ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第十話 「ポジティブクライム~ひしょう~」後編

「ふー、終わった終わったー」

 

 のぞみがそう言って伸びをした。夢華はどこかぶすっと膨れている。

 

「街への被害は皆無。避難等で経済的損失が上がった以外、被害は出てないみたいだけどさ、なーんでゆめかちゃんはそんな不満そうなの」

 

「モンファだって言ってやがんです。それに別に不満なんてねーですよ」

 

「面白くない顔してるけど?」

 

「元がブサイクだからじゃねーですか?」

 

 夢華は主装備の95式自動歩槍を釣り紐(スリング)で担ぎながら軽く流すようにそう言った。

 

「いーや、違うねゆめか」

 

「だからモンファ!」

 

「あんた黙ってればふつうに美少女で通るんだし不細工ってことはないでしょ」

 

 口にはしないがどこか見透かされているようで、痛い。夢華は黙ったままゆるゆると加賀に向かう。

 

「……ま、いいけどさ」

 

 肩を竦めたのぞみが空を仰いだ。手でメガホンを作ってそっちに叫ぶ。

 

「よーねーかーわー! 帰るよー! 降りてらっしゃーい!」

 

「無線ならわざわざ叫ばなくてもいーでしょうに……」

 

 夢華がうるさそうに魔導ヘッドセットを押さえている。骨伝導イヤフォンだから耳を押さえたところでいやでも耳に入るのだ。

 

《降りなきゃ……だめ……ですよね……》

 

「なに? その恰好で魔力切れで墜落したい?」

 

《そっ……それはいやですけど……!》

 

「ま、わかるけどねー気持ちはさ。戦闘中も高度落とさなかったのってあれでしょ? 高度取ってれば下から見上げられてもわからないからでしょ?」

 

《わかってるならわざわざ指摘しないでくださいっ!》

 

 ひとみの必死な声にのぞみが笑いをかみ殺す。

 

《だって、こんなにミニじゃ……クシュン!》

 

「ほらほら、風邪ひくから早く降りといでー」

 

《うぅ……っ!》

 

 ひとみがゆっくりと高度を落としてくる。顔を赤くして短い丈の――というより無理矢理短くまとめた――空色のチャイナドレスの裾を精一杯下向きに押さえながら降りてくる。

 

「こんなんで真っ赤にしてたらこの後が怖いよー? なんせ加賀に着艦しなきゃいけないからねー」

 

《分かってます、けどぉ……!》

 

 ひとみはそう言っていやいやをするように顔を横に振った。これから進む先にはヴィクトリアハーバー、そしてそこに並ぶ摩天楼や歓楽街が見える。そのビクトリアハーバーのど真ん中にある軍用桟橋に加賀は停泊しているのだ。

 

「あ、あそこに降りなきゃいけないん……ですよね」

 

「ほかに一度降りても同じことよ?」

 

「繁華街の上を……飛ばなきゃ……ですよね……?」

 

「そうなるわね」

 

「なんでそんな面白そうな顔してるんですかのぞみ先輩っ!」

 

 そんなことないわよ、と口では言うものの、のぞみは至極楽しそうだった。夢華は溜息。

 

「そんな冗談してないでアプローチすんじゃねーんですか」

 

「そうねぇ、じゃぁ米川は腹くくろうな、プッシュチャンネル3」

 

「そんなぁ……」

 

 ひとみの不安げな言葉を無視してのぞみが無線のチャンネルを切り替えた。コンタクトするのはマーシャル管制だ。

 

「KAGA-MARSHALL. This is KITE-FLIGHT, 15 miles south of you. Request approach」

 

《KITE-FLIGHT, KAGA-MARSHALL. Rader contact. Your request is approved. CACE I RECOVERY. Decend and maintein angel 2 and start hold POINT-1》

 

「け、ケース・ワン・リカバリー……!」

 

 マーシャル管制からの指示はいつも通りの指示だ。2000フィートまで降下して高度を維持。空母の真上から反時計回りに長方形を描くように旋回しながら飛んで、着陸指示があるまで待機せよ。

 

 この指示に青ざめるのはひとみだ。待機パターンは空母の前後それぞれ2.5マイルに及ぶ大きな長方形を描くことになる。加賀は今ビクトリアハーバーの桟橋に係留されている。……つまり、どう考えてもビクトリアハーバーを挟んだ市街地の上空を行ったり来たりしなければならないことになる。

 

「ま、安全な降着の為だからしかたないね」

 

「わかってますよぅ……」

 

