ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第十二話「レーダーコンタクト~ひとり~」前編

「米川機をロストした!?」

 

 飛んできた報告に石川大佐がオウム返しに叫んだ。暗い指揮管制所に声が反響し、横にいた霧堂艦長がその声量に片耳を抑える。それをちらりと見てから石川大佐はインカムを押さえ直した。

 

「……どういうことだ?」

 

《カイト・スリーは捜索のために離散隊形を取っている間にロストしたと言っている。ネウロイの反応もビームも確認されていない》

 

「米川機の情報は?」

 

《不明。一切の情報が上がってこない》

 

 コ―ニャから上がった報告に、石川大佐は唇を噛んだ。汚らしい言葉(Fワード)を口にしようとして、止める。部下が聞いている。教育的にも上司的にも聞かせていい言葉じゃない。

 

「……ポクルィシュキンが情報を捕まえられないとなると、考えられるのは米川機の無線システムが一斉にダウンしているか、救難信号を出す余裕もなく、撃墜されたか、か」

 

《撃墜の可能性は、かなり低い》

 

 コ―ニャの声は淡々としている。

 

「その理由は?」

 

《二つ。一つは夢華の固有魔法。飛行中、夢華は可能性予知が使える。ネウロイのビームを予知していない》

 

「もう一つは?」

 

《ネウロイのビームが走ったなら、A-100飛行脚のセンサーで捉えられる。ウィッチを即死させられるようなビームなら、通信に影響がでる。ひとみロストした直後、夢華との通信は明瞭。通信障害が起きた形跡もない》

 

「となれば……米川だけが原因不明の理由により忽然と姿を消したということか」

 

 逡巡し、決断を下す。早いに越したことはない。

 

「……霧堂」

 

「くると思った。いいよ。船ごと向かおうか」

 

 一瞬の間も置かずに霧堂艦長が言う。

 

「恩に着る。……一度全員帰投しろ。装備を整え、米川の捜索を行う」

 

《了解。カイト・スリーをストライク管制圏まで誘導する》

 

「頼む。高少尉をストライク管制に引き継いだ時点でポクルイシュキン中尉は先に帰投しろ」

 

《わかった》

 

 無線が切れる。目の前に広げていた電子書類に保存をかけ、立ち上がる。

 

「……石川、あんたが今思ってること当ててあげようか?」

 

「貴様とお喋りしている余裕はない」

 

「いーや、あるね。こーにゃんと夢華ちゃんを引き戻したってことはその後ブリーフィングをするはず。それまでの余裕はある。違う?」

 

 霧堂艦長はそう言って笑う。

 

「さくらちゃんが考えていること一つ目、捜索の手が足りない。私も飛ぼう。偵察型のファントム(RF - 4)を用意しなきゃ」

 

「分かってるなら……」

 

「さくらちゃんが考えていること二つ目、自分が飛んでればこんなことにならなかった」

 

 霧堂艦長は艦の個別兵装を指揮する指揮官卓の座席に座ったまま、振り返るようにして石川大佐を見る。

 

「……図星だよね。それ、部隊全員に失礼だから」

 

「……」

 

 押し黙るという表現が似合う表情で石川大佐が黙り込む。

 

「まずはあんたが落ち着かないと。あんたの指示で全員が動くんだ。人類連合軍大佐、石川桜花」

 

「……言われなくとも」

 

「だったらあんたが真っ先に飛び出そうとしないの。もうあんたは強行偵察ウィッチ(ワイルドイーゼル)じゃないんだ」

 

 そう言った霧堂艦長の表情を見て、石川大佐は黙り込む。どこか寂しそうな笑みで言われれば、言える反論などなくなってしまう。

 

「……くそ」

 

「汚い言葉を使わないの」

 

「無線は切れてるんだろう。悪態ぐらいつかせろ」

 

 そう言った石川大佐には肩を竦めるようにして返す霧堂艦長。その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「それで、どうするの?」

 

