ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第十三話「ディパーチャー~なかま~」後編

 夢を、見ていた、たぶん。

 

 彼女にとっては身に覚えのない突拍子もない光景だったから、夢なのだろう。ネウロイとの戦争が終わって、皆が笑っていて……夢のような光景だった。彼女にとっては生まれた時から戦争はずっとあって、それが「ふつう」だった。終わればいいと思っているが、本当に終わったらなにが起こるのか正直検討も付かないというのが正直なところだった。

 

 でも、そこでは終わっていない。ネウロイがいないわけではない。それでも、戦っていない。ネウロイも一緒にいるのに、戦いは終わっているのだ。

 

 ヒツジ雲の間を悠々とネウロイが飛んでいく。子供がそれに手を振っている。それでもネウロイはビームを撃ってこない。戦いは終わって、皆が笑っている。……夢みたいな光景だった。

 

 彼女はウィッチとして空を飛んでいるけど、もう銃は持っていない。カバンをたすき掛けにして、空の上を飛んでいる。カバンを開けてみる、入っていたのはたくさんの絵葉書。戦争が終わったことを喜ぶもの、帰りを待っていると記したもの、たくさんの絵葉書が入っている。

 

 戦争が終わったら、こんな風景がみられるのかな。彼女はそれをどこか嬉しく思う。

 

 葉書の中に彼女に宛てたものも一枚入っていた。もう戦わなくてよいことを心底喜んでいること、無事に帰ってくることを心から願っていること。沢山の好物を用意して待っていること、それが綴られた絵葉書。裏面には富士山のイラストが描かれている。故郷の山だ。大佐と新幹線で見たことを思い出す。どこか懐かしく思う。

 

 ……?

 

 感じた違和に彼女は首を傾げた。

 

 仲間や先輩はどうなったんだろう。まだこうやって飛んでいたりするのだろうか。それとも地上に降りていたりするのだろうか。

 

 平和で明るい、こんな未来になればいいのにと、想う。それでも、どこか、なぜか、寂しい。なぜか違和感が拭えない。

 

 そう、感じた。

 

 その刹那――――

 

 

《米川――――!》

 

 

 名前を呼ばれた気がした。夢のような風景がブラックアウトする。

 

 重いまぶたを必死に開ける。昼間の燦々と輝く光の中、赤い何かが空間を横切った。

 

「ネウロイ……」

 

 頭は未だぼーっとしたままだ。重くて重くて仕方がない。目のピントが合わない。それでもなんとか、身体を起こそうとしてみる、身体がふらついて起き上がれない。遠くでフラフラと舞うそれをぼうっと眺めながら、砂の熱さを頬に感じる。手当てした後の傷が少し痛い。それでも彼女は頭を持ち上げることが出来なかった。

 

《米川! 生きてんでしょ! 返事しなさいよバカ!》

 

 魔導無線の音、誰かが怒鳴っている。聞き覚えのある声。

 

「……のぞみ、先輩?」

 

 その声が聞こえた気がした。なんでだろう。どうして、先輩がここにきているのだろう。

 

 視界の奥、横一線に何かが走る。赤と白の中間のような光が走って、消える。

 

 身体が重くて、動かない。熱のせいだ。動けない。動きたくない。

 

《アンタは! アンタは私の僚機でしょうが! 仲間でしょうが! カイトフライト二番機でしょうが! 二番機が一番機の許可なく落ちてるんじゃね――――――っ!》

 

 その声に叩き起こされる。

 

「そうだ……先輩が、戦ってる……、行かなくちゃ……」

 

 身体を、起こす。狙撃銃を探す。頭が酷く痛い。何とか銃のスリングを手に取る。

 

 構える。銃身が安定しない。棕櫚の木に上半身を預けてスコープを覗き込む。赤い線が走る。

 

 夢の世界は、きっと本当にいいものなのだろうと思う。戦いがなくなって、平和になって。それはきっともう100年近く誰もが願ってきて、手に入れたかった未来だ。それのために彼女も、皆も戦っている。

 

 それでも、あの夢の中に()()()()()()()()()()()()()()()()()、誰もいなかった。

 

 

 それは、嫌だ。

 

 

 スコープを覗き込む。頬付けの位置が決まらない。いつもはしっかり見えるはずの光が、スコープの中をずれていく。これじゃだめだ。しっかり、しっかり狙わないと。

 

「わたしは、ウィッチなんだから、しっかり、しないと……」

 