 ひとみがぼやくがそれに取り合わずのぞみが旋回の合図を出す。人差し指と中指を立て、二回振った。一番機から順番に編隊解除(ブレイク)。二秒間隔で旋回し、縦一列に並ぶように飛べという指示だ。二秒は短く聞こえるが、ジェットストライカーの速度があれば十分に安全な距離となる。

 

 のぞみが左旋回。ひとみが頭を振るようにして二秒数えてから同じ方向に角度を変えた。高度計が2000フィートを示すように緩やかに降下。あっという間にビクトリアハーバーに沿うような形で香港入りだ。

 

《KITE-FLIGHT, Contact KAGA-APPROACH, channel-1, KAGA-MARSHALL》

 

「KAGA-MARSHALL, Willco, Push channel-1, KITE-FLIGHT」

 

 のぞみの管制の受け答えを聞いて、ひとみも無線の周波数を切り替える。

 

 発艦も着艦もウィッチ一人を飛ばすだけで沢山の人が関わっているのを感じる。着艦に関わる航空管制だけでも、ストライク管制、マーシャル管制、アプローチ管制、LSOと4人は関わっている。

 

事前登録(プリセット)のチャンネル1、加賀のアプローチ管制だ。

 

「KAGA-APPROACH, KITE-FLIGHT, Now approaching POINT-1. Mother’s insite」

 

《KITE-FLIGHT, KAGA-APPROACH, Rader contact, Start hold from POINT1》

 

 加賀を目視したことをのぞみが伝えるとすぐに先ほどと別の人の声で指示が飛んでくる。やっぱり上空待機だ。ひとみは左手で裾を押さえながらのぞみに続いて右旋回。摩天楼の窓ガラスに青空が反射してきれいだ。加賀の2000フィート上空を飛びぬける。ポイント1通過。あとは長方形を描くように適宜左旋回を繰り返すだけだ。

 

「み、見えませんよね? 下から見えたりしませんよね?」

 

「後ろからは丸見えってんです」

 

「ひゃっ!?」

 

「あたしから見えたって別にどうってことねーじゃねーですか。女同士恥ずかしがっても埒が明かねぇってんですよ」

 

「で、でもぉ……」

 

 気になっているうちにのぞみが旋回。ひとみが慌てて追いかける。その様子を見ていられなくなったのか、部隊内無線が入感した。

 

《米川》

 

「石川大佐?」

 

 ひとみの名前を呼んだ石川大佐の声はいつもよりも優しい色で、それにどこか落ち着く。

 

《安心しろ、空では誰も見ていない》

 

 そう言われてそう思いこもうと自分に言い聞かせる。その思考にいきなり別の人の声が割り込んだ。

 

《だが私は見る》

 

「ひゃっ!?」

 

《霧堂貴様は黙れっ! ……妙な混信はあったが誰も見ていない。お前は安全に降りてくることに集中するんだ》

 

「りょ、了解……」

 

 とんでもなく微妙な無線に一応了解を返して、ひとみは溜息をついた。

 

「ま、そういうこともあるわね」

 

 のぞみが乾いた笑みを浮かべてまた左旋回。先ほどとは逆方向……香港島に向けて海峡を横切る方向に飛び始めた。直後無線が入感。

 

《KITE-1, KAGA-APPROACH, Clear to Land. After passing POINT-IV, decend flight level 06 to Point-3. KITE-2 and 3, maintain level and hold》

 

 まずはのぞみに着艦許可が下りた。ひとみと夢華は高度を維持して飛び続ける。待機経路の維持は二番機であるひとみに責任が移る。本格的に飛行に集中しないとまずい。ただでさえ着艦には危険が伴うのだ。

 

「……でも、気になるのは気になる……よね……」

 

 まさかこんな格好で襲撃したウィッチは自分ぐらいだと、ひとみは思う。

 

「ほら、うじうじしてないで飛びやがれです」

 

「もんふぁちゃんもわかってるから……」

 

 そうこうしている間にものぞみが加賀に着艦したらしい。無線が入った。

 

《KITE-2, KAGA-APPROACH, Clear to land. Decend flight level 06 to Point-3》

 

「カイト・ツー、ラジャー、ディセンド・フライトレベル・ゼロシックス・トゥ・ポイントスリー」

 

 600フィートまでの降下指示。加賀の左舷側を横切るまでにはその高度にならねばならない。夢華に敬礼を送ってから降下開始。滑らかに高度を下げつつ、左旋回。加賀が先ほどよりも大きく見える。

 

「カイト・ツー、リーチング・ポイント・ワン」

 

《Roger, KITE-2. Do not acknowledge for further transmissions》

 