「米川が自分から無線を切るとは考え難い。十中八九何らかのトラブルに巻き込まれたとみて間違いないだろう」

 

「それは同感。グレそうにないもんねーひとみんは」

 

 霧堂艦長はそう言って笑う。

 

「F-35の機械的故障?」

 

「実用実験は十分行われている、通信機器が使えなくなるような深刻なトラブルなんて俺は聞いてない」

 

「でも可能性はゼロじゃない、かな?」

 

「もしそんなことがあれば重大インシデントでは済まないがな」

 

 そう言って石川大佐は今回の哨戒図を見る。

 

「それより不可解なことがある。米川機がロストする56秒前まで、高少尉と米川は会話している。それはポクルイシュキン中尉が確認済みだ。陣形はラインアブレスト……同じ方向に平行に飛んでいて、たった一分足らずで魔力光すら残さずに消え去るか?」

 

 そう言われ腕を組む霧堂艦長。

 

「……まぁ、オーグメンターを使った加速ならありえるけどねぇ」

 

「オーグメンター使用時の爆音に高少尉が気付かないはずがない」

 

「だよね。夢華ちゃん耳良さそうだし……誰かが『きゃー、ひとみんカワイイー!』って連れ去っちゃったとか?」

 

「全く……貴様じゃあるまいし」

 

「でも、可能性はゼロじゃないよね?」

 

 霧堂艦長の声がすっと冷える。

 

「人類連合の最高機密(トップシークレット)級の飛行脚とライトニング・ドライバー(ひとみちゃん)が消え去った。大問題どころじゃないよ」

 

 石川大佐は霧堂艦長を見やる。彼女の笑みは同じ笑みだが、どこか黒い笑みへと代わっていた。

 

「周辺各国は喉から手が出るほど欲しいんじゃない? 低視認性(ロービジリティ)飛行脚。おあつらえ向きに海域は魔のスプラトゥーンだ」

 

「……貴様はどこかの組織の連れ去りだと?」

 

「可能性としてだよ。ここの利権はヤバイからね。……君はあまり聞きたくないかな? 石川桜花ちゃん」

 

「……場を弁えろ霧堂」

 

 そう言われるがどこ吹く風で霧堂艦長は続けた。その笑みが石川大佐の神経を逆なでする。

 

「スプラトゥーン諸島海域のパイは大きいからね。皆独占したくて仕方がない。東のフィリピンから飛んでくるリベリオン軍、西のベトナムから飛んでくるガリア軍、南のシンガポールからもブリタニア-アウストラリス連邦王国空軍だって機体を飛ばしてくる。勿論、南洋島を抱える扶桑皇国も、シーレーンは確保しておきたい華僑民国もまた然り」

 

「……それがどうした」

 

「そんな中でのこのこ最新鋭機を使って()()()()を行わせたんだ。うるさいでしょ? 普通なら」

 

「だから見せしめに落として見せた、と?」

 

「そこまでは言わないさ。空の仲間は家族だというし、どこのウィッチも進んで空の戦友を落としたいとは思わないだろうさ。でも、(まつりごと)は待ってくれない」

 

 霧堂艦長の声が冷える。

 

「203は国際部隊だ。そう簡単に向こうも手を出せなくなる、でもそれはそれだけ鼻につくってことだ。……可能性として人に落とされた可能性も否定しきれない、違うかな?」

 

 霧堂艦長は間を取るが、石川大佐は黙したままだ。重い間を破ったのはやはり霧堂艦長だった。

 

「もっとも、熱光学迷彩(とうめいマント)が開発されたなんて話は聞かないし、1分かからず忽然とひとみんを消し去るマジシャンに心当たりもないんだけどさ」

 

「……まったくだ。それに国際部隊たる人類連合を敵に回してまでやるメリットが思いつかん。それに、それができるならどんなトンデモだ。ネウロイのせいと言われた方が納得がいく」

 

「まぁ、その場合は、前者のトンデモが後者のトンデモに代わるだけだけどさ。……ま、おイタした人を笑って許すほど、人類連合も扶桑皇国海軍も甘くはない。そうでしょ、()()()