 体育座りのような姿勢で銃を膝に乗せると少しは安定しただろうか。軽く脇を締めるようにして銃床を頬に近づける。視界が安定する。そのスコープの円の中を何かが横切った。スコープを覗いていない左目でそれがなんなのかを追う。

 

「もんふぁ、ちゃん……」

 

 ネウロイがその影に向けビームを放つ。それを見て、引き金に指をかけた。

 

「やめて……」

 

 動きはひどく緩慢だ。それでも、狙いをつけていく。十字の照準線に、目標を合わせる。

 

 赤い光を、止めねばならない。203空の仲間が空を飛んでいるのだ。

 

 

 

 落とされるのは、嫌だ。仲間がいなくなるのは、嫌だ。

 

 

 

「……わたしの居場所を」

 

 願い、引金を引き絞る。

 

「奪わないで……」

 

 撃鉄が、落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――この音は!」

 

 それに気が付いたのは石川大佐だった。

 

「島の東側から銃撃!」

 

 そう報告しながら、石川大佐は速度を上げる。彼女の回収はできるかどうかわからない。それでも彼女の位置を特定することは容易い。

 

 石川大佐が使用するRF-4ファントム飛行脚は偵察に特化した飛行脚だ。ストライカーを装着したときにちょうど太ももの位置にくるフェアリングの中には撮影装置が収められている。左足のフェアリングに収められた下方撮影(ルックダウン)用のカメラを起動、高速で海岸線の上を飛びぬける。高速でシャッターが切られ続ける。

 

 ネウロイが石川大佐を追いかけてくるが、なんとか速度に任せて海岸線を撮影、離脱。小銃で振り向きざまに撃破。再生はしない。コアはやはりないようだ。

 

 移動しながら、データを確認する。

 

「見つけた!」

 

 撮影12枚目、棕櫚の木の陰にストライカーが見えた。

 

「東側海岸中央部! F-35Aストライカーを確認!」

 

《確保します!》

 

 のぞみが即答するが、それをすぐに諫めたのはコ―ニャだ。

 

《夢華の方が近いし推力に余裕がある。カイトスリー》

 

 コ―ニャの声に反射的に噛みついたのはのぞみだ。

 

華僑人(あいつ)に米川を任せられるかっ!》

 

《――――仲間なら!》

 

 

 初めて、コ―ニャが声を張ったのを聞いた気がした。

 

 

《仲間なら、信じよう。のぞみ》

 

 その声にのぞみが押し黙る。もう一度銃声。単発のこの音は間違いなく狙撃銃のそれだ。ネウロイが一機落ちる。それがある意味決定的だった。ネウロイがその弾丸の出元に気が付いたのだ。

 

《ああもう! 夢華!》

 

 のぞみの位置からではもう間に合わない。それは火を見るよりも明らかだ。

 

 だから、叫ぶ。

 

《米川を殺させるな!》

 

「……叫ばなくても、わかってやがりますよ」

 

 島の方に向けてネウロイがそろって旋回。その間隙をオーグメンター全開の夢華が翔る。それを認めたコ―ニャが叫ぶ。

 

《のぞみ!》

 

《アイマム!》

 

 のぞみの両腕に収まったフリーゲルハマーが斉射される。30を超える白い矢が一気に加速。その飛び出した弾頭全ての制御がコ―ニャに乗っ取られる。

 そうして意思を与えられた弾頭は次々にネウロイを破砕するだろう。だがビームはそれよりも早く放たれようとしている。

 

「いけっ! 高少尉!」

 

 石川大佐の声に押され、夢華が飛び出していく。追い抜きざまにネウロイを一機撃ち抜いて、夢華は高度を落とした。

 

 

 気に入らない。気に入らない。気に入らない。

 

 

 夢華にとって米川は全くもって気に入らない存在だ。

 

 部隊の皆がヨネカワ、ヨネカワ、ヨネカワ……そこまでガキの命が重要か。士官食堂から締め出しを喰らうような奴がそんなにかわいいか。

 

 家族ごっこの中でうぬぼれて、大嫌いなはずの相手にまで笑って見せるあいつがそんなに大切か。

 

 絆がなんだ。仲間がなんだ。そんなもの、ネウロイの前じゃ屁にもならないじゃないか。そんなものにうつつを抜かして消えた途端にすぐこれだ。周りが勝手に騒ぎ立てる。あの子はお姫様かなにかか。

 