 復唱不要の指示。着艦誘導が始まったのだ。青い魔力光が大気を押し出し、ひとみをゆっくりと降下させていく。

 

《Initial rate of decend is good. Approaching pich, heading 2-3-5 for Vector to fix POINT-II》

 人が歩いているのが遠目にわかる。すごくむず痒く思いながら裾をしっかり引っ張って隠しながらターン。クロスウィンドレグに入って、指示された235度に向かって飛ぶ。

 

《Slightly above glidepath, adjust rate of decend》

 

 降りたくないって思っているのが出ているのかもっと降りてこいとの指示。高度計を見ればまだ1200フィートぐらいだった。そろそろ1000フィートを目指さなければならない。足元にはのぞみが言っていたネオン街の看板があった。

 

 旋回指示。ダウンウィンドレグに入る。来た方向を逆方向に進む。なんとか降下率を合わせる間にもストライカーはどんどん体を押し進めていく。

 

《Reaching POINT-III, TAS-D should be on》

 

 タスディと言われ地上時姿勢安定装置(TAS-D)が起動していることを確認する。これが無ければ甲板の上で上手く止まれず海面にランデヴーとなる可能性が格段に上がる。

 

「タスディ・オン。グリーンライト」

 

《Roger, GREEN-DECK. Heading 0-5-5. Go POINT-IV》

 

 甲板の着艦用意も整ったらしい。機首方位55度に旋回して、指示されたポイント4に向かう。速度は112ノット。フルフラップダウン。着陸灯点灯を確認。350フィートで最後のポイント4を通過できるように降下していく。

 

《Now guidance limit. take over visually, if Mother not insight, execute missed approach》

 

 誘導限界限界に達した。有視界飛行に変更し、加賀が視えなければ、進入復行(ミストアプローチ)せよ。その指示を聞いてひとみはちらりと視線を動かし、加賀を目視した。

 

「マザー・インサイト」

 

《Roger, Approached POINT-IV. Contact LSO Channel2》

 

 ポイント4に到達、着艦信号士官(LSO)に指示が移された。

 

「プッシュ・チャンネルツー、カイト・ツー」

 

 そう言って無線チャンネルを切り替える。ここから先はエンジンの出力と高度との勝負だ。

 

「エル・エス・オー、カイト・ツー、ポイント・フォー・パッシング」

 

《はいはい、インサイト。おしっこ我慢してるの?》

 

「してませんっ!」

 

 いきなり航空無線からプライベートど真ん中な会話が飛んできてとっさに叫び返した。とっさにバランスを崩さなかったのは自分でもよくやったと思う。高い女性の声がケラケラと笑う。

 

《いやいや、おまた押さえてもじもじしてるからね。緊急事態なら真っ先に降りてくればよかったのに》

 

 その声に盛大に溜息をつきそうになったが堪えた。着艦信号士官(LSO)は海軍系の(エクス)ウィッチが軍に残るときに配置される部署の一つで、たぶんこの人も元ウィッチだ。海面の波の一つ一つが見える高度の低さで加賀の真後ろについた。

 

《悪かったって、機嫌直してよ。コールボール》

 

 光学着艦誘導装置(IFLOLS)を確認しようと加賀の後端を見る。レンズを通り抜けた青い光が見える。正規のルートに乗っている。

 

「ボール」

 

《ラジャーボール。速度少し落としな、スレッショルドで90ノット以下だよ》

 

「了解……!」

 

 少し体を起こし、空気抵抗で減速。全遊式水平安定板(スタビレーター)でバランスをとりながら加賀の後端に飛び込む。

 

《スレッショルド! リバーサー!》

 

 WA2000の吊り紐(スリング)を左手でつかんで銃が暴れないようにして甲板の端(スレッショルド)に飛び込んだ。そのまま足を前に振り出し、エンジン出力を上げる。万が一の時はこのまま空に飛びあがらなければならなくなるからだ。

 

 一瞬背骨が軋む。一気に速度が落ちてゆっくりと甲板に速度を合わせる。人が歩くぐらいの速度の移動速度になると横からストライカー固定用の鎖を下げた加藤中尉が駆け寄ってくる。互いに敬礼を交わしてから加藤中尉の指示に合わせて、ユニットハンガーに向かう。甲板員に支えてもらうようにしてユニットハンガーにストライカーを預けた。

 

「ふぅ……!」

 

「ヒトミンえらい。その恰好でよく頑張った。4機撃墜、通算8機。これをもって米川ひとみ准尉も晴れてエースパイロットの仲間入りだ」

 