 

 その言いぐさに石川大佐は溜息をついた。

 

「感情的になってるのはどっちだ」

 

「あら、落ち着けとは言ったけど、私が落ち着いてるなんて一言も言ってないわよ。……ちょうどいい具合に(はらわた)は煮えくり返っているしね」

 

「……人に見せていい顔をしてないぞ、ユーフラテスの饕餮(とうてつ)

 

 あら失礼、と言っていつも通りの笑顔に戻る霧堂艦長。

 

「ま、お互いろくに飛べなくなったとしても、難儀な称号をいただいてるわけだ。私はまぁ人面羊でなんでも食べちゃうわるーい怪物ちゃんだし、あんたは根暗な感じなおくりびと。部下を率いるのに縁起が悪いことこの上ないね」

 

 でもまぁ、と笑ってから霧堂艦長は続けた。

 

「私のひとみちゃんに手を出したやつ、おしりぺんぺん100回程度じゃ許してやるつもりもないのさ。久々に食い散らかしたくなるのも無理はないでしょ?」

 

「だからいつから米川は貴様のものになったんだ……ほどほどにしとけよ、高血圧は体に障るぞ」

 

「ご心配どうも。……上層部(おかみ)は私が説得する。意地でもスプラトゥーン諸島まで運んでやるから、犯人ぶん殴っておいで」

 

「感謝する、霧堂」

 

「アンタと私の仲だからね、言いっこなし」

 

 振り向きもせず手をひらひらと振る霧堂艦長を残して、石川大佐は指揮所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 石川大佐が怒りの矛先を全力で探していたころ、当の米川ひとみはパニック寸前だった。

 

「なんで……っ! 無線がどこにもつながらないの……っ!」

 

 いきなり夢華の声が聞こえなくなったと思って無線を開いてみたら、音もなにも聞こえない空間になっていたなんて本当に笑えない。コ―ニャとの通信も繋がらなければ、全地球測位システム(G P S)はエラーを吐きだしている。

 

「本当に、ここどこなの……」

 

 GPSがエラーとなったおかげで、航法図の位置にずれが生じていて、さっきからマルチバイザーのエラー通知が消えない。慣性航法装置(I N S)のデータで動かしているのだが、島があるべき場所になかった。正直どこを飛んでいるのかすらさっぱりである。

 

「こんな短距離で島がずれたりすることって……そんなことないはずなのに」

 

 コンパスもずれているように思う。少なくともまっすぐ飛んでるはずなのに太陽の位置がずれているように思う。

 

「風で流されてるわけじゃないはずなのに……」

 

 まっすぐ飛んでいるはずなのに、じわじわとコンパスが回っていくなんて、どうなっているんだろう……。

 

「つ、つかれた……」

 

 GPSもINSも信じられない状況で下手に飛び続けるのは下策だろう。おそらく加賀も米川機行方不明事件の発生は伝わっているはずだ。伝わっていると信じたい。

 

「そろそろ、魔力も尽きそうだし……下りるしか……ないかなぁ……」

 

 いびつな三角形の島には木がこんもりと茂っている。直射日光で干からびてという事は防げそうだ。とりあえず、あの島に降りてみようか。……疲れが結構限界に近い。とりあえず海岸線に向けてアプローチ。加賀への着艦と比べれば楽なのだが、気が重くて仕方がない。白い砂浜は見た目にきれいだ。これが観光だったら大喜びで海に飛び込むのだが、そんな余裕はどこにもない。

 

 出力をゆっくり絞っていく。止まれなかった時も考えて、浅い角度で砂浜に突っ込むように持っていく。待っ正面から木にぶつかりましたなんて漫画みたいなことになったらいやすぎるし、それが致命傷になりましたとか言ったら単独遭難で治癒魔法持ちじゃないひとみには泣くに泣けない。

 

「ゆっくり、ゆっくり……」

 

