですからね」
「共同撃墜ならいいわけだ」
鼻を鳴らしてそれに答える夢華。増速。あと四機を落とさねばならない。もう香港の摩天楼は目前。急いで追いつかんと前に飛ぶ。
「ゆめか、あんたはどうしたいよ?」
「モンファっつってんでしょ。……
「
「なら先回りしてとおせんぼしやがれください」
「りょーかい。街を直接守ればいいのね?」
「まぁ出番がないようにあたしが落とすので問題ねーんですけどね」
「強がりは結構。かっちり守ってやるから心配しなさんな。米川! 聞いてたわね?」
《はいっ!》
「あんたは上空からバックアップ。乱戦おっぱじめる気の夢華を遠距離から守ってやって」
《わかりました!》
ひとみの声を無線越しに聞いたのぞみが頷いてネウロイの真上を飛び越えていく。適当に機銃弾をばら撒いていき、ネウロイの気を引きながら乗り越えて行くのぞみを尻目に夢華は高度を取る。この合間に少しでもいい場所を締めておきたい。
「
《ミーちゃんって私……?》
「ほかに誰がいんですか。じゃ、任せるですだよ」
そう無線に投げてから相手の真上を取る。夢華の視線の先ではのぞみが上手いこと眼下に広がる香港を守っていた。のぞみ自身が高度を上げることでビームの流れ弾が街にいかないようにする腹積もりだろう。
「……たく、誰かと戦うのは性にあわねーんですよ」
そうぼやきながらも、彼女はその場でコンパクトにハーフロール。降下、開始。
「狙撃!」
無線に叫んでからワンテンポ遅れて左端のネウロイが砕けて消えた。断末魔のようなネウロイが砕ける音を聞きながら夢華は小銃の引金を引いた。右翼の端にいるやつを粉にしてから下に飛びぬける。海面スレスレまで飛び込んで速度を上げた。新しい弾倉を叩き込む。
「左はくれてやります」
「はいよ」
夢華が体を引き起こすと、のぞみが左手一本で張ったシールドでビームを受け止めていた。その横をすり抜ける。
刹那の間、目があった。
のぞみが追い付いてくる。銃剣付きの64式小銃を腰だめに構えるのを横目に、夢華は95式自動歩槍を構えた。
「おりゃああああああ!」
「とっか―――――ん!」
真正面からネウロイと交差して。
その背後で最後のネウロイが塵と消えた。