 オーグメンターカットオフ、エアブレーキ展開。その空気抵抗を使って頭を持ち上げ、そのままバック転の要領で上下反転。振り返る。目の前にはビームの山。

 

 固有魔法展開。数秒先の未来を視る。手に持っていたライフルを捨て両手を翳した。『テッポウ』は捨てるなと教わっていたはずだ。いよいよ毒されてきたか。

 

 それでもシールドを張らねば任務は達成できそうにない。仕方ないのだ。仕方なく、張ってるに過ぎない。

 

 魔力光が迸る。シールドを張るのはいつ以来だろう。全くもって思い出せない。それでも逆さまの姿勢のままなんとかシールドを張った。こんなこと流儀に反する。全力を使い切ったらその背後から寝首を掻かれる。常に余裕がなければ生き残れない。

 

 わかっているのに、何をムキになってシールドを張っているのだろう。

 

 そんな場違いな疑問が頭をよぎった直後、視界が赤く染まる。同時に、衝撃。

 

「――――――っあ、」

 

 息が詰まる。それでも何とかその奔流に耐える。

 

 感じるのは熱さと息苦しさ。それでも夢華はシールドに力を籠め続ける。

 

「おあああああああああああああああっ!」

 

 叫ばなければ意識を保てそうもない。それほどの力だ。ナイフかなにかで皮膚をそぎ落とされるような感覚が全身に走る。

 

 気に入らない。

 

 流儀を変えてまでこんなことをしている自分も、わりに合わない仕事をさせることになった僚機も、全くもって気に入らない。

 

 だのに、何故逃げる気が起きない。

 

 その答えは、自分の生死に直結する。この悩みは致死性だ。悩んでいる間に死にかねない。すぐに答えを出さなければならない。それでも、その答えは魔法が導き出してはくれないらしい。

 

 その答えは、誰が、何が握っているのだろう。

 

 いきなり負荷が軽くなる。その瞬間に前につんのめった。集中できていない。悪い兆候だ。それでもビームの奔流は止んでいた。

 

「―――高少尉よくやった!」

 

 ビームを撃っていたらしいネウロイを叩き切った石川大佐がそう叫ぶ。そうか、防ぎ切ったか。身体がガクンと重くなる。一度頭を下にして落ちて姿勢を確認。エンジン出力上げ、身体を起こして海面を滑るようにして低速で海岸線にアプローチ。

 

「まったく、こんなところで油売ってる余裕があるなら、さっさと帰ってきやがれです」

 

 棕櫚の木に背中を預けたままライフルを握りしめているひとみを見て溜息をつく。赤いピントの合わない目が夢華に向けられた。

 

「もんふぁ、ちゃん……?」

 

「何だってんです」

 

「ごめん、なさい……」

 

 いきなり飛んできた謝罪に夢華は僅かに目を伏せる。

 

「謝るぐらいならさっさと帰ってきやがれってんです。おかげで加賀がうるさくて仕方ない」

 

 夢華はそう言って拳銃を取り出した。もう半世紀以上前の黒星(ヘイシン)は、どこかのだれかの使用癖が残っていて未だに手には馴染まない。それでも今はこれを手に使うしかない。魔力弾を発射できるだけましだと思いたい。

 

「グズグズしてないで戻りやがり――――」

 

《ゆめか後ろ!》

 

 のぞみの声が割り込む。夢華はとっさに身体を前にたおし倒す。頭上を黒い何かが過った。

 

「……見えてやがってます」

 

 振り向きざまに弾を叩き込む夢華。巨大なネウロイが空気から溶けて出るように姿を現したのだ。

 

 それは蜘蛛のような6歩足の巨大な、なにか。

 

「……これが親玉でありますか」

 

《ほぼ間違いないと思う》

 

「なるほど」

 

 夢華が引き金を引いた。熱で鈍色になった薬莢が一つ一つ落ちていく。

 

「クソ硬ぇ……」

 

 もっとも、トカレフTT-33のコピーである黒星(ヘイシン)の威力がもともと足りないのは事実だ。必要に駆られたとはいえ、小銃を捨てることになったのを後悔した。

 

 そんな内心を知ってか知らずか、ネウロイは夢華に向けたビームを収束させていく。

 

「……っ!」

 

 ひとみは木にもたれかかったまま動けないようだ。ストライカーも履いていないから空に上がるのは不可能。夢華だけ上空に上がることも考えたが、これでひとみが死んだら夢見が悪すぎる。

 