 フルフラップダウン。体を起こして水平尾翼(スタビレーター)でバランスをとる。いつも通り右肩にかけたWA2000のスリングを右手でつかみ、勝手に吹っ飛ばないようにしてからどんどん身体を起こしていく。できる限り低速で海面に近づいていく。今は横風が吹いてくれなければいいが。

 

 地上時姿勢安定装置が始動、10フィートを切った。足元にまっしろな砂浜がやってくる。何とかこれで着陸――――

 

「へぶっ!」

 

 ――――したつもりだったのだが、砂浜を蹴りつけてしまった反動で前につんのめってしまった。砂が熱い、というより、痛い。柔らかい砂浜もこうなれば天然のヤスリだ。

 

「――――失敗した」

 

 ストライカーユニットへの魔力の供給を緊急カット、エンジンを止めると足が押し出される。砂浜を這うように手で体を押し上げ、足が抜けるスペースを確保する。

 

「えっと、とりあえず……」

 

 何とか二本の足で立つことに成功し、周りを見回してみる。真っ白な砂浜。青い海にヤシの木、ヤシの木の向こうには結構うっそうとした森。……いわゆる南国のビーチだ。こういうところで結婚式挙げたーいとか言っていたクラスメイトを思い出すが、一人きりだと不安以外の何物でもない。

 

「と、とりあえず、ストライカーだけでも隠しとかないと……」

 

 砂浜をズリズリと引きずるようにしてヤシの木の下までもっていく。ひとみの腕力では片方ずつしか無理だ。どうしてストライカーはこんなに重く作られるんだろう。魔力を通さねばただの重い合金製のなにかである。

 

「こ、これで少しは……マシ、かなぁ……」

 

 二つ運び終わった時にはすっかり息が上がっていた。魔力の消耗が激しい。身体は既にヘトヘトだ。ぺたん、と砂地に腰を下ろそうとして砂の熱さに飛び上がる。日光に晒された砂はこれでステーキくらいなら焼けるんじゃないかと思うくらい熱かった。

 

「えっと、確かサバイバルパックの中に……」

 

 ごそごそとポケットサバイバルパックを探して中身を並べる。ビニールに包まれた金色に輝くスペースブランケットを取り出した。丁寧に袋を破いてブランケットを取り出すと金色を内側にしてくるりと体に纏った。

 

「初めて使ったけど、以外に涼しい……」

 

 同じくサバイバルパックの中にあった救命水のキャップを外すと少しだけ飲んだ。サバイバル経験などこれっぽっちもないが、長丁場になったら水はなくてはならないものである以上、がぶ飲みするのは気が引けた。

 

「イタッ……」

 

 ブランケットが右肘に触れた瞬間、小さな痛みが走る。慎重にブランケットから右腕を引き抜いて、痛みを感じた場所を確認。

 

「擦り剥いてる……あっ、さっき着地失敗した時に……」

 

 思い返せば砂浜に頭から突っ込んでしまっていた。減速していたおかげで大ケガというわけではない。しかし擦り剥いた痕には血が滲んでいる。

 

「ほ、他にケガはしてないよね……」

 

 立ち上がって全身をくまなく調べる。ストライカーに覆われていた脚部は無事だったが、右肘の他に右の頬を擦り剥いていた。

 

「えっと、応急処置は……傷口をきれいにしなくちゃいけないんだっけ」

 

 砂まみれで放置しておくことは明らかに不衛生だ。破傷風などの恐れもあるため、きれいな水で洗い流さなければいけないのだが、問題のきれいな水がほとんどないのだ。

 

「川の水は怖いし……やっぱり救命水かなあ」

 

 貴重な飲み水だ。正直にいって使いたくはない。けれど傷を放置しておくのはもっと嫌だ。

 

 救急キットを取り出してから救急水で擦り剥いた右肘を洗い流す。こびり付いていた砂などを落として上からドレッシング材を吹きかけて防水フィルムを気泡が入らないように貼り付ける。続けて頬にも同じようにして傷を防水フィルムで覆った。ちょっといびつになったが、ないよりは大分ましだ。

