熱帯雨林気候に属するシンガポールにとっての七月は乾期、雨の日も少ない時期は観光客にとって最高の季節だ。
宝石箱には最高の宝石を。青い空、青い海、白い雲に白いビーチ。シンガポールはブリタニアにおけるアジア支配の重要拠点であったが、そんな歴史を飲み込むくらいに美しい、いや美しいに過ぎる景色が広がっている。
まさにバカンス。バカンスとはこうあるべしと示す教本のような景色だ。
……目の前に鎮座する熱に焼かれたアスファルトと鋼鉄のストライカーを除けば、だが。
「で、
「謹慎室とか減俸とかじゃないだけよしとするしかないよね……」
ウィッチや小型機の発着場指定されている滑走路の脇、海近くの
「日焼け止め日焼け止め……あ、のぞみ先輩とかも使いますか?」
「サンキュ米川、でもとりあえず着替えてからにしない? 今荷物広げても邪魔だし」
「あ、そうですね……」
ひとみがそういってデイパックを開ける手を止める。半ば掘っ立て小屋のような更衣室はウィッチが7人も入ればかなりぎゅうぎゅうだ。
「それにしても暑いわねこの部屋。なんとかならないのかしら、ティティ、なんとかできない?」
「そ、そういわれても……」
「レクシーちゃん、いくらティティちゃんでも無理ですよー。風でも入れるぐらいしかないですねぇ」
手をうちわにして扇ぎながら不満げに言うのはアレクシア・ブラシウ リベリオン海兵隊少尉。困ったように微笑むのはティティことメイビス・ゴールドスミス アウストラリス空軍少尉。そしてシャンタル・ナンジェッセ ガリア空軍中尉。
「みんなちゃんと水着は持ってきてます?」
流暢なブリタニア語で振り返りながらそう聞いたのぞみにこくりとうなずいて見せるティティ。
「少し、恥ずかしいんですけど……」
「ティティちゃん大きいもんね……」
「い、言わないでシャンちゃん……」
顔を真っ赤にして俯くティティ。そっちを見て首をかしげたのはひとみだ。
「えっと……ゴールドスミス、さん? 大丈夫ですか? ……て、ブリタニア語じゃないとわからないか、えっと……」
大丈夫ですかってなんて言うのか考えて、恐らく正解っぽいブリタニア語を捻り出す。
「あーゆーおーけい?」
ひとみの言葉にティティが一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。
「え、えとえと。ゆぁふぇいす……いず、れっど」
これで伝ったかな? 冷や汗ダラダラのひとみだったが、ティティはぱあっと笑ってみせる。
「Yep, I’m not bad. It’s okey, thanks Ms Yonekawa」
悪くない……と言ったらしい。外国語がわかるって素晴らしい!
「And you do not need to use my last name for me. It’s too polite. I’m Pilot Officer too. Please call me Titty.」
「ぽ、ぽらいと……?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべるひとみ。すると見かねたようにのぞみが助け船を出してきた。
「少尉同士だし、名字呼びだと余所余所しいからティティって呼んでってさ。米川あんたさ、本当にブリタニア語大丈夫?」
「うぅ……」
これは帰ったら大村流ブリティッシュブートキャンプだね。とはのぞみの談。がっくりと肩を落とすひとみ。
「頑張って、ひとみ。明けない夜はない」
その肩をぽんとたたいたのはコ―ニャことプラスコーヴィア・パーブロブナ・ポクルィシュキン。オラーシャ空軍中尉である。
「夜明けがすごく遠い気がしますです……」
「えっと、ヨネカワ少尉はどうしちゃったんでしょう……?」
「ティティが気にすることじゃないわ。ごめんね私の後輩が。この子ブリタ二ア語苦手でさ、大村流ブリティッシュブートキャンプしなきゃねって言ったらこの様なんだ」
「そ、そうなんですか……」
ティティはどこか困り顔だ。それでも肩を落としたひとみと視線を合わせるようにちょっとだけ膝を曲げる。