 そう言われてもどこか実感がない。それよりも体がヘトヘトだった。ジェットストライカーを使った後はどこか頭がぼうっとしてしまう。

 

「緊張と急な魔力消費でへとへとかな?」

 

「はい……」

 

 後ろからひょいとわきの下を抱えられるような形でストライカーから引き抜かれた。ストライカーのどこかふわふわした感覚から感覚が変わる。正座から立った直後みたいなチリチリとした痛みが軽く足にかかる。

 

「ま、お疲れさま。こーにゃんから大体聞いてるよ。一休みしたらもうひと頑張りして服を取り返しに行かなきゃね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、無事にネウロイも倒したし米川の空軍手帳を取り返さないとね」

 

「あの、私のズボンは……」

 

「二の次」

 

「そんなぁ…………」

 

 ばっさりとのぞみに斬り捨てられるひとみ。それだけ空軍手帳が大切なものであることは理解しているが……やはり他人に自分の服、それもズボンのことを二の次と言われるとショックである。なんせそのズボンが今なにされているのか分かったものでは無いのだ。普通にコワイ。

 

「ポモドーロ中尉まだー?」

 

「Покрышкин……でた」

 

 コーニャがのぞみにタブレットを渡す。短時間で空軍手帳に内蔵されているチップを頼りにコーニャが逆探知したのだ。表示された広大な香港の地図のとある一点には赤色のピンが輝いていた。

 

「うーん、加賀からだとちょっと遠いかな。車出させようか?」

 

「艦長が湧いた!」

 

「湧いたはひどくない? Gじゃあるまいし」

 

「G……ぐらびてぃ?」

 

「いや、Gって言ったらあれでしょ? 昆虫網ゴキブリ目のカサカサ動くヤツ」

 

 扶桑ならチャバネが一般的だね、と付け加えるのぞみ。

 

「なんでそんなに詳しいんですか……」

 

「え? これくらい一般常識、一般常識」

 

「先輩の常識を一般に当てはめないでくださいよ……」

 

 普通はそこまで詳細に言えない。この人は一体どんな教育を受けてきたのだろうか。

 

「とにかくヒトミンの空軍手帳は取り返さないとね。ほら、車の準備はできてるかられっつごー!」

 

「待て」

 

 右手を高々と突き上げて出て行こうとした霧堂艦長の首根っこをいつの間にか現れた石川大佐が掴む。

 

「貴様は艦長だろうが! 艦長がふらふら出歩くな!」

 

「あーれー、ご無体なー」

 

「うるさいっ!」

 

 ずるずると引き摺られていく霧堂艦長。もう見慣れた光景に「あ、またか」みたいな雰囲気が周囲に流れた。

 

「さて、いこっか。せっかく車を用意してくれたんだし」

 

 加賀から出ると、重厚感のある車の前に筋骨隆々の逞しい男性が待っていた。霧堂艦長の言っていたのはこれだろう。

 

「すみません、ここまで」

 

「わかりました」

 

 のぞみがタブレットを見せる。体躯のいいその男は画面を確認すると小さく頷いて後部座席のドアを開けた。入れということだろう。3人が後部座席に滑り込む。

 

「で、なんで夢華がいるわけ?」

 

「地元の人間がいた方がなにかといいってんですよ。行ってやるんだから感謝しやがれです」

 

「まあ、いいけどさ」

 

「ズボン……ズボン……」

 

「ああもう米川うるさい! ちゃんと返ってくるから安心しなさい!」

 

 ぶつぶつとうわ言のようにズボンと連呼するひとみ。頭の中は空軍手帳のことよりもズボンが返ってくるかどうかでいっぱいだった。

 

 車は町の中を何度もカーブ。そして道脇に寄せて停まった。

 

「ここの辺りですね」

 

「えっと、なんか……」

 

「はっきり言って汚いね」

 

 ひとみは窓から町並みを見つめた。観光で歩いていた時の華やかさは消え、壁の落書きが目立ち、ごみが散乱している。そして道端には継ぎ接ぎのボロを纏った目つきの悪い男がたむろしていた。

 

「車から出ねえでくださいよ」

 

「あ、ちょっとゆめか!」

 

 のぞみの制止を振り切って夢華が車のドアを開けて路地の奥へと突き進んでいく。

 

「ど、どうしますか?」

 

「まあ夢華が戻ってくるのを待とっか。ちょっち危なそうだし、ここは郷の者に従っといた方がいいみたいだし」

 

「でも夢華ちゃんが……」

 

「あんだけ堂々と入ってったんだし大丈夫でしょ。ほら、帰ってきた」

 