 

「もうほとんど残ってない……」

 

 そして炎天下にいるせいで、喉はもうカラカラ。わずかに残っているボトルの水を一気に飲みたい衝動に駆られる。

 

「まずは飲み水を確保しなくちゃ……」

 

 ブランケットを脱いで立ち上がる。風で吹き飛ばされないようにヤシの木の下に置いてあるストライカーを重しにして固定すると、島の外周を歩き始めた。

 

「川はあったけど……たしかこういう水は飲んじゃいけないんだよね……?」

 

 飲んではいけないと、どこかで読んだような気がする。たぶん。うろ覚えの知識だが、いけないような気がするのに飲むのは少しばかり躊躇われた。

 

「湧き水ならいいんだっけ……どこかにないかなあ」

 

 ちらっと森の中を見る。だがストライカーを装着していたひとみは裸足だ。森の中へと踏み入れるのは危ない。変な虫に刺されるかもしれない。足をひどく傷つけてしまうかもしれない。そんなリスクがあるのに森へ入るのはちょっぴり、いやかなり怖い。万が一にもライオンさんと出会ったらどうしよう……!

 

「とっ、とりあえず森に行くのはなしっ!」

 

 となると、行ける場所は限られる。海で泳いでもいいが、泳いで対岸まで行ける気はしない。というより、下手したら三桁キロあるのに泳げるわけがない。従って森でもなく海でもないこの海岸線を歩くしかないのである。

 

「えっと飛んでるときに崖を見つけたからそこなら……」

 

 さくさくと砂浜を歩いて、崖があった方へ。記憶が正しければそんなに離れていなかったはず。残り僅かな水がついに底を突いた。あともう少し。あともう少しであったはず……

 日差しがひとみを照りつけ、もうかなり消耗していた体力をさらにごっそりと持っていく。北国生まれの北国育ちであるひとみにはこの熱さはかなりきつい。

 

「あれ……これってストライカーだよね?」

 

 海岸線を歩いていると、シュロの木の下に安置されている赤さびたふたつの長い金属塊が目に入った。潮風に晒されてボロボロになっているが、明らかにストライカーユニットだ。

 

「ここまでボロボロだと詳しい機体名まではわかんないけど……ちょっと古い機体かな?」

 

 主流となりつつあるジェット機ではなく、プロペラ機であるらしいところを見ると、ひと昔以上前のものだ。骨董品というほど古いわけではないが、少なくともこのタイプはもう空を飛んでいないだろう。

 

「夢華ちゃんが言ってた行方不明のウィッチが使ってたストライカー……かなぁ?」

 

 だとしたら使っていたウィッチはどこへ……

 

 いや、考えるまでもない。ここまで風化したストライカー。かなりの歳月が経っていることは確実だ。そしてここはスプラトゥーン諸島。ウィッチが数多く行方不明になる魔の海域だ。そしてストライカーが置きっぱなしということは未帰還機のはず。つまりは()()()()()()なのだろう。

 

 錆びたストライカーの近くにひとみがしゃがみこむ。目を凝らして表面の赤錆の下にある紋章を見つめた。

 

「これは……リベリオンの紋章だよね」

 

 その他に何かわかることはないかとストライカーをいろんな角度から眺める。だがそれ以外はわかりそうにもない。それにここまでボロボロならば使えそうなものも残ってなどいないだろう。

 

「……水、探さなきゃ」

 

 いつまでもここにいて、古いストライカーを眺めていたところで水は手に入らない。それにひとみができることもない。

 

 ズボンに付いた砂を手ではたいて落とすと、また島の外周をてくてくと歩き始めた。気持ち速足になる。さっきの古いストライカーユニットの持ち主に目を付けられる前になんとか距離を取ってしまいたいと思ってしまう。

 

 さざ波の音、風で葉と葉が擦れ合う音。たまに聞こえる鳥の鳴き声。「加賀」のような人の喧騒は聞こえない。

 