「はぁあああああああっ!」

 

 ビームが放たれる直前、その足を何かが叩き切った。後ろ脚の一本を失いバランスを崩して上に顎を振るようにしたそのネウロイのビームが明後日の方向に飛んでいく。

 

「大佐!」

 

「今のうちに米川を回収しろ! 俺が引きつける!」

 

 RF-4のエンジンが唸る。その中で石川大佐が獰猛な笑みを浮かべてみせた。

 

「老骨だからと舐めるなよ、ネウロイ」

 

 ネウロイは片足を再生させながらゆっくりと石川大佐の方を向いた、間違いない。こいつはコアを持っている。

 

「私の部下を勝手に捕まえた落とし前、しっかりつけてもらおうか」

 

 ネウロイが跳躍する。石川大佐はそのまま海岸線をなぞるように飛ぶ。ネウロイは石川大佐を押しつぶさんとする、それでも石川大佐の方が一枚上手だった。

 

 ネウロイが接地する寸前に、急激に進行方向を変える。相手の脇をすり抜け、再生したばかりの足を切り落とした。ネウロイは柔らかい砂浜に着地、それに足を取られバランスを崩し、横倒しになろうとする。水しぶきが立った。

 

 ネウロイは水を嫌う。それはウィッチなら知っていて当然の知識だ。これがあったからこそ、人類は大部分の陸地を奪われながらも、生き延びることが出来ている。

 

 そのネウロイが波打ち際から海に落ちるように横倒しになればどうなるか。

 

 禍々しい唸り声のような声が響く。それでもネウロイは倒れない。でたらめにビームを放っている。

 

 そんな攻撃が当たるはずもなく、石川大佐は悠々と上昇していく。

 

「射撃開始!」

 

 上部に位置を占めていたのぞみに指示を出す。石川と二人掛かりで弾丸を叩き込んでいく。

 

「やったらめったら硬いですねこいつ」

 

 のぞみがほぼ真下に撃ち下ろすような姿勢で魔導小銃弾を叩き込んでいく。ネウロイがもがきながらも体勢を立て直していく。

 

「させねーですよ」

 

 ネウロイの上面で丸い金属の弾が爆ぜた。のぞみがちらりと横を見るとひとみを肩に担ぐような姿勢で空を飛んでいる夢華の姿があった。

 

「回収ご苦労! 案外やるじゃないゆめか」

 

「お褒めいただきどーも、ダーツォン。コイツやたらと熱出してやがります。さっきの一撃がよく入ったもんですよ、たく」

 

 改めて見るとひとみの顔は真っ赤だ。それでも狙撃銃を握りしめたままで、それを見たのぞみが笑った。

 

「案外根性あるじゃない、米川」

 

 そう言いながらのぞみは撃ちきったマガジンを交換。飛んできたビームをするりと避けて笑う。

 

「さて、第一目的は達成したわけですし、サクッと終わらせちゃいましょうか」

 

「大村。任せてもいいか」

 

 石川大佐が夢華からひとみを受けとりながらそう言った。その顔には汗が浮かんでいる。石川大佐の魔力量だと長時間の戦闘機動は厳しいのだろう。それを察したのぞみが笑って答える。

 

「もちろん、ミサイルキャリアより前衛(ポイントマン)の方が性に合ってるって噛み締めましたし」

 

「では、俺は下がるとしよう」

 

 ひとみを御姫様抱っこの姿勢で確保したまま飛んでいく石川を見送って、のぞみが笑った。

 

「陸上型となると対処が難しいかな、ゆめかちゃん」

 

「モンファって何度言えばいーんですか。対処しにくいのはあんたの方でしょ」

 

「さて、それはどうかなっ!」

 

 のぞみが先に距離を詰めていく、ネウロイは断続的に叩きつけられた弾丸によって動きを制限されていた。

 

「扶桑皇国の魂、着剣精神を喰らうがいいっ!」

 

 のぞみが飛び込む。相手のコアがありそうな真ん中あたりを一突きして、三点バーストを叩き込んで銃剣を引き抜いて、離脱。その背後で夢華が手榴弾のピンを抜いた。

 

 ネウロイが叫び声を上げながらのぞみの方を向く。

 

「そうだ! 私が相手だ。感謝しろっ! ネウロイっ!」

 

「どーしてそんな自信満々に突っ込めるんですかねっと!」

 