「I have a good idea. Please teach me Japanese, and I will teach you British」
ひとみがそれを聞いて顔がほころぶ。ひとみがティティの手をがっしりと握った。
「あの、よろしくお願いしますっ!」
「It’s my pleasure, ahh,Hitomi?」
「うん、ティティちゃん!」
そのやりとりを聞いたのぞみはくすりと優しく笑った。
「扶桑語とブリタニア語でなんで会話がつながるんだか」
肩をすくめてパンパンと手をたたく。
「はいはい、米川もさっさと着替えないと」
「は、はいっ!」
ひとみは返事をしてデイパックを漁る。
「……やっぱりあんたも
取り出した袋から出てきたものを見て、目を細めるのぞみ。ひとみが取り出したのは真っ白な下着。様々な条件下で運用が可能、各公的機関でも採用されているロングセラー商品である。
「えっと……実は水着を持ってきてなくて……」
「そりゃそうだよね。いつでも泳げる万能服なんて必要ない訳だし」
「……見かねた霧堂艦長が貸してくれました」
「んー。一応言っとくけど、白は透けやすいから気をつけなさいよ」
「えぇっ!?」
驚くひとみに肩をすくめるのぞみ。
「ま、今更言っても仕方ないんだけどさ」
魔法使用時に飛び出すしっぽを通す穴を気にしながらものぞみは用意をぱぱっと調えている。
ちなみに扶桑海軍所属ののぞみはセーラー襟の上着を脱ぐだけの簡単仕上げ。紺色のボディスーツが彼女の肢体を艶やかに引き締めていた。
「ほーら、さっさと着替える」
のぞみに言われなくてもわかっていたが、少々気恥ずかしい。それでもひとみは自分の制服に手をかけた。最近はだいぶ着慣れてきた純白のジャケットの金ボタンを外していく。
「そういえば米川の制服って切り替わらないんだね。普通空軍だったらあれでしょ、黒のジャケットになるでしょ?」
新生203の編成に伴い、米川ひとみと大村のぞみ両准尉は少尉への昇格が決まっている。シンガポールを出航するまでには正式な辞令が下る予定だ。
「実はわたしに合うサイズがなくて特注になるんだそうです……加賀には空軍制服の予備がなくて」
「あー、なるほど。だから階級章だけ先に取り替えてってことか。まぁ確かに
「みたいですー」
そういいながらジャケットから腕を抜く。少し汗で湿ったワイシャツを外気が撫でて気持ちがいい。言われてみれば、汗で軽くぬれただけでもワイシャツは体に張り付いて、キャミソールや肌の色を透けさせる。白色しか借りられなかったとはいえ、確かに透けると大変そうだ。
「で、でももう仕方ないよね……」
そう言いながらリボンタイをほどき、片手でするりと引き抜く。衣擦れの軽い音とともにスカイブルーのひもが襟を放れた。それをかごにぱさりと落として、ボタンを一つ一つ外していく。みんなの前で着替えるかもと、お気に入りのレモンイエローのキャミソールを着てきたが周りはあまり気にしていないようだ。すこしほっとする。
「よ……っと」
頭からキャミソールをすっぽぬく。そろそろカップ入りのキャミに替えてもいいかなぁと親と相談してそれっきりになっていた下着を見て少しため息。この下着でも何ら問題ないのが少し寂しい。横をちらりと見る。
「また大きくなっちゃった、かなぁ……」
ブリタニア語でぶつぶつ言いながらレオタードの水着を着けていくティティ。ひとみに聞こえたのはビッグとかそのあたりの単語だけだが、なんとなく胸の話をしているのはわかる。布面積の多いライムグリーンの水着の収まりが悪いのか、ティティは水着と肌の隙間に手を差し込み調整していく。そのたびに、何とは言わないが、揺れるのだ。
「……はぁ」
「Hitomi? What’s up?」
ひとみの視線に気がついたティティが首をかしげる。何も言わず首を横に振るひとみ。ティティの頭の上にはてなマークが浮かんでいるが胸が小さいのが悩みだなんてどうブリタニア語で説明すればいいかわからないししたくない。
ズボンから足をするりと引き抜いて片足に引っかけて持ち上げる、少しでも胸のことは頭から追い出したい。今は着替えに集中しよう。
「ははーん、やっぱり米川は気にしてる訳だ」
「の、のぞみ先輩っ!」