「もう少し……もう少し先にあったはずっ…………」

 

 ひとみが自分を励ますように呟く。崖は絶対にあった。水は……湧いているかはわからないけど、きっと大丈夫。

 日光の照りつける中をひたすらに歩く。あとちょっと。あとほんの少しだけ。

 

 砂地だった足場が岩の転がる悪路に姿を変え始める。歩きづらい。でもいい兆候だ。このまま歩いていけばきっと……

 

「あった!」

 

 切り立った、というほどではない崖。そしてその割れ目から零れ落ちる透き通ったそれはまさにひとみが求めていたものだ。

 

「み、水!」

 

 いますぐにそのせせらぎに口をつけたい。乾いた喉に向かって無心でその清流を流し込みたい。

 ふらふらと岩の裂け目にひとみが近づく。流れを手で遮ると心地よい冷たさが指先に伝わった。

 

「まだ飲んじゃだめっ……」

 

 念のためにろ過してから飲んだ方がいい。それでも完璧とは言いがたいが、やらないよりはやったほうがいい。

 空になったボトルに湧き水を満たす。きっちり限界まで注ぐとフタを閉めてもといた砂浜へと引き返すために、またぽつりぽつりと歩き出した。

 

「携帯ろ過器があったからそれを通してから飲めば問題ない……はずだよね?」

 

 サバイバル訓練なんて受けたことのないひとみにとって完全に手探りだ。だが生き残るためにはやるしかない。

 

「絶対みんなが見つけてくれる。だから!」

 

 だから、こんなところで諦めるわけにはいかない。

 

 魔力はもうほとんど残っていない。さっきまで飛んでいたからヘトヘトだ。それでも生き残るためには立ち止まるわけにはいかない。みんなが来ると信じているから。

 

「えっと、携帯ろ過器……携帯ろ過器……」

 

 ライトニングを置いた木陰でストロータイプの携帯ろ過器を湧き水を汲んできたボトルに差して、おそるおそる口をつける。

 慎重にストローから吸い出した水を口に含む。嫌なにおいはしない。我慢できなくなって含んだ水を飲むと、乾いていた喉に冷たい水が染み渡る。

 

「おいしい……」

 

 水が飲める。それがこんなに嬉しいと感じたのはひとみの人生において初めての経験だった。

 

「とりあえず水はなんとかなった、次は……!」

 

 とりあえず動き続ける。動いていないと考えすぎてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、おめおめ帰ってきたわけ?」

 

「こっちの魔力の問題を考えてほしーだよ、大村(ダーツォン)

 

「 お お む ら だよ、ゆめかちゃん」

 

 どこか冷ややかな目をしたのぞみの横をすり抜けようとして夢華は顔の高さに掲げられた腕に行く手を阻まれた、ギロリとのぞみを睨む。

 

「なんでやがりますか」

 

「……ただの八つ当たりだけどさ。飛行組長をロストしておいてよくそんな澄ました顔してられるわね」

 

「だからなんでやがりますか。あたしが泣けば帰ってきやがるんですか」

 

 そういうと溜息をつく夢華。

 

「当然、驚いてんし、なんとかしなきゃと思っとりますがね、だからって今動いてもどうにもならねーんですよ。あたしまで落ちたらこの部隊どうなるってんです」

 

 そう言って夢華はのぞみの腕の下をくぐる。

 

「待ちなよ」

 

「まだ何かあるって言いやがるんですか?」

 

「あんたさ、ホントにウイングマンとしての仕事果たしたの?」

 

「決まってるじゃねーですか。任務でやがりますからね」

 

 それを聞いて、のぞみは夢華をじっと見つめる。どうやら信じてくれていないらしい。とはいえ、夢華は僚機として正確にひとみに従った。ちょっとした冗談はあったが、まああれは冗談だ。もっとも、この扶桑人はそれを聞いたら顔を真っ赤にして怒るのだろうが。

 

「……生憎私は扶桑(みうち)びいきなんでね。指揮が悪かったとか、そういう言い訳使ったなら」

「なに熱くなってやがるんですか」

 