 傷がついた装甲を削るように手榴弾が炸裂。間髪入れずに夢華が弾丸を叩き込む。拳銃弾だと命中率が下がる、すぐに弾倉を使い切り、一度後退。代えのマガジンを叩き込む。

 

「よーし! そのまま距離とっときなさいよ!」

 

 のぞみはストライカーのウェポンベイを解放。飛び出した4発のミーティア空対空ミサイルに点火。

 

「ポスコロ中尉! 頼んだ!」

 

《Покрышкин》

 

 ミサイルが4発。ネウロイに突っ込み、一気に装甲を弾き飛ばす。仄赤い光が周囲に帯びる。

 

「見えたっ! コアだ! ゆめかっ!」

 

「モンファだっ!」

 

 そう叫び返した夢華は既にネウロイに取り付いていた。コアに拳銃をぴたりと突きつけ、引金を引いた。

 

 次の刹那――――ネウロイが弾け飛んだ。

 

 白い粒子に変換されると同時、空間が弾けるように突風が吹き去る。どこまでも広がる青い空。ネウロイが創り出した空間が消滅したのだ。

 

《……GPS電波、復活。不可知戦域は消滅したものと思われる》

 

 コ―ニャがそう告げる。

 

 終わってみれば、あっけない幕切れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「急性扁桃炎……まぁ、命にかかわることは少ないだろう。しばらく安静にしておく必要があるが……まずは無事でなによりだ」

 

 石川大佐がそう言うのを、ひとみは点滴袋が下がる医務室で横になったままぼうっと聞いていた。枕元近くに置かれたスツールに腰掛けた石川大佐の表情はいつもより明るく見える。

 

「他人に感染するリスクはかなり低いそうだ、まぁ、抗生物質が効いて炎症が収まるまではここで寝ることになるだろうが、この程度で済んでよかったと言えるだろう」

 

 熱が出ているのはその『きゅうせいへんとうえん』のせいらしい。

 生水を飲んだり、動物に触らなかったか、と白衣を着た女性に聞かれたが、心当たりがありすぎる。島について岩からしみ出した水を飲んだ。濾過機を通しているが飲むのはまずかったらしい。海鳥のフンで汚染されているから次こんな機会があったら生水は飲まないようにと言われたが、そんな機会が無いことを願うばかりだ。

 

「石川大佐……」

 

「なんだ?」

 

「わたしのストライカーは……」

 

「ポクルイシュキン中尉が回収してきてくれている。今、分解整備が行われている」

 

「分解整備……」

 

 ひとみがそう言ったのを聞いてか、石川大佐が軽く笑った。長い髪が揺れる。

 

「心配するな、砂を吸いこんだりしていないかの確認と洗浄が主な内容だ。別段壊れているわけではない」

 

「そうですか……よかった、です」

 

「今はゆっくり休め。あの島でなにがあったのかを今後聞くことがあるだろうが、今はその発熱を治すことが最優先だ。魔力の回復に伴って急速に快方に向かうはずだが、無理は禁物だ。……しっかり養生するように」

 

「わかりました」

 

「よろしい。……堅苦しい話はここまでだ」

 

 それから石川大佐は、くるりと後ろを向いた。

 

「……入ってきていいぞ、ドアの裏にいるのはばれてる、大村、あとはポクルイシュキン中尉と高少尉もいるんだろう?」

 

 石川大佐がそう声を掛ければ、ドアが小さな音を立てて開いた。

 

「……廊下側には窓ないのにどうしてわかるんですか」

 

 エスパーか何かですか? と続けながら入ってきたのは大村のぞみ准尉だった。その後ろには背の高い影、コ―ニャが見える。どこかふてくされた顔の夢華が見えた。

 

 三人を認めた石川大佐がうむ、と頷く。

 

「人が動く気配がしたからとしか言いようがないが……」

 

「ではなぜ私だと?」

 

「こんな時に覗きに来るのはお前たちぐらいだからな」

 

「……霧堂艦長は?」

 

「覗くまでもなく飛び込む」

 

「あー……なるほど」

 

 石川大佐の即答にのぞみは納得顔だ。そのままつかつかとひとみのいるベッドの近くまで寄ってくる。

 

「案外元気そうね。重畳重畳」

 

「心配……かけちゃいましたか?」

 

「そりゃ当然。僚機が消えて、仲間が消えて心配しない奴なんていないわよ」

 

 そう言って笑って見せたのぞみは、そのままひとみのベッドを回り込み、寝たままのひとみの顔を見下ろせる位置にスツールを置いて座り込んだ。

 