後ろから伸びてきた手にとっさに脇を締めるがもう遅い。少女の掌の内にすっぽりと収まる小s……慎ましいサイズのふくらみがのぞみの両手に納められた。
「の、のぞみ先輩っ! やめてくださいっ!」
「ここかー、ここがえーんかー」
身長差のせいで、ひとみの耳にのぞみの吐息が直にかかる。背筋を走るむずがゆさから逃れようとひとみはとっさに屈んで逃れようとするが足の方が浮いてしまった。空中で体育座りみたいな姿勢になって一瞬ぽかんとする。
「の、のぞみ先輩っ!? 魔法までつかってやることですかっ!?」
「いや、あんたが軽いだけなんだけど」
首をそらせて確認すると確かにのぞみには使い魔の耳は見えない。紀州犬の耳はよく目立つから見過ごすはずがないので、確かに魔法ではないらしい。
「……そんなにわたしのからだって貧相ですか」
「まぁ豊かじゃないけど、いいんじゃない? きっと需要あるわよ」
「需要ってなんなんですかっ!?」
「え? 知らない? あんたの
「初耳なんですけどっ!? なんですかファンクラブって?」
着替えるどころの問題じゃなくなったひとみ。のぞみに詰め寄るがのぞみは曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
「……アホクサ。胸のサイズも親衛隊もどうでもいいでしょ」
そうつぶやいたのはレクシーだ。その背後に小さな手が迫る。
「そういうあんたはどうでやがりますか」
イタズラっ子の笑みを浮かべた夢華が豊かとはいえないまでも確かに
「○×♨△※♀☆#ーーーーーッ!」
声にならないレクシーの悲鳴、直後にドアが蹴破られた。
「大丈夫かアレクシアッ!?」
木の扉が破砕されるけたたましい騒音と同時に届く、男性の声。
「何があっ……た……」
「あ……」
恋人の叫び声を聞いて一気呵成に飛び込んできたレクシーの機付長、ルーカス・ブランドン・ノーラン技術軍曹。
ここで状況を整理したい。
ここは海の横にしつらえられた掘っ立て小屋。中では水着に着替え中のウィッチが七人。普通に上着を脱ぐだけだったのぞみはもう着替え終わっているとはいえ、他の面々はまだ着替え中。シャンはふくよかな胸にセパレートの水着を押し当てたところだったし、ティティはパレオでなんとか足下を隠そうと奮闘中。黒のハイレグビキニを整えていたコ―ニャがジトッとした目をルーカスに送っている。
被害甚大だったのは残りの面々だ。夢華はのぞみからの借り物の上着を脱いだだけ、下の綿のズボン一枚という格好でレクシーとじゃれ合っている状況だ。当のレクシーも上はすべて脱いでいる状況、かろうじて腕で隠すことに成功したレベルである。ひとみの場合は一糸まとわぬ状況でのぞみにうしろから拘束されている姿勢だったせいで、隠すことすらできない。
野郎の描写をしたところで一切面白くないが、ルーカスが男だと言うことさえ把握していればいい。問題はドアを蹴破らん勢いで飛び込んだせいで、掘っ立て小屋の中を一望できる位置までそのまま飛びこんでしまったことだ。
全員が訳がわからず硬直したまま数秒――――状況が『解凍』された。
「ふぇ……えっ……えっぐ……!」
「ーーーーー何してくれてんだこのクソルーカスーーーーーーーっ!」
マジ泣きし始めるひとみをよそに、顔を真っ赤にしたレクシーが魔法力全開で彼氏を吹っ飛ばす。かなり向こうの海面に大きな水柱が立つ。
「……はぁ」
「解凍戦争とはマジでこのことだね。米川ー、泣くなー」
「も、もうお嫁に行けないですぅ……」
新生203空の船出、同時に飛行禁止処分一日目から前途多難な幕開けだった。
「ほぼ死体みたいになってる哀れなノーラン技術軍曹を回収したことだしーーーー気を取り直して我が加賀乗務のウィッチ諸君! 作業に入ろうではないか!」
「それはいいんですけどなんで霧堂艦長までここにいるんですか?」
水着にパラソル、サングラスというバカンス
「いやーね? 北条司令……あ、新入り諸君に説明すると、
「それって私たちといっしょに謹慎しやがれください。ってことでやがりますよね」
夢華がそう言ってため息をついた。だぼっとした白いTシャツを羽織った彼女に霧堂艦長はにこりと笑った。
「なーに? 不満?」