 ぴしゃりと夢華は言ってのける。のぞみも一歩も引かない。

 

「だから八つ当たりだって言ってんでしょーが高夢華」

 

 夢華は、肩を竦めてみせた。

 

「……そうやって情に流される奴からお六(したい)になっていきやがるんだってんです。扶桑がどうなろうが勝手ですが、これ以上アタシの負担を増やさねーでくださいだ」

 

 それだけ言い残して背を向けた。背後で何か殴ったような蹴ったような物騒な物音は聞かなかったフリ。どうせ始末書を書くのは当人だし、自分には関係ないことだ。

 

 

 

 

 

 その後は部隊員の義務として部隊長の石川大佐に帰還報告。

 

 状況を根掘り葉掘り聞かれたが、わからないものはわからない。距離を取っている間にいつの間にか消えていたとしか言いようがない、それ以外に答えようなどないのだ。

 

「……そうか、分かった。ゆっくり休んでくれ」

 

 石川大佐が話が分かる人で良かった。とりあえずはそれ以上の追及もなく、責められることもなく退出、部屋に戻る。おそらく数時間後、遅くても一日経たずに再出撃になる。少しでも体力を回復させなければ。

 

 

 

「……おかえり」

 

「帰ってやがりますか」

 

「夢華より早く」

 

 部屋に戻れば、同室のコ―ニャことプラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ポクルィシュキンがベッドに腰掛けていた。もともとコ―ニャは二段ベッドの下段だ。半ば無視するようにしてベッドの梯子を上る。

 

「……夢華」

 

「質問攻めはお断りですだよ」

 

 そう言ってベッドに横になる。サイズの合ってない扶桑皇国海軍のセーラーは軽く汗で濡れており気持ち悪い。とりあえず脱ぎ捨てて投げ捨てておく、冷たいシーツが心地よい。

 

「……見つけ、られなかった」

 

「それを責めてもなんの役にもたたねーですよ」

 

 聞きたくないと寝返りをうつ。こいつもあれか、甘ったれた部類か。

 

「それで死んだら死んだとき、互いに不運だったと諦めるしかねーですよ。運悪く死ぬならしゃーないでやがりますが、悔やみで死ぬよりはマシでやがります」

 

「でも、私が見つけなきゃいけなかった……見つけてたら、ひとみは……!」

 

「……あのさぁ」

 

 そう言って夢華はベッドの下を覗き込んだ。コ―ニャは灰色がちな瞳を持ち上げ、彼女と目を合わせる。

 

「悲しむフリは終わりですだよ。それで何が変わるってんです」

 

「……フリじゃ、ない」

 

「ならなおさらタチが悪くなりやがる。悲しめば人が還ってきやがる? 喚けば誰かが助けてくれる? そんなおめでたいこと、ここには、ない」

 

 コ―ニャは黙り込む。普段から無口な彼女だが、何かを堪えるような雰囲気だ。

 

「……あほくせーですだ。悲しむフリで自分を慰めて、言い訳を振りかざして認めてほしいだけじゃねーですか。それをアホ以外どう言えばいーんです。バカ? マヌケ?」

 

 返事はない。

 

「……まぁ、どーでもいーですけどね、効率が悪いのは嫌いですだよ。機械も世界もニンゲンも。そーやってるヒマがあるならさっさと休んで次のフライトに備える方がよっぽど効率よいだよ、中校(ちゅうい)

 

「……夢華は、飛べる? ひとみを助けに」

 

「それが命令なら飛んでやるですよ」

 

 そう吐き捨てるように言ってベッドの下を覗き込むのをやめた。ごろりと横になる。何処でも寝れることは軍人のスキルであり、いつでも起きれることもまたそうだ。これ以上会話をするのは諦めてもらうことにして、寝る。少なくとも寝たふりをすれば諦めてくれるだろう。

 

 

 

 そうしているうちに、夢華は眠りに落ちていった。

 

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