 のぞみが窓の外を指差す。その延長線上にはさっき入っていった路地から夢華が荷物を抱えて戻ってくる姿。

 

「ん、これが目当てのもんでいやがりますよね?」

 

 ドアを開けて夢華がひとみに向かって荷物のうちひとつをぞんざいに放る。ひとみの膝に投げられたそれは紛うことなきひとみのズボンだった。

 

「私のズボン!」

 

「その他も全部回収しやがりました」

 

「ナイス夢華!」

 

 夢華が置いた荷物を確認。財布から服、そして空軍手帳まですべて完璧な状態だった。

 

「ありがとう、夢華ちゃん」

 

「なら次からはもう無いようにしやがってください」

 

自分の財布や服をひとみがぎゅっと抱きしめる。フン、と夢華が鼻を鳴らした。

 

「じゃあ加賀に帰ろっか」

 

「そうですね」

 

 会話の流れを聞いていた運転手がエンジンを掛けてアクセルを踏んだ。車はだんだんとスラム街から遠ざかっていく。行きと同じ風景が逆再生され、ほとんど同じ時間で加賀へと到着した。

 

「ありがとうございました!」

 

「いえ。それでは」

 

 それだけ言い残すと運転手はまた車に乗り、走り去っていく。ずいぶんと無口な人だったな、と思いながら車が見えなくなるまでひとみは加賀の前で見送り続けた。

 

 

「ま、今日はネウロイも撃破できたし、米川の空軍手帳も無事に返ってきたし上々でしょ」

 

 203オフィスとは名ばかりの空き部屋でのぞみが椅子の背もたれに体を預ける。夢華は加賀に乗るとさっさと部屋へ引き上げてしまい、結局この部屋にいるのはのぞみ、ひとみ、そしてコーニャだった。

 

「コーニャちゃんもありがとうね。おかげでちゃんと戻ってきた」

 

「ん……なら、よかった」

 

 タブレットをいじりながらコーニャが頷く。

 

「あれくらいはポタージュ中尉にかかればお茶の子さいさいだよね」

 

「Покрышкин……」

 

「あはは……」

 

 今度はポタージュか、と内心で呟くひとみ。毎回思うことだが先輩の語彙はどれだけ豊富なんだろう。これまで何回も似たような場面を見てきたが、一度たりとも被ったことはない。

 

「そういえば霧堂艦長はまだ石川大佐に絞られてるのかなあ……」

 

「やっほー! 呼ばれて飛び出て霧堂明日菜! ただいま参上!」

 

「うわ、また湧いた」

 

「のんちゃんひどーい。せっかく石川大佐の説教から逃げてきたのにー」

 

 霧堂艦長がカラカラと笑う。逃げてきた、ということから今ごろおそらくは石川大佐の沸点は限界突破し、般若の形相になっているだろう。

 

「それよりヒトミン、このサイトを見たまえー」

 

「えっ? なんですか……ああっ!」

 

 霧堂艦長の差し出したタブレット。そこにはストライカーで香港の空を飛んでいるひとみがアップになって映っていた。もちろん例のチャイナ服で飛んでいる姿である。安全ピンで裾を留めていたため、超ミニスカートのようになりもういろいろと見えそうな画像だ。

 

「な、ななななんでこんな写真が!」

 

「戦闘終了後に着艦するとき順番待ちで市街地を旋回してたじゃん。あの時に撮られてたみたいだねー」

 

「消してくださいー!」

 

「私にできるわけないよ。だってこれネットにあがってるやつだよ? どうしようもないって」

 

「うう、そんなぁ……」

 

 うなだれるひとみ。もうネットにあがってしまった以上、ひとみに止めることはできない。ただ延々と電子の海で回り続けるだけだ。

 

「あれ、私にはできないけど……コーニャ、ちゃん?」

 

 電子戦のエキスパートであるコーニャなら消せるのではないか。一縷の望みに賭けてひとみはコーニャの方を向く。

 

 ばっちり目と目が合う。お願いします。神様、仏様、コーニャ様!

 

 思いのこもった視線で見つめ続ける。だがこの世界に神はいないようだ。ふいっとコーニャは目線を外した。

 

「コ、コーニャちゃあああああん!」

 

 ひとみの悲痛な叫びが部屋に反響する。結局のところ、チャイナドレスの画像データは消してもらえずにその後もネットで語り継がれていくのだった……

 

 

 

 

 

 なお、噂になった例のチャイナドレスのせいでひとみの給料の半月分にあたる額が吹っ飛んだのはまた別の話。

 

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