「熱があるって言うし喉の奥が腫れてるってことは普通の食事は入らないかなーと思って、はい、アイスクリーム買ってきたわよ、ポツリヌス中尉が」

 

「Покрышкин」

 

 律儀に修正しながら、コ―ニャが小さな銀色の袋を掲げてみせる。保冷剤入りの袋らしい。

 

「バニラしかないけど、いい?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「みんなの分も、ある。石川大佐のも」

 

「俺のもあるのか? 医務室で食べるのは行儀が悪いが、いただこう。どれ、ベッドの背もたれを持ち上げるボタンはどこだ……?」

 

「あわわっ……!」

 

 石川大佐がリモコンを操作するとなぜかひとみの足元が上昇して変に転びそうになるひとみ、慌ててのぞみがひとみを支える。

 

「す、すまない。えっと……背もたれ、背もたれだから……」

 

「もしかして石川大佐……」

 

 のぞみがどこか怪訝な顔をする。どことなく余裕がない表情の石川大佐が口を開く。

 

「ち、違う。間違えただけだ……」

 

 そう言いながら石川大佐じゃリモコンに向き合うが、その手がリモコンの上を迷う。それを見たコ―ニャがさらりとリモコンを取り上げる。足元の段差が下がって、背もたれが上がる。

 

「大佐、見かけによらず機械音痴でやがりますか?」

 

 真正面からバッサリ言った夢華。嫌な沈黙が落ちる。

 

「……医療用ベッドの使い方を知らないだけだ」

 

「で、でも石川大佐、大佐のファントム(RF-4)は自分で整備なされてましたよね……?」

 

 のぞみの恐る恐るの指摘に、石川大佐は妙に穏やかな声を出す。

 

「大村、人には向き不向きと言うものがあるな?」

 

「へ……?」

 

「つまりはそういうことだ。これ以上の議論は禁ずる」

 

「やっぱり苦手なんじゃねーですか」

 

 夢華の指摘に石川大佐はにらみを利かせるだけだ。もう意地でも話題には出したくないらしい。

 

「ほ、ほらアイス溶けちゃいますし……」

 

 ひとみがバツが悪そうにそういうと、何とか場の空気が戻る。しっかり皆でいただきますをしてからアイスにスプーンを刺そうとし……

 

「硬い……っ!」

 

 刺さらない。いつぞやの新幹線で石川大佐が顔を歪めながら無理矢理堅そうなアイスを食べていたが、こういうことだったのか。

 

「これなんでこんなに硬いんですか……?」

 

 熱のせいもあって力が入らないひとみがそうぼやくが、答えられる人はいない。のぞみの「海軍さんのアイスの伝統だから諦めなさい」というのが唯一の答えらしきものである。

 

「おいしい……」

 

「そりゃよかった、プロヴァンス中尉が金払った甲斐があったわね」

 

「Покрышкин」

 

 コ―ニャがアイスにスプーンを刺そうと腕をプルプルとさせているのを見ながら、ひとみはバニラエッセンスの香りを味わう。冷たい甘味が熱で火照った喉にうれしい。腫れた喉を冷やして落ちていくアイスがこんなにもおいしいとは思わなかった。

 

「アンタ、本当にいい顔で食べるわね」

 

「? そうですか?」

 

「なんかリスみたい。使い魔ほんとはリスなんじゃないの? 耳小っちゃくてよく見えないしさ」

 

「えっと……」

 

「でも尻尾は見えないしなぁ……あ、あれか。リスのしっぽはモゲやすいってやつ? 誰かに引きちぎられた?」

 

「私のはナキウサギです……」

 

 なんだかリスさん可哀そう……と続けたところでのぞみはどこ吹く風だ。話題がコロコロ変わっていく。

 

「でさ、しあわせそうに食べてる米川はいいとして、なーんでゆめかはそんな仏頂面でアイス食べてんの」

 

「人がどんなふーに食べててもいーじゃねーですか」

 

「なに? バニラアイス苦手? せっかくポルトープランス中尉が買ってくれたのに」

 

「誰も嫌いとは言ってねーです」

 

「なに、じゃぁ何が不満?」

 

 のぞみがしつこく聞いているせいもあるのだろうが、夢華の周りの低気圧が発達していく。

 

「あたしには黙る権利もねーんですか」

 

「ないね。少なくともそうやって不満そうにアイスをつついてる理由がわからなきゃ、状況の解決のしようがない。悪いことは言わないから建設的な話をしようや」

 