「そりゃあ水着とやらを貸してくれたことは感謝しやがりますが、なんで
「ゆめか。今回に限っては無理にお礼言うことない。ほとんど紐というか全部紐なビキニを渡しておいてそれはない。というよりなんで艦長はゆめかにジャストサイズの紐ビキニとか、米川のサイズの白いボディスーツとか持ってるんですか」
「モンファ。……でもまぁ、そうでやがりますね。あれならズボン一枚で十分でやがります」
「それでも、上丸出し、許さない」
新メンバーたちと違い、以前より霧堂という女を知っているウィッチたちが生暖かい視線を送る。
「のぞみんも夢華ちゃんもコーニャンもひどーい! わざわざシンガポールのモールであわてて買ってきたのに!」
「気持ち悪い」
夢華に即答され石化して崩れていく霧堂艦長。それを尻目にため息をついたのは、制服姿の石川大佐だ。
「全く何をやってるのやら……ノーラン技術軍曹を回収したと思ったらまた問題事か」
「さくらちゃーん、そんな言い方ないんじゃないのー?」
「その呼び方はやめろ。それに監督役は私の仕事だ」
「えー。ゆうさく連れてても説得力なーい」
石川大佐の足下でしっぽを振っていた雑種の犬が名前を呼ばれたのに反応してくるりと振り向いた。舌を出している姿は愛嬌があると言うべきだろうか。その頭を撫でた石川大佐がにやりと笑った。
「……ゆうさく、ゴゥ」
「ワンっ!」
リードなどなくとも石川大佐に従順に従っていたゆうさくが一気に飛び出した。そのまま水着姿の霧堂艦長に飛びかかる。
「ちょ、いだだだだだだだっ! 爪! 爪! 爪が刺さってるからああああああああっ!」
「さて、少々うるさいがストライカーの洗浄を始めようか」
「あの、キャプテン・霧堂は助けなくていいんですか……?」
おずおずと右手を挙げシャンがそう切り出すが、石川大佐はかまわん、と即答。のぞみたちも反応が薄いこともあり、シャンはそろそろと腕を下ろした。
「ちょっとぉぉおおおおお! このワン公なんとかしてくれぇえええええええ!」
身体のあらゆる関節という関節を動員してゆうさくの魔の手ーー厳密には爪ーーから逃れようとする霧堂艦長。当のゆうさくはとても楽しそうに尻尾を振りながらじゃれつく。
「運動不足解消にはいいだろう?」
「無理無理無理っ! さくらちゃんのスパルタ軍用犬トレーニング積ませてるのに乙女がかなうわけないじゃない!」
「対人訓練にはちょうどいいだろう?」
「だったら防具とかあるときにしてよっ!」
石川大佐はため息をついて、指笛を吹く。霧堂艦長を熱いアスファルトの上に押し倒すことに成功したゆうさくがうれしそうに石川大佐の元に戻る。
「あ、あの……大丈夫ですか……?」
「だいじょばないです。えっと、シャンタルちゃんだっけ?」
「は、はい。もしよければ……治療しましょうか……?」
「マジで!? 助かるっ!」
霧堂艦長がそう言ってガバリと飛び起きる。それに驚きながらもシャンは腰に下げていたーーレイピアを引き抜いた。
「え、ちょっとちょっと! 霧堂さんあなたになにもしてませんことよっ!?」
「霧堂貴様、本当に節操なく……」
「いやいやいや! 今回ばかりはマジで! マジで!」
弁護士を呼ぼう! まずは法廷で! なんやかんやと慌てる霧堂艦長をよそにため息をついたのはレクシーだ。
「……それ、シャンの固有魔法なんで、別に刺すわけじゃないので」
「え、そなの?」
「こ、固有魔法なんてものじゃないんですけど……」
シャンがそう言いながらレイピアの鞘から指の先でつまめるぐらいの小さなナニカを取り出し、霧堂艦長に渡す。
「これって……琥珀と……?」
渡されたのは小さなプラスチックの丸い筒だ。透明な筒の中でからからと小さな石が音を立てている。太陽に透かせるようにして霧堂艦長は中身を確かめようとする。
「チャロアイトっていう石です。それを両手で持って、胸の位置で……はい、そこで持っててください。
シャンはそう言ってレイピアを取り直した。自分の顔の前にかざすようにレイピアをかめ、左手を
「主よ、禁忌を侵すことを赦したまへ。現理の理を超へ、魔の理の域へと侵すことを赦したまへ」
空気がシャンの緩くカールした髪を持ち上げる。緑色のような魔力光が周囲からわき上がる。