 のぞみが半ば啖呵を切るような事を言って、夢華はスプーンを硬いアイスに刺すようにして固定するとゆっくりと口を開いた。

 

「何が楽しくて家族ごっこをしなきゃいけねーんですか」

 

「家族ごっこ……?」

 

 ひとみの声はどこか悲しそうだった。

 

「あたしたちがやってるのは戦争で、訓練じゃねーんです。そんな甘いことに巻き込まれて墜ちるのは、御免でやがります。僚機にかまけている間に撃たれたら終わりじゃねーですか」

 

「……もんふぁちゃん?」

 

 ひとみが首を傾げながら夢華の言葉を切った。

 

「もんふぁちゃんは寂しくないの?」

 

「は?」

 

「わたしは、ひとりは寂しいし、怖いと思うんだ」

 

「それはアンタが弱いからじゃねーですか、米川(ミーチュアン)

 

 その言葉の奥に潜むのは、あたしはお前ほど弱くないという棘だ。その棘を気にしないことはできないけれど、ひとみは苦笑いで済ます。実際、夢華に勝てていないのだ。反論材料がない。

 

「そうかもしれないけど……でもね、わたしは間違ってないと思うんだ。弱くてダメダメだけど、いろんな人から助けてもらって、叱ってもらって、励ましてもらって、ここまで来たんだ」

 

 そういうひとみの瞼の裏に浮かぶのは、今も部屋に行けば大事にしまってある寄書きの言葉。背中を押してくれた、学年主任の言葉。人をちゃんと頼ること、相談すること。その大切さを語った言葉。

 

 ここにいる石川大佐やのぞみやコ―ニャだけではなく。いろんな人に支えられ、期待されて、心配されて。そうして今、米川ひとみはここにいる。

 

「一人じゃきっと、ここまで来られなかった。わたしはそれを大事にしたい。いっぱいいっぱい励ましてもらいたいし、励ましたいんだ。そう思うのは……間違ってるかな?」

 

「知らねーですよ。助けて『もらった』、叱って『もらった』、励まして『もらった』、もらったもらったもらった、ぜーんぶ()()()()()()()()()()()()ものじゃねーですか。慈悲深い人が多くてよーござんしたね。それで、自分で何が出来たんです?」

 

「あんたね……!」

 

 のぞみが腰を上げたのを、石川大佐が無言で腕を伸ばし制する。コ―ニャは黙ったままだ。

 

「できたことは少ないよ。でも、わたしは今ここにいて、203空で飛んでるんだ。のぞみ先輩とこーにゃちゃんと、もんふぁちゃんと、……石川大佐と」

 

「その間はなんだ米川」

 

 石川大佐のドスの効いた声が飛んできて表情を引きつらせるひとみ。

 

「だ、だって、石川大佐飛んでるのわたし見てないんです……」

 

「……「加賀」まで抱えて連れて帰ったのは俺なんだが」

 

「えぇっ!? そうなんですか?」

 

「気づいてなかったのか……」

 

「だって、フラフラで……」

 

 石川大佐、盛大に溜息。それにどこかイライラした雰囲気を返す夢華が割って入った。

 

「で? 一緒に飛んでるからなんだっていうんです。死んだら骨でも拾ってくれと言うつもりでやがりますか」

 

「違うよ。……航空ウィッチはひとりだけじゃ飛べないし、24時間ずっと飛ぶことはできないし……だからいろんな人に助けてもらって、助けて、そうやって飛んでいくんだと思うんだ」

 

 ひとみはそう言って手をギュッと握りこんだ。左腕にささった点滴が揺れる。

 

「わたしはひとりじゃ飛べないけど、でもみんなといっしょなら飛べる。私だって、守れる。一航戦だって、香港だって、みんなで守ってきた。だから、これからもみんなで守っていけるように頑張りたいんだ」

 

「答えになってねーですよ。それがなんで家族ごっこになりやがるんです」

 

「そう? みんなで頑張ったんだから、その分、楽しいことを一緒にするのは間違ってないと思うけど」

 

「そーゆーあんたは遭難してただけじゃねーですか……」

 

「そ、それでも一機落としたし……」

 

「コアなし雑魚機だからノーカンでしょうが」

 

「そ、そうだけど……!」

 

 ひとみがどこかふてくされたように頬を膨らませる。

 

「で、でも……もんふぁちゃん助けに来てくれたし……」

 

「それはそれが任務だっただけでやがるからです」

 

「そんなことない」

 

 会話に割り込んだのはコ―ニャだ。

 

「夢華、昨日一人でベッドで悔やんでた」

 

「はぁっ!?」

 

 いきなりマジトーンで叫び返す夢華。

 

「『うるさい、なぁ。……あたしは間違ってない』」

 

 コ―ニャがものまねのつもりらしい高い声をだす。それから。

 

「悔やんでる」

 

「どっ……どうやったらそれが悔やみになりやがる!」

 

「自己正当化。責任転嫁。夢華はひとみが消えたことに大きな責任を感じてた。それを誰かに押し付けようとするのは防衛機制が起こす人間の本能の一つ」

 

「でたらめなことを言うのはやめやがれ――――っ!」

 

 コ―ニャにつかみかかろうとする夢華だったが、コ―ニャが左手を突っ張り棒にするだけで夢華の攻撃を回避する。腕の長さは必然的にコ―ニャの方が長いのだ。

 

「離しやがれっ……!」

 

「叩いたりつかみかかろうとする人を離したら危険」

 

 コ―ニャは突っ張り棒を解かないままそういう。顔を真っ赤にしてコ―ニャに攻撃しようとする夢華だが、その反応がどうも図星じみている。のぞみが笑う。

 

「なーんだ、可愛いところあんじゃん」

 

「いきなり後ろから抱きつくな大村(ダーツォン)!」

 

「お お む ら だよ。ゆ め か ちゃん?」

 

夢華(モンファ)だっつってんでしょうが!」

 

 一気に姦しくなっていく病室の空気。それを見てひとみはクスクスと笑った。

 

「石川大佐」

 

「なんだ、米川」

 

「楽しい部隊になってきましたね」

 

「……そうだな」

 

 石川大佐はどこか満足そうに笑う。ひとみは少し溶けて食べやすくなったアイスをスプーンで口に運んだ。さっきより甘く感じるのはきっと間違いじゃないだろう。

 

 のぞみのからかうような声と夢華の半ばヤケクソのような反論を乗せて、強襲揚陸艦「加賀」は南へ進路を切る。

 

 

 扶桑の制空・制海圏内の南端を抜け、ブリタニア-アウストラリス王国軍、リベリオン合衆国海軍の制空エリアにへと。

 

 

 艦隊は一路、第二寄港地――――シンガポールを目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

南洋日報電子版

皇国海空軍ウィッチ、南沙諸島のネウロイを撃破。シーレーン防衛に重大な貢献。

2017年6月26日(月)午後4時43分

【新発田・シンガポール支局】

 人類連合軍東アジア司令部の発表によると、人類連合第203統合戦闘航空団は本日午前、南沙(スプラトゥーン)諸島に潜伏していたネウロイを補足、撃破した。撃破したネウロイは新型種であると報じられている。南沙諸島は我が国のシーレーン防衛において重要な地域であり、南遣艦隊司令香椎(かしい)中将は「今後は、より徹底した哨戒網の構築、並びに南方展開戦力のより一層の増強に努めなければならない」と語った。

 第203統合戦闘航空団には、我が国より海空軍のウィッチ、並びに艦隊戦力が供出されている。









長かった。本当に長かった。

これにて第一章完結です。はい、『まだ』第一章です。ですが書き上げました。ブレイブウィッチーズ放送記念小説のつもりがここまで既に26万字。遠くまで来てしまったものです。
ですが、もちろんこれからも203の旅は続きます。この第一章は言うならば旅立ちの章。扶桑のウィッチ「米川ひとみ」が、203という人類の新しい翼が21世紀の空へと羽ばたく章でした。彼女たちを乗せた強襲揚陸艦「加賀」の旅は欧州にたどり着くまで続くことでしょう。


……無事ブレイブウィッチーズも最終話を迎え、今年も残りわずか。気付けば書こうと思い立ってから既に半年以上の月日が経っていました。まだまだ今作は道半ばにすら達していませんが、こうして一つの区切りがついたことを嬉しく思います。

ここまでこぎつけることが出来たのは共同執筆者の皆さん、そしてなにより本作品を応援してくださった読者の皆様のお陰です。
この場を借りて感謝の言葉を送らせていただきます。本当にありがとうございました。

今後も「ゴールデンカイトウィッチーズ」をどうぞよろしくお願いいたします。


平成28年12月30日 帝都造営
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