「これって……」
「古代魔法……か」
「石川大佐は分かるんですか?」
ひとみの驚いた声に石川大佐はゆっくりとうなずいた。
「大地や大気に含まれる
「神の赦さぬ敵過去栄えし試しなし。神の赦し給ふ者すこやかなりけり」
シャンの言葉が紡がれれば紡がれるほどそれに反応して霧堂艦長が手の隙間から緑色の光が強くあふれ出す。その光がまるで空中に紋を描くように広がる。
「神の息吹よ、審判せよ!」
光が弾けた。シャンがレイピアを一度振り、鞘に戻す。
「はい。これで……どうでしょう?」
「お、おおおおおおお!」
立ち上がって肌を確認する霧堂艦長。
「治ってる――――っ!? すごーい!」
元から海上勤務とは思えないほど白い肌が日光に輝く。それを見て石川大佐がうなった。
「五大元素を活用した古代治癒魔法というのは分かるんだが……剣は風のシンボルで水ではなかったはずだが……?」
「石川大佐は古代魔法をご存じなんですね」
「基礎教養として存在を知っている程度だ。火・土・風・水・そしてエーテルの5つの要素で世界をとらえ、その中の要素の持つ意味合いを増幅し、自然の摂理自体に介入する……少ないエネルギーで最大の効果を得られる文字通りの『魔法』……制御に失敗すれば、文字通り周囲が吹き飛ぶほどのエネルギーが暴走するはずだが」
石川大佐の声にシャンがどこかうれしそうに頷いた。
「はい、その暴走を防げるようにこのレイピアと宝石を使うんです」
そう言いながら鞘に収められたレイピアを撫でるシャン。
「レイピアの中には転置式暗号の一種である回転グリル暗号を活用した魔導回路が積載されていて、レイピアのガードを回転させることでその意味合いの取り出し方を適宜変換して取り出せるようになってます。その取り出した意味で古代魔法を発動させて、補助的に宝石の中の鉱物から意味を抽出し、増幅させることでさらなる安定化と魔力素の急減少による魔力場生成陣自体の意図しない崩壊を防ぎ――――」
「シャン、長い。結果としてキャプテン霧堂が治ったんだからいいでしょうが」
レクシーが話をぶった切った。
「何を言うんですかレクシーちゃん! 魔法は理論です! 結果を導くためには大量のデータの蓄積とそれに裏付けされた理論が必要なんです! それを結果だけを重視するスポンサーの意向が現代の魔術進歩は足踏みしてるんですっ!」
「スポンサー?」
のぞみが首を傾げる。横で苦笑いしているティティが耳打ち。
「シャンちゃんのお母さん、ガリア国立工芸院の古代魔術アカデミー所属研究員なんです。あのレイピアもシャンちゃん出征の時に作った特注品らしくて……」
「あー、宝物をけなされた気がしてムキになっちゃってるやつか」
「そこっ! 聞いてますかっ!?」
「「すいませんっ!」」
耳打ちのこそこそ話をしていると、シャンの声が飛んできて、とっさに45度に腰を折る二人、その様子を見て吹き出したのは夢華だ。
「中尉からの指示には問答無用で従いやがりますか……早く中尉になりたいものです」
「もんふぁちゃん……」
ニヤリと悪い表情を作る夢華につっこんでいいのか悪いのか分からずにひとみが困っていると、ティティが控えめに申し出た。
「こ、ここで話しているのもいいですけど、そろそろ機体の洗浄に入りませんか? 炎天下だと日に焼けちゃいますし……」
軽く目が泳いでいるのはシャンの話から逃げたい一心なのだろうが、それをさらりと拾ったのは石川大佐だ。
「そうだな、そろそろ作業を開始しよう」
ストライカーユニットは魔法の箒と言われるが……蓋を開けてみれば鋼鉄の塊であり、人類の叡知を集めた精密機器の集合体である。ならば当然『整備』というものが必要になる。
「さて、これよりエンジンの整備を開始する」
大村のぞみ扶桑海軍少尉が威厳をもって宣言した。
「今回の整備はエンジンの機能回復のため、洗浄を行なう」
やることは単純だ。エンジンをまるっと水洗いである。魔導エンジンに火を入れず、スターターのみで回転させ、エンジンの吸気口から水をホースで流し込む――――人類の英知を結集した最新の精密機器の塊であるストライカーユニットをもってしても、整備はいささか原始的だ。
「あのー、のぞみ先輩?」
「どうしたね米川少尉」
白いボディスーツで軽く緊張しながらも米川ひとみはおずおずと手を上げた。
「これ……必要なんですか?」
「何言ってんの。海上飛行をがんがんしてるし、無茶な飛行をかなりしているからね。当然エンジンの中にも塩分やら埃やら煤やらが吸い込まれ、それが汚れとなっている。それを落とすことこそ今回の任務だ」
そう熱弁するのぞみの右手に握られたものに、ひとみは見覚えがあった。たしかひとみの母親が家庭菜園で使っていたのとほぼ同じもの、緑色が太陽にまぶしいビニール製のホースだ。
「で、米川はこの整備の必要性を疑ってるわけ?」
「そ、そうじゃなくて……こ、これホントにわたし乗る必要あるんですか……? 必要なのはスターターの動力なんですよね」
「説明を良く聞いているようで何より、その通りよ」
「なら私が乗務しなくても外から魔力スターターを接続して回せばいいんじゃ……」
ひとみの指摘ももっともなはずだ。F-35A型はジェットエーテルスターターを積載しているため、ウィッチがストライカーを履けば、確かに始動させることも可能だし、スターターだけでゆるりと回転させることも可能である。
しかしながら、ジェットエーテルスターターを積んでいるからといって、ソレを使わなければならないということはないのだ。
「えっと……のぞみ先輩?」
ひとみが困惑した声をあげる。のぞみは薄い笑みを浮かべながらゆっくりとホースの先端をひとみに向けた。
「これは正式な整備だが、私はその前に米川ひとみ少尉に問わねばならないことがある」
「問わねばならない、こと?」
「先日の演習で通常攻撃による撃墜が唯一なかったことに弁明はあるかね?」
「へっ!?」
思わず、といった感じで素っ頓狂な声が出た。
「べ、弁明って言ってもその……わたしだって撃墜したじゃないですか。立派に撃墜1ですよっ! ねっ?」
そういって目を流して横をみると被撃墜1を記録したガリア空軍中尉……シャンタル・ナンジェッセが目をそらしたところだった。シャンの横で、ティティがどこか浅い笑みを浮かべている。
「……あんな落とし方されると思ってなかった、です、けど」
シャンがそう小さく言うと、我が意を得たりといった表情を浮かべたのぞみが浪々と声を張る。
「米川少尉、あんな姑息な手段で初演習の初撃墜を上げたことになんも思うところはないのかねっ!?」
「そんな理不尽なっ! そんなこと言ったら、
「扶桑皇国の魂、着剣精神を愚弄する気か貴様ァ!」
ホースの先端を銃剣を突き上げる要領でひとみの喉元に突きつけるのぞみ。
この少尉、実にノリノリである。
「も、もんふぁちゃんだって!」
「~♪」
「口笛でごまかさないでよぅっ!」
ひとみの抗議もむなしくスルーされ、そのときがやってくる。
「それではちゃっかり一番槍を持っていきやがった米川ひとみへの制裁を開始するっ!」
「それただの私怨なんじゃ……!」
「問答無用ォ!」
のぞみがそう叫んだと同時に夢華が嬉々として水道の蛇口をひねった。透明な水の奔流がホースの先からあふれだし、ひとみを襲う。
「わぷっ! ちょ、のぞみ先輩っ! これ痛いですっ!」
「ほらほら、整備も兼ねてるんだからスターターを回すのだっ!」
「ほら、頑張れ頑張れー」
のぞみと夢華が茶化すが、ひとみには聞いている余裕は実はなかったりする。
「ちょっと、ストップ! ストップして……! だれか、こーにゃちゃん! ティティちゃん! レクシーちゃん……!」
ひとみが助けを呼ぶが周囲の皆はどこか遠巻きだ。
「こ、これがジャパニーズ・シゴキ……! 扶桑の強さの根源はこれか……!」
「あの、アレックスさん、それは違うんじゃ……」
ティティがおろおろとしながらレクシーに突っ込む。コ―ニャはため息をついた。
「あの、プラスコーヴィアさん、止めなくていいんですか……? 助けて欲しそうに見てますけど……」
「あののぞみを止めるのは、難しい」
コ―ニャは嬉々として水をかけ続けるのぞみを遠巻きに見ながらそう言った。
「つよくいきて、ひとみ」
「お、お助けぇええええええ!」
ひとみの声が青空に溶ける。結局その攻撃が止まるまでにはあと数分が必要だった。